昭和30年

年次経済報告

 

経済企画庁


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国民生活

緊縮政策下の国民生活

 一昨年、昭和28年10月から始められた金融引締めと29年度緊縮財政に代表せられる経済政策の転換は、既に述べてきたように物価、流通、生産、労働などの各経済部門に不況現象を惹き起こしたが、経済循環の最終部門である国民生活もまた多かれ少なかれその影響を受けることとなった。

 すなわち朝鮮動乱ブームの波及による27年の消費景気と、これに続く28年の国内投資景気で、27、28年にそれぞれ16%、12%の著しい上昇をみせた国民消費水準も、29年にはわずかに2%の上昇にとどまり、その伸びはほとんど頭打ちとなった。

 しかし概括的にみた国民消費水準は一昨年頃までの継続的な上昇傾向をとどめたに過ぎず、特に下降の傾向をみせるまでには至らなかった。従って昨年の国民消費は戦後の最も高い水準を維持し、国民所得統計によって戦前(昭和9-11年)に比較した国民一人当たり実質消費支出は108.8と戦前を約9%上回る水準に到達している( 第145表 )。【@第145表 国民消費支出の推移】かくて国民の消費生活面においては緊縮経済の影響はさほどはなはだしいものではなかったといえよう。

第144表 国民消費水準

第145表 国民消費支出の推移

 ところで国民消費水準の年間2%の上昇を都市、農村別にみると、都市は前年とほとんど同一水準で伸びがみられなかったのに比し、農村では28年の凶作から29年にはおおむね平年作に戻ったことによる農産物生産の増加と、またその価格が堅調を保ち得たため、農家経済は比較的好調を持し、消費水準も前年よりなお4.3%の上昇を示して、28年の都市好調、農村不調とは対照的であった。

 このように都市生活者の消費水準は農村に比しかなり停滞の色を濃くしていたが、これは緊縮政策の影響が流通部門の在庫調整から卸売物価の低落、鉱工業生産の減少と主として都市経済活動を中心に進行したためであって、このため全都市平均の消費水準は前年並みであったとはいうものの、例えば北九州地区における石炭業、阪神地区における造船業等の不振は当該産業ばかりでなく、広くその関連産業に影響を及ぼし、また金融逼迫による織物、機械、金属等を中心とする中小企業の倒産の増加などから、賃金遅払、失業の増加となって地域別あるいは職業別にみると不況の影響をまともに受けた層も少なくなかった。

 しかし29年の国民生活一般について緊縮経済がもたらした最も特徴的な現象は貯蓄性向の顕著な増大である。例えば全都市勤労者世帯の実収入は9%増で、前年の伸び25%よりは著しく鈍ったにもかかわらず貯蓄の実収入総額に対する割合は28年の5.1%から29年には6.5%に増大している。これは戦後一貫して続いた回復需要が、生活内容の一応の充足とともにほぼ一段落したことにも基づいているが、また所得増加の頭打ちや物価の軟化等、従来のインフレ含みの基調が収息したことにより消費者に心理的な影響を与え、消費を節約して貯蓄を増加せしめるという傾向を助長したためといえよう。

 以上のように29年の国民生活は緊縮政策下にもかかわらず比較的その影響は緩慢であったが、これは消費者経済の実勢変化が、その性質上景気変動に対して常にかなりの時間的遅れを伴うためでもある。また昨年後半からの輸出急増が不況の進行を抑制したことも国民生活への影響を一時的に繰り延べることとなった。しかし本年に入ってから輸出増加も鈍化傾向となり、国内景気振興要因もないまま、勤労者世帯の所得水準も幾分下向きの傾向を示す兆しがみえ始めており、今後の国民生活はようやく注視を要する段階にきたようである。


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