昭和30年

年次経済報告

 

経済企画庁


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国民生活

都市生活者の状況

勤労者世帯の収入情勢

 昭和29年の全都市勤労者世帯月平均実収入は28,283円で、前年より9%の増加であった。しかしこれを前年の増加率25%に比べると、その伸びは著しく鈍化した。しかも28年夏頃以降平月の収入水準はほぼ2万5,000円程度に固定し、そのまま昨年末までほとんど横ばいに推移しているので、前記9%の増加も前年の上半期の収入水準が低かったことに基づいており、29年だけをみれば特に大きい動きはなかった。さらにこの名目収入の増加9%に対し、消費者物価(全都市)は6.4%の上昇をみたので、実質的な収入増加はわずかに2%に過ぎない。しかし不況下とはいえともかく戦後の最高水準を維持し、戦前(昭和9-11年)と比較した実質収入水準は東京勤労者世帯で113%に達している。

第73図 全都市勤労者世帯の収入推移

第146表 全都市勤労者世帯の収入構成

 ところで世帯収入を構成別にみると、そこにはやはり不況の影響が多少現れている。第146表にみるごとく、項目別の収入増加率はいずれも前年のそれよりは小さいが、特に世帯主本業臨時給与と副業内職収入の伸びの鈍化が著しい。前者は生産の低下が労働時間の短縮を伴い、残業手当の減少をもたらしたことのほかに、賞与支給率も夏期には前年を2-3割上回っていたものが、年末にはむしろ前年より低下して不況の影響を受けるに至ったことによるものである。また後者の副業内職収入は元来不安定な収入源であるだけに不景気の影響を受ける度合いも大きかったものと思われる。

 なお収入の変動状況を都市別にみると、28年頃までは各都市とも一様に増加していたものが、29年にはかなり区々たる増減を示したのも昨年の特徴であった。すなわち全都市平均9%増に対し、東京の17%増を始め15%以上の増加を示した都市は、調査された28都市中6都市を数える一方、前年より名目所得の減少した都市が、神戸その他4都市も存在する( 第147表 )。また増加率の低い都市を分類すると、横浜、阪神等の重工業地帯や、高崎、今治等の地方都市で織物生産の中心地になっているところなどが特に目立ち、景気不振の強弱を反映している。なお東京の増加率が大きかったのは、東京在住勤労者に公務員や各企業の本社関係職員等事務系統勤労者の比重が大きく、これらの賃金は生産の増減に直接関係するところが少なかったためであると考えられる。これは全都市勤労者世帯の収入を職員と労務者に分けた場合、前者は前年より7.7%増加しているのに対し、後者は2.5%に過ぎない点にも現れている。

第147表 都市別勤労者世帯の実収入

 以上のように平均した世帯収入は昨年中高水準を維持しえたとはいうものの、内容的にはやや不安定な傾向を帯びつつあったが、本年に入って2月には、実収入が前年同月を下回るという状況となり、幾分下向きの兆しをみせ始めるに至った。

消費者物価(C.P.I)の堅調持続

 29年の緊縮経済が卸売物価の著しい低落をもたらしたことは既に「物価」の項において述べたが、この卸売物価の低落に反し消費者物価はむしろ堅調に推移した。すなわち消費者物価の年間平均指数は前年より全都市6.4%、東京5.4%の上昇を示し、また月別にみても5月に若干の反落をみたほかは漸騰を続け、1月から10月までに2.5%の上昇となっている。

第74図 消費者物価の推移

 これは一昨年秋の凶作を機に急上昇した食料価格が、29年にも気候不順から春夏野菜の不作等夏頃まで作柄の回復が不十分であったため、なお高値続きに推移したことと、ヤミ家賃、間代、授業料、新聞代等料金的物価の一部が漸騰を持続したことによる。

 しかし基本的には景気後退下にもかかわらず総体的な個人所得がなお幾分の増加をみ、従って消費者購買力が高水準を持続していたことによるものと思われる。

 ただこうした中で被服品のみは比較的明白な低落を示し、1月から12月までに約6%下がっている。また百貨店を始め商店街一般を通ずる特売競争の激化が、物価指数に現れない形で小売物価の低落を生じていたことも事実である。

 しかし秋作農産物の作況回復とともに高値を続けた食料価格も年末頃から遂に反落に転じ、CPIも11月から低落し始め、本年に入ってから端境期入りの生鮮食品高でやや反発をみているものの、基調は明らかに弱含みとなってきた。かくて本年5月の消費者物価は朝鮮動乱直前の43%高(全都市)、戦前(昭和9-11年)の299倍(東京)で、わずかながら前年同月を下回るに至っている。

 なお29年には9月に電気料金の改訂があったが、これは昨年中は実質的な値上がりとならず、さらに米価、公定家賃、鉄道料金等、統制下にある各種物価が据置かれたことは戦後始めてのことであった点が注目される。

家計費の動き

 昭和29年の全都市全世帯平均家計費は一ヶ月当たり22,678円で、前年より約6%の増加であった。しかし前述の通り消費者物価もほぼ同程度の上昇を示したので、実質的には前年と全く同水準にとどまり、27年15%、28年14%と顕著な上昇をたどった消費水準も、ここに伸びどまりから完全に頭打ちとなるに至った。もっとも特に低下した訳でもないから、その水準は依然戦繧フ最高水準を維持し、昭和26年を32%上回っている。また東京勤労者世帯の消費水準は全都市のそれより好調で、前年より6%の上昇をみたので、昭和9~11年を基準として100となり、全く戦前の水準に到達した。

第75図 全都市消費水準の推移

 それにしてもこのような消費の停滞が生じたのは、緊縮経済基調による賃金上昇の鈍化とともに、消費者全般の心理的な反応から買い控えの傾向が濃化したことによるものと思われる。

 費目別に消費水準の変動をみると、前年より増加したのは雑費と光熱のみで、他はいずれも減少し、特に被服と主食の減少が目立っている。また上半期の総合消費水準が前年同期を2.0%上回っていたに対し、下半期は1.5%下回りデフレの影響が下半期に入ってやや現れ始めたことを示している。

 このように消費の全面的な停滞に加えて、相対的な食料価格高からエンゲル係数は48.5%とほとんど前年と変わっていない。

 なお前年に対する家計費の増加率を世帯類型別にみると 第149表 のごとく、一般世帯の方が勤労者世帯より小さく、商人・職人などを含む前者の方にデフレの風当たりが強かったことが知られる。さらにこれを地区別にみると、勤労者世帯の収入増加に述べたとほぼ同様の結果が現れており、東京の比較的好調に反し、横浜、阪神、長崎等の重工業地帯や、東海、高崎、今治等の繊維工業地区の伸びは不振であった。

第148表 全都市全世帯の費目別消費水準

第149表 世帯類型別消費支出

家計収支の状況

 29年の都市家計において全世帯を通ずる最も特徴的な現象は貯蓄の顕著な増大であった。すなわち29年の全都市勤労者世帯の黒字は月平均1,855円で前年より約4割の増加を示し、その可処分所得に対する比率も5.8%から7.4%へ増大した。既述のごとく実収入の増加率が前年度までと比べて著しく鈍化したにもかかわらず、このように大幅な黒字の増加をみたことは、限界貯蓄性向の増大、すなわち貯蓄意欲の向上があったとみなければならない。

 租税公課は29年4月よりの減税にもかかわらず、収入水準の上昇から14%増加し、実収入に対する比率も増大している。しかしこの減税措置のなかった場合に比較すれば月平均150円程度の軽減になっていると思われ、黒字の増加はこれを遥かに上回っているから、減税分は全て貯蓄へ回ったこととなり、28年の減税が貯蓄よりもむしろ消費により多く振り向けられたのと比較して、29年の貯蓄性向が極めて強くなったことを示している。

第150表 全都市勤労者世帯の家計収支バランス

 さらにこの黒字が資産形態別にどのように処分されたかをみると 第151表 の通りである。すなわち黒字の増加にかかわらず、手持現金増加に当てる部分は縮小し、借金返済(掛買払を含む)、預貯金の純増引当て分等が著しく増加している。また年金保険などに対する加入も着実に増加していて資産内容が充実化、健全化の方向をたどっていたことが分かる。

第151表 資産の増減状況

 かくて29年の都市勤労者家計は、所得の伸び悩みにもかかわらず、消費の抑制から収支差は目立った好転をみせることとなった。しかし本年に入ると、所得にやや低下の気運がみえるのに対して消費はなお前年並みを続けているので、収支バランスは若干悪化の模様をみせている。

所得における上下層の拡大

 ここで階層別にこの1年間にどのような変化が生じていたかをみてみよう。

 いま全都市勤労者調査世帯数を収入の大小に応じて、上、中、下に3等分し、28年9-11月と29年9-11月につきそれぞれ収支勘定の平均値をとって比較すると 第152表 にみる通り、上層の実収入は1年前に比しなお5%の増加を示しているに対し、中層はほとんど変わらず、下層世帯は約3%の減少を示している。家計費については、上層階級は前年とほとんど変わらないが、中、下層階級は5-6%減少している。また租税公課はほぼ収入の増減と対応しているが、下層階級の減少がやや目立っているのは、29年4月からの減税における基礎控除の引上げがきいたためであろう。かくて収支差は各層とも好転しているが、その度合いは金額的にみると上、中、下の順となり比率では中層階級の好転が著しい。

第152表 階層別収支状況

 これらの状況からみて緊縮経済一年間の勤労者世帯に及ぼした影響は、消費性向の減退ないし貯蓄性向の増大が全階層を通ずる特徴である一方、所得の上下差が拡大し、特に下層階級では幾分生活が窮屈になったように思われる。下層階級の家計費減少率は中層階級よりむしろ小さいが、これはその家計費に切り詰めの余地が少ないことによるものと思われる。しかも収支差が若干好転したとはいえ、なおかなり大きい赤字を示しており、エンゲル係数もこの階級のみが前年より悪化している。これに対して中層階級は消費抑制分がそのまま収支差の改善となって黒字の著増をもたらした。また上層階級では収入の増加がきいて余裕ある生活のうちに収支内容を健全化したものといえるであろう。


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