昭和29年

年次経済報告

―地固めの時―

経済企画庁


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各論

鉱工業生産・企業

資金調達の形態

増大した借入金依存度

前述したように、鉱工業生産規模の拡大につれて企業の設備投資や在庫、売掛債権が増大した。これらの資金はいかにして調達されたか。以下三菱経済研究所調査による資金運用表(折込参照)を中心として検討しよう。本調査は560社を対象としており、4~9月に決算期が到来した会社を上期とし、10~3月のそれを下期としている。(ただし綿紡績のみは5~10月に決算期が到来した会社を上期とし、11~4月のそれを下期とした。)まず折り込みから産業一般の資金運用表の推移をみれば、第一に注目されるのは再評価積立金を除いた固定資産(減価償却前)の顕著な増大に対して、内部資金の増加がこれに及ばず、株式を含めてもその半ばにしか達していないことである。しかも景気が後退し始めた27年上期以降固定資産が急増したために、いきおい開銀融資、市中銀行協調融資等による長期借入金への依存度が強まった。

このように自己資本で賄い得る限度をこえた固定資産の増大が続けられたために固定比率が悪化した。のみならず28年上期の全産業は内部資金、株式、社債、長期借入金の総計が固定資産の増加にかろうじて見合うに止まったので、運転資本の伸びが 第45図 にみるように固定資産の増大に比べて相対的に少なく、弾力性に乏しい経営を続けている。

第45図 固定資産と運転資本

第二に運転資金面についてみれば、前述したように棚卸資産の増加よりも売掛債権の増大が目立ち、これに対して短期借入金も増加している。ところが短期借入金の増加は 第46図 のごとく売掛債権の増大に比べれば少なかった。ことに28年上期には短期借入金の増勢が鈍ったが、一方において買掛債務(買掛金と支払手形の合計)がかなり目立った増加を示した。かかる傾向は、企業が取引先に対する仕入代金の決済期限をのばすことによって、売掛債権の増加に伴う資金難を、相対的にカバーしていることを反映している。しかもこの買掛債務のうちで、別口外為貸、輸入決済手形のように実質的には銀行借入金とみられるものの比重が増加したことも注目される。

第46図 売掛、買掛、短期借入金の推移

さらに企業間の信用取引の膨張が、実質的な銀行借入金に対する依存度の増大を招いたことは、割引手形の増大にもあらわれている。そして企業が受取手形を銀行に割引いてもらうことによって、決済条件の悪化をカバーしながら、生産あるいは取引を増大させえたことをうかがうことができる。

前に述べたように、運転資金面からみて、企業の資金繰りが売掛債権や買掛債務の増減に影響される度合が大きくなり、銀行借入金の増大によって支えられてきたことは、経営がかなり不安定な要素をましながら銀行及び企業相互間の依存関係が強まっていることを示している。いま使用総資本のなかに占める売掛債権と買掛債務の割合を、戦前ならびに米国と対比した 第30表 でみても、企業間の信用取引増大と銀行借入金依存度の増加が戦後における企業経営の特徴をなしていることがわかる。

第30表 売掛債権、買掛債務及び短期借入金の構成

職業別にみた調達形態

前項において企業全般における資金調達の形態にふれたが、業種別には各々趣を異にしている。そこで前にみたような固定資産及び売掛債権の増大が顕著だった業種における資金調達の特徴を拾ってみよう。

固定資産の増大が顕著な業種

国家資金への依存度が強いもの。

この例としては電力、海運、大手筋石炭鉱業及び鉄鋼の大メーカーが挙げられる。これらはいずれも大規模な設備投資が必要とされたが、戦時中あるいは戦後の資本の食いつぶしや利益率の低さなどから資本蓄積が不十分であったので、国家資金借入の増大が顕著だった。いま利潤率と利子率との関係をみれば、 第31表 のごとく、これらの業種では、低利の国家資金を借りてもなお利潤率が利子率よりも下回り、また借入金が増大した結果 第32表 のごとく金利の重圧がました。そのうえ固定資産の増加に伴って減価償却費や固定資産税の負担が増えた。そして 第47図 に示すように運転資本比率(運転資本を使用総資本で除したもの)が低く、経営が弾力性に乏しい。

第31表 利潤率と利子率

第32表 売上高に対する支払利子の割合

第47図 運転資本比率の推移

市中借入が増大したもの

設備投資が増大した結果市中借入が著増した例としては、百貨店や中小紡績がある。百貨店では固定資産の増加のうちかなりの部分を借入金に依存したために資産の固定化、運転資本の減少が著しい。( 第47図 )また中小紡績でも27年の増錘に際して借入金が増大してから弾力性の乏しい経営を続けている。その他無機化学工業でも、設備投資の増加に伴う借入金の増加がみられた。

自己調達力が高かったもの

同じく固定資産の増加が顕著だった業種のなかでも、前期のグループと異なって固定資産の増加のうち過半が自己資本によって賄われたものがある。その例としてセメント、電気機械、石油精製及び化繊が挙げられる。( 第48図 )これらのうちセメントや電気機械は財政投融資の影響によって、また石油精製は需要の激増と輸入原油の運賃値下がりによって、さらに化繊は人絹部門の好調と合成繊維(ナイロン)によっていずれも利益が増大した。それゆえ内部資金の増加と増資の進捗、あるいは実質的には社内留保とみなされる引当金の増加によって所要設備資金の多くを賄った。しかし、相対的に自己調達力が高いこれらの業種においても、設備投資が運転資本比率の低下を招き、経営の弾力性を減少させる傾向が生じたことは否めない。

第48図 固定資産の増加に対する自己資本の増加割合

売掛債権の影響が大きい業種

企業全般の傾向として、戦後売掛債権や買掛債務あるいは短期借入金の比重が増大し、経営が不安定な要素をましていることは前述した通りである。なかんづく卸売業では、売掛債権も買掛債務もともに使用総資本の半ば以上に達し、自己資本はわずか数%に過ぎないので、企業間の信用取引が資金繰りに与える影響は極めて大きい。いま折込附図によって卸売業の資金運用表の推移をみれば、26年から27年下期までは売掛債権の急増と、買掛債務の減少とから卸売業の運転資金繰りが窮迫し、短期借入金が激増した。しかし28年上期には買掛債務の増加によって短期借入金の増勢が鈍った。ところでいま大蔵省の「法人企業統計調査」によって資本金1,000万円以下の小規模の卸売業をみると、売掛債権や買掛債務の使用総資本に対する比重が大規模の卸売業者より一層大きい。加えて金融機関に対する受信力が弱いので、売掛債権が増加すれば買掛債務もますます増加する傾向に陥りがちである。

このように卸売業では使用総資本のうちで売掛債権や買掛債務の比重が大きいが、このなかには債権、債務のコゲ付きや、仲間取引の分が含まれており、経理内容に不健全な要素を残している。

他方一般機械工業の資金運用表は折込附図のごとく、固定資産の増加に比べて売掛債権や棚卸資産の増大がより顕著だった。また資産構成をみても流動資産の比重が大きい。一般機械工業は、27年下期以降売上高が増加し、短期借入金の増勢が頭打ちとなった。しかし売掛債権や棚卸資産の増大に対して、鉄鋼メーカーや下請業者に対する買掛債務の増加が目立ち、なお不安定な面がみられる。

企業における資金調達の特徴を挙げれば上述した通りであるが、以上例示した業種のなかでも企業によっては必ずしもその範疇に属さないものがある。また固定資産や売掛債権の増加がそれほど目立たなかった業種のなかに経営を健全化する努力を払った企業があった。例えば大紡績では資産の再評価が進捗し、27年の不況期以来借入金の返済を続ける一方、社内留保の比重が増加の方向を辿っている。さらに28年には内需の増大のほかに繊維の総合経営化や第二次加工部門に対する投資の効果も加わって、かなり経営が安定した。その他の業種でも製紙の大企業等において借入金の返済が進み、経営が健全化したものがみられる。

以上みてきたように、企業全般の傾向としては、拡大過程にあって合理化投資が行われたり、あるいは資産の再評価が進められたりして、企業が強くなった面があった。また業種別にみると利益が著増したために、固定資産を増加させても経営内容がそれほど悪化しなかったものや、投資を抑えて基盤の健全化をはかったものもあった。しかしながら、全般的には固定資産や売掛債権が増加した結果、借入金への依存度がましたり、企業相互間のからみ合いが複雑化したりする傾向にある。そしてこれら各企業の経営態度の相違から、収縮過程における企業の抵抗力が差異を生じている。


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