第3節 金融機関の基礎体力とリスクへの備え

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第3節 金融機関の基礎体力とリスクへの備え

2007年夏に生じた株価の大幅下落は、我が国金融資本市場への米国発のサブプライム住宅ローン問題の影響の大きさを示す顕著な例となった。同問題の我が国への直接の影響は、これまで軽微であるとの指摘がある一方で、問題自体の実態や波及メカニズムが今なお不明な部分もある。ここでは、我が国金融機関の基礎体力を点検するとともに、サブプライム住宅ローン問題を契機に関心が高まってきたリスク対応力の分析を行う。

(不良債権比率は低下し自己資本比率が高まるなど銀行のリスク対応は改善傾向)

米国のサブプライム住宅ローン問題が我が国にもたらす影響を考える際、90年代前半のバブル崩壊や2000年代前半の金融危機など過去の情勢と比較されることがある。そこで、特にデータの利用可能な範囲で金融機関のリスク対応力を調べると、まず、銀行の不良債権残高及びその総与信に対する比率(不良債権比率)は、2001年後半から2002年にかけて大幅に高まったが、その後は急速に低下してきた(第2-3-1図(1))。不良債権比率が上昇し始めた当時、2001年4月の「緊急経済対策」において、不良債権処理問題が取り組むべき課題として取り上げられているが、特に問題が大きくクローズアップされた2002年10月には、「改革加速のための総合対応策」の中の「金融再生プログラム」として、「不良債権処理の加速策」が盛り込まれた。「金融再生プログラム」においては、2004年度までに「主要行の不良債権比率を現状の半分程度に低下させ、問題の正常化を図るとともに、より強固な金融システムの構築を目指す」とされ、主要行の資産査定の厳格化、自己資本の充実、ガバナンスの強化などがなされることとなった。

こうした施策の実施及び金融機関における取組の結果、2004年9月には、主要行の不良債権比率28が8.4%(2002年3月期末)から4.7%にまで低下し、当初予定より前倒しで目標を達成した。主要行のみならず、地銀においても不良債権処理のための取組が行われ、水準は主要行に比べ相対的に高く改善のテンポは緩やかなものの、改善が続いている。

不良債権比率が低下する一方で、自己資本の充実もみられる。データの入手可能な2002年以降の各銀行の総資本に占める自己資本の比率(リスク・アセット・レシオ)をみると、2003年に低下したもののその後は、国の公的資金注入の効果もあって順調に上昇している(第2-3-1図(2))。主要行ほどではないが、地域銀行においても着実な改善がみられ、BIS規制で国際業務を行うために必要とされる最低基準の8%を達成していることが分かる29。このように、総じてみれば金融機関の基礎体力は強化されているといえる。

(銀行の貸出リスク担保のあり方も変化し、不動産中心から保証や信用が中心に)

銀行の資金供与にあたってのリスクを考える上で、担保の設定は重要になる。バブル期においては、不動産担保が急速に増加し154兆円にも達していたが、その後、地価の下落を背景に減少し、2006年度には約半分の73兆円となっている(第2-3-2図)。それに代わって、中小企業向け対策等の効果もあって伸びてきたのが「保証」や「信用」であり、両者の割合は8割近くに達している。ここでいう「保証」とは、担保は取らないが保証30を付けることを前提とするものであり、1997年度まで増加している。ただし、このところはほぼ横ばいないし緩やかな減少がみられ、2004年度以降は「信用」が顕著に増加している。「信用」とは、担保も保証も付けず、借り手の財務情報などにより貸倒リスクを算出するスコアリングモデルなど定量的なリスク評価に基づいて貸出を行うものであり、審査期間も大幅に短縮された。こうした「信用」による貸出は、2006年度には全体の40%以上を占めるに至り、担保や保証に過度に依存しない融資への動きが引き続きみられている。また、特定の事業を対象に融資し、返済は原則当該事業からの収益に基づくノンリコースローンの活用も注目されている。

(銀行でのリスク対応のための取組)

銀行は、リスク対応力の強化に向けた取組を進める一環として、ALM(Asset Liability Management:資産負債管理)の手法を取り入れている。現在、規模、組織形態等を問わず、ほぼ全ての金融機関において、こうした手法を行う専担組織が設置されている31。こうした組織(通常、ALM委員会と呼ばれる)の特徴は、第一に、市場性資産の運用と運用資産のリスク管理を行うそれぞれ独立した組織があること、第二に、経営トップや担当役員がリスクを評価・判断する仕組みとなっていることである。ALMは、銀行の経営上、一定の期間での資金収支ベース損益である「期間損益」と前述した「自己資本比率」を最も重要な指標として位置付け、それらの指標に基づきリスクに関する経営判断を行うものである。その基本的なプロセスは、以下のとおりである32

  • 1) 金利をはじめとするマクロ経済予測シナリオ、市場動向シナリオの想定
       ファンダメンタルズや市場環境(日米欧の金利の動向、為替(円ドル、円ユーロ)、日本やアメリカの株価の動向等)を含め、経済・市場動向に影響を与える可能性のある国内外の指標の先行きの検討を行い、複数のシナリオを策定する(例えば、短期と長期のイールドカーブのシナリオなど)。
  • 2) 基本方針の策定
       資金繰りなどに関する基本的な方針を策定する。特に、市場からの調達や預金による調達といった資金調達全般に関する方針を策定する。
  • 3) 期間損益・自己資本比率の影響度合いの検証
       1)の段階で設定したシナリオごとに、期間損益、株式含み益とその自己資本比率への影響の試算を行い、株式売却計画も策定する。さらに、2)で策定した基本計画が遂行されているかを検証する。具体的には、債券等のリスク性資産の時価による評価損益を随時チェックし、期間損益や自己資本比率に与える影響をシミュレーションする。
  • 4) アクション・プランの検討及び策定
       3)で計算された期間損益及び自己資本比率への影響を勘案し、実行すべきオペレーションに関するアクション・プランを検討し策定する。
  • 5) リスク限度枠遵守の把握
       経営体力に見合った適切な水準かどうかを把握し、リスク量の確認を行う。すなわち、取ることの出来るリスクの上限を資産別に設定し、上限を上回りそうな状況が生じた場合、経営トップの判断を仰ぐ。VaR(Value at Risk:リスク資産の評価)の手法を活用し、予想最大可能損失額を見積もる。

こうしたリスク評価を定期的に開催されるALM委員会において行うことで、各銀行は自らのバランスシートの会計構造上の変化の可能性を検証している。すなわち、保有する資産・負債の割合と金利シナリオごとの変化を様々に考慮することで、期間損益及び自己資本比率への影響を明示的に把握し、戦略的に活用することができるようになる。

(ALM手法に基づくシミュレーションによりリスク管理上の留意点が明確化)

ALMの手法に基づき、一例として、簡単な仮定を置いてシミュレーションを行ってみよう。2006年度末のイールドカーブから算出されるインプライドフォワードレートに沿って金利が変化するケースをメインシナリオ(以下、シナリオ1)とし、「日本経済の進路と戦略について」33の内閣府参考試算(以下「進路と戦略」)における「経済成長移行シナリオ」の長期金利の水準まで2006年度末のインプライドフォワードレートがパラレルにシフトするケース(以下、シナリオ2)をリスクシナリオとして想定する。都銀、地銀それぞれの統合データを用いて、預金、貸出、預け金、借入金の残高が2006年度のままで一定とし34、損益計算書上で、預金利息、貸出金利息、預け金利息、借入金利息の金利水準の変化による変動のみを対象とする(有価証券保有については、国債の残存期間等の保有資産の詳細がマクロデータからは明らかではないため、ここでは除外する)。その上で、銀行の資金運用収益、資金調達費用、及び資金運用収益から資金調達費用を差し引いて得られる期間損益が、金利水準の変化によってどのように変動するのかを検討する。

試算結果35によると、シナリオ1では、2007年度には、預金金利の上昇率が貸出金利の上昇率よりも高く、預金利息の支払いの増加幅が貸出利息収入の増加幅を上回る。このため、資金調達費用の増加が資金運用収益の増加を上回り、期間損益は減少することになる。2008年度になると、預金金利の上昇率が低下することから、預金利息支払の増加幅がやや縮小する。このため、資金調達費用の増加幅が縮小し、期間損益の減少幅は縮小する。2009年度には、預金金利の上昇率がさらに低下することから、預金利息支払の増加幅が一層縮小する。このため、期間損益の減少幅は縮小する。

シナリオ2では、2007年度には預金利息が大きく上昇し、やはり預金利息支払いの増加幅が貸出金利息収入を上回る。このため、資金調達費用の増加が資金運用収益の増加を上回り、期間損益は減少する。2008年度には、3ヶ月物金利が上昇することにより、貸出金利の上昇率が高まる一方、預金利息の上昇率は縮小し、貸出金利息収入の増加幅が拡大する。このため、資金運用収益が増加し、期間損益の縮小幅は縮小する。2009年度には、貸出金利息の上昇率が高まる一方で、預金利息の上昇率が低下する。このため、資金運用収益の増加幅が資金調達費用の増加幅を上回り、期間損益が増加する。

ただし、今後貸出が伸び悩み、預貸率が低下すれば、資金調達費用の増加が資金運用収益の増加を上回ることにつながり、収益や自己資本を悪化させる可能性がある。他方で、今後貸出が増加すれば、収益や自己資本の改善が期待できる。また、預金、とりわけ流動性預金が増加した場合、調達コストの高い市場性調達が減少し、全体の資金調達費用が抑えられる可能性もある。さらに、金利水準や金融市場の動向、銀行が保有する有価証券のポートフォリオによって、有価証券の評価損益や利息配当金も大きく変わりうるので、それらが期間損益や自己資本に与える影響にも注意する必要がある。

以上の通り、ALMを活用し、様々なシミュレーションを行うことによってリスクを定量的に把握することができ、それが経営の安定に資することになると考えられる。

(銀行の収益率の改善とともにフィー・ビジネスへの移行も進展)

我が国の銀行は、これまで海外の金融機関に比べて収益性やビジネスモデルにおいて見劣りするとの指摘がなされてきた36。実際、OECDのデータに基づく国際比較でみると、2003年時点までの主要行ベースで、経常利益の総資産に対する割合(ROA)は、我が国銀行が0.47%であるのに対し、欧米では軒並み0.5%を超え、アメリカに至っては2.5%を超えている37。また、フィー(手数料)・ビジネスへの移行が進んでおらず、非金利収入比率も低いものとなっており、我が国銀行では同比率が11.8%であるのに対し、ドイツで27%であるものの、アメリカ、英国、フランスでは全て40%を超えている3839

第2-3-3図

ただしこうした数値はやや古く、また2003年という我が国の金融市場にとってもは厳しい状況下に置かれていた時期と重なっている点に留意する必要がある。そうした点を考慮すれば、様子が変わっている可能性もある。そこで、我が国の個別の銀行の財務諸表から最近時点での指標をみると、1990年代後半以降の各種規制緩和もあって40、2006年度までに業務粗利益(債券関係損益を除く)に対するフィー・ビジネスの高まりを示す役務純利益比率が相当程度上昇してきていることが分かる(第2-3-4図(1))。また、都銀等と比較し、非資金利益の比率が低いとされる地銀・第二地銀においては、個別行によってばらつきがみられる。ROA(税引前当期純利益ベース)については、近年の我が国の景気回復の長期化により、銀行部門の体力強化が図られたことから、都銀でも地銀・第二地銀でも上昇している。ここで、1997年度及び2001年度では、多くの銀行でROAがマイナスになっているが、これは銀行の不良債権処理に伴い多額の信用コストが発生したためと考えられる。そのため、信用コストを控除した上でROAをみると、ROAのばらつきは縮小する。ただし、フィー・ビジネスへの移行とROAの改善との間に明確な相関があるとまではいえない(第2-3-4図(2))。

しかしながら、今後我が国銀行が海外の金融機関との競争していく中で、安定した収益性向上を目指すためには、景気動向や企業倒産などに大きく影響される貸出業務の金利収入に依存するのではなく、収益源の多様化を図っていく必要がある。その一つの手段として、投資信託や保険等の窓販商品の取り扱い拡大などの非金利収益を強化していくことが求められているところである。

(銀行のバランスシート上の株式割合は過去に比べ低い水準)

株価の下落は、株式を多く保有する銀行によってそのリスク管理が適切になされない場合、銀行のバランスシートを毀損させることを通じ、我が国経済に大きな影響を及ぼしうる。そうした銀行の株式保有リスクを評価するために、銀行の金融資産に占める株式の割合をみると、1988年の10.7%をピークに、その後はおおむね低下傾向で推移し、最近では4%前後と歴史的に低い水準となっている(第2-3-5図(1))。特に、銀行の株式保有の制限に関する法律が施行された影響などもあり、2000年頃に急速に低下した41。その過程では、各金融機関における財務体質悪化を受けた株式保有リスク管理強化の流れの中で、株式の持合いを解消する動きがあったとされる4243。こうして、各銀行は株価の変動に対する脆弱性を解消していった。

そこで、ここでは実際どの程度の株価下落があった場合に銀行の株式評価損が出るのかを定量的に把握しよう。具体的には、主要行6グループを対象に、それぞれの株式取得原価を損益分岐の基準として、保有株式の時価がTOPIXと同様の動きを持つものと仮定した上で、バランスシートへの影響を考える。その結果、評価損益がゼロとなるTOPIXの水準は、2003年以降、おおむね930ポイント程度で安定している(第2-3-5図(2))。過去、評価損益は2003年3月末期まではマイナス(評価損)であったが、その後はTOPIXの上昇により損益評価ゼロの水準との差が開き、大きくプラス(評価益)となっていることが分かる。この結果からは、株価のかなり大幅な下落がない限りは、財務体質に現時点で重大な影響を与えることにはならないことが示唆される。

以上みたとおり、総じて銀行部門のリスク対応力については、必ずしも株価変動の影響を受けないわけではないが、方向性としては改善に向かっている。ただし、機関ごとの体力差もあり、サブプライム住宅ローン問題を背景とした金融資本市場の変動の影響には注意が必要である。

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