昭和32年

年次経済報告

速すぎた拡大とその反省

経済企画庁


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総説

経済構造と均衡的成長

均衡的発展の条件

 経済の長期的、持続的発展を可能ならしめる条件として1)景気攪乱要因の排除、2)生産諸部門間アンバランスの調整、3)社会的緊張(ソシアル・テンション)の緩和の三つを挙げ、景気循環と経済成長の統一である安定的成長にさらに構造的要素を加えて均衡的発展と称することが世界的な通念となっている。前に示した通り、我が国において2)は工業生産と産業基盤の間に不均衡の是正、3)は二重構造の改善の問題として肥えることができよう。

 完全雇用のためには経済の成長率は高ければ高いほどよい。しかしあまりに急ぎ過ぎた経済の拡大は国際収支の赤字を招き、かえって成長の抑制を余儀なくされる。急激な成長とその反動としての停滞の繰り返しは結局長期的にみて経済成長率を低下させ、完全雇用率の達成をおくらせる。そこで日本経済の長期政策の主要目標はまず成長率の極大化と安定均衡の矛盾をいかに調和させるかということである。安定均衡の条件はさらに短気的と構造的の二つに分かれる。前者はインフレ、デフレを起こさないための貯蓄と投資の均衡、及び国際収支のバランスであり、後者は産業構造、社会構造上の諸条件である。もし短気的安定にだけ着目して産業基盤の充実、産業構造の近代化、国際競争力の強化、二重構造の改善等、構造上の是正を閑却するならば経済の持続的発展そのものが阻害される。逆に構造問題の解決を急いで投資を増大させれば短期的安定を害する。短期的安定条件と構造的均衡条件とは相互に矛盾する面をもっているのだ。このような構造上の課題をなかにもっていることが、常に日本経済を駆り立てて投資の行き過ぎと過大な拡張テンポに走らせるのである。

 均衡的発展の困難性は我が国にあっては常に高い投資水準と、国際収支の均衡の間の二律背反として現れる。近年の日本経済について調べてみると、 第26図 に示す通り投資の拡大率が輸出プラス特需の成長率以上に大きくなった年には例外なく国際収支が赤字を示している。従って保有外貨の急減に悩む現在の我が国にとって、何よりも必要なことは、まず過大な投資を削って貯蓄の許す範囲に収め、経済拡大スピードのスローダウンをはかって、短期的安定の条件を作りだすことであろう。さらに先に述べた31年度経済の教訓に従って、景気調整策に種々の改善を加え、いったんつくりだした安定条件が再び破壊されることのないように備える心構えが必要である。次に安定した基盤のうえに展開すべき均衡的発展のプログラムをいまから準備しておくことが重要だ。長期的プログラムによって適正成長率すなわちその率で伸びていけば長期的にみて国際収支は赤字にならず、インフレもデフレも避けつつ恒常的に経済を拡大せしめうる最大限の成長率が策定できたならば、景気調節のためにもまことに好都合であろう。もし実際の成長率がこの率より著しく高いようであったならば、物価や国際収支にまだ異常はなくとも拡大スピードを落とし、もしこの率よりも低いようだったらば財政支出を増やすなどの手を打ってもいいわけだ。もちろん成長率は国民経済を構成する各部門について一律であるはずはない。おそらく輸出の成長率がもっとも高く、投資がこれにつぎ、国民消費の伸び率はさらに低く、既に国民所得に対して大きな割合を占めている財政支出はしばらく足踏みをさせるべきであろう。これらの要素の成長率相互間の関係と安全かつ最高限の適正成長率の探求は政府がいま練り直している新しい長期経済計画の重要な研究課題となっている。

第26図 投資と輸出の成長率の比較


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