昭和34年

年次経済報告

速やかな景気回復と今後の課題

経済企画庁


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総説

経済構造の近代化とその問題点

経済構造の近代化

 30年以降の景気の一循環を終り、新しい上昇局面にさしかかった現地点に立って過去を振り返ってみると、景気の山と谷を通り過ぎながら我が国経済の規模が一段と大きくなったことがわかる。最近4年間に国民総生産は3割、鉱工業生産は6割、輸出は7割、雇用は3割、賃金、消費の水準は2割増えた。これらの伸び率は 第29図 の通り欧米諸国と比べてもめざましいものであった。しかもただ経済規模が大きくなっただけではなく、技術革新が経済の各分野に浸透していく過程で、我が国の経済構造には大きな変化がおこっている。

第29図 最近4カ年間における経済拡大率の各国比較

 まず産業構造をみよう。最近4年間に農業や林業などの第一次産業の国民所得に占める割合は22%から18%に減り、それだけ第二次と第三次産業の比重が高まっている。

 第二次産業内部の構造近代化は一層激しく、 第30図 に示すごとく重化学工業化の急テンポな進展がみられた。繊維、紙パルプ、窯業などの比重が下がり、金属、機械、化学工業の割合が高まっている。このため製造工業の付加価値構成における重化学工業の比重は戦後も30年に至るまで、長らく5割で推移したものが32年には6割になった。さらに各業種の中でも繊維工業では綿、人絹から合成繊維へ、化学工業では肥料から石油化学と有機合成化学へ、機械工業では船舶や繊維機械から自動車や耐久消費財へと発展の重点が移りつつある。このような産業構造高度化の進展を可能にしたのは高水準の設備投資であった。我が国の国民総支出に占める固定資本形成の比重は 第31図 の通り主要工業諸国よりも高く、その中でも設備投資の割合が大きい。つまり我が国では諸外国に比べて消費や個人住宅などの個人生活面よりも優先してより多くの設備をこしらえているわけである。量的に設備投資が大きいばかりではない。 第32図 のごとく最近数年の間に投資の重点は重化学工業へと急速に移っている。

第30図 産業構造の重化学工業化

第31図 国民総支出に占める固定資本形成の比率

第32図 投資の構造変動

 次に輸出は東南アジア諸国の外貨不足や先進国の輸入制限など種々の悪条件にもかかわらず最近4年間に7割というめざましい伸びぶりであった。量的に輸出が伸びるとともに輸出構造も 第33図 の通り次第に世界貿易の変化の方向にそって重化学工業化が進んできた。29年と33年の輸出を商品別にみると、伸び悩んでいる繊維でも3割増えているが、機械は3倍、金属製品は5割増となっている。もっとも機械では船舶やミシンなどの占める割合が大きく、今後世界の需要が急速に増えると予想される自動車、産業機械、電気機械などの占める割合が少ない。これらの輸出を増やすのが今後の問題である。

第33図 輸出構造の比較

 前に述べた旺盛な近代化投資が、このような輸出増加を支える有力な要因であったことを忘れてはならない。それは労働生産性の上昇による労賃コストの低下にあらわれている。 第34図 は先進工業国とこの点について比べたものである。我が国の労働生産性向上の跡は著しく、賃金も相当に上昇しているにもかかわらず、製品一単位をつくるのに必要な労賃コストは、先進国と反対に下っている。これが価格低下を可能にし、製品の品質性能の向上と相まって輸出増加に寄与したのである。

第34図 労働生産性、賃金コストの推移

 消費の増加率は生産や輸出に比べると見劣りするが、先進諸国と対比してみると必ずしも低いわけではない。また消費の場合にも戦前水準に回復した29年頃を境として、その内容の改善が進んでいる。まず消費に占める食料費の割合、つまり「エンゲル係数」をみると29年の53%から33年の48%に減り、それに代って住居費や教育費、娯楽などの雑費が急激に増えている。また食料の中でも主食から肉や乳製品へ消費内容が高級化し、耐久消費財の中でもカメラやミシンは一巡しテレビや冷蔵庫へと需要が移りつつある。

 以上みたところから、我が国経済は量的に拡大したばかりでなく、かつてなかった速度で構造の近代化が進んだといえよう。しかし近代化は一様に進んでいるわけではない。これまでの高成長の中で急速に進んだ分野と立ち遅れ、とり残された分野とがますます明らかとなってきている。いま日本経済はこのような跛行性の克服に取り組むべき段階に立っているといわなければならない。このような観点からまず産業構造の高度化に伴う問題点をみよう。


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