昭和32年

年次経済報告

速すぎた拡大とその反省

経済企画庁


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各論

中小企業

産業構造の高度化と中小企業

国民経済上の地位

 産業構造の高度化を考える場合、中小企業を無視することはできないであろう。わが国の国民経済上に占める中小企業の地位をみると次のごとくである。(現在中小企業とは、「資本の額または出資の総額が、1,000万円以下の会社ならびに常時使用する従業員の数が300人-商業またはサービス業を主たる事業とする事業者については30人、鉱業を主たる事業とする事業者については1000人-以下の会社及び個人」と一応規定されている。)

 すなわち 第65表の(1) にみるように、全産業(非農林漁業)では事業所数の99%、従業者数の84%を中小企業が占めている。このうち製造業では事業所数の99%、従業者数の73%、出荷額の56%が中小企業によって占められ、商業においても店舗数の99%、従業員数の91%と圧倒的な比重を有している。さらに輸出貿易の面でも約5割、国民所得では4割強が中小企業に拠っていると推定されているが、以上のように中小企業が各部面において無視することのできない大きな役割を果たしているのである。

 このような産業構成を諸外国のそれと比較してみると、次のような特徴点がみられる。

 第65表の(2) によって、製造工業の規模別従業員構成を米英両国と比較してみると、米英両国では大工業への集中がみられるのに対し、我が国の場合は、小工業と大工業へいわゆる「二極集中」がみられ、それも小工業の比重が大きくなっている。米英両国の場合には、生産の大工業への集中が同時に雇用の集中を伴っているのであるが、我が国の場合は、大工業へ生産が集中しているにもかかわらず、雇用の大部分は中小工業とりわけ小規模工業に吸収されているのである。これは商業の場合は特に著しい。 第65表の(4) に明らかなように、4人以下の生業的企業が89%と圧倒的である。このように我が国では非近代的、労働集約的な小規模工業が広汎に存在しているのである。

第65表の(1) 規模別事業所、従業者、出荷額構成

第65表の(2) 工業従業者規模別構成国際比較

第65表の(3) 輸出に占める中小工業品の比重

第65表の(4) 商業規模別構成

 かかる特色を有する我が国の産業構造のなかで、中小企業の果たしている重要な役割は三つある。第一には雇用面での役割である。先にもみたように我が国においては、中小企業が圧倒的であり、従って就業者もその8割以上が中小企業に属している。また戦後における就業人口の増加もその過半が中小企業とりわけ商業、サービス業に吸収されているが、このことは産業構造の特殊性の当然の反映といえよう。かかる構造的傾向は、今後もなお当分継続されざるを得ないものと考えられるし、反面今後相当期間にわたって生産年齢人口の増大が予想されており、大企業の雇用吸収力にはあまり大きな期待をもてないことと相まって、雇用問題の量的圧力の軽減が早急には望めないところから、今後も少なくとも当分の間は、中小企業の雇用面での役割は極めて大きいといえよう。

 第二は輸出面での役割である。主要な工業原材料や食料を輸入に仰がざるを得ない現在の我が国では、輸出の消長は経済発展に重要な影響を及ぼすことになる。総輸出に占める中小企業の比重は、前述したごとく少なく見積もっても約5割を占めているとみられ、これは米英両国に比して大きい。

 第三は大企業の補完的役割である。特に機械工業は、その傘下に多数の下請中小企業を擁しており、それら下請工業は部品生産や金属、機械の加工過程を通じて、大工業と密接不可分な結合関係をもっている。製造工業の下請依存度を、公正取引委員会の調査によってみたのが 第66表 である。これでみると平均的にはミシン(51%)、繊維二次製品(44%)、オート三輪(39%)等が高い業種として挙げられる。そして好況を反映して前年度のそれより概して高くなっている。

第66表 主要製造工業の下請依存度

 このように重要な役割を担っているにもかかわらず、質的にみた我が国中小企業の実態は、極めて弱い基盤の上に立っているといわなければならない。

存立基盤の脆弱性

 我が国において中小企業は常に「問題」として認識されてきているが、それは存立基盤が脆弱であるからに他ならない。そして欧米先進諸国のそれとはかなり異なった性質を有しているのは、日本経済の発展過程の特殊性を背景としている。欧米諸国に比して日本経済は極めて短期的な成長をとげたため、農工間はもとより工業部門内部においても不均衡な発展を余儀なくされた。その結果先述したような両極分解-一方における近代的大工業と他方における労働集約的小工業の広汎な存在となって現れているのである。従って中小企業は夥多性と資本不足のために、景況如何に強く左右され、開廃業が著しい。加えて大企業によって「景気調節のクッション」として利用され易い一面ももっているから、その波はさらに大きくなる。

 中小企業の不安定性を端的に示しているのが 第67表 である。これをみると、企業としての収益性(総資本営業利益率)は、資本金200万円未満の小企業と1億円以上の大企業との間にほとんど大差がない。むしろ小企業は大企業よりかえって高いくらいである。しかし売上高利益率は著しく開いており、大企業ほど大きい。この不利をもたらしているものは、原料や価格条件(過当競争や大企業による単価引下げ等)の相異であるが、これを補っているのが高い回転率である。総資本回転率は前者と逆の傾向を示し、小企業の方がかなり高い。換言すれば中小企業では「薄利多売」によって経営を維持していることを意味している。そして常に「多売」することに努力しなければならないといういわば「自転車操業」的側面をもっているから、景気変動のショックが大きいことになる。この傾向は前述したように、31年度の好況過程でもみられたが、さらに財務状態についてみても 第68表 、企業活動が活発化したため借入金依存度が高まっている。また短期的な企業の支払能力は高まってはいるが、設備投資は借入金に依存する形で行われたため、資本は固定化して企業の弾力性を弱めているのである。31年度の活況は、経営的にはこのような問題を含むとともに、他方では大企業が資本固定化の負担を避けるためや、将来における労働力の過剰を懸念して、中小企業を利用した面もあるから、それだけに今後の景気変動に耐える力がどの程度蓄積されたかは楽観できないであろう。

第67表 資本金規模別製造業利益率比較

第68表 中小企業の財務状況

 一方設備水準も、中小企業庁の調査(前掲第54表)に明らかなように、一般的に老朽設備が多く、生産性は大企業に比して著しく低い。これを従業員一人当たりの附加価値生産性でみると、 第69表 にみるように4~9人の小企業は、1000以上の大企業の3分の1にも満たず、米英両国の場合には1割程度の格差しかないのと極めて対蹠的である(この場合中小企業における価格条件の不利や労働時間の相異等を考慮しなければならないが、いずれにしても格差は大きい)。

第69表 格差の国際比較

 賃金水準にしても「労働」の項にみるように、31年度の好況過程で、中小企業でも上昇してはいるが、規模別格差はむしろ拡大している。中小企業は過剰人口圧力によるチープ・レーバーを基盤として存立している面が極めて大きいことから、大企業に比して低位に押えられており同表にみるように、1000人以上の大企業を100とした場合4~9人ではその40%に過ぎない。これまた米英両国では格差が比較的小さいのと対照的である。(もっとも厳密には零細企業ほど、家族労働に依存しているし、給与形態も現物給与等を伴っていることを考慮しなければならない。)

 我が国の中小企業のかかる低位な生産性と賃金水準は、低生産性なるが故に賃金水準の上昇を阻んでいると同時に、逆に低賃金なるが故に設備の近代化、生産性の向上を遅らせるというように、相互に因果関係をもち、それに外的要因(資金調達難、大企業の圧迫等)が加わって一つの悪循環を形成し、全体としての向上を大きく阻害するという結果を招来しているといえよう。

 以上のような存立基盤をもつ中小企業は、一面で次のような問題を投げかけている。一つは過当競争である。これは輸出面と商業部門で特にはなはだしい。輸出中小企業は一般的にあまり熟練を要しない手労働に依存することが多く、業者の乱立によって過当競争の傾向が強い。そして織物、魔法瓶、ホーロー鉄器、自転車、その他日用品などは、後進諸国が自給化生産に移行し易いという面をもっているから、一層その傾向に拍車をかけることになる。輸出価格の低落、採算の悪化から調整組合を設立して、設備や生産の制限、最低価格の規制を行い、または買取機関を設置する等の安定措置を講じている業種は次第に増加している。31年度においては、ミシン、合板、陶磁器、缶詰(まぐろ、蜜柑)等で安値輸出が問題化し、また綿製品の対米輸出規制が協定されたりしたが、このことは過当競争が結果的には自己の基盤を弱めていることに他ならない。

 さらに商業部門においても31年度中に表面化した百貨店、生活共同組合、購買会等と小売商との対立にみられるように、国民の消費市場をめぐる競争は激しい。その結果家庭用電気器具やカメラ等の耐久消費財をはじめとして、ほとんどの商品に安売り傾向がみられたのである。(第24会国会で百貨店法が成立し、31年6月施行された)。

 商業部門の過当競争は、いうまでもなく過剰人口を背景とした業者の乱立に基づいているけれど、それに拍車をかけるものとして次のような事情が指摘されよう。それは利益率が相対的に高いということである。 第70表 に示すように総資本利益率、売上高営業利益率は概して小規模の方が高く、先にみた製造業のそれとはかなり趣を異にしている。小売業は生業的形態にあるものが大部分で(形態は法人でも実質的には個人企業と変わらないものが多い)、このような高い利益率は、生計費を織り込んでいることにもよっており、かかる名目的高利益率と技術を必要とせずに小資本でも容易に開業できることが業者の数的増大をもたらしているといえよう。

第70表 小売業の資本金規模別収益性

 他の一つの問題は大企業との設備水準の格差が大きいことである。先にみたように中小企業の機械設備は陳腐化しており、31年度中にはかなりの設備投資が行われたけれども、大企業の設備近代化は飛躍的に進展しているので、その格差は依然として開いている。いま従業員一人当たりの有形固定資産の規模別格差をみると28年から30年にかけて 第71表 のごとく拡大している。また中小企業庁の実態調査によれば、親企業へ納品後返品されたことのある業者は4割強を占め、それも自ら責任を認めている下請業者が約8割という結果がでているが、これなどの中小企業の設備及び技術水準の低位性の一端を現しているといえよう。

第71表 従業員一人当たり有形固定資産の格差

 補完関係にある中小企業との間に、かかる格差を放置しておいては、企業集団全体の合理化を推進することができない。近年大企業による下請企業の系列化が目立ってきているのも、主としてこの隘路打開を目的とするものであろう。例えば、造船工業の場合、電気溶接法、ブロック建造方式等の採用や船台の大型化を進める方向で合理化が進展しているが、より一層の合理化を推進するには、どうしても外注下請管理を強化することが必要となり、設備老朽化のはなはだしい関連下請工業の育成問題が31年秋頃からクローズアップされてきた。一方自動車工業においても競争の激化によって合理化努力は極めて旺盛であるが、やはりより以上の合理化を推進させるため、下請部品工業の育成強化が痛感されてきている。従って大企業は、オートメーション化をはかる一方、工場を1カ所に集中して一般管理費の節約をはかったり、工場を分離して別会社を設置したり、さらに特定の会社と資本提携を行う等の活発な動きがみられた。さらに繊維部門においても、化繊会社による新繊維の流通加工部門の系列化が進められている。その形態としては技術指導を積極化し、優秀製品には化繊会社の商標を支給したり、設備資金借入について保証を与え、有利な加工量、加工賃を保証して設備の近代化を促進させる等の方法がとられている。

 また第24国会で「中小企業振興資金助成法」(政府が従来から実施していた設備近代化のため融資制度を法制化したもの)とならんで「機械工業振興臨時措置法」が成立したことは特筆すべきことであった(31年6月施行)。この法律には、基幹産業としての機械工業の振興のため特に中小機械器具工業の育成強化を目的として、設備近代化、専門生産制の確立、合理化カルテル(品種、品種別製造数量、技術等の制限、部品または原材料の購入方法)の実施等が規定されている。

近代化への方向

 以上みてきたように、中小企業は我が国の産業構造上重要な役割を担っているにもかかわらず、常に多くの問題を内包しており、そのレベル・アップは今後の大きな課題といえよう。

 中小企業の近代化とは単に設備水準を向上させ、資本集約化に努めるだけにとどまらず、広く経営全体としての近代化、合理化を意味している。そのためには金融面の隘路打開や、大企業との結合関係の近代化等外的条件を整備していくことが必要であるが、企業者は常に経営内部の不合理性の排除に努めなければならない。最近クローズ・アップされてきた最低賃金制は近代化への一つの契機となるであろう。同様にいわゆる組織の強化も単に過当競争の排除というにとどまらず、これを広い意味の近代化への手段として、共同化、専門化をはかり、中小企業独自の分野を開拓していく方向が求められなければならないであろう。

 また商業及びサービス業は、現在雇用面で重要な役割を果たしているが、雇用形態なり競争の現状なりからみてこれらの部門は国の経済規模の拡大と、その中における中小商工業全般の近代化を推進する方向、つまり産業構造の高度化に伴う取引高の増大という方向で、雇用問題の解決に寄与させるべきではなかろうか。もとより中小企業の近代化、合理化は、一朝にしてでき得るものではないが、それには官民指導者の大局的洞察と、企業者の自覚に基づく持続的な根強い努力が肝要である。

 金融政策の大きな転換点にたっている現在、ともすれば中小企業へ圧迫が加わり易いが、中小企業の育成振興にとっては、大企業以上に経済の安定した成長が最も望ましく、かつ効果的である。当面の国際収支の難局の克服は、この意味でも無用の摩擦を避け、かつなるべく短期間に行われなければならない。そして中小企業の実態は複雑多岐にわたっているから、その対策は一般的ではなく、個々の業界なり企業なりの、実情に応じたきめの細かいものであることを必要とするが、そのためにはより科学的にその実態を把握するための資料を、不断に整備することも強く要請されるべきであろう。


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