第3節 生産・調達の海外シフトと雇用

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円高の進展は、海外投資や現地生産の拡大、あるいは海外へのアウトソーシングなど様々な形で我が国の「海外シフト」を促す可能性が指摘されている。また、海外シフトは国内での雇用削減につながるおそれもある。他方で、海外シフト自体はグローバル化の流れの中ですう勢的に生じており、円高によって加速する度合いは小さいとの見方もある。こうした問題意識から、本節では、様々な海外シフトの状況やその円高との関係を検討する。

1 海外投資等の動きと為替レート

ここでは、海外シフトの状況を見るために、海外現地法人の売上高、設備投資を調べるとともに、アンケート調査を基に企業がこうした形の海外シフトを円高対応策としてどの程度視野に入れているのかを確認する、

(現地法人の売上高はアジア向けを中心にすう勢的に増加)

まず、経済産業省「海外現地法人の動向」によって現地法人の売上高の推移を見ると、2000年代に入ってからは2007年までほぼ一貫して増加している(第2-3-1図)。リーマンショックにより一時的に大きく落ち込むが、2009年1-3月期を底として持ち直しに転じ、2010年4-6月期には2006年の水準まで回復している。

これを地域別に分解すると、アジア地域での売上がシェアを高め、全体の増加に大きく寄与してきたことが分かる。また、リーマンショックの後、北米や欧州ではそれ以前の水準まで回復できていないが、アジアについてはリーマンショック前の水準を超えている。この間、2005~2007年頃には円安が進んでいるが、それが海外での売上に特段の影響を与えた形跡は見られない。その時々の為替レートの動きに対応するというより、アジアにおける構造的なコストの低さ、海外における需要の拡大といった状況に対応してきた結果であると考えられる。

また、特にアジアの現地法人における売上高を販売地域別に分けると、アジア向けの比率が上昇を続けている。一方、日本向け比率は緩やかな低下が続いている。アジアの現地法人における売上高の増加は、積極的に現地需要の取り込みを進めたことに加え、同地域での需要の総量自体が急速に拡大してきたことによる受動的な要素も大きいと考えられる。そこで、日本企業による海外シフトへのコミットメントをより端的に示す指標として、現地法人の設備投資の動向を見てみよう。

(海外での設備投資もすう勢的に増加してきたが最近は低調)

海外現地法人による設備投資(有形固定資産の取得)の総額は、売上高と同様に、2002年以降2008年まですう勢的に増加してきたことが分かる(第2-3-2図(1))。リーマンショックによる落ち込みも売上高と同様である。売上高の動きと違うのは、その後の持ち直しが緩慢なことであり、2010年4-6月期においても2004年の水準に戻ったにすぎない。地域別では、持ち直してきているのはアジアだけである。なお業種別では、以前は輸送機械が投資総額の過半を占めていたが、リーマンショックによる影響が大きく、北米での投資を中心に大幅な削減が行われたことから、2010年には約半分にまでシェアを落としている。業種別シェアの第2位は電気機械であるが、同業種の地域別投資を見ると、2009年からは北米での投資をほとんど行わず、大部分がアジア向けとなっている。

このように2010年に入っても現地法人の設備投資は低調であるが、2010年度の計画はどうなっているだろうか。日本政策投資銀行「設備投資計画調査」から、我が国企業の設備投資計画(製造業)について、海外分と国内分の比率を追ってみよう(第2-3-2図(2))。それによれば、2010年度計画における海外投資比率は6割弱であり、調査開始以来の高水準となっている。ただし、過去を振り返ると海外投資比率はすう勢的に上昇してきており、2009年度に一時的に落ち込んだ後、もとの基調に戻ったと見ることができる。加えて、2010年度は国内設備投資の水準が極めて低いことから、海外での投資も絶対額では低調であることに注意が必要である。

以上の結果を踏まえると、海外での設備投資には長期的な増加トレンドがあること、短期的な為替レートの動きにあまり影響されていないことが分かる。

(企業の意識では円高は海外シフトの重要な背景)

一方で、企業の意識としては円高への対応策として海外シフトが重視されているように思われる。これは、円高対策を直接聞いた場合、大企業を中心に特に顕著に示される。例えば、日本貿易振興機構「円高の影響に関するジェトロ・メンバーズ緊急アンケート調査」によれば、円高対策として、大企業では「海外の稼働率を引き上げる」という回答が全体の3割強、「海外事業の規模(設備投資・人員など)を拡大する」が2割強を占めている。中小企業でも、これらの回答を選んだ企業の割合はそれぞれ1割強であった(第2-3-3図(1))。

それでは、逆に海外シフトの理由を聞いた場合はどうか。内閣府「企業行動に関するアンケート調査」において上場企業の海外進出理由について尋ねた結果を見ると、2010年調査では、「現地・進出先近隣国の需要が旺盛又は今後の拡大が見込まれる」が全産業、製造業とも圧倒的に多く、次いで「労働力コストが低い」となっている(第2-3-3図(2))。「円高」は明示されていないが、労働コストに影響を及ぼすため、間接的に重要な要因と認識されている可能性が高い。ただし、2006年度調査では「労働コストの低さ」が「現地需要の旺盛さ」を若干上回っていたことに比べると、コスト面の相対的な重要性は低下してきている。

中小企業については、商工組合中央金庫「中小企業の経営改善策に関する調査」の結果が参考になる(第2-3-4図)。そこでは、経営上の問題と海外進出予定を聞いているが、5年以内の海外進出を目指す企業が多い業種では、海外企業との競争激化、主力取引先の調達の海外シフト、生産コストの引下げ要請を経営上の問題として挙げる割合が高い。これらはいずれも間接的に円高の影響が及ぶ問題であるといえ、中小企業についても海外進出の要因として円高が影響していると考えることができよう。

2 円高と海外資産の買収

「円高のメリットを活かす」という観点で、最近注目されているのが海外資産、とりわけ資源権益の取得である。ここではまず、我が国企業が海外の企業を買収する形でのM&Aの推移を見た上で、過去において円高局面でそうした活動が活発化したかどうかを検証する。また、資源権益との関係で、我が国の対外直接投資に占める鉱業案件の割合を調べ、その国別の状況や収益率の動きを確認する。

(クロスボーダーの企業買収における我が国のシェアは低水準ながら底堅い動き)

世界のクロスボーダーM&Aの件数は、2000年と2007年に2つの山がある(第2-3-5図(1))。最初の山はITバブルの最盛期であり、2つ目の山はリーマンショック前のバブル的状況で、資源・エネルギーへの投機的な資金流入が見られた時期である。売却側の業種に着目すると、製造業やサービス業の割合が一貫して高く、鉱業はせいぜい1割程度である。もっとも、資源ブームを反映してかその割合は上昇傾向を示している。

一方、買収側がどの国の企業かを調べると、アメリカのシェアが高く全体の3割を占めていたが、最近は2割弱に低下している(第2-3-5図(2))。次いで、英国が最近まで比較的高いシェアを維持してきた。しかし、リーマンショック後は欧州勢は総じてシェアを低下させている。我が国は、90年のバブル景気の頃はアメリカを凌ぐシェアを示したこともあったが、バブル崩壊後はシェアを大きく落とした。もっとも、リーマンショック後はややシェアを回復している。このように先進国が低迷するなかシェアを高めているのは、インド、中国といった新興国である。

なお、我が国のM&A(In-Out)を件数で見ると、2005~2008年の間は高水準で安定的に推移し、リーマンショック後の2009年には減少したものの2004年に近い水準にとどまっている(第2-3-5図(3))。このように、世界的な金融危機を経ても、我が国のM&Aが比較的底堅い点が注目される。

(M&Aは円高ではなく株高で促進される傾向)

それでは、為替レートが円高に振れ、購買力が増加したとき、外国企業の買収を積極化することがあったのだろうか。この点を調べるため、90年から2009年までの期間について、実質実効為替レート水準と日本企業の海外企業買収件数(以下、買収件数)及び同金額(以下、買収金額)の関係をプロットした。また、M&Aにおいては、自社株を用いたM&Aを行うケースも考えられることから、株価と買収件数及び買収金額の関係についても確認した(第2-3-6図)。

その結果は、予想に反し、実質実効為替レートと買収件数の間にはマイナスの相関が見られるというものであった6。これは、買収件数の代わりに買収金額を用いても同じである。すなわち、円高が購買力増加を通じてM&Aを活性化させるメカニズムは働かず、むしろ逆の結果となった。

前述のとおり、M&A件数の動きには世界的に2000年、2007年の山があった。これは、景気や株価との連動性を想起させる。そこで、我が国の株価と買収件数(いずれも前年差)の関係を見ると、正の相関関係が確認できる。これは、株価が高い場合にはM&Aのための資金調達を行いやすいことなどを反映した結果と考えられる。このような関係は、我が国だけでなく、先進国について広く観察される。ここでは、一例としてアメリカについて同様の図を示したが、予想どおり株価と買収件数の間には明確な正の相関が観察される7

ところで、ここでは図は省略するが、為替レートとM&Aの関係は国によってまちまちであり、普遍的な関係は見出せない。我が国の場合、円高と株価下落が同時に生ずるケースが多かったため、あたかも円高がM&Aを停滞させるように見えたということができよう。

(我が国の対外直接投資に占める鉱業分野のウエイトは増加)

2008年にかけての原油等の資源価格の高騰、あるいは2010年における中国のレアアース輸出制限といった事態は、我が国経済の安定にとって資源・エネルギーの安定供給がいかに重要であるかを改めて浮き彫りにした。そこで、円高メリットを活かした海外資産の買収が論ぜられる場合、特に注目されているのが資源権益の確保である。ここでは、我が国の直接投資に占める鉱業分野の状況について調べてみよう(第2-3-7図)。

我が国の対外直接投資全体の動きを残高ベースで見ると、2000年代半ばからすう勢的に増加してきている。ここでは、2005年末以降の動きを図示したが、2008年に伸びが停滞したものの、2009年には再び増加している。この間、円高が進んでいたことを勘案すると、実際の伸びは、円建ての動き以上に大きいと考えられる。業種別では、製造業が頭打ちとなる一方、鉱業、その他非製造業は増加に寄与している。ただし、鉱業の占める割合は2009年末時点でも5%程度にとどまる。

それでは、こうした鉱業分野での投資収益率はどうなっているのだろうか。業種別の投資収益率はデータの制約から分からないので、鉱業分野での投資が盛んな国における収益率を見てみよう。我が国からの投資先のうち、投資残高に占める鉱業の割合が高い国として、オーストラリアやブラジルが挙げられる。これらの国に対する鉱業分野の直接投資は増加基調にあり、特にオーストラリアでは投資の半分以上が鉱業という状況に至っている。両国の直接投資の収益率を見ると一貫して収益率は10%以上を維持しており、6~8%程度で推移している対世界の収益率を大きく上回っている。

もとより、収益率の高さは一般的にはリスクの高さを意味する。資源関連の投資には、価格や需要の変動に加え、現地での大きなポリティカルリスクを伴うことも少なくない。官民の適切な役割分担に基づき、こうしたリスクへの対応を十分に考えた上で、円高メリットも活かした投資の活発化が期待される。

3 我が国企業の海外進出等が国内雇用に与える影響

急激な円高を受けて雇用の「海外流出」も懸念されているが、ここでは、より広く企業活動の海外シフトと雇用の関係を調べてみよう。前述のとおり、円高は企業活動の海外シフトの動機の一つとなっているが、一方で、海外投資や海外売上がすう勢的に増加してきており、その背景として、新興国の台頭などの構造的要因があることが推察される。したがって、雇用の海外流出問題も、企業のグローバル化への対応という文脈で捉える必要がある。

(国内研究開発部門の拡大は、グローバル化に伴う雇用への悪影響を軽減)

海外での生産を拡大する企業は、国内雇用を削減するのだろうか。この点について内閣府「企業行動に関するアンケート調査」(2010年1月)を再集計することで明らかにしてみよう。具体的には、製造業について、内外における生産工程、さらには研究開発部門についての中長期の展望(拡大・強化、維持、縮小・撤退)が、今後3年間の国内雇用者数の見通しとどう関係しているのかを調べた(第2-3-8図)。

まず、海外生産のスタンスは、拡大・強化が全体の6割弱、維持が1割強、縮小・撤退はほとんどなかった8。一方、今後の雇用見通しについては、製造業全体としては若干のマイナスを見込んでいる。そこで、海外生産のスタンスによる雇用見通しの違いを調べると、意外なことに、海外生産を拡大・強化する企業の雇用の削減幅が相対的に小さかった。

次に、海外生産の拡大・強化を目指す企業を、国内生産のスタンスによって区分してみよう。それによれば、国内生産の拡大・強化が約15%、維持が約6割、縮小・撤退が約2割である。各区分の国内雇用見通しは、それぞれ増加、微減、減少となっており、雇用の見通しが国内での生産の展望と整合的となっていることが分かる。

ここで、海外生産の拡大・強化を目指す企業のうち多数を占める国内生産維持の企業に着目し、それらを国内の研究開発に関するスタンスでさらに分けてみる。その結果、国内での研究開発を拡大・強化する企業では雇用増、維持する企業では雇用減を見込んでいることが分かった。また、同じような関係は、国内生産の縮小・撤退を考えている企業についても成り立つ。

以上の分析から、海外生産の拡大・強化は必ずしも国内雇用にはマイナスではない。国内雇用に与える影響に関しては、国内での企業活動の展望が重要であり、なかでも研究開発機能を拡大・強化していくかどうかが鍵を握っていることが分かる。円高の影響も含め、雇用の海外流出を論ずる際には、単純なコスト面から生産拠点の移転だけに注目するのではなく、研究開発拠点の動向にも注意を払う必要があろう。

(製造業のアウトソーシングは雇用者数の減少を抑制)

我が国企業による海外での生産の拡大は、現地での販売のほか、逆輸入の増加につながる面もある。また、円高を契機として、海外の外国企業からの中間投入物の調達を拡大する企業もあると考えられる。ここでは、OECD諸国のデータを用いて、90年代半ば~2000年代半ばの間、製造業における中間投入に占める輸入シェア、すなわちアウトソーシング比率の変化が、国内雇用にどのような影響を及ぼしてきたかを検討しよう(第2-3-9図)。

予想されるのは、アウトソーシングによって雇用が失われるという関係である。しかし、結果はその反対であり、中間投入の輸入シェアの変化と製造業雇用者数の変化率との間には、ばらつきはあるものの、ある程度の正の相関が観察される。製造業の雇用者はすう勢的に減少している国が多いが、アウトソーシングの拡大によって雇用減少が加速する傾向は見出せないということである。

この背景を探るため、両者をつなぐ要因として輸出の伸び率を持ち出してみよう。輸出が活発化している国では、製造業の雇用も相対的には維持されるはずである。実際、そのような関係が見られる。そこで次に、中間投入における輸入シェアと輸出(両者とも変化分)の関係をプロットすると、ここでも正の相関が観察される。以上から推察されるのは、アウトソーシングが拡大していても、それは輸出の増加に寄与しており、全体としては雇用を守る方向に働いているということである。

こうしたことから、グローバル化が進むなかでの雇用の維持という観点からは、輸入品の活用によるコスト縮減にも努めつつ、輸出品の販路拡大を図るという戦略の望ましさが示唆される。

(海外投資の拡大は就業構造の高スキル化に寄与)

これまでの検討から、海外生産の拡大やアウトソーシングの推進が国内雇用の削減に直結するという証拠は乏しく、研究開発の強化や輸出と輸入の同時拡大など対応の姿勢如何で、雇用の維持が可能となることが分かった。ただし、そうした対応を進める過程で、雇用の中身が変化することが考えられる。そこで、海外直接投資と就業者のスキルの関係を調べてみよう(第2-3-10図)。

海外投資の目的は様々であるが、労働コストの削減を意識する企業が少なくないのは前述のとおりである。海外で比較的低スキルの労働者を雇い、国内では研究開発などの本社機能を中心に高スキルの労働者を充実させていく、というのが一般に想定される企業の戦略である。スキルの多寡を統計データで把握するのは容易ではないが、ここでは、国際比較の可能性や先行研究を踏まえて、職業分類を基に「非熟練就業者」を定義する。

その上で、OECD諸国について、2007年時点の対外資産残高(純)のGDP比と非熟練就業者のシェアとの関係をプロットすると、負の相関が観察された。ここから、海外直接投資の進んだ国ほど、国内では相対的にスキルの高い労働者が残ることが示唆される。海外生産の拡大等によりグローバル化のメリットを取り込めば、国内の就業構造の高スキル化につながるといえよう。

なお、2000年から2007年までの変化について同様の関係を調べたが、それほど明確な結果は得られなかった。

コラム2-3 雇用者数に占める製造業のシェアの推移

本文では、多くの先進国で製造業の雇用者数はすう勢的に減少してきたが、中間投入のアウトソーシングがその原因であるとはいえないことを示した。ここでは、雇用者全体に占める製造業のシェアがどう変化してきたかを確認しよう(コラム2-3図)。

主要国(日米独英韓)について、90年を基準として雇用者全体に占める製造業のシェアをプロットすると、いずれの国においても低下が続いている。新興国等との競争の激化、国内でのサービス化の流れなどがその背景にあると考えられる。もっとも、我が国とドイツではそのスピードは比較的緩やかであり、ハイテク業種における雇用の維持がこれを支えていると推察される。実際、製造業の中でも技術集約的な色彩の強い業種を取り出して雇用のシェアを見ると、2000年代における両国での減少ペースは非常に遅い。韓国も同様であるが、同国の場合、伝統的な業種のシェア縮小が急テンポで進んだため、製造業全体としては雇用者数のシェアが大きく低下している。

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