第3章

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第1節 我が国産業が外で稼ぐ力の変化とその背景

本節では、まず、経常収支の各項目の変化から浮かび上がる我が国経済の構造変化についてみる。その上で、輸出競争力の変化、企業の海外生産移転の進展の状況等の構造変化が、どのように外で稼ぐ力を変化させているかを分析する。また、こうした変化の中で、企業は数量の増加だけでなく、価格面で付加価値を稼ぐ力を高めていることから、輸出入の価格変化を通じた付加価値の稼ぎ方の変化についても分析を行う。

1 経常収支の推移と各項目の変化

まず、経常収支について各項目の変化をみてみよう。

(経常収支の各項目の動きにみられる変化)

我が国の経常収支は、2011年4-6月期以降、東日本大震災を契機に貿易収支が赤字に転じたことから、黒字幅が急速に縮小した(第3-1-1図別ウィンドウで開きます(1))。その後、2014年1-3月期には、消費税率引上げに伴う駆け込み需要による輸入増加等を背景に貿易収支の赤字幅が拡大し、経常収支は一時的に赤字に転じた。しかし、2014年7-9月期にはその影響が薄れ、約0.7兆円の黒字となっている。貿易収支は赤字傾向で推移する一方、2012年年初以降、所得収支の黒字幅は拡大傾向にある。また、2012年秋以降、サービス収支の赤字幅は縮小傾向にある等、経常収支の各項目の動きには変化がみられる。以下では、経常収支の各項目の変化を詳しくみてみよう。

2011年以降の貿易収支の赤字幅拡大は、鉱物性燃料価格の上昇を通じた輸入金額の増加によるところが大きい1別ウィンドウで開きます。この間の輸出の動きをみると、2012年秋以降、為替が円安方向に推移する下で、輸出数量は横ばい圏内で推移している(第3-1-1図別ウィンドウで開きます(2))。アジア諸国等の減速に加え、海外生産の拡大や一部業種の競争力の低下といった日本の輸出構造の変化等が輸出数量の伸びを抑制しているとみられる。他方、企業が輸出数量の拡大ではなく価格で稼ぐ傾向が強まっていることから、輸出金額は増加しており、これが貿易収支の赤字幅拡大を抑える方向に働いている。

第一次所得収支については、2011年以降、直接投資収益と証券投資収益の受取の増加により黒字幅が拡大傾向で推移し、2014年7-9月期には約4.6兆円と統計として連続性のある1996年以降で過去最高となった(第3-1-1図別ウィンドウで開きます(3))。過去の経常収支の黒字を背景に、海外子会社株式や外国証券等の対外資産残高が増加してきたことから、これらからの収益により黒字幅が拡大基調にあると考えられる。

サービス収支については、旅行収支の改善等を背景として、2012年秋以降、赤字幅が縮小傾向で推移している(第3-1-1図別ウィンドウで開きます(4))。旅行収支を受取と支払に分けてみると、受取については、訪日外国人旅行者数が増加していること等から増加している。他方、支払については、日本人の海外旅行者数が伸び悩む中で減少してきた2別ウィンドウで開きます

このように、2011年以降、経常収支の各項目の動きには変化がみられる。

2 企業の海外進出と外で稼ぐ力

経常収支の構成項目の動きをみると、我が国産業の輸出競争力の変化や企業の海外進出拡大等、我が国経済の構造変化が浮かび上がってくる。こうした構造変化の状況を確認するとともに、輸出への影響、海外からの所得受取の状況等をみることで、我が国産業が外で稼ぐ力の変化について分析する。

(アジア新興国の台頭等により財貿易の輸出競争力は低下)

経常収支黒字を生み出す項目の変化には、我が国産業の輸出競争力の変化も影響していると考えられる。そこで、我が国の輸出に占める割合の大きい財輸出について、世界の総貿易量に占める日本の割合と貿易特化係数の推移を諸外国と比較してみよう。

まず、世界の財の総貿易量(世界の財の輸出金額の合計)に占める日本の輸出の割合をみると、2000年時点で7.5%であったが、リーマンショック後の2009年には4.7%まで低下した。その後、世界輸出総額が持ち直す中でも、日本の割合は緩やかな低下傾向が続き、2013年には3.9%まで低下した(第3-1-2図別ウィンドウで開きます(1))。こうした輸出シェアの低下は、他の先進国でも同様にみられるものであるが、これは、世界市場において、中国を中心にアジア新興国のシェアが拡大していることが影響している。

こうした輸出シェアの変化には、アジア新興国等の追い上げによる我が国産業の輸出競争力の変化が影響していると考えられる。このため、製造業の主要品目別の輸出競争力をみるために、貿易特化係数3別ウィンドウで開きます(純輸出額/(輸出額+輸入額))の推移を国際比較してみよう(第3-1-2図別ウィンドウで開きます(2))。まず、日本の製造業の特化係数は2000年以降低下傾向にあったが、リーマンショック以降は下落テンポが加速している。これは、輸送用機器や一般機械はおおむね横ばいで推移する中、電気機器がリーマンショック以降大きく低下していること等による。輸送用機器については、相対的に輸出競争力が維持されており、国内で生産して輸出する体制を有すること等から、輸出超過が続いていることによる。また、一般機械は、海外生産移転の進展や新興国の技術水準の高まりにより、2012年以降やや低下しているが、輸出競争力を維持しているとみられる。他方、電気機器は、韓国、台湾が競争力を高めてきていることに加え、特にリーマンショック以降、為替が円高方向で推移する中で生産拠点の海外移転を進めたこと等から、輸出超過が急速に縮小したことによる。

こうした輸出競争力の変化に対応して、輸出する財の品目を高級化させ、付加価値の高い財に移行させる動きもみられる(第3-1-3図別ウィンドウで開きます)。2012年半ば以降、総合でみると電気機器を始め輸出品目の高級化に足踏みがみられるものの、その間もIC(電気機器)や半導体等製造装置(一般機械)等の一部の品目では、高級化が着実に進んでいる。

このように、アジア新興国の台頭等により、日本の財の輸出競争力は変化しており、結果として、財の輸出数量が伸びにくい構造につながっていると考えられる。他方、こうした変化は、輸出する財を、価格競争に服しやすく標準化度合いの高い量産型の財から、高付加価値で価格競争力の高い財に移行させている動きという面もある。国内の供給制約が顕在化する中で、今後とも、財輸出で「稼ぐ力」を高めていくためには、輸出競争力を維持する自動車や資本財等の強みを活かすとともに、付加価値の高い財の輸出を増やしていくことが期待される。

(観光や知的財産といった強みを活かし、稼ぐ力を向上)

サービスにおける輸出競争力をみるため、サービスの貿易特化係数の推移を、財同様に、諸外国と比較してみよう(第3-1-4図別ウィンドウで開きます付図3-1別ウィンドウで開きます)。

2000年以降、日本の特化係数は上昇傾向で推移していたが、2011年以降は改善に足踏みがみられ、アメリカ、ドイツ、英国に比べても低い水準にとどまっている。これは、鉱物性燃料等の輸入増加の影響により、2011年以降、輸送サービス収支の赤字幅が拡大したほか、2012年以降は、その他サービスの収支が赤字に転じたことによる。その他サービスについては、第三国間の貿易に係る手数料等を計上する仲介貿易・その他貿易関連の黒字幅縮小、法務・経理関連サービスや広告・市場調査等に係るサービスを計上するその他業務・専門技術サービスの赤字幅拡大による。仲介貿易・その他貿易関連は、世界景気の減速等に伴う仲介貿易等からの受取減少による。その他業務・専門技術サービスについては、日本企業による海外企業のM&Aの増加を含め、対外直接投資が堅調に推移していることが影響していると考えられる。

他方、貿易特化係数が上昇傾向にある分野として、旅行、その他サービスの内訳である特許等使用料等が挙げられる。旅行については、アジア諸国の所得増加に加え、2012年秋以降の円安方向への動きやアジア地域等へのビザ発給緩和・免除措置等を背景に、訪日外国人旅行者数が増加したことにより、2012年以降、旅行収支の赤字幅が縮小傾向にあることによる。また、特許等使用料は、日本企業の海外現地生産比率の高まりによる海外子会社からのロイヤリティ収入の増加を背景とした工業権・鉱業権使用料の受取増加が影響している。

サービス分野においても我が国の輸出競争力は変化しており、今後は、観光や知的財産権使用料といった強みを活かしつつ、サービスで稼ぐ力を高めていくことが期待される。

(世界経済の発展とともに製造業、非製造業共に海外進出を拡大)

財やサービスの輸出競争力が変化していることをみたが、企業の海外進出の拡大も、外で稼ぐ力に影響を与えていると考えられる。我が国産業の海外生産はどの程度拡大し、どういった目的で行われているだろうか。業種別の海外売上高比率及び海外従業員比率の動向と海外進出動機についてみてみよう。

まず、海外売上高比率、海外従業員比率の推移をみると、2000年代半ば以降、製造業、非製造業共に増加している(第3-1-5図別ウィンドウで開きます(1))。業種別にみると、製造業については、輸送機械や電気・情報通信機械では、円高方向への動きや生産工程の国際分業の進展等から、高水準となっている。また、最近では、はん用・生産用・業務用機械や化学においても上昇している。

他方、非製造業については、これまで製造業と比べて水準は低かったが、リーマンショック以降、海外売上高比率、海外従業員比率共に、卸売・小売業を中心として上昇傾向にある。卸売・小売業については、新興国を中心とした海外市場の拡大を背景とした現地販売の強化に加え、製造業の海外生産比率の高まりに伴う流通需要等に対応するため、直接投資を増やしていることによると考えられる4別ウィンドウで開きます。サービス業については、製造業の海外展開の進展に伴う事業所向けサービスの展開が寄与していると考えられる。

こうした海外進出はどういった目的で行われているのだろうか。海外進出の動機を業種別にみると、製造業、非製造業共に、海外進出が増加している最大の要因は、所得・賃金水準が向上しているアジア等新興国を中心とした世界市場の発展であることが分かる(第3-1-5図別ウィンドウで開きます(2))。このほか、人件費比率の高い電気機械、サービス業等では、良質で安価な労働力も理由として挙げられている(付図3-2別ウィンドウで開きます)。加えて、事業者向けのサービスを提供する運輸業等では、製造業等の他の企業の海外進出に付随する形で、海外に展開していることが分かる。

このように、企業は主に世界経済の発展に伴う需要の拡大を契機に海外進出を進めている。近年、特徴的であるのは、これまで遅れていた非製造業においても海外進出が進んでいることである。海外進出は、製造業においては、国内生産の縮小を招く可能性があるが、サービス業(コンビニ、外食、宅配等)等の非製造業においては、国内生産の縮小に結びつかず、現地に設立した子会社・支店等からの投資収益を増加させる。今後、非製造業の海外進出拡大を通じて、投資収益の拡大につなげていくことが期待される。

(海外現地生産の進展等により国内の生産は押下げ)

製造業、非製造業共に、海外市場の成長等に伴って海外進出を拡大させていることをみた。こうした動きは、国内の生産を減少させる側面と増加させる側面があると考えられる。減少要因としては、海外需要を、国内で生産された財・サービスの輸出ではなく海外生産で充足することによる輸出代替効果が考えられる。また、国内で生産し、消費していた財・サービスが、海外進出により海外生産に切り替えられ、それらが輸入されることで国内需要を満たし、国内生産が減少するという逆輸入効果もある。他方、増加要因としては、海外生産を行うために、資本財や部品等の輸出が増加する輸出誘発効果が考えられる。

そこで、輸出代替効果を業種別にみると、製造業・非製造業共に、2004年対比で国内生産の減少に大きく寄与していることが分かる(第3-1-6図別ウィンドウで開きます(1))。これは前述のとおり、世界経済の発展とともに、海外生産比率が高まっていることによる。

逆輸入効果は、全体に対する寄与は小さいものの、製造業では2004年対比で国内生産の減少に寄与する一方、非製造業ではリーマンショック以降、増加に寄与している(第3-1-6図別ウィンドウで開きます(2))。製造業については、電気機械・情報通信機械等における海外現地生産の拡大により、完成品を中心とした逆輸入が増加したことによる(付図3-3別ウィンドウで開きます)。非製造業については、リーマンショック以降、製造業企業の国内生産能力が低下する中、卸売・小売業による国内親企業向けの逆輸入が減少したことが影響していると考えられる(付図3-3別ウィンドウで開きます、後述第3-1-12図別ウィンドウで開きます)。

それでは、輸出誘発効果(海外現地法人による日本からの仕入額)は、どの程度国内の輸出向け生産を下支えしているのだろうか。製造業についてみると、2004年対比で2008年までは増加に寄与してきたものの、リーマンショック後の2009年に大きく落ちこんだ。その後、現地法人売上高が増加してきているのにもかかわらず、輸出誘発効果は、2004年当時の水準には戻っていない(第3-1-6図別ウィンドウで開きます(1))。前述のとおり、製造業企業は、人件費等のコスト要因も重視して海外展開を行っており、リーマンショック以降、海外進出が進む中で、日本からの部品等の輸入を増やすのではなく、現地調達比率を引き上げたことが背景にあると考えられる。実際に、製造業の現地調達比率を業種別に確認すると、輸送機械や電気機械・情報通信機械といった加工型業種において上昇している(第3-1-6図別ウィンドウで開きます(2)、付図3-3別ウィンドウで開きます)。

他方、非製造業の輸出誘発効果については、リーマンショック後の2009年に一時的に落ち込んだものの、2004年対比では一貫して増加に寄与している。前述のとおり、非製造業は、商業(卸売・小売業)を中心に海外進出を拡大させているが、製造業の子会社として卸売や販売等の非製造部門の機能を担っている海外現地子会社が、日本から製品や部品を輸入していることによると考えられる(第3-1-6図別ウィンドウで開きます(2)、付図3-4別ウィンドウで開きます)。こうした企業は、製造業ほどには現地生産比率を引き上げることが難しく、輸出誘発効果が維持されていると考えられる。

このように、海外生産比率の上昇を背景とした輸出代替効果の拡大のみならず、製造業を中心とした逆輸入効果の発現、さらに現地調達比率の上昇による輸出誘発効果の縮小も同時に進んでいることが分かる。

(海外生産拡大は海外からの所得受取を通じて外で稼ぐ力を向上)

海外生産の拡大は、輸出代替効果の拡大や輸出誘発効果の縮小等を通じて、国内生産の伸びの低下につながる側面もあることをみた。他方、前述のとおり、対外資産残高の増加を通じて、海外からの所得受取を押し上げる効果が期待できる。

2000年以降の第一次所得収支とその内訳の推移をみると、今回の円安方向に推移した局面(2012年秋以降)では、前回の円安方向に推移した局面(2005年~07年)と比べて、直接投資収益の受取が大きくなっている(第3-1-7図別ウィンドウで開きます(1))。リーマンショック後の企業の海外生産拡大に伴い、対外資産残高が増加してきたことから、これらの資産からの収益やその円建て評価額が増加したことによる5別ウィンドウで開きます

また、業種別の動向をみるため、海外現地法人がどれだけ収益を上げ、その収益をどれだけ国内に還流しているかを製造業、非製造業に分けてみてみよう(第3-1-7図別ウィンドウで開きます(2))。両業種共に、海外進出の拡大等を背景に、海外現地法人の経常利益額は増加傾向にあり、これを受けて、海外現地法人による日本側出資者向け支払額も増加している。特に非製造業は、前述のとおり、商業(卸売・小売業)を中心として海外進出を拡大させており、2011年以降、支払額が急増している。

こうした海外からの所得受取の増加は、今後も期待できるだろうか。配当金増加の見通しを聞いたアンケート調査結果によると、短期(今後1~2年後)、中長期(今後3~5年後)いずれにおいても、現地法人から国内への配当金を増加させると答えた企業が多い(第3-1-7図別ウィンドウで開きます(3))。

このように、海外生産の拡大は、国内生産の伸びの低下につながる側面もある一方で、海外からの所得受取の増加を通じて、我が国産業が外で稼ぐ力の改善につながっている。

これまでみてきたとおり、我が国産業の輸出競争力の変化や海外生産の拡大は、国内生産の伸びの低下につながる側面もある一方で、海外からの所得受取の増加を通じて、我が国産業が外で稼ぐ力の向上につながっている。今後は、比較優位を持つ財やサービスの強みを活かすとともに、海外現地法人からの受取配当の増加等の拡大を通じて、外で稼ぐ力を高めていくことが期待される。

3 価格面からみた付加価値を稼ぐ力の変化

我が国が外で稼ぐ力は価格面からみても変化している。2012年秋以降、為替が円安方向で推移する中で、企業は輸出数量の増加よりも円建て価格の上昇を通じて、売上金額を増加させる傾向を強めており、価格面で付加価値を稼ぐ力を高めようとしている。他方、円安下で輸入原材料品等の価格が上昇すると、コストが上昇し、付加価値を圧迫する要因にもなる。そこで、前回の円安方向に推移した局面(2005年1-3月期以降)と今回の円安方向に推移した局面(2012年10-12月期以降)6別ウィンドウで開きますを比較しつつ、輸出入の価格面での稼ぎ方の変化をみるとともに、企業が一単位の産出を生み出すことによって得られる名目付加価値(単位付加価値)、輸出価格と輸入価格の比率の変化によって生じる国民全体の海外との間の所得移転を表す交易利得の変化等について分析する。

(今回の円安方向に推移した局面では輸出価格を下げずに付加価値を稼ぐ傾向)

まず、輸出について、企業の価格面での稼ぎ方がどのように変化しているかをみるため、前回の円安方向へ推移した局面と今回の円安方向へ推移した局面を比較しつつ、輸出金額を数量要因と価格要因に分解してみよう(第3-1-8図別ウィンドウで開きます)。

全般的に、今回は、価格要因が前回とおおむね同程度のプラス寄与となっている一方、数量要因が前回よりも小さくなっており、価格要因の占める割合が大きくなっている7別ウィンドウで開きます第3-1-8図別ウィンドウで開きます付図3-6別ウィンドウで開きます)。背景には、企業が輸出価格(契約通貨ベース)の引下げによる販売数量増よりも、引下げ抑制により数量当たりの収益増を志向していることや、財輸出において中間財や資本財といった企業内取引が増加し、価格を引き下げる必要性のある取引の割合が低下していることがあると考えられる8別ウィンドウで開きます

このうち、価格設定行動の変化について、為替レート変化に対する輸出価格(円建て)の弾性値(パス・スルー)を推計することで確認してみよう(第3-1-9図別ウィンドウで開きます)。その結果、製造業企業は、前回の円安局面では、外貨建て価格を引き下げ、輸出数量を増やすよう行動したが、今回は電気機器等の業種を中心に、現地価格を以前ほど引き下げておらず、輸出数量よりも価格の増加を通じて売上げを増やすよう行動していることが確認できる9別ウィンドウで開きます

このように、企業の価格設定行動の変化等を背景として、今回は前回と比べて、輸出数量よりも価格で「稼ぐ」傾向が強まっていると考えられる。

(輸入は数量が増加する一方価格は上昇せず金額の増加幅は縮小)

円安方向への動きの下で輸入原材料品等の価格が上昇すると、付加価値を圧迫する要因にもなる。そこで、輸入金額に対する価格変化の影響をみるため、前回の円安方向に推移した局面と今回の円安方向へ推移した局面を比較しつつ、輸入金額を数量要因と価格要因に分解してみよう(第3-1-10図別ウィンドウで開きます)。

今回は前回と比べて、数量要因が2014年1-3月期にかけて増加に寄与している一方、価格要因の増加幅が小さかったことが影響し、全体の輸入金額の増加幅はやや小さくなっている(第3-1-10図別ウィンドウで開きます(1))。

価格要因については、品目により異なる動きがみられる。鉱物性燃料や化学においては、原油や天然ガスといったエネルギーの国際相場が、前回と比較して今回は安定的に推移していることから、前回よりも今回は輸入金額に対する価格要因のプラス寄与が小さい(付図3-7別ウィンドウで開きます)。他方、一般機械、電気機器、輸送用機器では、前回よりも今回は為替の減価幅が大きかったことなどから、価格要因の輸入金額に対するプラス寄与が大きくなっている。後者に比べて前者の方が輸入金額に占める割合が高いことから、全体として価格要因の寄与は、前回と比べて今回は小さかった。

さらに、価格要因の動きのうち、為替レート変動による影響がどのように変化したかをみるため、為替レート変化に対する輸入価格(円建て)の弾性値(パス・スルー)を品目別に推計することで確認してみよう(第3-1-11図別ウィンドウで開きます(1))。1990年以降、石油・石炭・天然ガスの弾性値低下と共に、総平均も低下傾向にある。総平均や石油・石炭・天然ガスの弾性値が低下している背景としては、円建ての輸入割合が増加することで為替変動の影響を受けにくくなったこと等が指摘されている10別ウィンドウで開きます,11別ウィンドウで開きます第3-1-11図別ウィンドウで開きます(2))。このように、前回と比べて今回、価格要因の寄与が小さかった背景には、原油や金属の国際価格が比較的安定していたことに加え、円建て輸入の割合が増加し、輸入価格の為替弾性値が低下したことも影響していると考えられる。

他方、今回、数量要因がプラスに寄与しているのは、鉱物性燃料における環境対策税率引上げに伴う駆け込み需要、また、一般機械、電気機器、輸送用機器等において消費税率引上げに伴う駆け込み需要が生じたこと等から、2014年1-3月期にかけて前回局面よりも多めに輸入数量が増加したことによる。我が国製造業の国内生産能力は、海外生産移転の進展等を背景として、2009年以降低下傾向にあり、駆け込み需要等の需要変動に対して、弾力的に供給を増やす能力が低下している(第3-1-12図別ウィンドウで開きます(1))。この結果、2014年1-3月期にかけて、電気機械や情報通信機械、輸送機械等における輸入浸透度も高まったと考えられる(第3-1-12図別ウィンドウで開きます(2))。

以上みたとおり、今回の円安方向に推移した局面は前回と比べて、国内の供給能力の低下等を背景に輸入数量が増加しやすくなっている一方、国際市況の安定や為替弾性値の低下から輸入物価が上昇しにくかったことから、全体としての輸入金額増加幅はやや小さくなった。

(企業の価格設定行動の変化等を背景に製造業加工業種の単位付加価値は改善)

輸出入それぞれの価格面での稼ぐ力の変化は、結果としての国内企業の付加価値にどのような影響を与えているだろうか。前回の円安方向に推移した局面と今回の円安方向に推移した局面を比較しつつ、単位付加価値の変化をみてみよう。輸入原材料品価格等の投入価格の上昇は単位付加価値を減少させるが、産出価格に転嫁できていれば、単位付加価値は一定に保たれ、価格面からみたときの利潤や賃金への影響はない12別ウィンドウで開きます。このため、以下では、投入・産出物価指数13別ウィンドウで開きますを用いて、単位付加価値を投入物価要因と産出物価要因に分解し、輸出入総額への影響の大きい製造業の業種ごとに前回と比較した単位付加価値の動向をみていく。

まず、製造業全体の単位付加価値をみると、前回は単位付加価値が減少していたが、今回はおおむね横ばいとなっている(第3-1-13図別ウィンドウで開きます(1))。前回は産出物価要因(輸出)の増加寄与が産出物価要因(国内)のそれと比べて小さかったが、今回は同程度となっている。前述のとおり、今回は、円安方向への動きがあっても、企業が契約通貨建ての輸出価格を引き下げず、数量よりも価格で稼ぐ行動に出ていることが背景にあると考えられる。

製造業のうち、素材業種についてみると、前回は、資源価格の高騰分が産出価格に十分転嫁されなかったため、単位付加価値は圧迫されていた14別ウィンドウで開きます。一方、今回は、単位付加価値の減少はみられていない(第3-1-13図別ウィンドウで開きます(2))。円安方向への動きはあったものの、資源の国際価格が安定しており、契約通貨ベースの輸入物価が横ばいであったことから、円ベースの輸入物価の上昇分をおおむね転嫁することができたものと考えられる(付図3-7別ウィンドウで開きます)。

加工業種についてみると、前回は単位付加価値が減少したものの、今回は単位付加価値が増加している(第3-1-13図別ウィンドウで開きます(3))。これは、輸送機械や一般機械の輸出企業の輸出競争力が相対的に高いことに加えて、前述のとおり、一般機械等の業種において輸出する財の高級化を図っていること等が一因と考えられる。

なお、前述のとおり、中小企業は、大・中堅企業に比べて、仕入価格を販売価格に転嫁しにくい傾向にあり(前述第1-2-2図別ウィンドウで開きます)、単位付加価値の改善幅には企業規模による違いが生じている可能性があることには留意が必要である。

このように、前回の円安局面と比べて今回は、企業の価格設定行動の変化等を背景として、全規模でみた製造業の素材業種の単位付加価値は減少せず、また加工業種においては改善がみられた。

(企業の価格設定行動の違い等が交易損失減少に寄与)

輸出入の価格面での稼ぐ力の変化は、企業だけでなく、国民全体の付加価値を稼ぐ力にどのような影響を与えているだろうか。実質GDPが拡大しても、交易条件の悪化により実質所得が圧縮されると、国民全体でみた外で付加価値を稼ぐ力は低下する。そこで、前回の円安方向へ推移した局面と比較しつつ、今回の円安方向へ推移した局面における輸出価格と輸入価格の比率である交易条件、交易条件によって生じる付加価値ベースの所得移転である交易利得の変化をみてみよう15別ウィンドウで開きます

まず、交易条件の推移を比較すると、前回と比べて今回は悪化幅が小さい(第3-1-14図別ウィンドウで開きます(1))。交易条件の変化を、輸出物価要因(契約通貨ベース)、輸入物価要因(契約通貨ベース)、為替要因16別ウィンドウで開きますに分けると、今回は前回に比べて輸入物価要因のマイナス寄与が小さかったことが主な要因である。これは、前述のとおり、国際市況の安定、輸入価格の為替弾性値の低下等により、前回よりも輸入物価の上昇幅が小さかったことによる。

また、輸入物価要因に比べて寄与は小さいものの、今回は前回よりも、為替要因が交易条件の悪化に寄与しており、一方で輸出物価要因のマイナス寄与が小さい。為替要因については、前回を上回って為替が円安方向に推移したことによる。輸出物価要因については、企業が契約通貨ベースの輸出物価を引き下げず、数量ではなく価格で稼ぐ傾向が強まったことによる。

こうした交易条件の動きを反映して、今回における交易損失は、前回と比較して小さい(第3-1-14図別ウィンドウで開きます(2))。前回、2005年1-3月期から2007年7-9月期にかけて約8.9兆円(対GDP比約1.8%)の交易損失が生じていたのに対して、今回は、2012年10-12月期から2014年7-9月期にかけて約5.8兆円(対GDP比約1.1%)に留まっている。

今回は前回と比べて、国際市況が比較的安定して推移したこともあるが、企業が現地通貨建ての輸出価格を引き下げず価格で稼ぐ傾向を強めていること、円建ての輸入取引を増やしていること等、企業の価格設定行動の違い等が交易利得の改善に寄与していると考えられる。

このように、企業の価格設定行動の変化等を背景として、企業は輸出数量よりも価格で「稼ぐ」傾向を高めている。また、円建ての輸入の割合が増加したことから、円安が進む下でも輸入物価の上昇につながりにくくなっている。こうした変化により、今回の円安方向に推移した局面では前回と比べて、製造業の加工業種の単位付加価値が改善している。また、国際市況の影響もあるが、円安下での交易利得の減少幅は小さくなっており、付加価値の流出額を縮小させている。

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