昭和30年

年次経済報告

 

経済企画庁


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金融

昭和29年度の金融動向

上半期の推移と特徴

 昭和29年度の初めには従来の金融引締めに加えて、前年度末に実施された別口外為貸付の廃止や日銀高率適用制度の改正によって、さらにデフレ圧力が強められた。既に1~3月に主として流通部門では銀行貸出が圧縮されたので、在庫のはき出し、仕入れの手控えが行われ、このためメーカー在庫は3月頃から増勢をたどり、これが金操りを圧迫しだしたが、さらに輸入金融の決済によって資金が吸上げられ、企業の金繰りはますます苦しくなった。もっとも輸入金融の決済はかなりの部分が並手形に肩代わりされたが、銀行は2厘逆鞘の日銀借入を避けたためこの肩代わりは他の部面の貸出圧縮となった。こうして大企業の振出手形の中にも不渡りとなるものが現れた。このような事情から銀行も6月頃からはある程度の滞貨救済融資を行うようになり、またデフレ手直し論が現れたのもこの頃であった。

 このように銀行が貸出増加を行ったのは一つには、企業倒産の波及がさらにひろがるのを防止する必要からであったが、他面、4、5月に財政の支払が多額に上り、これが銀行資金にゆとりを与えたことも見逃し得ない。

 だがこのような滞貨救済融資はもともとそう大規模にできるものではなく、企業の金繰りは依然苦しく企業はそのはけ口を輸出にもとめた。輸出金融の優遇措置もこの時期に講ぜられ、輸出金融については銀行も比較的容易に貸応じたので、輸出の金繰り緩和に果す役割は次第に大きくなっていった。こうして一部の業種を除いては7月頃まで累増した滞貨も徐々に捌けていった。

銀行信用の収縮

 まず上半期の全国銀行貸出を使途別、銀行別、種類別及び企業規模別にみると次のような特徴がうかがわれる。

 (イ)設備資金に対し運転資金の増勢鈍化が顕著で、なかんずく11大銀行にこの傾向が強く、期中の設備資金は11大銀行を中心に353億円の増加とほぼ前年(400億円)並みであったが、運転資金の増加は前年が2,170億円であったのに対し本年は528億円に縮小した。特に第1・四半期の運転資金貸出は80億円の減少(前期36億円増加、前年847億円増加)であった。

 運転資金の増勢鈍化の原因としては、この期に集中して現れた輸入金融引締めによる輸入手形決済資金貸の減少(707億円、前年131億円)や一方ではそれが別口外国為替貸付の減少(426億円、前年83億円増)とともに一部一般貸出にハネ返り、それが高率適用の強化と相まって商業部門、中小企業に対する貸出圧縮となったことや、商取引の縮小による商業資金の需要が減少したことなどがあげられる。しかしその反面5、6月頃よりメーカー部門の在庫激増に対する滞貨ないし救済融資が一般の決済資金需要に加重されて増加し、これが第2・四半期の貸出をかなり上向かせる要因となったことは注目されよう。

 設備資金貸出の増加は財政投資の削減にかかわらず継続工事の資金需要があったため、急速に貸出を抑制することができなかったからである。

 (ロ)このような動向は種類別貸出にもみられ、割引手形は期中86億円の減少、そのうち商取引に基づく商業手形割引は196億円の減少(前年1,369億円増加)であった。

 これに対し手形貸付は、例えば鉄鋼、石炭、機械等の在庫増加部門に対する単名手形を中心に1,350億円と前年(946億円)を上回る増勢をみせた。また設備資金を主とする証書貸付は325億円と前年(374億円)並みの増加となっている。

 (ハ)さらに貸出しを企業規模別にみると、大企業向の貸出しも1,106億円(前年1,495億円)と鈍化したが、中小企業貸出は前年の1,085億円の増加に対し逆に279億円の減少となった。なおこの間 第81表 のように中小金融機関の貸出しも鈍化したが、その中で民間金融機関の増勢鈍化に対し政府金融機関の貸出増加が目立っている。

第81表 企業規模別貸出増減額の推移

 このように上半期の全国銀行貸出は前半の増勢鈍化が著しく、第1・四半期のそれは149億円で前年の1割5分、第2・四半期に至り745億円と前年の半分に回復したものの結局期中の増加額は894億円と前年(2,572億円)の3割5分にとどまった。

第79表 全国銀行預貸金増減額の推移

不渡手形の増加

 このような貸出増勢の鈍化に伴い、企業は預金を引き出し、これを決済資金にあてたが、手形経済の破綻から資金繰りの悪化は免れず、年初来急増をたどっていた不渡手形は 第48図 にみるように5月に至り従来季節的にピークを示す12月のそれを上回り六大都市における月中発生枚数は11万4000枚、金額で125億円、手形交換高に対する割合も枚数で1.6%(前年1.0%)金額で0.7%(前年0.5%)に達し、流通部門の企業の倒産もこの期に集中した。

第48図 不渡手形の推移(六大都市)

 不渡手形の発生を業種別にみると、卸、小売、サービス、食料品、木材及び木製品、ゴム、皮革等の流通部門や中小企業が圧倒的である。

 しかし不渡手形の発生は5月をピークとしてその後小康状態を示している。その原因は5、6月までに経理内容の不健全な企業がかなりの程度整理されたこと、中小企業のデフレ即応体制が整い始めたこと、中小企業向けの金融が若干緩和したことなどもあるが、5月まで増勢を強めてきた不渡りの連鎖反応が流通部門からメーカー部門へ、中小企業から大企業に波及する形勢にあり、事実船場8社の一角や平爐メーカーの一部が崩れ落ちるというような事態も生じ、このためこれらの部門への波及を防止するため、ある程度の救済融資が行われたからであろう。

預金増勢の停滞

 全国銀行預金の動きを性格別にみると、営業性預金(当座、通知及び別段預金の合計より小切手手形を差引く)は貸出しの抑制、商取引の縮小及び決済資金調達による預金引出などのために当座預金を中心に極めて不振で、9月まで減少傾向をたどり201億円の減少(前年25億円増加)であった。これに対し、貯蓄性預金(定期、定積、据置貯金の合計より預金担保貸出を差引く)は好調で1,109億円の増加と前年並みであった。銀行別では地方銀行の預金の伸びが比較的良好であった。

 かくて上半期の全国銀行の実質運用預金(預金総額より小切手手形及び外貨預金を差引く)の伸張は鈍化傾向を免れなかったが、なお1,146億円と前年の7割を保持したのは、上半期に財政資金が異例の散超であったことが大きな要因となった。その中で地方向財政支出の増加は特に地方銀行の預金増加の背景となった。

第80表 起債及び増資実積

起債及び増資の縮小

 上半期の事業債の発行は前年が231億円であったのに対し、本年は国鉄、電信電話両公社債との競合もあって165億円に減少し、借換債を除いた新規発行債はさらに少ない。公社債の発行も予定額を下回り、地方債の起債額も縮小している。

 これは主な消化先である銀行の資金繰りが窮屈になったことのほか、日銀が金融引締にそって優遇社債を厳選したことにもよっている。

 また増資を株式払込高によってみると、特に6月以降の増資は株式市況の低迷を背景に、応募者の金繰り逼迫や発行者側の失権株発生の危惧等により停滞した。

日銀信用の収縮

 以上のように上半期の全国銀行の実質運用預金は、財政資金の散超を背景としてある程度増加したのに対し、貸出しは一部に滞貨救済融資があったとしても期中全体としてはかなり圧縮された結果、日銀貸出は274億円の減少(前年587億円)、これに外為貨を含めると698億円の減少(前年583億円増加)となった。

 銀行別では11大銀行289億円(前年349億円増加)地方銀行36億円(前年88億円増加)のそれぞれ減少であった。

通貨の収縮

 次に通貨の動きをみると、まず預金通貨は3月末既に前年水準を割っていたが、上半期中前年水準を16%方下回った線で推移し、118億円の減少となった(前年3億円増加)。一方日銀券も期中193億円の減少(前年49億円増加)となった。このように通貨が著しく収縮したのは、個人貯蓄が増加した反面企業に対しては金融が引き締められた結果であるが、このような通貨情勢の下で企業は次から次へと決済のための金繰りに追われた。従ってこの期間には通貨の回転率は著しく上昇した。

下半期の推移と特徴

 下半期の中では第3・四半期に輸入の増大、財政散超などから企業の金繰りは緩和し、銀行預金が大幅に増加し輸出の増加や内需の季節的増加に伴って商取引もやや活発化し、こういう商取引に伴う資金需要も多くなったので銀行貸出もかなり増加した。しかし預金の増加がこれを上回ったので、貸出増加にもかかわらず日銀借入は大幅に減少した。

 第4・四半期には、国内の商取引が季節的にも閑散化し、企業も先行警戒から、投資を控える一方、輸出は依然高水準を続けるため、生産がかなり増加したにもかかわらず資金需要は平静化し、預金の好調によって日銀借入は引き続き減少した。

全国銀行信用の増加

 下半期の全国銀行貸出は上半期の動向と対比してかなり対照的であることが目立っている。

 すなわち、使途別にみると、11大銀行、地方銀行ともに運転資金は増勢傾向を見せ、1,263億円とほぼ前年(1,329億円)並みであった。一方設備資金の貸出増加は8月頃から縮小傾向をみせ始め前年の423億円に大して164億円に縮小した。 種類別にみると手形貸付も増加(833億円、前年1,010億円)したが、割引手形も302億円(前年184億円)とかなり増加した。

 運転資金の増加要因としては、第3・四半期には決済資金やデフレ即応過程における整理資金などの貸付も前期に引き続き増加したが、その反面輸出の増加や内需の増加によって生産が上昇し、これに伴って在庫補充のための貸付や、商取引の活発化による商業手形の割引もかなり増加した。しかし第4・四半期には滞貨資金や整理資金の需要も一巡し、企業のデフレ即応体制がすすみ、しかも輸出が好調だったので生産はかなり上昇しても資金需要は平静化した。このため銀行が貸出しをさほど抑制しないでも貸出し増加額はわずかになった。

 設備資金の縮小要因としては、継続工事の一段落によって全般的に企業の投資意欲が衰えたほか、石炭、鉄鋼、機械、海運等の財政依存産業では財政投資削減がそれに強調する銀行貸出をも減少させることになった。

 さらに貸出しを企業規模別にみると、下半期に入り大企業向け、中小企業向けともに増勢に転じた。一方中小金融機関の貸出しも民間金融機関を中心に増加した。かくて上半期後半に前年同期の半分まで回復した全国銀行貸出は、下半期に1,412億円の増加と前年(1,775億円)の8割弱まで達した。

不渡手形の停滞と手形交換の増加

 不渡手形は前述のように6月以降横ばいに推移したが、下半期に入って特に輸入が伸び内需取引も活発化した10月以降は手形交換高に対する不渡手形の発生率も次第に減退傾向をたどった。

銀行預金の伸張

 下半期の全国銀行実質運用預金の動きを銀行別にみると、地方銀行は前期に引き続き順調であったが、特に11大銀行の伸びがよく1,531億円と前年(600億円)を大幅に上回った。

 預金増加の主因としては前期に引き貯蓄性預金の伸びが好調で1,275億円と前年(1,035億円)を上回ったことに加え、前期に非常に不振であった営業性預金が646億円(前年181億円減少)と大幅に増加した。そしてその背景において輸出増大に伴う外為会計の支払いと食管会計中供米代金の支払いがそれぞれ前年を大幅に上回りこのうち主として前者は都市銀行の、後者は地方銀行の預金増加の要因となった。かくて期中の実質運用預金の伸張は著しく、2,480億円と前年(1,224億円)を大幅に上回った。

コール資金の増大

 このような預金増加に伴い10月以降増加傾向をたどった東京コール資金は毎月市場開始以来の記録を更新し12月末343億円(前年222億円)に達し、本年3月末になってもなお241億円(前年145億円)とかなりの水準を維持し、その後も増加傾向をみせている。

 これは地方銀行の余裕金の増加を主因とするもので、そのコール放出超過額は最高時の12月322億円に達した。

 なお現在のコール資金は後にもみるように、無条件には金融市場の繁閑を示すものではないが、金融緩和の大きな指標たる意義は失わないであろう。

第82表 銀行業態別日銀借入金及び外国為替貸付の推移

起債市場の拡大傾向

 また余裕金の増加は一方では社債市場に向かい、下半期の事業債発行額は279億円と前年(188億円)を上回った。もっとも下期には既発行債の償還期限到来分が増加したため、借替債を除いた新規発行債はなお前年を若干下回っている。しかし市中の余裕金の増加に加え事業債の主な消化先である地方銀行の比重は第3・四半期の42.0%から第4・四半期には44.3%に増え、生命保険会社が設備資金貸出の一服から社債投資に向かう動きも現れており、コール金利の低下傾向とともに今後の活発化が予想されている。

日銀信用の顕著な収縮

 以上にみたように下半期の銀行貸出は大幅な増加を示したが、実質運用預金の増加がそれをはるかに上回った結果期中の日銀貸出は前年の673億円の増加に対し、1,377億円の顕著な収縮を示し、貸出残高は2,521億円(前年4,172億円)となった。

 銀行別では地方銀行の減少84億円(前年33億円減少)に比し11大銀行の減少966億円(前年709億円増加)が大きかった。しかし地方銀行はもともと11大銀行に比し日銀借入依存度が低いので、借入残高は3月末地方銀行で136億円、11大銀行で1,996億円となり、地方銀行のみならず11大銀行の日銀依存脱却が目立ってきた。しかし11大銀行の借入減少は預金増加のほか、コール・マネーなど地方銀行からの資金取り入れ負う面が大きいことも見落とされない。

 かくして全国銀行のオーバー・ローンの改善は後にもみるように、預貸金のバランスにおいて上半期は銀行が意識的に貸出しを抑制したこと、また下半期のそれは財政の支払いや輸出の増加から預金が増加したことが主な原因となっているといえよう。

通貨の増加

 日銀券は下半期中前年度の水準を下回っていたが期中の増加額としては、ほぼ前年並みの153億円の増加(前年137億円増加)となった。

 これは下半期の経済情勢の中に、例えば銀行貸出の再増、財政資金の大幅散超、卸売物価の下げ渋り、商取引の増加などデフレの緩和の面が現れたことの反映であるが、それにしても前年並みの増加にとどまったのは輸出や国内需要の増加が事業規模の拡大を引き起こすまでの力がなく、それに応じて現金に対する需要もさほど増加しなかったからである。かくして、日銀券は年度間39億円の減少(前年186億円増加)年度末発行高は5,307億円(前年5,346億円)となった。もっとも日銀券の収縮の反面、補助貨は年度間約18億円増加している。しかし預金通貨の方は、外為会計の支払いによって企業の営業性預金が増加したほか、商取引の活発化とそれに伴う銀行の貸出増加によって預金創造が行われた結果、10-2月間に187億円増加(前年47億円減少)した。もっとも3月には決算期の関係で大幅に減少したので、期中としては211億円の減少(前年315億円減少)であった。

第49図 通貨の動き


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