第3章 成長力強化と企業部門の取組 第1節

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第1節 最近の設備投資の動向と投資活動の広がり

企業が行う投資には、設備投資に加え、M&A、研究開発、海外投資など様々なものがあるが、そうした広範な分野にわたる企業の投資行動を視野に入れ、第1節では、良好な投資環境にもかかわらず力強さに欠ける設備投資の構造的な背景を探るとともに、設備投資以外への投資を拡大する企業の投資行動の変化を分析する。

1 回復の遅れがみられる設備投資

企業は、財やサービスの提供のための設備投資、新製品開発などに向けた研究開発投資、事業の高度化や多様化等のためのM&A、グローバル化のための海外投資など広い意味で様々な投資活動を行っている。この中で、まず、設備投資の動向をみると、2008年の世界金融危機以降、その回復テンポに遅れがみられている。特に、2013年以降、企業収益が過去最高の水準となるなど企業の投資環境が大きく改善する中にあっても、設備投資は依然として力強さを欠いている。以下では、力強さを欠く設備投資の動向について概観する。

世界金融危機以降の景気局面では設備投資に回復の遅れ

設備投資には、企業の投資需要の拡大を通じて、短期的には景気の拡大を支えるといった側面に加え、生産能力の増加を通じて、中長期的な成長力を高めるといった側面がある。前者について、設備投資の対GDP比の動きをみると、景気後退局面で低下する一方、景気回復局面においては、設備投資がGDP以上に増加し、設備投資の対GDP比が上昇してきた(第3-1-1図(1))。

このように設備投資が景気の押上げに寄与する姿に変わりはないが、世界金融危機以降の景気局面をみると、これまでの景気局面に比べ、設備投資の回復テンポに遅れがみられている(第3-1-1図(2))。世界金融危機直後の設備投資の落ち込みは、バブル経済崩壊後にみられた落ち込みに匹敵する一方、その後の回復テンポは過去の局面と比べても鈍く、世界金融危機から8年を経過した現在においても、景気後退前の水準を1割程度下回っている。

世界金融危機以降にみられる設備投資の回復の遅れは、企業規模別、業種別にみても確認できるが、製造業では、非製造業に比べ、更に回復テンポが遅れている(第3-1-1図(3))。こうした背景として、特に、大企業製造業については、世界金融危機以降にみられた円高方向への動きの中、電気機械や生産用等の機械を中心に、国内から海外へ生産拠点がシフトしたことなどが影響している可能性が考えられる(後述)。

先進諸国でも設備投資には回復の遅れ

世界金融危機以降の設備投資の回復の遅れは、我が国のみではなく、他の先進諸国においてもみられている(第3-1-2図(1))。これについて、例えば、IMFやOECDでは、世界金融危機後、先進諸国に共通してみられる需要の弱さが背景にあることを指摘している1。設備投資は、経験的にも需要の創出と相乗的に拡大していくことが知られているが、世界金融危機後に先進諸国でみられた需要の弱さが設備投資を抑制したと考えられている。実際、先進諸国について、世界金融危機以前と以後に分けてGDPと設備投資の関係をみると、世界金融危機以降、GDP成長率とともに、設備投資の伸びが低下していることが確認できる(第3-1-2図(2))。

2013年以降、良好な投資環境の下でも設備投資は力強さを欠いている

我が国経済は、2012年末に景気が持ち直しに転じ、2013年末にはデフレ状況ではなくなったことが確認された。こうした中、内需関連企業については、コストの上昇を販売価格に転嫁しやすい環境が続いたことや、輸出関連企業については円安方向への動きを背景に収益が改善したことなどを受け、企業収益は、2013年度以降、過去最高の水準となっている。加えて、物価上昇率の高まりを背景に実質金利が低下し、また、金融機関の貸出態度にも改善がみられるなど、緩和的な金融環境が続いている(第3-1-3図)。

資金面、コスト面などからみて、企業にとって良好な投資環境が実現する中にあっても、設備投資は依然力強さを欠いている。

2 企業の収益構造の変化と設備投資

設備投資が力強さを欠く背景として、国内については需要や成長予想の伸び悩み、また海外に目を向ければ経済のグローバル化が進む中で企業を取り巻く競争環境に変化が生じていることなどが考えられる。以下では、回復が遅れる設備投資の構造的な背景を、企業の収益構造や成長予想といった点から分析する。

収益は改善したものの、設備投資と売上は依然世界金融危機前の水準を下回る

世界金融危機以降の企業部門における動きをみると、経常利益については、特に、2013年以降に顕著な改善がみられる(第3-1-4図)。2008年に45兆円程度であった経常利益は、2013年以降に大きく改善し、2015年には71兆円程度にまで増加した。

他方、設備投資と売上2の動きをみると、2008年には、それぞれ51兆円、1,471兆円程度であったが、2015年には、43兆円、1,322兆円程度と、依然として世界金融危機前の水準を下回っている。世界金融危機以降、再びデフレ状況に陥ったことや、そうした中で国内需要の弱さが続いたことなどを背景に、設備投資とともに、売上の回復には遅れがみられている。

ここで、売上の回復が遅れる中、収益が改善した背景を探るために、企業の収益構造の変化をみてみよう。そのため、企業の経常利益を、<1>「売上高要因」(売上の増加によるもの)、<2>「利益率要因」(売上原価や販売管理費などのコスト削減等によるもの)、<3>「営業外費用要因」(金利などの支払利息や為替差損などによるもの)、<4>「営業外収益要因」(海外子会社からの配当金や為替差益などによるもの)の4つの要因に分解する(第3-1-5図)。

世界金融危機以降の動きについてみると、先述のとおり、経常利益については、特に、2013年以降に顕著な回復がみられた。そこで、まず、2008年から2012年にかけての動きをみると、経常利益は、5兆円程度増加した。これは、世界金融危機以降、売上が大きく減少する一方、コスト削減の動きや支払利息の減少などを背景に「利益率要因」や「営業外費用要因」が高まったことによる影響が大きい。

次に、2012年から2015年にかけての動きをみると、景気が持ち直しに転じる中、経常利益は、21兆円程度増加した。その要因については、上述のとおり、デフレ状況ではなくなる中、内需関連企業については、コストの上昇を販売価格に転嫁しやすい環境が続いたことや、輸出関連企業については、円安方向への動きを背景に、「売上高要因」に改善がみられたことが挙げられる。また、輸出企業にみられた、数量よりも価格の上昇を通じて売上を増やすといった行動変化は、「売上高要因」の改善に加え、コストに比して売上を増加させるため「利益率要因」の押上げにも寄与していると考えられる。加えて、主に海外子会社からの配当金の増加を背景に「営業外収益要因」が高まった。

このように、世界金融危機以降にみられる企業収益の回復は、主に、コスト削減や円安による収益の押上げ、営業外費用の減少や営業外収益の増加などによるものであり、生産や売上の増加のみを反映したものではなかった。そのため、収益の改善が、期待されたほど設備投資の押上げにつながってこなかった3

世界金融危機以降、「売上高要因」は収益の押下げに寄与してきたが、こうした世界金融危機以降の売上の動きを業種別にみると、それまで売上をけん引してきた電気、輸送、生産用等の機械業種の寄与が大きく低下している(第3-1-6図)。特に、電気機械は、寄与の低下が顕著で2000年以降は減少に転じている。2000年までは、新製品が消費者に普及していく過程で、また、加工・製品化を通じた輸出が拡大する中、売上が増加するとともに一層の技術開発や設備投資が促されてきた。しかし、2000年代以降、アジア新興国の台頭などを背景に輸出競争力が低下したことに加え、特に、世界金融危機以降、為替が円高方向に推移する中で生産拠点の海外移転が進んだこと等により、輸出とあわせ、売上が縮小することとなった4。こうしたことが、電気機械における設備投資の弱さにも影響していると考えられる。

成長予想の伸び悩みも設備投資を抑制

ここまで、設備投資と企業収益や売上との関係をみてきたが、ここでは、より中長期的な視点も含め、企業の設備投資行動を分析するため、企業レベルのデータを用い、収益と成長予想を説明変数とする設備投資関数を推計する。ここで、企業の成長予想は、企業が持つ将来における売上見込みとも解釈され、設備投資に影響を与えることが考えられる(第3-1-7図(1))。

推計された企業の設備投資行動をみると、収益が1%上昇すると、設備投資の伸びが0.3%程度上昇する一方、業界成長予想が1%上昇する場合には、設備投資の伸びは0.6~0.7%上昇することが示されている(第3-1-7図(2))。

このように、企業の抱く成長予想は、設備投資により大きな影響を及ぼす傾向が示されているが、世界金融危機以降、企業の成長予想が一定にとどまる中5、設備投資の押上げ効果も小さかった。

企業がどの程度の経済成長を前提に設備投資を行っているかについて、資本ストック循環図6をみてみよう(第3-1-8図)。資本ストック循環図は、本来は景気循環に伴う設備投資・資本ストックの変化をみるものであるが、設備投資によって追加される資本ストックの伸びから示唆される生産高(GDP)の増加率を機械的に計算することができるため7、企業がどの程度の成長率を念頭において設備投資を行っているかを知る一つの目安になる。こうした企業の予想成長率の動きをみると、2007年には、1.5%程度であったが、最近では0.5%弱となっており、現在の設備投資のペースは、かなり低い予想成長率を前提にしたものであることが示唆される。

我が国経済は、経済再生・デフレ脱却に向けて前進しているが、今後、企業の設備投資を促していくためには、実際の売上とともに、将来の売上見込みでもある企業の成長予想を高めることが重要となる。需要の伸び悩みに加え、成長予想が低いために設備投資が伸びず、その結果、将来の成長力強化が遅れ、更なる成長予想の伸び悩み、設備投資の抑制を引き起こすという関係を避けるためにも、成長戦略の着実な実施などを通じて成長力の向上に更に取り組み、成長予想を高めていくことが必要となっている。

政府は、新たな有望成長市場の創出に向けて、「官民戦略プロジェクト 10」として、第4次産業革命の実現、世界最先端の健康立国への取組、2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けた取組を含むスポーツの成長産業化、攻めの農林水産業の展開と輸出力の強化、観光の基幹産業化、環境エネルギー制約の克服と投資拡大等に取り組むこととしている。また、「GDP600兆円経済」の実現に向け、国家戦略特区の活用や新たな規制・制度改革メカニズムの導入、経済成長を切り拓く人材の育成・確保等に取り組むこととしている。

3 投資行動にみられる広がりと経済への影響

世界金融危機以降にみられる需要や成長予想の伸び悩み、また、少子高齢化やグローバル化など企業を取り巻く競争環境の変化等を背景に設備投資が伸びにくくなる中、企業には設備投資以外への投資を拡大する動きがみられるようになった。以下では、こうした企業の投資行動の変化が、日本経済の成長力に与える影響について分析する。

企業は、M&A、研究開発、海外への投資を拡大

世界金融危機以降、国内での設備投資の回復テンポには遅れがみられてきたが、投資環境に改善がみられる2013年以降をみても回復の動きは鈍い。過去最高の水準である企業収益を背景とした企業の資金は、どのように用いられているのだろうか。企業の資金調達と資金運用状況を基に、世界金融危機前(2005年度-07年度平均)と最近(2012年度-14年度平均)における、企業にとっての利用可能な資金量、及びその運用状況を確認する(第3-1-9図(1))。

まず、企業のフローの損益及び支出面に着目し、世界金融危機前との比較の中で、企業が生み出した付加価値がどのような支出に配分されたかをみる。企業の事業活動により生み出された付加価値に事業活動以外から生じた損益等を加えた資金の水準をみると、最近では、世界金融危機前とほぼ同水準であったが、その配分先については、「人件費」や支払利息等を含む「その他費用」への配分が世界金融危機前よりも減少する一方で、「内部留保」への配分が増加している。

次に、企業のバランスシートに着目し、増加した資金がどのような資産の増加につながったかをみる。資金調達について、内部留保に加え、増資や社債、借入といった資金の外部調達も含めてみると、最近では、世界金融危機前に比べ、9兆円程度の資金が新たに利用可能となった。そこで、世界金融危機前との比較の中で、こうした資金がどのような資産の増減につながったかをみると、全体として利用可能な資金量が増加する中、設備投資への資金の配分が減少している。他方、M&A、投資不動産を含むその他運用、そして、現預金への配分が増えていることが分かる。M&A(2014年度11兆円程度)については、最近、景気回復を背景とした企業環境の改善等を受けて、増加傾向となっている(後述)。

研究開発への投資(2014年度14兆円程度)をみても、最近では、世界金融危機前の水準とほぼ同水準となっており、設備投資とは異なり、世界金融危機後の落ち込みから回復している(第3-1-9図(2))。研究開発への投資については、これまでも、我が国における総研究開発費の約7割を占める企業部門がけん引をしてきたが、こうした背景の一つとして、製造業を中心に研究開発を通じて科学技術を製品化することにより企業価値の増大を目指してきたことがある。

また、国内需要が伸び悩む中、大企業製造業を中心に、企業の海外進出が進むとともに、海外設備投資(2014年度9兆円程度)を増やす動きがみられている。最近では、卸・小売など非製造業でも海外設備投資の増加がみられている。ただし、2013年以降の円安方向への動きに伴う輸出競争力の改善や中国を始めとする新興国経済の減速を背景に国内回帰の動きもみられるようになった。

このように、企業は設備投資や人件費への資金の配分を抑制する一方で、M&Aや研究開発、海外投資への配分を増やしている。すなわち、設備投資が力強さを欠く一方、M&Aや研究開発、海外投資といった、設備投資以外の投資を拡大している。

なお、企業が現預金を蓄積してきた背景には、世界金融危機以降、投資機会を見出すことが困難だったことや経済ショックへの備え、事業規模の拡大に伴う手元流動性の確保や、新たな投資に向けた資金の蓄積など様々であるが、経営者のマインドもまた重要な要因と考えられている。このため、投資を含めた企業のより積極的な行動が実現されるように株主などによる監視機能が十分働くような制度基盤を整備していくことも重要となっている(第2節)。

M&Aや研究開発投資は、生産性や収益力の向上に寄与

企業は、設備投資以外への投資を拡大しているが、こうした企業の投資行動の変化は我が国経済にとってどのような効果を及ぼしているのだろうか。

第一に、M&Aは、企業の枠を超えて既存の経営資源の組替えを円滑に行うことを可能とすることからも、企業価値や生産性の向上に寄与することが指摘されている8。ここでは、まず、M&Aが中長期的な企業の収益力に与える影響を分析する9

具体的には、2000年以降にM&Aを実施した企業(買収側企業)について、実施後5年間にわたって、M&A実施企業のROEと、当該企業が属する産業の平均ROEとを比較すると、M&Aの実施から時間が経過するに従い、産業平均に比べ、M&A実施企業のROEが高まる傾向が示されている(第3-1-10図)。M&Aの効果をみる際には、実際には想定された効果を生まない場合もあること(失敗するケース)、また、ここではM&A実施後5年間の中長期のROEの動きをみているため、その変化にはM&A以外の要因も影響すること、更には、M&Aの効果は対象業種や形態によっても異なること、などについて留意する必要はあるものの10、M&Aを実施することにより、中長期的に買収側企業のROEが高まる可能性が示されている。

社会のニーズや技術の高度化・複雑化を背景に、事業化のプロセスにもスピードが求められ、大企業、中小企業に限らず、自社の求める人材や設備を企業内で育成していくことには限界が生じる中、企業の壁を越えた経営資源の組替えを可能とするM&Aは、生産性上昇に加え、企業の成長促進や再生の観点からもその重要性が増している。

なお、M&Aを「IN-IN」(日本企業同士のM&A)、「IN-OUT」(日本企業による外国企業へのM&A)別にみると、両者のケースで、M&A実施企業のROEが高まる傾向が示されているが、ROEの改善効果は、「IN-IN」のケースでより大きくなっている11。「IN-OUT」については、大型案件を多く含み、金額ベースでみればM&A全体の半分以上を占めるなど、グローバル化の中で、近年、その重要性が高まっているが、過去に蓄積されたM&A件数が少ないこと、また国境をまたぐ買収となること等を背景に、一般的に、成功させることがより難しいと考えられている。

第二に、研究開発投資の効果については、研究開発投資がイノベーションの実現を通じて生産性(TFP)の上昇に寄与すると考えられている。内閣府(2015)では、我が国を含めた先進諸国におけるTFP上昇率と官民合わせた研究開発費の関係をみる中で、両者には緩やかな正の関係がみられることを報告している12

第三に、海外設備投資について、一般的には、リスクを考慮した上で、海外事業の収益性が国内事業の収益性を上回ると判断される場合に増加すると考えられ、海外設備投資を行う企業(主に、グローバル企業)の収益力の向上とともに、事業規模の拡大につながることが期待される。

現地法人の設備投資が国内本社の設備投資に与える影響を分析する先行研究13によれば、資金制約が少なく、また、生産活動において国内本社と現地法人の間に補完的関係がある場合には、その効果は大きくないものの、現地法人の設備投資が増加すると国内本社の設備投資が有意に増加することを示した分析もある。

M&Aや研究開発、海外投資については、新たなニーズや市場の開拓、製品・サービスの高付加価値化、また、海外での収益率の向上に結び付くことなどにより生産性が向上し、企業の中長期的な収益力を高めることが期待される。現在、設備投資が力強さを欠いているが、設備投資以外の分野での企業の投資の積み重ねなどを通じて、我が国経済の成長力が向上していくことが期待される。

生産性向上や新たな需要の創出に向けて積極的な投資が重要

生産性の向上等を通じた成長力強化に向けては、M&Aや研究開発といった分野での投資とともに、国内設備投資が重要な役割を担っている。

我が国経済は、少子高齢化やグローバル化といった構造変化に直面しているが、少子高齢化は、例えば、人手不足を背景とした効率化投資の促進や高齢化社会における新たな需要への対応の契機となるなど、新たな投資需要を喚起する可能性がある。グローバル化についても、国内投資から海外投資へのシフトを促す一方、新興国等の所得向上が、そうした新興国向けの財やサービスの輸出拡大などを通じて、国内での投資促進につながることも考えられる。ここでは、企業の設備投資の動きを目的別にみることにより、設備投資をめぐる環境の変化を背景に、最近みられる設備投資の質的な変化を検証する。

設備投資の動きを目的別(能力増強、高度化、合理化・省力化、研究開発、維持・補修)にみると、製造業では、世界金融危機以降の生産調整の中で、企業が抱く成長予想の伸び悩みなどを背景に、設備投資に占める能力増強投資の割合が減少する一方、維持・補修を中心に投資が行われてきた(第3-1-11図(1))。しかし、このところ、依然としてその割合は低いものの、労働需給が引き締まりつつある中で、人手不足を補うため、また、生産性向上に向けた取組の一環として、合理化・省力化投資の割合が高まっている。非製造業でも、最近、合理化・省力化投資の割合に上昇の動きがみられており、加えて、ビルや店舗の建て替え・リニューアルなどの新製品・高度化投資の割合も拡大している(第3-1-11図(2))。生産性向上に向けては、新しい技術を取り入れた新規投資や、今後、一層の人手不足が見込まれる中、効率化投資を促進していくことの重要性が高まっているが、目的別の投資の動きからは、企業のそうした投資行動の変化がみてとれる。こういった合理化・省力化や新製品・高度化に向けた企業部門での取組を促し、成長力の強化に結び付けていくことが重要となっている。

実際に、雇用人員判断DIの動きから観察される企業が感じる人手不足感と合理化・省力化投資の動きには一定の関係がみられている。2000年代前半には、長期的な景気回復を背景に、人手不足感とともに、合理化・省力化投資が高まったが、2000年代後半には、世界金融危機の影響もあり両者ともに低下した(第3-1-12図(1))。2013年以降、再び、労働需給は非製造業を中心に引き締まり、合理化・省力化投資も高まった。生産工程の機械化などの合理化・省力化投資は、企業の生産性向上に向けた取組を表すものであるが合理化・省力化投資が高まる下で、労働生産性の上昇に寄与してきた(第3-1-12図(2))。

あわせて、将来の売上増が見込まれる分野で能力増強や新製品・高度化を目的とした新たな投資需要が喚起されることも期待される。少子高齢化の下、医療や介護といった分野での成長が見込まれるほか、経済のサービス化を背景に、宿泊・飲食や情報サービス、個人向けサービスなどの分野で需要の高まりが期待できるが、そうした分野での投資を促進することが重要となる。その際、大企業のみならず、中小企業の投資ニーズを引き出すことも重要となっている。中小企業には、創業間もない創造性の高い企業や独自の技術・ノウハウを持った潜在力の高い企業が含まれるが、成長性の高い中小企業であっても資金調達力には制約があり、研究開発や新規投資に伴うリスクをとる能力が十分でない場合も多い。こうしたリスクを軽減し、中小企業の設備投資への取組を支援するため、政府では、例えば、新事業の創出や生産性向上に資するような設備投資を支援する取組を進めている。

成長力強化に向けては、企業活動が高い付加価値を生み、成長予想の引上げにつながっていくためにも、政府による民間投資の促進に向けた環境整備に加え、企業自らが企業家精神を発揮し、有望な投資案件に前向きに取り組む姿勢を強め、思い切った設備投資を行うことが重要となる。次節では、コーポレート・ガバナンスの役割について、投資を含めた企業のより積極的な行動を促すという観点から検証する。


(1)IMF(2015)、Lewis, et al.(2014)。需要の弱さに加えて、世界金融危機後にみられた企業等のバランスシート調整の動きや、経済環境、経済政策に関する不確実性の高まりが設備投資を抑制した可能性があることを指摘している。
(2)売上には、国内での販売、海外への輸出によるものを含む。
(3)全期間を通じた設備投資と「売上高要因」の相関係数が0.95であることに対し、設備投資と「利益率要因」、「営業外費用要因」、「営業外収益要因」の相関係数は、それぞれ、-0.04、-0.06、0.56程度となっている。
(4)内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2015)では、電気機械について、韓国、台湾が競争力を高めてきていることに加え、特に世界金融危機以降、為替が円高方向で推移する中で、生産拠点の海外移転を進めたことなどから、輸出超過が急速に縮小したことを指摘している。
(5)内閣府「企業行動に関するアンケート調査」によれば、1%程度となっている。
(6)資本ストック循環図とは、設備投資・資本ストック比率を横軸、設備投資前年比を縦軸として、両者の関係をプロットしたもの。経験的に、プロットされた点は、景気循環の中で、時計回りに動くことが知られている。景気回復局面についてみると、その初期には、設備投資の前年比が上昇し、上方に移動する。その後、設備投資の規模が拡大し、設備投資・資本ストック比率が上昇する一方、設備投資の前年比は徐々に減速するため、右下方向に移動していく傾向がみられる。こうした資本ストック循環は、成長予想に大きな変化が生じない場合には、短期的な景気変動に対応する形で、一定の双曲線の周りを循環する姿となる。他方、成長予想などに変化が生じた場合には、資本ストック循環の基点自身がシフトすることになる。
(7)(設備投資前年比)×(前年のI/K比率)=予想成長率+資本ストック係数の変化率+除却率といった関係をもとに、資本ストック係数の変化率と除却率を決めると、各時点の予想成長率に応じた、(設備投資前年比)と(前年のI/K比率)に関する双曲線を描くことができる。
(8)内閣府(2007)第2章第2節を参照。
(9)一般に、M&Aを実施する際の目的として、「シナジー効果」が挙げられる。シナジー効果には、<1>経費の共有化や重複部門の廃止による費用節約面での相乗効果を狙ったものに加え、<2>自社にない技術・ノウハウの取得、商品力の強化、事業の切売りや買取りなど、コアコンピタンス(自社の競争上の強み)の育成・強化を目的とした、より積極的な相乗効果を狙ったものが存在する。加えて、M&A実施の目的として、「経営の規律付け効果」も挙げられる。これは、投資ファンドや投資銀行などが、非効率な経営を行っていたとして、既存の経営者を排除し経営改善を実現することによって企業価値を引き上げることを目的としたものである。なお、これに対して既存の経営者が反対する場合は敵対的買収という形態を取ることとなる。
(10)この他、ROEが高い企業ほどM&Aを実施する余力が高いといった関係なども考えられる。
(11)「IN-IN」のケースでは、M&A実施後5年目に産業平均のROEとの差が縮小しているが、依然として、産業平均のROEを上回っている。
(12)内閣府(2015)では、TFPと研究開発費には緩やかな正の関係がみられることを報告する一方、我が国について、2000年代を通じて、官民合わせGDPの3%程度と他国と比較して多くの研究開発投資を行ってきたが、そうした投資に応じたTFP上昇率が必ずしも実現されていなかったとの見方を示している。
(13)布袋・塚本(2014)。
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