平成11年度

年次経済報告

経済再生への挑戦

平成11年7月

経済企画庁


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第2章 リストラの背景と実態

第4節 いわゆる過剰設備

1 過剰設備の実態

近年,景気の大幅な落ち込みの結果,雇用だけでなく設備についても過剰感が高まっている。近年の資本係数の推移などを見ても,トレンドを大きく上回って上昇している動きを見せており,大幅な過剰設備の存在についての議論がなされている。

このため,資本設備面についても過剰な設備を調整するために設備廃棄などの措置が必要との認識がみられている。ここでは,こうした過剰設備の実態について概観するとともに,過剰設備に合わせた対応策の効果について考えることにする。

(需給ギャップからみた過剰設備)

過剰設備の大きさを多角的に考察してみよう。まず,現在稼動していない設備,という趣旨では,資本と労働の稼働率が同じとの前提をおきつつ需給ギャップから試算することができる(前掲第1-7-1図)。これによると平均的な稼動状況に比べて98年末の稼動設備は約35兆円(資本ストックの3.3%,90年価格,以下同じ)少ないものと推計される(第2-4-1図)。この動きで注目されるのは,設備投資が回復期にあった95,96年については比較的稼動状況が良く,その後の景気後退に伴って大幅に過剰ストックが増加している点である。こうしたことから,マクロ的には95,96年頃に,いったんは資本設備の供給と需要はほぼ一致していたものと考えられ,その後の急激な景気の落ち込みが設備の過剰度合いを高めているものと考えられる。

(企業からみた過剰設備)

上記の方法で求められる過剰資本ストックは,現在の稼働率が過去の平均的な稼働率を下回る程度を資本ストック量に変換したものであるが,過去の平均的な稼動状況に戻るだけでは企業は設備過剰感が残ると考えられるし,設備が過剰であるかどうかは現在の需要だけでなく将来の需要の予想や相対価格などの状況にも左右されると考えられる。そこでこのような要因を加味して別の方法で企業の設備過剰感に対応する設備の量をおおまかに推計してみると,設備過剰感に対応する部分は98年末に約41兆円となった。今後過剰設備がどの程度解消されていくかは,今後の成長率と期待成長率及び設備投資の動きに左右されるが,この傾向的に上昇している資本係数など過去の実績にもとづいた推計式を用いて,仮に99年以降3年間の成長率が0.8%で(1),将来の期待成長率も同様であるとすれば,設備投資が年率マイナス5.5%程度で推移すると,3年後には過剰設備感が最近の谷(97年6月の水準)程度の水準に低下することになる。また今後3年間の成長率と3年後の期待成長率が仮に2%と安定的に推移する場合には,3年後の設備過剰感が同じ水準に低下するための設備投資の伸びは年率7.1%程度となり,高い伸びで推移する結果となった。いずれにせよ,後述の通り,産業毎に設備の過不足の状況は異なっており,特に,今後成長が見込まれる産業分野においては,より前向きな設備投資が必要となろう。

なお,80年代後半は設備過剰感に対応した過剰設備の量がGDPギャップで測ったものを大きく上回っていた。このかい離の一つの理由は,現実の経済成長率が期待成長率を上回っていたことである。すなわち,企業は将来の需要を控えめに想定しつつ設備過剰感をもっていたが,現実には予想以上の成長が実現しGDPギャップは小幅にとどまってきた。しかしバブル崩壊以降においては,期待成長率が低下傾向にあるものの,現実の経済成長率は更に低調に推移したため,企業が感じる設備過剰感と実際の需給ギャップとの差が縮まっている。

(除却や資本の経過年数の動き)

次に,過剰設備の現状について,設備の除却,ビンテージなどの観点からみてみよう。

まず,除却率(純除却額/資本ストック)をみると,足元は低い水準となっている(第2-4-2図)。これは企業が,設備過剰感を高める中で設備投資を,抑制しており,設備の保有年数を長期化させていることによるものである。

このように新規の設備投資が伸びない中で,除却率も低下しているため,設備が老朽化している。設備のビンテージ(設備の平均的な経過年数)の推移をみると,80年代おおむね横ばいであったのが,90年代に入って上昇している(第2-4-3図)。一般的に設備の新鋭度が高まるほど設備の生産性は高いと考えられることから,近年は設備の老朽化に伴って生産性の低下や新たな技術を導入するスピードが低下している可能性がある。

(生産能力は増大していない資本ストック)

製造業の生産能力指数(通産省)は90年代を通じてほとんど上昇がみられていないにもかかわらず(第2-4-4図),製造業の資本ストックは堅調に伸びている。

また,製造業の生産も90年代は数量ベースではほとんど伸びていない中で,国民経済計算の製造業の実質国内総生産は上昇している。こうしたことから,資本係数(2)に表れているような大幅なトレンドからのかい離ほどには現実の資本設備の過剰度は高くない可能性がある。

こうした数量ベースと付加価値ベースの動向のかい離の原因をみるために,設備投資のうちどの程度が生産能力につながる投資を行なっているかについてみてみると,製造業の設備投資動機の推移では,生産能力増に直接つながる能力増強投資の割合は90年代やや低下している(3)。

一方,企業が80年代後半以降の円高局面に入ってからの製品輸入の増大に伴って,国内生産における製品高度化の動きを強めているとみられ,こうした製品高度化が資本係数の上昇に寄与している可能性がある。

(過剰設備存在下で実施される設備投資)

過剰設備が存在しているにもかかわらず,企業は引き続き設備投資を実施しており,この結果資本ストックは年率4%前後のペースで伸びている。この要因としては,業種別にみたばらつきが考えられる。後述のとおり,より過剰設備が積みあがっているとみられる装置型産業では,設備投資のマイナス幅が大きく,中でも鉄鋼業では設備投資が回復していた95年や96年でもマイナスを記録している。このように財・サービス別の需要の伸びが一様でないことが,業種間で設備の過剰感や投資動向にばらつきをもたらし,経済全体としては過剰設備が存在する一方で設備投資も行われるといったことがみられている。ただし,設備過剰感の高い産業が設備投資を控えているかというと,必ずしもそうではなく,設備過剰感との相関は,設備投資行動<需給判断<雇用判断の順序で大きくなる。このことは,設備過剰と雇用過剰とがコインの両面の関係にあることを示唆している(第2-4-5図)。

また,個々の企業においても過剰設備が存在する下で設備投資を行っている要因としては,企業の競争力をグローバルな競争の下で維持していくために必要不可欠な投資が存在していることが考えられる。設備の年齢が上昇し陳腐化が進むと,設備に体化した技術進歩の取り込みや情報化対応などに遅れるので,競争力の維持のためにある程度の設備投資の実施を続ける必要がある。

以上を総合すると,90年代の企業は最適な資本ストックを達成するため,需要の落ち込みに合わせて新規の設備投資を抑える一方で,将来の成長可能性に合わせて設備の能力を低下させないように,既存の設備の除却も抑制する形で対応してきた。ところが,需要の落ち込みに加えて将来の成長可能性も薄らいでくると,仮に既存の設備の除却を進めずに新規の設備投資を抑制する場合,資本設備の老朽化が進み,これに伴って企業の生産性が低下する懸念がある。

また,今後需要増が見込めなくなった製品の生産設備は,将来にわたっても余剰となるため,そうした設備の維持に伴うさまざまなコストが企業の収支を圧迫することになる。こうしたことから,資本ストックの調整を新規の設備投資による調整のみならず既存の資本ストックの除却による調整も合わせて行う必要が出てきているのが現局面の特徴である。

2 業種別にみた過剰設備

以上にみたように企業からみたマクロ的な過剰設備は全体の資本設備に対して3%程度にとどまっているとみられるが,個別の企業や業種によっては大幅な過剰設備を抱えている可能性がある。ここでは,特に業種ごとにどのような差が生じているのかという点について概観することにする。

(装置型業種で高まる設備の老朽化)

まず資本の平均年齢について製造業の素材業種と加工業種を比較すると83年には業種間格差はなく9年程度であったのが,その後素材業種の設備老朽化が進み業種間の格差が拡大している。この結果97年では加工業種は9年をやや上回る程度にとどまっているのに対して,素材業種は12年程度となっている(前掲第2-4-3図)。業種別にみると,製造業のうち鉄鋼業,金属製品,食料品,化学工業,紙パルプといった業種がとりわけ高くなっており,食料品を除くと装置型業種に集中している。また,日銀短観で生産設備判断D.I.をみると,製造業平均では30にとどまっている設備過剰感が,鉄鋼業がとりわけ高く55になっている。鉄鋼業は景気の山であった97年第1四半期においても18と製造業平均の8を大きく上回っており,鉄鋼業では景気後退局面に入る前から設備過剰感が高かったことがうかがわれる。その一方で,生産能力指数の動きをみると,80年代には加工業種が大幅に伸び,素材業種は低下してきたのが,90年代に入るといずれの業種についてもおおむね横ばいで推移している。特に,設備の過剰感の強い素材業種について生産能力が80年代のトレンドよりも上方にシフトしており,鉄鋼など一部業種においてはむしろ上昇している点は注目される(前掲第2-4-4図)。需要が低迷している90年代にトレンドが変わっている要因としては,バブル期の高い成長見通しの下で行われた投資が生産能力となるまでに時間がかかり,この間に需要が低迷したため過剰設備が積み上がったことが考えられる。こうしたことから,装置型産業を中心に過剰設備が発生している可能性が高いものと考えられる。

(過剰設備の処理と政策的な対応)

稼動していない設備を保持し続けるかどうかば,企業の経営判断の問題である。保有していると維持費がかかるというデメリットと,将来需要が増大した場合には容易に対応することができるというメリットを勘案しつつ企業が判断すべき問題である。ただし,政策的な対応が求められる場合も考えられる。

第一は,設備の売却や跡地の有効利用などが,規制などの制約があって円滑に進まない場合である。企業の分割や資産の交換に関する制度はこうした観点からみて改善の余地がある。従来,工場の利便の増進のために工業専用地域等が指定されている地域において,工場以外の利用への転換が望ましい状況となった場合は,用途地域指定の適切な見直しなどの柔軟な対応が必要であろう。

第二は,設備の処理に非連続性が強いときには,一気に処理をする必要が生じる。本来,現下の不況期に処理損を出して処理すべきであっても,好況期まで延期しようとする行動がみられる可能性がある。税制面においては,欠損金について5年間の繰越しが認められているが,現在のような状況のもとで,設備処理に伴う欠損金についてはこれで十分かどうかという議論がある。

第三は装置型産業において,業界全体としては過剰設備の処理が望ましいにもかかわらず,各企業が独自に判断している状況の下では設備の圧縮が進みにくいという状況が発生している可能性があるという点である。①生産物の多くが中間投入に用いられ,値下げを行っても需要の拡大になかなかつながらず(需要の価格弾力性が低く),②設備が大規模であり,かつ,相対的に技術進歩が緩やかであるため設備の更新期間が長く,設備の償却に伴うコストが大きい。

③生産能力を連続的に削減していくことが技術的に困難である,という特徴を持つ産業では,変動費用が小さいために,損益分岐点を下回っても,価格が変動費用を上回っている限り生産が継続される。しかし,設備を廃棄ないし売却した企業に,大きな損が集中的に発生し,再び生産能力を増強するためには改めて莫大な費用がかかることになる。したがって,競争相手が生産能力を削滅することを願いつつ,結局はどこも削減を行わずに稼働率の低い非効率な生産が続く,いわゆる「すくみ」状況となって処理が進みにくくなる。

3 過剰設備処理の効果

個々の企業にとっての過剰設備の処理に当たっては,どのような手法が考えられるであろうか。

(設備廃棄の経営への影響)

まず,設備廃棄の場合は,供給能力が低下するため需給ギャップが縮小するが,一方で除却損が発生する。企業収益に与える影響についてマクロ的に試算してみると,法人季報で98年3月時点に簿価の1%に相当する有形固定資産(約3兆円)について除却したと仮定する。それらの経過年数が平均の9.6年であったとすると,除却される実質資本ストックは約11兆5千億円である。この資本ストックは除却損が発生することにより約2兆7千億円(97年度の税引前当期利益の約12%)の減益要因となる(4)。この結果,個々の企業としては相当な規模の内部留保の取り崩しや資本の減少を余儀なくされることになろう。このように過去の投資のコストは埋没費用となって回収されないため,過剰設備を廃棄して残った設備の収益率は上昇するものの,元の資本の収益率は必ずしも上昇しない。そうした意味で,設備廃棄は損失を確定させるものであって,直ちに財務体質の改善につながるものではない。また,企業が廃棄する設備は長期的にみて不必要な部分に限られるとみられるため,新規の設備投資の大幅な増加が設備を廃棄する企業によってなされるといったことも期待しにくい。

(設備売却の需給ギャップへの影響)

逆に設備を売却した場合には,廃棄した場合に比べ,売却額の分だけ個々の企業ではバランスシートの悪化を防ぐことになろう。また,不採算事業から撤退し別の分野に事業を特化することを通じて,企業の体質が強化されることが期待できる。さらに,売却された設備が売却先において有効に活用された場合には,経済全体の生産性向上にもつながる。

ただし,設備の用途が限られている場合には,国内市場との競合がない海外に売却しない限りは,需給ギャップを供給面から縮小させることにはならず,設備過剰を緩和したり新規投資を促進する効果は必ずしも大きくない。

4 政府の対応

企業の体質改善が必要であることは過剰設備についても当てはまる。過剰な資源は有効に活用するか,維持費が嵩む場合には廃棄も含めた処理を行うことが望ましい。しかし,これは原則的には,資本市場などからの圧力が高まる中で,企業が長期的な視野の下に,自主的な経営判断の基に進めていくべきものである。

したがって,政府による支援はモラルハザードが生じる可能性を十分考慮しつつ,まず,事業再構築を円滑に行えるような環境整備に取り組むべきである。

それ以上の措置を実施する場合には,市場の失敗の起きている場合に限って,モラルハザード防止に留意しつつ,透明性の高い形で実施する必要があろう。

ただし,過剰設備の処理自体が新規投資を促進する効果は限定的であることから,短期的な景気刺激効果については過大な期待はかけられないことにも合わせて留意する必要があろう。

なお,制度改正の期待がある場合には結果として企業の行動が後ろ倒しされることにもなりかねない点に留意する必要がある。


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