昭和32年

年次経済報告

速すぎた拡大とその反省

経済企画庁


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総説

経済拡大の機構

31年度経済の教訓

 右に述べたような経過をたどって未曾有の好況にあけた31年度経済は、国際収支の悪化に暮れた。国際収支の改善を計るために3月の公定歩合引上げについで5月さらに再引上げが実施された。そして悪化の根因である輸入の増大がたんに原材料の輸入在庫によるだけでなく、国内経済水準の急速な上昇に基づくものであることが意識されるに従って、6月には財政投融資繰り延べをも含めた総合政策が打出された。28年の国際収支の悪化に際しては、まず金融を引き締め、後に1兆円予算によってこれに対処し、引締め開始の28年10月から8ヶ月目の29年6月にはじめて赤字の解消をみた。この際赤字の克服は輸入の減少よりもむしろ輸出の増大によって達成された。

 輸出が増大することは極めて望ましい。なぜならば輸出が増大すれば、国内景気を過度に低下させる必要がなくなるからである。しかし、輸出は現在減退しているのではない。漸増しているのである。従って国際収支立て直しの第一の目途は投資の抑制、輸入の減少に置かれなければならない。幸いにして喪失した外貨も費消してしまった訳ではない。投資によって増えた輸入は近代化設備あるいは在庫となり、いわば輸出の潜在力として保有されている。この潜在力を顕在化するためにも内需引締めが必要であることを銘記すべきであろう。

 それにしても景気行き過ぎの過程が華やかであっただけに修正の道程は苦しい。日本経済はこのような循環を28年と31年に、2年の間隔をおいて2回繰り返した。我々は31年の経験から、次のごとき教訓を学びとって将来このような激変を繰り返すことを避けるための自戒の資としたいと思う。

 その第一は自動調節力に過度の期待をかけるのは危険だということである。往年金本位体制や自由為替レート制をとっていた頃ならば、国際収支が悪化すれば、自動的に国内通過が収縮し、あるいは円の対外価値が下落して、輸入を抑制し、国際収支の復元作用を及ぼしたであろう。いまではこのような制度としての自動調節力は存在していない。投資コストや貸出金利も非弾力的で、その上昇が自動的に投資を抑制する機能はもちろん、敏感な景気指標としての役割をも十分に果たさなかった。さらに企業や銀行相互間の競争が熾烈で、本来資本の効率の計算からすればもっと早く自律的に冷却すべきであった投資熱が競争のためいつまでももえさかり、投資ブームを意外な高さにもちあげたことも見逃してはなるまい。

 もし経済内部の自動調節力が十分でないのが現状だとすれば、それだけに景気調整策がもっと機動的に発動されなければならないということが第二の教訓である。今からふり返ってみれば、31年夏以来景気抑制策を発動すべき契機は幾回かあった。景気調整策を早目に発動すればするほど、経済に急激なショックを与えることを避け、安定的成長の達成が可能になる。欧米先進国においては景気の対症療法ではなく、予防政策を実施して、景気変動を小幅にすることに努めている。

 第三に、政策発動の目安となる統計指標がはなはだ不備であることを反省しなければならない。もし在庫統計が整っていたら、前述の輸入在庫に関する解釈も、もっと早く統一されていたろう。また、各時点ごとの投資の動向を現在ほどの時間的ずれなしに把握し得る統計が完備していたならば、投資ブームの上昇の力を見誤ることがなかったはずだ。

 第四の教訓は景気のシグナルにもっと敏感でなければならないということである。物価の騰貴についてもオーバー・ローンについてもこれをうけとる感覚が鈍磨していた。次々に警報が現れたにもかかわらず、それらの警報の意味を特殊事情によって説明し、警報無視を重ねて、ついには国際収支の絶壁に乗りかけた。思うにいかなる現象も、それぞれ、その時々の事情によって影響されているから、特殊事情による解釈はいつでも可能であろう。しかし、前掲のいくつかの警報が相次いで出現すれば、やがては国際収支の悪化も到来するという歴史的経験的法則はもっと重視されるべきであったろう。

 第五は、景気調節の操縦桿が十分に整っていなかったのではないかということである。いま世界各国では、中央銀行の公定割引歩合の上下とともに預金準備制度、公開市場操作の三位一体的な運用によって金融政策の全きを期している。我が国においては預金準備制度がやっと緒についたばかりで、公開市場操作は真の意味において、その機能を発揮していない。もし30年下期に適当な金利水準を持った政府短期証券が存在して、これを公開市場で売り出すこと(売オペレーション)によって市中銀行の過剰資金を吸収することができたならば、31年にあのような激しい金融緩慢から逼迫への変動を防ぎ得たであろう。

 第六の教訓は、経済の長期目標と短期的措置とを混同してはいけないということである。日本経済はまだ貧しい。経済の成長は長期的には不可欠であり投資は重要である。しかし、それが過度になるならば短期的には国際収支面に矛盾を生じ、長期目標たる経済成長や投資蓄積をかえって抑制しなければならなくなる。丁度いかに滋養になる食物でも食べ過ぎれば腹を壊して絶食しなければならないのと同じだ。また、金利は長期的には常に低くあって欲しい。しかし需要超過の傾向が現れたならば長期的目標に反して金利を果敢に引き上げなければならない。

 第七に、経済基調の変化のうちに短期的循環性要因とともに、長期的構造性要因が潜んでいるということも31年の経済の推移から汲み取らなければならない重要ポイントの一つである。我が国のように資源の貧弱な、資本の乏しい国では、少ない輸入でできるだけ生産をあげ、少ない投資でできるだけ国民所得を増やすことが望ましい。ところが、鉄鋼や電力への負担の加重のために我が国経済は生産や国民所得を増やすために今までより余計に輸入し余計に投資しなければならない段階に直面している。また、どの好況の時でも例外なく景気の上昇が中小企業や雇用面など、いわゆる社会的に弱い部分に浸透するまでには時間を要しながら、ここに浸透した頃には必ず引締政策をとらねばならないような事態に立ち至る。そして引締政策をとれば、これらの部面に最初にシワ寄せがいくというのも、経済構造上の大きな問題点であるように思われる。

 次章でこれらの構造問題について検討することにしよう。

第17図 需給拡大の内容


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