昭和34年

年次経済報告

速やかな景気回復と今後の課題

経済企画庁


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各論

交通・通信

国際旅客の増加とその問題点

国際旅客による外貨収入の増加とその原因

 海外旅行者による為替収入は逐年増加を続けている。すなわち、29年当時には11百万ドル程度であったものが、33年には27百万ドルに達した。その増加の速度は年率約25%であって、極めてめざましいものがあるとはいえ、いまだ総収入の0.8%、一般貿易外収入の8.9%に過ぎず、国際収支の改善に顕著な寄与を行っているとは言い難い現状にある。しかし、この数値は、来訪した国際旅客が、その所持した外貨手帳から入国以降6ヵ月以内に円貨に交換することによって得た外貨による為替収入であって、来訪外客が、日本で円貨に交換して消費した外貨の総額ではない。すなわち、外客は入国の際の外貨以外に外交団消費、恩給年金等の政府支払、機関送金、法人送金、個人送金等の民間送金等によって外貨を受け取る手段を与えられており、ここからの国内消費によって発生する外貨収入も来訪国際旅客なくしては獲得できないものであって、これらをも加えた実質国際旅客収入を推定するならば、その金額は 第7-11表 のごとく、76百万ドルに達し総為替収入の2.2%、一般貿易外収入の25.2%にのぼるものと思われ、その増加の速度は年率19%という高水準にある。しかし、これを世界の主要国際旅客国と比較するならば、我が国の収入は、 第7-12表 のごとくいまだ少額であり、地理的な不利を考慮に入れてもなお今後改善の余地が十分にあるといえるであろう。

第7-11表 実質国際旅客収入

第7-12表 主要国の国際旅客受入状況

 世界的にみても、国際旅客の大宗受入国である欧州諸国への入国者数は大幅な増加を示しており、32年におけるイギリス、オーストリア、スイス等6ヵ国の入国者数は約30百万人になっており、29年以降の増加率は年率10%に達している。また、国際旅客の最大送出国であるアメリカの海外旅行者数は、29年には912千人であったものが、31年1239千人、32年1460千人となっており、この間の増加率は年13%に及んでいる。この原因は、根本的には世界各国特に国際旅客の送出国である欧米諸国の所得、生活水準の向上に帰しえられるが、副次的には、航空機、船舶の輸送力の拡大、運賃割引率の引上げまたは運賃分割後払制度の実施、低廉な宿泊施設の整備、及び査証免除等外客接遇改善、海外旅行奨励、誘致宣伝等各国政府の施策の効果があらわれたことなどによって、諸国の海外旅行性向が上昇してきたことも一因をなしている。例えば、米国においては、29年の平均海外旅行性向を100とすれば、32年には121となっており、その顕著な上昇の跡が認められる( 第7-13表 参照)。

第7-13表 主要国受入国際旅客数及び米国海外旅行者数推移

 ひるがえって、日本中心の国際旅客については、 第7-14表 にみられるごとく、33年には152千人であって対前年比は119%となっている。また29年以降の増加率は年率15%であって上記の世界的傾向に加えるに国際旅行市場における我が国の地位の向上がその原因となっている。

第7-14表 目的別国際旅客数推移

来訪国際旅客の動向

 国際旅客を利用交通機関によって区分すれば、航空機96千人(総旅客の66%)、船舶49千人(34%)となっている。この比率は数年来急激な変化を遂げつつあり、29年当時は、航空機52%、船舶48%とほぼ均等に分担していた。すなわち、船舶による国際旅客は、ここ数年来5万人の線に固定しているのに反し、航空機利用者は増加した国際旅客を全て吸収しているのであって、これは主として国際旅客のスピードに対する要求が原因となって、船舶の輸送力が戦後は戦前の約50%に低下したままほとんど動かないのに反し、航空機の輸送力は急激な増加を示していることによってもたらされたものである。

 国籍別の国際旅客を滞在客についてみると、アメリカ人51.4千人(総旅客の51.7%)、中国人56千人(6.2%)、イギリス人5.3千人(5.8%)、フィリピン人3.9千人(4.4%)となっており、北米、欧州諸国からの旅客の比率が高く約70%を占めている。これに続いては、我が国の地理的条件から東南アジアからの国際旅客の比重が他の受入国に比して大きく、この比率が年々高まっており、アメリカ人の増加と並んで国際旅客誘致の新たな方向を示唆している。

 国際旅客を来訪目的別に区分すると、その31.8%は船舶等の停泊中短時日(72時間以内)近傍に上陸する一時上陸客であり、比重は次第に低下しつつある。15日をこえる長期滞在客は、29年当時は42.5千人で総数の48%程度にとどまっていたが、32年72.1千人、56%、33年86.5千人、57%と漸次増加しつつある。残る11%は外国旅行の途次我が国に立寄った通過客及び往復同一船舶利用の通過観光客(観光周遊船利用者等)であって、この比率も増加の傾向をみせている。( 第7-14表 参照)

 33年には、世界的な訪日熱の高まりに加えてアジア競技大会、国際芸術祭等多くの国際的な催しが開催され、さらに観光周遊船が春6隻、秋2隻計8隻訪れたことによって(32年には2隻)来訪観光客は43.9千人(対前年比125%)と大幅に増加し、一時上陸客を除く国際旅客に占める比率では32.6%となっている。

 観光客及びアメリカ旅客の増加は、一人一日平均の実質国際旅客収入の増大をもたらしているが、一方長期間滞在する商用及びその他の客(その内訳は公務関係者、学芸関係者等である)の比率が減少しているため、平均滞在日数が短期化する傾向にあり、このため、国際旅客一人当たりの実質国際旅客収入は若干の減少を見せている( 第7-10図 参照)

第7-9図 ブロック別滞在客数

第7-10図 32.33年における滞在客の1人1日平均国際旅客収入 1人平均滞在日数 1人平均国際旅客収入の対前度比

問題点

国際旅客の来訪を阻害するもの

 戦後、特に近年ソーシァル・ツーリズム--国の助成による有給休暇旅行--の普及等の影響を受けて国際旅客の範囲が拡大し、低所得階層に移行しつつある。このような低所得階層の国際旅行意欲に主として影響を与えるのは費用の問題である。ここでは、そのうちで特に大きな比重を占める国際交通費について、大宗送出国たる米国を中心として日本及び西欧を比較してみたい。アメリカ人海外旅行者のうち約70%は東部及び中央北部の居住者であり、これら国際旅客の国際交通費を航空運賃についてみれば、ニューヨーク/日本の航空運賃は、ファーストクラスで816.3ドルであり、ツーリストクラスでも592ドルとなっている。一方、ヨーロッパに旅行する場合にはファーストクラス500ドル、ツーリストクラス320ドルであって、その差は極めて大きい。また本邦に来訪するアメリカ人旅客のうちで比較的大きなウェイトを占めている西部からの太平洋横断運賃についてもファーストクラス650ドル、ツーリストクラス488ドルとなっており、本邦の地理上の位置の孤立性さらにニューヨーク/日本の滞空時間が25時間(うち太平洋横断は16時間)であって大西洋横断のそれの約3倍に達するという時間的な不利をも生み、両者相まって米国の極東への潜在的旅行需要の顕在化を妨げる大きな要因をなしている。しかし、今後ジェット時代に入って時間差が短縮され、さらに大西洋横断航空路においては既に実施されているより低廉なエコノミークラスの設定等による運賃差の軽減によって、これらの欠陥は漸次改善に向うものと思われる。

国際旅客の国内流動を阻害するもの

 33年における平均滞在日数は一時上陸を除き24.2日であり、うち観光客(通過客及び通過観光客を含む)のそれは13.9日(いずれも1年以上滞在する者を除く)であった。来訪国際旅客の滞在期間は欧州諸国のそれに比して若干長いが、国際旅客市場として孤立した地位にあり、また観光対象が細長い形状の国土の中に散在する我が国の特質をかえりみるとき、いまだ十分とはいい切れない。これは、国内諸施設の以下に述べるごとき不備が国際旅客の国内旅行意欲の充足を阻害し、その有する日程の十分な活用を妨げていることに起因するものといえよう。すなわち、32年における国際旅客の宿泊状況を地域別にみると延宿泊日数を100とすれば東京54%、横浜、湘南、箱根11%、京阪神17%であって、この三つの地域だけで83%を占めており、国内流動状況においても東海道への集中度が高く、国内での旅行を十分に享受しているとは言い難い。その原因としては、職業上の旅行目的地が東京をはじめとするこれらの地域にあり、また観光対象が多く存在することが第一に挙げられるのは当然であるが、他の地域では国内交通施設が著しく見劣りがすること、宿泊施設が不備であることも見逃せぬ要因である。道路についてみれば観光事業審議会によって設定された観光52ルート8070キロメートルの道路はその舗装率は31%(33年4月現在)に過ぎず、有料道路の進捗も万全とは言い難い。また国鉄の電化営業キロは33年11月現在2224キロであって、その比率は約11%であるが、電化路線の63%までは、東海道線及び東京、大阪付近の線区に集中しており、地域的不均衡がはなはだしく、これを補うべきディーゼル化も総客車走行キロの7%程度に過ぎない。一方航空についてみれば、従来は国際空港が羽田のみであったために、航空機利用の日本来訪国際旅客はここに集中せざるを得ず、他地域への旅行に不便を感じさせていたが、34年度に入ってようやく伊丹が国際空港として使用される運びとなったものの、いまだその整備は完全ではない。また国内のローカル航空網についても、空港の未整備のため定期性を欠き、ために国内交通施設としての欠陥を露呈している。さらに宿泊施設についてみれば、33年11月現在の全国主要ホテルの総室数は6970室であり、このうち40%は京浜地域に、21%は近畿にあり、前記国内交通施設と同様の地域格差が目立っている。

国際交通施設の立ち遅れ

航空機

 33年に日航が輸送した旅客は65.3千人であるが、このうち26.6千人が国際旅客であった。しかし、航空機による入国国際旅客数に占める日航の割合は約15%(14.6千人)に過ぎず、このため航空旅客運賃の為替収支では5364千ドルの赤字となっている。その原因は主として我が国の有する国際航空網の立ち遅れに帰しえられるが、特にヨーロッパ/日本の航空路(最近開発が進められつつある北極圏経由も含む)が存在しないことが大きな欠点となっている。一方東京国際空港乗入れの外国航空会社は34年初現在13社であり、週525往復を行っており、特に太平洋横断航空路ではPAAが34年秋よりプロペラ機の2倍の収容力とスピードを有するジェット機を就航させる計画を有しているのに対し、日航は諸般の事情から機材の入手がおくれ、ジェット機の就航は35年7月以降に行われる予定となっており、この間輸送人員及び運賃収入の大幅な減退を招くことが予想される。また東南アジア航空路においても、BOACは既にジェット機を就航させており、他の諸国も34年度には中距離ジェット機またはターボプロップ機の就航を完了する予定となっているにもかかわらず、日航の中距離ジェット機の就航は、かなりおくれる見込であって、ここでも同様の問題に直面している。

船舶

 33年度における邦船旅客輸送量は三国間輸送を除き37.4千人(対前年比90%)であるが、うち33.6千人は沖縄航路及び南米移民船による輸送人員であり、これらを除いた輸送人員は2.8千人となっており、邦船のうち、もっぱら太平洋の旅客輸送に従事している船舶は、戦前以来の老朽船1隻に過ぎない。他方、アメリカは既にAPLが2万トン級客船2隻1万トン級客船1隻を就航させて年間24航海の旅客サービスを行っており、イギリスも先にふれた太平洋横断旅客の増加傾向に対応して、オリエント・パシフィック・ラインが34年より2万トン級客船3隻により年間4航海の旅客輸送を行い、かつ、これを漸次増強する予定であって、船舶による国際旅客輸送に占める邦船の割合はさらに低下するものと予測される。


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