第1章 景気動向と好循環の確立に向けた課題 第2節

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第2節 個人消費の伸び悩みとその要因

先にみたように個人消費は2014年の消費税率引上げ以降、力強さを欠いた状態にある。ここでは、その背景について分析する。

1 力強さを欠く個人消費の構造的要因

最近の個人消費の動きについて、ここでは、まず2014年以降の消費の基調的な動きについて考察することとし、消費税率引上げがどのような家計に影響を与えたかについては次の項で詳しく分析する。

各種施策等による需要の先食いが耐久財の消費に影響

所得と消費の関係を確認するために、ここ数年の雇用者報酬に対する個人消費の比率をみると、2013年度に大きく上昇した後、2014年度に急落し、2015年度も引き続き下落している(第1-2-1図(1))。この背景を探るために、形態別の国内家計最終消費支出の動きをみると、耐久財の消費が2014年初にかけて増加した後、そこから下落していたが、半耐久財、非耐久財の消費はおおむね横ばいで推移し、サービスは緩やかに増加している(第1-2-1図(2))。こうしたことから、雇用者報酬に対する消費比率の顕著な低下は、耐久財の変動に代表されるように雇用者報酬の伸びに比して消費の伸びが力強さを欠いていることによって引き起こされている。これは、非耐久財やサービスなどよりも購入頻度の低い耐久財の購入タイミングがある時期に集中したことで、その後一定期間、家計が耐久財の購入を控えたことが影響していると考えられる。

こうした傾向は、家電や自動車など耐久性の高い財の販売額や販売台数にはっきりと観察される。家電販売額は、世界金融危機後の家電エコポイント制度などの取得支援策や地上デジタル放送への移行時に大きく増加し、その後大きく減少している。新車販売台数をみても、エコカー補助金制度42の実施期間や、軽自動車税増税前の駆け込み等もあった2014年度は、増加とその後の減少がみられる。また、自動車、家電ともに2014年4月の消費税率引上げ時には、駆け込み需要とその反動減の動きがみられる(第1-2-1図(3)、(4))。テレビ、エアコン、冷蔵庫の平均使用年数43はそれぞれ9年、11年、11年程度、新車は7年程度であることを考慮すると、エコカー補助金や家電エコポイント制度などを利用した購入や消費税率引上げ前の駆け込み需要は、耐久財の買い替え需要の先食いを通じて、2015年以降の耐久財消費の動向にある程度影響を与えている可能性がある(第1-2-1図(5))。

消費に力強さがみられない階層

次に、個人消費の弱さがどのような家計でみられるのかについて総務省「家計調査」で確認してみよう。まず、二人以上の世帯のうち勤労者世帯では、世帯主が39歳以下の世帯(以下、「若年子育て期世帯」という。)において、可処分所得の増加に比して消費支出が抑制されている様子がみられる(第1-2-2図(1))。

次に無職世帯も含む二人以上の世帯では世帯主が60~64歳の世帯において、2015年の消費支出の減少が大きく、これを勤労者世帯と無職世帯で分けると、特に無職世帯44(以下、「60歳代前半無職世帯」という。)の減少が影響していることが分かる(第1-2-2図(2))。

最後に単身世帯45についてみると、世帯主が35~59歳の世帯や60~64歳の世帯で消費の弱さがみてとれる(第1-2-2図(3))。

以下では上記のうち、特に若年子育て期世帯と60歳代前半無職世帯について消費の弱さの背景について考察する。

若年子育て期世帯は将来不安等を背景に消費を抑制

若年子育て期世帯では、可処分所得が緩やかに増加する中でも消費支出はほとんど伸びておらず、節約志向が強まっている(前掲第1-2-2図(1))。この背景には以下の点などが影響していると考えられる。

第一に、子どもに対する保育料や教育資金、社会保険料などの負担が発生する中で、将来も安定的に収入を確保できるのか、老後の生活設計は大丈夫なのかといった将来不安が考えられる。世論調査により老後の生活設計について悩みや不安を感じているとする意見を年齢階層別にみると、近年では40~59歳や60~69歳は安定的に推移している一方、20~39歳においては上昇傾向にある(第1-2-3図(1))。こうした将来不安の背景の一つには、若年層で非正規雇用者比率が高く、また近年上昇していることも考えられる。男性の非正規雇用者比率を年齢別にみると、55歳以上を除き、若年になるほど高く、2010年から2015年までの上昇幅も大きい(第1-2-3図(2))。内閣府(2009)46では、世帯主が非正規雇用者とみられる世帯では、世帯主が正規雇用者とみられる世帯よりも相対的に消費に慎重な傾向があるとしている47

第二に、最近の必需品価格(基礎的支出48の消費者物価)の上昇の影響が考えられる。所得やマインドなどを通じた影響を取り除いた上で、必需品価格の上昇が消費支出に与える影響をみた分析49によると、勤労者世帯のうち低所得者層50では消費を押し下げる効果が確認されるほか、2013年以降、必需品価格の上昇が消費下押しの主因と報告されている。若年子育て期世帯は全世帯平均と比べ低所得者層が多く51、こうした影響を受けていると考えられる。なお、必需品価格上昇に伴う消費抑制の背景には、低所得者層では、消費支出に占める食料品などの必需品(基礎的支出)のウェイトが大きいため、必需品価格の上昇により、当該家計が直面する物価上昇の程度は他の階層のそれに比べて大きくなることがある。また、低賃金であるため、余暇の機会費用が小さく、既製食品の代替として、自炊することで消費支出を抑制しようとする可能性があるとの指摘もされている。

したがって、2013年以降の若年子育て期世帯の消費は、可処分所得の増加が押上げ方向に働いていたものの、将来不安の増大や、食料など必需品価格の上昇の影響などが下押し圧力となり、力強さを欠いていたと考えられる。

安定収入が少ない60歳代前半無職世帯でも最近の消費は弱い動き

60歳代前半無職世帯でも最近の消費に弱さがみられるが、当該世帯では、定年退職などの働き方の変化に直面しており、勤労所得がなく、年金などの安定収入も少ない中で、計画的な貯蓄の取り崩しや金融資産からの収入などをあてにせざるを得ない環境にある。こうした世帯では2015年半ば以降の株価変動以降、金融資産からの収入などの減少等もあって消費が抑制されていると推察される。

なお、第2章で述べるように、企業による定年延長や再雇用の動きがみられており、高齢者の就労参加の進展はこうした世帯の消費の下支えに寄与すると考えられる。

以上のことから、消費に弱さがみられる年齢階層においては、それぞれが置かれた状況の違いによって、消費抑制の要因が異なることが分かった。マクロの消費を拡大させ、好循環を回していくためには、若年子育て期世帯や60歳代前半無職世帯などの構造的な弱さがみられる層に対し、重点的に政策対応を行うことで、費用対効果を最大限に高める必要がある。

こうした構造的な弱さを抜本的に解決するためには、若年子育て期世帯に対しては、持続的な賃金上昇や正規・非正規雇用者間の待遇格差の是正等を通じて、将来への展望を明るいものとすることが必要である。こうした施策は世帯主が39~59歳の単身世帯に対しても効果を持ち得ると考えられる。また、60歳代前半無職世帯に対しては、柔軟で多様な働き方を実現できる環境の整備や65歳までの定年延長を行う企業等に対する支援の実施のほか、能力開発機会の拡充によりスキルを最近の技術変化に対応できるものにすること、高齢者の就労マッチング支援の強化などによって、働きたい高齢者の就労を実現していくことが重要である。

2 消費税率引上げ時の消費変動

次に、2014年4月の消費税率引上げが個人消費に与えた影響について、特に、どのような家計が消費支出を大きく減少させたかに焦点を当てて、所得階層別・年齢階層別に消費の動向をみてみよう。

2014年4月の消費税率引上げ時における家計消費支出の動き

消費税率の引上げは、消費の駆け込み需要とその反動減(異時点間の代替効果)や、価格上昇による実質所得の減少による効果(所得効果)52をもたらすと考えられる。そのため、ここでは消費税率引上げ時だけでなく、その後の消費動向の推移をみることで、所得効果などの影響について考察する。

総務省「家計調査」の二人以上の世帯について、所得階層別及び年齢階層別に2014年4月の消費税率引上げに伴う消費支出の動きをみてみると、消費税率引上げ後の少なくとも1年間程度、低所得者層(第I分位53)において消費の低迷が続いている一方、それ以外の層ではそれほど特徴的な動きはみられない。両者の消費動向の違いを確認するために、低所得者層と高所得者層の消費の動きを比較してみてみると、高所得者層の落ち込みは税率引上げ以前の消費水準の5%程度にとどまっているのに対し、低所得者層では落ち込みの程度が10%程度と、比較的大きくなっている(第1-2-4図(1))。さらに年齢別に分解すると、世帯主が44歳未満の家計と55~64歳で落ち込みが大きい(第1-2-4図(2))。この背景には、前述のとおり、若年子育て期世帯や、勤労所得がなく、年金などの安定収入も少ない60歳代前半無職世帯などの構造的な弱さを内包する世帯が、消費税率引上げに伴う必需品価格の上昇等に直面し、消費を抑制したと考えられる。

なお、駆け込み需要の規模は高所得者層(第Ⅴ分位54)で大きく、これを年齢別に分けると世帯主が65歳以上の家計で顕著である(第1-2-4図(3))。こうした家計は所得・金融資産ともに大きいため、消費税率引上げによる物価上昇前に必要なものを購入できることなどが影響している。実際、購入したものは、自動車や家電、家具などの耐久財が多い。

以上のことから、消費税率引上げに伴う物価上昇は、低所得者層を中心にある程度の消費抑制効果を持ったことが考えられる。こうした実質所得の目減りによる消費への影響を緩和するためには賃金や最低賃金の伸びを高めていくことが重要であるとともに、働きたい高齢者が働きやすい環境整備や若年子育て期世帯が抱える将来不安の解消など、より根本的な問題への対応も必要である。

3 消費税率引上げ時の経済政策効果

子育て特例給付を受けた家計はそれ以外の家計よりも消費を増やす傾向

2014年4月の消費税率引上げ時に、その影響を緩和するため、政府は家計を対象とした給付措置を実施するとともに減税措置55を拡充した。ここでは、こうした給付措置による効果を定量的に検証する。

給付措置としては、児童手当を受給している子育て世帯向けの「子育て世帯に対する臨時特例給付措置(以下、「子育て特例給付」という。)や市町村民税を課税されていない低所得者向けの「簡素な給付措置」56が挙げられる。

子育て特例給付は、2014年1月分の児童手当57の受給者を対象に、児童一人当たり1万円が支給される制度で、支給対象児童数581,271万人に対し支給が行われた。ただし、このうち簡素な給付措置の対象者及び生活保護制度の被保護者等は除かれる。

また、簡素な給付措置は、市町村民税(均等割)が課税されていない者、2,400万人59を対象に、一人当たり1万円60が支給される。

ここでは、この二つの給付措置に着目し、これらが支給対象世帯の消費支出を促進する効果があったのかどうか検証する61。具体的には、対象世帯の消費支出額の変化額と非対象世帯のそれを比較し、対象世帯の方が統計的に有意に増加していれば消費押上げ効果が検出されたとされる。また、こうした世帯をできるだけ精緻に特定できるパネルデータを用いて分析するが、当該データの制約上、各年1月の消費額しか存在しないため、1月の消費額変化額(前年同月差)に対する政策効果を検証する。

子育て特例給付において、対象世帯と非対象世帯それぞれの2015年1月の消費支出変化額の分布を比較すると、対象世帯の分布は非対象世帯の分布よりも増加(プラス)方向に偏っている様子がみてとれる。これは、対象世帯の方が非対象世帯よりも、消費を増やした世帯数が全体として多かったことを示唆している(第1-2-5図(1))。ここで使用しているデータは単月の数字しかないため、年間を通じてどの程度の効果があったかについては判別できないという制約があり、推計結果は幅を持ってみる必要があるが、給付による消費押上げ効果について定量的に推計したところ、対象世帯は少なくともおおむね1万円程度の消費を非対象世帯よりも増加させた可能性が示唆される(第1-2-5図(2))。

簡素な給付措置においても同様に、対象世帯と非対象世帯の消費支出変化額の分布を比較すると、子育て特例給付ほどは明確ではないものの、対象世帯は非対象世帯に対して増加(プラス)領域が厚めとなっている様子がみられる(前掲第1-2-5図(1))。ただし、こうした効果を定量的に推計すると、消費に与える影響はプラス方向ではあるものの、統計的に有意には検出されない(前掲第1-2-5図(2))。この背景には当該措置の対象者には相当数の高齢者が含まれるところ、2009年に実施された定額給付金の場合には高齢者は支給後すぐに消費に回す傾向があったこと62を踏まえると、当該措置の支給状況63として、多くの市町村において2014年7月までに申請受付が開始され、2014年10月末までに大半の対象者に対して支給されていることから、支給後の数か月間で消費に回された結果、2015年1月の消費にはその押上げ効果が明確には検出されなかったとも考えられる。

本節では、最近の個人消費が力強さを欠く背景として、様々な要因が影響していることをみた。消費税率引上げの影響に加え、<1>各種施策等による耐久財消費の需要先食い、<2>若年子育て期世帯や60歳代前半無職世帯での消費慎重化などが挙げられる。

今後、個人消費を伸ばしていくためには、賃金の持続的な上昇に加え、第2章で分析するように構造的な課題に取り組んでいくことが重要である。


(42)なお、2009年4月以降、エコカー減税が実施されている。
(43)内閣府「消費動向調査」より、二人以上の世帯の耐久財の平均使用年数の2000年度~15年度(毎年3月末時点)までの平均値。
(44)総務省「家計調査」と「労働力調査」を用いて試算すると、世帯主が60~64歳の世帯のうち、勤労者世帯は189万世帯、無職世帯は88万世帯となっている(2015年)。
(45)総務省「平成27年国勢調査抽出速報集計結果」によると、2015年では全世帯数5,202万世帯に対して、単身世帯(「国勢調査」では「単独世帯」(世帯人員が1人の世帯)と呼称)は1,685万世帯となっている。
(46)内閣府(2009)第3章第1節を参照。
(47)将来の所得や支出の不確実性に直面している世帯は、貯蓄を積み増すことで将来の不確実性に備えようとする。実際、非正規雇用者は正規と比べて、企業の中で能力開発・教育訓練機会に乏しく労働生産性が高まりにくい傾向があるほか、雇用保障も十分でないため、相対的に高い不確実性に直面していると考えられる。
(48)支出弾力性が1.00未満の各財・サービス(以下、「支出項目」という。)。食料、家賃、光熱費、保健医療サービスなど必需品的なものが該当。なお、支出弾力性とは、消費支出総額が1%変化する時、支出項目が何%変化するかを示した指標。
(49)所得変動の影響を取り除いた上で、必需品価格の上昇が家計の消費支出に与える影響を時系列分析したものとして吉田・宇佐美・舟場・安井(2015)がある。
(50)総務省「家計調査」の二人以上の世帯のうち勤労者世帯の調査世帯を世帯の年間収入によって五分割した年間収入五分位階級における第Ⅰ五分位階級。第Ⅰ五分位階級と第Ⅱ五分位階級の境界値は439万円(2015年平均)。
(51)二人以上の世帯の勤労者世帯のうち世帯主が39歳以下の世帯における年間収入439万円未満の割合は28%(2015年平均)。なお、当該結果は、総務省「家計調査」の調査票情報を独自集計したものである。
(52)消費税導入及び税率引上げが消費者物価に与えた直接的な影響は、1989年度は1.2%ポイント、1997年度は1.5%ポイント、2014年度は2.0%ポイントと試算されている。なお、1989年4月には3%の消費税が導入されたが、同時に物品税が廃止された結果、2014年4月の消費税率の3%ポイントの引上げ時よりも消費者物価に与えた影響は小さかった。
(53)年間収入五分位境界値(集計世帯を年間収入によって五分割した境界値)で区分した第Ⅰ五分位階級。第Ⅰ五分位階級と第Ⅱ五分位階級の境界値は334万円(2014年平均)。
(54)年間収入五分位境界値(集計世帯を年間収入によって五分割した境界値)で区分した第Ⅴ五分位階級。第Ⅳ五分位階級と第Ⅴ五分位階級の境界値は820万円(2014年平均)。
(55)住宅を購入した低・中所得の家計に対する「一般の住宅取得に係る給付措置」や住宅ローンを借り入れて住宅を取得した家計に対する住宅ローン減税等の拡充がある。
(56)臨時福祉給付金とも呼称。
(57)0歳から中学校卒業までの児童を養育している者に支給。児童手当の受給に係る所得制限限度額における収入額の目安は、扶養親族等の数が2人の場合917.8万円。
(58)予算積算上の推計数。
(59)予算積算上の推計数。
(60)老齢基礎年金、障害基礎年金、遺族基礎年金の受給者等にはさらに5千円が支給される。
(61)分析の詳細については付注1-1を参照。
(62)詳細は内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2012)を参照。
(63)子育て特例給付の支給状況もおおむね同様とみられる。
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