昭和33年

年次経済報告

―景気循環の復活―

経済企画庁


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総説

戦後経済の成長と循環

戦後日本経済の変貌

 以上のような物心両面の種々の現象を合わせて、世界における資本主義の新しい傾向というならば、我が国経済においても、戦後の著しい成長を支えた要因が、この動向によく符合していたことは明らかである。

 まず技術革新がいかに企業の投資意欲を高めたかをみよう。 第21図 にみるように戦後の投資需要の増大は、輸出にとって代って経済成長を高める要因となっている。我が国では戦災復旧がほぼ完了した26年頃以後でも投資意欲は一層熾烈に燃えさかった。その理由はいうまでもなく技術革新投資にある。我が国の国際的に遅れた産業設備を近代化して、国際的競争力を向上させようという欲求に基づくものである。財閥解体による企業競争の激化は一層この傾向に拍車をかけた。

第21図 戦前戦後の輸出及び設備投資

 また戦後、技術革新の波にのって発展した合成繊維、合成樹脂、あるいはテレビ、電気洗濯機、自動車など耐久消費財の伸びはその基礎産業としての化学工業や金属工業の発展を招き、いわゆる生産の迂回化を進めたのである。綿製品1億円の生産よりも、合成繊維1億円の生産の方が工業生産に与える影響の厚みははるかに大きい。また次に述べる消費購買力の増大を期待した投資も行われた。このように生産の迂回化、消費購買力の増大による国内市場の拡大は投資を活発化し、それがさらにまた投資を刺激したのである。

 高率の成長を支えた第二の要因は消費購買力の増大の著しかったことである。それは第一次大戦後及び第二次大戦後のそれぞれ10年間におけるその推移を示した 第22図 によって明らかであろう。消費生活の向上とともに、その内容も変化した。終戦直後は食料購入が第一であったが、家計収入の増加とともに、購買力は食料から繊維に向った。最近では繊維から再転して住宅あるいは耐久消費財ないしはサービス需要に向っている。そして 第23図 にみる通りに、耐久消費財の保有高も次第に増加し、カメラの普及率はほとんど世界屈指の高さに達している。

第22図 戦前戦後の消費の推移

第23図 耐久消費財の伸び

 このような消費購買力の増加の原因は何であろうか。投資における財閥解体の影響と同じく、終戦直後における民主化政策の効果が大きい。民主化政策には三本の柱があった。財閥解体と土地制度の改革、労働組合の育成がこれである。小作地の解放によって農村の小作料は激減して戦前農業支出の3割に達していたものがわずか1%弱となっている。また労働組合の発達によって組合数及び組合員の数は飛躍的に増加し組織率も大幅に上昇した。このことが賃上げ圧力を生み、不況に際しての人員整理や賃下げを妨げる働きをしている。

 第三に、国家の経済への介入について述べよう。戦後我が国においても国が産業資金を供給し、また税制面の操作によって、設備の復旧、近代化を促進したことは周知のことである。例えば終戦以来財政が民間企業に供給した産業資金を現在価額に換算すれば、1兆3,000億円に達すると推定され、民間設備資金外部供給額の約3割に当たっている。

 次に金融も昔のような混乱を起こさないようになった。昭和の初年までは千をこす銀行が存在し、資本力の弱い銀行は景気後退の都度破綻して、そこから将棋倒し的に不況の波紋を拡大していった。昭和2年の金融恐慌のなかで多数の銀行が倒れ、戦時中の一県一行主義の強行等によって現在の80数行に縮小した。しかし、いまの銀行が戦前に比べて基盤が強固だというわけでは必ずしもない。銀行は戦後ずっとオーバー・ローンを続け銀行資産の構成は戦前に比べても劣っている。しかるに一般民衆の心に銀行とは潰れないもの、潰れそうになったならば必ず政府や日銀がこれを救済し、預金者に迷惑をかけないものという信念が植えつけられた。その結果、破綻を示しそうな金融機関があっても、戦後は取付騒ぎになるまで発展したことは一度もない。

 最後に農村が景気後退の影響を深刻に受けないようになった有力な理由も国の支えにある。昭和初年の井上デフレのときには最大の被害者は農村であった。昭和5年豊作のために、半年の間に米価は約4割下落し、農民はいわゆる豊作貧乏に陥った。不況の農村に対する影響は海外からもきた。すなわち、米国景気の後退によって生糸の輸出は激減し、繭価の下落によって農家所得はさらに大きな打撃を受けた。

 戦後においてはなぜこのような循環が生じないのか、それは主として農産物の価格が政府施策によって支持されているためである。直接統制を受けている米はいうに及ばず、麦、繭、菜種、甘藷などに至るまで農業収入の7割までは政府の価格支持と安定政策に支えられているのである。


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