平成11年度

年次経済報告

経済再生への挑戦

平成11年7月

経済企画庁


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第3章 新しいリスク秩序の構築に向けて

第3節 これまでのリスク処理機能

(低かったリスクとリターンの対応)

リスクを伴う行動がなされるために必要なことは,リスクが小さいことではなく,リスクが十分に分散されていることと,リスクに見合ったリターンが見込まれていることである。まず,リターンとの関係を見てみよう。我が国では,前述のような暗黙のリスク負担ルールがあったためリスクに見合ったリターンが成立していなかった可能性がある。例えば,企業の信用リスクに見合った貸出金利になっていなかったり,ジャンク債市場が成立しなかった。

この背景には,主たる資金供給者であった銀行が,前述のように含み益をバッファーに不動産を担保にした貸出に安住してきたために,企業や事業のリスクを審査し,それに応じたリターンを設定してこなかったり,また社債についても発行企業が倒産しても受託銀行が買い取るのが慣行になっていたこと等が影響していると考えられる。

我が国では,97年末の一連の金融破綻以降,信用リスクの高まりを反映して社債と国債の利回り格差は拡大し,社債間でも格付けによって利回り格差は広がった。トリプルB格とトリプルA格の社債の利回り格差の推移をみると,97年末を境に上方にレベルシフトが起っている。通常,97年末以降,信用リスクの高まりを過度に意識するようになったために利回り格差が拡大したと解釈されることが多いが,果たしてそれだけであろうか。

97年末の一連の金融破綻や企業の大型倒産の中で,信用リスクがそれまで以上に意識されるようになったのは事実である。しかし,それ以前は,前述のように,社債であっても,デフォルト時には受託会社が買い取るという暗黙のルールがあり,一応守られていた(1)。信用リスクを反映した利回り(リターン)が実現していなかったとも考えられる。

上記の利回り格差を,アメリカにおけるトリプルB格とトリプルA格の社債の利回り格差(95年~99年3月までの平均)と比較すると,97年末以降はアメリカのそれを上回っているが,それ以前は下回っていた(2)(第3-3-1図)。

これまでデフォルトしても受託銀行が買い取ったりしていたために,企業の信用リスクとリターンの組合せが形成されていなかった可能性があり,97年末以降,リスクに見合ったリターンが提示されるようになったとも評価できる。

ジャパンプレミアムは,社債の利回り格差と同様97年末に急激に拡大した。

その後,ジャパンプレミアムについては,各種の金融システム安定化策がとられ,今春には公的資金の投入が実施されたこともあり,ほぼ解消したが,社債の利回り格差は,足元拡大が止まり,やや縮少する傾向にあるものの,大きな変化はみられない。

このように,金融システム不安がほぼ解消しジャパンプレミアムが解消する一方で,社債の利回り格差が目立って縮小しないのは,リスクに見合ったリターンが形成されるようになったとの評価も可能である。

(リスク分散の遅れ)

次にリスクがどのように分散・管理されてきたかをみてみよう。

我が国の機関投資家は,ジャンク債等格の低い金融資産への投資が極端に少ないといわれる。アメリカでは,例えば,ハゲタカファンドといった機関投資家がリスクテイカーとして不良不動産を購入したことが,金融機関のバランスシート改善に寄与したとの指摘がある(3)。我が国の機関投資家では,運用対象の選定にあたって,ポートフォリオ全体で判断するというよりも,例えば「トリプルB格以下は投資対象とせず」といったように一定の格付け以上でないと投資しないという方針をとっているところが多いといわれている。

一方,銀行は,機関投資家に比べ,より信用度の低い相手にも融資を行ってきたが,個別融資の担保以外の側面についてのリスクを十分に把握せず,貸出全体のリスクの把握や分散化について著しく遅れることになった。結果として,貸出のリスクが,地価という一つの変数に大きく左右される危険な貸出構造になった。

このように,我が国の金融部門のリスク分散の機能が大きく立ち後れた背景には,①横並び的行動がみられ,強い規制があった中で,運用成績に関する競争が激しくなかった,②情報開示の進展やリスク評価能力の発達が遅れた,③土地担保の過信と偏重,④貸し倒れ損失が発生しても株式含み益の取り崩しで対応できた,といったことがあったと考えられる。

(発達の遅れた社債市場)

企業にとって社債による資金調達は潜在的には銀行借入に代替し得る有力な資金調達手段である。しかし95年までの東京における国内債の発行は,適債基準と財務制限条項のルールの二つのタイプの規制を受けていた。適債基準とは,無担保社債の発行条件として一定以上の格付けの取得を課すものであり,財務制限条項ルールとは,無担保社債の元利金支払いを確実にするために,担保設定や純資産,利益等の財務内容について,一定の制限をつけるものである。こうした規制は,代替的な資金調達手段の拡大を結果的に制限することによって,企業の資金調達において銀行に依存せざるを得ないような条件を維持する一つの要因となったと考えられる(4)。

社債市場で資金調達を行なおうとする企業の資格を,投資家が企業の信用リスクを意識しなくても済むほどに安全な者に制限する規制が存在した。こうした規制の下では,投資家保護のために導入されたはずの規制が,長期的には資本市場のリスク評価機能の発展を阻害する要因として働いた。また,投資家からしてみれば,ハイリスク・ハイリターン,ミドルリスク・ミドルリターン投資の手段を制限されることになった。

これまでは,信用力の低い企業は,規制や慣行に加え,社債発行に伴うコスト面の要因もあり,社債市場を利用しにくい環境にあった。また,現状においても,社債依存度を,アメリカ企業と我が国の企業と比較すると,平均すれば我が国の方が低いが,自己資本比率が低い企業での社債依存度における違いの方が相対的に大きい(第3-3-2図)。


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