おわりに

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本報告では、経済の好循環の進展と成長力の向上に取り組む我が国における、経済財政をめぐる諸課題について、現状把握と論点整理を行った。その結果を踏まえて、改めて現下の日本経済に関するメッセージをまとめよう。

マインドが大きく変化し、デフレ脱却・経済再生が大きく前進

我が国経済は、デフレ状況ではなくなる中で、およそ四半世紀ぶりの良好な状況に達しつつあり、デフレ脱却と経済再生に向けた取組は大きく前進している。この背景として、アベノミクスの「三本の矢」の一体的推進により、マクロ経済環境は大きく転換し、企業や家計のマインドが大きく変化したことが挙げられる。一般に、マインドの好転は掛け声だけで生じるものではない。バブル崩壊後の債務、設備、雇用の3つの過剰が広く解消されてきた素地の上で、金融・財政・成長戦略にわたる一体的政策の有効性が認識されたことに加え、実際に企業が直面する「六重苦」などに歯止めがかかってきたことや経済の好循環が着実に生まれ始めていることが、経済主体の期待の好転を持続させたと考えられる。ただし、今後とも企業や消費者のマインドを維持・向上させていくためには、現下の良好な経済状況を好機として、好循環の拡大と成長力の向上に向けて、着実な取組を続けることが必要である。

消費税率引上げの影響とデフレマインドの払しょく

2014年4月の消費税率引上げ以後、経済成長率は2四半期連続マイナス、2014年度後半にはプラス成長に転じたものの、個人消費等に弱さがみられたことなどから年度全体でみると、マイナス成長となった。これは1997年の消費税率引上げ後と比べても、当時の伸びを下回ることとなった。

今回、2014年度の個人消費の伸びが前回に比べて下回った背景としては、消費税率の引上げ幅の違い等を背景に、駆け込み需要に伴う反動減が今回の方が大きかったことに加え、企業経営者等にデフレマインドがなお残る中で、結果的に名目賃金の上昇が消費税率引上げ等による物価上昇を下回り、実質総雇用者所得を抑えたことなどが挙げられる。

加えて、前回は消費・住宅のマイナスをその他の需要項目の伸びがある程度相殺したが、今回は設備投資や輸出の伸びが前回よりも小さかったことなどから、経済全体として成長率の伸びが前回を下回った。

他方、今回は総じてみれば、物価がデフレではなくなる中で、企業収益や雇用・所得環境の改善傾向が続き、経済の好循環が進み、景気の緩やかな回復を支えるモメンタムが続いている。

特に、デフレ脱却・経済再生に向けて、デフレマインドの払しょくが重要であることが改めて確認された。今後の課題としては、引き続きデフレ脱却に向けた取組を進めるとともに、労働生産性を引き上げることによって、実質賃金の伸びを高めていくことが重要である。企業が期待成長率を高めるとともに、消費者が将来の所得・雇用環境の改善に確信を持てるようになることが、民需主導の持続的な成長につながると期待される。

景気の先行きとリスク

デフレ状況ではなくなる中で、企業収益、雇用・所得環境は改善傾向にあり、景気の回復基調は続いている。先行きに関するメインシナリオとしては、原油価格下落の影響や賃金引上げの効果の中、好循環のメカニズムが強化され、全体として緩やかに回復していくことが考えられる。

なお、その際、中国経済の減速、アメリカの金融政策の正常化の影響、ギリシア情勢の影響、地政学的リスクの顕在化等による海外景気の下振れにより、景気が下押しされるリスクには注視が必要である。

メインシナリオの実現にはデフレ脱却・経済再生が不可欠である。このためには、賃金上昇が物価上昇に追い付き、追い越していくこと、個人消費の持ち直しが明確になり、設備投資が本格的に増加して、景気の自律的な回復メカニズムが作動していくことが重要である。さらに、持続的な成長力を高めていくための供給面からの構造的な取組を徹底して強化する必要がある。本報告では、人口減少時代における国内労働力の更なる活用と、新たな価値を生む活動としてイノベーションの促進に焦点を絞って論じた。

デフレ脱却に向けてこれからが正念場

消費者物価は2013年春以降、総じてみれば緩やかな上昇が続いており、デフレ脱却に向けた動きは前進している。

前回デフレではなくなった2007年頃と今回を比較してみると、今回は賃金が上昇する中でサービス価格が消費者物価の上昇に寄与している。労働需給が引き締まりつつあることを背景に賃金が持ち直している中で、コスト増加を価格に転嫁できる環境が徐々に整い、持続的な物価上昇のメカニズムがみられ始めている。

今後、デフレ脱却の判断にあたっては、多少の外的なショックがあってもデフレ状況に逆戻りすることなく、緩やかな物価上昇の状態が持続可能であることが条件となる。

物価や賃金に緩やかな上昇の動きがみられることを踏まえると、今後の課題としては、個人消費や設備投資などが持ち直していくことを通じて経済全体の需給動向を示すGDPギャップが着実に改善することが重要である。また、そのためにも、需給の引締りが賃金や物価の上昇へと確実に波及するメカニズムが作動していくことが重要である。

デフレ脱却・経済再生と財政健全化の一体的改革

「経済再生なくして財政健全化なし」これが現政権の基本方針である。物価がデフレではなくなり、実質成長率が上昇する中で、2015年度の国・地方の基礎的財政収支赤字対GDP比を2010年度に比べて半減するという目標を達成する見込みとなっている。経済がおよそ四半世紀ぶりの良好な状況を達成しつつある現下の好機を逸することなく、「経済財政運営と改革の基本方針2015」に示された「経済・財政再生計画」を着実に実行する必要がある。

労働力の確保と成長力の向上

生産年齢人口が減少傾向にある中で、成長力向上のためには、労働参加を促しながら、限りある労働力の質を高めるとともに、産業間、企業間でより効率的に配分し、活用していくことが重要である。

最近は、女性、高齢者の労働参加の拡大が雇用増加を支えている。こうした女性、高齢者の労働参加は非正規雇用の形態となることが多く、非正規雇用比率の主要な上昇要因となっていたが、最近では、非正規比率もおおむね横ばいとなっており、不本意非正規雇用者は低下、非正規から正規への移動が正規から非正規への移動を上回るなど、これまでの非正規化の動きに変化がみられる。

また、限定正社員や無期雇用契約のパート労働者などの多様な雇用形態が広がっている。企業の意識も、増益企業を中心に、限定正社員や無期雇用者を増やし、モチベーションを高め経験・技能の蓄積を図りつつ、生産性を高めていくという人的投資を拡大する動きがみられている。

現下の労働需給は引き締まりつつあるが、それが成長制約となることのないよう、多様な働き方の拡大を通じて労働参加を促しつつ、能力の向上につながるような労働市場を実現していくことが課題である。

我が国の産業間、企業間の労働移動については、諸外国と比較するとその規模は小さい。限りある労働力を効率的に配置していくために、失業なき労働移動の促進が求められる。成長力向上の観点からは、各業種それぞれの労働生産性の上昇とともに、労働生産性上昇率の伸びが高い産業や企業へ人的資源が移動することにより全体の成長力向上を図ることも期待される。

企業レベルでの労働移動をみると、収益性の低い企業から高い企業への移動がみられ、マクロ全体の生産性上昇に貢献してきている。ただし、業種や経営状況の違いによって異なるが、その移動の規模が低下してきている。規制緩和等を通じた新規企業・事業の創出、多様な雇用形態の活用、労働需給のミスマッチの解消等によって、収益性の高い企業や事業で雇用が拡大していくことが重要である。

イノベーションの促進

成長力の向上を図っていく上で、イノベーションの促進は不可欠である。

我が国経済は、1990年代初以降、経済の低成長を経験してきたが、その背景には、過剰設備の下での投資の伸び悩みや生産年齢人口の減少の他に、全要素生産性上昇率の鈍化があった。

生産性を規定する最も根源的な要因はイノベーションといえるが、1990年代初以降にみられた生産性の伸び悩みの背景には、イノベーションの創出やその成果の活用の遅れといったイノベーション活動の停滞があったと考えられる。我が国については、イノベーションの「インプット」(物理的な新技術・アイディア・ノウハウの開発)は国際的にも遜色ないが、「アウトプット」(それらが市場で価値を認められた結果としての付加価値の実現)の上昇に効果的に結び付いていないことが課題である。そこで、インプットからアウトプットまで含めた活動を支える経済システム的な視点が重要となる。

我が国のイノベーション・システムを日本型企業システムの評価という視点からみると、メインバンク制や終身雇用制に代表されるいわゆる日本型システムは、長期継続的な関係をもとに、先進諸国へのキャッチアップ期には社内資源中心のイノベーション活動を支えてきた。しかし、バブル崩壊以降、デフレや成長の伸び悩みという内的環境の変化、また技術や製品の高度化という外的環境の変化に直面する中でイノベーション活動を行う上での日本型企業システムの機能が見直されるようになった。

特に、技術の進歩・高度化などを背景にイノベーション・システムの開放・ネットワーク化が進む中、企業や業種、また産学官といった部門を超えて人材が交流できるシステムを構築することや直接金融を通じたリスクマネーの供給、また研究開発を行う上で国内外の連携を強化することなどの必要性が増した。

こうした新しいシステムのインフラを整備するとともに、イノベーション活動に欠かせない企業の積極的な行動を促す上でコーポレート・ガバナンスの強化もまた重要となっている。

本報告では、上場企業の内部留保や現預金比率が上昇している最近の傾向について検討しているが、企業が現預金を蓄積してきた背景には、長引くデフレ期待の下、投資機会を見出すことができなかったことや経済ショックへの備えなどに加え、経営者のマインドもまた重要な要因と考えられている。このため、効率的な経営が実現されるように株主などによる監視機能が十分働くような制度基盤を整備していくとともに、人的資本や組織資本を十分に活かす企業統治の在り方を目指していく必要がある。

イノベーションのフロンティアは、研究室・実験室に存在するだけではなく、市場で評価されて付加価値として実現するまでの経済の各段階に広がっている。いわば種から果実へ至る各段階において、経済システムとしての機能を高めることにより、潜在成長率を向上させ、投資を喚起し、経済の好循環を更に進展させていくことが可能となる。それを実現するために、成長戦略の着実な実施を通じて成長力の向上に更に取り組んでいくことが必要である。

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