昭和30年

年次経済報告

 

経済企画庁


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緊縮政策の波及過程

インフレ気運の沈滞

 また緊縮政策の効果として見逃しえないのは、インフレ的経済環境のときとは違って、経営者や個人の心構えが変わり、堅実な態度を取るようになったことである。

経営態度の変化

 まず企業の経営態度はどう変わったか、第一は、銀行に対する過度の依存があらたまってきたことである。企業はこれまで事業の拡張に専念し、資金の調達がこれに引きづられて銀行への依存を深めていた。それが緊縮経済の下においては、今後の売上げや資金調達などの確実な見込みを勘案して慎重に事業の規模を決めるように変わってきた。こういう変化は、銀行に対する資金需要の減退となって現れている。

 一方で、企業は自己資本の充実に努め、昭和29年の第三次資産再評価に著しい積極性を示した。第二次(昭和27年)までの再評価実施状況はその限度の75%にとどまっていたが、第三次再評価についてみると限度額の99%に達している。その結果、企業の減価償却費も増加し、28年度上期と29年度上期の投資額はほとんど変わらなかったにもかかわらず、そのうち減価償却費の占める割合は25%から31%に上昇した。

 第三は、企業内部における節約体制が進んだことである。まず社用消費や冗費をきりつめたため、29年度上半期の一般経費は前期に比して15%も節約された。あるいは、理事機構の簡素化をはかって役員数を整理し、経営の責任体制を明確にしたことも、一つの現れであろう。大蔵省の法人企業調査によると、資本金1億円以上の会社では一社当りの重役の数が29年度中に12人に1人の割合で整理されたことになっている。また労使の協調体制について真剣な努力を払うようになったことも、無用な摩擦や損失を避けるための心づかいである。

家計の節約と貯蓄の増加

 家計においても、緊縮経済に即応して支出をきりつめ、貯蓄の増加に努めた。まず家計の収入に対する黒字の比率を勤労者世帯についてみると、昭和28年度の4.9%から29年度には6.6%に増加し、農家でも黒字の割合は前年度に引き続いて11.7%の高率を示した。こうした家計の黒字は一部が借金の返済にあてられたほか、大部分が貯金や保険に向けられている。これを反映して郵便貯金、簡易保険、郵便年金及び生命保険は29年度中に顕著な増加をみせ、前年度の増加額を19%も上回った。銀行の預金でも貯蓄性の預金は割合好調に伸びた。

 またぜいたく品の消費が減ったのも目立った特徴である。物品税のかかる商品には概してぜいたく品が多いから、いまその売れ行きをみると、国産品は年平均で前年より1割余りしか増えていない。しかも29年中の推移としてはほとんど横ばいであった。さらに舶来品の買い手はめっきり減って、前年に比べると4割も少ない。完成乗用車、ゴルフ用品、化粧品、嗜好飲料等の輸入はいずれも前年の半分以下になった。これには国産品の品質がよくなったとか、政府が輸入を抑えたとかいうこともあるが、家計のぜいたく品消費節約や企業の社用消費節約の現れであることも否めない。

第12図 物品税の課税価額指数

オーバー・ローンの改善

 こうして企業が銀行依存の態度をあらため、家計も貯金の増加に努めたので、銀行のオーバー・ローンもかなり改善されることになった。すなわち銀行の自己資本及び預金債券に対する貸出の割合は従来の104~105%から昭和29年度末には97%となり、日銀信用に対する依存度もこれまでの14~15%から29年度下半期には10%を下回るようになっている。これには一般財政や、特に下半期では外為会計が多額の資金を散布したという事情も大きくひびいているが、しかし年間を通じて、金融の引締めに伴う銀行の貸出抑制、企業の資金需要減退、一方では個人の貯蓄増加等が背景にあったことを否定し得ない。ここに経済正常化への一つの端著を読みとることができる。

第13図 オーバー・ローンの改善


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