第3節 落ち着きを取り戻しつつある物価

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2003年ごろから上昇傾向で推移し、2007年後半以降急騰した原油・原材料価格は、我が国においても消費者物価、企業物価等に大きな影響を与えた。本節においては、物価上昇の実態とその一般物価への影響について議論することとする。

1 原油・原材料価格の変動と国内物価への影響

今回の原油・原材料価格の高騰は、過去2回の石油危機と比べると幾つかの顕著な特徴がみられる。第一に、影響の最も大きい原油の価格高騰は、数年間かけて生じ、最終段階で急テンポとなった後はそれ以上の速さで下落した。第二に、消費者物価への影響は、エネルギー、食料を除けば小さかった。第三に、その結果、国内の相対価格体系に及ぼした影響も小さかった。以下、これらの点について順次みていこう。

(原油・原材料価格の高騰と急落)

最初に、原油価格の動きを確認しよう(第1-3-1図)。今回の原油価格の上昇は、新興国の需要増大などを見込んで2003年ごろから始まり、2006年前半に一服したが、その後更にテンポを速めて2008年7月まで上昇を続けた。名目ベースの輸入価格でみると、2003年には1キロリットル2万円前後であったものが、2008年8月のピークには9万円を超えるという大幅な上昇であった。ピーク時の価格を実質ベースでみると、第二次石油危機のときより2割以上高い。ところがその後、急落に転じ、アメリカにおける金融危機の深刻化、世界経済の減速の広がりのなかで上昇時のテンポを上回る速さで下落が続いた。こうした一連の動きは投機資金の流れに大きく影響された結果であると考えられる。

これに対し、第一次石油危機、第二次石油危機のときは、それぞれ1973年~74年、79年~81年という比較的短い期間で急テンポで大幅な価格上昇が生じた。また、ピークに達した後の原油価格の動きをみると、第一次石油危機ではほとんど変化せずに数年が経過し、そのまま第二次石油危機に突入した。第二次石油危機のときも同様に数年間は価格が高止まりしたまま推移したが、プラザ合意後の急激な円高等を受けて円ベースの輸入価格は急落した。

次に、その他の鉱物資源の例として、石炭と鉄鉱石の輸入価格をみよう(第1-3-2図)。2007年までに、石炭は上昇前の約2倍、鉄鉱石は約3倍の水準となったが、名目ベースでは過去の石油危機のときより低いか、同程度にとどまっていた。これらが急上昇するのは2008年夏であるが、原油価格と同様、夏以降価格は下落に転じている。

また、今回は代替燃料としてその役割が期待されるバイオエタノールの需要急増等に伴い、その原材料となるトウモロコシや転作の影響を受けた大豆などの穀物を中心とする食料価格に上昇がみられたが、原油等に先行して下落基調に転じた(第1-3-3図)。なお、第一次石油危機の直前にも、これらの価格には急上昇がみられ、特に大豆は大幅な上昇を示している。加えて、穀物市況には周期的に大きな変動が生ずる性格があることにも留意が必要である。

(今回は価格上昇の広がりが限定的)

今回の原油・原材料価格の変動は、国内の物価にどのような影響をもたらしたのだろうか。ここでは、物価上昇率を品目ごとに調べ、物価上昇率の分布を表したグラフを見ることで、消費者物価の体系全体が原油・原材料価格の上昇ショックに対してどのように動いたかをみることとする(第1-3-4図)。このグラフでは、横軸に示された価格上昇率に対応する品目の割合が縦軸の高さとして表現されている。

第一次石油危機のときには、もともと山の頂上が0よりも右側に位置し、その形も0をはさんでほぼ対称なものであったが、ひとたび価格上昇が生ずると、0付近に集中していた山は右方向(物価上昇率がプラス)に向かって大きく崩れ、その崩れが元に戻るのに相当程度(3年程度)の時間がかかっている。これに対し、第二次石油危機のときは、山の崩れ方も小さなものにとどまり、2年程度で復元している。これは第一次石油危機に比べ、物価が上昇した品目数もその上昇幅も小さく、その期間が短かったことを示している。

同様の方法で2007年末以降の状況を見ると、もともと0%近傍に多くの品目が集中するという鋭い形になっていた。価格上昇後もある程度の崩れはみられたものの、第二次石油危機と比較しても、その崩れ方、上昇幅ともに小さなものにとどまっている。今回の原油・原材料価格上昇は極めて大きいものであったにもかかわらず、第一次、第二次石油危機と比べると、消費者物価全体への影響の広がりは小さかったといえよう。

(今回は相対価格の変動も限定的)

それでは、今回の原油・原材料価格の変動によって、国内の相対価格体系にはどのような変化が生じたのだろうか。「新しい価格体系」といえるほど、我が国の消費者が直面する様々な財の相対価格が変動したのかを、過去2回の石油危機のときの動きと対比しながら検証してみよう(第1-3-5図)。なお、ここで観察する「相対価格」は、個別の財の価格指数を消費者物価指数全体の動きで除して作成されている。そのため、それぞれの系列の変動は、物価全体と比べた当該財の価格の相対的な増減を示している。なお、相対物価の水準については、それぞれの局面ごとに基準年が異なるため、局面を超えて比較することはできないことに留意する必要がある。

灯油、ガソリン等の石油に直接関連する製品についてはどの時期においても相対価格が上昇している。ただ、第一次石油危機のときは食料や衣服では相対価格が上昇した一方、交通、光熱などは下落した後に回復している。このように第一次石油危機時には相対価格の動きは激しいものとなった。第二次石油危機時には光熱、交通の相対価格は上昇したが、食料の価格上昇は小幅であったため、相対価格では下落している。一方、今回は、石油製品を除けば顕著な相対価格の変動は見られない。概して第一次石油危機、第二次石油危機、今回と時代を経るにしたがい、その相対価格の変動幅のみならず、影響の範囲も小さくなっていることが分かる。今回においては、相対価格の変動は比較的限定されたものであったと結論できる。

なお、ガソリンと灯油の相対価格変動幅が異なるのは、ガソリン課税の影響が大きい。価格に占める税金の割合が高いガソリンは、灯油と比べると、原油価格上昇の影響が小さくなる。また、光熱費や交通の相対価格変動が第一次石油危機と第二次石油危機のケースで異なるのは、電気や都市ガス、鉄道等の公共料金の引上げ幅、そのタイミングが大きく異なったため6と考えられる。これは第一次石油危機の際には、激しい物価上昇を抑えるため、公共料金の上昇を厳しく抑制したが、第二次石油危機の際はそうした措置は取られなかったためである。

(一般物価への影響が限定的であった理由)

今回の原材料価格上昇が相当高かったことに対し、我が国において一般物価の上昇率が小さいものにとどまったのはなぜだろうか。

第一に、長期にわたるデフレ的状況を経験しており、実際の物価上昇率も低いなかでの原材料価格上昇であったため、輸入価格の上昇によって期待インフレ率が上昇し、これが賃金設定を始めとする様々な賃金物価形成に組み込まれ、更に物価が上がるといった悪循環7に陥らなかったことが挙げられる。第一次石油危機のときは、それ以前から消費者物価上昇率が高かったこともあり、物価が更に高騰する事態を招いた。第二次石油危機の際は、危機直前の物価上昇率がそれほど高くなかったことに加え、政策対応が奏功したことで、物価上昇の高まりがある程度抑えられた。今回は、2005年ごろの消費者物価上昇率が0%に近く、相当低いものであった。企業の期待インフレ率を見ても、ここ数年改善傾向にはあるものの、いまだ物価下落の継続を予想している状況である(第1-3-6図(1))。なお、消費者のインフレ期待は上昇してきたが、かつてのような春闘などを通じた賃金上昇への波及が弱まっており、実際の物価水準の上昇には結びつかなかったと思われる(第1-3-6図(2))。

第二は、石油依存度が低くなっていることである。我が国経済全体の実質原油依存度は、石油危機を契機として70年代前半をピークに大幅に低下した。また、製造業のエネルギー消費原単位をみても、同様に70年代前半以降大きく低下している。こうしたことが、過去の石油危機のときとの比較で、今回の原油価格上昇が一般物価の上昇に結びつきにくかった理由の一つであると考えられる。もっとも、90年代以降は原単位がほとんど変化していない。今回の経験を踏まえ、更なるエネルギー効率の向上に努めることが重要である(第1-3-7図)。

2 交易損失・利得と内需

これまでは、原油・原材料価格の高騰が輸入物価を通じて国内物価にどう影響したかをみた。ここでは、物価変動に伴う国内からの所得流出(あるいは国内への所得流入)の状況とその内需への影響について考えよう。

(2000年ごろから交易条件はすう勢的に悪化)

最初に、我が国が直面する交易条件の動きをみておこう。ここでいう交易条件とは、輸出財1単位と交換される輸入財の量を示しており、具体的には輸出価格÷輸入価格で計算される。したがって、輸出入における契約通貨の構成比を一定と仮定すれば、円ベース、契約通貨ベースのいずれで輸出入価格をとっても、結果として得られる交易条件の数字はおおむね一致する。

ここでは、円ベースの輸出物価、輸入物価をとり、その比である交易条件とともに図に示した(第1-3-8図)。輸入物価は、原油の輸入価格(前掲第1-3-1図)とほぼ同じ推移を示していることが分かる。ただし、仔細に比べてみると、今回の原油価格上昇局面での輸入物価の上昇は第二次石油危機のときより小さくなっている。これは、この間の石油依存度の低下を反映したものと考えられる。輸出物価は過去の石油危機のときは大きく上昇しているが、その後は緩やかな下落傾向で推移してきた。我が国の輸出品は主として高付加価値の工業製品であり、長期的にみると、その生産性を高めることで低価格化が進んだものと考えられる。もっとも、2003年以降は幾分上昇傾向となり、2007年、2008年はやや振れが目立っている。これは後述するように、為替レート変動を反映した短期的な動きの要素が大きいとみられる。

以上のような輸入物価、輸出物価の動きの結果として、交易条件は二度の石油危機で大きく低下(すなわち悪化)した後、プラザ合意後の急激な円高を受けて第二次石油危機前の水準まで戻った。その後は横ばい圏内で推移していたが、2000年ごろからはすう勢的に悪化し、特に原油・原材料価格の高騰が始まってからはその悪化テンポが速まった。

(2007年半ばからの円高で円ベース輸出物価と国内販売価格の差が大幅に拡大)

それでは、最近における輸出物価の変動は為替レートとどう関係しているのか、やや詳しくみてみよう(第1-3-9図)。まず国内企業物価を輸出物価のウェイトで集計しなおすことで、輸出品の国内販売価格を試算8した。その結果をみると、2005年から2007年まではおおむね横ばいであったが、2008年に入るといったんは上昇に転じている。これは、これまでの原油・原材料価格の上昇により輸出品の国内販売価格が上昇してきたことを示している。いうまでもなく、国内企業物価を高付加価値の工業製品が多い輸出品のウェイトで集計しなおすと、そこには石油や加工食品はほとんど含まれず、もとの国内企業物価と比べ、原油・原材料価格の影響は少なく、価格変化の影響が及ぶのも遅くなる。

こうして得られた輸出品の国内販売価格に対して、円ベースの輸出物価はほとんど連動していない。むしろ、後者は名目実効為替レートと似た動きを示している。このことから、一般に指摘されているように、例えば円高が生じても、日本企業(また、程度の差はあれどこの国の企業でも)は契約通貨ベースの価格を直ちに変更することはぜず、当面は収益が圧迫されても甘受するという行動をとっていることが確認される。逆に、円安の場合は、このような行動により短期的には収益が増加する。

今回の場合、2007年6月から2008年3月までの円高局面では、円が増価した分の16.8%のみ契約通貨ベースの輸出物価が引き上げられ(この数値は輸出パススルー率と呼ばれる)、円ベースの輸出物価は大きく下落し、企業収益を圧迫した。当該局面の後半からは契約通貨ベースで価格を引上げ、2008年4月以降の円安局面では、円ベースの輸出価格も以前の水準まで回復させている。この間の円ベースの輸出物価の上昇率と国内販売価格の上昇率との差(内外の価格上昇率の差別度合い)を、円の増価率1%当たりで示すと、2005年からの円安局面では1.0と為替の影響以外の価格上昇は見られないが、2008年3月以降は1.3を上回っており、為替の影響以上に輸出価格を上昇させている。このように日本企業は、為替減価の影響をある程度の遅れをもって取り戻しており、為替レートが円ベースの輸出価格に対して及ぼす影響は、1年、2年程度の期間でみる限り、無視しえない大きさとなることに留意が必要であろう。

(円高は交易損失の一部を軽減)

交易利得(損失)とは、輸出入価格の差によって生じる所得の変動の実質額によって表現される。このため、輸出入価格の変化の差は、まずは交易条件に現れるが、その国民所得に対する具体的な影響は交易利得(損失)の形で表現されることになる。

交易利得の前年差の動きをみると、2003年ごろから一貫してマイナスとなっており、おおむね原油・原材料価格の上昇に合わせて海外へ所得が流出していった様子が確認できる(第1-3-10図)。特に、2008年に入ってからの交易損失はGDP比の前年同期差で1.5%ポイント以上拡大しており、これが実質GDP成長率と景気の実感とのかい離の一因であることは容易に想像できる。

さて、交易損失の増大はおおむね原油・原材料価格の動きに対応しているが、為替レートの動きも影響を及ぼしているはずである。例えば、円高局面では、原油・原材料を中心に、円ベースの輸入物価が下落する。一方で、前述のようなメカニズムで円ベースの輸出物価も下落する。ただし、日本の場合、原油・原材料などの輸入はドル建て取引の比率が高く、円高の影響は輸出物価より輸入物価に対してより強く現れやすいとみられる。その結果、円高は交易条件を改善し、交易利得を増加させる方向に働く。

こうしたことを踏まえ、交易利得の増減を、為替レートの変動による部分と、その他の部分(主として契約通貨ベースの輸入物価と輸出品の国内販売価格の変動による)に分けてみよう。為替要因は、円高時には交易利得を増加させ、円安時には逆に減少させる結果となっている。特に、2008年には原油価格の円ベースでの上昇をかなりの程度緩和したとみられ、輸出物価へのマイナスの影響を加味してもなお、GDP比で1/2%以上の交易損失抑制効果があったことになる。

(国内需要と遅れて相関する「購買力」)

海外から国内への所得流入が増加すると、他の条件を一定とすれば、国民の購買力がそれだけ高まるため、それを原資とした支出の増加につながる可能性がある。所得流出の増加はその逆であり、近年の原油・原材料価格の高騰が内需の停滞の一つの要因となっていることは、こうした考え方と整合的である。しかし、交易利得と内需の関係を明確な形でとらえることは難しい。

その理由として、次の点が指摘できる。第一に、先にみたように、交易利得は原油・原材料価格の下落だけでなく、円高でも生じる。しかし円高は、契約通貨ベースの輸出物価に転嫁が進んだ段階で、輸出数量の減少という形で景気にマイナスの影響を及ぼす。また2008年の夏ごろのように貿易収支が均衡に近い場合は別として、輸出金額が輸入金額を大きく上回る場合、円高を転嫁するまでの間はネットで国全体の手取りが減少する9。第二に、購買力が高まったとしても、それが支出の増加につながるかどうかは不確実である。つながるとしても、ある程度の期間を経てそれが一時的な現象でないことが確認された後と考えるほうが自然である。

実際に交易利得がどの程度内需に関係し、どの程度の時間的遅れをもって内需を押し上げるかを調べてみよう。具体的には、2度の石油危機を含む1972年以降の期間を考え、全期間、前半(80年代まで)及び後半(90年代以降)の3とおりについて、交易利得(前年差)と民需の成長率の時差相関をとってみる(第1-3-11図(1))。まず全期間の結果をみると、最初のうちは相関がないが、時間の経過とともに相関が高まり、7~8四半期後に最大となる。しかしピークでも相関係数は0.3であり、高いとはいえない。80年代までの期間では、4~5四半期後に相関係数が0.5と最大になる。2度の石油危機のときの交易利得の大きな変化とその効果を反映しているとみられる。90年代以降は、今回を除いて交易利得の変動がそれほど大きくないため、相関はかなり低くなっている。

企業や家計の購買力を高めるのは交易利得だけではない。外生的な購買力増加の要因としては、他に輸出や公需が考えられる。そこで、前述の全期間について、これらの外生的な要因を加えた「購買力」と民需との時差相関を調べた(第1-3-11図(2))。景気対策としての公共事業がしばしば行われていた時代を含むため、公需のインパクトが大きく、かつ、発現も早い。一方、輸出のインパクトはほとんどみられない10。しかし、輸出と交易利得を合計すると、民需との相関はある程度高くなった。

上記で用いた「購買力」の動きを、民需の成長率と並べてみると、確かに1年前後のラグをもって民需が動く場合が多いことが分かる(第1-3-12図)。2度の石油危機のときは特にこれが顕著である。こうしたことを踏まえると、これまでの交易条件の悪化の影響は2009年にかけて民需へのマイナス効果となって現われ、2008年半ば以降の輸入物価の急激な下落は、ようやくそれ以降にプラス効果となって徐々に現れる可能性が高い。

(家計と企業の負担割合は支出行動に影響)

民需には個人消費や設備投資があるが、交易利得の変化は最終需要の配分にどのように影響するのだろうか。それにはまず、交易利得の変化が家計と企業の購買力を相対的にどう変化させるかを知る必要がある。交易条件の悪化に伴う海外への所得流出は、国内では基本的に家計と企業が負担せざるを得ない。この状況は、「平成20年度年次経済財政報告」で示したように、最終財一単位における物価上昇分を、賃金、利潤等、輸入物価の寄与に分けることで判明する。

その結果を改めて確認すると、以下のようになる(第1-3-13図)。まず、いずれのケースでも、輸入物価のシェアは上昇している。原油価格が高騰している以上これは不可避であり、そのしわ寄せは家計または企業、あるいはその両方に回される。第一次石油危機のときは、賃金が高騰して「狂乱物価」といわれたホームメイドインフレを引き起こした。その結果、最終財価格が上昇する中で、企業が得る利潤等のシェアが低下し、家計が受け取る賃金のシェアが大きく上昇した。第二次石油危機のときは、輸入価格上昇によるシェアが上昇しているが、企業と家計のシェアはほとんど変わっておらず、企業と家計で痛みを分かち合った形となった。今回の原油価格上昇局面においては、そもそも全体の物価が変わっていないが、第二次石油危機のときと同様、企業と家計の分担割合はほとんど変わっていない。

それでは、これらの時期において、個人消費と設備投資はどうなっていたかを、GDP成長率の寄与度分解でみてみよう(第1-3-14図)。第一次石油危機のときは、景気後退局面の間、個人消費に比べて設備投資が大きく落ち込み、また、後退局面からの脱却後も設備投資の回復が遅れた。設備投資は一般に景気循環に対応した変動が大きいことを割り引いても、企業収益へのダメージが影響した可能性が読み取れる。第二次石油危機のときは、これとは対照的に、景気後退局面に入っても設備投資は省エネ投資の拡大などを背景にプラスの伸びを保った。また景気が持ち直す段階で、牽引役となっている。今回の局面では、第二次石油危機のときと同様の負担関係であったにもかかわらず、個人消費、設備投資両方が弱くなっている。これは、過去の石油危機のときと比べ、景気拡張局面での成長率がもともと低かったこと、設備投資がキャッシュフローの範囲内で行われており、収益より需要減少の影響をより受けやすくなっていることなどが考えられる。

3 物価の先行き

本節の最後に、今後の物価がどうなるかを考える際の基本的な材料を点検しておきたい。

(コア消費者物価は当面は前年比上昇率が低下の見込み)

2008年夏以降の原油・原材料価格急落を受け、国内企業物価の下落が続いている。この効果が次第に波及することで、コア消費者物価の上昇率も前年比ベースで低下、前月比ベースでマイナスとなっている。

このようなコア消費者物価への波及は今後も当面は続くとみられる。そこで、石油製品、電気及び都市ガス代について、仮に既に実現した原油価格急落等から予想される価格で推移するとして、これらの消費者物価への寄与度について推計した。今後は石油製品のプラス寄与が剥落していくものと試算されるため、コア消費者物価の前年比伸び率は低下していくものとみられる(第1-3-15図)。

ただし、これまでのコスト上昇の消費者への転嫁が遅れた品目について、今後順次値上げが予定されるものがある。これらについては石油製品と比べれば影響が小さいとみられるが、注意が必要である。

(デフレに逆戻りするリスクに注意が必要)

こうした状況のなかで、コア物価から石油製品やその他の特殊要因等を除いた基調的な消費者物価(コアコア指数)の動きはどうなるだろうか。コアコア消費者物価は、これまで主に食料品価格の上昇を反映して緩やかに上昇してきた(第1-3-16図(1))。国内企業物価に含まれる加工食品の価格をみると、2008年秋に至ってもなお前月比で上昇を続けている。今後、この動きがコアコア消費者物価に時間をかけて波及していくことが予想される。したがって、当面、コアコア消費者物価は前月比で持続的な下落に転ずるとは考えにくい。

次に、やや長いスパンで今後の物価の基調を占うため、幾つかの関連指標を点検してみよう(第1-3-16図(2)(3)(4))。ホームメイドインフレの度合いを示すGDPデフレーターは、原油・原材料を中心とする輸入物価の上昇によって2008年前半は前年比大幅なマイナスとなり、7-9月期にも大幅マイナス圏で推移している。マクロ的な引き締まり状況(需給ギャップ)を示すGDPギャップは改善傾向で推移してきたが、景気が弱まるなかで2008年4-6月期から悪化に転じている。一単位の財やサービスを生産するのに必要な労働コストである単位労働費用は前年比ベースでおおむね横ばいとなっており、7-9月期も若干上昇したもののおおむね横ばいの動きとなった。このように物価の基調に関連する主な指標をみると、現状では押上げ、押下げの両方の動きが混在している。

なお、国際通貨基金(IMF)は物価の先行きを占う手段として、「デフレリスク指数」を提案している。これは物価指数、需給ギャップ、株価、銀行貸出などの関連指標を平均し、デフレに陥る可能性を指数化したものであり、数値が大きいほうが先行きデフレに陥るリスクが高いとされる。我が国について、この指標を作成すると、2003年から2007年まで低下基調で推移してきた(第1-3-17図)。ただ、2008年について、一定の仮定の下に試算をすると、依然低い水準ではあるが、若干上昇することが見込まれる。

2008年後半になって、景気を取り巻く状況は急速に変化しつつある。景気後退のテンポが更に速まり、長期化するような場合、需給ギャップの悪化などから基調的に物価が下押しされる可能性もある。今後は、持続的な物価下落、すなわちデフレに逆戻りするリスクにも目を配りながら、物価の動向を注視していく必要がある。

コラム1-1 公共料金と物価

公共料金とは、国会、政府や地方公共団体がその価格水準の決定や改定に直接関わっているものをいう。公共料金が一般の家計支出に占める割合は約2割であり、公共料金の動向は我が国の物価水準にも相当の影響を持っている。

2008年夏ごろまで続いた原材料価格の高騰を受けて、電気料金、ガス料金、航空運賃など、主要な公共料金が2008年度内に引き上げられている。2009年1-3月期には、電気料金については燃料費調整制度により、更なる引上げが予定されている。我が国一般物価の先行きを見通すうえで、公的関与の性格上、通常の物価と異なるタイミングで変化するということも踏まえ、公共料金の動向についても注意深く見る必要がある(コラム図1-1)。

今般の原材料高の中で、電気における燃料費調整制度など、燃料等の価格の変動に合わせて自動的に料金を調整する制度が注目された。燃料費調整制度とは、電力会社の効率化努力をより分かりやすくするとともに、燃料費(原油、LNG、石炭の輸入価格)の変動をすばやく料金に反映させるため、燃料費の変動に応じて料金が自動的に増減されるものである(1996年より導入)。具体的には、貿易統計により公表される燃料の輸入価格(円ベース)の平均値に基づき、原則として四半期ごとに、2四半期遅れで料金に反映されており、原油価格が下落した後にもこうしたスキームによる電気料金の引上げが予定されている。ただし、政府は、「生活対策(2008年10月)」の中に「電気・ガス料金に関し、現下の経済状況や国民生活への影響等を十分踏まえ、2009年1-3月期の値上げ幅の圧縮・平準化を電力・ガス会社に要請」することを盛り込み、これにより値上げ幅の圧縮・平準化が行われることになった。

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