平成11年度

年次経済報告

経済再生への挑戦

平成11年7月

経済企画庁


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第1章 政策効果に下支えされる日本経済

第3節 高まる雇用調整圧力

景気が極めて厳しい状況にある中で,雇用情勢も厳しさを増してきた。企業の雇用過剰感は更に高まり,雇用者数も滅少が続いている。完全失業者数,完全失業率ともこれまでにない水準に上昇した。雇用や賃金の減少は,家計支出を減少させ,一層の景気後退をもたらす可能性がある。以下では主として企業サイドから,賃金や雇用の調整圧力が高まっている状況をみてみよう。

(下落する賃金)

従来,企業は人件費を圧縮するに当たって,雇用者数の削減よりも,残業の削減,貨上げ率やボーナスの抑制などによって対応してきた。

98年には,賃金面で大幅な調整が行われ,平均貨金(現金給与総額)が戦後初めて下落した。給与別に見ると,これまで比較的安定していた所定内給与の伸びが鈍っているほか,残業手当(所定外給与)やボーナス(特別給与)は大幅な減少となっている。特に,規模の小さい事業所ではボーナスが支給されないケースが多かった(第1-3-1図①)。

また,パートタイム労働者が増加する一方で,製造業や大企業の一般労働者の雇用は減少しており,こうした雇用者の構成の変化も平均賃金の低下に影響を及ぼしている(第1-3-1図②)(1)。

このような平均賃金の下落と雇用者数の減少とがあいまって,マクロの雇用者所得(名目)も98年第3四半期以降,前年比でみて減少している。

(企業の賃金決定行動の変化)

経済全体あるいは業界全体として見れば,賃金は収益環境を反映して決定されている。まず,経済全体については,経済全体の付加価値の伸びが高い年ほど賃金の伸びも高い(2)。同様に,業種別に見ても,業界の業績がよい年ほど業界の賃金の伸びも高く,また,業績のよい業界ほどその業界の賃金の伸びも高くなっている(3)。

それでは,個別企業については,賃金と業績の関係はどの程度強いのであろうか。労働省「賃金引上げ等の実態に関する調査」によって,企業が賃金決定の際に何を重視しているかを見た。賃金決定に当たって企業業績を重視する企業の割合は長期的には高まっており,特に90年代に入ってからは,景気の低迷を背景に上昇が著しい。企業規模別に見ると,中小企業で業績を重視する企業割合の上昇が顕著である。また,大企業では世間相場を重視する傾向がやや強く,特に同一産業内の企業の動向を重視する傾向が強い。また,ある産業における個別企業の利益率と春闘賃上げの動向をみても,企業間に大きな差のみられないケースがある。しかし,そうした業種においてもボーナスの動きは企業間の利益率の差を反映している(第1-3-2図)(4)。

このように,大企業では中小企業に比べ「業界横並び意識」が強い面があると考えられるものの,総じてみれば,企業の賃金決定に企業ごとの要因がより反映されやすくなっている。最近では所定外労働時間が既に過去最低水準に近づきつつあり,残業の圧縮による雇用コストの調整余地もほとんど残されていないとみられる。今後は,企業が更に賃金調整圧力を強める可能性もあろう。

(急激に悪化した労働力需給)

人件費圧縮の動きは,賃金面だけでなく雇用面でも大幅なものとなっている。

98年前半には,労働需給が急激に悪化し,その後も緩やかながら悪化を続けている。求人数が大幅に減少する一方で求職者数が大幅に増加したことから,有効求人倍率は過去最低の水準に低下した。また,完全失業率はこれまでにない水準に上昇し,99年3月には4.8%と過去最高を更新した。一方,厳しい景気状況を背景に就業をあきらめ非労働力化する人の割合も高まっている(5)。

(減少した雇用)

雇用者数は98年第2四半期以降,前年比で減少が続いている。

産業別にみると,「卸売・小売業,飲食店」は引き続き増加しているものの,生産の低迷を背景に「製造業」が大幅に減少しているほか,「建設業」も減少している。99年第1四半期には,これまで増加が続いてきた「サービス業」も減少に転じた(6)。

従業員規模別にみると,大企業の雇用者数が伸び悩むながで,これまで雇用の受け皿となってきた中小企業の雇用吸収力が低下し,98年の雇用者数減少の主因となった(7)。

(非自発的に離職した失業者の増加)

雇用者数の減少が続く一方,失業者数が大幅に増加し,失業率も急激に高まった。90年代前半の失業率の上昇局面においては,就業意識の変化などを背景に自発的な離職による失業者が増加の半分近くを占めていた。しかし,今回の不況においては,企業の雇用削減や倒産などを背景に,非自発的理由(勤め先や事業の都合)による失業者が大幅に増加している。一方,自発的離職失業者も傾向的に増加しており,最近では自発的に離職したものの,景気が低迷しているため就職できない人が増加していると考えられる。

また,男女別・年齢階級別に完全失業率の推移をみると,男女若年層と男子高齢者層が相対的に高いことに変わりはないが,すべての年齢階層において失業率は上昇傾向にある(8)。

(高まる雇用過剰感)

企業の雇用過剰感は急速に高まっている。日本銀行「企業短期経済観測調査」によると,97年12月調査以降99年3月調査まで6調査連続で上昇している。

中小企業は,これまで雇用の伸びを下支えしてきたが,雇用過剰感が過去最高水準となっている。ただし,98年10~12月期以降はおおむね横ばいとなっている。一方,99年に入ってからは,大企業の雇用過剰感が急速に高まっている。

業種別に見ると,建設業や素材型の製造業での雇用過剰感が高い。こうした中で企業の雇用保蔵の水準も一段と高まっている(第2章第3節参照)。

(労働コストと雇用過剰感)

企業の雇用過剰感,企業の人件費負担と密接に関係している。企業の人件費負担について,労働分配率を見ると,労働分配率が高まるにつれて企業の雇用過剰感も高まっており,こうした傾向は製造業や中小企業で顕著である(第1-3-3図)(9)。

これまで,労働分配率は不況期に上昇し,好況期には低下する傾向にあった。

これは,企業が不況期においてもできるだけ解雇せず,企業内に雇用を保蔵していたためである。労働分配率は,バブル期まで60%前後で推移してきた。しかし,バブル崩壊後の不況期に70%手前まで大幅に上昇した。その後も,93年10月から97年3月までの景気回復期においても低下せず,今回の不況で更に上昇している。

(なぜ労働分配率は上昇したのか)

労働分配率が91年1~3月期以降上昇した要因をみると,実質賃金の上昇が抑制される一方で,労働係数(従業員数/付加価値)が上昇しており,労働者数の増加を主因として労働分配率が上昇していることが分かる(第1-3-4図)。

バブル期には高めの成長率が続き,期待成長率が高かったことから企業が積極的に雇用を拡大したが,その後の不況が深刻だったためにかなりの規模の余剰人員を抱えてしまった。

また,91年2月以降景気が後退局面に入った後も,しばらくの間は雇用者数がかなりのテンポで増加するなど,雇用調整への取組が遅れた。雇用調整を行った企業も,「残業規制」などの比較的穏やかな調整にとどまり,「希望退職者の募集・解雇」といった厳しい調整はあまり行われなかった。これは,バブル末期の労働力需給が引締っていたほか,労働時間短縮の動きや少子化に伴う将来的な人手不足への懸念が根強かったためである。

93年10月を谷とする景気回復局面で人件費負担が低下しなかったのは,①景気の回復テンポが極めて緩やかで収益全体の伸びが低く,また,②雇用の伸びや名目賃金の伸びは低下したものの,大幅な雇用保蔵を抱えるなかで物価上昇率も低かったことから,企業側からみた実質賃金が上昇したためである。この結果,94,95年と実質賃金の伸びが労働生産性の伸びを上回った(10)。

(速かった雇用調整)

今回の不況においては,非自発的離職による失業者が急増するなど,98年以降の雇用の悪化のテンポは第一次石油危機後に匹敵する速さである。企業が雇用を保蔵しきれなくなって雇用調整スピードを高めている可能性がある。

経済活動,生産活動が雇用に波及するまでにはある程度時間がかかる。簡単な部分調整モデルを使った計測によると,雇用調整速度は1985年以前に比べ,85年以降の方が速くなっている。しかし,日米の雇用調整速度を比較すると,日本の雇用調整速度は依然として遅い(11)。

雇用者数の伸び率とGDP成長率の関係をみると,前年のGDP成長率と雇用者数の伸び率との相関が高く,これまではほぼ一年遅れで雇用が調整されてきたと考えることができる。しかし,98年の雇用の減少は74年に匹敵する急速なものであった(第1-3-5図)。

雇用調整の方法をみても,「希望退職者の募集・解雇」といった従来に比べて厳しい雇用調整が第一次石油危機後と同水準まで上昇している(12)。

(構造的・摩擦的失業の増大)

年齢や業種に関する雇用のミスマッチによる構造的失業,労働移動に伴う摩擦的失業も増加していると考えられる。現在の失業率の上昇が労働市場の構造的要因によるのか,景気低迷によるのかについて考えるため,失業率と欠員率の推移を見た。企業の欠員が増加すれば企業は雇用を拡大し失業が減少するはずであるから両者には通常負の相関があるが,労働力需給のミスマッチや職探しの非効率性が増すと失業と欠員の併存の程度が高まり,失業と欠員が同時に増加する。90年以降の期間について,欠員と失業が同程度併存するときの失業率(均衡失業率)を推計した。均衡失業率は労働市場の構造的・摩擦的要因により生じる失業に対応すると考えることができる。推計結果によれば,98年以降の失業率の上昇には,需要不足による部分が大きいものの,労働市場の構造的要因による部分も寄与している(第1-3-6図)。このことは,労働市場の構造的課題への取組みの必要性を示唆している。

(労働市場の構造的課題)

まず年齢のミスマッチをみると,中・高年齢層に対する有効求人倍率が他の年齢層と比較して相対的に低く,ミスマッチの水準は高い。今後人口の高齢化に伴い労働力人口に占める高齢者の割合が高まると,年齢のミスマッチが更に高まる可能性もある。また,若年層においては,就業に対する価値観の多様化が進み,職業選別意識が高まり,終身雇用へのこだわりなどが薄れているため,転職希望者が増加している。

次に産業間の労働移動性向をみると,産業構造の変革を背景に新しい産業分野へのより円滑な労働力移動が求められているが,産業を越えた労働移動は現実にはかなりの困難が伴う(第1-3-7表①)。

また,職種別にも管理職,事務職の過剰感が強いのに対して,専門職,技術職の不足感が高い(後掲第2-3-5図)。業務の高度化,専門化の進展とともに専門職や技術職に対する需要は高まっているが,需要側に必要な職業能力や技術を持つ人材には限りがあり,職種間の労働移動も限られているため,失業率の低下を妨げている(第1-3-7表②)。

こうしたミスマッチの拡大や現下の景気低迷に伴う労働力需要不足を背景に,雇用に対する不安感も高まっていると考えられる。

(今後の雇用情勢)

99年に入ってからは,経済対策の効果が出てきたことなどから,新規求人数が持ち直しつつある。新規求人数は,前年比でみて98年1~3月期以降すべての産業において減少が続いていたが,98年10~12月期からは減少幅が縮小し,99年に入ってからはサービス業,卸売・小売業,飲食店で増加に転じている。

政府は,6月11日に,産業再生のための対策と併せて雇用面の対策を取りまとめたところであり,これまでの政策効果もあいまって,雇用・所得環境の一層の悪化に歯止めがかかるものと期待される。


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