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おわりに

本報告書では、「日本経済の可能性を広げる」にはどうすればよいかという問題意識から、経済財政をめぐる課題について、現状の把握と論点の整理を試みた。その結果を踏まえて、改めて現下の日本経済に関するメッセージを整理しよう。

日本経済の先行きとリスク

日本経済は、2014年4月の消費税率引上げに伴う駆け込み需要の反動の影響で消費や生産などに弱い動きもみられている。しかし、企業収益の改善を背景として設備投資が増加している。また、雇用は着実に改善しており、賃金引上げの効果も出始めている。このように景気の基盤はしっかりしており、緩やかな回復基調が続いている。先行きも、駆け込み需要の反動減の影響が次第に薄れ、経済対策の効果が発現する中で、全体として緩やかに回復していくとみられる。

ただし、中国経済の減速、アメリカの量的緩和の縮小の影響、地政学的リスク等には留意が必要である。また、自動車などの耐久財を中心に駆け込み需要の反動による消費の落ち込みが長引けば、それが生産や所得に波及して、景気が下振れることがないか注視が必要である。

デフレ脱却と持続的な賃金上昇に向けた課題

実体経済が改善する中で、物価の動向をみるとデフレ脱却へ向けて着実に進んでいる。その起点となったのは、2012年秋以降の円安方向への動きを背景とした輸入物価の上昇であった。現在では、輸入物価の上昇の影響は一巡したが、需給ギャップの縮小や予想物価上昇率の高まりが物価上昇圧力となっている。企業の価格設定行動にも変化がみられている。コストを販売価格に転嫁する企業の割合が高まっており、物価が上がりやすくなってきている。こうした中で、単位利潤が改善しており、中小企業にも賃金引上げの動きが広がっている。

デフレからの脱却を実現する上で重要なのがサービス価格の動向だ。サービス価格は、欧米諸国では上昇率が高いが、我が国ではデフレ下で横ばい圏内の動きが続いていた。一般にサービス産業は労働集約的で生産コストに占める賃金の割合が高いため、サービス価格と賃金の連動性は高い。サービス価格の硬直性と賃金の伸び悩みはお互いが因となり果となって同時決定的に生じていた。しかし、2013年半ば以降は、外食や建設を中心にサービス価格が上昇している。これら一部の業種では労働需給が逼迫し賃金が上昇しているためだ。ただし、労働需給の逼迫は広く経済全体で生じているわけではなく、製造業や大企業では雇用過剰感が残っている。また、消費税率引上げ後はいったん需給ギャップが拡大したとみられる。今後とも物価の上昇基調が続くためには、景気が元の回復経路に復帰し、需給ギャップが着実に縮小していく中で持続的に賃金が上昇していくことが重要である。

より中長期的な観点からみると、実質賃金の上昇率は労働生産性の伸び率とほぼ等しくなる。現在、我が国の労働供給は大きな転換点を迎えようとしている。女性や高齢者の労働参加率が高まるにつれて、働き方のバラエティーは広がっていくだろう。ライフステージに合わせて柔軟に働き方を選ぶようになれば、パートタイム労働者は増加し、その労働時間の短時間化も進むと考えられる。そうした中では、時間当たりの労働生産性が持続的に上昇し、それに見合って時間当たりの実質賃金も上昇していくことが期待される。労働生産性を上昇させていくためには、労働の質を高めていくことが重要であり、そのためには人材育成を通じて職務遂行能力を高めていく必要がある。また、雇用の流動性や働き方の柔軟性を高めることは、労働生産性の向上、ひいては実質賃金の上昇につながると考えられる。失業なき労働移動の支援や労働時間規制の見直し、ジョブ型労働市場の整備などが求められている。

景気を支える政策の着実な実施とその留意点

現在の景気回復は、経済政策に支えられている面も大きい。2013年には機動的な財政政策が景気の底割れを防ぐ中で、日本銀行の大胆な金融政策も背景に消費主導で景気は好転した。2014年に入ってからも、平成25年度の補正予算の早期執行が進み、4月以降、公共投資は堅調に推移しており、駆け込み需要の反動を緩和し景気の下振れリスクを軽減している。

こうした政策は、経済が非常時にあるときの対応としてとられているものであるが、副作用にも留意が必要である。特に、我が国では、リーマンショック後の景気対策などの影響もあって基礎的財政収支赤字は拡大し、政府債務残高が積み上がっている。経常収支の赤字が生じる中で、厳しい財政状況や対内直接投資の水準の低さに鑑みると、海外からの安定的な資金流入を確保する取組が一層問われる。そのため、財政健全化への取組が一層重要になる。経済再生が財政健全化を促し、財政健全化の進展が経済再生の一段の進展に寄与するという好循環を実現していかなければならない。その際、成長を下支えする財政健全化策として、税による資源配分の歪みの是正や労働供給の拡大などに資する財政健全化が重要となろう。

金融政策については、現状では、デフレ脱却に向けた強力な取組が引き続き求められており、そうした姿勢が今後とも市場に的確に浸透していくことが期待される。「出口」についてはまだ先のことではあるが、アメリカにおいて「出口」が意識される中で長期金利が大きく上昇する局面がみられた経験を踏まえると、その際には一層慎重なコミュニケーション戦略が求められることになろう。また、金利上昇に備えるとともに、緩和的な金融環境の下で、資産バブルや、マネタイゼーションの観測を生まないよう、今のうちからプルーデンス政策や財政健全化に取り組んでいくことが重要である。

経常収支の赤字が示唆する供給制約への対応

これまでのところ、経済政策の効果が期待通りに発現し、我が国の景気は好転しているが、輸出は期待したようには伸びず、貿易赤字が膨らみ経常収支の赤字が生じている。

経常収支の赤字はそれが直ちに問題になるというわけではないが、我が国経済が抱える構造的な課題に対して警鐘を鳴らしているといえよう。そうした課題としては、供給制約の顕在化や比較優位の変化への対応が挙げられる。

リーマンショック後、国内の供給能力は低い伸びが続いている。企業はリスクテイクに慎重になり国内での設備投資に消極的な姿勢が続いた。また、高齢化・人口減少が進み生産年齢人口も減少が続いている。そうした中で、消費、住宅投資、公共投資等の内需を中心に景気が回復してきたことから、国内で供給制約に直面しやすくなっている。今後、高齢化のペースが加速することから、供給制約はますます強まる可能性がある。

物価安定の下で息の長い持続的な成長を実現するためには、需要の増加とともに供給能力も拡大していくことが重要だ。そのためには、生産性を高めていくとともに、働き方の見直しなどを通じて女性や高齢者等が活躍できる環境を整えていくことも重要だ。また、世界で最もビジネスがしやすい環境を整えることにより、内外の企業による国内への投資を促進していくことが求められる。比較優位を失った産業の資源がより効率的な分野に円滑に移動して活用されるようになれば、供給制約を緩和することにもつながる。ただし、こうした経済構造改革が供給能力の向上をもたらすには一定の時間がかかる。構造改革への取組に遅すぎるということはない。

「稼ぐ力」を幅広く伸ばす

経常収支の赤字が示唆しているもうひとつの構造的課題は我が国の企業が比較優位の変化に対応して「稼ぐ力」(付加価値を生み出す力)を国の内外で高めていくことだ。途上国のキャッチアップやリーマンショック後に進んだ円高方向への動きなどを背景に、我が国の産業の比較優位は大きく変化している。例えば、資本財や素材は比較優位を維持しており輸出の伸びも高い。一方、家電は比較優位が低下して世界市場でのブランド力が落ち、輸入も増加している。比較優位が低下した産業や海外での需要増加が見込める産業については、日本国内で生産して海外に輸出するのではなく、海外に生産拠点を移転して海外で製品を作り、日本に逆輸入したり海外で販売したりするようになっている。また、今回の為替が円安方向に推移した局面では、外貨建ての輸出価格を引き下げて輸出数量を伸ばすのではなく、輸出一単位当たりの利益を重視するようになっている。数量よりも価格で稼ぐようになっているのである。確かに、そうした構造変化の下では、為替レートが円安方向に変化しても輸出数量が伸びにくくなっている可能性は否定できないが、それは必ずしも悪いことではない。

外で「稼ぐ力」は輸出数量だけで決まるわけではない。輸出数量は伸びなくても、今はブランド力のある商品を高く売るようになっている。供給制約を受けやすくなる中では、数量よりも価格で稼ぐ方が理にかなっている。それだけでなく、観光や金融、特許等使用料を通じた収入(サービス輸出)、海外に投資した資産から受け取る利子や配当(所得収支の受取)、交易条件の変化に伴う実質所得の上昇(交易利得の増加)などを通じて幅広く稼げばよい。外で「稼ぐ力」を高めるためにも生産性の向上が基本となるが、観光立国や知的財産立国に向けた取組はサービス輸出の拡大に資するし、対外投資の収益力が高まれば所得収支は増加する。安価なエネルギーの調達先の開拓は交易利得の改善につながる。このように、輸出数量の伸びの鈍化の裏側で、それ以外の「稼ぐ力」を幅広く伸ばしていけばよいのである。

製造業とサービス業が連携して世界経済の活力を取り込む

生産性を高め「稼ぐ力」を強くしていくためには、内外の企業が製造業、非製造業を問わず柔軟に連携していくことが重要だ。企業はグローバルに生産体制を見直しており、複数国にまたがって財やサービスの調達・供給を行うグローバル・バリュー・チェーン(GVC)を構築している。また、その一環として日本国内の事業所の役割も見直しており、そこではITや研究開発等のサービス部門の役割が高まり、そうしたサービスを社外からも調達するようになっている。企業は得意な分野に特化し、不得意な分野を外部にアウトソーシングしている。こうして国内外の企業向けサービス業が成長し、その質が高まれば、それを活用することによって企業の生産性は一段と向上する。このように、企業はGVCへの参加度を高め、内外を問わず製造業と非製造業の柔軟な連携を図ることで生産性を高めている。実際に我が国のGVCへの参加度は上昇傾向にあるが、海外現地法人を核とすること等を通じて、更に参加度を高めていくことが期待される。GVCへの参加度を高めるためには、TPP等を通じて貿易や投資の自由化・円滑化を進め、国内外を問わず企業が活躍しやすいプラットフォームを築いてかなければならない。

高齢化・人口減少で求められる個人向けサービスの生産性向上

「稼ぐ力」の向上が求められているのは外だけではなく内でも同じだ。内需型産業である個人向けサービス産業も高齢化・人口減少による消費者のニーズの変化に適切に対応しつつ、サービスを効率的に提供していく必要がある。

高齢化により、医療・介護、旅行等への需要が高まると考えられる。それにあわせて我が国の産業構造も労働集約的な個人向けサービス産業の比重が高まっていくことが予想される。しかし、個人向けサービスはサービスの中でも「生産と消費の同時性」という特徴を強く持つことから、人口減少による需要密度の低下が生産性の低下につながる可能性がある。そのため、ITやロボットの積極的な活用、あるいは規制緩和や企業統治の改善等といった供給面の対応によって生産性を高めるだけでなく、しっかりと需要を取り込んでいくことが重要だ。

高齢化については、我が国はいわゆる「課題先進国」であり、現在直面している問題はやがて諸外国も直面する問題である。我が国で開発されたビジネスモデルは今後、高齢化が進む諸外国にも適用可能であり、外で「稼ぐ力」にもなる。高齢者だけでなく訪日外国人旅行者による観光需要の増加も着実に取り込んでいかなければならない。

医療・介護は、財源の多くを公的財源に依存していることから、財政支出の重点化・効率化を進めることが重要だ。加えて、周辺産業への多様な主体の参入を促進し、公的保険を基本としつつも、官民でリスク分担することで、財政に負担をかけずに民間サービスを発展させ、国民の暮らしの安心を確保することができると考えられる。

また、個人向けサービス業は地域経済自立のカギとなる産業でもある。卸小売業や宿泊・飲食サービス業の集積を高め、生産性が向上すれば、高齢者の就業の場となり、地域経済の自立性が高まる。継続的な就業によって高齢者が健康で長生きできれば、財政健全化にも寄与する。

日本経済の可能性を広げる

最近の物価・賃金動向、経常収支の赤字の要因を探る中で、デフレ下で隠されていた労働と資本の供給制約、比較優位の変化という日本経済が対応を求められている構造的な課題が明らかになった。

供給制約を克服するためには、生産性を高めるとともに、国内外の資源を最大限に活用していくことが重要だ。女性や高齢者が能力を発揮でき、国内の豊富な貯蓄や海外からの資金が国内の投資に向かうよう、労働市場の柔軟性向上、法人税改革、TPP締結などに着実に取り組む必要がある。

また、比較優位の変化に柔軟に対応し、付加価値を生み出していくためには、第一に、強みを活かすことが重要だ。比較優位の変化を踏まえ、資本財産業のような得意分野の輸出競争力を強化していくことが重要である。そうすることで、数量にこだわらず価格で稼ぐこともできるようになる。第二に、幅広く稼ぐことが重要だ。財の輸出の伸びが鈍化しても、その裏側でサービス輸出が拡大する可能性がある。投資収益の拡大や交易利得の改善も重要である。第三に、課題を新たな需要につなげることが重要だ。高齢化が進む我が国は「課題先進国」だが、サービス分野でのイノベーションを促進し、その課題を克服する過程で新たな需要が顕在化する。我が国で培ったビジネスモデルは海外でも有用であろう。

供給制約を克服しつつ比較優位の変化に柔軟に対応していけば、日本経済の可能性を大きく広げることができる。

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