[目次]  [戻る]  [次へ]

第1節 揺れ動く日本経済

本節では、震災ショックにより急変動した経済の動きを概観した後に、長引くデフレの現状を詳しく検証する。その後、需給ギャップを求める際に計算している我が国経済の潜在成長率の長期的な推移を振り返り、その伸び率が鈍化した局面の背景を検証する。併せて、震災が潜在成長力に与えた影響についても検討する。

1 概観

まず、概観では、経済全体の動きを示すGDP統計や景気動向指数の動きを確認し、主な需要項目毎にみられる特徴を確認する。

(3四半期ぶりにプラスを記録したGDP統計)

我が国経済は2009年第1四半期を底にして持ち直し過程に転じたが、震災により、実質GDPは2011年第1四半期から2四半期連続の減少となった。震災は3月に発生したため、まずは第1四半期の落ち込みに反映され、2011年第2四半期は、期中に内需が持ち直したものの、外需は大幅なマイナスを記録した。続く第3四半期は、震災後のサプライチェーンの立て直しが夏にかけて急速に進んだことなどを背景に、多くの需要項目がGDPの押上げに寄与した結果、3四半期ぶりのプラス成長となった(第1-1-1図(1)及び(2))。

第1-1-1図 景気の現状

月次の景気動向指数(CI)で動きをみると、2010年後半の足踏み状態から 2011年初頭に改善がみられ、景気の持ち直し基調が高まり始めたところに震災が発生したことになる。3月のCI一致指数は大幅な落ち込みとなった。生産の再開を反映して5月から持ち直しが始まるが、8月には輸出と生産の増勢が鈍化し始め、震災前にみられた景気持ち直しのモメンタムは弱まった。内需は持ち直しているものの、今次の景気循環を支えてきた海外景気の変調が輸出の回復を抑制した形となっている(第1-1-1図(3))。

(海外景気の鈍化と追加的な原燃料輸入の増加)

震災による生産・出荷の停滞により急落した輸出は、生産の持ち直しに伴い増加したものの、欧米向けの増加テンポが弱まると同時にアジア向けも弱くなった(第1-1-2図(1))。総じて、海外景気の鈍化による横ばい圏内の動きに止まっている。他方、輸入については、飲料や重電機器にみられた震災による一時的な需要増や、プラスチックのような一時的な代替輸入に加え、原子力発電所の停止に伴う火力による代替発電の拡大により、構造的にLNGを含む石油ガスの輸入が増加している(第1-1-2図(2)及び(3))。こうしたことから、貿易収支は赤字基調になっている。また、サービス収支についても、震災、放射性物質飛散に対する不安、そして円高により、外国人旅行者の戻りは極めて緩やかであり、旅行収支の回復が遅れている(第1-1-2図(4))。

第1-1-2図 外需の動向

(生産はおおむね震災前水準へ回復)

生産・出荷については、震災で生じたサプライチェーンの寸断や電力供給の制約が解消するにつれて復調した(第1-1-3図(1))。全体では、10月の生産水準は震災前(2月)の95%程度となった。ただし、サプライチェーンの立て直しや電力供給制約解消の進展度合いは業種で異なり、生産・出荷の回復水準にはばらつきがみられる。予測も含めると、輸送機械工業、一般機械工業、そして電気機械工業の生産水準が2011年第4四半期内には震災前の生産水準を回復すると見込まれている(第1-1-3図(2))。

第1-1-3図 生産動向と震災からの回復

こうした動きを利益面で確認すると、製造業及び非製造業ともに、震災の影響から売上要因が押下げに寄与し、特に中小の製造業及び非製造業で顕著であった。7-9月期は反動増もあり、前期比では回復したが、前年比ではマイナスとなった(第1-1-4図)。また、年央からの海外情勢の悪化等を踏まえれば、設備投資は2011年度当初の企業の想定(日本銀行「全国企業短期経済観測調査」、以下「日銀短観」という。)より下振れする可能性は高い(第1-1-5図(1))。事実、当初は平年並みであった日銀短観の設備投資計画は、9月期調査では下方改定となった。製造業ではより顕著であるが、非製造業でも経常利益の伸び率は設備投資におおむね2~3四半期先行する性質があることから、震災後の経常利益の回復が遅れれば、設備投資も後ろずれすることになる(第1-1-5図(2))。

第1-1-4図 経常利益の動向
第1-1-5図 設備投資動向

(消費や住宅投資は政策による押上げ効果と同時に反動減で不安定な動き)

企業部門のみならず、家計においても震災のショックは大きく、消費は大きな落ち込みをみせた。3月の家計調査(二人以上世帯)の消費支出は、前年比▲8.8%と2001年以降最大の下落率であった。財支出は、「TV地上デジタル化」による駆け込みもあり早目に回復したが、反動により8月以降の耐久財の動きは弱くなった(第1-1-6図(1))。

第1-1-6図 消費動向

また、サービス支出は、マインド面の回復と歩調を合わせて増加し、夏頃にはおおむね震災前の水準を回復した(第1-1-6図(2))。ただし、消費総合指数でみると、震災前の水準に回復した年央あたりからは、所得の伸び悩みも制約となり、増勢は鈍化している(第1-1-6図(3))。

住宅投資についても消費と同様のことが指摘できる。震災による需給両面での制約、すなわち、供給面では建築資材の流通の滞り、需要面では首都圏を中心とした買控え、により着工の減少が生じた。こうしたことにより、第2四半期の住宅投資は弱かったが、資材の供給不安解消と買い手側のマインド回復による需要の顕在化が年央にみられた。加えて、リーマンショック後に導入された様々な住宅投資促進策は2010年から2011年に段階的に期日を迎えたが、7月頃には住宅エコポイントに関連する駆け込みがみられ、震災後の回復分とあいまって、着工件数は急増した。ただし、9月には、その反動もあり急落している(第1-1-7図)。

第1-1-7図 新設住宅着工戸数の推移

(失業率は改善するが、賃金は横ばい)

被災地の厳しい状況(第2章参照)は別とすると、全国の雇用情勢は、震災前から始まっていた緩やかな回復過程にある。地域間のばらつきはあるものの、有効求人倍率は改善基調を維持しており、失業率も緩やかに改善している(第1-1-8図(1))。ただし、企業部門の稼働率から考えられる最適な雇用者数と実際の雇用者数を比較すると、その差(「雇用保 蔵者数」)は、リーマンショック後の2009年第1四半期(348万人程度、雇用者の約33%)に比べれば大幅に改善(2011年第3四半期は172万人程度、雇用者の約17%)しているが、80年から 2010年の長期平均(約9%)に比べると、生産水準の低さに起因する過剰感が残っている(第1-1-8図(2))。生産の持ち直しには緩さがみられることから、雇用者数の回復テンポも緩く、賃金面での改善も進んでいない。

第1-1-8図 労働市場

2 デフレの要因と対応

概観では需要項目の動向を中心に我が国の景気の現状をみたが、以下では緩やかなデフレが続いている物価の現状とその背景にある動きについて触れる。

(デフレの持続)

外需の寄与が弱い中、景気は緩やかな持ち直し局面が続いており、物価は引き続き緩やかなデフレ状態にある。なお、2011年8月に消費者物価指数(CPI)の 2010年基準改定が公表されたが、前年比伸び率でみると平均▲0.6%ポイントの下方改定であった。近年の変化をみると、CPIのうち「生鮮食品を除く総合」(コア)は、石油製品等エネルギー項目を含むためプラスに転じたものの、「石油製品及びその他特殊要因を除く総合」(コアコア)はマイナスが続いている(第1-1-9図)。

第1-1-9図 消費者物価の動向

また、リーマンショック後は円高が続き、原材料価格高騰の影響を為替増価がある程度軽 減しているが、構造的に輸入物価の影響度は低下している。輸入物価がCPIに影響する程度は、80年代から90年代には、1%の輸入物価ショックに対するCPIの反応は0.05%ポイント(4か月目)であったが、2000年以降のデータでは、0.01%ポイント(5か月目)と五分の一程度に低下している(第1-1-10図)。輸入比率は上昇しているにも関わらず、こうした影響度の低下が生じる背景としては、物価水準の低下が持続したことで、価格転嫁がなされにくい環境となったことも考えられる。

第1-1-10図 輸入物価の浸透度

(デフレによる損失)

持続するデフレは需給面の弱さを反映しているが、これはインフレ率とGDPギャップや失業率の関係でみることができる。CPIで測るインフレ率とGDPギャップや失業率を散布図に描くと、屈折した右下がりの曲線のような関係(フィリップス・カーブ)になる。しかし、期待インフレ率を勘案すると、インフレ率とGDPギャップや失業率の間の線形の関係がシフトしているとみることができる(第1-1-11図(1)及び(2))。つまり、期待インフレ率が高まれば、現実のインフレ率とGDPギャップや失業率との関係が上方にシフトする。GDPギャップを解消すれば、デフレ脱却へ向かうが、期待インフレ率が低いままにとどまっていると、GDPギャップが解消しても実際のインフレ率は引き続きゼロに近いままである。期待インフレ率が高まり過ぎて実際のインフレ率が急上昇することも望ましくないが、より安定的なインフレ率を実現するためには期待インフレ率が適切なレベルに高まることも重要である1

第1-1-11図 デフレの原因と影響

また、名目金利はマイナスにならないので、物価変動がマイナスになると、実質金利を十分下げることができないという問題が生じる。ゼロ金利制約に直面し、金利による景気循環の調整力が失われると、必要以上に数量(雇用や資本ストックの損失)による厳しい調整が余儀なくされる。金利による景気循環の調整力が失われたコストは、試算してみると、結果は相当の幅をもってみる必要があるが、2008年のリーマンショック以降、年平均でGDP比0.3%程度とみられる(第1-1-11(3)及び(4))2

(伸び悩むマネーの動き)

平時のインフレ率を十分に高めておけば、景気に対してマイナスのショックが発生しても、デフレリスクはある程度避けることが可能である。その意味で、基調的なインフレを生み出す要因が重要となる。物価と所得、そしてマネーの関係については、貨幣の流通速度を介在した定義が知られている。そこで、GDPデフレーターでみた物価上昇率をベースマネー、信用乗数、貨幣選好度(マーシャルのk)、そして実質GDPそれぞれの変化率に分解すると、デフレが定着した90年代半ば以降、必ずしも因果関係を表すものではないが、いくつかの特徴が読み取れる。第一に、ベースマネーは、日本銀行が量的緩和措置を取りやめた2006年を例外として、基本的にはプラスに寄与している。第二に、不良債権処理を積極的に進めた2000年代初めは、ベースマネーの伸びを相殺するように貨幣乗数がマイナスに寄与し、その結果、マネーストックがおおむね安定していた。第三に、貨幣選好度(マーシャルのk)は景気後退局面で高まり、物価下落に寄与している(第1-1-12図)。

第1-1-12図 金融の量的指標による物価変動の分解

リーマンショック以降は、「実質的なゼロ金利政策」に加え、包括的な緩和策の一環として、国債や民間資産の買入れが拡充されており、ベースマネーは大幅に増加しているものの貨幣乗数が下落し、マネーストックの変化は緩やかである。なお、名目金利がゼロになると一般に国債と預金準備との代替性が高まるが、2010年10月に開始した「包括的な金融緩和政策」では民間のリスク資産を買い入れることから、国債を買い入れるオペレーションよりも強力な金融緩和効果が期待される。

3 経済危機と潜在成長力

ここでは、供給面の動向について、我が国経済の潜在成長率の長期的な推移を振り返り、その伸び率が鈍化した局面の背景を検証する。併せて、震災が潜在成長力に与えた影響についても検討する。

(低下している我が国の潜在成長率)

将来の経済動向を規定するものは潜在成長力、いわゆる平均的な供給能力の成長経路である。実際のデータから潜在成長力を推計する方法には、時系列、生産関数、要素市場アプローチと各種あるが、よく使われる方法は生産関数から求める成長会計アプローチである(コラム1-1)。

この成長会計アプローチを用いた潜在成長力の推計は様々な機関が公表しているが、内閣府、日本銀行、IMF、OECDの四機関が定期的に公表している我が国の潜在成長率について、各年の最大値、中央値、最小値を描いた図からは、過去25年間の趨勢的な潜在成長率のトレンドは、80年代後半の4%成長経路から 90年代前半に急激に下方シフトし、その後は1%台前半で推移し、2007年頃から再び下方にシフトする姿となっていることが分かる(第1-1-13図)。

第1-1-13図 主要機関による潜在成長率試算

(潜在成長率の屈折要因)

潜在成長率が屈折した要因はその局面ごとに異なっている。ここでは、景気循環日付も参照しつつ、(1)80年代後半から90年代前半の「資産バブルの崩壊期」前後、(2)90年代後半から2000年代前半の「金融危機」前後、(3)2007年代中頃から後半の「リーマンショック」前後、の3期間について、潜在成長率の寄与度分解から観測されることをまとめる。まず、(1)の期間は、潜在成長率は約4%後半から2%以下へと低下したが、寄与度の変化幅の大きい順に並べると、①全要素生産性(TFP)、②資本投入量、③労働時間、④就業者数、となる。TFPは計算上残差として計算され、変動に循環的な要素が残存しているおそれがあるため解釈には注意が必要であるが、規模の経済性を伴う技術進歩やイノベーションの効果が含まれる3。資本投入量については、この期間において投資率が低下したことを反映しており、労働時間については、労働基準法の改正を伴う所定内労働時間の短縮も影響しているとみられる(第1-1-14図(1))4

第1-1-14図 局面別成長経路の変化

次の(2)の期間は、阪神・淡路大震災、歴史的な円高、アジア通貨金融危機の発生や金融不安の高まりがみられた。同期間中、潜在成長率は2%から1%を下回るところまで低下したが、これは、①資本ストック、②就業者数、がマイナスに寄与したことによる。資本投入量の寄与度低下は投資率の低迷によるが、金融部門が不良債権問題を抱えていたために貸出が制約要因となって投資が滞ったとの見方もある5。就業者数がマイナス寄与に転じたのは、99年に始まる労働力人口の減少、すなわち我が国の人口動態を反映したものである。労働参加率が高まらない限り、人口減少と高齢化がマクロ成長にはマイナス寄与となり続ける。なお、TFPは、一部に循環要因の影響を受けていると思われる動きをしており、97年まで低下を続け、その後は2000年へと寄与は上昇を続けていたが、後半の持ち直しについては、いわゆる情報投資の拡大効果も考えられる(第1-1-14図(2))。

(3)の期間は、リーマンショックで弾けた欧米諸国における「バブル」の生成と崩壊の時期を含んでいる。我が国の潜在成長率は1.2%程度から0.2%まで低下しているが、TFP以外の要素では、非製造業の資本投入量、労働時間、就業者数の寄与度低下が顕著である。労働時間については、2006年4月に施行された高年齢者雇用安定法の改正による短時間勤務者の増加が寄与したとみられる。また、就業者数については、いわゆる団塊世代が退職年齢に到達したことに伴う影響も含まれている(第1-1-14図(3))。

(需要・供給ショックと潜在成長)

以上のように振り返った潜在成長力は、いわゆる供給側の動きである。東日本大震災は、需要面だけでなく、同時に供給面にも影響を与えた。サプライチェーンの寸断や電力の供給制約と呼ばれる事象は、需要を抑制するだけでなく、生産能力の発現を阻害し、その結果、一時的に不稼働設備を増加させた。こうした動きは、通常の潜在成長力の計算方法では捉えることが出来ない。そこで、企業の期待成長率やそれに整合的な設備や人員規模は、震災前と変わらない中、サプライチェーンの立て直しに合わせ、潜在稼働率は3月から上昇に転じて10月に震災前水準へ回復するとの前提を置いて試算した(第1-1-15図)6。一時的に稼働出来ない設備が増加するという仮定により、第1及び第2四半期の潜在GDPは大きく水準を落す結果となるが、需要側(現実のGDP)の回復経路が供給側と類似していることから、この期間中、両者のギャップはあまり動いていないと見込まれる。

第1-1-15図 震災の影響

今回は、2011年 10月の生産水準が震災前の9割以上へと回復したことから、最適資本量の低下につながるおそれは後退したと考えられるが、震災からの回復が遅れ、低稼働率状態が長期にわたり継続すれば、最適資本量の低下を通じて、現実の資本量を減少させるように投資が低迷することになる。こうした供給ショックが長期的な成長機会を失わせるリスクには注意が必要である。また、2011年末時点でも、電力の供給制約懸念が拭い去られてはいない。こうした供給制約が投資への意欲を失わせて潜在成長力を低下させるおそれがあることから、電力供給に係る将来展望や計画が早期に示されることが望まれる。

過去の研究によると、自然災害によるGDPの低下には著しいものがあるが、成長率に対する影響は統計的に有意ではない。開発途上国の場合には、自然災害の影響で中期的に低迷する事例もあるが、一定の所得や人的資本の水準がある国・地域の場合には、自然災害の影響は短期的なものにとどまるとの見方が有力である7

他方、リーマンショックのような金融危機では、クレジット・クランチ(信用収縮)が生じ、資本蓄積の鈍化によって潜在的な成長経路が押し下げられるおそれがある8。また、欧州でリーマンショック時の危機を契機に導入された雇用保護等は、失業による人的資本の喪失を避けるというプラス面がある一方、危機から回復した後も残り続ける場合には、雇用流動性が構造的に低下する結果、市場による資源配分機能を損なうことで潜在的な成長経路が低下する可能性があると指摘されている9

コラム1-1 潜在成長率の計測方法

潜在成長率の計測にはいくつかの方法がある。ここでは代表的な方法について紹介する。なお、潜在成長率は、基本的に「トレンド平均」を指すが、利用可能な全ての投入要素を用いるという意味の「最大概念」としての潜在成長率もある。(3)のNAIRUを用いる場合等は、それが持続可能か否かという意味で最大概念に近いと考えられる。

(1)時系列アプローチ

フィルタリング・アプローチとも呼ばれるが、先験的な経済モデルを想定せずに、データからトレンド成分を抽出し、潜在成長率を推計する方法である。長所は、データの生成過程を構造的に組み立てる必要がないので簡便であり、円滑化の程度によりノイズや短期の変動を除去できる点である。短所は、構造を持たないので経済理論的な解釈ができない点である。また、円滑化により、成長経路を変化させる情報を見落としてしまうことや、大きな循環を除去できず、トレンド成分に循環が混在してしまう場合もある。

(2)生産関数アプローチ

成長会計アプローチとも呼ばれるが、一般的にはコブ・ダグラス型やCES型の生産関数を想定し、その要素成長を積み上げて、経済全体の潜在的な成長率を探る方法である。理論的な背景があるため解釈しやすいが、仮定への依存も大きくなる。特に、投入要素の和と産出の差が全要素生産性として定義されるが、要素に還元できない部分は計測誤差に過ぎないおそれや、一次同次の仮定が適当でないために規模の経済性が検出されているという可能性もあるため、解釈には注意が必要となる。また、計測に用いるデータについては、季節変動や短期変動を除去したものを用いるため、円滑化で指摘した問題点も避けられない。

(3)要素市場アプローチ

要素市場アプローチは、生産の派生需要である労働需要や資金需要に着目して潜在的な成長率を求める。古典的によく用いられたオークン法則アプローチが該当する。これは失業率とGDP成長率の関係に着目し、失業率の変化が止まるところが潜在的な成長率と見做す方法である。失業率と成長率の関係が安定的であれば信頼できるが、個人の就業行動、人口動態、失業制度、といった点における変化が推定結果に影響を与えてしまう。失業に注目するという点ではフィリップス・カーブ(NAIRU)・アプローチもあるが、インフレ率と失業率、そして潜在成長率という二段階の推計になるためあまり用いられていない。

(4)DSGEアプローチ

DSGE(動学的一般均衡モデル)アプローチは、賃金・価格が伸縮的(名目粘着性のない世界)と仮定した場合に実現する産出量(自然産出量)の成長率を潜在成長率と定義することが多い。このアプローチは理論整合的という利点はあるが、モデルの定式化に依存しすぎるという弱点もある。


1 失業率のフィリップス・カーブでは、構造失業率を考慮した式を推計している。
2 デフレのコストは、金利の非負制約に起因するものに限るわけではない。内閣府(2001、2010)では、デフレは、企業の実質債務残高の増加と実質金利の上昇から設備投資にマイナス、消費についても、耐久消費財の買い控え要因となりマイナス、としている。
3 例えば、局面前半は2%ポイント平均の寄与度が1%ポイントを下回る水準へと大幅に低下した背景には、潜在稼働率の推計に混在する循環要因との指摘もある。例えば、川本(2004)。
4 所定内労働時間に関する労働基準法の改正により、週当たり労働時間は、88年4月から46時間、91年4月には44時間、そして94年には40時間へと減少することになった。
5 例えば、経済企画庁(1998)や内閣府(2001)。98年頃のクレジット・クランチについては、例えばMotonishiand Yoshikawa (1999)。
6 付注1-6を参照。非製造業については、稼働率を「第三次産業活動指数」から作成しているが、これは早々に震災前水準へと回復している。
7 例えば、Hochrainer (2009)。
8 もちろん、リーマンショックの原因となったバブルの形成については、アメリカの銀行部門における住宅ローン審査や、欧州の機関投資家におけるこうした資産担保証券のリスク評価といった点にも原因があり、危機後に「適切な」金融仲介機能が低迷したとは限らない。
9 例えば、EuropeanCommission(2009)、FurceriandMourougane(2009)、 Haugh,OllivaudandTurner(2009)、 Estevão and Evridiki (2010)、OECD (2010)。
[目次]  [戻る]  [次へ]