昭和30年

年次経済報告

 

経済企画庁


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緊縮政策の波及過程

 緊縮政策の推進力は金融の引締めと財政投資の削減にあった。もとより昭和29年度予算はいわゆる1兆円予算として緊縮的な空気を吹き込むうえに大きな効果をあげたが、現実の財政支出は前年度予算からのずれ込みが多かったためにふくらんでいた。従って財政面からの積極的な推進力は財政投資の削減にあったといえる。

 こうした緊縮政策の波紋は経済の各分野に浸透していったが、必ずしも一本調子には進んでいない。上半期と下半期とではかなりの違いがある。上半期は金融の引締めに基づく在庫の調整が急速に進展して、一般に予期されていた以上の不況現象を呈したが、下半期には輸出の増加から景気が回復した。もっともこの間年度を通じて、設備投資の減退や個人消費の停滞が続き、輸出の伸長もこの傾向まで大きく変えることはできなかった。そして輸出の伸びが衰えた年度末頃から、景気は再び下向き加減になった。

年度当初のデフレ圧力

 昭和28年10月に開始された金融の引締めは29年1月~3月に一段と強められた。引締め措置の中心は日銀高率適用の強化と輸入金融優遇制度の改廃にあったが、これによって銀行は強い貸出の抑制に乗り出さざるを得なくなった。銀行貸出の状況はグラフにみるごとく、1~6月中の増加額は前年同期の3割に過ぎず、ことに運転資金は増えるどころか、かえって返済超過になっている。財政資金の民間に対する支払いが前年同期より多かったことを考慮しても、企業の金繰りかなり苦しくなったものと思われる。

 かくして企業の金繰りが苦しくなると、一時は預金を引き出して当座のしのぎとしたが、結局は在庫をしぼらないわけにいかなくなった。問屋は仕入れを手控えるとともに在庫品のはきだしを始め、また工場は原材料の買付けを見送って、在庫の圧縮に努めた。その結果、卸売業者の在庫は減り、鉱工業生産者の原材料在庫も国産品は4~9月間に8%ほど減少した。これらの在庫は年々著しい増加の趨勢をたどってきたが、その増勢が鈍るだけでも有効需要を減退させるのに、それが減少に転じたということは強いデフレ圧力をつくりだすことになり、そこに巻きおこった波紋は次第に広がっていった。

 まず物価の急落に現れた。卸売物価は3月に入って軒並みに下がり始め、「週間卸売物価指数」によると、9月までに8%の著落をみせた。なかでも繊維、金属、ゴム、皮革などの値下がりが目立ったが、これらは特に在庫圧縮の影響を強く受けたからである。

 こうした物価の急落に伴う採算割れや金融の引締めによる金詰りから、企業のうちには経営困難に陥るものが現れて不渡手形の発生が増え、ついには倒産のうき目をみるものが多くなった。全国の手形交換所における不渡手形の発生件数は、29年3月から急増して、5月には16万枚に上り、前年同月の2倍を超えている。また企業の倒産も急速に増え、しかも当初は流通部門を中心として弱体な中小企業に限られていたものが、次第に中堅どころの商社やメーカーにも波及するいきおいとなった。

 さらに在庫調整の影響は工場滞貨の増大から生産の縮小をもたらすに至った。鉱工業部門の製品在庫は3月頃から急激に増えて、7月までに5割も増加した。この場合、企業は滞貨の投げ売りもやったが、あまり値を崩せば採算がますます苦しくなるし、それになんといっても滞貨の増大が著しかったので、いきおい生産にブレーキをかけないわけにいかなくなった。鉱工業生産は29年3月から減産に向かって、9月までの上半期中に5%ほど減り、ことに金属、ゴム、皮革など在庫変動の著しい産業部門の生産縮小が目立った。

 膨張経済の下において企業は借入金に依存しながら多量の在庫をかかえ、また企業相互間の貸借関係が複雑だっただけに、金融引締めの波紋は予想外に強いうねりとなって現れ、ことに不渡手形の増大に伴う信用取引の萎縮、企業倒産の連鎖反応が懸念されるに至った晩春の候、その最高潮に達した。しかも6、7月には輸入金融引締めの影響が集中的に現れて、過去にふくらんだ輸入資金が多額に吸上げられるので、不況の様相は一層深刻の度を加えるものとみられていた。ところが現実の経済動向は、夏季に入ってむしろ小康をみせ、不渡手形の発生や企業の倒産も一頃より少くなったし、物価や生産も下げ足をとめるようになった。ここにデフレ底入れの気運がでてきた。なぜであろうか。

 それは財政支出や輸出、あるいは銀行貸出などが増加したためであると思われる。上半期における一般会計の対民間支払は前年同期より2割も多い。財政資金の民間に対する収支関係をみても、外為会計や指定預金を除いた純財政は上半期に448億円を放出し、前年同期が逆に383億円吸上げていたのと全く様相を異にしていた。このように財政支出が多かったのは、過年度歳出や繰越金など前年度財政からのずれ込みが多額に上ったためである。また輸出は春以来漸増して、上半期の総額は729百万ドルとなり、前期より1割ほど増加した。これら2つの要因は、企業の金詰りを幾分やわらげるとともに、銀行の預金増加をもたらしてその資金繰りを多少とも楽にする役割を果たしてきたし、また一部にはデフレ手直し論なども現れて、先行きに対する不安人気が若干薄らいだため、銀行としても貸出態度を幾分緩めるようになった。しかも一方では、前述のような滞貨や倒産の増大が中堅企業をもおびやかすに至ったので、銀行が貸出を考慮する必要に迫られていたことも否めない。こうした情勢を反映して、運転資金の供給は5、6月頃か次第に増え、7~9月期の増加額は前年同期の半分近くに回復した。生産も物価も下がっているときに運転資金の供給が増えたということは、滞貨、救済融資の増加を思わせる。そしてかかる金融の支えは、緊縮経済の波及過程を緩和する一因ともなったわけである。

 こうしていくつかの要因が緊縮経済の進行を緩めたが、下半期に入ると、このうち財政支出は上半期のようなふくらみをみせていない。しかし在庫調整は一段落して多少の補充が行われるようになり、輸出はますます伸長して景気を上向かせる要因として働いていった。

第2図 金融と財政の動向

第3図 卸売物価の下落

第4図 鉱工業生産と製品在庫の推移


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