昭和29年

年次経済報告

―地固めの時―

経済企画庁


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各論

鉱工業生産・企業

鉱工業の二つの基本的課題

企業が膨張から収縮に転ずる過程において当面する諸問題は前項にふれた通りであるが、輸出振興による経済の正常な発展を期すためにはなお以下に述べるような基本的な課題の解決が必要とされる。その第一は合理化によるコストの引下げであり、第二の課題は企業基盤の強化である。

合理化の問題点

まず合理化に関してはいかなる点が問題として挙げられるか。石炭を中心としたわが国の原材料価格が戦前に比べて割高になっていることは「物価」の項にふれるとおりである。また国際的にみても重化学工業の原材料価格が高いこともしばしば指摘されてきたところである。しかしながら各企業においてこうした原料条件の差を克服するための合理化の努力が払われ、前にみたように製造設備の更新、近代化を通じてコストの引下げがはかられてきた。その他熱管理、品質管理等の管理技術が進歩して、歩留り、原単位の改善や品質の向上が目立っている。例えば鉄鋼業では 第50図 に示すごとく28年度下期には動乱当時に比べて高炉のコークス比において約1割、平炉のトン当たり消費熱量において約3割5分の節減が行われ、平炉の1時間当たりの良鋼塊生産量が4割以上増大した。また石炭鉱業では、機械化の進捗によって28年の出炭能率が25年より3割方向上し、ことにカッペ採炭を実施した炭鉱では出炭能率が3、4割も上昇し、災害件数も著減した。さらに硫安工業では労働生産性が25年から28年の間に5割以上も向上し、この間ガス法のメーカーではコークス原単位が約3割改善された。

第50図 製銑、製鋼作業原単位の推移

このように合理化への努力が結実しつつあることは事実であるが、なお合理化の進捗状態は不均衡で、幾多の立ち遅れた部面を残している。最初に企業内部の合理化についてみれば従来合理化の努力が主として直接部門に向けられており、間接部門の合理化が遅れていることが改良すべき重要な点といえる。

その例として鉄鋼業の硫安工業との労働生産性を検討しよう。まず鉄鋼業について労働省の調査と、英米生産性委員会の調査報告とに基づいて、製銑及び製鋼段階の生産性を対比すれば 第33表 のごとく、トン当たり所要労働時間において、我が国は製銑段階で英国の約2倍、米国の約7倍を要している。さらに製鋼段階でも英国の約2倍、米国の約5倍となる。

第33表 鉄鋼労働生産性及び労務費の国際比較

それゆえトン当たり労務費においても、製銑段階では、英米よりも2割以上割高となる。いま我が国の生産性が低い原因を知るために所要労働時間の内訳をみると 第34表 に示すように、間接部門が全体の約7割を占め、そのなかでも輸送、修理部門の比重が大きい。輸送部門の所要労働時間が多いのは、工場の立地条件や設備の配置状況にも原因しているが、一面において構内輸送の能率化が遅れていることも見逃せない。また修理時間が大きいのは、設備を故障なく運転しうるような管理機構が完備していないことに原因が求められる。したがってこれに伴う間接部門の労働生産性が低下している。また修理の回数及び時間が大きいことは、平炉や加熱炉の予備の保有基数を必要とさせ、その結果直接部門の労働生産性及び設備の生産性を低くしている。もっともこれは27年当時における比較で、その後我が国の生産性が向上していることは事実であるが、英米と比較すれば大体の傾向をうかがうことができよう。

第34表 鉄鋼所要労働時間の部門別構成

次に硫安の生産性に関する労働省の調査をみれば 第35表 にみるように27年には既に9~11年の水準を3割方上回った。その内訳をみると直接部門のトン当たり所要労働時間が戦前の約半分に短縮されたのに対して、間接部門ではほとんど減少していない。これは戦後の設備投資が直接部門を中心として行われ、間接部門の合理化が比較的第二義的に考えられていたためである。

第35表 硫安トン当たり所要労働時間の戦前戦後比較

こうした間接部門の生産性の低さは機械工業にもみられ、作業待ち時間が長いために、直接部門を合理化した成果があらわれ難い事例がある。

前述したような間接部門の合理化の遅れは生産性の向上をはかる上に看過できないが、その他各設備の間に性能の均衡が取れていない部面や工程の単純化が十分でない部面があり、これらは企業内部の合理化をはかるうえに今後の努力が向けられるべき点であろう。

次に企業間あるいは産業間の合理化についてもなお幾多の改良すべき余地を残している。例えば ①製造品種の専門化が徹底していないこと ②近代化工事が重点産業の大企業に比較的集中しており、関連産業に立ち遅れた部門を残していること、 ③市場に対する調査や対策が不十分なことが指摘される。

第一の製造品種の専門化が遅れている例として特に目立つのは機械工業であろう。我が国の機械工業は製造品種が多岐にわたり、そのため生産性の向上が阻まれる面が多かった。例えば写真機工業では通産省調によると型式、仕様が多いために、一型式当たりの月産が1000台にも達しないのに対して西ドイツでは1951年当時において既にライカが月産5000台という実績をあげている。特に技術的に困難なシャッターは西ドイツがわずか2社で全所要量を賄っているのに対して、我が国は外註依存度が高く、しかも下請メーカーの専門化が立ち遅れている。また時計についても腕時計の生産において世界の首位を占めるスイスでは製造品種の専門化、品種の協定が徹底している点で我が国とかなりの開きがあるといわれる。このように製造品種の専門化が遅れていることは製品のコスト引下げや品質の向上を困難にしている大きな原因と見做される。しかし他方において我が国の機械工業は市場に比べて企業の数や設備が過大なために、一企業だけの努力では製造品種の整理、専門化が成功し難い。それゆえ我が国でもミシン工業が部品の規格を統一することによって専門化に成功し、輸出競争力を増大させた例にも明らかなように、企業相互の協力にまつ必要がある。

第二の関連産業の遅れも企業間の合理化をはかる上に見逃せない。例えば我が国の染色加工業は英国に比べて零細企業が多く経営が不安定で生産性が低い。これは前述したような製造品種の多種少量生産と市場の浮動性にも関連するものとみられ、また染色助剤など零細企業にゆだねられた部門もなお少なからず後進的で品質、技術の改善を困難にしている。しかし輸出の努力が高級な繊維に向けられる趨勢にある現状では、早急に解決することが望まれる。( 第36表

第36表 染色工業の規模別構成

また機械工業でも下請依存度の高い造船、自動車、カメラその他において鋳物部品やギヤー、ネジなど下請の中小企業にゆだねられた部門で機械設備や技術の改善が遅れているために親企業の製品のコストの引下げ、品質の向上を阻害している部面がみられている。

第三に市場に対する調査や対策が不十分なことが英米に比して設備投資の効果を減殺させていることが指摘される。すなわち近代化設備はその多くが大量生産を前提としているのに対して、我が国の市場が細分化されているために所期の投資効果をあげ難くしている。我が国の市場の狭さは製品の標準化の遅れと、消費部門における大量消費化の不足とに起因するところ大である。そして工業標準化法によって製品規格の統一、互換性の附与がはかられているが、英、米に比して歴史が浅く、その成果はまだ十分とは言い難い。ところが26年後半以降の大規模な設備投資のなかには必ずしも十分な市場調査のうちに行われなかったという事実もみ受けられる。

元来英米においては大量生産過程には常に製品の標準化及び製品の消費部門における大量消費化が平行していた。例えば米国では鉄鋼業におけるストリップミルの建設と時を同じくして自動車工業における冷間プレスの新設、溶接技術の発達が行われ、また製缶及び缶詰工場の量産化がこれに伴って起こったなどの事例がある。しかるに我が国では前述したような投資の偏向と、標準化の遅れとから、生産面と消費面とが技術的ならびに設備的に十分呼応していない部面が存在し、改良の余地が多い。

これまで我が国の合理化は基礎部門に対する設備投資に比較的重点がおかれてきた。しかし前述したような理由から投資効果のあらわれ方が遅く、まだ輸出振興に所期のごとき直接的な効果をもたらすまでには至っていない。また関連産業に立ち遅れた部門を残している面も指摘される。そして全般的に工程の単純化、製造品種の専門化あるいは製品の標準化が遅れている。かかる面の合理化は必ずしも一社一工場の努力をもってしては実現し難く、一業種内あるいは数業種間相互の協力にまたなければならない点が多い。

企業基盤の弱さ

我が国の企業は前述したように他人資本に対する依存度が高いが、企業の資産及び資本構成を戦前ならびに英、米と対比すれば 第51図 の通りである。すなわち最も顕著な相違は、戦後の我が国の企業における自己資本の構成比が低く、短期負債が大きい点である。それゆえ英米はもちろん戦前のわが企業でも長期性の資金で棚卸資産を賄って余りあるのに対して、28年上期のわが企業は、自己資本に長期負債及び引当金を加えても棚卸資産の半ばを賄うに過ぎない。また運転資本比率(運転資本を使用総資本で除したもの)においても、28年上期のわが企業がわずか1割余りなのに対して、英、米はともに3割以上であり、戦前のわが企業でも2割以上であって、戦後我が国の企業経営が弾力性に乏しく、従って景気変動に対する抵抗力が弱いことを如実に物語っている。その一端として米国の企業をみると、1949年から50年にかけて売掛債権が著増したが、その際短期借入金がほとんど増加しなかった。これは戦後のわが企業が在庫や売掛債権が増加した結果銀行融資への依存度を強めたのに対して著しい相違である。 戦後の企業がこのように自己資本の構成比が少なくなった理由として、 ①再評価の不足、 ②社内留保の低さ、 ③インフレ期における債務者利潤の存在、 ④税制上の問題、 ⑤増資、起債市場の問題が挙げられる。

第51図 資産、負債ならびに資本の構成

第一の再評価の不足については、まず第一次及び第二次の再評価における再評価限度額の低さを挙げなければならない。この限度額は固定資産の取得年次に遡って物価倍率を乗じて算出されたが、平均倍率は約7.5倍である。ところが戦後のインフレーションによる物価騰貴をみると、卸売物価は20年と27年とを比べただけでも約100倍となっているから、この評価限度は時価に比べれば著しく過小なことがわかる。いま法人企業について卸売物価で修正して28年と戦前(9~11年)とを対比すれば、28年は使用総資本において戦前の約半分であるが、そのうち固定資産が第一次、第二次の再評価積立金を含めても約3分の1と、インフレの影響で固定資産がいかに低評価になっているかを裏書きしている。そして短期負債が戦前の6割増なのに対して自己資本が4分の1程度に激減している。もっとも経過年数が古い固定資産のなかには既に減価償却がかなり行われているものもあり、また陳腐化した資産もあるので、取得年次の簿価に単純に物価倍率を乗ずるのが適当でないことはいうまでもないが、再評価限度が再調達価格からみればかなり低いことがうかがえよう。ところで再評価の実施状況は 第37表 に示すように、全産業平均して72%となっている。そのうちでも紡織、電気、第一次金属の再評価が進み、機械、金属製品製造業、金融業、小売業などは実施率が6割に満たない。これを規模別にみると、概ね規模が小さくなるにつれて再評価の実施率が低下している。

第37表 業種別資産再評価実施率

このように戦後のインフレーション期においてはもちろん、第一次及び第二次の資産再評価においても再評価限度が低く、しかもその限度額に対してさえも実施率が7割余に止まったことは、減価償却の不足による名目的利潤の増大を生んだ。ところが事実は補填投資にあてるべき額が利益として計上されて法人税や配当となって社外に流出したのである。このような再評価の不足に基づく実質資本の食いつぶしが、我が国企業の自己資本の地位を大きく減退させた第一の原因である。

ここで西ドイツにおいて1948年の通貨改革当時に行われた資産再評価の状況をみれば、借入金、預現金あるいは引当金などが10分の1に減額されたのに対して固定資産は原則として強制的に再評価された。そのため減価償却費の引上げによる社内留保の増大が行われ、企業の資本構成が是正されて自己調達力が著増した。

第二に企業の社内留保の低さが指摘されよう。すなわち戦後は原材料費の割高から附加価値率が減少し、さらに附加価値のなかに占める人件費の比率が増大した他、税金や支払利子の負担が増大したために社内留保の比率が減少している。これに加えて前述したように減価償却費が少なくなっているから、戦後におけるわが企業の自己調達力が著減していることがうかがえよう。( 第52図

第52図 戦前戦後における社内留保率及び減価償却率

我が国の企業が戦後自己資本の地位が低下した第三の原因として、インフレ期における債務者利潤の存在が挙げられる。前に述べたような名目的利潤は、企業の設備投資や在庫投資の増大を助長した。その際インフレ期における債務者利潤の存在が企業の借入金増大を刺激したことも否定できない。すなわち物価の上昇が著しい場合には、金を借りてから返済するまでの期間に物価の上昇に伴う貨幣価値の下落があるので、金利を計算に入れても借金した方が実質的にはかえって有利になる。戦後の企業は借入金が膨張しているので多額の債務者利潤が発生し、これが企業の借入金を膨張させ、資本構成をさらに悪化させる一因となった。ところが27年以降は物価が横ばいとなり、債務者利潤がはるかに減少したが、インフレ期における債務者利潤への期待感が企業には依然残っていて借入金による経営の拡大を行ってきた。

第四に税制上の問題も実質資本の食いつぶしと関連をもつ。すなわち現在の法人税は計上利益に対して一律に42%が課税されるために、企業が社内留保を増やして、インフレによる資本の食いつぶしを防ごうとしても、そのためには所要の金額の約2倍の利益を計上しなければならない。その他再評価税が6%課税されたことは、企業の資産再評価意欲を減退させ、また配当金に対する課税も、増資よりも借入金への親近性を強める一因となった。

第五に増資、起債市場の不活発化が挙げられ、戦後は特に起債市場が低調で、電力業をはじめ、社債による資本調達分が戦前に比べて著しく少ない。

このように企業全般の傾向として戦後は景気変動に対する抵抗力が弱くなっているが、そのなかでも電力、鉄鋼、ガスなどの基礎産業部門や商事、海運など貿易に直結する部門での弱体化がはなはだしい。 第53図 は業種別の使用総資本利益率を戦前と対比した図であるが、再評価が不足していてもなお戦後は前記の業種の利益率が著しく低下しており、こうした利益率の低さが企業基盤を弱める根因となっていることがうなずかれる。また使用総資本利益率を対米比較すれば、 第54図 に示すごとく我が国の重化学工業なかんずく鉄鋼業のような基礎部門の利益率が低い。

第53図 戦前、戦後の使用総資本利益率比較

第54図 日米における業種別の使用総資本利益率比較

以上述べたような企業基盤の弱さは我が国の企業における基本的な問題点であるが、今後資本構成の是正あるいは間接部門の合理化等経営の合理化を通じて企業基盤の安定、強化をはかることが各企業における共通の重要な課題といえよう。それとともに産業間の合理化を推進して輸出の促進、自給度の向上に努めることが強く望まれよう。


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