昭和33年

年次経済報告

―景気循環の復活―

経済企画庁


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各論

建設

公共事業の推移と動向

昭和32年度の公共事業

 昭和32年度の公共事業は総事業費において約2,600億円であって、前年度より約300億円の増加を示しており、29年度より前年度まで微減ないし持合いで推移してきた公共事業費の頭打ち傾向に若干変化を生じた。これを事業種類別にみれば 第55表 のごとくであって、増加の特に著しかったのは前年度において、経済発展の隘路として注目をあびた道路、港湾等の産業基盤整備部門であり、前年度に比して40~50%が増加されることとなった。これに対し、治山治水対策、食糧増産対策等の諸部門は4~11%とその増加率は少なく、また災害復旧事業については新規災害発生額の減少を反映し、29年度より一貫して減少傾向をたどっている。これらの動きは前年度において観察されたものと同一の基調に立っているが、産業基礎部門への投資強化が前年度に比し格段の進展をみせ、このため総事業費においても約14%の増加となって現れてきていることが本年度の特色といえるであろう。総事業費の増加は 第56表 にみるごとく30年度以来減少を続けてきた地方公共団体の負担額を再び増加させることとなった。

第55表 公共事業総事業費

第56表 公共事業総事業費の国、地方及び財政投融資負担額

 予算編成に際して示されたこのような公共事業費の強化は、30、31年度を通じ、急激に成長した経済の構造変化に適応するような態勢を整えるものとして時期的な遅れはあったが積極財政の一環となり、極めて明確な方向を打ち出したものであった。しかるに32年1月より急速な経済拡大に起因する国際収支の悪化が次第に深刻化するにつれて、年度当初において既に政策は引締めへの転換を迫られることになった。かくして6月19日、金融引締政策及び財政投融資における約15%の繰り延べを中心とする「国際収支改善のための緊急総合施策」が決定された。しかしながらこの施策は公共事業に関しては「施行の時期を調整する」建前であって、量的には大きな影響をもつものではなく、当初の方向は大体において達成されたものと考えることができる。

 総合施策の効果が投資面に現れ、景気後退が全般的に浸透してきた後も公共事業支出が前掲 第86図 の ② にみるように例年の型どおりほぼ持合いで推移した事情は、結果的には拡大された公共投資が第3・四半期以後のデフレの急激な進行を緩和する一つの要因として働いたものであったと考えられる。公共事業のもつ経済的な影響力についての示唆を得るため、以下過去の推移について若干検討してみよう。

公共事業の経済的性格

 戦前の公共事業の動きの一端を知るために、内務省所管関係の土木費の実質額(昭和31年価格、国費、地方費計)を時期別に平均してみると 第87図 のごとくである。その内容と範囲は今日のものと異なるので、厳密な比較はできないが、昭和に入ってからの土木費は飛躍的な増大をみており、実質国民所得に対する比率も3.3%と最近の公共事業費の国民所得比率を上回るものとなって、戦前の最盛期を形成している。この間の各事業の構成比をみれば、道路及び港湾についてはその伸長が大きく、従って土木費中の構成比率も次第に増加しているが、他方河川は投資額が安定的であるため、構成比率においては漸次減少をみせている。これは災害復旧費の動きと関連をもっており、昭和9、10年度に災害が著増をみたことと併行して河川事業費も増加しているのである。

第87図 実質額による土木費の推移

 また昭和に入ってからの道路及び河川事業費の増加の一因が、昭和6~8年度の失業救済道路事業及び昭和7~9年度の時局匡救事業にあったことは注目される。すなわち当時の不況による失業者の救済と、特に農村における急激な所得低下に対して収入の道を開くことがその主眼であり、この事業費は昭和8年度には土木費総額の約47%を占めた。直接の事業効果と併せてそのような意図をもつ事業が大規模に実施されたことは、まさに画期的なものであったと考えることができる。

 戦後における公共事業について同様の推移を知るために、昭和25年度以降の各事業別の実質投資額(昭和31年価格、国費、地方費計)をみると 第88図 のごとくである。(前掲 第55表 とは若干範囲が異なるため数字は一致しない。)戦時中及び戦争直後における公共事業投資の不足及び戦後の異常な気象条件の連続により、災害発生額が急増し、災害復旧事業費が大きな比重を占めるものとなっている。特に25年度と28年度においてはそれぞれ総事業費中の48%、40%という比率を示していたが、それ以降は気象条件に恵まれ、災害発生が減じたので事業費も減少している。治山治水対策事業は、災害が激甚を極めた28年度において最も大きな支出をみたが、概して事業費の変動は少なく、安定的な推移を示している。また食料増産対策事業は戦争直後及び26~29年度の比重が大きかったが、それ以降はやはり持合い状態である。これに対し道路事業は逐年その規模を拡大し、特に30~32年度には飛躍をみせており、久しく停滞的であった港湾事業も、32年度には増勢に転じた。

第88図 実質額による公共事業費の推移

 戦後の公共事業において考えられる一つの特徴は、雇用効果が極めて重視されるようになったことである。

 昭和21年9月公共事業処理要綱が決定されて以来、公共事業が失業者吸収を積極的に行うために努力が払われてきたのであるが、24年5月緊急失業対策法により失業対策事業が創設されると同時に、公共事業全般についても失業者吸収率が法制化された。さらに29年度緊急就労対策事業が臨時の措置として実施されたが、30年度からは特別失業対策事業が失業者吸収と事業効果を併せもつ事業として発足した。この対象は治山治水、道路、港湾、都市計画、下水道の各事業にわたっているが、失業対策的効果の高い道路事業については、31年度から新たに臨時就労対策事業が実施されている。32年度の一日平均吸収人員は特別失業対策事業約1万8千人、臨時就労対策事業約2万人である。特別失業対策、臨時就労対策事業は一般の失業対策事業と併行して、これより労働能力の高い失業者の計画的吸収をはかるため、施行地域及び事業量の配分に特に考慮が払われている。しかし公共事業の能率的施行と失業者吸収という双方の要求を両立させることは容易な業ではなく、なお将来の研究を要するものと考えられる。

 公共事業がたどったこのような道程から、その経済的な影響力を、次の三点に関して考えてみることができよう。

 第一に公共事業支出は、各施行地の地域経済に相当顕著な影響を与えていると考えられる。ことに災害復旧事業や公共事業支出の中で比較的大きな水準を維持している安定的な治山治水対策事業及び食糧増産対策事業等に関してはその施行地が広汎に分布し、僻地において施行される機会も多く、これら地域の経済構造に与える影響は相当に大であると考えられる。もちろんこれらの事業が直接目的としている諸効果は、その施行地の将来の経済発展に大きく貢献する。第一次産業を中心とする地域においては、前記の諸事業の役割は特に重要である。しかしこれと同時に、他面においてはその事業実施の過程においてその支出が当該施行地に与える影響も見逃すことができない。災害復旧事業がしばしば罹災地の失業対策的効果をあげることは指摘されているが、一般の公共事業においても、特に直営施行の場合においては農閑期余剰労働力の吸収に相当の成果を収めている。さらに一定地域において公共事業支出が相当長期にわたり安定的に支出された場合、これら施行地周辺の産業活動が次第にその支出を与件として取り入れるように変形してゆき、これがその地域の経済規模の下限を支持する一つの力となって働くという場合が生じていると思われる。

 前掲 第88図 にみるように、最近の公共事業費の動きが漸次産業基盤の形成に向けられ、農山村の多く受益する投資から市部周辺地域の受益することの多い投資へ移行してゆく傾向は同時にこのような支持力が減ずることをも意味するものであろう。

 第二に産業基盤の育成に関する社会的資本としての公共事業の動向をみよう。

 戦前の公共事業投資の動きからも看取されるように、道路港湾関係事業は公共事業費の増大より若干急速な増加を示してきたが、これは常に増大する経済活動による投資増加の要請が背後からの大きな圧力として作用してきた結果と考えることができよう。一例を道路についてみれば戦前既に大正9年に樹立された第一次道路改良計画(30ヵ年計画)以来、数次にわたり計画の改訂が行われ漸次大規模なものとなった。いずれの場合にも財政政策上の制約から所定の進捗はみられなかったのであるが、長期的な目標の達成に向って努力が払われたのである。戦後数年間の道路事業は主として既設道路の整備と維持に主力を注ぐことを余儀なくされたのであったが、この間に交通量は急激に増大し、これに対応するために29年度において樹立された道路整備5ヵ年計画による事業推進にもかかわらず両者の乖離は益々増大して、ついに31年度にみたごとく、経済発展を制約する隘路として注目されるものとなったのである。

 同様に隘路となった港湾についても、戦後26年頃より急上昇してきた貨物取扱数量に対して港湾施設の投資が停滞的であったことがその主な原因であることは明らかであるが、さらに加えて、戦後の海上輸送経路の変化により裏日本及び西日本の諸港に遊休設備を生じたこと、駐留軍用施設の接収、荷役設備の老朽化等もその要因と考えられている。従ってこれらの事情は短期間の応急的な投資によって解消できる性質のものではないことはいうまでもない。

 昨年12月決定をみた新長期経済計画において、目標年度である昭和37年度の国民総生産額に対応する輸送需要量の増分(道路については自動車台数、港湾にあっては取扱貨物量)から平均資本係数を媒介として計画期間内の必要投資額を算定したことは、鉄道、エネルギー開発の増強等の諸目標と並んで同計画の意図する経済の安定的成長をはかるために基礎的投資の必要性を分析し、具体的目標を設定した点において一つの前進であったということができよう。道路については33年度より発足の新たな道路整備5ヵ年計画を含めて37年度までに総事業費約9,000億円に達する事業が実施される予定である。

 また総合的な工業地帯の立地条件整備の観点からこれらの事業間の調整についても鉄道、用地、エネルギー等の諸要因との関連において、種々考慮が払われるようになっているが、特に工業用水道、排水施設等の整備の立ち遅れが強く認識され強化の必要が叫ばれるようになった。

 このような長期的な観点からの社会的資本形成に対する要請は、これらの投資が経済成長と歩調を揃えて安定的に発展することを期待しているのであって、産業基盤を形成する公共事業の性格に対する認識が一段と深められたものと考えられる。前記のもの以外に食糧増産対策事業においても、経済発展に対応する農業所得増加率から限界資本係数を媒介として投資必要額の試算が行われた。その他の分野においてもこの方向からの検討は漸次発展するものと思われる。

 第三に公共事業支出が総資本形成の一環として景気循環の中においてたどった過程をみれば 第89図 のごとくであって、公共事業支出はその変動が少なく、相当に安定した水準を保ってきたことが知られる。これに対し民間資本形成は変動の幅が大きく、ことに29年度の不況期から32年度の投資ブームに至るまでの間の増加は著しく急激である。このように景気循環の中における投資の一環としてみた場合の公共事業支出は、結果的にみればその安定化--景気循環に対し相当に非弾力的であったことが、消極的に--の役割を果たしてきたものであったと考えられる。公共事業がその使用資材を通じて関連産業に与える影響も顕著であって、特にセメントについてみれば全販売高の約20%が公共事業において使用されている。ちなみに32年における公共事業の資材使用予定量をみれば前述のセメント294万トン、鋼材29万トン、木材262万石に達している。他方前述のごとく公共事業の雇用効果が大きく注目されるようになり、また失業対策関係事業が失業者の発生に対し機動的に実施され、不況の度毎に強化せられており、特に29年度の不況を契機に特別失業対策事業が実施されるに至った等の事情は、その積極的施策の面として数えることができよう。32年度における公共事業就労者延べ人員は13504万人日に達しており建設業就労延べ人員の35%にあたるものとなっている。

第89図 総資本形成と公共事業費の推移

今後の動向と問題点

 公共事業の経済的な役割に関して前述の三つの方向から今後の動向を考察してみよう。

 まず産業基盤の育成に関しては現在はようやくその緒についた段階であり、今後の発展が望まれると同時にその目標の設定に関するさらに進んだ方法論的検討、各事業間の均衡、地域的な投資配分との関連等について一層の前進が期待される。

 次に、公共事業投資は、地域的経済発展とのバランスを保つことが望ましいと思われる。すなわちまず全国的規模で巨視的に算定された最適成長率を保障するものとして、各地域に細分され、相互が有機的に関連した地域開発計画の検討を進めることが要請される。これにより要求される公共投資は、それぞれの地域的発展を裏付ける諸施策の中における一要因として作用し、各地域の経済構造の安定的発展に適合して貢献するものと考えられる。

 ことに第一次産業を中心とする後進地域の所得水準を向上させるためには、農業における生産性の上昇が不可欠の要件であって、その一つの推進力として食料増産対策事業にまつところが大きい。他方災害の及ぼす撹乱作用は局地的には極めて著しいものであり、最近数年間における災害の減少は気象条件に恵まれたことが最大の原因となっているのであって、安定した発展の保障としての国土保全投資はかかる期間においてむしろ積極的に充実させ、災害の未然防止をはかってゆくことが要望される。このような観点からも現在国土総合開発法に基づいて作成中の全国開発計画に期待されるところが大である。

 なお公共事業の実施に関して、総花化を排除する努力は、新規地点の厳選と継続事業の重点的施行により最近数年間次第に成果をみてはいるが、今後においても引き続き計画的な施行によってその能率化を推進せしめることが望ましい。

 最後に景気循環の過程における公共投資の役割は、将来さらに積極的な方向をとる可能性があろう。循環の調整過程で下降の幅と速度を規制する一手段として、安定的な公共投資の上に補正的な投資を加重することは自動安定装置や他の財政金融政策と並んで先進諸国においてはむしろ常識的な施策となっている。

 我が国の現状においてはその時期、事業種類及び量的関係等について、なお将来の検討が必要であるほか、実施に関し制度的、技術的な困難も少なくないが、経済構造が発展してゆき経済調整施策が整備されてゆく過程においては、過度の下降に対するバッファーの一つとして機動的役割を公共投資に与える必要が漸次注目されるようになるものと思われる。


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