昭和34年

年次経済報告

速やかな景気回復と今後の課題

経済企画庁


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各論

鉱工業生産・企業

設備投資の根強さ

昭和33年度の設備投資

投資水準とその内容

 33年度の設備投資は国民経済計算の実績見込みによれば、前年度比6%の減にとどまっている。一方当庁の「法人企業設備投資予測調査」(資本金1億円以上1450社)(工事進捗ベース)によると、総額9,882億円で戦後最高の前年度より12%下回ったが、後述するように投資財価格が前年度より低下しているので、実質額の投資減少の幅はもっと小さいものとみられ、景気後退の中にあってもなおかなりの高水準を維持したといえる。

 業種別に33年度の設備投資の構成及び増減をみると 第2-1表 のごとくである。全体の5割を占める基礎産業が電力、石炭の増加と鉄鋼の堅調とで海運の減少にもかかわらず合計額では前年度なみの高水準を維持し、放送通信、ガス、サービスなど第三次産業を含む「その他」産業は規模こそ小さいが、前年に続いて投資水準が高かった。また一般産業は前年度より低下したが、このうち石油化学、合成繊維、電気機械などでは堅調を続けた。

第2-1表 産業別設備投資の比重及び水準

 しかし33年度中の投資が上・下期を通じて増加したのは、放送通信、道路運送、石炭など一部業種に限られ、繊維、化学、電気機械や、私鉄、建設、サービスなどの投資活動は、いずれも景気好転の下期に入って増加した。これに対して食料品、一般機械、窯業、非鉄金属、製紙、石油精製などは依然減少のままであった。

高水準維持の背景

 設備投資が年間を通じてかかる高水準を示したのは、第一に継続工事の割合が高く、これが景気後退に対するいわば歯止めの役割を果たしたからである。各産業の設備投資は技術革新による大規模な工事が多かったので、発注する設備機械は大型のため納期が長くかかり、工事総額中に占める継続工事の割合は、なお8割を占めていた。特に電力、鉄鋼などの基礎産業の一件当たり投資規模は他産業に比べて大きく、継続工事全体の67%と高い地位を占めた。継続工事が多く、そのため投資活動が堅調であったことは、機械メーカーの手持工事高と完成高(販売高)との関係にも反映されている。 第2-16図 にみるごとく機械設備の新規注文が急減したあとでも、なお月間完成高の20倍近くある受注残高を漸次食いつぶすことにより、完成高は高水準を保つことができたのである。

第2-16図 機械受注、販売高、受注残高の推移

 第二には財政投融資や世銀借款をてことした国家の強力な支えによる安定資金の供給が設備投資水準を高支えすることになった。全投資額の5割を占める電力、鉄鋼などの基礎産業に対する安定資金の供給により長期かつ大規模の設備投資計画をあまり変更せずに進められたため、年間を通じて高水準の投資を維持することができた。

 第三は消費需要の堅調に関連のある産業での設備投資の盛行である。放送通信では年度中にテレビ局が49局新設され、都市ガスは需要増大に対応して五ヶ年計画に基づく増設工事が行われている。またトラック、バス輸送、観光事業などサービス業の新増設も活発なものであった。

投資意欲の再燃

33年下期以降の増勢

 前述のごとく工事進歩ベースからみた産業の投資活動は年間を通じてあまり大きな動きをみせなかったが、企業の投資意欲は33年度下期以降再び増勢をみせている。

 当庁調の「機械受注状況調査」により各産業の設備用機械需要の推移をみると、 第2-17図 のごとく33年後半になって増加し、回復の過程から再上昇の段階に移ったとみられ最近の受注水準は31年年央に匹敵する。

第2-17図 基礎産業及び製造工業別機械受注の推移

 機械受注のかかる著しい増加傾向も33年度下期中は資金繰りの緩和と景気の先行き不安の解消により、それまで繰り延べていた設備工事を復活したための増加がその大半を占めていた。すなわち景気の回復段階では、当初計画による電力業からの発注は別として、鉄鋼、石油化学などでは付帯設備など繰り延べ分を復活させたに過ぎないし、一般産業では補修投資の範囲をでていなかった。

 しかし上昇期に入った34年初めからは、鉄鋼の第二次合理化計画の追加工事や石油化学、合成繊維、電子機器、自動車などの一部における新増設機械の発注がみられるようになった。また33年度上、下期を通じて減少傾向にあったセメント、石油精製の投資も34年度になって増え始めている。

 こうした企業の投資意欲の強さは、財政支出の増加、消費需要の堅調など需要面からの影響も少なくないが、技術革新による設備近代化意欲が強く、自社の支配力をできるだけ強めていこうとする企業間競争が大きな底流をなしている。31年の投資ブーム期の技術革新は各種の新製品、新産業が登場し、既存分野における新製法の採用が行われた時期であった。現在の投資意欲の盛り上がりはこれら技術革新投資の成長期であって、その差が投資の沈滞期を短くし、早期に投資意欲を再燃させているものとみられる。

 最近の投資意欲の盛り上がりは業種によって次のグループに分けてみることができる。その一つとして新産業の工業化への努力が挙げられる。これにはポリエチレン、芳香族、合成ゴムなどの石油化学、アクリル、エステル系などの新しい合成繊維などがある。それらは工業化もまだ初期段階にあるため小規模操業であったが、需要の急速な伸びに対応して操業規模を拡大しようとする投資である。トランジスターもこの部類に属する。

 次に特に成長力の大きい産業の量産体制確立のための投資が挙げられる。テレビ用ブラウン管をはじめ小型乗用車、合成繊維のうちのナイロン、ビニロンなどは今後も需要の拡大が期待されるところから、各企業では量産体制確立のためのかなり大幅な新、増設に積極的となっている。

 この他既存産業の投資の増勢がある。石油化学の原料、自動車工業の燃料にあたる石油精製では、前年の付帯設備投資から、再び精製設備投資の比重が大きくなりつつある。また原料面で合理化投資として、硫安におけるガス源転換、パルプにおける広葉樹への投資がある。この他製紙部門における大型、ハイスピードの抄紙機へ投資も増えつつある。これらの投資は生産性の高い量産機械への発注となるが、これに付帯したオートメーション機器の採用は各所にみられる。

 以上のように技術革新による企業間の設備投資競争を底流とし、さらに景気好転が投資意欲を強める影響をしていることは疑いをいれない。従来の経験値から企業の設備投資の決定要因を分析してみると、 第2-2表 の通りであり、企業の設備投資は金融環境、操業度、利益率の増減変動に対してかなり高い相関を示している。今回の景気回復過程においても、金融が緩慢化傾向をたどり、操業度が平常水準に復し、利益も次第に回復していることが、さらに投資意欲を高める方向に働いている。特に我が国の企業は銀行借入依存度が高いので、最近の金融環境が資金調達に有利に働いていることが、機械受注にみられるような投資意欲の再燃に相当大きな影響を与えているものとみられる。反面我が国の企業の設備投資が固定資本残高や設備能力の増加のためにマイナスに働くという傾向は、それほど表面にあらわれていないようである。この点については次に検討を加えよう。

第2-2表 業種別投資決定要因

高度化段階の設備投資

設備投資と生産力効果のギャップ

 前述したごとく、最近の設備投資は景気が回復から再上昇局面に移行するにつれて、はやくも増勢に転じようとしている。31年、32年と累積した設備投資もその反動調整段階として危惧されたほどの長期沈滞現象をあらわさずに経過し得たといえよう。

 ではなぜブーム機に急増した設備投資が、過大な生産力効果を全面的に生じなかったのか、次にその要因について検討しよう。

投資資材価格の上昇

 その第一の要因は、予想外に大きかった投資資材価格の上昇である。

 31年の投資の増大は、建設資材の需要を急増させ、まず鉄鋼への需要が生産能力を大幅に上回る結果となり、日銀調の卸売物価では、31年末のピーク時に、30年平均価格に対して5割の値上がりを示すに至った。その後価格は低下傾向をたどったが、それでも31年から33年の間の平均価格は30年価格より3割も上昇している。

 また機械製品の価格も、鋼材価格の値上がりによる原材料コストの上昇は、機械需要の集中による受注残高の累増と相まって、上昇を続け30年平均に対して2割高の水準を維持している。しかもその内容をみると、 第2-18図 のように設備投資に直接関係の深い機種においては特に上昇率が目立っている。一般機械部門の総合価格の上昇は31~33年平均値で16%であったが、クレーンやコンプレッサーの類では最高5割も騰貴し、31~33年平均でも4割の上昇となり、旋盤でも約3割の値上がりを示している。電気機械にしても同様で、電動機、変圧器類は、大量生産品種の価格騰貴はあまれみられなかったが、少し大型のものになると3割以上の上昇となっており、大規模な設備投資に関連する注文生産品種では、これ以上の価格上昇を示しているものとみられる。

第2-18図 投資関連資材価格の上昇

 従って投資額の増大と生産力効果を結びつける場合には、この価格騰貴による影響を相当に割引いて考えねばなるまい。

基礎産業、第三次産業の投資増大

 次に第二の要因として大規模な投資でありながら、長期計画に基づいているため本来過大な生産力効果を生むおそれの少ない部門への投資増大が挙げられる。電力では電源の増強に長期間を要することから、長期の需要趨勢を想定して工事が進行される性格が強い。特に31年以降の投資においては、趨勢的需要の増大にあわせて、ある程度の供給余力を早期に獲得せんがための開発規模が考慮されていた。このため30年度の1,400億円から33年度まで逐年500億円程度ずつ投資額が増大しており、全体の投資額を高水準に維持するための一大支柱となっている。

 さらに輸送力増強のための運輸等における投資の増大、消費の堅調を反映した第三次産業部門、とりわけテレビ・ブームにのった通信、放送等の投資の増大は、製造業のようには直接過剰設備が重荷にならない投資であっただけに、深刻な影響を残さなかったといえよう。

技術工程の高度化

 第三の要因としては生産技術工程の高度化による投資額の増大が挙げられる。

 30年以前の投資は、およそ既成生産力の量的拡大を意図した投資が主であり、繊維工業における合成繊維の進出にしても、ナイロン、ビニロン等で企業化の先駆をみせた程度で、本格的な技術革新の進行を裏付ける投資の比重はまだ低く、比較的少額の投資でもその生産力の増加は大きかった。

 ところが今回の循環過程を通じての投資は、技術革新による新製品の創造、新生産方式の導入がその主流をなしていて、合成繊維、合成樹脂、有機合成製品や、生産工程のオートメーション化等にみるごとく、労働節約的、資本集約的な投資が多彩な展開を示している。

 もともと装置産業で資本集約的性格の強い化学工業を例にとっても、この期間に新たに登場した石油化学工業では、その性格を一層濃くしている。その主製品である樹脂部門の建設費をみると、ポリエチレンでは日産トン当たり約2億円を要し、合成ゴムでは約1億円強の投資額が必要としている。これに対して比較的新しい合成樹脂である塩化ビニールや尿素樹脂でさえ、建設費が約4,000万円ですむことからも明らかなように、日進月歩の生産技術の向上が数等高額の投資額を要求している。

 生産単位当たり投資額の増加傾向は、繊維工業においてさらに明瞭にあらわれている。原料を海外から輸入する綿糸の場合では、投資としては、糸を紡ぐのみですみ、これに要する工場建設費は約1.5億円あれば十分だった。また従来の化学繊維部門であるビスコース・スフやレーヨン糸では、その生産に要する投資額は日産トン当たり約2億円から3億円程度であったが、合成繊維においては、ビニロンの約2億円程度はむしろ例外で、ナイロンや最近生産され出したポリエステル系繊維、ポリアクリル系の繊維では約4億円以上にもなっている。

 このように生産単位は同じ1トンでも、生産技術工程の高度な物資の生産が行われるようになって、資本投下単位が増大する傾向にあったといえる。

付帯工事の増加

 第四の要因は、付帯工事の増加による投資額の膨張が挙げられよう。

 鉄鋼業にみるごとく、26年から30年度までに実施された第一次合理化工事においては、その主力が最終生産部門である圧延部門に向けられていて、既設工場内における設備拡充にとどまっていた。ところが31年以降の第二次合理化工事では、生産工程内部のアンバランスの是正が目標とされたことから、第一次合理化当時と異なり製銑から圧延まで一貫した規模において投資が行われている。そのうえ高炉容量にしても、30年以前は最高600トン/日であったのが、最近では1000トン、あるいは1500トン以上にもなり、この生産規模の増大から、大規模の新工場の建設が必至となっている。このため土地造成、港湾設備の設営等の付帯工事が増加している。

 また、石油精製では、蒸溜設備の増設や、高オクタン価ガソリン生産設備の拡充もさることながら、タンカーの大型化に伴って港湾施設の改修や原油貯油設備の新増設等の付帯設備の投資額が増大している。

 これらの例にみられるような付帯設備工事が、生産能力の増大以上に投資額を増加させた原因となっている。

生産力効果発現の遅延

 以上の生産力を増加させるのに今までよりも多額の投資が必要であったといういくつかの要因の他に、第五の要因として、機械受注残高の累増による納期の延長や、設備の適正採算規模の増大による大型化、長期化によって生産力効果の発現が遅延したことが挙げられる。

 自動車工業における設備投資にみるごとく、月産5千台だったのを1万台に増設する際に、その生産装置を単に倍加するといった方法をとることはない。生産様式そのものを抜本的に改善する必要があり、プレス工場から工作部門、鍛造部門と順を追って工事を実施していくため工事期間が長期化し、生産力効果発現が遅延している。

 また、先に述べた鉄鋼業にしても工事の大型化により、付帯設備に介入によって、土木工事が先行し、能力発現の時期に比して多額の投資が早期に実施されてきている。従って第二次合理化工事全体でみると、31年に着手されてから、33年度末までに投下された資本額は計画の約5割以上にも及んでいるが、能力化されたのはまだ3割程度にしかなっていない。

 しかしこれらの例は先に述べた諸要因が直接投資額を増大されるものであったのに対して、単に時間的ズレの現象を示しているに過ぎない。

技術革新下における設備投資の問題点

 以上の諸要因は、今回の景気循環における設備投資とその生産力効果の関係にギャップを生じさせ、31年以降の急増した投資を、そのままの大きさで産業全体に影響を及ぼすことを回避させてきた要因であった。そして企業は懐妊中の投資が多くあり、また新技術、新産業などの投資機会への期待が依然大きいことから、投資を推進拡大していこうとする力にはなお根強いものがある。

 それでは技術革新を底流とした今後の設備投資の動向について、手放しで楽観し得るのだろうか。技術革新の展開が生んだ先述した要因は、今後もある程度引き続いていくものとみられるし、また硫安などでとられようとしている旧式設備の廃却によるスクラップ・アンド・ビルド方式が次第に各産業部門に波及して設備投資ほどに生産力発現を大きくしない要因として働く余地もあり得るだろう。しかしながら今回の循環時において、設備投資の規模と生産力効果の間にずれを生じさせた一つの要因であった投資関連資財価格の上昇は、投資ブーム期の一時的現象であり、景気一循環を経て機械、鉄鋼の供給能力も相当増大していることから考えると、今後は大幅な価格騰貴を示すとはみられない。また、今まで生産力効果の発現が遅れてきた設備工事が、このさき顕在化して需給関係にどのような影響力をもつかという問題は今後の設備投資の動向に即して注目しなければならない。

 我が国の企業が市場占拠率を高め、あるいは維持していこうとする競争の激しさと、技術進歩が外国技術の導によって行われる度合いが多いために比較的容易に新技術を獲得し得ることもあって、異業種間でも同業種内部でも設備投資は一時期に集中、競合して行われる傾向をもっている。そして企業の外部資金依存度が高いことから、資金の調達条件が好転しさえすれば、設備投資は常に盛り上がりがちである。しかしその反面に、投資が競合して行われれば、技術革新収穫期の過剰設備傾向がそれだけ大きくなるおそれもあり、投資機会を早期に縮減せしめる懸念があるわけである。

 企業の健全な競争が、常に新しい投資機会を求め、新しい型の需要創造を目ざして行われることは、経済発展のために、必要な条件であることはいうまでもない。しかし同時に設備投資の増加をできるだけ安定したテンポで進め、景気変動の幅を小さくし投資集中による過剰設備の発生をなくしていくような条件をも満たしていくことが望ましい。事実31年、32年の設備投資の増大は、繊維や化学工業の一部にあって過剰設備を生じさせたという反省もある。今後の設備投資が行き過ぎた競合による過剰設備を生むことのないように、当面及び長期にわたる需給関係、生産力と操業度の関係に対する配慮は、政府、民間において従来よりも深められ、企業が自主的な調整をはかろうとする気運が醸成されるようになっている。

 従って今後の投資に関しては、より科学的な需要予測に基づいた協調的な投資態度が一層望まれるとともに、新技術の国内開発への不断の努力が、長期持続的な投資機会の創造により、経済成長への足がかりを固めるためにも重要な課題となりつつある時期といえよう。


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