経済白書のポイント 平成6年版(平成6年7月26日)

平成6年度年次経済報告~厳しい調整を越えて新たなフロンティアへ~

平成6年7月
経済企画庁調査局

第1章 93年度の日本経済

93年度の日本経済を振り返ると、93年初から春先にかけてみられた一部の回復の動きが経済全体に拡がるには至らず、その後も景気の後退が続くこととなった。このようにダウンサイドリスクが表面化したのは、経済全体にストック調整とバブルの崩壊という二重の景気後退圧力が残り続けるなかで、夏にかけて急速な円高が進行するなど予想し難い外生的な要因が景気にマイナスに作用したためである。こうして景気の低迷が続くなかで、鉱工業生産は停滞傾向を続け、企業の雇用調整も次第に厳しさを増すこととなった。

94年に入ってからは、総じて低迷する日本経済の中にも、一部に明るい動きがみられるようになってきている。為替レートの動向やバランスシート調整の遅れなどによりダウンサイドリスクを再び表面化させることのないよう十分注意を払いながら、適切かつ機動的な経済運営に努めることにより、現在みられる明るい芽を育てていけば、今後景気を回復軌道に乗せていくことは十分可能であろう。

第2章 景気後退の特徴点と長期化の背景

今回の景気後退は、その期間の長さ、落ち込みの深さといった「景気の厳しさ」の点でみて、戦後有数の景気後退となった。

これほど景気後退が厳しいものとなったのには、二つの理由がある。その第一は、循環的な側面から企業設備、家計の耐久消費財のストック調整が長期化していることである。家計の耐久消費財については、バブル期に買換えが集中したこともあって、乗用車を中心に大きなストック調整の動きがみられた。また、企業設備のストック調整もかなり長期化しているが、これは、稼働率の低下が続くなかで、製造業のストック調整が長引いていることに加え、今回は、通常の景気後退期には設備投資の下支え役を果たす非製造業についても、さらには機械設備分野に加えて建設分野の投資についてもストック調整の動きが生じたことによる。

第二は、バブル崩壊の後遺症が続いていることである。この後遺症としては二つを指摘することができる。その一つは、バランスシート調整である。悪化したバランスシートを調整する過程で経済全体のリスク許容力が低下し、企業では投資行動を抑制し、金融機関の貸出しも低迷したものと考えられる。もう一つは、オフィスビルの需給バランスの悪化である。バブルが崩壊し、オフィススペースへの需要が減少しているなかで供給圧力として作用しており、建築投資を抑制している。

また、今回の景気後退過程の大きな特徴の一つは、ディスインフレーションの進展である。実体経済に及ぼす影響には、企業の交易条件の改善や家計での実質所得の下支えといったプラスの面ばかりでなく、短期的には、企業における実質負債残高の増加や企業マインドの悪化という効果が考えられる。景気後退の長期化の中で、企業にとってディスインフレの過程は厳しいものになるという面があるが、消費スタイルの新しい姿や新たな流通の担い手など、厳しい調整過程を抜け出していく萌芽もみられ、こうした過程を経て、実質購買力の増加が可能となり、景気回復の契機となる最終需要の持ち直しにつながっていくことが期待されている。

第3章 景気後退下での日本経済の長期的課題

景気後退が長期化する中で、日本経済の長期的・構造的な課題が強く意識されるようになってきている。景気の停滞の中で、隠されていた構造的な課題が明確になり、危機意識が強まるなかで、新たな適応のための真剣な努力が芽生えるということに重要な意味がある。

93年度において浮かび上がってきた日本経済の長期的課題としては、次のようなものがある。第一は、日本経済を世界経済の発展と調和した姿にしていくことである。近年の空洞化への懸念、内外価格差の拡大などの問題は、日本経済が対外的な側面で長期的に乗り越えるべきハードルを示している。第二は、従来型の日本の経済システム、制度などの枠組みを新たな時代の要請に合ったものに変革していくことである。いわゆる日本的な雇用システムについては、高齢化の進展、グローバル化の進展、国民の価値観の変化などの新しい変化に対応できるようなシステムを構築していくことが求められている。また、規制緩和には、(1)企業のビジネス・チャンスを拡大させ、消費者の選択の範囲を拡大させることによって、内需の拡大に寄与すること、(2)低生産性部門に競争原理を導入することによる内外価格差の是正に貢献すること、(3)国際的な観点からの透明性の確保などをもたらすこと、などの役割が期待されている。既得権益化した不必要な規制を見直していくことは、消費者の品質・価格面での選択の幅を広げるとともに、非生産的な活動に振り向けられていた資源をより生産的な活動に向かわせ、経済の効率化をもたらすことになる。第三は、長期的に日本経済の成長力、生産性を高めていくことである。潜在成長力の維持に関しては、その鍵を握るのは技術革新であり、その技術革新を生み出す源泉は企業による研究開発や人的資本への投資である。それが日本経済の新たなフロンティアの開拓につながっていくものと考えられる。また、新たなリーディング産業については、個々の産業が技術革新等への努力を積み重ねることで、結果的に生まれてくるものと考えるべきであろう。

むすび

近年の日本経済が経験してきた調整過程は、その調整過程が進行している間は厳しい対応を迫られるが、それは、その後に続く新しい日本経済の姿を生むための準備期間だといえる。短・中期的な景気問題に対しては、機動的な財政金融政策の運営によって、ダウンサイドリスクの表面化に配慮しつつ、景気を一刻も早く本格的な回復軌道に乗せるよう努力する一方で、長期的な課題に対しては、厳しい調整過程の中で強まってきた危機意識を前向きに生かして、景気のいかんにかかわらず、規制緩和などの構造改革を推進していくことが必要である。