第2節  景気持ち直しの背景

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第2節  景気持ち直しの背景

我が国は、米欧と比べてリーマンショック後のGDPの落ち込みが相対的に大きかった。しかし、2009年春頃には持ち直しの動きが現れ、4-6月期の実質GDPは前期比で増加を示した。この時期には依然マイナス成長であったアメリカやEUと比べ、一歩先んじて景気が持ち直してきたことになる。以下では、このような景気持ち直しのタイミングについて国際比較の観点から分析するとともに、その背景にある対外経済環境の改善の影響や経済対策の効果を検討する。

1 景気持ち直し局面の国際比較

ここでは、実質GDPや鉱工業生産に着目して、我が国と海外主要国の景気の下げ止まり、ないし持ち直しの動きが生じたタイミングについて確認しよう。比較の対象として、韓国、アメリカ及びEUを取り上げる。

(韓国、日本、米欧の順に実質GDPがプラス成長に転換)

実質GDPの前期比について、内需(民間消費、政府消費、総資本形成)、輸出、輸入の寄与に分解し、リーマンショック後の状況を比べると、以下のような特徴が明らかになる(第1-2-1図)。

第一に、日本と韓国は、アメリカ、EUと比べて落ち込みが大きかったが、プラス成長となったのも早かった。特に、韓国は、2008年10-12月期に-5%程度の減少であったが、2009年1-3月期にはわずかながらプラス成長に戻っている。一方、アメリカ、EUについては、7-9月期にようやくプラス成長となった。

第二に、4-6月期にプラス成長となった日本と韓国では、輸出がけん引する形となっている。輸出の強さは韓国で特に顕著である。これに対し、アメリカ、EUでは4-6月期においても輸出がマイナスに寄与している。

第三に、内需を見ると、日本と韓国では、4-6月期に個人消費がプラスに寄与している。この点も、早期のGDPの持ち直しをもたらした要因と考えられる。一方、この時点では、韓国も含め、総資本形成はいずれの国・地域でもマイナスとなっている。なお、日本の場合、韓国と比べると総資本形成のマイナス寄与が大きく(在庫品増減、民間設備投資、民間住宅投資とも減少)、結果として内需合計の寄与度はマイナスのままであった。

以上をまとめると、実質GDPに着目した場合の持ち直しは、日本は韓国より遅かったが、アメリカ、EUより早いタイミングであった。また、こうした違いは、輸出と個人消費の状況によっておおむね説明されることが分かった。

(鉱工業生産でも韓国、日本、米欧の順に底打ち)

次に、鉱工業生産の動きについても、韓国やアメリカ、EUと対比しつつ評価する。比較対象として、生産全体に加え、我が国における生産の持ち直しに大きく寄与した、自動車とIT製品(国によって具体的な業種区分が異なる点に注意)に着目しよう。2008年9月からの変化を追うと、次のような特徴が浮かび上がる(第1-2-2図)。

第一に、生産全体については、日本では2009年2月が底となったのに対し、韓国では2008年12月にはすでに底を付けている。一方、アメリカ、EUでは落ち込みが小さかったものの、底打ちには時間を要している。

第二に、底打ち後の増加テンポを比べると、やはり韓国が最も速く、6月には2008年9月の水準まで回復し、その後さらに増加を続けている。これに対し、日本は10月の時点で1年前の水準の8割にとどまっている。他方、アメリカ、EUについては、底打ち後の持ち直しも緩やかである。

第三に、自動車やIT製品の生産を見ると、日本及び韓国は、おおむね生産全体と同じ動きをしている。自動車やIT製品が生産全体に占める割合は、韓国で3分の1程度、日本でも4分の1程度であり、これらが生産全体の動きを大きく左右するが、今回の生産の持ち直し局面でも両者の動きが生産全体に影響する姿に変わりはない。一方、アメリカやEUではこれらが生産に占める割合は低く、アメリカの自動車、EUのコンピューター・電子・光学部品の動きは全体とは違う形となっている。

2 貿易と国際収支

以上のような国際的な景気局面の違いも踏まえ、我が国にとっての貿易面の改善の状況を整理してみよう。まず、輸出が比較的強く増加した背景を見た後、貿易・サービス収支、経常収支の変化を振り返る。また、交易利得を通じた所得の下支えについて、国際的に見た我が国の状況を点検する。

(新興国等に対する輸出依存度が高い国ほど輸出が急速に持ち直し)

これまでの国際比較の結果、日本や韓国における比較的早期の景気の持ち直しには、輸出の増加が大きく寄与していることが分かった。それでは、なぜ、他の諸国と違って日本や韓国でこのような輸出の大きな伸びが生じたのだろうか。OECD諸国のデータを用いて、この点についての背景を考えてみよう。

最初に思い浮かぶのは、リーマンショック後の輸出の落ち込みが大きかった国ほど、2009年における持ち直しが急速だった可能性である。どのような輸出構造の国で落ち込みが大きかったかは、「平成21年度年次経済財政報告」で分析したところである。すなわち、輸出に占める自動車・IT製品の割合が高い国ほど、2008年10-12月期の輸出の前期比増減率が低いという関係があった(第1-2-3図(1))。これは、今回の金融危機で最も影響を受けた分野が、自動車とIT製品だったからであり、日本の輸出はこの分野に依存する体質だったため、影響を最も大きく受けたのである。

こうした結果を踏まえると、2009年における輸出の持ち直しは、逆に自動車・IT製品の輸出割合が高い国ほど急速だったはずである。そこで、OECD30か国における2009年4-6月期の輸出増減率について、自動車・IT製品の輸出割合との関係を調べてみた。その結果は、両者の間に明確な関係は見られなかった。すなわち、リーマンショック後に生じたことの巻き戻しが生じている、という仮説は棄却される形となった。

そこで、別の仮説を立ててみよう。その仮説とは、景気の持ち直しが比較的早い中国などの新興国、あるいは開発途上国に対する輸出の割合が高い国ほど、輸出の伸びが高くなるという可能性である。具体的には、横軸に非OECD諸国向けの輸出割合をとり、縦軸に2009年4-6月期の輸出の増減率をとって、それらの関係を調べた(第1-2-3図(2))。結果は、両者には比較的明瞭な相関関係が見られるというものであった。

以上の分析を踏まえると、先進国の輸出の動きに関する限り、金融危機に伴う景気悪化の「入口」と「出口」は違っているということになる。「入口」は米欧を中心とした金融危機であり、これらの国々における自動車やIT製品の需要急減であった。その影響の直撃を受けた我が国の輸出の落ち込みは最大となった。しかし、「出口」は中国などの新興国における内需であり、こうした国々への輸出割合が高い国ほど輸出の持ち直しが速かった。日本における輸出の相対的な増加テンポの速さは、まさに中国等アジア地域に対する輸出依存度の高さによるものと考えられる。

(輸出数量の増加により貿易・サービス収支、経常収支の黒字幅が増加)

我が国における輸出の持ち直しは、リーマンショック後に一時赤字に転じた貿易・サービス収支の回復に寄与した。その様子を確認するとともに、所得収支等も合わせた経常収支の回復の状況を振り返ってみよう(第1-2-4図)。

まず、経常収支(季節調整値)の動きを見ると、2009年1月を底として増加傾向が続いている。ただし、9月時点においても、リーマンショック時の2008年9月の水準までは回復していない。経常収支の内訳では、貿易・サービス収支の増加が全体の増加に大きく寄与している。貿易・サービス収支は、2008年10月以降、半年間赤字が続いた後、黒字に戻ってその幅を緩やかに拡大してきている。なお、サービス収支の部分はほとんど変化がないため、この間の貿易・サービス収支の変化は基本的には貿易収支の動きで説明ができる。

一方、所得収支は一貫して黒字であるが、黒字幅はリーマンショック後に縮小したまま回復の兆しが見られない。所得収支の大部分は中長期債の利子が占め、そのほかに直接投資収益、配当金、短期債の利子などが含まれる。金融危機に伴って配当金が大きく減少したほか、ウエイトの高い債券利子も減少し、その後も低迷が続いている状態にあると考えられる。

貿易収支が増加に転じた様子をさらに詳しく調べるため、貿易統計ベースの輸出金額と輸入金額の差である通関収支の前月差を、輸出、輸入それぞれの数量と価格の寄与度に分解すると、次のような点が明らかになる。第一に、2009年2月以降の貿易収支の持ち直し傾向は、主として輸出数量の増加によって説明される。第二に、輸入数量も持ち直しの動きが見られるようになったが、月々の動きは安定しておらず、結果として通関収支への影響は明確ではない。第三に、価格変動の影響は比較的小さい。ただし、原油価格等の持ち直しを受けて、輸入価格が通関収支を悪化させる方向に働いた場面も見られた。

(2008年後半に交易条件が大幅に改善、その後横ばいで推移)

次に、交易条件の推移について見ておこう(第1-2-5図)。輸入価格の下落は、価格面から見た企業の取引環境、すなわち交易条件(輸出価格と輸入価格の比率)の改善要素となる。リーマンショック後の世界的な景気停滞、また新興国の台頭などグローバリゼーションが進む中、企業は輸出価格を簡単に引き上げることはできない。他方、この環境下では輸入価格の下落が、企業の交易条件を改善する効果を持つ。

とりわけ、日本では他の先進国に比して、輸入価格の変動に伴う交易条件の変化が大きい。輸入物価と輸出物価の動きを比較すると、輸入原材料価格を中心に輸入物価は柔軟に大きく変動する一方、輸出物価はおおむね横ばいと硬直的である。このため、日本の交易条件は、2007年後半から2008年半ばの原油価格高騰等による、輸入物価の上昇を通じて悪化し、逆に2008年半ば以降は輸入物価の下落で交易条件が大幅に改善している。その後、2009年に入ってからは、おおむね横ばいで推移している。アメリカや欧州諸国、例えばドイツの輸出入物価の変動と比べると日本の輸出物価は硬直性が顕著である。また、同じアジアに位置する韓国と比較しても、日本の輸出物価の硬直性は際立つ。

  日本の輸出物価の硬直性については、生産コストの変動が輸出物価に転嫁されにくい構造になっていることが指摘されている。例えば、内閣府の推計によれば、輸出物価指数に対する為替転嫁率は90年代以降低下していることが示されており、その要因として、第一に、世界輸出に占める日本のシェアが低下していること、第二に、中国の輸出シェアが上昇していることが統計的に示されている9。企業が価格競争力を維持するために、生産コストの変動に比べ輸出価格の変動を抑制している姿が現れている。他方、輸入については、日本は燃料等原材料などの輸入比率が高いため、原油価格をはじめ価格変動が激しい品目の影響を受けやすい構造となっている。

(交易利得を通じた景気持ち直しの動き)

   以上のように2008年後半の交易条件の大幅な改善は、交易利得を発生させた。交易利得分を加えた分だけ、実質GDPと比べ、国内で得られる実質ベースの所得は増加する。そこで、各国における実質国内総所得(GDI)の増減を、実質GDPと交易利得の寄与に分解してみよう(第1-2-6図)。

第一に、ここで取り上げた4か国は、いずれも資源輸入国であるため、2008年10-12月期、2009年1-3月期には原油・原材料価格の下落を受けて交易利得が発生している(プラスになっている)。その中で、我が国の交易利得の寄与度は前期比2%程度に達しており、その他の国と比べて大きい。これは、我が国のエネルギー輸入依存度が高いこと、この時期に為替レートが円高方向に推移していたことなどが挙げられる。

第二に、我が国においては交易利得の寄与が大きかったことから、リーマンショック後の実質GDIは実質GDPと比べて相当程度緩やかな減少となっている。その結果、実質GDIについては、2008年4-6月期が最も大きな落ち込みであったといえよう。

第三に、2009年4-6月期、7-9月期は、我が国では交易利得はマイナス寄与に戻ったが、その大きさはリーマンショック後の交易利得の規模と比べると小さい。その他の国でも、プラス、マイナスで分かれているが、ウォン高が進んだ韓国を除き、その規模は小さい。

「平成21年度年次経済財政報告」で分析したとおり、交易利得の増加は、時差を伴って個人消費、住宅投資、設備投資といった国内民需を押し上げる方向に働く。我が国を含めた資源輸入国においては、こうした効果がその後の景気を下支えしている面があると考えられる。

3 経済対策の効果

対外経済環境の改善と並び、これまで景気をけん引してきたのは経済対策の効果である。ここでは、多岐にわたる対策の中から、公共投資、金融対策及び個人消費の刺激策を取り上げ、その効果を点検する(なお、雇用調整助成金の効果については、第3節参照)。また、世界各国で経済対策が実施されたことにかんがみ、国際比較の観点から我が国における個人消費の喚起の状況を評価する。

(堅調に増加した公共投資)

公共投資に関連する国の予算の状況について、公共事業関係費とその他施設費の合計で確認しよう。2008年度においては、当初予算7.4兆円に対し、補正予算で1兆円が追加されている。また、2009年度においては、当初予算7.7兆円に対し、補正予算で5.2兆円と大幅な追加が行われた。こうした一連の対策の効果もあって、2009年3月以降は公共投資が堅調な動きとなっている。公共投資の請負金額の動きによって、この点を調べてみよう(第1-2-7図)。その際、過去の景気持ち直し局面における公共事業積み増しの例として、98~99年頃の状況と比べながら検討する。

第一に、今回は公共事業の長期にわたる削減が続いた後に、経済対策に伴う補正予算による追加が行われた。そのため、2009年初めまでは公共投資は低調に推移していたが、3月から前年を上回る水準となった。これに対し、前回は98年からすでに公共投資が堅調に推移した上に、98年12月にも大型補正予算が組まれた結果、99年3月には大幅な公共投資の増加を記録した。

第二に、今回の夏頃までの公共投資の増加は、2008年度の補正予算に加え、2009年度の当初予算が前倒し執行されたことによると考えられる。これに加え、9月からは2009年度の補正予算の効果(5月成立)が本格的に現れ始めた可能性が高い。一方、前回においては、99年度は年末まで補正予算が編成されなかったため、99年半ばには公共投資が前年比で落ち込んでいる。

第三に、公共投資の中身を見ると、道路のほか教育や鉄道の寄与が大きいのが特徴である。特に、「教育」は補正予算において学校の耐震改修などが多く盛り込まれたことを反映している。これに対し前回は、道路に加え治山治水や下水道の寄与が比較的大きかったことが分かる。

なお、平成21年度第1次補正予算の執行については、不要不急の事業を停止するという考え方に沿って、その一部につき、執行停止又は交付を予定している法人等に対する交付金辞退若しくは自主返納の要請等を行うこととしている。そして、その見直し結果を平成21年度第2次補正予算又は平成22年度予算に反映するとしている10

(金融対策と資金繰り、倒産)

次に、金融対策の効果について見よう。金融対策の中身としては、中小企業向けに、信用保証協会による信用保証、セーフティネット貸付が実施された。緊急保証の保証枠は30兆円であり、2009年10月29日時点で約79万件、約15兆円の貸付がこの保証制度の下で実行されている。また、セーフティネット貸付については、貸付枠15.4兆円であったが、2009年10月28日時点で約4.5兆円の貸付が実行されている。大企業向けには、日本政策投資銀行や商工中金を活用した支援策として、約2兆円の貸付、約3,500億円のCP買取が実施された。こうした政府の取組みと並んで、日本銀行においても、企業金融の円滑化を目的として企業金融支援オペ、CP等の買入れ、社債買入れ等が実施されている。

こうした対策の効果を直接把握することは難しいが、企業金融の改善には一定の寄与をしたものと考えられる。ここでは、今回の一連の対策を踏まえた中小企業の資金繰り状況、倒産件数の動きを確認するとともに、過去における景気持ち直し局面での倒産の動きと比較してみよう(第1-2-8図)。

第一に、日本政策金融公庫の資金繰り判断DIによると、今回はリーマンショック後に急速に資金繰りが悪化し、2009年の1月、2月にピークに達した後、悪化超幅が縮小に向かっている。この要因として、各種の金融対策の効果が現れた可能性が指摘できる。また、資金繰り悪化超幅の縮小に伴って、倒産件数も落ち着きを示している。業種別では特に建設業の倒産減少が目立つことから、緊急保証等の効果に加え、公共投資の増加による資金繰りの改善も寄与したと考えられる。

第二に、バブル崩壊以降について、資金繰り判断の悪化超幅のピークを比べると、今回はそれほど厳しい状況には至らなかった。景気悪化局面における倒産件数の増加幅も相対的には少ない。リーマンショックの時点では、過去と比べて金融機関の財務状況が安定していた上に、金融対策が講じられたことが背景として考えられる。

第三に、「倒産は景気持ち直し局面で増加する」といわれることがあるが、87年以降においては、99~2000年だけがこれに該当する。しかし、これは98年に導入された特別保証による支援対象に、実質的に倒産状態にあった企業も含まれたため、一時的に倒産件数が急減したことが背景にある。すなわち、特別保証の支援対象には収益構造の改善が見込めない企業も多く、99~2000年頃に特別保証により調達した資金が尽き、倒産の急増が生じたものである。一般的には、景気持ち直し局面には倒産が減少するのが近年の傾向ということができよう。

(エコカー減税・補助金、エコポイントなどが個人消費をけん引)

個人消費を刺激する施策としては、今回、定額給付金、エコカー減税・補助金、エコポイントといった項目が経済対策として実施された。以下では、これらの効果が反映されたと見られる個人消費関連のデータを調べてみよう。なお、これら以外にも、高速道路料金の引下げを含め、個人消費の下支えに寄与した施策があったと考えられる。

第一に、定額給付金については、例えば、5月の家計調査において、勤労者世帯の実質実収入を2.3%ポイント押し上げている。ただし、家計消費がどの程度押し上げられたかは、家計調査の集計データからは明らかではない。

第二に、エコカー減税・補助金の効果は、新車販売台数がハイブリッド車を中心に回復していることで確認できる(第1-2-9図(1))。すなわち、新車販売台数は2、3月頃に前年比で25%近い落ち込みとなったが、その後は順調に持ち直し、8月には増加に転じている。このうちハイブリッド車は常に前年を上回り、全体をけん引する形となっているが、それ以外の普通乗用車についても前年比のマイナス幅が縮小し、10月には前年を上回った。

第三に、エコポイントの対象はテレビ、冷蔵庫、エアコンの3種類の家電であるが、このうちテレビは前年比での大幅増が続いている(第1-2-9図(2))。一方、冷蔵庫は大型については販売が好調であるが、それ以外はむしろ減少傾向である。その結果、平均購入単価が上昇したため、出荷金額は台数以上に増加している。エアコンは2008年が猛暑であったのに対して2009年の夏の気温が比較的低かったことから、前年比では不調であった。

こうした施策の効果もあって、個人消費はリーマンショックに伴う落ち込み後、一転して速いテンポでの持ち直しに転じることができたと考えられる。

(国際的に見て大きかった経済対策の消費喚起効果)

世界的な金融危機、それに伴う厳しい景気後退への対応として、我が国だけでなく世界各国で経済対策が実施された(付表1-11-2)。これらの対策の内容は国によって違うものの、あえていえば、次のような共通する特徴が挙げられる。第一に、各国とも、減税や一時金支給、失業に対するセーフティネット強化など、家計への支援を行いつつ民需喚起を図る施策を柱として盛り込んでいる。第二に、環境・エネルギー分野の強化が重視されている。多くの国で実施された自動車購入に対する補助制度は、上記の民需喚起と環境対応を併せて狙ったものと考えられる。第三は、金融危機への直接的な対処という観点から、金融安定化策が実施されている。

各国における対策の規模を比較する一つの方法として、財政収支への影響に着目してみよう。OECDの加盟国についての調査結果(2009年6月時点の情報に基づく)によれば、我が国の経済対策(2008~2010年分)は財政赤字のGDP比を4.7%悪化させる。これは、韓国やアメリカと比べるとやや小さいが、OECD諸国の中では大きいほうである。

各国の経済対策を的確に取り出すことは難しいが、上記のように家計支援による民需喚起が眼目となっていることにかんがみ、個人消費への影響を推測してみよう。具体的には、2009年4-6月期の個人消費の前年比と、同じ時期の雇用者報酬の前年比とのかい離を各国について調べてみた。各国の経済対策は雇用者報酬を直接押し上げることは考えにくいため、個人消費の変動のうち雇用者報酬によらない部分に対策の効果が含まれるとみなすのである。すなわち、家計への減税や補助金、販売業者への補助金、消費者マインドの改善等を通じて、個人消費が雇用者報酬以上に押し上げられる(雇用者報酬の減少ほどは減少しない)という効果を検出する(第1-2-10図)。

結果を見ると、我が国の個人消費と雇用者報酬の伸びの差は、OECD諸国の中でも最も大きい。我が国は、賃金に占める賞与の割合が比較的高いため、夏季賞与減額の影響が強く出やすい点は割り引いて考慮する必要はあるが、それでも我が国の経済対策を通じた個人消費の押し上げは大きかったと考えられる11。この背景として、以下のような可能性が指摘できよう。第一に、経済対策による財政収支への影響のうち、2009年中に発現すると見られる部分は我が国が最大である。アメリカや韓国の対策は全体の規模は大きいものの、2008~2010年に分散して効果が発現するように設計されている。第二に、我が国の対策では、多くの国で実施された自動車関連の施策に加え、定額給付金やエコポイントなどの広範な消費喚起策が、2009年4-6月期に集中的に効果を発揮した。第三に、この時期は、我が国でちょうど輸出、生産が持ち直しに転じた直後である。こうした外需面の動きが対策の効果とあいまって、消費者マインドの改善に寄与したのではないかと考えられる。

(「緊急雇用対策」と「明日の安心と成長のための緊急経済対策」)

以上見てきたように、これまでの経済対策は、対外経済環境の改善とも相まって、我が国景気の持ち直しに一定の下支えを果たしてきた。しかし、経済活動水準の低さに起因する様々なリスクの存在などを踏まえれば、雇用対策を始め、政策的な支援が引き続き必要な状況にある。

政府としては、まず2009年10月23日、厳しい雇用情勢に対応し、政府を挙げて雇用の確保に取り組むため、「緊急雇用対策」をとりまとめた。第一に、情勢に即応して、必要かつ有効な雇用対策を機動的に講じること、第二に、求職中の貧困・困窮者や新卒者への支援など当面の雇用を下支えすること、第三に、未来の成長分野を見据えた雇用創造に取り組むことなどを柱としている。また、この対策を関係者一丸となって推進するため、労働・産業・教育関係者、有識者及び政府関係者による「雇用戦略対話」を11月に開催し、各種の雇用対策に強力に取り組むことで合意した。

さらに、12月8日には、厳しい経済・雇用状況、直面する円高・デフレ状況を踏まえ、景気回復を確かなものとするため、国費7.2兆円、事業費24.4兆円規模の「明日の安心と成長のための緊急経済対策」を閣議決定したところである。第一に、当面の取組として、確実な景気回復・デフレ克服を目指すべく、情勢に応じた機動的な緊急対応に当たること、第二に、中長期的な取組として、成長戦略を推進するとともに、持続的な経済成長実現のため、財政規律との両立を図ることを大きな視点としている。

また、「雇用」「環境」「景気」の3つを主な柱とし、緊急性・即効性の高い施策を最優先し、かつ、できるだけ財政に依存せず、制度・規制など「ルールの変更」や国民一人ひとりの積極的な参加支援によって、国民が持っている潜在力(国民潜在力)が発揮されることを重視していることも特徴である。

具体的には、「雇用」については、(1)雇用調整助成金の要件緩和、(2)実効ある貧困・困窮者支援(「第2のセーフティネット」)の確立、(3)新卒者支援の強化、などの施策を行い、「環境」については、エコ消費3本柱として、(1)家電エコポイント制度の改善、(2)エコカー補助の延長等、(3)住宅版エコポイントの創設などの施策を行うこととした。また、「景気」については、資金繰り対策等の金融対策や住宅投資促進のための施策等の住宅対策を行うこととしている。

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