昭和33年

年次経済報告

―景気循環の復活―

経済企画庁


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総説

景気後退のメカニズム

国際収支改善の内容

 32年度の国際収支は受取36億3,800万ドル、支払39億3,500万ドルと前年に比べ、受取で9%、支払で19%の増加となり、収支は前年度の黒字3,800万ドルから2億9,700万ドルの赤字に転じた。これを主要項目別に示せば、輸出は31年度の25億ドルから28億2,000万ドルに3億ドル余の増加、特需は5億9, 000万ドルから5億3,000万ドルに約6,000万ドルの減少に対して、輸入は27億8,000万ドルから33億5,000万ドルへ5億7,000万ドルの増大を示して、国際収支赤字の主因となっている。

 しかし32年度の国際収支の特徴は、前年度との比較よりも、年度内の著しい変化にうかがわれる。すなわち、上期は6カ月間毎月払超で赤字の累計額は5億ドルに達したのに対して、下期は逆に6カ月間受超で、合計2億ドルの黒字を累計した。その結果、焦付債権などを除いた新しい計算法による外貨準備額は、31年度末の7億3,800万ドルから減少に転じ、7月、8月には国際通貨基金から1億2,500万ドルを借入れて一時を凌いだがなお減少を続け、上期末には4億5,500万ドルに低下した。しかるにその後は増加を続け、年度末までには6億1,900万ドルに回復し、6月末においては7億ドル余に達して、ほとんど31年度末の水準に迫っている。

 上期と下期のこのような際立った国際収支の変動が、もっぱら輸入の激動に基づくものであることは特筆に値しよう。上期と下期の間に輸入支払額は3割余の急減を示している。32年4~6月期の輸入の増加は極めて急激であった。鉄鉱石、屑鉄等の鉄鋼原料、石油、石炭等の燃料、鉄鋼、非鉄金属、機械等の製品を中心に増加し、5月の通関額は4億5,000万ドルを越すに至った。それより半年ほど前には輸入の月平均額が3億ドルに満たなかったのであるから、この増大は驚くべき膨張といわなければならない。

 引締政策を不可避にした直後の事情はこの輸入の急増であった。従って5月に入って公定歩合の引上げが行われたがそのほか特に輸入の削減を目的として、輸入担保率の引上げとその日銀再預託等の措置が実施された。

 引締政策の実施をきっかけにして輸入の基調は一変し、年度末には月平均通関額で2億7,000万ドルとピーク時より4割も減少している。このような激減は何によってもたらされたのであろうか。食糧輸入の減少、生産の低下による需要減退を別にすれば大きな原因として次の三つが考えられる。その一は、在庫のための輸入が不要になったことである。前にも述べた通り、昨年の前半は在庫蓄積の勢が極めて急激であった。特に輸入物資についてはスエズ動乱の影響が後をひいていたこともあり、業者の思惑も手伝って輸入が急がれた。31年度には輸入原材料の蓄積がおよそ2億ドルあったと推定されるが、32年度の4~6月期にはさらに8,000万ドル前後蓄積の追加が行われた模様である。このように引締以前において既に過大な輸入在庫の重みを感じていた業界は、金融引締めとともに在庫ストックのための輸入を全面的にストップし、この結果輸入は大幅に低下したのである。

 輸入減退の原因の第二は、国内生産の輸入に対する依存度が景気変動に伴って循環的に変動することである。 第5図 に示す通り、過去の統計によってみれば、工業生産が前年に対して2割以上増加するときには、輸入原材料の消費高が3割も4割も増え、生産の増加高が1割以下のときには、輸入原材料消費の増加率はそれよりも低くなっている。なぜこのような関係が生ずるのであろうか。それには次のようないろいろな事情が考えられる。まず生産が急激に上昇するときには、国内の原料の供給力が間に合わずに輸入が増え、国内の原料の供給力が増加した頃に景気が頭打ちになれば原料輸入の必要量が急減するという関係である。ちょうど人絹生産とレーヨンパルプの関係などがこれにあてはまるであろう。次に似たような事情で、鉄鋼の需要が急に増加すると、鉄鉱石や粘結炭を輸入して生産していたのでは間に合わず、製品としての鉄鋼の輸入が増えるという関係もある。国内の鉄鋼生産が増加し、反面需要が停滞すれば輸入は不要になってしまう。32年度の上半期に鉄鋼が2億ドルも輸入され、下期にはその輸入がほとんど消滅したのはその好例であろう。さらにまた、鉄鉱石や粘結炭のような輸入原料を使って生産した鉄鋼が国内に既に存在する場合には、それを使って機械を生産し、生産指数はある水準を保つが、輸入原料の消費高は急減する場合がある。言葉をかえていうと、鉄鋼業とか綿紡とかいうような輸入原料に対する依存度が大きい産業の生産が低下し、機械や化学工業の生産水準が維持されるときには、工業生産全体としての輸入依存度が低下するのである。このようなわけで、輸入物資の必要量は国内の生産活動の水準ばかりでなく、その伸長率あるいは縮小率に伴って動くから32年の前半は依存度が急上昇し、逆に引締政策以後は急減して、輸入物資の必要量が減ってきたのである。昨年のピークに比べて工業生産の低下は1割にとどまっているのに対して、輸入原料消費量が2割縮小しているのは右の理由によって説明されるであろう。

第5図 工業生産と輸入素原材料消費

 輸入減少の第三は、輸入単価の低落である。我が国のように鉄鉱石、粘結炭、あるいは綿花、小麦というような嵩ばる品物を輸入する国では、輸入商品の価格における船賃変動の影響は極めて大きい。海上運賃はスエズ動乱のときに急騰した後激落して、現在ではスエズ動乱当時の3分の1になっている。そのうえ、世界景気の停滞によって商品のFOB(輸出港渡し)価格も低落したから、CIF(日本港着)価格はそれに輪をかけて低下し、昨年のピーク時に比して12%も低落している。輸出品の価格も若干低下しているが、輸入単価の低落の方が大幅なために引締政策以来交易条件はほぼ1割改善されている。

 最近の輸入額は昨年のピーク時に比して4割、月率にすれば1億5~6,000万ドル減少しているが、右に述べた三つの理由によって明らかなように、その輸入規模が現在の経済水準に比して著しく過少というわけではない。輸入原材料の在庫は 第7図 の通り、若干の食いつぶしが行われていることを示しているが、その減少のスピードは緩やかである。月率1億5~6,000万ドルの輸入減退の内訳を示せば、おおよそ食料及び製品の輸入減少で3割、生産低下や輸入依存度の変化による輸入原料使用量の減少で3割、価格の低下で2割、輸入原料のストック蓄積を停止したことや若干の在庫減らしを行っていることで2割という見当になるであろう。5月頃までは月率約3,000万ドルの黒字を残しているのであるから、さしあたって在庫補填のために輸入が急激に再上昇し、それに伴って国際収支が再び悪化するおそれは少ないといってよいであろう。むしろ問題は今後の輸出の動向にある。

第7図 生産と原材料輸入及び輸入原材料在庫との関係

 我が国の輸出は、29年以来31年まで3年間連続して年々2割以上の増加を示した。この好調は世界の好景気によって支えられるところが極めて多かった。32年度後半に入るとともに、世界景気の後退に伴って輸出の上昇テンポは著しく鈍化した。その結果32年度全体の輸出額は対前年12%の増加にとどまった。上期にはほとんど全商品の輸出が増加したのに対し、下期になると、鉄鋼、金属製品、化学肥料等を除くほとんど全ての製品の輸出が低落ないし減少している。

 29年以降の動向を大観すると、輸出増大に最も寄与したのは世界の造船ブームに基づく船舶輸出、国際競争力の強いスフ織物、綿織物、アメリカの好況によって増加した絹織物、陶磁器、合板、家具、玩具等である。ところが、現状においては船舶輸出の受注はほとんどとまり、絹織物、スフ織物も昨年下期に入ってから輸出が下降している。また対米軽工業品の輸出も32年度の後半から低下を始めている。対米輸出については単にアメリカの需要が減少するというばかりでなく、合板、金属洋食器、洋傘骨、体温計の対米輸出についてアメリカの国内産業保護の見地から、日本からの輸入を制限しようとする運動が高まっているところに問題がある。

 このように、不況の影響を受けてアメリカや西欧市場への輸出が冴えないうえに、前年度来輸出の伸び悩みを示していたアルゼンチン、ブラジル、韓国、インドネシア向の輸出も依然不振を続けている。中国本土向輸出は32年度中ほぼ前年なみであったが、最近民間協定の成功とともに、いったん急増の勢をみせ、その後急転して貿易は途絶え一頓挫をきたした。そればかりでなく、綿製品、雑貨、その他の商品において中共の対東南アジア向輸出は次第に増加し、我が国輸出の有力な競争相手になろうとしている。後にも述べる通り、世界景気は後退をしたとはいうものの、57年全体においては世界の輸入は前年に対して約9%の上昇を示していた。しかし景気の後退とともに、年の後半に至るほど世界貿易の伸び率は頭打ちになり、58年に入っては前年同期を下回るに至った。我が国の輸出諸指標も4月以降停滞の度を深め、特に先行きを示す信用状接受額が毎月対前年同月を下回っていることは、28年以来5年ぶりであって今後の輸出動向は深甚の注意をもって見守ってゆかなければならない。

第4図 外貨準備と国際収支の推移

第6図 交易条件の推移


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