第3章 技術革新への対応とその影響 第1節

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第1節 技術革新が生産性に与える影響

ここでは、我が国の生産性が20年以上にわたって低迷している状況を振り返った上で、生産性向上の源泉であるイノベーションとその実社会への適用が我が国で低調となっている背景についていくつかの観点から考察する。具体的には、イノベーションの担い手であるスタートアップ企業の成長力が乏しいことや、最先端の技術を持つと考えられる生産性フロンティア企業(生産性の水準がトップクラスの企業)4の生産性が我が国で伸び悩んでいること、中小企業においてICTの活用が進んでいないことを取り上げる。その上で、対内・対外直接投資を通じた企業のグローバルな活動によるイノベーションや新しい技術革新の促進と適用が我が国企業の生産性に与える影響を分析する。

1 イノベーションが生産性を向上させる類型

ここでは、イノベーションの定義を確認したうえで、これが経済全体の生産性を向上させる類型を確認しよう。

イノベーションの5形態と経済全体の生産性を向上させる類型

イノベーションとは、新しいものを生産する、あるいは既存のものを新しい方法で生産することである。

経済学者のシュンペーターは、イノベーションの5つの形態として、<1>創造的活動による新製品開発(プロダクト・イノベーション)、<2>新生産方法の導入(プロセス・イノベーション)、<3>新マーケットの開拓(マーケット・イノベーション)、<4>新たな資源の獲得、<5>組織の改革(組織イノベーション)を挙げている5

こうしたイノベーションの5形態によれば、企業がこれらのイノベーションを生かして生産性を高めていくには、いくつかの類型があると考えられる。

第一は、個々の企業が研究開発投資(以下、「R&D投資」という。)を行って、プロダクト・イノベーションを実現することである。この場合、新たな製品・サービスを生み出し、売上を増加させることで生産性が高まる。

第二は、ICT化や新規技術の導入等も含めて、プロセス・イノベーションを図ることで、生産方法を効率化し、主としてコスト削減によって生産性を高める方法である。例えば、FA6機器導入による生産ラインの自動化や、生産工程を調節できるセンサーの設置とセンサー・データから機器の異常を事前探知できるソフトウェアの導入等により、省力化が実現される。

第三は、潜在需要の大きな海外への対外直接投資を通じたマーケット・イノベーションや、貿易・直接投資を通じた海外の新たな資源の獲得による生産性の向上である。

第四は、技術の急速な変化に迅速に対応するためのR&D投資等の意思決定権限の下部委譲や他社・他機関などとの協業といった組織イノベーションによる生産性の上昇である。もっとも、組織イノベーションの役割は上記の各イノベーション類型に横断的に係るものと言える。

以上のような生産性向上の類型は、例示的なものであり、実際にはより複雑な過程を通じて、イノベーションが生産性に波及し得るが、ここでは、一国全体の生産性の動向を時系列及び国際比較によってみた後、上記の類型に着目しつつ分析を行う。

2 生産性の国際的なトレンド

ここでは、各国の生産性上昇率の動向について確認する。生産性を労働者の一時間当たりの実質生産量(付加価値)と定義し、その変化率と水準をみてみよう。

先進国全体として生産性上昇率は低下傾向

まず、先進国について、過去20年間の生産性上昇率の推移を5年ごとに振り返ってみると、最近になるほど多くの国で上昇率が低下ないし伸び悩んでいる様子がみてとれる(第3-1-1図(1))。ただし、日本、フランス、ドイツ、スウェーデンでは2011年から2015年までの平均で1%程度の上昇率を回復している。

さらに、生産性上昇率について、労働者一人当たりのICT資本(情報通信技術資本)、すなわちICT資本装備率による寄与と、労働者一人当たりの機械設備などの一般資本、すなわち非ICT資本装備率による寄与、及びそうした生産要素がどれだけ効率よく生産活動に用いられているかを示す全要素生産性(Total Factor Productivity、以下「TFP」という。)による寄与に分解してみると、すべての要因がおおむね低下傾向にあることがみてとれる7

要因別にみると、非ICT資本の生産性への寄与(非ICT資本装備率要因)がオランダを除くすべての国で2010年代に入って低下している。これは、世界金融危機に伴う需要の減少に加え、危機により弱体化した金融機関の貸出余力の低下などからアメリカやイタリア、英国を中心に設備投資が抑制されたこと等が背景にある8。特に、日本は、世界需要の減少による輸出急減を受けて、設備投資が減少した影響が大きいと考えられる。

また、ICT資本の生産性への寄与(ICT資本装備率要因)については、2010年代に入って、すべての国で低下しているものの、引き続き上昇率はプラスを維持している。

TFPの生産性への寄与(TFP要因)については、イタリア以外のすべての国で1990年代後半から2000年代前半にかけて高い上昇率となっていたが、2000年代後半にかけては大きく低下した。その後、2011年以降はやや回復しているが、90年代後半から2000年代前半にかけて特に上昇率が高かったアメリカ、スウェーデン、英国では、伸び悩みがみられる。こうした背景には、様々な要因が影響しているが、イノベーションとの関係をみるために、一人当たりのR&D投資(米ドルベース)をみると、多くの国で増加傾向にあるものの、その伸び率はやや鈍化しており、こうした影響がTFP要因の鈍化にも表れている可能性がある(第3-1-1図(2))。なお、我が国においては、諸外国に比べ一人当たりR&D投資は小さくないものの、TFPや企業収益に結びつきにくいという特徴がみられる。この背景として、我が国企業の多くが<1>R&D投資は新事業よりも既存事業の改良に注力していること、<2>売上高の一定割合に投資額をとどめるといった硬直的なR&D投資への配分を行っていること、<3>オープンイノベーションへの取組が不足していることなどが考えられる9

アメリカ・スウェーデンとの生産性格差は拡大

これまでは生産性の上昇率をみてきたが、国際的にみた日本の生産性の水準について、最大の経済国であるアメリカ及び高福祉国かつICTの利活用が進んでいるスウェーデンと比較してみよう。

日本の生産性の水準は90年代半ばまでは両国に急速にキャッチアップし、その差を縮めていたが、90年代後半以降、両国の生産性の伸びが高まる一方、日本の伸びは鈍化した結果、両者の差は拡大した(第3-1-2図(1))。その後、2008年の世界金融危機以降は両国ともに生産性の伸びが鈍化したものの、そのペースは日本のそれとほぼ同程度であるため、日本との差はほとんど縮小していない。

現状では、日本の生産性はアメリカ、スウェーデンのそれよりも一時間当たり15~20ドル程度も下回っている。こうした差について94年を起点とした要因別の累積寄与度の差をみると、2015年時点では、アメリカとの差はTFP要因がほとんどとなっており、スウェーデンに対しては、プラスの差の約3分の2をTFP要因が、約3分の1をICT資本装備率要因が占めていたことが分かる(第3-1-2図(2))。

我が国のICT投資及びICT資本装備率要因はサービス部門で低い

このように我が国はアメリカに対してはTFP要因、スウェーデンに対してはTFP要因のみならず、ICT資本装備率要因も劣後しているが、ここでは、特に我が国におけるICT資本装備率要因について、どういった業種で低いのか確認してみよう。

まず、製造業と非製造業で一人当たりICT投資をみると、製造業では、日本、アメリカ、スウェーデンともに、90年代後半から概ね同程度増加していた一方、非製造業では、アメリカ、スウェーデンはおおむね増加傾向にあるのに対し、日本ではほとんど増加していない様子がみて取れる(第3-1-3図(1))。もっとも、ICT投資額は米ドルベースであるため、2013年以降の我が国の一人当たりICT投資の推移については、円安方向への動きの影響を受けている点には留意が必要である。

次に、我が国について、独立行政法人経済産業研究所「JIPデータベース」より、最近5年間(2008年から2012年まで10)についてICT資本装備率要因(累積)を業種別に並べると、情報サービス業、民生用電子・電気機器や通信機器など主としてICTを生産する業種では全業種の平均を上回っている一方、その他の対個人サービスや飲食店、旅館業、その他の対事業者サービスなどICTを利用する業種では、全業種の平均を下回っており、依然としてサービス業でICT投資が十分に活用されておらず、プロセス・イノベーションが進展していないことが分かる(第3-1-3図(2))。

こうしたサービス業では近年、すう勢的に経済全体に占めるウェイト(従業員ベース及び付加価値ベース)が高まっているほか、中小企業の比率も高いことから、こうした部門においてイノベーションや効率的な生産体制が整備されないことが、経済全体の生産性向上の重石になっていると考えられる。

3 スタートアップ企業の成長力と生産性の企業間分布の動向

新たな製品・サービスなどの企業によるプロダクト・イノベーションの多くは、スタートアップ企業や高い技術水準を有している先端的な企業によって担われている面がある。ここでは、企業によるプロダクト・イノベーションが生産性等に与える影響をみるために、スタートアップ企業の動向を分析するとともに、日本でトップクラスの高い生産性を持っている企業と低い生産性にとどまっている企業の動向を分析する。

我が国ではスタートアップ企業の成長力が弱く、起業活動も低調

経済協力開発機構(以下、「OECD」という。)加盟国等の18か国を対象としたデータに基づき、設立後2年以内の企業(以下、「スタートアップ企業」という。)と10年以上経過した企業(以下、「成熟企業」という。)について雇用者数の規模を比較すると、アメリカ、ルクセンブルク、カナダ、ベルギーでは、製造業・非製造業ともに成熟企業はスタートアップ企業よりも雇用者数が平均して7倍程度となっており、特定の業種に限らず設立後10年程度で他国と比べて急速に成長していることがうかがわれる(第3-1-4図(1))。一方、日本では製造業・非製造業ともに成熟企業の雇用者数はスタートアップ企業の1.5~2.0倍とごくわずかな増加にとどまっているほか、その平均規模も18か国中最下位となっている。スタートアップ企業が10年を経過しても、規模が小さいまま成長していない状況が見て取れる11

次に、起業のしやすさをみるために、起業家率12(18歳から64歳までの人口に占める「新事業の立ち上げに関与した人」もしくは「新事業の経営者」の割合)を国際比較すると、日本は2014年に4%と、アメリカ、オーストラリア、カナダの3分の1弱であるほか、28か国中最下位であり、起業活動自体も低調であることが分かる(第3-1-4図(2))。

このように我が国のスタートアップ企業の成長力が弱く、起業活動も低調である背景には何が考えられるのであろうか。OECD(2017)や内閣府(2015)によれば、<1>多くの人が起業をよいキャリアと考えないという心理的なもの、<2>複雑な起業制度及び<3>未上場企業に投資する投資会社(ファンド)であるベンチャー・キャピタルによる資金供給が少ないこと13などがあるとされている。

第一に、起業を良いキャリア選択と考えている人の18~64歳までの人口に占める割合をみると、OECD平均は5割以上である一方、我が国では3割程度となっており、これは対象国26か国中最下位となっている(第3-1-4図(3))。また、その理由をみると、我が国はOECD平均と比べ、起業の機会や起業に必要な能力があるという認識が少ないほか、失敗に対するおそれも大きいことが分かる(第3-1-4図(4))。OECD(2017)では、この背景について、日本ではビジネスを興したり、成長させたりする際に必要な技能について学べる起業訓練機会14が乏しいことが影響していると指摘している。

第二に、世界銀行が行った起業環境の国際比較15をみると、我が国は開業に要する手続き、時間、コストの総合評価が低い。例えば、我が国では会社登記に平均して11.2日を要する一方、シンガポールは2.5日、香港は1.5日、アメリカは5.6日で済む。開業コストについて、一人当たりの所得に対する開業費用の割合をみると、我が国では7.5%に対し、シンガポール及び香港では0.6%、アメリカでは1.1%となっている。

第三に、ベンチャー・キャピタルによる資金供給について、2015年時点の名目GDPに占めるベンチャー・キャピタル投資比率をみると、日本は調査対象国の中で17番目であるほか、アメリカやイスラエルの6~7%程度にとどまっている(第3-1-4図(5))。

諸外国では、IoT、AI及びロボットなどに代表される新規技術の活用は、ICT関連の大企業だけではなく、スタートアップ企業でも進展しており、我が国においても、新規技術への迅速かつ適切な対応のためには、投資家などがベンチャー・キャピタル投資を行いやすい環境を整備するほか、起業制度をより簡素かつ効率的なものにする努力を続ける必要がある。

なお、近年、ベンチャー・キャピタル以外にも事業法人によるベンチャー投資(Corporate Venture Capital、以下「CVC」という。)が活発化しており、これがベンチャー投資に占める割合は増加傾向にある16。この背景には、大企業発のイノベーションが生まれづらくなる中、オープンイノベーションの一手段として期待が高まっていることがある。

こうした中、政府は「未来投資戦略2017」において、大企業によるベンチャーのM&Aなどファンド機能の強化を検討するほか、機関投資家によるベンチャー・キャピタルへの出資促進や投資環境の向上を図るため、ファンドの時価評価に係るガイドラインや投資モデル契約等の知的インフラを整備し、2017年度中に実証を開始するとしている。

これに加え、起業訓練機会の充実や働き方改革を推進することで、成長期待が高いスタートアップ企業などに能力の高い人が移動しやすくなり、また、仮にスタートアップ企業の経営が失敗した場合であっても、起業家や従業員が再チャレンジできる社会の構築を目指していくことが重要である。

高生産性企業の生産性は伸び悩み、低生産性企業の生産性は低下傾向

次に、生産性の企業間分布の推移をみることで、我が国における高生産性企業及び低生産性企業の動向を確認しよう。経済産業省「企業活動基本調査」の個票データ17を用いて、2000年度から2014年度までのTFPの企業間分布より、上位5%点に属する企業を高生産性企業とし、下位5%点に属する企業を低生産性企業と定義した上で、両者のTFPの動向を確認すると、以下の点が浮かび上がる。

第一に、高生産性企業のTFPは、2000年代は均してみれば緩やかに上昇していたが2011年度にピークを付けた後、緩やかに低下している(第3-1-5図(1))。企業規模別・業種別にみると、大企業・非製造業の高生産性企業が2000年度以降のTFP改善幅が最も大きかったが、2011年以降ではTFPの伸びが頭打ちとなっている(第3-1-5図(2))。

第二に、低生産性企業のTFPは、世界金融危機の影響を受けた2009年度の一時的な生産性の急落を除いても、2000年度の水準よりもやや低いところでおおむね横ばいで推移している。企業規模別・業種別にみると、中小企業・製造業の低生産性企業においてTFPは一貫して低下しており、その低下幅も大企業や中小企業・非製造業の低生産性企業に比べて大きい。

また、この2点の特徴は生産性の水準自体を比較しても同様であり、企業規模別・業種別にみると、高生産性企業の中では大企業・非製造業の生産性が最も高く、低生産性企業の中では、中小企業・製造業の生産性が最も低くなっている(付図3-1)。

このように、先端的な技術力を持っている高生産性企業の生産性は2011年度以降伸び悩んでいるほか、高生産性企業と低生産性企業との間の格差は拡大している。このことは、我が国のイノベーションのけん引力が低下しているほか、先端的な技術を持つ企業から技術的に遅れている企業へのイノベーションの普及・伝播も滞っている可能性を示唆している18

4 ICT投資の動向

次に、プロセス・イノベーションによる生産性への影響をみるために、代表的な例として、ICT投資動向について中小企業に焦点を当てて分析する。

中小企業では人材不足などからICT投資が低調

財務省「法人企業統計」で、企業規模別・業種別にICT資本装備率の推移をみると、大企業(中堅企業を含む)では2015年度に一人当たり50~60万円程度のICT資本が装備されている一方、中小企業では5万円程度の装備しかなく、両者のかい離が大きいことが分かる。また、大企業では、世界金融危機以降では危機前よりも増加テンポが大幅に鈍化しているものの、年平均1万円程度のICT資本ストックの増加がみられるのに対し、中小企業では、ここ14年大企業ほどの増加がみられない(第3-1-6図(1))。

このように中小企業はなぜ大企業と比べて、ICT投資をあまり行わないのであろうか。中小企業庁が実施した中小企業経営者へのアンケート調査結果をみると、ICT投資を行わない理由として「ITを導入できる人材がいない」が43%、「導入効果がわからない、評価できない」が40%と突出して高いことに加え、「コストが負担できない」や「業務内容にあったITがない」、「社員がITを使いこなせない」も26%程度となっていることから、ICTに精通した人材が不足する中で、ICT導入による効果を実感しにくい状況にあることがうかがわれる(第3-1-6図(2))。実際、従業員一人当たりのICT資本を1%ポイント増加させたときに労働生産性に与える影響(ICT資本装備率の変化に対する労働生産性の感応度)をパネル推計すると、大企業の方が、中小企業よりも感応度が高くなる(第3-1-6図(3))。

この結果は中小企業では大企業と比べて、ICT投資の効果を実感しにくいことを裏付けており、また、こうした背景から中小企業は大企業(特に高生産性企業)が備えているICTにキャッチアップできず、結果として低生産性の状況から脱することができていないことが考えられる。

クラウドは中小企業においても緩やかに普及

こうした中、近年クラウド・コンピューティング(以下、「クラウド」という。)が進展しており、大企業のみならず、中小企業でも2009年度以降利用率が高まってきている(第3-1-7図(1))。2015年度には、大企業(中堅企業を含む)の約7割、中小企業の約5割がクラウドを活用している。

経済産業省の調査によると、中小企業においてもクラウド19は導入期間が短期で済むほか、初期コストも安く、技術的な専門知識がなくても導入できる点で、先にみたICT導入に係るハードルを引き下げる新規技術と言えよう(第3-1-7図(2))。

もっとも、導入したICTの効果を最大限に発揮するには、ICTに合わせて組織体制を改変することも重要である20。ICTに合わせた人材の再配置を伴う事務フロー等の見直しは、管理職が現場の人員構成や仕事内容を変える権限を有しているかどうかに依存する面もある。この点については、管理職に与えられている権限を国際比較した研究21によれば、日本企業の分権度は対象国12か国中、最下位から2番目である一方、アメリカ企業では最上位から2番目、ドイツ企業では4番目となっており、こうした日本企業の組織体制がICTをうまく生かせていないことの背景の一つにあると考えられる。

5 企業のグローバル化が生産性に与える影響

イノベーションが企業の生産性を高める類型の一つとして、対外直接投資などを通じて、企業が海外の新たな市場を開拓していくことや、対内直接投資により海外企業が持つ新技術やノウハウが国内企業や個人に伝播することで、生産性が高まるということが考えられる。ここでは、我が国において対外・対内直接投資が企業の生産性に与える影響をみてみよう。

対外直接投資を始めた企業では生産性が上昇

企業の個票データ22を用いて、対外直接投資を新たに開始した企業とそうでない企業におけるTFP23の推移を比較すると、以下の点が示唆される。なお、ここでは、対外直接投資を開始した企業とそうでない企業について、開始の有無以外は企業属性が似通っている企業同士を組み合わせて、開始前後のTFPの変化を両者で比較する手法(傾向スコアマッチング付き、差の差の分析24)を取っているため、その結果は、単なる相関関係というよりも因果関係を表していると考えられる。

第一に、製造業、非製造業ともに対外直接投資を開始した企業のTFPは開始年の1年前から上昇し始め、その後も少なくとも開始後5年後までは上昇を続ける傾向がみられる(第3-1-8図(1))。一方、非開始企業のTFPは振れを伴いながらも低下傾向となっている。

第二に、製造業では、開始企業と非開始企業におけるTFPの変化の差(difference in difference)をみると、開始企業は開始から3年後までは非開始企業との間にはっきりとした有意な差がみられない一方、4年後以降は7~8%ポイント程度、非開始企業のそれを有意に上回っている(第3-1-8図(2))。国内でのR&D投資の変化の差をみると、開始企業が開始年から1年後まで非開始企業を有意に20%ポイント程度上回る様子がみられる。これと先にみたTFPの差の推移を考慮すると、開始企業は、対外直接投資に伴って分業体制を強化することから国内にR&D投資を集中させた結果、TFPが高まった可能性が示唆される25

第三に、非製造業26では、開始5年後時点での開始企業と非開始企業の間におけるTFPの変化の差をみると、16%ポイント程度と製造業の8%ポイント程度よりも2倍程度も大きい。この背景には、開始企業による国内でのR&D投資の増加に加え、製造業でははっきりとは有意に観察されなかった売上高利益率27の改善も挙げられる。この点については、非製造業の開始企業が海外市場における潜在需要の獲得といったマーケット・イノベーションを実現できた可能性が考えられる。

まとめると、対外直接投資を始めた企業は、国内外の分業体制の強化や海外市場における潜在需要の獲得などにより、非開始企業よりも有意に生産性を高める傾向がみられる。もっとも、特に製造業においてR&D拠点としての国内優位性を保つためには、我が国の人材力の強化や制度を不断に見直していくことが欠かせない。

我が国のR&D拠点としての優位性が高まり得る例としては、政府の成長戦略の一環として2014年に創設された再生医療製品の迅速な実用化を図るための承認制度等がある。これにより、海外に比べて再生医療製品の開発費用の早期回収が可能となり、これが更なるR&D投資を促進することが期待されている。実際、再生医療製品の治験を我が国で実施したいとする海外企業も増えており、最近では世界トップレベルの技術ノウハウを有する海外バイオ企業によるR&D拠点の設置も実現した。また、再生医療分野だけでなく、IoT分野についても我が国企業等と連携して取り組む外国企業に対して、R&D拠点の設立にかかる経費を補助する事業も実施している28。こうした動きが加速されれば、日本企業の国内でのR&Dの強化とともに、対日直接投資を通じた我が国におけるR&D投資の活発化も期待できよう。

外資系企業は国内企業よりも生産性が有意に高い

こうした海外企業による対内直接投資が生産性に与える影響をみるために、外資系企業と国内企業の生産性を比較してみよう。

先行研究29に準拠し、外資系企業を外資比率が10%以上の企業と定義した上で、外資系企業と国内企業のTFPや一人当たり名目賃金の水準について、企業の個票データ30を用いて、2005年度及び2014年度における両者を比較したところ、以下の点が確認された。

第一に、TFPの水準については、外資系企業は国内企業よりも総じて高くなっている。まず、2014年度におけるTFPの外資系企業間分布は国内企業間分布よりも、右側に寄っており、総じてTFPが高いことが分かる(第3-1-9図(1))。

次に、平均値の差の有意性をみると、全業種・全規模では2005年度は有意である一方、2014年度は有意でなくなっている(第3-1-9図(2))。大企業にサンプルを限定すると、製造業、非製造業ともにはっきりと有意な差がみられる一方、中小企業レベルではばらつきが大きくいずれの業種でも有意な差が確認されないことから、全業種・全規模において2014年度が有意でないのは中小企業の影響を受けている可能性がある。平均値は外れ値などの影響を受けている可能性もあるため、中央値の差も確認すると、すべての時期及び企業規模において外資系企業が国内企業を有意に上回っていることが確認された。

この背景には、外資系企業の持ち株会社は、グローバルにビジネス展開をする企業を傘下に持っており、そうした企業が有する最先端の技術や優れた経営・販売ノウハウが対日直接投資を通じて我が国の外資系企業に伝播している可能性があることから、外資系企業は国内企業よりも平均値ないし中央値でみて有意に高い生産性を実現できていると考えられる。

第二に、外資系企業は国内企業よりも、賃金水準が平均的にみて有意に高い。まず、外資系企業の一人当たり名目賃金の分布は、国内企業のそれよりも右側に寄っており、総じて賃金水準が高いことが分かる(前掲第3-1-9図(1))。一人当たりの名目賃金(年収ベース)では、2005年度時点及び世界金融危機後の2014年度時点でも安定的に170~200万円以上外資系企業の方が高くなっている31(前掲第3-1-9図(2))。これはいずれの時期および企業規模別にみても、平均値・中央値ともに外資系企業の方が有意に高い。

以上のことから、グローバルな生産性フロンティアにいる企業を含む海外企業による対日直接投資の積極化は、我が国企業の生産性及び賃金水準を引き上げることに寄与すると考えられる。

一方で、外資系企業は対日投資を行う上での阻害要因をいくつか指摘している。日本貿易振興機構のアンケート調査(2016年調査)をみると、「人材確保の難しさ」を最も多くの外資系企業(48.2%)が指摘しており、そのうち特に「グローバル人材確保の難しさ」(68.9%)や「専門人材不足」(45.1%)、「雇用流動性不足」(33.5%)などを挙げる企業が多い。すなわち、外資系企業の賃金は高いにも関わらず、我が国の硬直的な雇用制度によって、外資系企業への労働移動が阻害されている面が指摘できる32

以上を要約すると、外資系企業は総じて国内企業よりも生産性及び賃金水準が高い一方、人材確保の面、行政手続き面及びビジネスコストの高さなどの面で難しさを感じているとみられる。

先に述べたように、我が国経済が生産性を高めていくためには、グローバルな生産性フロンティア企業の対内直接投資による技術や経営ノウハウの伝播は重要な経路の一つである。

政府としては、法人実効税率の引下げ、コーポレート・ガバナンスの強化、農業、再生医療、エネルギー等の分野での規制の改革などビジネス環境の整備をこれまで行ってきているが、こうした取組に加えて、2016年に、「グローバル・ハブを目指した対日直接投資促進のための政策パッケージ」を打ち出し、規制・行政手続の改善やグローバル人材の呼び込み・育成、英語情報発信を進めているほか、第2章で取り上げたように我が国の人材が外資系企業を含めた成長産業にシフトできるような働き方改革も実行しており、今後そうした改革の成果が表れてくることが期待される。

6 第4次産業革命における新規技術の導入の影響

ここでは、近年急速に進展しているIoTやAIなどの技術革新の成果を取り入れることの重要性について考察するため、内閣府の「生産性向上に向けた企業の新規技術・人材活用等に関する意識調査」33(以下、「企業意識調査」という。)を基に、新規技術の導入状況及び新規技術の導入による成果についての定性的な認識や、生産性上昇率に与える影響を分析する。

第4次産業革命における新規技術

第4次産業革命とは、18世紀末以降の水力や蒸気機関による工場の機械化である第1次産業革命、20世紀初頭の分業に基づく電力を用いた大量生産である第2次産業革命、70年代初頭からの電子工学や情報技術を用いた一層のオートメーション化である第3次産業革命に続く、IoT、ビッグデータ、AI、ロボット等のコアとなる技術革新を原動力とした経済社会の大変革を指す34

IoTとは、工場の機械の稼働状況から、交通、気象、個人の健康実態まで様々なデータ化された情報(ビッグデータ)をネットワークでつなげてまとめ、これを解析・利用することであり、これにより、工場等の保守管理、渋滞の緩和、健康管理などの面で新たな付加価値が生まれている。

AIは、コンピュータ自らが学習し、一定の判断を行うことが可能であり、ロボット技術やIoTと組み合わせて用いることで、自動運転や資産運用など様々なサービスの提供が可能となる。

なお、内閣府の企業意識調査では、上記のような新しい技術革新に加えて、近年注目が高まっている3Dプリンターやクラウドといった技術についても分析対象とした。ここで、3Dプリンターとは、データを基に立体を造形する機器であり、省スペースで複雑な工作物の製造も可能であり、試作品の迅速化などが可能になっている。また、クラウドは、従来は手元のコンピュータで管理・利用していたようなソフトウェアやデータなどが、インターネットなどのネットワークを通じて必要に応じて利用可能となる情報サービスのことであり、大容量のサーバーを低コストで利用可能となっている。

新規技術のうちいずれか1つでも既に導入している企業は36%に上る

内閣府の企業意識調査によると、IoT・ビッグデータ、AI、ロボット、3Dプリンター及びクラウドのうち、いずれか一つでも2017年2月時点で既に導入していると回答した企業が全企業に占める割合は36%となっている(第3-1-10図(1))。また、いずれの新規技術も導入していないが、少なくとも1つの新規技術の導入を検討している企業は24%となっている。すなわち、我が国の6割程度の企業がこうした新規技術に対して関心を持ち、活用に向けて少なくとも検討を進めていることが分かる。

ここで、導入している企業の割合が最も高かった新規技術は、クラウドであり、導入済みの割合は28%、導入検討も含めると半数以上にも上った。業種別にみても、幅広い業種で約2~5割の企業が導入しており、特に電気・ガスなどのインフラ関連業や金融・保険業、サービス業では、普及が進んでいる様子がみてとれる(第3-1-10図(2))。さらに、導入検討も含めた企業の割合は幅広い業種で一層高まっている。

次に、IoT・ビッグデータは、導入済みが約6%、導入検討を含めると約23%と、クラウドに次ぐ割合となっている。業種別にみると、電気・ガス・水道・熱供給業の6割が導入しており、導入検討も含めれば8割に及ぶ。次いで金融・保険業において、導入済み企業が約9%、導入検討を含めれば5割弱となっている。金融・保険業での活用が進んでいる背景には、フィンテックの進展が大きいと考えられる35

続いて、ロボットの導入済企業は約11%、導入検討も含めると2割強となっているが、業種によって活用状況に大きなばらつきがある。具体的には、鉱業、製造業、金融・保険業、電気・ガス・水道・熱供給業では、導入を検討している企業も含めるとおおむね3~5割程度である一方、建設業、卸売・小売、飲食店、不動産業、運輸・通信業、サービス業ではおおむね1~2割程度となっている。

また、3Dプリンターの導入済企業は約8%、導入検討を含めると約16%であり、業種別にみると、活用及び導入検討が行われているところは、製造業、電気・ガス・水道・熱供給業で約3割である一方、その他の業種では数%~1割程度であり、活用している業種に偏りがみられる。

最後にAIの導入企業は約2%と、現状では上記新規技術の中であまり活用が進んでいない。しかし、検討している企業も含めると約16%に上る。活用状況を業種別にみると、導入済み企業はいずれの業種も1割未満となっているが、導入を検討している企業は、農業や卸売・小売業、飲食店、建設業を除き、1割を超えている。特に、金融・保険業では4割、電気・ガス・水道・熱供給業では6割まで上昇する。以上のことから、AIについては、現時点では導入に至っている企業は少ないが、今後の活用に向けて幅広い業種で多くの企業が高い関心を持っている技術であると言える。

また、企業規模別では、いずれの技術についても、大企業において、導入済み企業の割合が高い傾向がみられる(第3-1-10図(3))。なお、クラウドについて、中小企業のうち約18%が導入済みと回答している。先にみたように導入コストの安さや使いやすさから、中小企業でもクラウドの利活用が進んでいることが企業意識調査からも確認できた。

新規技術は様々な分野で活用され、コストや労働時間削減、新商品開発に成果

次に、新規技術を導入している企業は、各新規技術をどのような分野で活用しており、また、現在どのような成果を感じているのかみてみよう。なお、ここで活用分野は、「商品企画・研究開発」、「製造・生産」、「出荷・在庫管理・流通」、「販売・プロモーション」、「アフターサービス」、「人事・労務・経理」の6つを想定した。

第一に、クラウドでは、「人事・労務・経理」及び「販売・プロモーション」の比率が高い(第3-1-11図(1))。財務会計、販売管理などのソフトウェアがクラウド化されており、こうしたクラウド・サービスを活用することで、自社固有のシステムを導入する金銭的・時間的コストを削減できる。

第二に、ロボットでは、「製造・生産」での活用が主体である。生産現場では、例えば食品を詰め替えるなどの繰り返し単純作業を自動で行うロボットや、製品不良の検査を自動で行うロボットなどのさまざまな形での活用がみられる。また、インフラ関連業種では、ドローン(小型無人機)によるインフラの点検も実現されている。

第三に、3Dプリンターの活用は、「商品企画・研究開発」や「製造・生産」分野での活用が目立つ。近年、3Dプリンターの性能が向上し、造形方法の多様化や様々な種類の原材料が利用可能となる中で、試作品製作の迅速化に加え、型や治具や実用品の作成まで進化している。

第四に、IoT・ビッグデータやAIの活用は、「商品企画・研究開発」、「販売・プロモーション」及び「製造・生産」において進んでいる。例えば、製薬企業では、新薬開発において、学術論文等の情報を用いたAIによる新薬候補探しが行われている。また、流通分野では、POSデータや気象データ等のビックデータを用いて需要予測を行うことで、過剰生産や過剰在庫を削減する取組を実施している。金融分野ではAI等を用いて、顧客から受託した資産の最適な運用方法を提案・執行するサービスも生まれている。

また、こうした新規技術を導入している企業について、現在どのような成果を感じているかについて確認すると、どの技術を導入しているかに関わらず、半数弱の企業が「新商品の開発」及び「新規顧客の開拓」といった新しい需要の創出や開拓に成果を感じているほか、3割程度が、「コスト削減」及び「保守・点検費用の削減」といった効率化に、2割程度が「労働時間の短縮」及び「働き方の柔軟性向上」といった働き方の改革面に成果を感じていることがみてとれる(第3-1-11図(2))。このように、第4次産業革命における新規技術を実際に活用している企業は、生産の効率化の側面よりも、プロダクト・イノベーションや販売能力の向上に、より多くの成果を感じている。

新規技術の導入は生産性上昇率を有意に高める

次にこうした新規技術の活用が生産性上昇率36に与える影響をみてみよう。まず、新規技術を少なくとも1つ導入した企業を1、それ以外の企業を0とするダミー変数(新規技術導入ダミー)を作り、これと資本装備率上昇率などで生産性上昇率を回帰すると、新規技術導入有ダミーの係数はプラスで有意となった(第3-1-12図(1))。つまり、こうした新規技術を導入すると、企業は生産性上昇率を統計的に有意に高めることができるということを示唆している。

ここで、生産性上昇率が高い企業が新規技術を導入しやすいという逆の因果関係を排除するために、新規技術の導入と相関があり、同時に企業の生産性上昇率が直接的には影響しない変数(操作変数37)として、企業における意思決定の分権化の程度を示すダミー変数を採用する。これにより、新規技術導入ダミーを推定し、その推定値をもって、生産性上昇率を回帰したところ、先の推計結果と同様に係数はプラスで有意となった。これは、逆の因果関係を考慮しても、企業が新規技術を導入すると、生産性上昇率が高まる傾向があることを意味している。

さらに、5つの新規技術のうち、いくつの新規技術を導入しているかを示す新規技術導入指数(最小値0、最大値5)を作成し、これを生産性上昇率に回帰したところ、当該指数の係数もプラスで有意となった(前掲第3-1-12図(1))。これは導入する新規技術を増やすほど生産性上昇率を追加的に高める効果があることを示している。現状では、どれか1つの新規技術を導入する企業が約24%ともっとも多く、導入数が増えるに従い、そうした企業の割合は大幅に低下するが、こうした推計結果は、ビッグデータを利用したAI技術の活用や、AIを実装したロボットの活用など、親和性の高い新規技術を複数活用することで一層生産性を高められる可能性を示唆している(第3-1-12図(2))。

また、新規技術一つ一つが生産性上昇率に与える影響を確認すると、いずれの新規技術もプラスで有意の影響を与えるものの、プラスの効果が大きい順番では、AI、IoT・ビッグデータ、3Dプリンター、ロボット、クラウドとなっている38第3-1-12図(3))。プラスの効果が大きい技術ほど、我が国企業で導入が進んでいない点を踏まえると、今後そうした技術を急速に普及させることで、一層高い生産性上昇率を実現することができると期待される。

これまで、新規技術の導入と生産性の関係をみてきたが、このような新規技術の活用に前向きな企業はそうでない企業と比べてどのような特徴があるのであろうか。企業の規模や社齢、経営者や従業員の年齢などに加えて、R&D投資及び組織変更の意思決定を現場でどの程度行えるのかという分権度や、経営者が従業員の専門性と調整力のどちらを重視するのか、ICT専門の統括責任者の設置の有無などといった企業の経営方針・組織運営方針まで、新規技術を活用する企業の特性を掘り下げて分析する。

新規技術の活用に積極的な企業の特徴点

第4次産業革命における新規技術を一つでも導入している、ないし導入を検討している企業、すなわち新規技術の活用に積極的な企業は以下のような特徴が観察される。

第一に、企業属性としては、企業年齢や代表者の年齢、常時従業者の平均年齢が若い方が、新規技術の活用に積極的となる傾向がみられる(第3-1-13図(1))。新規技術の活用に積極的な企業の割合は、設立年が20年未満では6割以上であり、老舗企業になるほどその割合が低下する傾向がみられる。代表者の年齢については、30歳代以下の企業では7割程度と高いが、70歳代以上の代表者の企業では5割強まで低下している。常時従業者の平均年齢別では、50歳未満の企業では6割程度だが、50歳以上になると割合が3割程度まで大幅に低下する傾向がみられる。こうしたことから、新規技術は概して年齢が若い人材が多い企業において、活用に積極的となる傾向がある39

第二に、意思決定の分権度では、分権度が高い企業の方が、活用に積極的となりやすい(第3-1-13図(2))。商品・サービスの市場投入時の決定部署では、経営層が決定すると回答した企業よりも、研究開発部署やマーケティング部署などの関連部署との合議の上で決定する企業の方が、活用に積極的な企業の割合は1割程度高い傾向がある。こうした傾向は、組織変更に係る意思決定やR&D投資を行う場合の決定権においても同様である。これは組織変更に係る部署や研究開発を実施する部署で主体的に意思決定できる環境にある企業の方が、新規技術の導入を迅速に実行に移せることなどが背景にあるとみられる。

第三に、事業運営で従業員に要求する能力では、個別業務間の調整とともに専門性を重視する企業や、業務の効率性よりも創造性を重視する企業の方が、活用に積極的となる傾向がみられる(第3-1-13図(3))。個別業務間の調整が重要と回答した企業よりも、専門性の重要性を認識している企業の方が、1割近く新規技術の活用に積極的な企業の割合が高くなっている。また、創造性と効率性の比較では、創造性を重視するようになればなるほど活用に積極的な企業の割合が高まる傾向がみられる。

第四に、ICTに対する姿勢では、ICT専門の統括責任者を備えており、またそうした責任者の意見が経営方針に対して影響力を持っている企業の方が、活用に積極的である(第3-1-13図(4))。ICT専門の統括責任者を備えていない企業よりも備えている企業の方が、新規技術の活用に積極的な企業の割合が2割以上も高い。さらに、そうした統括責任者を備えている企業のうち、当該責任者の意見の影響力が大きくなればなるほど、活用に積極的な企業の割合は高まる傾向がはっきりとみてとれる。IoTやAIなどの新規技術は、ICTの延長線にある技術でもあることから、そうした専門家の経営への助言は、企業が生産性を高めていくための新規技術の活用において有益と考えられる40

第五に、外部企業等との連携の状況についてみると、異業種を含む共同での取組を実施する企業の方が、自社単独での取組や同業他社との共同での取組を実施する企業よりも、新規技術の活用に対して積極的である(第3-1-13図(5))。一般に、我が国企業については、新規技術の自社開発の割合が多く、オープンイノベーションの取組が進んでいないとの指摘があるが、第4次産業革命に伴う急速な技術革新が進む中で、他社との連携によって迅速な対応を図ろうとしている可能性が考えられる。

以上のことから、企業が新規技術を導入し、生産性を高めていくためには、経営者や従業員の年齢構成のほか、意思決定の分権化や専門性・創造性に対する力点など、企業組織や経営の在り方も見直すことが求められる。特に、ICTに係る専門家や新規技術に対する専門知識を自前のみで調達することが時間的にも困難な企業においては、大学・国の研究機関、 研究開発型ベンチャー企業などとの共同でのR&D(オープンイノベーション)が高付加価値創出のスピードを確保する手段としても重要である。


(4)生産性フロンティア企業と技術の伝播に関する分析については、OECD(2017)を参照。
(5)詳細は内閣府(2015)コラム3-1を参照。
(6)Factory Automation(工場の自動化)。
(7)もっとも、中島他(2016)によれば、国際的な学会等において、統計上、情報関連財の価格指数や無形固定資産投資が十分に実態を反映していないため、労働生産性が過少推計となっている可能性を指摘する向きもあるとしている。
(8)OECD(2015)を参照。
(9)詳細は内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2017)第3章を参照。
(10)2017年7月4日現在、JIPデータベースは2012年までしか公表されていない。
(11)当該データは、我が国の場合、経済産業省「経済センサス」やその前身である「事業所・企業統計調査」の2001年、2004年、2006年、2009年調査を用いて、設立後2年以内の企業と10年以上経過した企業における雇用者数規模の平均値を比較しており、同一企業を定点観測している訳ではないとみられる。このため、代わりに経済産業省「企業活動基本調査」の個票データを用いて、2005年度における設立後2年以内の企業に限定して2005年度と2014年度の平均従業員数をみると、615人から831人と1.4倍程度増加している。これより、我が国では同一企業でみても成長力は高くないことが確認された。なお、この間、企業数は345社から163社まで減少している。これは退出や合併などの影響も考えられる一方、その統計の調査方法に依存する部分も考えられる。清田・松浦(2004)によれば、「企業活動基本調査」の場合は従業員50人以上、かつ資本金もしくは出資金3,000万円以上の企業を対象としたサンプル調査であるため、同一の企業であっても年によって調査対象範囲に入ったり、対象外になったりする場合がある。その他、調査実施にあたって、非協力的な企業もあり、これらの企業は結果的に調査対象から抜け落ちてしまう。加えて、企業規模の変化による規模上がり・規模下がりに加えて、企業の事業転換による転入・転出が発生し得るとの指摘もある。
(12)起業家の定義については付注3-1を参照。
(13)一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター(2016)によると、設立から現在までの資金調達元の件数比率をみると、本人が87.0%、家族・親戚・知人が37.8%、銀行・信用金庫・信用組合が55.4%、ベンチャー・キャピタルが35.3%、公的機関が31.6%、個人投資家(エンジェル)が32.6%、民間企業が34.8%、海外投資家が7.0%となっている。なお、民間企業には、事業法人によるベンチャー投資も含まれており、こうしたコーポレート・ベンチャー・キャピタルは、大企業によるオープンイノベーションへの取組として近年活発化している。
(14)株式会社大和総研(2011)は、日本の大学における起業家教育の講座数は2010年に1,141件であるのに対し、アメリカでは5,000件以上であることから、日本の起業家教育はアメリカのそれと比較して到底及ばないと評価している。なお、起業家教育の講座には、ベンチャー経営理論のほか、ビジネスプランの作成方法、マーケティングやファイナンスに関するものなどがある。
(15)The World BankのDoing BusinessにおけるStarting a Business(http://www.doingbusiness.org/data/exploretopics/starting-a-business)を参照。
(16)一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター(2016)によると、2016年には、製薬会社がバイオ・ベンチャーに投資するCVCをアメリカで設立する動きや、製造業が特殊技術を開発するアメリカのベンチャー企業に対して出資する動きなどもみられたとある。
(17)「企業活動基本調査」は従業員50人以上かつ、資本金又は出資金3,000万円以上の企業を対象としている。
(18)Aoki et al.(2017)は、我が国経済は80年代後半までは望ましいキャッチアップ成長経路にあったが、その後、自力でのイノベーション創出によって成長する経路への移行が失敗し、世界で最も先端技術を有する国(フロンティア国)であるアメリカとの生産性格差が全く縮小しない停滞の罠に向かう経路をたどった可能性があるとしている。
(19)クラウドとは、ネットワークから提供される情報処理サービスで、ネットワークとの接続環境さえあれば、ネットワークに接続している特定のコンピュータや通信ネットワーク等の情報処理基盤を意識することなく、情報通信技術の便益やアプリケーションを享受可能にするものをいう。クラウドは、ネットワークから提供されるサービスがアプリケーション・プログラムか、OS/データベース管理システムか、ハードウェアやネットワーク等かにより、SaaS(Software as a Service)、PaaS(Platform as a Service)、IaaS(Infrastructure as a Service)に分かれる。詳細は経済産業省(2017)を参照。なお、利用形態別では2015年度においてSaaSが73.6%、PaaSが18.9%、IaaSが30.7%となっており、利用率の変化ではIaaS及びPaaSが大きい。
(20)篠崎(2017)や鷲尾他(2016)、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2017)を参照。
(21)Bloom et al.(2012)では、製造業を対象に企業組織内部において管理職にどの程度権限が与えられているかについてアンケート調査で分析している。当論文では、我が国企業の分権度が低いのは、工場の管理職は人材採用や配置面での権限が少ないことなどが影響していると指摘している。
(22)経済産業省「企業活動基本調査」の個票データを用いた。これは従業員50人以上かつ、資本金又は出資金3,000万円以上の企業を対象としている。
(23)実質ベース。
(24)詳細は付注3-3を参照。
(25)他にも生産性を高める要因として、製造業に関しては、国際協力銀行「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告─2013年度海外直接投資アンケート調査結果(第25回)─」では、海外事業展開が国内事業にもたらす効果として「海外事業により得られた情報等による国内開発への寄与」(回答率:38.2%)や「海外事業で経験を積んだ社員増加による国内組織力の向上」(同:36.0%)を挙げる企業が多い。
(26)卸売業、小売業、ソフトウェア業のウェイトが高いほか、飲食・宿泊業などもある。
(27)単体ベースであるため、海外子会社の売上高は含まない。
(28)詳細は「グローバルイノベーション拠点設立等支援事業」(https://www.jetro.go.jp/invest/support/info.html)を参照。
(29)Kimura and Kiyota(2007)を参照。
(30)経済産業省「企業活動基本調査」の個票データを用いた。これは従業員50人以上かつ、資本金又は出資金3,000万円以上の企業を対象としている。
(31)Kimura and Kiyota(2007)では、94年度と98年度における外資系企業と国内企業の間で一人当たり名目賃金を比較しており、外資系企業が160~180万円程度上回ることを指摘している。
(32)日本型雇用システムについては、内閣府(2016)第2章を参照。
(33)2017年2月10日から同年3月3日にかけて、企業の第4次産業革命における新規技術の活用実績及び予定やそれに伴う経営戦略・組織構造・人材育成等の見直しについての意識を尋ねた。調査の概要は、付注3-4を参照。
(34)各次産業革命の概要については、Kagermann et al.(2013)を参照。
(35)最近のフィンテックの進展については、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2017)を参照。
(36)ここでは、データ制約から、生産性を常用従業者一人当たりの名目付加価値額とし、生産性上昇率を2012年度から2015年度への生産性の変化率とした。
(37)Instrumental Variable(IV)。操作変数の条件には、<1>対象となる説明変数に影響を与えること、<2>被説明変数からの影響は直接受けないことの2点がある。また、操作変数を用いた推定では、第1段階目に説明変数を操作変数で説明する式を推定した結果から説明変数の予測値を算出し、第2段階目に元の説明変数の代わりに予測値を用いた推定を行うことで、一致性のある(バイアスのない)推定量を求めることができる。操作変数法の詳細は山本(2016)を参照。
(38)意思決定の分権度を操作変数として推計した場合に、各新規技術が生産性上昇率に与える影響はプラスで有意となった。
(39)森川(2016)では、独自のサーベイに基づく日本企業3,000社超のデータに基づき、企業規模が大きいほど、従業者の学歴が高いほど、平均年齢が低いほど、ビッグデータの利用に積極的との結果を示している。
(40)高口他(2016)では、「米国企業のように企業戦略とICT戦略を統合し、稼ぐためのICT利活用に取り組む必要がある」と指摘している。
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