昭和35年

年次経済報告

日本経済の成長力と競争力

経済企画庁


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総説--日本経済の成長力と競争力--

 

日本経済の成長力と国際競争力

高い経済成長の原動力

技術革新と消費革命

 かつて31年度の年次経済報告は、次のような趣旨のことを述べた。「日本経済は30年頃までに戦前水準への回復段階を終わり、それまでの高い経済成長を支えてきた復興需要の消滅とともに、経済の浮揚力は弱まるであろう。今度の高い経済成長の原動力は、技術革新のための近代化投資でなければならない。近代化投資を中軸として、産業構造の高度化とそれに結びついた貿易構造の変化、原材料と最終製品の間の投入-産出関係の変更、新製品の発展と消費の型のサービス及び耐久消費財への移行など、経済構造の近代化を進めることによって初めて日本経済はその成長率を高く維持することができるだろう。」と。30年以降の日本経済の発展は、おおむねこの方向に沿って、予想外に高い成長率を達成してきたと言えよう。

 第23図 は国民総生産について、経済自立5カ年計画及び新長期経済計画の計画数字と実績を対比したものである。いずれも実績が計画を大幅に上回っている。このような生産の急テンポの増大は、もちろん有効需要の増加によってもたらされたのであるが、どのような需要要因が増加したのであろうか。 第24図 はいろいろな需要要因が、全体の有効需要の増加にどれだけ寄与したか、その比重を示したものである。30年度以降における寄与率を、それ以前に比較すると、次のことが分かる。第一に、固定資産、特に民間産業設備投資が非常に大きくなっていることである。これはアメリカや西ドイツに比べても極めて大きい。第二に、これに対して個人消費の割合が減少していること、第三に、輸出の割合が大きくなっており、西ドイツほどではないがかなりの比重を持っていること、などである。

第23図 国民総生産の計画と実績

第24図 国民総需要増加分の構成

 第一の民間産業設備投資の急増は先に述べた旺盛な近代化投資によるものであり、これが高成長の原動力であった。これにさらに道路、港湾、交通などの公共投資の増加が付け加って、固定投資が増えたのである。第二に個人消費の比重は減少したが、これも先に述べた消費の型の耐久消費財やサービス購入への移行につれて、生産増加には大きな刺激となっている。第三に、産業構造の高度化に伴って輸出構造もある程度高度化しつつ国際競争力を強めている。以下これらの要因についてさらに詳しく見てみよう。

近代化投資の盛行

 我が国の総固定投資は28~30年度頃の約1兆5,000億円から、34年度の3兆2,000億円近くへと倍加した。そのうち民間産業の設備投資は約8,000億円から約2兆円へと2倍以上になり、公共事業、国鉄、電々などの政府の固定投資は約6,000億円から1兆1,000億円へと2倍弱となった。いずれにしても非常な増え方である。しかも、このような投資の急増は、投資内容の変化を伴っている。

 政府の固定投資は、従前は災害復旧とか国土保全とか復興的なものが多かったが、最近は、経済の拡大に立ち遅れた産業基盤を整備拡充して、投資の均衡ある発展を図ることを第一義としている。例えば自動車輸送の飛躍的発達に伴う道路事業費の増大、船舶大型化などに伴う港湾事業費の増加などがそれである。また、国鉄、電々など公共企業でも、輸送、通信の能率のための近代的技術の導入に重点が置かれている。そえぞれ長期計画が立てられて、このような事業を遂行しつつある。

 民間産業設備投資について見れば、30年頃までの時期には、電力、石炭、鉄鋼、肥料、海運などの基礎産業の生産力拡充に重点が置かれ、繊維、紙パルプ、窯業など既成産業の合理化投資が進められたほか、新しい産業、新しい技術を導入した次期におけるそれらの発展のための準備が行われた。新しい産業といっても、電子工業のように世界的に見て新しいものもあれば、乗用車のように戦前からあったが、この期に飛躍的な発展の兆しを見せ始めたものも含まれている。

 29年、30年の停滞の後31年以降の燃え上るように盛んになった近代投資は、技術革新の本格的摂取であって、前期に準備された新産業新技術を開花させるものであり、また産業間の構造的な連関を大きく変えるものであった。この近代化投資の内容を特徴づければ、産業構造の高度化、産業連関の緊密化、加工工程の多層化の三点が挙げられよう。第一の高度化は、狭義では重化学工業への投資比重の増大を意味している。 第25図 は、それを示している。

第25図 設備投資構造の推移

 第二は、いろいろな産業の設備投資が相互に密接な関連を持ってきたことで、いわば「投資が投資を呼ぶ」といった関係である。その一つの典型は鉄鋼、自動車、家庭用電気、及び工作機械などをつなぐ近代化投資の流れである。鉄鋼の圧延部門におけるストリップ・ミルの稼働は薄板価格の低下と材質の向上をもたらし、重電機器の小型軽量化や、塗装性、深絞り性の改善によって自動車の車体や家庭電機の外装の美化を可能にした。このような条件の成熟の中で自動車工場もトラックやバスから乗用車の量産体制の確立に投資の重点を置き、家庭用電機など耐久消費財工場でも本格的な量産のための設備投資を増大させた。これら機械工業における大量生産のための設備投資は当然に工作機械に対する急激な需要の増大となる。これが工作機械における戦後初めての近代化投資を呼び起こしたのである。このような鉄鋼業を中心とした重工業部門の近代化投資が進むにつれて、鉄鋼多消費型の産業構造が作られるに至り、それがさらに鉄鋼業における最新鋭の一貫作業工場の新設、高炉の大型化、上吹転炉の導入、ストリップ・ミルの新増設など一連の近代化投資を呼び起こしているのである。さらに自動車工業や耐久消費財工業の発展は重工業以外の分野、例えばゴムタイヤ、合成樹脂の需要を増大させた。一方、高分子化学の発展が石油化学を中心とする肥料、石油精製、合成樹脂など化学工業の根本的再編成をもたらすような広汎な投資を呼んでおり、合成繊維による化学工業と繊維工業の緊密化を結果している。このように、技術革新の進展は個々の産業で別々に新技術の工業化が行われているだけでなく、いろいろな産業の連関性が拡大して相互に近代化投資を呼び合って投資を増大させていく大きな効果をもったのである。

 第三の特徴は加工工程の多層化である。これは重工業に見られるもので、例えば、鉄鋼においては、棒鋼、厚板から薄板さらに高級仕上鋼板、被膜薄板、スパイラル鋼管へと加工度を高めている。自動車工業ではトラックやバスよりも乗用車の比重が、電機工業においては重電機よりも電子工業の比重がそれぞれ高まったのもこの方向にそうものである。 第26図 は主要材料使用量当たり、売上高の実質的増加を指数化したものであるが、機械、鉄鋼などで特に加工度向上が見られる。

第26図 加工度の向上

 これら産業における近代化投資の重点の一つがこれに置かれていたからである。 以上見てきたように、我が国産業は技術革新の開花期にあって、重化学工業を伸ばし、広汎な産業間の緊密な連関の下に、加工度を向上させる方向に盛んな近代化投資を行ってきた。こうした姿をとって31年以来の設備投資の規模は著しく拡大し、それがひいては経済の高い成長の原動力となったのである。

旺盛な耐久消費財需要

 個人消費は年々7%内外の率で順調に伸びており、増加率に大きな変動はない。従って、30年以来のように固定投資の増加が大幅な時には、個人消費の増加が全体の有効需要増加の中に占める割合は小さくなるのは当然である。しかし消費の型の変化--耐久消費財やサービス購入の増加は、生産や投資活動に大きな影響を及ぼしている。 第27図 に示したように都市及び農家家計における消費支出増加分の中に占める家具什器購入の割合は年々急激に増加し、その結果、家計消費支出に占める家具什器費の割合は34年では都市で5.4%、農家(現金支出)で6.6%にもなっている。さらにサービス産業向け支出の増加のうち、例えば外食費、交通費、リクリエーション費などが間接的に飲食店、旅館、観光会社、タクシー業などの耐久消費財や自動車購入を増やした。

第27図 家計消費支出増加分の産業部門別支出状況

 一方、自動車需要増加においては、中小企業の演ずる役割が大きい。我が国では、生産から商業、サービス業にいたるまで、多数の中小企業が存在するが、それらの業主所得が向上し、事業活動が拡大してきた上に、競争が激しくなるにつれて顧客へのサービスを改善するなどのため、自転車からオートバイに、スクーターから乗用車へ、また三輪トラックから四輪トラックへとより高級なものに買い換えられている。 第28図 は30年以降の耐久消費財や自動車の急速な伸びを示す。この4年間に生産額は約3.7倍にも増えているが、そのうち、テレビ、自動二輪車、小型四輪トラックの増加が大きな位置を占めており、最近になって乗用車の増加が目立つ。我が国の32年における一人当たり所得を公定レートで換算すると250ドルで、アメリカの9分の1に過ぎない。その割合にこのように家庭電機、特にテレビの普及率が高い。その基本的な理由は、とにかく所得水準が高まって耐久消費財を購入しうる線まで到達したことと耐久消費財価格の下落を挙げなければならない。また生活必需品やサービス料金などが比較的安く、実際の生活水準は名目的な国際比較よりも高いこともあるが、西欧と違って家具に金を使わず、テレビを買うといった生活様式や生活態度の違いによることろも少なくない。

第28図 自動車及び民生用電気機器の生産増加

機械工業が主導する産業発展期

 以上述べたような固定投資の急増と耐久消費財や自動車の急速な普及に、トランジスタ・ラジオ、ミシン、カメラなど軽機械の輸出増加が加わって、機械工業の生産は30年以来急激に伸長した。 第29図 は25年から34年までの鉱工業と機械工業の生産増勢を西ドイツと比較したものである。これによると、30年頃までは西ドイツは鉱工業総合も機械工業も我が国より上昇率が高かったが、30年以降、西ドイツは鉱工業総合26%、機械工業31%上昇したのに対して、我が国の上昇率は80%、及び3倍とこれを大きく引き離している。特に機械工業の生産が30年以前より上昇率を増していることが注目される。これが鉱工業生産の高い上昇率を維持したことは 第30図 からも分かる。それは我が国の鉱工業生産の増加に対する業種別の寄与率を示したものであるが、30年以前は、寄与率の大きいのは、食料、繊維、化学工業などであったが、30年以降は鉱工業の増加の5割は機械工業の増産に負うようになっている。また使途別の特殊分類で見ると資本財、耐久消費財など機械工業製品の役割が大きくなっている。そうして機械工業の内訳では、民生用電機や自動車の寄与率が急速に増えていて、資本財あるいは生産財用のその他機械が小さくなっている。これは機械工業の内容が大きく変化していることを物語るものである。

第29図 鉱工業総合、機械工業生産指数の比較

第30図 生産上昇にしめる寄与率

 戦前から30年頃までは、機械工業といえばほとんど造船や資本財機械に限られていた。ところが26~30年を準備期として、30年以降消費財機器及び自動車の急激な発展をみた。付加価値生産でみると、34年において、資本財、生産財的機械と消費財機器及び自動車とほぼ半々になっている。これまでの我が国の機械工業は、注文による一品生産を中心としたものであったが、多数の部品を組立てる大量生産的なものも成長して近代的な機械工業の体系に歩を進めつつあると言えよう。このように機械工業の性格が変化してくると、その増産が産業や国民経済の成長に及ぼす効果はますます大きくなってくる。波及効果として三つの側面がある。第一は関連産業に対するものである。鉄鋼、非鉄金属、合成樹脂、ゴムタイヤ、塗料など広汎な産業の製品を使うと同時に、同じ資材にしても例えば、厚板、棒鋼、型鋼といったものより硅素鋼板、特殊鋼といった加工度の高いものを使うようになる。第二は中小企業に対するものである。自動車、テレビはそれぞれ何千もの部品を組立てるものであり、その多くの部品が中小企業で作られている。巨大な組立工場を頂点として何百という中小の部品メーカーが系列化され、ピラミッド型の生産体制になっている。自動車や家庭電機などの量産化は、中小メーカーを増やし、その収益を高め、従って生産設備の合理化、近代化を促進している。

 第三は雇用効果である。機械工業の生産増加の雇用吸収度は資本財的な機械生産の場合でも比較的大きいのであるが、大量生産的、組立生産的機械工業となると、量産規模が大きいので雇用の吸収量はさらに大きくなる。機械工業は、 第31図 に示すように31~34年の製造工業における雇用増加の34%を占めている。この雇用増加が賃金、特に初任給引上げの一つの有力な原因になっていることを考え合わせると、機械工業の増産が消費の増加を引き起こし、それがさらに耐久消費財の増産を呼ぶと言った、らせん的効果を持ったのである。

第31図 25~30年及び31~34年における製造業雇用増加分の業種別構成

 技術革新の開花期にあって旺盛な近代化投資が行われた上に、アメリカで戦前に普及したもの(自動車、電気洗濯機)と戦後のもの(テレビ)とを同時に取り入れる耐久消費財需要が重なって、機械工業の世界に類例のないほど急速な発展を生んでいる。機械工業はいまや鉱工業生産の3割を占める大産業となり、他の産業に及ぼすその波及効果は著しく大きくなっいる。

 産業発展はその段階によって、主導する産業が異なる。例えば明治20年から40年にかけては繊維産業が主導的役割を演じ、第2次大戦前の昭和年代は軍需と結びついた重化学工業がそうであった。いまや民需を市場とする機械工業が産業の発展を主導する時期にある。それはまた今後にも続くであろう。なぜならば近代化投資の必要性はなお多く残されており、また耐久消費財の普及度もまだ低いからである。

 しかし、機械工業が30年以降の高い発展率を今後とも保ち得るかどうかには問題がある。

 第一は、近代化投資の増勢が鈍化しないかと言うことである。戦時、戦後の空白期を通じて、外国技術水準との間に大きな落差を生じた我が国産業は、外国の新しい技術を盛んに導入した。それを準備段階として、新技術の開花期、新産業の飛躍的成長期に入った30年以降、技術革新による近代化投資は非常に増加した。そのため、 第24図 に示したように総需要増加に占める民間設備投資の比重が異常に大きくなったのである。しかしながら、このような急増は一本調子で続くものではない。それは、ここ数年、集中的に巨額の設備投資が行われた結果、生産能力の増加が大きいからである。なるほど加工度を高め、新しい製品を作るなど投資が新しい分野へ次々と発展してきたから、投資額が大きい割には能力過剰の状態がでてこなかった。また、たとえ一時的に出ても経済成長が早いから、そのギャップはすぐうめられた。さらに成長率が高く同じ企業の中でも成長部門が伸びていったから、斜陽化した生産部門においても、その陳腐化した能力の償却はそれほど企業経営の負担にならなかった。しかし前に述べたように、年率29%にも上った鉱工業生産増加があって、物価高騰を起こさなかったことは、生産能力に余裕を持ってきたことを実証している。そして現在の高水準の設備投資は、さらに今後の大きな能力増加をもたらすので、生産能力には漸次余裕ができてくる。このことは企業の近代化投資の増勢を鈍らす方向に影響することになろう。近代化投資を一段と高めるためには、輸出市場の拡大を必要とする段階にあるといえよう。

 第二は、これまでの耐久消費財や自動車需要の増勢が鈍らないかということである。テレビは 第32図 を見ると、34年中にテレビを購入した世帯は非常に多く、今後も年収30~50万円層を中心に伸びるにしても、増勢は鈍化することが予想される。都市家計のこの3年間の動きをみても、 第33図 にみるように、高所得層(年収80万円程度)では収入増加のうち貯蓄に向ける分が大きく、耐久消費財よりは雑費支出に向ける割合が高い。耐久消費財の割合が多いのはむしろ中所得層(年収40万円程度)で低所得層(年収15万円程度)になると、耐久消費財に向ける余裕が無くなっている。

第32図 所得階級別テレビ普及率(都市)

第33図 31~34年における階層別増加消費支出の構成(全都市)

 このような状況からみて、テレビなどで、ここ2,3年のような需要の伸びは期待されない。現に最近数ヶ月のテレビ生産は頭打ちになっている。二年間に10倍になるという急増を示したトランジスター・ラジオもまた、国内普及の限界と、輸出自主規制から今後の伸びは落ちるだろう。自動車では、二輪車や四輪トラックは漸次伸びの鈍化が予想される。

 今後期待される大きなものは、電気冷蔵庫、ルーム・クーラー、乗用車などであろうが、電気冷蔵庫は生活様式の上からその伸び方にはテレビのような勢いは期待されず、ルーム・クーラーは住宅様式から、乗用車は道路、駐車場の障害からと高価な耐久消費財を購入する高所得者層が少ないということからみて、テレビに代わって耐久消費財の主役になるにはまだかなりの年月を要しよう。耐久消費財や自動車需要は今後ともまだ伸びるとしても、その勢いは鈍化しよう。

 道路、住宅など公共投資を増大することは、自動車やルーム・クーラーの普及を助けることになり、また消費者信用制度を整備拡充することは、耐久消費財、自動車の市場を拡大する効果をもつであろう。それは自動車、電子工業など高度加工産業の国際競争力を強化することにもなるのであり、それがまた近代化投資を一段と拡大していく道にも通じていくのである。

国際競争力の強化

 経済の高度成長のなかで、我が国産業の国際競争力は強化されてきた。国際競争力がどれだけ強化されてきたか、それを的確に示すことは容易なことではないが、ここでは二つの点からそれに接近しよう。一つは物価の国際的比較、他は輸出伸長の状況である。

国際比較の改善

 物価の国際的比較を二つの面に分けて考察する。まず第一に、28年以降について卸売物価の変動状況を見てみよう。前掲 第20図 に見られるように、我が国の物価は上下に大きく変動しているけれども、最近の水準は、ほぼ28年頃と同じところにある。これに対してイギリス、アメリカ、西ドイツの物価はいずれも5%から15%も上昇している。我が国では、いまの物価水準で企業は普通の採算がとれている状態にあるから、我が国の物価は欧米工業国に比べて割安になっているとみてよい。

 第二に、個別商品についての現在価格の国際的比較は第三部に詳しいが、繊維、雑貨は割安でも、鉄鋼、非鉄、セメント、硫安、機械などの重化学工業や合成繊維はまだ割高なものが多い。また、加工段階別にみる原料の大部分は割高であるが、加工段階が進むにつれて、鉄鋼、非鉄のような割高幅が小さくなり、あるいは繊維のように割安となっている。

輸出力の強化

 我が国の輸出は、28年から34年にかけて2.7倍に増え、年平均18%という世界一の増大率を示した。この間に世界の輸出総額は36%の増加であったから、我が国の輸出がいかに伸びたかが分かる。輸出増大の要因を大別すると、一つは我が国がコスト引下げや、技術向上によって国際競争力を強めた上に市場開拓の努力が加わったからであり、他の一つは世界経済が順調な発展を続け、しかも世界需要が我が国にとって有利な方向に増加したことである。

 まず、第一の要因である競争力強化と市場開拓努力の現れとして、占拠率の拡大がいかに我が国の輸出伸長に貢献したかをみよう。 第34図 で、各品目の増加額のうち横線部分は世界貿易の増加率に比例する金額を示し、残り斜線部分が競争力の強化などによってそれ以上増加したもの、すなわち占拠率の拡大によって増加した金額を示すものである。分類別に見ると、食料、繊維製品、その他軽工業品(雑貨など)、船舶、その他機械(トランジスター・ラジオ、ミシン、その他)などで占拠率の拡大による増加が大きい。

第34図 28年から33年までの日本の輸出増加の要因

 28年から33年までの我が国の輸出増加額を、占拠率の拡大によるものと、世界需要の増加に比例して伸びたものとに分けると、前者が7割、後者が3割となる。

 次に、第二の要因である世界需要の増大は三つの方向に向かっている。一つは重化学工業品であり、二つは鉱物性燃料、三つは耐久消費財を始めとする比較的高級な消費財である。28年から33年までの5年間に世界の総輸出額は31%増加したが、重化学工業品は53%、鉱物性燃料は47%も増加した。一方、先進工業国における消費生活の高級化、多様化を反映して、合板、木製品、家具、衣類、旅行用品、カメラなど生産に多くの労力を要するものや、比較的高級な消費財などいずれも70%以上も増えている。これに対して我が国の輸出構造を見ると、世界需要の増加が著しい商品のなかで、重化学工業品の比率は比較的小さいが、労働集約的な高級消費財の比率が大きく、この点では世界需要の動向にかなりの適合性をもっていたといえよう。

 輸出伸長のためには、世界の需要増加が著しい商品に対して我が国の輸出を伸ばして行くことが望ましい。この関係をみる一つの方法として「特化係数」の動きをみよう。特化係数というのは我が国の輸出総額に占めるある商品の比率を、その商品が世界貿易総額に占める比率で割ったものである。例えば、ある商品の輸出が我が国輸出総額に10%を占め、その商品の世界輸出総額に占める比率が5%だったとすると、特化係数は2となる。この係数が1より大きい場合は、我が国の輸出構造中その商品が占める比率が世界の平均より高いことを示すから、その値の大小によって日本の輸出構造の特色を知ることができる。

 工業製品について、日本の特化係数を見ると、軽工業品や軽機械、船舶などの労働集約的商品で特に高く、一般の重化学工業品では低いという性格をもっているが、これを28年と33年とについて比較すると、特に特化係数の上昇の著しいのは、衣類、合板、旅行用具、雑貨などの軽工業品、ミシン、カメラ、トランジスター・ラジオなど消費財的軽機械などである。ミシンとカメラは世界輸出の4割近く、ラジオは2割近くを占めるようになったほか、テレビ、電蓄などの輸出もまだ金額は少ないが最近かなり伸びている。これらの高級雑貨、軽機械は、重化学工業のある程度の発展と比較的高い技術水準とが必要であり、他方、豊富な労働力の存在が競争力を強める有力な条件となるので、我が国が独自の強みを発揮しうる商品である。これまで、このような商品は主としてアメリカに向けられていたが、一般に欧米では消費の高級化、多様化につれてこの種商品の需要は今後も伸びると期待されるので、将来は欧州諸国など日本商品に厳しい輸入制限を行っている高所得国市場の開拓にも力を尽くすべきであろう。

第35図 主要商品における特化係数の変化

 これに対して、糸類、綿織物など比較的単純な軽工業品への特化係数が低下しているのは、香港、インドなどからの競争にさらされている結果と思われる。今後低開発国の工業化が進むにつれて、高度の技術を必要としない労働集約的商品については、我が国の有利性が次第に失われて行くものと考えられる。

 一方、世界需要増加のもう一つの方向である重化学工業品につていは、船舶を除くと、概して特化係数がまだ極めて小さいか、あるいは低下するものが多い。最近重機械のなかで、乗用車、工作機械など幾分上昇傾向を見せているが、極めて低水準である。重化学工業品の需要は、先進国だけでなく、経済開発の進展に伴って低開発国においても激増することが予想される。従って将来重化学工業品の国際市場に進出するため、産業構造の高度化に努め、この分野における国際競争力の強化に努力を傾ける必要がある。また、東南アジアなど低開発国では外貨が不足しているため、資本財の輸出には先進国からの援助や借款に待つところが大きい。我が国としても借款の供与、一次商品の安定的買入れなど経済協力を推進することが望ましい。

産業の国際競争力

 物価の国際比価の改善と輸出の伸長ぶりからみて、我が国の産業の国際競争力が漸次強まっていることはうなづかれるであろう。そこで、それを強めた大きな原因となっている原料費の節減、賃金コストの引下げなどについて次にみてみよう。

原料費の節約

 我が国の産業は、欧米の主要工業国に比べて原料条件が不利である。主要原料の輸入依存度は高く、しかも比較的遠距離から輸入している。また国内産出の石炭、非鉄金属鉱物、原木などの価格が割高である。例えば、石炭は原料炭で約3割、一般炭で約1割、欧米工業国に比べて高い。従って、我が国の産業は原料条件の不利を克服するために多くの努力を重ねてきた。それは第一に原料節約技術の発展であり、第二は原料の転換であり、第三は加工度の向上であり、第四は輸送手段の改善である。

原料節約技術の発展

 原料節約技術の発展による原単位引下げは、原料条件の不利が最も大きい鉄鋼業において著しく進んだ。製鉄段階での原料処理技術の向上、高炉大型化によって各種原単位は大幅に改善された。高炉技術の指標といわれるコークス比(銑鉄1屯当たり使用コークス量)は、ここ数年間の低下著しく、世界最低の0.6を記録するに至った。その他、製鋼段階での酸素の大量使用により、熱量、屑鉄原単位は大幅に下がった。酸素利用技術は世界一流と言われる。鉄鋼以外の産業でも原料節約技術の向上は著しく、火力発電の大容量・高温高圧化、セメントの熱管理技術の向上、アルミニュームの電解炉の大型化などによって熱量や電力原単位は大幅に引き下げられた。

第36図 主要物資の原単位低下

 このような素材供給産業やエネルギー産業のみでなく、加工工業においても原単位向上の方法がいろいろ講じられた。自動車工業において軽量化による材料節約が随所に見られる。これは、工作技術と設計技術の進歩によるとともに薄板がストリップ・ミルによって生産されるようになったため材質が向上し、その他特殊鋼、鋳物などの材質向上もあって、材料歩留りが良くなったことに基づくものである。

原料の転換

 原料節約技術によって、原料条件の不利が克服し難いときには、これまで使用してきた原料を他の安い原料に転換しようとする努力が行われた。その代表的例は化学工業である。硫安工業ではガス源として従来石炭、コークスと電解水素が使用されていたが、石炭や電力よりも安い石油や天然ガスへとガス源の転換が進められた。 第37図 のように31年にはガス源の9割までは電解法や石炭コークスなどの固体原料法であったが、34年には、4割が石油、天然ガスなどの流体原料法になった。37年には9割以上がそれになる見込みである。アンモニアの原料費はガス源の転換により半分前後になっている。アセチレン工業もこれまでのカーバイトから石油へ原料を転換しようとしており、またパルプ工業では、値段の割高な針葉樹使用よりも安く入手できる濶葉樹使用のパルプ生産を増やそうとしている。

第37図 ガス源別アンモニア生産能力の比重推移

 さらに火力発電、製鋼、ガラス、鉄道、一般ボイラーなどにおいて燃料の石炭から重油への切り換えが進み、あるいは石油化学が新しい基礎原料工業として発展してくるなど、今後大きな発展が期待されている。

 前に述べた硫安工業を含めて、我が国の産業原料、エネルギー源を石炭から石油へ切り換えて行くことは、国際的にみて原料条件の不利を克服する上に最大の効果ある方途であろう。なぜなら、石油はアメリカを除いて各国とも入手条件の差が比較的少ないからである。

加工度の向上

 加工度の向上は必ずしも原料費の節約を意図したものではないが、加工度が向上することによって、原料使用量当たり製品価格が上昇するので原料高の負担がそれだけ軽減されてくる。

輸送手段の改善

 現在低水準を続けている海上運賃のもとにおいても、CIF価格のうち原油で3~4割、鉄鉱石で4~6割が海上運賃によって占められている。原料輸入依存度の大きい我が国産業にとって、輸送費の低減は原料費節減のための大きなファクターであるといえる。

 世界海運市況は、船腹過剰を根本原因としてここ数年低迷状態にあるが、さらにタンカーの大型化の進展、鉄鉱石などに対する専用船の登場、普及など船舶の改善によって輸送コストが低減されている。こうした傾向は原料輸入産業にとっては好ましい条件で、我が国でも世界的傾向にならない、大型タンカーや鉄鉱石などの専用船が、遅ればせながら保有され始め、現在3万重量トン以上のタンカー24隻、純鉄鉱石専用船8隻が就航している。しかし、現在は世界主要国のレベルより遅れており、原料輸送距離の延長を克服するためにも今後の進展が期待される。

生産性向上と賃金コストの低下

 国際競争力を強めたもう一つの要因として、賃金コストの低下についてみよう。28年から34年にかけて、我が国の製造工業生産性は、年平均7.6%という大きな向上を示した。これに対して賃金は5.5%しか増えなかったので、賃金コストとしては1.8%低下したことになる。 第38図 で見られるように、アメリカ、イギリス、西ドイツなどいずれも上昇している。総体として、賃金コストの面で我が国が有利になっていることは事実であろう。

第38図 工業生産性と労賃コストの年平均増加率

 業種別には第三部に詳しいが、大体において産業の成長と関係があり、成長率の高い産業は、生産性の上昇率も賃金コストの低下率も大きいようである。それらの産業では、生産性を規定する生産規模の拡大と技術の向上が進んだからである。例えば、乗用車でみると生産台数は月産1700台から6700台に増えたが、その結果、生産性が高まり、一台当たり平均工数が29年頃の約300時間から33年の150時間に減り、最近はさらに低下している。このようなことは家庭用電機、重電機器、工作機械、建設機械などにもみられる。いずれも生産台数の急激な増加とそれに伴う専用機を中心とした設備合理化、トランスファー・マシンや、コンベヤーの導入などによるものである。石油、化学、鉄鋼などの装置産業ではオートメーション化の進展も与って力がある。

 このような状況で生産性は急速に上昇したが、その水準を欧米諸国に比較してみると、アメリカよりはかなり低く、西欧諸国に対しても綿紡や鉄鋼などの業種を除くとなお低位にある業種が多い。一方、賃金をみると、生産性の上昇ほどには上らなかった。その理由は基本的には労働需給が逼迫していないことにあるが、この他、技術革新投資の盛行による資本費負担が増大していることや、賃金水準の低い若年労働者や中小企業労働者の比重が増加していることも影響している。

産業競争力の現状

 我が国の国際競争力の現状をみると、第一には輸出規模も相当な水準に達し、あるいは国内市場で外国品との競争にどうやら堪えられる業種としては、繊維(合成繊維を除く)、衣類、合板、陶磁器、雑貨、普通鋼々材、船舶、テレビ、ラジオ、カメラ、ミシンなど多くの耐久消費財、繊維機械、農業機械、トラック、バス、中型以下の建設機械、鉄道車両、セメント、合成樹脂などが挙げられよう。最も、これらの中でも特殊な製品についてはなお競争力が十分でないものもある。

 第二に国際競争力が十分でない産業としては二つの型がある。一つは資源条件や社会的条件が悪くその克服が容易でないもの、他の一つは発展の将来性がありながら、発展の初期であるため現状では競争力がないものである。前者の資源的条件が悪い産業には石炭、非鉄金属、製紙用パルプ、ソーダなどが含まれ、資源条件の不利を軽減するために自然条件の比較的良好な能率鉱への集中生産や合理化投資を必要としているが、完全が克服は容易ではない。社会的条件が悪いために不利になっているものに農業がある。農業は零細な経営規模のもとで生産が行われていたため、国際的農産物の多くは競争力が低い。そのため農産物の生産構成を改めるとともに、零細な経営規模を拡大することが特に必要である。

 後者にはまた二つのタイプがあって、一つは市場の狭さと技術の遅れから競争力が培養されなかった産業、例えば特殊鋼、化学機械、工作機械、金属加工機械、乗用車、計測機器などであり、他の一つは新しい産業であるためまだ十分競争力がついていない産業、例えば石油化学、合成繊維、産業用電子工業製品などである。

成長力と国際競争力

 内外の有効需要の構造変化に適応して産業構造を変革していける経済は高い成長を達成することができる。そのためには、多くの近代化投資を賄う貯蓄があると同時に、比較的質の高い労働力を必要とする。後進国には労働力は豊富にあるが、技術が低く、また貯蓄が貧弱である。欧州工業国には、労働力の量が不足である。我が国には、現在の産業技術に適応する程度の労働力は豊富にあり、また貯蓄率も高い。そのために高成長を遂げ得ているのである。 第39図 は、25年から33年までの経済成長率、国民総支出に占める産業設備投資の比率、機械金属工業の生産増加率、及び労働力増加率について、西欧工業国と比較したものである。この図から豊富な労働力の供給をもち、旺盛な近代化投資をしている我が国が、いかに高い経済成長をとげてきたかがわかる。しかも、このような産業構造の変化による経済の高成長の中で、我が国産業は、原料条件の不利を軽減し、生産性を向上させて、国際競争力を強化し、あるいは先進工業国との差を縮めつつあり、日本経済はたくましい発展を示したと言えよう。

第39図 25年から33年までの成長率、労働力増加率、投資率の各国比較

 しかしながら、30年以来の経済発展はようやく一つの転機にさしかかっている。顧みると、産業設備投資の性格は30年頃までの基礎産業、既成産業の生産力強化を中心とした合理化投資段階から、31年以降の耐久消費財、自動車、石油化学などの新産業の発展開花、あるいは加工度向上を意図し、個人消費に近い分野での投資が主導する近代化投資の段階に移ってきた。それは別の面からみれば、機械産業が主導する産業発展期であり、また内需を目当てとした自動車、電子工業など高度加工産業を頂点とする迂回生産の拡大過程でもあったのである。しかしながら、急激に増加した産業設備投資は急速に生産力を高め、他面、耐久消費財需要や近代化投資の増勢が一時鈍化することも予想される状況になってきた。従って、機械工業が主導する産業発展期を続けて、高い経済成長を維持するためには、道路、住宅など公共投資の増大、消費者信用の拡大、低所得層の収入向上など国内市場の拡大を図ることが必要であるのみでなく、海外市場の拡大への依存する度合が大きくなってきたと言えよう。我が国の輸出は在来の繊維、雑貨から、新しい技術、資材を取り入れた労働集約的商品へ比重を移しつつあるが、さらに高度加工産業ないし重化学工業製品自体の輸出増加を必要とする時期になりつつある。欧州工業国でもここ数年機械工業の発展が経済の高成長を主導したが、機械工業の発展は輸出増加に負うところ大きいのである。例えば、27年から33年までの機械工業生産額増加のうち輸出に向けられた分は、西ドイツ5割、イギリス3割であった。これに対して、我が国は及そ1割に過ぎなかったのである。乗用車、電子工業、産業機械、石油化学などの製品は世界的にも需要拡大の著しい部門であるが、我が国ではまだ国際競争力に乏しい。近代化投資を一段と拡大して産業構造を高度化し、経済の高成長を続けていくためには、これらの工業の強化を急いで輸出を伸ばしていくことが必要な段階に近づいている。

 いまや、貿易、為替の自由化が世界の大勢となり、日本経済はそれに真剣に取り組まねばならないが、我が国経済発展がこのような段階に達しているだけに、自由化をいかに進め、産業構造の高度化を図っていくかが、ますます重要となるのである。


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