昭和32年

年次経済報告

速すぎた拡大とその反省

経済企画庁


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各論

鉱工業生産・企業

積極化した企業経営

31年度企業経営の動向

企業利潤の上昇

 昭和31年度を通じて、経済の各部門にみられた拡大傾向は、企業経営においても例外ではなく、経営規模の拡大、売上高の増加に伴って企業利益も目立って向上した。そして企業利益の上昇も、31年の好況が輸出景気から投資ブームへと展開するに伴い、生産財や投資財の方が一段と好転の度合が強かった。

 いま全産業における企業収益の状況をみると、利益額は31年度上期において対前期比27%増加で、さらに下期にはそれを19%上回るという尻上がりの状況で、売上高の前期比増、上期12%、下期14%を大幅に上回っている。従って売上高利益率は 第38表 のように著しい上昇をみせ、総資本利益率も総資本回転率の向上と相まって非常に好調な推移をたどっている。

第38表 企業利益率の推移

 このように企業の利益は大幅な上昇を示したが、一方減価償却費や引当金、諸準備金等も着実なテンポで増大し、それに企業がこれまで低収益のため、下積みにされて処理できなかった不良債権資産を31年度にはほとんど切落すことができたことなどを勘案すれば、企業があげた実質利益は帳簿上の計上額以上にはるかに高かったといえよう。

 売上高の増加を業種別にみて最も上昇の著しかったのは、造船、機械などの投資財部門と、卸売、海運などの貿易関連部門であって、企業収益もそれに対応して好調であった。また消費財部門でも化繊、綿紡などは、内外需要の強調によって企業収益は好転した。これに対し石油、セメントなどは31年度上期には供給過剰から価格低下がみられ、利益が減少するなどの動きもあったが、下期に入ってからは需要の強調から価格も堅調となり、企業収益は立直りをみせた。

 このように総じて各企業とも売上の増勢を上回る利益の伸びをみせて原材料価格の値上がりを克服したのみならず積極的に経営成果の前進を果たし得たのは市場拡大を背景とした量産と、稼働率の上昇によるコスト低減、及びこれまでの近代化、合理化効果の発現による人件費、経費の節減によるものである。その他利子率の低下による支払金利負担の軽減も企業の高利益実現に寄与した主因であったといえよう。

第39表 コスト及び利益項目の変動

高潮した投資と資金需要の増大

 高利潤を実現した企業は、生産の上昇に拍車をかけ前述したように格段に高い投資を推進した。これを大蔵省調べ「法人企業調査」の固定資産新設額の増加でみると、全産業の設備の新規投資は前年に比べて76%の増加で、製造業では実に87%となっている。

第40表 法人企業設備投資(固定資産新設額

 これを部門別にみると、百貨店の駆込み増設を反映して、卸、小売業が最も伸び率としては高く、投資財部門がこれについでいる。業種別にみれば前年より大幅に増加したのは酒造、紡織、紙、油脂などを主として消費財部門であり、これについで機械、造船が伸びてきており、また新製品の分野に飛躍している化学工業などが目立っている。その他、海運などでも投資が盛んであったが、石炭、電力などエネルギー部門の投資は年度前半まではやや遅れを示していた。

 このように設備投資が著しく増大したのは、企業の投資に対する利潤動機や競争動機が特に31年に強く働いたからであった。先に述べたように好況が進展するにつれて企業利潤が大幅に増加し、潤沢な内部蓄積余力を投資にふり向けていこうとする意欲が働いたことは見逃せないし、また意想外の市場拡大と、生産、売上の増大は企業の利潤期待を高め、それが一層企業に強気の投資を行わせることになったとみられる。さらに技術革新の潮流を背景にして、設備の近代化や新しい生産技術の摂取に対する企業の競争意識が高まり企業は自己の優位性を保持し、あるいは他社との競争に負けまいとして、積極的な投資を行っていったのであった。

 投資の増大が投資財産業の利潤をふやし、その増大した利潤が投資財産業の投資を積極化させるという波及効果が累積して国民経済全体の投資規模は躍増したのである。加えて前年から31年度初に引き継がれた金融緩慢化の基調によって、利子率が低下し、銀行がむしろ企業投資を促進するような態度にでたことが一層企業の投資活動にやりやすい環境を形作ったことも否み得ないであろう。

 これらの諸要因に刺激されて前年には投資を手控え気味であった企業が投資を急テンポで増大させていたことが、31年後半になって異常な資金需要を誘起することにもなったが、金融逼迫の誘因としては「金融」の頃にも述べているように単に一時的な投資の急増だけでは説明しきれない性格をも有しているようである。

 最近における企業の投資の性格は、 第41表 にうかがわれるごとき限界資本係数の増大と投資期間の長期化のなかに現れている。最近の限界資本係数の上昇は、企業が単位当たりの生産、売上を増やし附加価値を増加させるために必要とされる資本の単位量が増加してきていることを物語るものであり、前述したような設備投資の近代化、大型化の趨勢にも裏付けられている。すなわち、近代化投資と生産技術の向上は現在の段階において必然的に資本の大規模化を招来して個々の企業の資本係数をあげる方向に作用している。かつ、設備資本の大型化につれて、建設仮勘定残高の累積に反映しているように設備投資が生産力化するまでの懐妊期間が長期化している一方では、資本の回収期間も延長している。

第41表 企業における限界資本係数と限界資金需要

 さらに個々の企業だけでなく、産業全体でみても、技術革新的な様相を伴った投資ブームのもとでは産業構造が迂回化し消費財産業よりも投資財産業に重心が移行し、あるいは消費財においても新産業の比重が高まりつつあることなどの変化は、投資全般を大規模化させ、資本係数をあげ、全体の資金需要を増大させる一因となっている。例えば繊維よりも鉄鋼の方が、また綿紡績よりも合成繊維の方が、同じ一割の増産をする場合にも、より資本が嵩み、資金需要が増加するのである。そればかりでなく、産業構造の高度化が進められた結果、前述のごとく投資財、基礎財の相互依存度が高まり生産隘路の問題から設備投資の必要度をまし、電力、鉄鋼などの大口資金需要が高まったことが急速に金融を逼迫させることにもなったのである。

 このように31年度の資金需給の逼迫は、投資単位当たりの限界資金需要が大きくならざるを得ないような投資が行われたことによるもので、短期循環的要因によってもたらされたばかりでなく、かなり長期趨勢的な要因によるものであることは見逃し難い。

外部資金依存の増大と流動性の減少

 以上のような急テンポの企業投資活動の高まりが一方では企業の財務構造の正常化を阻害し、企業の景気に対する弾力性を損わせる面もあったことは見逃せない。

 そこで企業の財務構造の変化を資本資産構成変動図によってみよう。 第58図 にみられるように、31年度の前半においては棚卸資産と買掛債務の伸びが目立っているのに対し、後半においてはその他資産と短期借入金の増加が著しい。すなわち、自己資本についてみると29年の金融引締めによるデフレの苦い経験にこりて、30年の景気回復の初期には自己資本の拡充で資金需要を充足することに専念してきたが、31年に入るに至って急激な設備投資の伸びと、旺盛な在庫投資の資金需要が加わって、企業利潤の増大による内部留保の充実や、減価償却、その他特別償却による内部蓄積力の増加をもってしても、企業の自己資金の源泉だけでは企業投資活動の上昇に歩調を合わせ得ず買掛債務の膨張でカバーせざるを得なかった。一方資金供給の面からは、31年度前半の金融情勢が緩慢の基調を持続していたので、企業をとりまく諸条件は決済資金の不安もなく、企業相互間で手形のネット・ワークを著しく拡大せしめるのに好都合であったからである。しかし後半になるに及んで資金需給は緊急の度を加えたため、企業間信用は伸び悩み、決済条件も逐次厳しさを加えて借入金増大へと転ずるに至った。

第58図 資本、資産構造の変動

 だがこの間企業は自己資本の拡充を怠ったわけではない。租税特別措置法の特典ならびに資本充実法による資本組入れ制限時期(31年度末及び32年1月末)が到来したために、それ以前に増資が集中するなど自己資本の増加は今までになく大きかった。それでもなお、企業活動の拡大歩調は一層速く、短期借入金や買掛債務の増大となって負債総額は膨張し、自己資本の比重は相対的に低下せざるを得なかったわけである。

 このように所要資金の調達が、自己資本及び固定負債よりも流動負債、特に前半は企業間信用で、後半は短期借入金によって賄われた結果、流動比率(流動資産と流動負債の割合)固定比率(固定資産と資本の割合)負債比率(負債と資本との割合)はいずれも悪化している。それでも当初は企業も景気の先行に対して慎重な態度をとっていたが、31年度も末になると資金需給の緊張が予想されるに至り、各企業とも一斉に金融市場に出動し、企業の競争意欲は金融の確保に向けられ、一部には借急ぎの傾向すらみられた。

 また自己資本と固定負債との合計された長期資本より固定資産の伸びが上回ったため、運転資本部分は圧迫されるに至り、企業財務の短期安全性がかなり低下せざるを得なかったことは注目されなければならない。

企業資金繰りの繁忙化

 昭和31年初めから最近に至るまでの企業の資金繰りは、次第に繁忙の色を濃くしてきたが、これを当庁調べによる上位企業120社を対象とした「資金繰り調査表」に基づいておおよその趨勢をみると次の通りである。

 すなわち景気上昇過程で売上が増大し収入が順調な回流を続けていくにつれて、企業は31年4~6月頃から積極的に投資を増大させていったが、投資資金需要としてはメーカーの原材料在庫投資やディーラーの流通在庫関連の投資が急速に増大し、設備投資のための支払資金需要はこれよりも遅れていた。そして前述のごとき企業間信用や株式増資の拡大などに支えられたこともあって、企業の銀行からの借入金は原材料購入額の増勢ほどには伸びなかった。しかし本年に入ってからこの5、6月頃にかけて、原材料在庫や流通在庫関連の投資資金需要が一段と増大してきたのに加えて、設備投資のための支払資金が躍増して、全体として投資資金需要のうねりが高まることになった。そして一方では、企業間信用の拡大が一応の限度に達し、株式増資も一服化するにつれて、企業の銀行からの借入金は、運転資金、設備資金ともに顕著な増大を示した。

 かくて、投資の急増により資金繰りが繁忙化した企業は、これまでは銀行からの借入金依存度を高めることによって、ともかくも資金需要を賄い、高率な投資の拡大テンポを維持してきた。けれども国際収支の悪化に伴い金融引締めが強化されるに及んでいままで繁忙状態にあった企業の資金繰りはより逼迫し、企業の投資が抑制される傾向が強まりつつある。

 現在の企業の資金繰りに対して最も直接的な影響を与えつつあるとみられるのは、銀行の貸出抑制であって、特に本年に入ってからの投資資金需要が銀行借入金の増大によって支えられることが大きかっただけに、この面から資金繰りが逼迫し、企業が自らの投資を抑制する方向に進むものとみられる。また既に金融引締めの効果が現れつつある中小企業や流通部門の影響が次第に大企業やメーカー段階に波及して売上の回収条件も長期化し、この面からも金づまり傾向が生ずる可能性も少なくない。企業が資金繰り悪化に対処しながら原材料、流通関連の在庫調整や設備投資の繰り延べによってどの程度に投資規模を抑制していくかについては、今後なおしばらくの推移を見守らなければならない。

第42表 企業の資金繰り収支

企業経営の均衡的発展の諸条件

 以上に述べたように、経済活況の過程における企業は、利潤が増大し投資も顕著に躍増して、投資ブーム展開の中心的な主体となってきた。しかしながら企業が短期循環的な好況に酔うばかりでなく、今後も長期にわたって近代化投資の実をあげ公正な競争原理に基づきながら、国民経済の中で矛盾なく安定し、しかも均衡的な発展をしていくためには、幾つかの主要な条件が考慮されねばならない。

内部的条件--合理的な投資計画の画定

 日本経済やそのなかでの企業が真に安定的発展をはかるためにまず望まれるのは、より計画性のある企業投資が行われることである。

 先に述べたように最近の企業の限界資本係数は高まっているが、特に設備資本係数の上昇は、相当に今後の企業投資の趨勢的傾向を反映するものであろう。このことは既に、技術革新途上にある企業が、既成生産部門の合理化や新生生産部門の開拓を通じて、より資本や技術の集約的な投入をはかることによって生産性をあげ所得を増大させる方向を求めつつあることを反映しており、このように企業が生産を増やしていくために必要な投資の単位額が増え、また前述のように設備投資の懐妊期間が長期化していることのなかには、企業資本の長期固定化がかなり趨勢的な性格をもつものとして受取らねばならないものが含まれいる。そして長期資本固定化の傾向に即して、企業も一時的な好採算に気をよくした投資ではなしに、長期発展方向につながる安定的かつ持続的な計画性のある投資を行ってどうやって投資を回収するかを計画的に目論む必要に迫られている。

 かかる企業経営における安定持続型の投資計画の設定は、一片の営利追求心だけでは解決することのできない経済、市場、生産技術等に対する多面、広汎な知識の体系的な消化と、精緻な計算組織を前提とし、企画、調査に関連したスタッフの充実を必要としている。

 戦後我が国の企業は、新しい生産技術を摂取導入することには極めて進歩的であったが、これに比べると経営管理特に投資に対する一元的な管理機能に欠けるところが多かった。31年のような好況時には短期の利潤期待に導かれ企業間競争にかりたてられていたずらに投資を急膨張させ、過度に借入金が増大し経営の弾力性、安定性を失った企業もでてくるし、それが全体の近代化投資のうえにつけ加わって日本経済全体を行き過ぎさせて、国際収支の不安定をまねくことにもなったのである。

外延的条件

大企業と中小企業の均衡的発展

 また近代化、合理化の進行過程では、資本の効率や向上やリスク負担の軽減等のために、資本の集中や企業間の連繁強化は半ば必然として受け取られがちであるが、一方では特に大企業と中小企業の均衡的発展に対する配慮が必要とされるようになっている。

 最近までの投資ブームのなかで、大企業のみならず中小企業の設備投資が積極的に行われ、近代化が漸次中小企業段階に浸透しつつある面でも注目すべきものをもっている。しかし「中小企業」の項にもみるように、我が国の大企業と中小企業の発展の仕方はまだまだ不均衡であり、生産性、利益率など相当の格差がある。このような大、中小企業間の大きな格差は、両者の経営形態の差異に根ざしている面が少なくないのであって、大企業が近代化によって資本や技術の集約的経営に進んでいる一方、中小企業の経営はかなり労働集約的、資本技術粗放的な形態を残している。かかる経営形態の二重性は、賃金、利子率の社会経済的条件とも関連を有しているのであり、中小企業の賃金条件は大企業よりも、はるかに低く、また利子率は資本不足国における中小企業の資本調達の困難性を反映して大企業よりも相対的に高い。このような条件に適応しながら、我が国の中小企業はあまり資本にカネをかけずに低廉な労働力の集約的投入方式によって経営を維持してきたが、それだけに低生産性をまぬがれず雇用者が不完全就業の状態にあるものも少なくない。

 しかし、現在の大企業は、技術進歩がより広汎な生産力の体系化を要請するにつれて生産技術の向上、品質の改善、市場確保等と面から、中小企業との均衡的発展を望むようになっている。その典型は短時日に工業化成功をおさめつつある合成繊維産業であって、ナイロンなどでは進んで中小企業の技術的指導、資金援助、加工賃の保証などを行うことによって、大企業と中小企業の相互補充的な発展径路をたどっている。かような傾向は、機械メーカーの中小部品メーカーに対する関係でも醸成されつつあるところであり、今後の中小企業の水準の向上をぬきにしては、広汎な技術進歩に基礎をおいた生産力の発展を目指すことはできないであろう。

 大企業と中小企業の均衡的発展の必要は、技術進歩の面ばかりでなく、市場の安定性の面にも存在する。我が国の数多い中小企業が低生産性の状態にあることは、それだけ所得増加に培われるべき国内市場の不安定性を意味するものであり、中小企業問題の解決への接近は同時に市場問題の改善にも役立ち得るわけである。

第43表 企業規模別にみた設備投資の増大

第44表 大企業と中小企業の経営形態の相異

所得分配と企業経営

 また企業が経営内部の封鎖的領域から、さらに経済の構造的発展の広い視野に立って対処しなければならぬのは、企業と労働との所得分配関係についてもいえよう。賃金を単に経営にとって、経費であると考えるならば、コスト・ミニマミゼーションの観点からできるだけ賃金を低くおさえようという要求が生ずるであろう。しかし現代の企業にとって重要な認識は、賃金は少し長期的にみれば国内市場の培養基盤をなすものであって、片方において技術革新を進めるために長期資本固定化の趨勢が生ずるならば、資本回収のための販路市場の長期安定化は購買力育成のための分配問題の処理と密接な関連をもつのである。

 戦後の労働所得の分配率は、経済民主化と相まって戦前よりも高い水準で安定しており、それが国内市場の拡大と安定を通じて、今日までの生産構造の迂回化を可能ならしめる大きな要因となってきた。企業が今後とも技術革新を進めていくには長期市場の安定化を前提としなければならず、そのためには輸出振興努力とともに、生産性の上昇と賃金の均衡的増大による国内市場の安定的拡大を考慮してかからなければならない。

第45表 戦前戦後の労働所得分配率の変動


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