第2章 働き方の変化と経済・国民生活への影響 第3節

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第3節 働き方改革が国民生活に与える影響

本節では、働き方改革の進展によって生じ得る家計所得の変化や人々のライフスタイルの変化、またそれに伴う消費の変化の可能性について考察する。

具体的には、同一労働同一賃金などによる処遇の改善や多様な主体による労働参加の拡大が進むことにより、相対的に低い所得の人々の所得が底上げされ、貧困率などの改善や消費の下支えにつながることが期待される。また、多様な主体の労働参加によって、家事の一部が外部サービスに代替され、また、長時間労働の是正や柔軟な働き方の普及に伴う余暇時間の増加は娯楽等の消費活動を促進するといった消費行動への影響も想定される。

1 所得格差の縮小に向けた動き

2000年以降、非正社員の比率が高まる中で若年層においても所得格差が拡大する傾向がみられたが41、このところの景気回復による就業率の上昇や非正規労働者の賃金上昇は、その格差を是正する方向に寄与している。さらに、働き方改革によって、非正規の処遇改善などの動きが加速されれば、所得格差の是正に一層の効果をもつことが期待される。

就業率の高まりと貧困率の低下

雇用環境の改善が進む中、2009年以降、相対的貧困率42は低下している。世帯類型別にみると、一人親世帯で最も貧困率が高いが、2009年から2014年にかけて大きく低下した。特に有業世帯の相対的貧困者の割合については、2014年時点で4割強であり、99年の6割弱から大きく低下している(第2-3-1図(1))。これには、一人親世帯への支援が強化されたことに加え、最低賃金の引上げ等により、就業している世帯の勤め先収入(所得)が増加したことが寄与している43。有業率44については、2人以上の大人のみ世帯や単身世帯では、高齢者世帯を多く含むことから、高齢化に伴って低下する傾向がみられるが、貧困率の高い一人親世帯においては上昇している(第2-3-1図(2))。

年間可処分所得十分位階級について、各世帯類型別の年間収入階級の分布の変化をみると、2009年と比べ2014年では、子どものいない世帯(単身世帯及び2人以上大人のみ世帯)では、高齢化に伴い低所得層が増加している一方で、子どものいる世帯(一人親世帯及び2人以上の大人と子ども世帯)では、低所得層が減少し、中・高所得層が増加している(第2-3-1図(3))。このように、長期的な傾向でみても、子どものいる世帯における低所得層(貧困層)が縮小した。

こうした世帯における貧困の縮小もあって、マクロの相対的貧困率も低下している。実際、2009年から2014年における相対的貧困率の変化について寄与度分解を行うと、特に有業の子育て世帯の相対的貧困率の低下が大きく寄与していることが分かる(第2-3-1図(4))。一方で、前述の通り、子どものいない世帯では、高齢者が多いことから、高齢化に伴い貧困率が上昇しており、こうした世帯が占める割合が上昇したことが相対的貧困率を引き上げる要因となっている。

賃上げや最低賃金引上げの動きと給与の変化

春季労使交渉における賃金改定については、2014年以降4年連続で2%近い賃上げが実現している。

また、パートタイム労働者の賃金に大きな影響を与える最低賃金については、2007年の最低賃金法改正45以降、徐々に引き上げられてきているが、特に2012~2016年の4年間で、全国加重平均で749円から823円へと74円と大きく引き上げられた46。こうした最低賃金引上げの影響は、上記の4年間で総じて、パートタイム労働者一人当たり平均52円の時給引上げに寄与したと考えられる(加藤他,2017)。中位値以下の賃金階級に属する労働者の時給について、最低賃金引上げの影響を受けると考えられ、試算によれば最低賃金が1%引き上げられることで、第1十分位で0.6%、第4十分位で0.4%の引上げとなる(第2-3-2図(1))47。実際に2010年と2015年のパートタイム労働者の時給を比較すると、中位値よりも低い第1十分位から第4十分位の各階級において、平均的に35~45円ずつ引き上げられた結果となっており、貧困率低下に寄与したと考えられる(第2-3-2図(2))。

初職の違いが生む将来の所得格差

すでに第1節で正社員と非正社員の差をみたが、両者の差は各時点で受け取る賃金の差だけではない。第2節で示したように、両者の職業訓練の機会も異なることは、将来所得の賃金差を生み出す元となりえる。

特に従来、日本企業では、正社員として学校卒業後に入社した者に対して、将来同じ企業に勤め続けることを念頭に置いて職業訓練を実施してきたことが指摘されている。実際、企業に対する調査によれば48、3割以上の企業が、非正社員の能力開発については企業側ではなく労働者側で実施すべきと考えている状況であり、正社員については労働者個人主体で実施すべきとする企業が2割程度となっているのに対して多い割合となっている。

このため、学校卒業後すぐの就職で非正社員として就業し、しばらく正社員として勤務しなかった場合、その後正社員として就業する確率が低くなっており(第2-3-3図)、正社員としての人的資本形成の機会に恵まれず、将来にわたって正社員の賃金よりも低い賃金に直面する可能性が高くなる49。さらに、学校卒業後に非正社員として就職する確率は学歴によって異なっていることから50、こうした能力開発の差とも相まって、学歴で将来の賃金差が生じる一因となっている。今回の同一労働同一賃金のガイドライン案において、諸手当を含む賃金のみならず、教育訓練等も同一労働同一賃金の対象としていることは意義が大きく、非正社員が教育訓練等によって得た技術で将来職を求められる環境を醸成していくことは格差を解消するうえで重要と考えられる。

2 多様な働き方と財・サービス需要の変化

WLBの改善と生活時間の変化

長時間労働の是正やテレワークなど柔軟な働き方の導入によって、自由な時間が増えると、人々はどのように時間を使うだろうか。これまでの時間に関する調査においては、自己啓発の時間をとり、趣味の時間や家族や友人等と過ごす時間を増やしたいといった希望がうかがえる51。例えば、最新の「国民生活に関する世論調査」によれば、生活の中で「充実感を感じるとき」について、「家族団らんの時」と答える割合がおよそ5割と、もっとも多い(第2-3-4図)が、実際には、我が国では、男女で家族と過ごす時間の差は大きく、労働時間の短縮によって、家族との過ごす時間を増やしたいとの希望が多い背景には、こうした事情があると考えられる。また、家事や育児への参加という点についても、男女間の差が大きく見られている。男性のうちフルタイムで就労している人の場合には、配偶者が就労をしていない割合が大きいこと等もあって、子どもの世話や家事への参加率は5割ないしそれ以下であり、参加時間を平均すると1~2時間程度にとどまるのに対し、女性の場合には、フルタイムであっても、パートタイムであっても、家事や子供の世話への参加率は9割ないしそれ以上であり、その費やす時間についても働き方によって大きな差は生じていない(第2-3-5図)。このことは、働く女性に、家事や育児の負担が偏っていることを示唆している。

労働時間の変化は家計の消費行動にも影響を及ぼすと考えられる。働いている主体は買い物をする時間が短い。勤め人の女性と無職の女性を比べると、買いものをする時間帯や長さが異なる。勤め人の女性は、夕方などの会社帰りの時間帯に買い物をする傾向にあり、無職者の女性のおよそ半分の時間を費やしている。ただし、休日でくらべれば、無職者(女性)と勤め人の女性では買い物の時間帯や時間の長さは大きくは変わらない(第2-3-6図(1))。通勤時間等が変更され、労働時間が短縮されれば、勤め人の買い物時間帯の幅や長さも伸びる可能性もある。

また、レジャー活動52については、男女とも勤め人では、平日の仕事が終わった後とみられる夕方から夜の時間帯に時間を使っている割合が高い(第2-3-6図(2))。特にレジャー活動については、関連用品の需要とともにサービスに対する消費が高まっており、こうしたサービスに対するニーズを満たすには十分な時間を要することになると考えられる53。さらに休暇の分散化等が行われ、ピーク時の料金設定に直面せずに旅行サービス等が利用できる場合は、そのニーズがより発現することも期待される54

政府は2015年から「ゆう活55」、2017年に入ってからは「プレミアム・フライデー56」の普及に努めているが、こうした取組により労働時間が短縮されることで、これまで以上に早い時間帯も含めて買い物やレジャー活動等の時間が拡大し、それに関連する消費が拡大することが期待される。

女性等の労働参加拡大に伴う財・サービス需要の増加

2015年以降、未就学の児童のいる世帯についても女性の有業率が高まっており、こうした世帯の所得が伸びている(第2-3-7図(1))。家事負担を軽減させるために惣菜など調理済みの食料を購入したり、育児のために保育サービスを利用したりと、家事や育児の代替のための支出を増やす傾向がみられる。また、共働き世帯では、特に、外食を含めた食料支出や保育にかかる支出が大きい(第2-3-7図(2))。同じ家計において、世帯主(あるいは生計を支える収入を得る者)以外が追加的に就業した場合、食料への支出や小遣いを増やすという行動もみられる(第2-3-8図)。一方で、子育て世帯では教育等のサービス支出が継続的に増加することが見込まれることから、これに備えて家計の所得を補うという目的で、就業している場合もあると考えられる。2017年からは保育料の段階的無償化等の施策も進められ、地方自治体においては既に保育や幼児医療等の無償化が進められているが、こうした家計の負担軽減が消費の変化に現れる可能性が考えられる。

コラム2-3 生活の質の評価

一国全体の経済を示す枠組みとしては、国民経済計算体系が存在するが、ここで計測されているGDP等の指標は経済的な側面のみに注目した指標であり、人々の生活の豊かさを測るためには、幅広い分野に関する適切な指標をみていく必要がある。

こうした流れは、国際機関や学術的な研究成果等により様々な指標の提案がみられる。例えば、OECDでは「より良い暮らし指標(Better Life Index、BLI)」の取組が進められており、11種類の分野に関する指標(住宅、収入、雇用、共同体、教育、環境、市民生活、健康、生活満足度、安全、WLB)それぞれで各国比較をすることができる、ダッシュボードスタイルの評価形式が採用されている。最も新しい2016年の指標で我が国を他国と比較すると、安全面ではトップクラスであり、所得や資産等の収入に関する指標も比較的高いが、WLBに関する指標は中央位以下となっている。このように、様々な指標を示したダッシュボードを通じて、我が国の強みや弱点を分析し、今後の政策立案に生かすことが期待される。

我が国においても、従来の経済統計を補完し、人々の幸福感・効用など社会の豊かさや生活の質(QOL)を表す指標群(ダッシュボード)の作成に向け検討を行い、政策立案への活用を目指すこととしている57

コラム2-3図


(41)厚生労働省(2010)等
(42)相対的貧困率とは、一定基準(貧困線)を下回る等価可処分所得しか得ていない者の割合をいう。貧困線とは、等価可処分所得の中央値の半分の金額を示し、全国消費実態調査の貧困線は年132万円(2014年)、国民生活基礎調査の貧困線は年122万円(2015年)となっている。等価可処分所得とは、世帯の可処分所得(収入から税金・社会保険料等を除いたいわゆる手取り収入)を世帯人員の平方根で割って調整した所得をいう。
(43)総務省「全国消費実態調査」について、2009年と2014年の有業の一人親世帯の勤め先収入が増加している。
(44)ここでいう「有業率」の算出に用いている「有業者」は、「勤め先収入」又は「事業・内職収入」による年間収入のある世帯のうち、18~64歳の就業している世帯員をいう。
(45)平成20年から施行された改正法では、地域別最低賃金の決定について、生活保護にかかる施策との整合性にも配慮することとなった。
(46)「経済財政運営と改革の基本方針2017(平成29年6月9日閣議決定)」においては、「最低賃金については、年率3%程度をめどとして、名目GDP成長率にも配慮しつつ引き上げて、時給1000円になることを目指す」旨が示されている。
(47)内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2017)での試算(付注1-2-5)によれば、最低賃金の引上げは中位値以上の労働者の給与への影響は統計上有意に計測されていない。
(48)厚生労働省「平成28年度能力開発基本調査(企業調査)」より。
(49)Kondo(2007), Hamaaki et al.(2013)等参照。
(50)総務省「平成24年就業構造基本調査」によれば、高校卒業者では30.4%、大学卒業者では25.4%となっている。
(51)日本生産性本部「レジャー白書短信 第6号」(2016年3月号)「家族への意識で変わる余暇活動 -2010年~2014年の時系列分析と年代別・家族の人数別の層別比較分析-」によれば、自由な時間の使い方として「家族と過ごす」ことを希望する割合が30歳未満の若年層では2010年に23.2%であったものが2014年には24.1%に、60代以上の高年層でも31.6%から35.7%へと増加している。
(52)この調査では、スポーツ、行楽・散策、趣味・娯楽・教養(インターネットを含む)をレジャー活動としている。
(53)公益財団法人日本生産性本部「レジャー白書2016」によれば、2015年時点の余暇市場は72兆2900億円とされており、この年に伸びたものとして、観光や外食のサービスのほか、スポーツ部門での関連用品消費やフィットネス等のサービス需要、趣味や創作部門における音楽コンサートや映画等の時間消費サービスが挙げられている。
(54)なお、小川・岡村(2001)では、余暇と財との関係性も考慮に入れた研究で、労働時間の大幅な減少がみられた1990年代において、特に「教養娯楽」の総支出弾力性が上昇したことを示している。つまり、余暇時間の増加とともに所得水準上昇(あるいは、価格低下)がこうした支出を促進する可能性を示している。
(55)働き方改革の一環として、明るい時間が長い夏の間に、「朝型勤務」や「フレックスタイム制」などを推進し、夕方早くに職場を出るという夏の生活スタイルを変革する新たな国民運動「夏の生活スタイル変革」をいう。
(56)毎月最終金曜日に15時に退社する等、ショッピングや旅行等の私的な時間を拡大することを促す官民連携のキャンペーン。米国では「ブラックフライデー(黒字の金曜日)」が定着しており、日本でもこれを参考に個人消費を盛り上げる狙いがある。2017年2月最終金曜日より開始された。
(57)「経済財政運営と改革の基本方針2017」(平成29年6月9日閣議決定)
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