昭和29年

年次経済報告

―地固めの時―

経済企画庁


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各論

労働

我が国労働構造の特質

雇用構造

戦後の我が国の経済は、急速な回復過程を辿り、朝鮮動乱の好況に恵まれて、鉱工業生産は戦前の5割増という段階に到達することができた。朝鮮動乱後の4年間だけでも生産の上昇は8割余に達し、世界にも類をみない発展を示した。ところがこの間鉱工業における近代雇用の増加はわずか4%に過ぎない。これを同じように急速な発展をとげた西ドイツの例と比較すると、雇用の面での停滞に我が国の特色をうかがうことができる。いま、経済膨張過程における日本経済の特質を、我が国の雇用構造の面から探ってみることとしよう。

まず我が国の全就業者を第一次産業、第二次産業、第三次産業に区分してみると 第100表 のように第一次産業と第三次産業の比率が大きく、戦前と比較してみた場合には第一次産業の縮小と第三次産業の拡大という経過がみられる。このように第一次産業の比率が大きいのは、農業における自然的条件及び社会的条件の特質から零細な低生産性経営が続けられ、多くの労働力を吸収する可能性をもっているためとも考えられる。

第100表 就業者数からみた産業構造の変化

これに対し第二次産業の中心をなす製造業においては、我が国の資源の貧弱なため工業原料の多くのものを海外に依存し、しかも我が国の近代工業は欧米諸国より後れて発展したため、市場の確保、労働生産性等国際的競争条件は有利な立場にない。従って近代工業は輸出競争力を強化するために労働生産性の引上げに努力するので、生産の増加率よりも近代企業の雇用増加率は少なくなるという傾向がある。このように第二次産業の近代企業の雇用力にはかなり限界がみられるので、年々増加する労働力の中で近代企業に就業できないものは、一部は第二次産業の中でも零細経営の就業者となるが、大部分は第三次部門の零細経営の就業者とならざるを得ない。従って我が国の第三次産業の拡大はいわゆる産業構造の高度化の指標とはならず、第二次部門に就業できないものが第三次部門に流入しているに過ぎない面がかなり多いのではないかと考えられる。

かくのごとき産業構造の特性は、従業上の地位別構造にも反映して就業者の中の雇用者の比率は 第101表 にみるように逐年縮小し、28年においては約38%となり家族従業者の比率が相対的に拡大している。これを英、米両国の構造と比較してみると、我が国の雇用者の比率がいかに小さいか分かるであろう。( 第74図 )かくて我が国の経済発展過程においては常に雇用構造の後進性がみられるが、製造業だけについてみると、雇用者数からみた産業構造は 第75図 にみるごとく戦前に比べると紡織業の縮小、機械、金属、化学等の重化学工業部門の拡大という発展形態をとっている。戦後においても機械工業は26年の26.4%から28年の28.1%と拡大し、紡織業は26年の23.8%から21.3%へと縮小して米、英等の発展の傾向と相似している。

第101表 農、非農、従業上の地位別構成の推移

第74図 従業上の地位別構造の国際比較

第75図 雇用者数からみた産業構造の国際比較

第76図 職員構造の国際比較

かかる産業構造の発展は男、女、労務者、職員等の労働力構成にも変化を及ぼして、戦前の男58%女42%から戦後の24年の男69.3%、女30.8唐ニ変化し、戦前約7%と極めて少なかった職員の比率もほぼ英、米と同程度の約18%に増加をみている。しかし、このような産業構造の重化学工業化にもかかわらず事業所規模別にみた雇用構造は小規模事業所の雇用増加となって現れており、米、英等と同じような発展の傾向を示していない。すなわち、 第77図 にみるように1000人以上の大規模雇用の比率は戦前においては、日、英、米とも大きな差はなかったが、戦後においては米、英の大規模雇用の著しい拡大によってかなりの差がみられるようになった。これらの諸事情を一貫してつらぬくものは我が国の近代企業の雇用力の限界という事実であって、鉱工業の近代雇用は動乱前(25年)に比較し約4%の増加に過ぎないのに対し、非農林業全体の雇用者は約18%増加しており、家族従業者及び零細自営業主を加えた非農林業就業者全体とするとその増加率は約21%となって近代雇用の増加率とは著しい相違を示している。

第77図 雇用者数からみた規模別構造の国際比較

賃金構造

前述した雇用構造の特質は賃金構造にも反映しているが、それが最も顕著に現れているのは規模別賃金較差である。すなわち、 第102表 にみられるように我が国製造業の事業所規模別賃金較差には著しい開きがみられ、1000人以上を100とすると10人─19人の規模では約46%の水準に過ぎず、これに反し英国では84%、米国では79%と大きな差がみられない。

第102表 規模別賃金較差の国際比較

しかしこのような賃金較差の生ずるのも主たる原因は小規模企業の低生産性によるもので、 第103表 にみるごとく我が国の工業統計による就業者一人当たり附加価値は規模1000人以上100に対し10人─19人では37%という低生産性にあって、賃金較差以上の差がみられる。これに対し英国は90%、米国89%と賃金規模別較差よりもむしろ附加価値生産性の規模別較差の方が少ない。

第103表 規模別附加価値と賃金支払額

このため附加価値総額と賃金支払総額との比率においては、我が国では1000人以上の規模よりも10人─19人の規模の差が高くなり、小企業では雇われている人の賃金も低いが、雇う方の側も苦しいということになっている。

このように我が国の規模別附加価値労働生産性には大きな開きがみられるが 第78図 にみるごとく附加価値率(総生産額と純生産額との比)は各規模ともほとんど差異はみられず、規模別附加価値労働生産性較差の主たる原因は物的労働生産性の差異によるものと考えられる。事実 第105表 にみるように比較的大資本を要する鉄鋼、セメント、綿紡等の産業においても規模別の物的労働生産性の差は大きい。

第78図 規模別附加価値率と附加価値生産性較差

第105表 産業別規模別労働生産性

前述したような小規模企業の低賃金のうち 第104表 に示す特に低い絹人絹織物、玉糸座繰製糸、家具建具、手漉和紙の4業種について中央賃金審議会より最低賃金性の実施の答申がなされているが、小規模企業の低賃金の基盤は前述したような低生産性と過剰労働力であるから、賃金水準を引き上げるためには労働生産性を引き上げるとともにこれらの労働力がさらに労働条件の悪い家内工業に流入することのないような考慮の必要があろう。

第104表 4業種の賃金

労働生産性

先に述べたように、生産の増大過程において、近代雇用を増大させなかったことは、我が国の労働生産性の著しい向上を可能にした。昭和28年の工業労働生産性は前年より23.7%上昇し、鉱業でも14.3%上昇した。これは前年の工業12.4%、鉱業0.7%の上昇に比べると著しい増加である。これを世界各国の例でみても、これほどの生産性向上を遂げた国はみられない。動乱前の24年に対する増加率でみると工業で2.3倍、鉱業で約5割という著しい上昇である。しかしここで注意しなければならないのは、いわゆる労働生産性は鉱工業生産指数を雇用指数で割ったものであって、先に述べたような近代雇用以外の就業者の増大も、生産指数に入らないような小規模事業の生産も反映されないことである。この結果、我が国の労働生産性は実際以上に過大評価されていることになろう。

このような事情に加えて我が国の賃金及び労働生産性の構造にも一つの問題点がある。それは自然的条件のために我が国の鉱業の生産性が低いこと、工業原料の多くを海外輸入に依存していることのために工業生産物は原料高となって総生産額に対する附加価値率を低め、物的労働生産性よりも附加価値労働生産性を低めることである。

例えば 第79図 にみるごとく工業と鉱業では物的労働生産性の上昇に大きな開きがみられるが、附加価値労働生産性指数(労働者一人当たり附加価値指数)では24年100に対し27年において工業212、鉱業260であるから鉱業の方がかえって上昇している。これは工業では附加価値率が縮小し鉱業では逆に拡大しているからである。

第79図 鉱工業物的労働生産性

一方、名目賃金は工業では物的労働生産性とほとんど並行的に上昇しているので単位当労賃はほとんど増加していない。これに対し鉱業は名目賃金の上昇の方が高いため単位当労賃は逐年増加してきた。

このように物的労働生産性上昇の著しい工業では名目賃金の上昇が労働生産性の範囲内である限り単位当労賃は増加せずコスト高にならないようにみえるが、労働生産性の上昇率が低い鉱業の単位当労賃上昇による原料価格上昇を通じてコストを高めていることが考えられる。(物価の項参照)

かかる事情は附加価値率、附加価値と賃金支払額との比率、労務費等の推移をみると一層明瞭となる。すなわち 第80図 にみるがごとく工業統計規模10人以上について附加価値率は遂年縮小しこれとともに附増価値総額に対する賃金支払額の比率及び労務費(総生産額に対する賃金支払額の比率)も27年を除くと縮小している。一方国際的には24年頃は附加価値率及び附加価値総額に対する賃金支払額、労務費等米英とそれほどの差はみられなかったが前述した鉱産物の価格上昇等によって附加価値率が縮小し、附加価値総額に対する賃金支払額の比率及び労務費率はともに英米両国よりはかなり低くなってきている。こうした関係がまた動乱前に比較し工業実質賃金の上昇が物的工業労働生産性上昇よりも低くなっている一つの原因でもある。

第80図 附加価値率と賃金支払額

第106表 製造業と鉱業の労働生産性、名目賃金、人件費付加価値率


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