昭和32年

年次経済報告

速すぎた拡大とその反省

経済企画庁


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各論

交通・通信

隘路化した国内輸送

貨物輸送

 昭和31年度における国内貨物総輸送量は、 第95表 のごとく、903億トンキロメートルと前年度より大幅に12%上回り、過去における最大の輸送量を示した。

第95表 国内貨物輸送実績

 これは、2年続きの経済の拡大に伴って国内の生産が増加し、各産業部門において設備の拡張や在庫投資が活発化して輸送に対する需要が増大したためであるが、出貨の旺盛になる下半期に至り、需要が輸送能力を上回るという事実が露呈し、各地に異常滞貨が発生して国内産業の正常な運営に支障を与え、輸送が経済の成長をはばむ隘路部門として大きな波紋を投ずるに至った。

 なかでも、最も著しい逼迫を示した輸送機関は国鉄であった。国鉄の貨物輸送量は、戦後において、産業の復興、発展過程を通じ、生産の伸びに応じて毎年著しい増加を示しているが、この間、輸送形態においても大きな変化をみせた。例えば、国鉄貨物の輸送距離は戦後次第に伸長し、昭和11年にトン当たりの平均輸送キロメートルは167.0キロメートルであったのが31年には271.5キロメートルとなっている。これは、短距離貨物がトラック輸送に切り替えられたことの影響もさることながら、後進地域の産業の開発に伴って取引範囲が拡大され、国内原料資源の産地が次第に奥地に伸びるようになったことや、経済が自由化するにつれて、統制経済の下ではみられなかった同種物資の交錯輸送や長距離輸送が行われるようになったことによるものといえよう。

 しかも、鉄道運賃が相対的に低位にとどまり、輸送コストの面において海運高、鉄道安という現象が生じたため、本来海送適性物資でありながら陸送に依存しているものが多く、鉄道に対し必要以上の負担がかかる状況となっている。

 ところが、このように逐年鉄道の負担が増大したにもかかわらず、戦時中及び戦後を通じて輸送量増強のための投資は慢性的に不足し、過去の設備における輸送力の弾力性に頼っていたため、31年度に至り、ついにその限界が到来して輸送隘路の表面化を招いたのであった。

 すなわち、国鉄貨物は31年度当初より毎月前年同期に比し7ないし9%増程度の発送をみていたが、7、8月にいたっても例年のごとき夏枯れを示すことなく増勢はますます急で、9月頃より、出荷量が輸送力をこえ、 第73図 のように駅頭滞貨が急激に増加し、平年の2倍をこえる状況となった。

第73図 国鉄月末在貨トン数の推移

 なかでも、北陸線はそのほとんど大部分が単線であるが、裏日本を東西に通過する貨物量の増加、北陸地方の産業の急激な発達、さらには同地域の行楽地としての発展により、貨客とも近年著しく輸送需要が増大し、全国的に最もふく奏した路線となっていた。そのため、関西方面から北陸向けの貨物は、1日約500両の輸送能力に対し、31年の秋冬期には一時輸送申込量が1万5千両に達する有様で、完全に線路容量の限度をこえ、大量の貨物がストップして沿線に滞貨として残る状態となった。また東海道線においても、西部よりの貨物輸送需要が増大し、1日約2千両の輸送力に対し秋冬期には2万両をこえる申込がなされ、北陸線と同様に貨車の割当て制度がとられ、著しい逼迫を示した。このように、日本中央部の両側面を走る東海道、北陸の両線がが隘路化したため迂回輸送もおのずから制限されることになり、ここをネックとして一時陸上の貨物輸送網はいわば東西に両断される状況であった。この他、東北、上越、北九州等の諸地域においても線路容量の不足が著しく、国鉄の貨物輸送は全国的に困難の様相を呈した。

 一方、貨車数の不足も著しかった。国鉄の貨車は戦後毎年2千両から5千両程度を新造によって補給されていたが、在来ものが戦時中、戦後の酷使のため老朽化がはなはだしかったので毎年おおむね新造数と同程度の廃車を必要とし、貨車数は増加するにいたらなかった。このため、年々の輸送需要の増大に対しては、貨車の回転能率の向上によって応じていたが、31年度にはこれも限界に達し、操車場の能力不足とともに各地に滞貨を残す大きな原因の一つとなった。

 かかる輸送の隘路化は、その範囲が全国的であり、各種物資にわたったため、各方面に深刻な影響を及ぼした。特に輸送手段を鉄道のみに頼る地域や、原材料の供給を陸送に仰ぐ企業においてはなはだしく、北陸の肥料工場や九州の製鉄所への石灰石輸送、中部地方の紙パルプ工場への木材輸送、常盤炭の輸送等、輸送逼迫が原因となって31年度下半期には操業度が低下し、あるいは一時的に休止する工場も現れ、また青森産のりんご輸送、北海道の暖房用石炭輸送の遅延等は一時各方面に大きな影響を与えた。

 この間、荷主のあるものは、やむを得ず海上輸送や自動車輸送による切り替え輸送をはかった。しかし、これらの貨物の多くはもともと運賃コストや取引単位の点で国鉄輸送に適合したものであり、さらには港湾、道路施設の不備などによる制約もあって円滑な転移をはかることができず、31年度中に転移されたものは海運に対し130万トン、トラックに対し220万トン程度(国鉄調)であったとみられる。

 このような国鉄の設備能力の不足は後に述べるように永年の投資不足により起こったものであった。投資不足を招いた原因の最大のものは、国鉄の公益事業的性格から運賃が長い間低位にとどまっていた結果、十分な設備金資を内部で調達することが困難なためであったといえよう。

 しかし32年4月より国鉄運賃の13%引上げが行われ、これと並行して国鉄5カ年計画が設定され、施設の増強及び近代化がはかられることになり、32年度にはその第1年度分として1,069億円の予算を計上して車両の増備、東北、北陸線等の電化、複線工事等が開始され、ここに一応輸送力増強の見通しがつけられることとなった。

  トラック 輸送の分野においては、31年度は中間生産財、建設資材及び消費財等の輸送需要が増大した他、下半期には国鉄の輸送逼迫に伴ってトラックへの転移輸送がみられたため、全面的に活況を呈し、車両数も全般に増加して、輸送量は6億1700万トン、対前年比16%増と大幅な伸びを示し、特に小型車の輸送量及び路線貨物がそれぞれ26%、19%と著しい増加を示した。現在トラックは陸上の短距離貨物を完全に掌握しており、また運賃負担能力の高い雑貨類については、徐々に中長距離輸送の分野にも進出しているので、主要原材料を中心とする大量重量物資の長距離輸送を任務とする鉄道に対応して、内陸における輸送構造の分化が次第に顕著になりつつあるといえよう。

 ところで、このトラック輸送の発展を阻害する悪条件として道路の問題がある。工鉱業地帯の内部及び周辺における産業道路の劣悪さは産業活動の有機的高度化をおさえる要因となっているし、トラックの大型ディーゼル化に伴い、鉄道輸送よりトラック適性貨物の転移を受けて長距離輸送への進出をはかるにしても、国道、府県道あわせて約14万4千キロメートルのうち舗装率が31年3月末現在でわずか6.9%という状況では、車体損耗のコストが大となり、スピード輸送は決して期待できない。この点、先進欧米諸国にみられるごとき高速自動車道を建設する機運が最近わが国でも高まってきたことは、国内輸送の近代化の要請にこたえる意味からも注目に値するものであろう。

 次に 内航汽船 は、31年度においては、外航海運の好況により従来内航輸送に従事していた中型船が大量に近海の外航水域に進出したため、平均就航船腹はむしろ減少をみたが、石油輸入量の増大、石炭の生産量の増加等により内航物資の輸送需要が旺盛であったので、輸送量は前年度に比し14%の増加をみせ、なかでもタンカー部門は大きく48%の伸びを示した。運賃市況はこのような輸送力の需給バランスの硬化から若干上昇し、企業採算もかなり好転した。しかし、内航汽船輸送は、遠距離逓減や種々の政策的割引の制度を有する国鉄や、小企業の乱立状態にある機帆船と常に運賃面で競争関係に立っているため、運賃水準の向上には限度があり、従って内航海運業には外航海運にみられたほどの好況はなかった。また内航海運においては、定期航路網の不備と2~3000総トン級の中型船の不足が目立っており、しかも、31年度末の内航鋼船船腹64.5万総トンのうち約50%が依然として低性能の戦標船や老朽船であって、このことが港湾施設の不備とともに内航輸送の能率の低下及びコスト高を招来する要因となっている。

  機帆船 は、内航汽船及び国鉄の輸送力の不足から輸送需要が増加し、朝鮮動乱による26年につぐ活況を呈して、輸送量は4000万トンと対前年比18%のはね上がりをみせた。その結果、船舶数も大きく増加したが、その多くは1企業1隻の家族的経営によっており、経営方式はおおむね非近代的かつぜい弱であるため、今後企業の組織統合や小型鋼船への代替等によって、近代化への方向転換をはかることが必要となっている。

 次に海陸輸送のターミナルである 港湾 についてみると、31年の荷役量は外航内航あわせて2億8000万トン(推定)で、戦前の最高(2億7000万トン、14年)を上回ったが、依然として非近代的な沖荷役が広く行われ、荷役機械の不備とともに、荷役の非能率化を招く原因となっている。また、港湾基本施設の不備例えば航路泊地の狭隘と水深の不足、岸壁不足は、潮待ち、バース待ち等の現象を惹起して船舶の滞在日数を増加させており、特に最近、タンカー及び鉱石専用船等船型の大型化傾向に伴って、産業基盤の強化の観点からこれら施設の整備が要望されている。

旅客輸送

 31年度の国内旅客輸送量は、産業活動の活発化とそれに伴う就業者人口の増大、消費水準の向上により、 第96表 のごとく、1689億人キロメートル(乗用車及び汽船を除く)と、貨物輸送の増加率には及ばないが、9%の伸びを示した。

第96表 国内旅客輸送実績

 輸送機関別にみると、鉄道部門にあっては、雇用の伸びを反映して、定期旅客が国鉄、私鉄(地方鉄道及び軌道)とも前年に比し8%増加し、定期外旅客にあっては、行楽シーズンにおける季節的旅客の増大が目立った。また航空機がローカル航空網の整備と、その迅速性、利便性に対する認識の向上に伴って、引き続き大幅に伸びており、乗用車の増勢が著しいことは、その大部分が都市に集中している事実にかんがみ、都市の生産活動、消費活動の繁栄を裏書きしているものといえよう。バス輸送も同様に都市における輸送人員が著しい伸びを示しており、地方にあってもバス路線網が着実に整備を続けている。なお32年5月より、国鉄が戦前の赤字線区であった福島県の白棚線に専用自動車道を作り、バス輸送を行って好成績を収めていることは、地方における旅客輸送の新しいパターンを示すものとして注目される。

 輸送力の面では、慢性的な輸送力不足は依然として解消されず、一般にサービスの質はいまだ戦前の水準に達していない。すなわち、国鉄を例にとると、昭和11年度に比較して30年度の旅客輸送人員は3.7倍に上昇したが、車両数は34%増、列車(電車を含む)運転キロは29%増にとどまっており、このため、全線を通じて混雑の度合は2倍になっているといわれ、長距離急行は多客期にはほとんどの線で定員を超過して運行されている。

 なかでも、最も輸送難のはげしいのは、京浜、京阪神等の大都市交通の分野であって、人口の著しい増加と郊外及び衛星都市の発展によってこれらの地区の交通量は数的にも距離的にも、戦後において大きく伸びた。このため、特に通勤時における国鉄電車、私鉄等の混雑ははなはだしく、ピーク時には定員の3倍を超える区間も少なくない。これに比し、バス、路面電車等は戦後輸送力の増加が輸送需要を上回って伸びたため、混雑の程度は徐々に改善されつつある。

 しかし、これらの路面交通手段の増加は、乗用車の近年における著しい発展と相まって、都市内道路を異常に混雑させる原因となっており、道路の拡張及び改良、路面交通手段の整理等、この面における施策が、パーキング施設の整備とともに解決を要する課題となっている。

輸送部門における投資不足

 前記のごとき国内輸送の隘路化は、既に限界に到達していた輸送力の弾力性が、急激なテンポで拡大した経済成長に伴って激増した輸送需要に応じきれなくなって破綻をきたしたことによるものであった。次にこの輸送力不足を招いた原因として過去における輸送部門に対する投資の実績をふりかえって検討してみよう。

 国民総生産、国内総投資及び輸送部門投資の実績(いずれも実質価格による)を昭和9~11年度平均を100とした指数でみると 第74図 の通りであって、基準年次以降、総生産及び総投資は着実な増加を示しているが、これに比較して輸送部門投資はつねに低水準に推移し、28年度に至ってはじめて基準年次を上回るという状態であった。

第74図 国民総生産、総投資及び輸送部門投資

 このことは、総生産の増加に応じて増大している輸送需要に対して、輸送部門への投資が立ち遅れ、その結果輸送力が相対的に不足化するに至ったことを単的に裏書きするものである。

 次にこれを各部門別にみてみよう。国鉄においては 第75図 の通り、その輸送量は逐年著しい増加を示し、30年度には貨物輸送量は戦前の3倍、旅客輸送量は4倍に近い実績を示すに至ったのに、投資額は多少の起伏はあるが、ほとんど戦前戦後を通じて横ばいの状態を続けている。従って、国鉄の固定資産総額も11年度を100として30年度には実質価格で約170になったに過ぎない。しかも、投資を車両等のいわゆる可動設備に対するものと線路等の固定基本施設に対するものに分けてみると、特に固定施設への投資のおくれがはなはだしく、戦後はほとんど毎年の投資額が基準年次以下であった。このため、30年度における軌道延長は11年度の124%にとどまって、複線化等による線路の増強が不十分であったことを示している。

第75図 国鉄における輸送量と投資

 次に、道路、自動車部門にあっては、 第76図 のごとく、トラック、バス等の車両に対する投資は比較的活発に行われたためその台数は戦前、戦後を通じて、ほぼ輸送量に見合う増加を示しているが、道路に対する投資は著しく立ち遅れ、投資額が基準年次を超えたのは29年度よりであった。このため、道路延長や、舗装率は若干の向上はあったものの、舗装道路密度(面積1000平方キロメートル当たり舗装道路延長キロメートル)はアメリカの14分の1、イギリスの42分の1、さらにはインドの2分の1の約30キロメートルという低い状態にとどまっている。

第76図 道路自動車部門における投資と輸送量

 港湾部門でも、 第77図 のように港湾貨物取扱量と港湾投資額の間には基準年次以後かなりの開きが現れている。

第77図 港湾取扱貨物量と港湾投資

 このように、各輸送部門に対する投資不足は、特に線路、道路、港湾等の固定施設の面においてはなはだしく、輸送需要の増加に対しては、わずかに車両、船舶等の可動設備の増備によって一時しのぎを続けてきたに過ぎなかったといい得る。

 今後もなお輸送需要は増加することは必然であるが、31年度において既に露呈された輸送隘路の打開のためには、従来のごとき方策では解決の道はなくこれら固定基本施設の根本的な増強がはかられねばならない。しかも地域経済の拡大、人口の集中に即応した有機的な輸送構造の確立を期するために総合的な観点からの投資の適正化が必要であり、同時に輸送の迅速化、サービスの向上を目的とする近代化投資が忘れられてはならない。


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