第1章 景気動向と好循環の確立に向けた課題 第3節

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第3節 財政・金融政策の動向

アベノミクスの取組の下、経済再生・デフレ脱却と財政健全化が一体として進められ、我が国経済はデフレ状況ではなくなり、経済の好循環が回り始めている。本節では、我が国財政の現状について概観した上で、国・地方の基礎的財政収支の改善に大きく貢献している歳入の動向に焦点を当てて分析し、財政健全化の観点からも経済再生・デフレ脱却が重要な役割を果たすことを示す。その上で、早期のデフレ脱却に向けた日本銀行の取組の効果について確認する。

1 我が国の財政状況

我が国の現下の財政状況をみると、長年にわたって財政赤字が継続したことから、国・地方の債務残高対GDP比は2倍を超える水準に上昇している。こうした中、政府は「経済・財政再生計画」に基づき、「経済再生なくして財政健全化なし」を基本とし、経済再生・デフレ脱却と財政健全化に向けた取組を進めている。

デフレ状況ではなくなる中、債務残高対GDP比上昇に歯止め

我が国財政の現状について、国・地方の債務残高対GDP比の変動要因を確認する。まず、債務残高対GDP比全体の動きをみると、1990年代半ば以降、一貫して上昇を続けている(第1-3-1図)。2000年代半ばには、その上昇幅に一時的な縮小がみられたものの、世界金融危機が発生した2008年度以降、再びその上昇幅は拡大した。ただし、最近の動きをみると、2012年度以降は上昇幅が縮小しており、2016年度にかけて低下に転じる見込みである。

このような債務残高対GDP比の動向の要因を確認すると、1990年代末以降、基礎的財政収支要因、利払費要因、及びGDPデフレーター要因が一貫して債務残高対GDP比を押し上げてきた。一方で、2012年度以降の上昇幅の縮小については、基礎的財政収支の赤字幅が縮小していることと、GDPデフレーターのマイナス幅が縮小し2014年度にはプラスに転じたことが寄与していることが分かる。GDPデフレーターを含めた物価の動向については、第1節で確認した。そこで本項では、基礎的財政収支の改善の要因について検証する。

基礎的財政収支の改善には税収の増加が寄与

基礎的財政収支対GDP比の変動要因を歳出と歳入に分けてみると、歳出面については、高齢化が進展する中で社会保障関係費の増加がマイナス方向に寄与している64。歳入面については、税収が世界金融危機により大きく落ちこんだ後、着実に回復し、改善に寄与していることが分かる(第1-3-2図(1))。特に2013年度以降は、対前年度比の増加幅も拡大しており、2014年度については、水準でも世界金融危機前の2007年度を上回るなど、税収増加が基礎的財政収支対GDP比の改善をけん引している。

最近の国・地方の税収の内訳をみると、2014年4月の消費税率の引上げによって間接税が大きく増収となったほか65、アベノミクスの取組の下、経済の好循環が進展する中で、法人税、所得税についても増加している(第1-3-2図(2))66。以下では、こうした税収増加の背景について分析を行うが、その際、間接税については消費税率引上げの寄与が大きいことは既に述べたとおりであるため、法人税と所得税に焦点を当てて検証する。

法人税収は、デフレ状況ではなくなる中、増加

法人税収の動向は、名目及び実質の経済成長率、法人実効税率、制度変更や繰越欠損金などによる課税ベースの動向など様々な要因で決定される。そこで、法人税収の変動要因についてみるため、実効税率、課税ベース、GDPに占める法人所得の割合(法人分配比率)、GDPデフレーター、実質GDP成長率の各要因に分けて、その動向を確認する67第1-3-3図)。まず、中長期的な動きをみると、物価下落によって、デフレーター要因は1990年代後半以降、一貫して押下げ要因となっており、また、実質GDPの動向を表す成長要因もプラスの寄与は維持しているものの小幅な寄与にとどまった。言い換えれば、実質成長率の伸びが低く、GDPデフレーターが低下したことにより、名目成長率の伸びによる法人税収の伸びへの寄与は小さかったといえよう。ただし、2014年度にはGDPデフレーターはプラスに転じ、増収に寄与するようになっている68。実効税率要因については、累次の引下げが行われる中で税収への寄与はほぼマイナスで推移した。法人分配比率要因については、2000年代前半まではプラスに寄与していたが、以降はほぼ横ばいとなっている69。こうした中で、最近の法人税収の回復に大きく寄与したのが課税ベースの拡大である。課税ベース要因70については、ここでは単純に法人所得に対する課税所得の割合でみているが、世界金融危機を含む2000年代後半に大きく落ち込んだ後、2010年代にはその落ち込みを上回る増加となるなど税収増に大きく寄与しており、2014年度には世界金融危機前の水準を回復している(第1-3-3図(2))。法人税の課税ベース要因については、赤字法人の所得が繰越欠損金控除として税収を侵食してきたとの指摘がされてきた71。そこで、次に繰越欠損金控除の動向を確認しよう。

法人税の課税ベースは繰越欠損金の減少などにより拡大傾向

繰越欠損金控除額の動向(対GDP比)について利益計上法人の控除前所得とあわせてみてみよう(第1-3-4図(1))。まず、赤字法人の所得については、90年代半ば以降悪化している。こうした状況が続いた背景には、バブル経済の崩壊とそれに続くバランスシート調整やアジア金融危機、世界金融危機を始めとする内外の経済ショックの影響があったことなどが挙げられる72。ただし、最近の動向をみると2009年度以降、赤字法人の所得のマイナス幅の対GDP比は縮小傾向で推移している。また、2010年度以降は、利益計上法人の数は増加、赤字法人の数は減少しており、赤字法人の割合も低下している(第1-3-4図(2))。こうした中、繰越欠損金の翌期繰越額についても減少傾向にある(第1-3-4図(3))。

経済再生と財政健全化を両立させるためには、法人実効税率の引下げと合わせて、課税ベースの拡大によって、より広く税負担を分かち合う構造へと改革することで、企業活動を活発化させ、その成果として税収が増加するという流れを作っていくことが重要である。平成27年度より、成長志向の法人税改革が進められており、平成28年度の税制改正においては、租税特別措置の見直しや繰越欠損金控除の更なる見直しなど、課税ベース拡大に向けた措置が取られている。今後とも、経済再生と財政健全化の実現に向けては、こうした改革の趣旨を踏まえ、収益力拡大に向けた企業活動が活発化することが期待される。

所得税収の増加には配当所得や給与所得の増加が寄与

次に、所得税の動向を確認する。所得税収の大宗を占める源泉所得税73は、全体としては、2011年以降、前年比プラスで推移しており、特に2013年以降はその増加幅は顕著に拡大している(第1-3-5図)。内訳についてみると、配当所得と給与所得が増加に寄与していることがわかる。配当所得については、アベノミクスの取組の下、景気が緩やかな回復基調にある中で、企業収益が増加したことが背景にあると考えられる74。また、給与所得については、2013年には前年比で増加に転じ、2014年も引き続き増加しているが、これはデフレではない状況となる中で、2013年以降は総雇用者所得(名目)がプラスに転じるなど、好循環の進展が背景にあると考えられる。両者ともに、着実な増加がみられるが、本項では、特に源泉所得税収の約60%を占めており75、その動向が所得税収全体に与える影響が相対的に大きいと考えられる給与所得税収の動向について確認する。

給与所得税収については働く意欲がある者の労働参加と賃上げの継続が重要

給与所得税収の動向の背景について、実質GDP要因、GDPデフレーター要因、労働分配比率要因、平均税率要因に分けて確認する76。まず、実質GDP要因については、2012年以降、小幅なプラスの寄与で推移しており、デフレーター要因については、2013年まで下押しに寄与したものの、デフレ状況ではなくなる中で、2014年には17年ぶりにプラス寄与に転換している(第1-3-6図(1))。

労働分配比率要因については、特に2012年以降は前年比小幅なマイナスで推移しているが、こうした傾向は、企業収益が大きく上昇した2013年以降も継続しており、高い企業収益に比して、労働分配率が上昇せず、給与所得の伸びが緩やかなものにとどまっていることが現れている77。最後に、給与所得に対する税収の割合である平均税率要因については、年ごとに増減を繰り返しているが、2013年には大きく増収に寄与し、2014年も小幅ながら引き続きプラスに寄与している。

こうした平均税率要因の変動の背景について、以下では詳しくみてみよう。給与所得に対する税収の比率については、所得税負担が累進構造を採っていることから、給与所得階層の人数構成の変化などに左右される。こうした累進構造は、所得控除と累進税率との組み合わせで実現されることから、まず、各種控除の動向について確認すると、給与所得に占める「基礎控除と給与所得控除の合計」及び「その他控除」の割合はそれぞれおおむね同水準で推移しているものの、高齢化に伴い社会保険料が趨勢的に増加する中で、「社会保険料控除」の割合が上昇している78第1-3-6図(2))。

次に、所得階層別の給与所得の納税額の動向について、2012年から2014年にかけての変化をみると79、1000万円超の所得階層の納税額が相対的に大きく増加しており、特に、2500万円超の階層において納税額が大きく増加していることが分かる80。ただし、他の所得階層においても納税額は増加しており、幅広く税収の増加がみられている。(第1-3-6図(3))。また、所得階層ごとの給与所得者の人数の変化をみると、全体として、2012年から2014年にかけて給与所得者の数が201万人増加しており、「200万円超から300万円以下」、「400万円超から500万円以下」、「1000万円超から1500万円以下」などの階層で比較的大きな増加がみられるが、総じてみれば、幅広い階層にわたって増加がみられている(第1-3-6図(4))。また、100万円以下や200万円以下の階層でも給与所得者の増加がみられるが、こうした所得階層については、最低賃金の引上げや賃上げの動きが加速すれば81、より所得の高い階層の人数が増えることで、結果として、中長期的にみても税収の増加により大きく寄与していく可能性もある。

以上を踏まえると、所得税については、景気の回復が進む中で、賃金が上昇するとともに、納税者の数についても雇用環境の改善によって増加がみられ、税収の増加につながっている。今後、経済の活力を維持しつつ、所得税収の中長期的な押上げを図っていくには、賃上げの流れを継続するとともに、少子高齢化の中で、働く意欲がある者の労働参加を促進することで成長力の強化を図っていくことが重要である。

財政健全化には経済再生・デフレ脱却と一体で取り組む必要がある

財政健全化の進捗状況とその変動要因について法人税、所得税を中心に検証した。経済再生・デフレ脱却に向けた取組が進む中、法人税については、最近は利益計上法人の数が増加するとともに、繰越欠損金控除が縮小してきている。所得税については、雇用の改善によって納税者数は増加しており、働く意欲がある者の労働参加と賃上げの継続が重要である。こうした税収の改善は、景気の緩やかな回復基調の継続に加え、デフレではない状態になったことが寄与している。したがって、引き続き、公共サービスの無駄をなくし、質を改善するための歳出改革も含め、経済再生・デフレ脱却と財政健全化を一体として取り組んでいくことが求められる。

2 金融政策の動向

日本銀行は2%の「物価安定の目標」の早期の実現のため、2013年4月に「量的・質的金融緩和」を導入した後、2014年10月にはその拡大を決定し、さらに2016年1月には「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入を決定した。本項では、一連の金融政策の効果について、想定される波及経路ごとにその影響を確認する。

マイナス金利を含む一連の金融政策は3つの波及経路を通じて実体経済に影響

まず、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の概要について簡単に確認する。「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」は、2013年4月の「量的・質的金融緩和」の導入以来とられてきた、金融市場調節の対象としてのマネタリーベースの増加の「量」、買入れする資産の「質」という観点に加え、金融機関が保有する日本銀行の当座預金の一部について0.1%のマイナス金利を適用するという「金利」面を加えた3つの次元で金融緩和を進めていくものである。こうしたマイナス金利の適用を含めた日本銀行の一連の金融政策は、3つの波及経路を通じて実体経済に影響を与えると考えられる。具体的には、<1>イールドカーブの押下げ、<2>ポートフォリオ・リバランス、<3>予想物価上昇率の上昇である。これらの波及経路のうち、マイナス金利の適用については、イールドカーブの起点を引き下げることによって金利全般により強い下押し圧力を加え得るという点が主な特徴であると考えられる。以下、それぞれの波及経路ごとの状況を確認する。

イールドカーブはマイナス金利の導入後、全体的に押下げ

第一に、短期から長期にかけての年限ごとの国債利回りを示すイールドカーブの動向についてみる。「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入が決定された本年1月の水準と本年7月初めの各年限の金利水準を比べると、残存期間15年程度までの金利がマイナスとなっており、マイナス金利の導入による押下げ効果が出ていると考えられる(第1-3-7図(1))。こうした中、銀行貸出金利や住宅ローン金利については、この数年間低下傾向にあるが、マイナス金利の導入後には一層の低下がみられている(第1-3-7図(2))。

ポートフォリオ・リバランスは緩やかに進展

第二に、ポートフォリオ・リバランスの状況について確認する。ポートフォリオ・リバランスとは、日本銀行が国債などの資産を大量に購入することで、投資家や金融機関の国債投資が減少する中で、貸出のほか株式や外債等のリスク資産の運用を積極化させることである。こうした民間部門の資産運用の変化を確認するために、日本銀行以外の主体による投資フローをみると、「量的・質的金融緩和」導入後、全体として国債保有を減らし、対外投資、株式・投信への投資や貸出を増加させる動きが強まっている(第1-3-8図(1))。そこで、特に国債の保有シェアの低下がみられる国内銀行82の資産の動向をみると、国債の保有は量的・質的金融緩和の導入直前の2013年3月から直近の2016年4月にかけて70兆円減少する一方で、日銀当座預金は142兆円、貸出金は40兆円、その他の資産の保有は33兆円、それぞれ増加しており、全体として資産残高が増加する中で、リスク資産も増加している(第1-3-8図(2))。このうち、その他の資産の内訳についてみると、2015年後半からの為替レートの円高方向への動きを受けて、海外資産の保有や外国証券の保有は前年比でみると増加テンポが緩やかになっているものの、増加の動きが続いている。このように、民間金融機関による国債の保有が低下する一方で、その他のリスク資産の保有は増加しており、緩やかにポートフォリオ・リバランスが進展している(第1-3-8図(3))。

予想物価上昇率については、最近はやや弱めの動き

第三に、予想物価上昇率の動向を確認する。予想物価上昇率については、主体によって予想形成に用いる情報に違いがあるため、方向性や水準が異なることがある。例えば、家計の場合には食料品やガソリンなど購入頻度が高い品目の価格動向に大きく左右されるが、エコノミストの場合にはマクロの経済変数等に基づいた予測値となる傾向が強い。その上で、予想物価上昇率の動きをみると、まず、家計については、2013年4月の「量的・質的金融緩和」導入後に上昇し、以降は安定的に推移してきた(第1-3-9図)。エコノミストや市場参加者については、2014年前半にかけて上昇し、その後も一部の指標を除き83、2015年にかけて、おおむね安定的に推移してきた。ただし、2016年に入ってからは、原油価格の上昇はあるものの、円高方向の動きによる下押し圧力がある中で、いずれの主体でも弱含んでいる。このように、予想物価上昇率の動きについては、金融政策だけでなく、原油価格の変動等によっても影響を受けると考えられるため、政策効果だけを取り出してみることは難しい。ただし、最近は、やや弱めの動きとなっている点は注意が必要であろう。

予想物価上昇率が高まっていくには、家計や企業が将来の物価上昇を見込めるようになる必要がある。そのためには、上に述べたような日本銀行の取組に加え、成長力強化に向けた取組などを通じて潜在成長率を高めていくことが重要であり、引き続き、政府と日本銀行が一体となった取組が求められる。

中小企業向け貸出や、社債の発行残高が増加

ここまで、量的・質的金融緩和の効果について、波及経路ごとに確認したが、こうした動きが経済にどのような影響を与えているかについて、特徴的な点について整理する。まず、国内銀行の貸出の動向をみると、2013年7-9月期以降、特に中小企業向けが増加を続けていることが分かる。この傾向は「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入後も継続しており、こうした動きが更に継続すれば中小企業などによる設備投資などの前向きな企業活動に寄与する可能性がある(第1-3-10図(1))。

また、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」導入後の特徴的な動きとして社債発行の動きが挙げられる。社債の発行残高については、2011年後半から趨勢的に減少傾向にあったが、2016年4月に増加に転じている(第1-3-10図(2))。この背景については、国債金利がマイナスとなる中で、発行企業にとっては、社債による資金調達コストが低下する一方で、投資家にとっては、相対的に利回りが高い社債の魅力が高まっている可能性が考えられる。

住宅市場を取り巻く環境については、住宅ローン金利の低下傾向が続く中で、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」導入後には一段と金利が低下し、住宅ローンの借り換えの動きがみられている。こうした中で、金利低下によって住宅取得能力は足下で改善がみられる(第1-3-10図(3))。また、一般消費者の不動産購入意識は本年2月以降好転しており、不動産に対する消費者のマインドに改善がみられている(第1-3-10図(4))。こうした動きが今後の住宅市場の活性化に結び付くことが期待される84

「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」については、今後の効果の発現に期待

以上、日本銀行の金融政策の効果について確認した。予想物価上昇率については、「量的・質的金融緩和」導入後に上昇し、以降は安定的に推移してきたものの、最近は、やや弱めの動きをみせている。イールドカーブについては「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入後に一段の押下げがみられており、各種金利への波及効果もみられる。また、ポートフォリオ・リバランスについては、量的・質的金融緩和の導入後、緩やかに進展している。こうした中、貸出や住宅ローン金利の低下や社債発行残高の増加など一部に変化の兆しもみられている。

金利の低下は、資金の需要者にとっては金利負担の低下を意味するが、一方で資金の供給者にとっては金利収入の低下を意味し、資金の供給者が収益を向上させるには新たな投資先の開拓が重要となる。こうした意味では、政府による成長力強化の取組によって、高い成長力と収益が見込まれるような投資先として魅力的な企業が増えれば、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」による金利の低下がこうした企業への投資の拡大につながり、ひいては、我が国経済全体を活性化させることになろう。このように、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」については、政府による成長力強化の取組とあいまって、今後、我が国経済の活性化に向けた効果が発現していくことが期待される。

まとめ

以上、第1章では、景気動向と好循環の確立に向けた課題について確認した。我が国経済は、雇用・所得環境は改善しており、企業収益も高い水準にあり、景気は、緩やかな回復基調が続いているが、個人消費や設備投資は力強さを欠いた状況にある。世界経済の脆弱性やリスクの高まりなど我が国経済を取り巻く環境に不透明さがある中で、回り始めた好循環を確立するよう、個人消費や設備投資等にみられる需要の弱さを克服し、経済成長と財政健全化の双方を達成することが大きな課題である。個人消費が力強さに欠けているのは、賃金の伸びが緩やかなものにとどまっていることもあるが、所得の伸びと比べても消費の伸びは弱い。こうした背景には、2014年4月の消費税率引上げの影響に加え、耐久財の買い替え需要の先食い、子育て期や退職期にある世帯の消費慎重化などがある。したがって、賃上げの動きを継続するとともに、第2章で分析する働き方の多様化を進め、働きたい人が職に就けるような広い意味での労働環境の整備も重要な課題である。また、設備投資については持ち直しの動きがみられ、中小企業の投資拡大など広がりもみられるが、企業収益の増加と比べて低い伸びにとどまっている。企業の前向きな動きを引き出すためには、成長戦略の推進等によって成長機会を拡大させるとともに第3章で論じるようなコーポレート・ガバナンスなどの構造的な取組が重要である。

財政については、アベノミクスの取組の下、デフレ状況ではなくなる中で、税収の増加を中心に、基礎的財政収支の改善がみられている。こうした税収の改善は、消費税率の引上げによる税収増だけでなく、緩やかな景気の回復基調やデフレからの脱却の進展、それに伴う赤字法人の減少、雇用の増加などが大きく貢献している。このように、経済再生・デフレ脱却と財政健全化を一体とした取組を進めることが重要である。

金融政策については、これまでの「量的・質的金融緩和」に加え、2016年初に導入された「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の効果もあって、金利は幅広い年限にわたって低下するとともに、ポートフォリオ・リバランスは、引き続き緩やかに進展している。ただし、予想物価上昇率が最近はやや弱い動きをみせており、政府による成長戦略等の取組とあいまって、金融政策の効果が経済の更なる活性化につながり、デフレ脱却に向けた動きを加速していくことが期待される。


(64)ただし、歳出面では、現役世代の生活保護世帯数や失業給付の支出額の減少、被用者保険の被保険者数の増加、歳出改革の取組等により成果が生まれてきている。
(65)平成28年1月21日の経済財政諮問会議麻生議員提出資料によると、2014年度の国税・地方税のうち、消費税率引上げ分は5兆円台後半とされている。
(66)財務省「租税及び印紙収入、収入額調」では、2015年度の決算額(概数)と2014年度の決算額を比較した場合、税収の一般会計分は2.3兆円増加、所得税は1.0兆円増加、法人税は0.2兆円減少、消費税は1.4兆円増加している。
(67)法人分配比率要因はSNAベースの法人所得を名目GDPで除したもの。そのため、例えば勤労所得から法人所得へシフトした場合には増加する。課税ベース要因は、法人税の課税所得を法人所得で除したもの。
(68)2014年度のGDPデフレーター上昇率は2.4%であるが、2014年4月の消費税率引上げの影響を除いた場合、2014年度のGDPデフレーターの変化率は1.1%程度と見込まれている(「平成28年度の経済見通しと経済財政運営の基本的態度」(平成28年1月22日閣議決定)。
(69)法人所得の割合の上昇については、いわゆる「法人成り」の可能性も指摘されている。内閣府(2014)では、90年代後半以降、個人形態をとる方が、法人形態をとる場合に比べ、税負担率が4.7%から6.3%(47~63万円)継続的に高いとの推計を示している。
(70)本項での課税ベース要因については、成長要因等を除いたものであるため、例えば、内閣府(2014)で議論されている課税所得(益金から損金を控除したもの)とは定義が異なる。
(71)内閣府(2014)を参照。
(72)内閣府(2014)では、赤字率(欠損法人の赤字額が利益計上法人の繰越欠損金控除前所得に占める比率)がデフレ期と見做せる90年代半ば以降、それ以前の平均約-20%から-50%に大幅に水準をシフトさせていると指摘している。
(73)財務省「租税及び印紙収入決算額調」によると、平成26年度については、源泉所得課税は14.0兆円、申告所得税は2.8兆円。
(74)この間、配当金を利益で除した配当性向については上昇がみられていない。企業の利益、配当金、配当性向の関係については、付図1-8を参照。なお、2013年末をもって、上場株式等に係る配当等の7%軽減税率(所得税分)の適用が終了しており、2014年の配当所得税の前年差は、本制度改正に伴う影響を受けていると考えられる。
(75)平成26年分の源泉所得税収の内訳は以下。給与所得59.6%、配当所得23.3%、利子所得等2.9%、譲渡所得等2.6%、その他(報酬料金等、非居住者等所得、退職所得)11.5%。
(76)平均税率要因は、税収を雇用者の所得(賃金・俸給)で除したもの。分配要因は、雇用者の所得を名目GDPで除したものである。
(77)2014年度については、消費税率引上げに伴って名目GDPが押し上げられたことが、労働分配比率の押下げに寄与した面もある。
(78)ここでの給与所得の額、給与所得控除等の計数は、国税庁「民間給与実態調査」を用いているが、データ上の制約から、同調査における「年末調整を行った者」に関するものとしている。勤続年数が1年未満の給与所得者は同調査における各種控除に関する調査対象から除外されており、2000万円以上の給与所得者については年末調整が行われないことから、それぞれデータの計数には含まれておらず、本分析の結果については幅を持ってみる必要がある。
(79)本項において示されている平成26年分までの税率については、課税所得が1800万円以上の場合は、40%が適用されていた。ただし、平成27年分以降については、1800万円を超え4000万円以下は40%、4000万円超は45%の税率がそれぞれ適用されている。
(80)給与所得の中には、いわゆるストックオプションの行使に伴う収入も含む。また、2012年から2014年にかけて、2500万円超の階層の納税額は約4900億円増加、平均給与額は約3900万円から4100万円に増加している。
(81)賃金の動きについては、本章第1節「3 好循環の所得面での進捗状況」を参照。
(82)詳細は付図1-9を参照。
(83)例えば、QUICK債券調査における今後1年のCPIコア変化率が挙げられる。ただし、同指標については2014年4月の消費税率引上げの影響が含まれていることには留意が必要である。
(84)受注から着工までにタイムラグがあること等を踏まえると、最近の住宅市場を取り巻く環境変化による影響が住宅着工に現れるには一定程度の期間が必要と考えられる。
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