昭和34年

年次経済報告

速やかな景気回復と今後の課題

経済企画庁


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各論

労働

昭和33年度労働経済の特徴

 33年度の労働経済は以上述べたように後退から停滞、さらに回復への途をたどったが、年度間を平均してみれば後退が始まった32年度に比べて労働経済の諸指標は悪化を示し雇用、賃金も水準としてみれば32年度を上回ったが、その伸び率は著しく鈍化した。しかしながら後退から停滞期における悪化現象は、雇用失業状勢に関しては前回29~30年のデフレ時と比較すると相対的に軽微であった。また停滞から回復への速度も前回に比べてかなりはやかったといえる。次に今回の景気後退期における労働面への影響と前回のそれとの差異及びその要因についてみることにしよう。

比較的軽微であった雇用失業への影響

 29~30年と32~33年の二つの景気停滞期の雇用失業状況を比較すると、全般的に今回の方が悪化の程度は軽微であった。景気変動に伴う非農林業雇用者の動きを労働力調査でみると、 第11-10表 のように生産が底をついた時期においては前回は今回よりも雇用の増えかたは大きかった。しかしその後生産が回復から上昇へ進んだ時期においては今回の方が雇用の増加は大幅であった。失業保険の被保険者数の動きもほぼ同様で、前回は生産が回復に転じてからの1年間の被保険者数の増加は0.8%に過ぎなかったが、今回は4.9%であった。毎月勤労統計の雇用指数でみると、景気後退期に入って生産低下が始まってからの1年間は前回も今回もほぼ同じ微増程度であったが、生産が回復に転じてからの1年間をとってみると、前回の3%に対して今回は4.1%とかなり高い。

第11-10表 景気停滞期における雇用変動

 失業の発生や労働市場の需給関係についてみても今回の方が景気後退の影響は軽微で回復もはやい( 第11-11表 参照)。失業保険の初回需給率(被保険者総数に対する保険金初回受給者の比率)は前回は29年4月頃から上昇し、生産が回復から上昇にむかったあとも停滞が続いて30年度下期になって下降に転じた。今回は景気後退が始まった32年度下期から増加傾向に入ったが、33年度下期には回復に向かい、ピーク時にあたる32年度下期も0.9%で前回のピーク期(29年下期)の1.2%に比べてかなり低い。公共職業安定所の窓口においても求人と求職の比率(殺到率)は前回は29年度上期から30年度上期にかけて急激な悪化をみせ、最悪期には求人一人に対して求職者は5.1倍に達した。しかもこのような状勢が30年度下期まで続いた。今回は最高時にも3.5倍で、しかも3倍をこえたのは4ヵ月に過ぎず、33年度下期に入ると求人が前年度同期を上回って増加し始め労働市場の需給関係も改善の方向にむかった。

第11-11表 失業保険初回受給率と労働市場の殺到率

景気後退の影響を緩和した諸要因

著しい改善のあとの景気後退

 今回の景気後退が始まる直前の雇用失業状勢は、「神武景気」といわれる未曾有の好況によって、戦後最良といわれる程著しい改善をみていた。事業所統計調査の常用雇用者数(民公営)は26~29年の間に210万人の増加であったが29年~32年には270万人の増加であった。毎月勤労統計の製造業雇用指数は同じ期間の26~29年の間に14%、29~32年の間には26%の増加であった。労働市場における求人一人に対する求職者の比率は前回の好況期の28年度では2.9倍であったが神武景気の31年度には2.3倍まで低下していたし、失業保険の需給率(被保険者総数に対する保険金受給者の比率)は28年度の4.7%から31年度には3.6%にまで低下していた。このように神武景気による雇用者数の増加、失業の減少など雇用状勢の改善は極めて大幅であった。

 今回の景気後退はこのような雇用状勢の大幅な改善のあとであったため、好況期に比べての失業保険の初回受給者や受給者実人員の増加数は前回よりも若干多かったが、被保険者数が29年当時に比べると約3割増えているので初回受給率や需給率の増えかたでは今回のほうが少ないことになる。この点は労働市場の需給関係についても同様である。職業安定所の一般求職者の増加数は今回の方がやや少なかったが、求人の減少数は最悪期においても今回の方が少なく、求人に対する求職者の割合を示す殺到率では今回は32年度にはなお低下し、33年度に入ってわずかに上昇して31年度をやや上回る程度に過ぎなかった。

 以上のように神武景気によって著しく改善されたあとでの景気後退であったことが、全体としての雇用失業状勢がそれほど悪化しなかった理由のひとつである。

 また企業経営についても「鉱工業生産・企業」の項でみるように、企業経営は前回の不況期に比べてむしろ堅調であった。このような企業経営の実勢も雇用の整理をできるだけ回避することを可能にして雇用失業状態を悪化せしめなかった要因のひとつである。

第11-12表 景気循環と失業、労働市場状況

個人消費の堅調と高水準を続けた設備投資

 景気後退の影響を比較的軽微に終わらせた要因は今回の景気後退そのものの性格の中にもあった。すなわち今回は在庫投資の減退という景気後退の要因が前回に比べてより明瞭であった。前回においても在庫投資の変動が景気後退をもたらしたことには今回と変わりないが、個人消費や設備投資の減退がそれに拍車をかけたという点において大きな相違がある。今回は在庫投資の減少は大幅であったが、個人消費は29年度以降においては最高の伸び率を示したし、設備投資は戦後最高の32年度を6%下回ったが31年度よりは15%も高かった。

 在庫投資の減少が大きく、個人消費が伸び、設備投資がそれほど落ちなかったということは雇用面への影響をかなり緩和させることになった。すなわち、在庫投資の減少によって最も影響を受けた部門は生産財産業であり、鉄鋼、非鉄金属、紙パルプ、化繊、綿紡等の産業ではその影響は激しかったがこれらの産業は資本集約的なものが多く、雇用弾性値も低いので生産低下に比べると雇用の減少率は低い。また合成繊維等における新産業の発展も雇用減少を緩和させる一つの要因となった。

 これに加え「国民生活」の項にみられるように、今回の景気後退期においては家庭用電気器具などを中心とする第二次産業の生産物とサービス関係への消費支出の増加率が大きかったことが特徴的である。このことは消費財産業及びその流通媒介に従事する卸小売業、サービス業の雇用増加を支える最も大きな要因であった。このほかこれらの産業では労働条件が低いため神武景気の好況期中には充足できず、後退期に入って充足した雇用需要が多かったことや、労働集約的で雇用弾性値が大きいことなども雇用増加を大きくした要因といえる。

 また景気後退下にあって堅調を維持した機械工業も多くの中小下請工場を傘下に持つ労働集約的産業であり、その雇用効果が消費財産業のそれに近いこともあって、雇用面への景気後退期の影響を緩和させた一つの要因とみることができよう。

 例えば消費財生産部門及び流通部門の雇用の動きを毎月勤労統計の常用雇用指数でみると、 第11-13表 のように景気後退期における増加率は今回の方が高い。

第11-13表 景気停滞期における雇用変動(2)

 また投資財及び耐久消費財を中心とする機械部門は、前回の景気後退期には諸産業中でも強い影響を受けたが、今回は部門別にみると耐久消費財需要の増加を反映した電気機械の生産は対前年比23%増、精密機械3%増、設備投資等を反映した一般機械及び輸出用機械は微減(船舶を除く輸送用機械は4%増)といずれも堅調を維持した。

 これらの産業の雇用の変動率を前回と今回で比較してみると 第11-14表 のように、生産が底をついた時期においてその1年前と比較すると今回の方が雇用の増えかたは一般に多く、生産が回復に転じてから1年を経過したあとにおいても前回は精密機械を除いて雇用はなお回復していなかったが、今回はいずれも前年水準をかなり上回っており、これらの部門の雇用が堅調で、生産の回復とともに雇用水準を上昇させる一因となったことは明らかである。

第11-14表 景気停滞期における雇用変動(3)

 以上述べたような個人消費の堅調と設備投資の減少が小幅であったということのほか、建設業がなお好調を続け雇用増加が大きかったことと、石炭鉱業の整理がおくれ前回のように大幅な雇用減少がなかったことも加えておこう。

 すなわち建設業では29年上期中は前年の繰越工事などで活況を呈していたが、下期から30年にかけては財政投融資の削減や設備投資減退による鉱工業建設需要の大幅な減少がひびいて雇用は低下した。ところが今回は設備投資の減退は小幅にとどまり、公共事業が活発に行われたため建設業は好調に推移し、景気後退下にあっても全体の雇用水準を維持し、回復とともに雇用を増加せしめる要因となった。

 また、石炭鉱業における雇用の動きも前回とはかなり異なっていた。すなわち前回は28年末頃から雇用は減り始めそれが30年下期まで続いた。しかし今回の場合には中小炭鉱の閉鎖などは目立っていたが、現在までのところ減少はわずかにとどまっている。

社会的摩擦の少ない離職者の増加

 今回の景気後退の影響を軽微に終わらせた第三の要因は離職者の大半が若年女子労働者等を中心とし、社会的摩擦の少ない労働者が多かったことである。今回の景気後退期においては全体の雇用が漸増している中において紡績、織物、化学繊維等の繊維関係の雇用減少は大きく、失業保険統計によると繊維工業の雇用は32年7月から33年7月までに1年間に約4%減少し、化学繊維では約5%減少している。これは微減程度にとどまった29年の場合と大きく異なる点である。これら産業の労働者は女子が大部分であり、比較的男子の多い化学繊維においても離職者の大部分は女子であった。このことは失業保険の初回受給者の女子の割合にもあらわれており、29年~30年当時は3割程度であったが、32年度は6割、33年度は4割に達している。これらの労働者は比較的年齢も若く、家計の主たる担当者である者は少ないので、扶養家族をもつ世帯主層である男子労務者の整理に比較するとその社会的影響は少なかったといえる。また、消費財産業や第三次産業が好調を維持し、これらの離職者を吸収したことも社会的影響がそれ程表面化しなかった一つの理由といえるであろう。

前回と同程度の賃金への影響

 一方賃金の面では景気後退の影響は前回とほぼ同じ程度であった。製造業の定期給与でみると今回の場合は32年下期に鉄鋼ストなどの影響もあってかなり大幅な低落を示し、ピークから底までの下落率は約2%であった。前回は停滞の期間が長く続いたが、低落率は今回よりもやや少なかった。臨時給与については前回の場合には年末及び夏季ボーナスで前年を下回った時期はない。今回は、33年末にはわずかではあるが前年を下回った。このように今回の景気後退による定期給与への影響がやや大きかったのは、綿紡、紙パルプ、羊毛等の操短による賃金の減少が影響を与えており、臨時給与の減少率がやや大きかったのは企業収益の減退が影響を与えているものと思われる。しかし今回の場合も定期給与の回復はかなりはやく、生産の上昇とともに順調に伸び、回復期における賃金上昇率は前回とほぼ同じであった。これは回復期の生産上昇率が年率20%にも及ぶ大幅なものであったことが影響しているが、先に述べた定期昇給の実施が不況下にあっても賃金上昇を支えたことも一つの原因であろう。

 産業別にみると前回も今回も賃金の停滞はほとんど全産業にわたっているが、前回において賃金の伸びが著しく低かった卸売小売業が、今回は全産業平均を上回る順調な伸びをみせていることが特徴的である。これは今回の場合消費の堅調に支えられて流通部門が不況下にあっても活況を呈していたことによるものであろう。

第11-15表 景気停滞期における特別給与の推移

第11-3図 景気停滞期における定期給与の推移


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