昭和34年

年次経済報告

速やかな景気回復と今後の課題

経済企画庁


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総説

昭和33年度経済の回顧

世界経済の動向と我が国景気の現局面

 世界経済の動向に目を転ずると、それは戦後三回目の景気後退からの回復過程にある。今次の景気後退は、はじめ戦後最初の本格的なものに発展するのではないかと懸念された。その理由として二つの点が指摘された。第一はアメリカと西欧の景気後退の時期が重なり、不況が世界的に累積波及する可能性があること、第二は過去二度の後退が戦後復興需要の一巡や朝鮮動乱の終結といった特殊要因によるものであったが、今回は設備過剰による設備投資の減退という経済の内部的動因に根ざしている点であった。確かに今度の景気後退は戦後では最も長くかつ深いものであったが、予想されたほどではなかった。

 まずアメリカ経済についてみると好況のピークから後退の底までの落込みは生産で13%、設備投資で約2割であったが、心配された景気の累積的下降あるいは長い沈滞はおこらず、33年春には底入れした。その後在庫調整が一巡すると意外にはやい回復過程をたどり、この4月には工業生産は既に後退前のピークをこえた。 第27図 は国民総支出の推移を示すものであるが、今次景気後退が割合に軽くすんだのは、設備投資や耐久消費財需要がかなり減りながらも、全体としては最終需要が堅調のうちに推移したためである。これは社会保障制度や農産物価格支持などの自動安定装置の働きと軍事支出、公共建設などの財政支出増大によるものであった。

第26図 日本、アメリカ、イギリスの鉱工業生産

第27図 アメリカの国民総支出の推移

 一方西欧諸国は昨年中比較的緩慢な後退を続けていた。これは直接には在庫調整の過程としてあらわれているがそれをもたらしたものは設備投資の減退のほかに金融引締政策の影響、輸出の停滞、アメリカの景気後退に対する不安など複雑な要因がいりまじっている。このため国によって後退の程度も様相も違い、従って回復の時期にも遅速があった。しかし総じて今年に入って各国とも回復に向っている。ここでも景気を下支えたのは消費の堅調と住宅投資などを中心とする財政投資及び金融緩和政策であった。またアメリカへの輸出が増えたことも見落せない要因である。西欧からアメリカへの小型自動車の輸出が32年の26万台から33年の42万台に急増したことなどもその一例であるが、アメリカの消費堅調のおかげで西欧のアメリカ向け輸出は前年に比べて7%伸びた。その反面、アメリカからの輸入は22%も減り、そのうえ後進諸国との交易条件の好転もあって、33年中に37億ドルの金外貨が蓄積された。アメリカの景気後退が始まったときに世界的なドル不足が再び深刻になるのではないかと懸念されていた。しかし事態は 第28図 のごとく逆となり、そのため西欧諸国も内では財政支出と金融緩和政策によって景気後退を支え、外では懸案の通貨交換性回復に踏切ることができたのである。

第28図 金、外貨準備の推移

 今回の通貨交換性回復は貿易自由化への世界的潮流を一段と進めた画期的なできごとだった。その後の動きをみると、貿易為替の自由化は予想以上のスピードで進められている。西欧諸国が貿易為替をここまで自由化しえたのは経済全般にわたって各国協力して計画的に政策を進めてきたからで、欧州共同市場の発足がこれをよく物語っている。

 かかる先進国の動きに対して後進国は景気後退の影響を最も手ひどく受けた。後進国の経済は輸出状況に依存する度合が大きいが、33年中の北アメリカ、ヨーロッパ、日本以外の諸国の輸出は輸出品価格の下落のために前年に比べて約19億ドル、5%減少したが、これは世界銀行貸付実行額の最近5年分にも相当するものであった。最近原材料商品相場の底入れとともに後進国にもようやく回復の兆しが現れ、外貨事情もわずかながら好転し始めている。

 以上最近までの世界経済の動きを概観したが、その中から今後世界経済の問題を拾うならば次のごとくである。まず第一に貿易為替の自由化がもはや世界の大勢であるとするならば、国際収支に対して各国は一層敏感となり、国際均衡を重視する方向に進むだろう。第二にはアメリカ、西欧ともに生産設備にはかなりの余力をもつようになったので、設備投資が強い景気上昇の動因となることに多くの期待をかけることは難しい。景気後退を支えるうえに大きな役割を果たした財政政策も、内にはコスト・インフレの危険をはらみ、外には国際収支の維持を要請されているため、その幅はかなり制約を受けるだろう。最後に国連経済報告が重視しているように先進国の成長率が鈍ることは、後進国の開発にも大きな影響を及ぼさずにはいないだろう。景気循環を経るたびに、先進工業国と後進国との間には、経済発展の開きが大きくなり、いわば世界的に二重構造が深まりつつある。国際的規模での問題の解決が今日ほど必要となっているときはないだろう。

 このような世界経済動向のなかで、我が国の景気は33年秋以降急速に立ち直った。これは既に述べたように漸増傾向を続けた最終需要の増加の基礎のうえに、在庫減らしが一巡し、在庫補充に転じたことによるものである。ここ数カ月以来物価は安定し、工業の操業度も回復し、企業経営もほぼ安定採算に復し雇用者数は着実に増加し、金融基調は緩和傾向をたどり、国際収支も黒字基調を続けるなど、再び30年当時のような数量景気が展開されている。

 数量景気というのは、需要は拡大しているが、供給力に余裕があって、物価が安定し、国際収支の黒字が続き、金融も緩慢な基調にあるといった均衡のとれた状況の下で経済が拡大していくことである。もし需要拡大があまり急激になると、このような均衡は次々とくずれさるのである。34年度は個人消費、財政、輸出、設備投資、在庫投資などいずれの需要要因もかなりの伸長を示し、8%程度といった高い経済成長率が見込まれている。30年度にもみられたように、景気停滞から上昇へ移る時には、成長率が高くなるのは普通であるから、高い成長率だからといってそれが直ちに数量景気がくずれさることを意味しない。しかし、輸出についてみると国際環境は30年当時ほど有利ではなく、輸入は循環的増大期に入っているので、国際収支の黒字は漸次縮小の傾向にあるとみられること、及び技術革新がはげしい企業間競争と結びついて企業の投資意欲が旺盛であることに留意しなければならない。産業設備投資が行き過ぎて安定的成長を妨げる要因とならないよう十分な配慮が必要であろう。


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