第2章 少子高齢化の下で求められる働き方の多様化と人材力の強化 第1節

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第1節 多様な働き方の進展と柔軟な労働市場の実現に向けた課題

ここでは、少子高齢化が進む中で、働きたい人が働きやすい環境を整備するための課題や、成長分野に労働力が円滑にシフトしていく柔軟な労働市場を実現していくための課題について検討する。

1 少子高齢化・人口減少が進む中で強まる人手不足

まず、少子高齢化・人口減少が進行する下で、最近、我が国では労働力の確保が重要な課題となっていることを確認しよう。

近年の人手不足感の高まりは景気回復や団塊世代の定年退職等が要因

少子高齢化によって労働供給に制約がある中で、2012年末以降の景気の緩やかな回復基調に伴い有効求人倍率は上昇傾向が続いており、企業の人手不足感は着実に高まっている(前掲第1-1-6図(1))。労働供給面をみると、少子高齢化を反映して、15歳から64歳までの生産年齢人口が減少を続けている。このため、労働力人口についても2008年以降減少が続いたが、2013年以降については、女性や高齢者の労働参加率の上昇を反映して労働力人口が増加に転じている(第2-1-1図(1))。こうした中、就業者数も2008年から2012年まで減少した後、2013年以降増加している。こうした就業者数の動きの背景には、人口構成上大きなウェイトを占める団塊世代(1947年~49年生まれ)の定年退職等に伴う労働市場からの退出が、2007年以降、継続的に就業者数の伸びを下押ししていることがあるが、2013年以降については、労働参加率の上昇が、そうした人口動態的な下押し圧力を上回り、労働力人口、就業者数ともに増加に転じている1第2-1-1図(2))。

今後については、団塊の世代が更に高齢化するに従い、人口動態的に労働供給に対する下押し圧力が高まることが予想されることから、人手不足を緩和していくような取組を一層強化していくことが重要である。

建設業や介護など労働集約的な業種で人手不足感が強い

人手不足の状況を概観すると、有効求人倍率は2016年5月時点で1.36倍と、24年ぶりの高水準となっており、一般労働者(フルタイム)の有効求人倍率についても2010年以降上昇基調が継続している。

業種別の人手不足の状況について日銀短観の雇用人員判断DIをみると、介護を含む小売・対個人サービスや建設・不動産など労働集約的な業種において人手不足が顕著となっている(第2-1-2図(1))。この背景には、少子高齢化によって、これらの業種に対する需要が高まっていることがあるが、この点については後ほど詳しく分析する。

少子高齢化の進展により労働供給に制約がある中で、限られた労働供給を効率的に就業に結び付けることは重要な課題である。そこで、雇用のミスマッチの程度を失業率と欠員率との関係(UV曲線2)により確認すると、この数年間においては、緩やかな景気回復が続く中で、労働需要の増加から欠員率が高まり、失業率も低下を続けている。こうした結果、2016年初の時点では、失業率と欠員率が一致する45度線の近辺に位置している。UV曲線上で失業率と欠員率が一致する点(45度線上の点)においては、労働市場の需給が均衡していると考えられ、その点における失業率の水準は、需要不足ではなく、スキルや能力などの面で求人と求職の条件が一致しないことによるミスマッチ失業3や職探しや再就職に時間がかかることによる過渡的な失業である摩擦的失業を反映していると考えられる。現在45度線上にある失業率の水準は、例えば1990年代前半のそれに比べて高い水準にあることから、ミスマッチ失業や摩擦的な失業がかつてと比べて高まっている可能性が考えられる(第2-1-2図(2))。

少子高齢化に伴う労働需要の変化

こうしたミスマッチ失業の高まりの背景には、技術や産業構造の変化などが考えられるが、最近では少子高齢化に伴う介護職員の不足にみられるように財やサービスの需要が変化し、そうした財やサービスを提供する業種の労働需要と労働供給の間にミスマッチが生じている可能性も考えられる。総務省「全国消費実態調査」を用いて、高齢者世帯が他の年齢層に比べて支出割合が多い品目4を挙げると、バリアフリーや老朽化対応などのリフォームに関連する「工事その他のサービス」や、レジャーに対応する「パック旅行費」、食料品関連などが上位となる5第2-1-3図(1))。また、医療・介護に関連する「介護サービス6」や「医薬品」も支出割合が多い。近年、高齢者層の消費がマクロの消費に占める割合が高まっている中で、我が国全体の消費品目の選好が高齢者特有の内容をより反映した形に変化している可能性がある。

こうした高齢者の増加による財・サービスに対する需要の変化に対して、労働のシフトが円滑に行われない場合には、そうした業種において人手不足が生じ、それが財やサービスの供給を制約する可能性がある。ここでは、高齢者層特有の財・サービスに対する消費が増加7した場合、間接需要も含めてどのような産業の雇用が誘発されるかを推計した上で、それらの産業における人手不足の状況と比較することで、高齢化の進展が労働需要と供給のミスマッチに影響しているかどうかを分析する。まず、総務省「産業連関表」を用いて算出した雇用誘発効果をみると8、介護サービスに関連する「対個人サービス」のほか、リフォームに関連する「建設・不動産・賃貸」や建設設計などの「対事業所サービス」、旅行に関連する「運輸・郵便・通信」、食料品に対応する「食料品」や「卸売・小売」などの雇用が増加することが分かる(第2-1-3図(2))。次に、各産業における人手不足感を日銀短観の雇用人員判断DIでみると、高齢化に伴う消費需要の増加によって誘発される雇用の度合いが大きい業種において人手不足感が高水準となっていることから、両者にはある程度の相関がある可能性が考えられる9。以上の分析を踏まえると、高齢者層において需要が高まっている分野に雇用を円滑にシフトさせるような環境を整備することは、供給制約によって未実現の高齢化による潜在需要を発現させると同時に、経済全体の労働需要と供給のミスマッチを減らしていく上でも重要な課題である。

人材確保は起業やIoT等に代表される新たな成長分野でも克服すべき課題

我が国に直接投資を行いたいと考えている外資系企業や起業を計画している経営者の間でも、人材確保が対内直接投資や起業にとって克服すべき課題となっている。外資系企業が対日投資を行う上での阻害要因について日本貿易振興機構のアンケート調査をみると、「人材確保の難しさ」が上位2位に挙げられており、その背景には、「グローバル人材確保の難しさ」や「専門人材不足」、「雇用流動性不足」などを挙げる企業が多い(第2-1-4図(1)、(2))。

また、起業時の課題については、資金調達を挙げる経営者が最も多いが、これに次いで質の高い人材の確保が挙げられている。起業による市場への参入や起業後の成長は、比較的大きな雇用の創出や収益力の向上が期待される10

さらに、最近、IoTや人工知能(AI)などを活用する「第4次産業革命」に関連する新たな成長分野においても、そうした技術を活用していく専門的な技能を有する人材が求められている。

こうした成長の芽を摘まないよう人材の確保が進みやすい環境を整備することが重要である。

2 働きたい人の労働参加の実現に向けた課題

少子高齢化に伴う産業構造の変化に対応するとともに、対内直接投資や起業を促すためには、今後の成長分野を中心に労働力を確保していくことが重要である。このため、今後、働きたいと思う人が働きやすい環境を整えることや、新卒採用に加え中途採用を活用していくことなどにより、成長分野への労働シフトを円滑に行うことが求められている。以下では、まず、働きたい人が労働参加できるような環境を整備するための具体的な課題についてみていこう。

希望する高齢者の労働参加の実現が重要

近年、健康寿命が伸長する中で高齢者の労働参加が進んでおり、これは我が国の労働力の下支えに寄与している。この背景には、厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢の引上げに併せ、65歳までの雇用確保措置が講じられていることもある11。実際に、65歳以上を定年とする企業の割合は2004年の6.5%から2015年の16.9%まで上昇している(第2-1-5図(1))。定年延長を実施した企業からは、人手不足感が強まる中、現役時からの雇用形態を維持することで12、長年培われた経験や高いスキルの流出を防止し、高齢者のモチベーションを維持できるとの声も聞かれる。

最近では景気の緩やかな回復基調に応じて、高齢者の労働参加が進展している。60~64歳の就業率は2004年の51.5%から2015年の62.2%へと、65~69歳についても33.2%から41.5%へと、それぞれ8~10%ポイント程度上昇している(第2-1-5図(2))。これを男女別にみると、男性では、60~64歳は2004年の65.4%から2015年には75.5%に、65~69歳は2004年の43.8%から2015年には52.2%へと上昇している。女性では、60~64歳は2004年の38.4%から2015年には49.4%に、65~69歳は2004年の23.8%から2015年には31.6%と上昇しており、就業率の水準は男性ほどではないものの、変化幅は男性とほぼ同様に高まっている。

このように高齢者の就業率は上昇しているが、更に高齢者が活躍できる余地はどの程度あるのであろうか。高齢者のうち、労働力に加わり得ると考えられる潜在的な労働力の規模を確かめてみよう。総務省「労働力調査」によれば60歳以上の非労働力人口の中で就業を希望する者及び失業者は、2015年時点で102万人存在する13。こうした高齢者についても、働きやすい環境の整備によって労働参加を促進できれば、一人当たりの労働時間は短いものの、雇用者数と労働時間をかけ合わせたマンアワーは、我が国全体の総労働供給を1.0%程度増加させる計算となる(第2-1-5図(3))。これに加えて、後述のように働きたい女性の労働参加も実現できれば、マンアワーでみた総労働供給を2.0%程度増加させる潜在性がある14

働く希望を持つ高齢者の雇用を促進するためには労働参加を妨げる要因を取り除いていくことが重要である。こうした要因には企業における硬直的な労働時間や現役社員の高齢者に対する抵抗感なども挙げられると考えられるが15、こうした障害を一つ一つ取り除いていくことが必要である16。その際、先進国のなかでも高齢者の労働参加が近年において急速に進展している例として北欧諸国がある。例えばスウェーデンやノルウェー、フィンランドでは2000年代にかけて、65歳以上の労働力率の変化幅が大きいが17、こうした国では柔軟な労働時間を選択できる高齢者の割合や高齢者が参加できる研修の普及度が高い傾向がみられる(第2-1-5図(4))。このように、労働時間の柔軟化や能力開発に対する取組など高齢者が働きやすい社会とするための多様な取組が功を奏しており、こうした取組は我が国にとっても参考になろう18

出産・育児・介護と仕事の両立のためには多様な働き方の実現が重要

女性の労働参加の進展も労働力確保や多様性の向上19に重要である。女性の活躍を阻む要因としては、家事や介護、育児負担の偏りやキャリア形成を阻む慣習の存在など、いくつかの課題が存在する。このうち、出産・育児・介護については、仕事との両立を図ることで女性の労働参加が進むような環境作りも重要である。総務省「労働力調査」をみると、2015年時点では、60歳未満の女性のうち、出産・育児を理由として求職活動をしていないものの、就業を希望する女性は95万人存在しているほか、介護・看護を理由として求職活動していないものの、就業を希望する女性は13万人も存在する。

こうした出産・育児・介護と仕事の両立に役立つ環境整備に向けては、まず保育所等や学童保育などの整備が重要である。近年、保育所等の整備が急ピッチで進んでおり、2014年4月から2015年4月にかけて施設数は4.3%増加し、児童定員も5.9%増加した。しかし、待機児童数は女性の更なる労働参加等もあって同期間に8.4%増加している(付図2-2)。今後も待機児童を解消するよう保育所等の整備や保育の担い手となる保育人材の確保が求められる。

また、子育てに係る突発的な病気や怪我などに対する支援ニーズに応えていく必要もある20。これには病児保育施設の拡充等だけでなく、テレワークやフレックスタイム等により、柔軟に働く場所や時間を選択できるような多様な働き方の実現のほか、配偶者が子育てや介護の負担をシェアできるよう、労働者の働き方を、長時間労働などを前提としたものから変えていくことなどが重要である。

高齢者や女性の労働参加に向けた税制・社会保障制度等の見直し

働く時間を増やしたいと考える高齢者や女性の労働意欲を削がないよう、税制・社会保障制度・配偶者手当等の見直しに向けた検討を進めることも重要である21。近年、女性や高齢者を中心に労働時間が短いパートタイム労働者が増加してきたが、男女別かつ年齢別に、時給及び労働時間の推移をみると、60歳未満の女性パートタイム労働者では、時給が一貫して上昇傾向にある中で、労働時間は減少してきた(第2-1-6図(1)、(2))。

女性や高齢者を中心とした労働時間に関しては、配偶者の収入が130万円を超えると社会保険の扶養範囲から外れることや、同収入が103万円を超えると納税者本人が受ける配偶者控除が減少すること、また、配偶者の勤務先で支給される配偶者手当等を意識することにより、配偶者が就労調整22を行っていること等が23指摘されてきた24。このうち、社会保険については、扶養されるパートタイム労働者の年収が130万円を超過した場合は、被扶養者とみなされなくなるため、医療及び年金保険料の支払が必要となる結果、保険料負担を忌避する家計25及び企業がパートタイム労働者の労働時間を抑制しようとする問題がある。アンケート調査26によると、社会保険料の支払発生を懸念し、パートタイム労働者の労働時間を抑制している企業が一定程度存在することが分かる。

この点については、多様な働き方を推進する中で、パートタイム労働者への被用者保険の適用拡大を着実に進め、将来受け取る年金を充実させていくとともに、働きたい人が働きやすい税・社会保障制度とする必要がある27

2016年10月より一定規模以上の企業の労働者を対象に週20時間、月額8.8万円を超えると被用者保険が適用されることとなっており28、130万円の壁の解消に向けた取組であると考えられる29。また、被用者保険の適用拡大に際して、就業調整を防ぎ、その円滑な推進を図る観点から、平成28年度予算においてキャリアアップ助成金を活用した短時間労働者の就業促進のための対策30が講じられている。

今後も、経済、社会環境の変化に合わせて、働くことを希望する人の就労意欲を削がないよう税制・社会保障制度・配偶者手当等を不断に見直していくことが重要である。

3 成長分野への労働力の円滑なシフトに向けた課題

前述のとおり、経済全体でみて労働需要と供給のミスマッチがかつてに比べて高まっている可能性があり、その背景には、少子高齢化の進展に関連した医療・介護等の分野に加え、IoTや人工知能(AI)などに代表される新しい成長分野における労働需要の高まりに対し、労働供給のシフトが円滑に進んでいないことも影響していると考えられる。ここでは、ミスマッチを解消していくための転職市場の機能について焦点を当てて分析する。

就職率は過去最高水準

新規学卒者の採用市場(新卒市場)では、最近、人手不足感が強まる中で、大学等卒業者及び高校卒業者ともに就職率(内定率)は97%台と過去最高水準まで改善しており、新卒者にとっては良好な環境が継続している(第2-1-7図(1))。

1990年代から2000年代前半にかけて少子高齢化・人口減少に加え、経済成長率の低下による労働需要の減少から、高校・大学・大学院卒業者における就職者数が減少したが、2011年以降は緩やかに増加している(第2-1-7図(2))。

転職市場の規模は小さく、企業は求める人材を見つけにくい

少子高齢化の下で中長期的には新卒市場の規模の拡大には限りがあるなか、多くの企業は、即戦力となる労働力の確保の必要性から、中途採用スタンスを積極化している。内閣府による「企業の人材活用に関する意識調査」31(以下、「企業意識調査」という。)で企業の中途採用スタンスをみると、2014年度から2017年度にかけて、中核的業務32や専門業務33について正社員の中途採用を強化すると回答した企業の割合が高まっている。また、その理由として「スキルや経験をもち、即戦力となる人材を求めるため」と回答する企業が約9割を占めており、団塊世代の定年退職等を受けて減少した中核的人材や、急速に技術変化が進む中で専門的な能力を備えた人材への需要が高まっていると推察される34第2-1-8図(1)、(2))。

このように企業が中途採用を強化する一方で、我が国の転職者数の推移をみると、2006年~07年に346万人となった後、世界金融危機後の2009年~10 年にかけて大きく減少し、2015年においても300万人程度(就業者の5%弱)にとどまっている35第2-1-8図(3))。

企業からみた中途採用を進める上での課題について、「企業意識調査」によれば、約6割の企業が「求める人材が探しにくい」と回答し、約3割が「前職における働きぶりが分からない」、約2割が「中途採用候補者が求める給与水準が高い」や「経験やスキルに応じた柔軟な賃金設定が困難」と回答している(第2-1-8図(4))。

企業は、必要な人材が探しにくいことや、企業と労働者の間の希望する賃金水準の隔たりを挙げていることから、企業が中途採用候補者のスキルや能力を判別しにくいことや、賃金水準に関して共通認識が乏しいことが我が国の転職市場が拡大していかないことの一要因と考えられる。

我が国の労働市場における人材のマッチングの効率性は低水準

中途採用候補者のスキルや能力、それに相応しい賃金水準などに関する情報について、企業と中途採用候補者の間には隔たりがある。そうした中で労働市場におけるマッチングのしやすさ(効率性)は他国と比べて小さいのであろうか。こうした効率性についてマッチング関数36を推計することで各国比較してみよう37

各国の新規雇用者数、失業者数、求人数を用いて、マッチング関数を推計し、これを基に失業者の中で就職できる人数の割合を確認すると、求人数と失業者数が一致している時には、アメリカが最も高く、次いでスウェーデン、ドイツ、英国、最後に日本となっており、我が国のマッチングの効率性は各国と比較すると低水準となっている(第2-1-9図(2))。

マッチングの効率性は能力開発などの充実度と関係している可能性

各国ごとのマッチングの効率性の差は何によって生じているのであろうか。これを確かめるため、ここではアメリカとスウェーデンの労働市場の慣行や経済政策の違いを確認してみよう。

まず、アメリカでは、雇用者保護法制は他国と比較して緩く、比較的解雇が容易である中で、雇用調整速度が速いことが特徴として挙げられる38。これにより、従業員の解雇が容易である分、企業の雇用も積極的になっているものと推察される。こうした雇用慣行が、労働市場のマッチングの効率性を高めている可能性がある。

一方、スウェーデンでは、解雇手続きや解雇理由の定義が厳格であり解雇法制の客観性・透明性が高いとされる39。また、就業の促進を企図した職種別の職業訓練や資格取得などの雇用可能性を高めるための取組に多額の予算が当てられている。このような政府の取組もあって、転職を好意的にとらえている若年層の割合は他の国に比べ高い(付図2-4(2))。こうした手厚い公的支援により、労働市場のマッチングの効率性が高まっていることが考えられる。

我が国では、スウェーデンなどに比べ労働者の雇用可能性を高めるための公的支援は少ないほか、終身雇用的な働き方に特徴付けられる雇用慣行が存在するために、諸外国と比べて転職市場の活用が遅れてきたという面がある。こうした影響が労働市場のマッチングの効率性を低いものにとどめている可能性がある。

なお、世界金融危機以降の失業率(2008年-14年の平均値)をみると、アメリカ、スウェーデンともに7.9%であり、我が国の4.4%と比べ高水準である一方、マッチングの効率性は我が国を上回っていることから、少なくとも失業率の高低は必ずしもマッチングの効率性の高低と対応しているわけではない(第2-1-10図)。ただし、失業者に占める1年以上失業している長期失業者の割合(2008年-14年の平均値)については、スウェーデンの16.0%、アメリカの23.6%と比べ、ドイツの46.8%や我が国の36.6%は高いことから、マッチングの効率性と関係している可能性がある。

以上のことから、我が国の転職市場の規模は伸び悩んでおり、その機能としてのマッチングの効率性も諸外国と比べると低水準となっている可能性があると考えられる。今後、少子高齢化に伴う産業構造の変化や技術の進歩に柔軟に対応していく上で、働き方の多様化や、各企業による月平均所定外労働時間や有給休暇の平均取得日数などの職場情報の更なる開示、適切な環境を整備した上での採用選考活動等へのインターンシップの活用等は、転職市場の規模の拡大や機能の向上に資すると考えられる。なお、最近では、若年において賃金の上昇につながる転職がみられており、中には中途採用者も重要なポストに配属される例も散見されている。こうしたキャリアアップにつながる動きを加速させることも重要である。


(1)60歳以上の就業者数の推移をみると、2007年~15年まで一貫して増加しているものの、団塊世代は2011年の377万人から2015年には263万人まで減少した(第2-1-1図(3))。
(2)UV曲線(Unemployment-Vacancy Curve)とは、失業率(分母を雇用者数と失業者数の和とした雇用失業率)と企業内の人員過不足感を示す欠員率(欠員率の高さは求人が多いことを示す)の逆相関の関係に着目し、労働市場の状況を分析するもの。UV曲線上で両者の関係が右下に変化することは労働市場の需給改善を示し、左上に変化することは、需給悪化を示す。また、需給のミスマッチが高まるとUV曲線は原点から遠ざかり、縮小すると原点に近づくことになる。なお、UV曲線上で失業率と欠員率が一致する点(45度線上の点)は労働市場の需給が均衡する点(需要不足失業が存在しない点)を示す。
(3)構造的失業ともいう。詳細は齊藤・岩本・太田・柴田(2016)を参照。
(4)経済産業省(2015)『高齢者世帯の消費活動のインパクト~延長産業連関表を用いた試算~』を参照。
(5)15年前の1999年の全国消費実態調査を用いて、高齢者特化係数が高い消費財・消費サービスを確認しても、上位に挙がる消費財・消費サービスは2014年調査とほとんど変わらず、安定していることが分かる。
(6)「介護サービス」は高齢者世帯の直接的な消費額に加え、医療費の公的負担分(政府の負担分)も加味している。
(7)特化係数上位15品目に関する高齢者世帯の消費額を高齢者世帯特有の消費と称する。
(8)ここでは、高齢者の消費需要が仮想的に1兆円増えた場合の雇用誘発効果を算出し、これと人手不足感を比較した。詳細は付注2-1参照。
(9)「宿泊・飲食サービス」では人手不足感の強まりが高いが、これはパートタイム労働者が多いという業種特性や近年の外国人観光客の増加などが影響している可能性が考えられる。
(10)内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2015)第2章第1節を参照。
(11)企業に求められる雇用確保措置について、高年齢者雇用安定法では、2000年の努力義務化、2004年の段階的義務化を経て、2012年には就業を希望する65歳までの高齢者全員について義務化された。これは定年を定めている全ての企業が対象。
(12)もっとも、雇用形態は維持しつつも、50歳以降の賃金水準を引き下げている企業も存在。なお、再雇用の場合は一度解雇した後、基本的には1年契約で更新する雇用形態に変化。
(13)「労働力調査」は月末1週間の就業・不就業の状態を把握しており、内職などの収入を伴う仕事を1時間でも臨時的に働けば就業者に分類される点には留意。
(14)希望した人が就労できるという機械的な試算であるが、実際には就労に当たって様々な制約条件がある点には留意する必要がある。
(15)日本における労働時間の硬直性や高齢者の定年到達の際に再雇用や勤務延長を希望しなかった理由別の割合については内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2015)第1章第2節を参照。
(16)なお、高齢者の就職経路については、50歳代後半対比、60~64歳では縁故への偏りがみられる。民間職業紹介やハローワークなどの他の入職経路の拡大も求められる(付図2-1)。
(17)2000年から2010年までの労働力率の変化幅は、スウェーデンが3.2%ポイント、ノルウェーが7.1%ポイント、フィンランドが4.1%ポイントとなっており、我が国(-2.7%ポイント)に比べ大きい。ただし、我が国では2010年~15年にかけて2.2%ポイント上昇している。また、65歳以上の労働力率の水準(2010年)については、日本(19.9%)がスウェーデン(13.5%)、ノルウェー(18.3%)、フィンランド(7.8%)を上回っている。
(18)内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2015)の第1章第2節も参照。
(19)Berliant and Fujita(2011)では、多様性(diversity)の向上は生産性向上につながることが理論的に示されている。
(20)これは介護対応についても同様。近年、介護離職者数は増加傾向にある(付図2-3)。
(21)「経済財政運営と改革の基本方針2016」(平成28年6月2日閣議決定)では、「女性が働きやすい税制・社会保障制度・配偶者手当等への見直しについては、働きたい人が働きやすい環境整備の実現に向けた具体的検討を進める」とされている。
(22)「女性の活躍推進に向けた配偶者手当の在り方に関する検討会報告書」(平成28年4月)において、「配偶者の収入要件のある「配偶者手当」は、税制、社会保障制度とともに女性パートタイム労働者の「就業調整」を生じさせる要因となり、女性がその持てる能力を十分に発揮できない状況を生じさせていると考えられる。」とされている。
(23)「日本再興戦略改訂2015」(平成27年6月30日閣議決定)においては、「女性の活躍の更なる促進に向け、税制、社会保障制度、配偶者手当等の在り方については、世帯所得がなだらかに上昇する、就労に対応した保障が受けられるなど、女性が働きやすい制度となるよう具体化・検討を進める」こととされている。
(24)厚生労働省(2011)「平成23年パートタイム労働者総合実態調査」によれば、配偶者がいる女性パートタイム労働者が就業調整する理由として、「自分の所得税の非課税限度額(103万円)を超えると税金を支払わなければならないから」や「一定額(130万円)を超えると配偶者の健康保険、厚生年金等の被扶養者からはずれ、自分で加入しなければならなくなるから」、「一定額を超えると配偶者の会社の配偶者手当がもらえなくなるから」等が挙げられている。
(25)ただし、年金については、扶養から外れ、厚生年金の第2号被保険者となることで、将来の年金額は増加する。
(26)独立行政法人労働政策研究・研修機構「社会保険の適用拡大が短時間労働に与える影響調査」(2013年)より、一般パートを雇用している事業者の18.7%が、短時間労働者を雇う理由として「社会保険の負担が少なくて済むから」を選択している。
(27)年金機能強化法では、2016年10月からの短時間労働者への被用者保険の適用拡大について、3年以内に検討を加え、その結果に基づき必要な措置を講じることとされている。
(28)平成28年10月から、従業員501人以上の企業については、週20時間以上、月額8.8万円以上、勤務期間1年以上見込み、学生以外の者に被用者保険の適用対象が拡大される。これにあわせて、500人以下の企業についても労使の合意に基づき、企業単位で短時間労働者への適用拡大を可能とする法案が国会に提出されたが、継続審議となっている。
(29)厚生労働省(2014)によれば、今回の対象は25万人程度と見込まれる。
(30)短時間労働者の賃金引上げや本人の希望を踏まえて働く時間を延長し、人材確保を図る事業主に対しキャリアアップ助成金を支給する。
(31)内閣府では、人手不足の中における企業の人材活用に関する取組の現状及び変化などを把握する目的に「企業の人材活用に関する意識調査」を実施した。当該調査の概要については付注2-2を参照。
(32)中核的業務とは、管理業務(管理職・経営管理)、企画業務(商品企画、商品開発・販売促進・営業企画等)、営業業務(商品の販売に関する交渉、受注、契約締結等の業務)。
(33)専門業務とは、専門的な知識・技術を必要とする業務。
(34)なお、企業のサポート業務に対する正社員の需要は2014年度から2017年度(見込み)にかけてもそれほど高まっていない。サポート業務とは、定型業務(マニュアル等に従う業務)、補助業務(事務や秘書など、他者の補助を行うための職務)。
(35)また、先進国における勤続年数10年以上の労働者の割合をみると、我が国は高水準であるほか、青少年の転職の考え方についても、欧米先進国対比、転職を否定的に捉える者の割合が高く、好意的に捉える者の割合は低いことからも、我が国の転職市場は欧米先進国対比小さいものにとどまっていることが示唆される(付図2-4)。
(36)マッチング関数とは、ある一定期間に労働市場でどれだけの雇用が実現するのかについて、労働市場を企業の求人と求職者のマッチングが行われる場と捉え、新規雇用者数、求人数、失業者数を定式化したものである。詳細は付注2-3を参照。なお、労働市場の効率性の解釈としては「失業者数と求人数が同数存在した場合に、実際に雇用に結びつく失業者の割合」と捉えるとわかりやすい。
(37)マッチングの効率性については、齊藤・岩本・太田・柴田(2016)を参照。
(38)内閣府(2009)、日本銀行(2010)を参照。
(39)OECDの雇用保護指標をみると、「解雇手続きの厳格さ」や「解雇理由の定義の厳格さ」、「不当解雇の保障」などが高い。詳細は日本銀行(2010)を参照。
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