昭和34年

年次経済報告

速やかな景気回復と今後の課題

経済企画庁


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各論

物価

景気後退から回復過程への物価動向

概況

 この1ヵ年間の卸売物価の動向を、当庁調べの「週間卸売物価指数」によってみると、昭和34年3月は158.6で33年3月の158.1に比べると0.3%の上昇を示したが、景気動向と直接関連の薄い食料価格を除くと33年3月の159.1から34年3月の158.1へと、逆に0.6%の下落となっている。

 このように卸売物価は1年を経過したところではほぼ同水準であったが、この間の動きは決して一様であったわけではない。 第10-1図 に明らかなように32年4月をピークとして33年3月までに9.1%の下落をみせた卸売物価は、33年度に入っても前年よりの下落傾向が持ち越され、上半期中さらに2.3%の下落を示したが、その後反騰に転じ、一貫した上昇傾向をたどって34年3月までに2.7%回復したのである。このように、33年度の卸売物価は上半期の低落持続から下半期の上昇傾向へとその基調を判然と転換したところに特色がある。卸売物価は32年5月の引締政策実施以来11.3%もの下落を記録し、1年5ヵ月を経てようやく回復段階を迎えたわけである。

第10-1図 卸売物価と消費者物価の推移

 一方、消費者物価は32年8月より下落を続けていたが、消費需要の堅調を映じて年度当初より反騰に転じ、多少の浮動はあったがジリ高に推移して、この間に1.2%の上昇を示した。しかし年度間の平均水準としてみると、33年度は前年度に比べ0.4%低い水準にある。

卸売物価の動向

 上述の大幅な卸売物価変動の過程を検討してみると、全ての商品が一様にこのような変動を示したわけではなく、かなり跛行的なものであった。そこで次に、33年3月から9月にかけての下落期と、その後34年3月までの上昇期とにわけてその間の過程をみてみよう。

第10-1表 年度間の卸売物価変動

下落を続けた上半期の卸売物価

 第10-2表 に掲げたのは当庁調べの「週間卸売物価指数」により引締め後33年3月までの時期と33年度上半期の主な商品別の変動率を示したものである。これによると、33年度上半期が引き続き下落傾向をたどったといっても、この時期になると引締め後33年3月までとはかなり物価変動の様相が異なってきていることが分かる。引締め後33年3月までの物価下落は 第10-2表 にも明らかなように主として金属価格と繊維価格の大幅な下落によるものでその他の商品には目立った下落はみられなかった。そしてこの時期の卸売物価の下落速度は月率0.7%というかなりはやいテンポであった。しかし33年度上半期に入ると、急落歩調の物価動向を主導した金属価格の下落速度はこれまでの半分以下となり、繊維価格は下落から反騰に転じて、この間に月率0.3%の上昇を示すに至った。また、こうした金属、繊維の動向とは対照的に、燃料、機械、建築材料など、その他のほとんどの商品がこの時期に入ってむしろ下落率が大きくなってきたのが特徴的である。そして下落速度も金属、繊維価格のこうした動向を反映して引締め後33年3月までのそれよりもかなり鈍化し、月率0.4%程度となっている。

第10-2表 後退期の段階別物価変動

 それでは33年度上半期になってこのような変化を示したのはいかなる背景によるものであろうか。これは引締めの影響がまず、流通段階の在庫調整を通じてあらわれたため、金属、繊維のように在庫水準が高く、従って在庫の圧迫を受けやすい商品が急速なる下落を余儀なくされたが、漸次生産段階にその効果が波及するにつれて操短など不況対策の積極化により、需給バランスが改善傾向にむかったため金属、繊維などの価格の下落速度は鈍化する時期に入った。しかしその他の商品は、一部を除いてはデフレによる関連需要減退のテンポが引締め当初において相対的におそく、ようやくこの時期に入って広範囲に顕在化したためとみられる。

 もっとも、この間33年3月から4月にかけてわずかではあったが繊維、金属の価格が反騰をみせた。これには季節的な要因による需要増加もあったけれども、さらには生産も在庫も減少傾向にあるところへ、4月に操短が一段と強化されたということが、底入観を台頭させ、これが物価面に反映して下げ過ぎ訂正となってあらわれたのである。繊維価格はその後ほぼ横ばいに推移したが、金属価格の反騰はわずか1ヵ月にとどまり、再び下落傾向を続けた。

 ところで上半期の価格下落でどの商品が大きい影響を与えているかをみるために 第10-3表 のごとき寄与率をはかってみると、最も影響が大きかったのは鉄鋼価格の下落であり、下落分の3割を占めていた。ついで木材、機械、石炭、化学肥料となり、これらの商品で全体の下落の8割強がもたらされた形となっている。

第10-3表 物価下落の商品別寄与率

 そこでまず、鉄鋼についてみると、鉄鋼価格の下落は原料の値下がりによる面もあるが、需要の本格的な好転を待たずに生産が増加に転じたことに主な原因があった。すなわち鉄鋼市況の安定をはかるために、33年4月から厚板、中型鋼などの操短が実施され、さらに7月からは公開販売制度によって価格の維持と過剰生産の防止策が講じられた。それにもかかわらず生産は4月以降増勢に転じて在庫は再び累増の過程をたどるという実体が、価格に反映されたのである。9月の生産水準は12.9%、メーカー製品在庫の水準は11.9%、それぞれ3月に比べて高くなっている。このように生産過剰となったのは厚板、薄板、線材などの圧延設備の能力増加が著しく、増産圧力となってあらわれ、また、中小メーカーの生産規制が困難であったためである。もっとも内需の低調に代わって輸出が7月頃から好調となり、製品在庫は上半期末にはようやく頭打ちの状況となり、過剰生産傾向は一応解消しつつあった。

 また、化学肥料の価格の下落も輸出需要の減少の反面に、製品在庫を増加しながら生産を続けるという需給状況によるものだったし、石炭、機械なども似たような事情から価格下落が大きかった。これらに加えて薪炭、木材、セメントなど季節的な要因による価格下落もあって、33年度上半期の物価動向はジリ安に推移したのである。

上昇に転じた下半期の卸売物価

 9月下旬頃から卸売物価は、これまでの下落から一転して反騰に転じたが、 第10-4表 にもみるように、その主導的な役割を果たしたのは金属価格の上昇であった。その他では燃料、建築材料、雑品がわずかな上昇を示した程度で、化学品、機械などは依然として下落傾向を続けていた。そして繊維はわずかではあったが反落となっている。

第10-4表 回復期の物価変動

 しかし、この時期における織物の軟化は、原毛、原綿などの素材価格の下落によるもので糸、繊維の価格はこの間上昇を示していた。また、化学品、機械なども下げ続けるものは漸次少なくなり、下半期の終わり頃には、ソーダ製品、有機合成品など一部の化学品には値上がりとなるものもあらわれて、これらの価格の下落速度は上半期に比べると大幅に鈍化してきている。このように、下半期においても物価の動向は商品別にみるとかなり跛行的で、全ての商品に一様な上昇ではなかった。ただ引締め後これまでの物価動向をリードした金属、繊維以外の商品も、 第10-2図 にみるごとく、この下半期に入って、大勢は下落傾向から上昇過程へと移行したとみて差し支えないようである。

第10-2図 繊維・金属を除くその他の商品の物価動向

 下半期におけるこうした物価の上昇は、主として最終需要の増加に加えて在庫投資需要の増大がかなり作用したものと思われる。需要の増加は 第10-5表 にみるように、下半期に入って目立ってあらわれ、なかでも在庫投資の増大を反映する生産財の伸長が大きかった。生産は上半期に続いて下半期も増勢が続いたが、こうした需要動向から製品在庫は全般に減少し、その水準は鉄鋼、機械を除けばほとんど全ての部門が1年前の33年3月より低位となるという需給バランスの改善が物価面に反映されたとみられるからである。

第10-5表 メーカー出荷の推移

 しかし、一般的な需給関係の改善もさることながら下半期の物価動向を表面的に大きく変化せしめた直接の原因は金属価格の上昇であったといってよい。金属価格は下半期に12.7%の上昇となったが、これを内容的にみると鉄鋼、非鉄金属ともにほぼ同程度の上昇であった。すなわち鉄鋼市価についてみると、くず鉄はこの間に36%の上昇を示し、棒鋼は31%、薄板は12%、厚板は39%も上昇している。また、非鉄金属でも、電気銅の市価は20%、鉛12%、銅板、黄銅棒は24%の上昇となっている。

 鉄鋼価格の上昇は、7月頃からアメリカ向けを中心に急速に伸びていた輸出が国内需給の改善をもたらしたことが契機となった。また、くず鉄が輸入くずの減少などで逼迫し、アメリカ市況の堅調を反映して価格の高騰をみせたことや、公開販売制度が市況安定策として一応の成果をおさめ得たこともその要因であった。 第10-6表 にみるようにこれまで累増を続けていた在庫は、輸出の増加により33年9月をピークとして減少し始め、こうした需給バランスの改善とくず鉄価格の値上がりが9月頃から国内市況に好影響を及ぼしたのである。そして価格の堅調に伴い内需も増加し、それが一層価格を上昇させる結果となった。例えば、普通鋼鋼材の出荷量をみると、33年7~9月に月平均61万トンであった内需が、34年2~3月には74万トンまでに着実に増加していることと、その間の輸出の動向とを対比してみれば明らかであろう。鉄鋼価格の騰勢は33年12月頃から強まり、34年2月からは公開販売価格も引き上げられた。

第10-6表 普通鋼鋼材の出荷と在庫

 非鉄金属では、銅関係の上昇が目立ったが、これは 第10-7表 に示すように、輸入禁止と操短により在庫調整が急速に進み、操短を33年9月に一部、そして、12月には全面的に解除するといった需給面の改善と、アメリカの景気回復による需要増加で、銅の海外市況が好転したこととが、価格に反映されたのである。

第10-7表 電気銅の推移

 金属以外の商品でも、出炭抑制の効果がはかばかしくなく、そのうえ需要家貯炭の圧力から軟調を続けている石炭を除けば、ものによりまちまちではあるが、関連需要部門の立直りによる需要増加や、生産調整の効果により上昇、持ち合いないしは下げ幅縮小となったものが多かった。生ゴム、原皮などは、在庫調整が完了し、需要増加と海外高の影響からかなりの値上がりを示した。

 かくて、33年度下半期における物価動向の変化は、操短などの供給側の要因も見逃せないが、直接的には鉄鋼中心の輸出需要の増加、あるいは在庫投資の増大による内需の増大という需要面の好転により達成されたといえよう。

 以上で景気後退から回復過程における物価の推移をながめてきたわけであるが、今次の景気変動の特色を物価面からみると次のようにいえる。

 第10-3図 は引締め後の物価変動を当庁調べ「週間卸売物価指数」により原料品、半成品、製品別に、また生産財、消費財の二部門にくみかえてみたものであるが、在庫投資の変動に左右されやすい原料品、半成品や、生産財の物価変動が下落期にも、回復期にも大きくあらわれ、消費財物価においては相対的に極めて小幅な変動であったことを明らかにしている。このことは今次の景気変動が在庫変動によりかなり影響され、しかもそれが主として生産財の分野において顕著であったことの反映と思われる。つまり、インベントリー・リセッションからインベントリー・リカバリーへといわれる今次の景気変動が物価面にもかなり明瞭にあらわれているといえよう。

第10-3図 後退期・回復期の物価変動

 かくして、卸売物価は経済の順調な回復を反映して強含みに推移するようになったが、その後34年度に入ってからの動向をみると、食料を除いた総合物価は4月0.6%、5月0.1%の上昇テンポでその騰勢は漸次鈍化してきている。これは景気回復の初期にみられた強い在庫投資需要がようやく増勢をゆるめつつあることの反映とみられる。今後の動向としては景気の本格的な上昇に伴い在庫投資、設備投資及び輸出需要の動向を注目する必要があるが、これまでの需要増で生産水準は上昇をみせたとはいえ、設備の稼働率はまだそれほど高くなく、供給力にはかなりの余裕があるから、需給関係からは物価高騰の余地は当面小さいものと思われる。ただ、今後は海外の景気好転で輸入原料価格の上昇というコスト面からの値上がり要因が予想されることである。主として、一部の鉱産物関係にとどまっているが、国際相場は若干ながら上昇気配を示している。もっとも輸入価格に大きな影響を与える海上運賃は世界的な船腹過剰で依然低迷基調を脱していないから、当面さしたる影響はないとみられるが、この点は見逃すことのできぬ要因である。

消費者物価の動向

 消費者物価の動向を、総理府統計局調べ「消費者物価指数」(全都市)(30年基準)でみると、33年3月の101.9から同年9月に102.5、そして34年3月には103.1とジリ高に推移し、この一年間に1.2%の上昇となっている。これは主として野菜の値上がりにより食料の消費者価格が上昇したためであるが、このほか、住居費、雑貨関係で家賃地代、教育費、交通費などの上昇が目立った。これらに対して被服、光熱類は前年に引き続き下落したが、前年の下落率がそれぞれ3.4%、8.6%であったのに比べると、そのテンポはかなり鈍くなっている。

 ところで、引締政策の実施後、卸売物価は11.3%もの下落を示したが、消費者物価のこの間における最低は33年3月の101.9で、最高であった32年8月と比較しても3%程度の下落に過ぎなかった。このような現象は、29年の景気後退のときにもみられたが、消費者物価の下落はなぜ卸売物価に比べてわずかなのであろうか。

 まず第一には、卸売物価の下落は大幅であったが、内容的には、先にも述べたように、国民生活と直接関係の深い消費財物価の下落はわずかであったということである。すなわち、今次の景気後退における卸売物価の下落は主として生産財物価の下落によるもので、消費財関係はこの間に3.9%の下落に過ぎなかった。このため消費者物価も目立った下落とはならなかったのである。

 第二には、家賃地代、水道料、交通費、授業料などは、景気後退の影響を受けず、上昇を続けたということである。

 第10-9表 は30年を基準として、それぞれの時期における消費者物価の上昇率が何によってもたらされたかを示したものであるが、住居費、雑費など、この種の費用の上昇が、33年度にのみみられた現象ではなく、消費者物価の動向に大きな影響を与えていることがわかる。例えば引締め前の32年3月と比べると、この2年間に家賃地代は21.5%、教育費は9.6%、交通通信費は5%の上昇となっている。

第10-8表 消費者物価の変動率

第10-9表 類別物価動向の総合消費者物価指数に及ぼした影響

 しかしその背景には景気後退下にありながらも、概して堅調に推移した消費需要があったからにほかならない。「国民生活」の項にみるように消費支出の増加の中でも耐久消費財、サービス部門への支出は顕著な増加を示した。消費財価格の低落がわずかにとどまったのはこのような需要の動向を反映したものである。そしてサービス料金については公益的性格が強いところから、かなりの規制が行われてきたが、サービス部門への強い需要の動向が供給側における施設の改善、拡充を促進させ、設備費の増加に、人件費などの増嵩も加わって料金コストが上昇することとなったため、引上げを余儀なくされたのである。住関係を除けば一般の生活水準は戦前水準に復帰したとみられるから、このようなサービス料金の値上がりも止むを得ぬものであったかもしれない。しかし生活水準の上昇が国民の各層に全般にみられたわけではなく、所得の低い層においては消費生活が物価の上昇によりかなりの圧迫を受けていることは注目されねばならないであろう。


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