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第2節 好循環を支える所得・賃金の動向

これまでは、我が国経済が緩やかな回復基調にあること、デフレ脱却へ向けて着実に進んでいることを確認してきた。本節では、経済の好循環を確かなものにするために重要な所得・賃金の動向について考察する。前半部分では、我が国全体の名目雇用者所得、一般労働者とパートタイム労働者の一人当たり名目賃金にみられる変化を分析するとともに、賃金引上げの動きを概観する。後半部分では、国際比較を通じて、我が国の時間当たり名目所得・賃金に観察される中長期的な特徴を明らかにする。また、我が国がデフレから脱却するためには、名目所得・賃金の上昇率が物価上昇率を上回ることが重要である。そこで、物価変動の影響を除いた時間当たり実質賃金と労働生産性の関係、時間当たり実質賃金の変動要因等についても国際比較を行う。

1 名目雇用者所得と名目賃金にみられる変化

我が国の所得・賃金の動向を、一国全体の名目雇用者所得(マクロ)と労働者の一人当たり名目賃金(ミクロ)という2つの視点によって整理する。前者については、基本給や諸手当等の所定内給与、残業代等の所定外給与、雇用者数といった要因に分けて、過去の景気回復局面との比較を行う。後者については、一般労働者とパートタイム労働者に分けて、両者の賃金動向にみられる変化を概観し、その背景について検討する。なお、後者に関しては、一般労働者とパートタイム労働者の名目賃金を平均した我が国全体の一人当たり名目賃金が、パートタイム労働者の全労働者に占める割合(以下、「パート比率」という。)の上昇によって押し下げられるという点についても議論する。さらに、企業業績の回復を背景に前向きな変化がみられる賃金引上げの動きを概観する。賃金引上げの動きが中小企業まで波及しているかについても確認する。

(1)名目雇用者所得の変動要因

ここでは、2012年末から緩やかに持ち直している名目雇用者所得の特徴を、寄与度分解や過去の景気拡張期との比較を通じて明らかにするとともに、所得改善の背景にある雇用情勢の変化についても整理する。

景気回復に伴う雇用者数の増加が名目雇用者所得を押上げ

我が国全体の名目所得を月次で捉えるためには、一人当たり名目賃金(現金給与総額に基づくものをいう。以下同じ。)と雇用者数を掛け合わせて作成した名目雇用者所得の推移を分析することが有用である。名目雇用者所得は、2011年4月から2012年末まで緩やかに減少していたが、2013年に入って持ち直しに転じた(第2-2-1図)。これは、景気が持ち直す中で、雇用者数が増加したことが主因である。また、2013年春以降は、企業の生産活動が活発化し、残業時間や休日出勤が増加したことから、残業代等の所定外給与が小幅ながらプラスに寄与している。他方、基本給や諸手当等の所定内給与は、後述するパート比率の上昇等によって2013年秋頃まで緩やかに低下し、その後はおおむね横ばいで推移している。ボーナス等の特別給与は、世界経済の減速や円高進行による企業業績の悪化を受けて、2012年半ばから弱い動きが続いていた。しかし、2012年秋以降の好調な内需や円安方向への動き等を背景に企業収益が製造業を中心に改善したことから、2013年春以降、特別給与に改善の動きがみられる。

過去の景気拡張期と比べても雇用者数の増加が顕著

2012年末以降の名目雇用者所得の回復ペースを1990年代以降の過去4回の景気拡張期(第12~15循環)と比較すると、今回は第12循環と同じように堅調な回復を示しており、名目雇用者所得が伸び悩んでいた第13~15循環とは様相が大きく異なっている(第2-2-2図(1))28。この背景を確認するために、名目雇用者所得の構成要素の推移をみると、次のような特徴が指摘できる。

まず、所定内給与は、第12循環の景気拡張期においてのみ増加しており、それ以降の景気拡張期には、おおむね横ばいか緩やかな減少傾向にあった(第2-2?-2図(2))。この背景として、デフレが続いたこと、一般労働者による雇用の調整が難しい中で、パート比率の上昇を通じて賃金コストの抑制が図られたこと等が挙げられる。次に、所定外給与は、いずれの景気拡張期においてもほぼ同じペースで増加している(第2-2-2図(3))。前述したように、2013年春以降、所定外給与が名目雇用者所得の増加に寄与しているが、それは今回特有のものではなく、いずれの景気拡張期においても共通してみられたものである。最後に、雇用者数の増加ペースは今回が最も速く、それが2012年末以降の名目雇用者所得の回復局面にみられる顕著な特徴である(第2-2-2図(4))。

雇用情勢が着実に改善

こうした雇用者数の増加の背後にある雇用情勢の改善について概観する。まず、完全失業率は、2009年10-12月期から低下傾向を続けており、景気が緩やかに回復しつつある中で、2013年10-12月期に3%台まで改善した(第2-2-3図(1))。15~24歳層の若年失業率は、景気が悪化すると企業の新卒採用の抑制によって高水準で推移する傾向があるが、2012年10-12月期に8%を下回るまで改善し、最近は6%台で推移している。雇用者の需給が均衡している場合の失業率を表す構造失業率は、2012年中は緩やかに上昇していたものの、2013年に入ってから、おおむね横ばいで推移している29

また、労働需給の強さを示す有効求人倍率も2009年10-12月期から改善傾向にあり、2013年10-12月期以降は1を超えている(第2-2-3図(2))。これは、景気が持ち直す中で企業の求人数が増えたことに加え、求職していた人の就職が進展したことで求職者数が緩やかに減少したことによる。就業形態別にみても、正社員とパートタイム労働者の有効求人倍率はいずれも上昇傾向にある30。2008年9月に発生したリーマンショック直前の2008年4-6月期の完全失業率が4.0%、有効求人倍率が0.94倍であったことを踏まえると、失業率と有効求人倍率でみる我が国の雇用情勢は当時よりも改善された状況にあると判断できる。

さらに、こうした雇用情勢の改善を背景に、2013年春以降、企業活動の持ち直しが雇用者数の増加に結び付いている。全産業活動指数と労働投入量の前年比は連動する傾向にあるが、いずれも2013年4-6月期からプラス圏で推移しており、後者については雇用者数のプラス寄与が大きい(第2-2-3図(3))。今回のように労働投入量が、労働時間ではなく雇用者数の増加によって調整されている要因としては、企業の雇用過剰感の緩和が挙げられる。企業の雇用過剰感を示す日銀短観の雇用人員判断DIをみると、過去の景気拡張期の開始時期と比べて、今回はかなり低い水準にあったことが確認される(付図2-2(1))。雇用が過剰である場合には、雇用者を新たに採用しなくても従業員の労働時間を増やすことによって労働投入を増加させることが容易であるが、雇用の過剰感が小さい場合には、労働時間ではなく雇用者数の増加が必要になる。また、最近の特徴としては、中小企業の雇用不足感が大企業より高いこと、「建設・不動産」の雇用不足感が強まっていること等が指摘できる(付図2-2(2))。

(2)名目賃金の動向

前項では、今回の名目雇用者所得の持ち直しは雇用者数の増加が主因であり、労働者の一人当たり名目賃金による押上げ効果は限定的であることを確認した。ここでは、そうした賃金動向をどのように捉えればよいのか検討する。

一般の名目賃金とパートの時給は緩やかに増加

労働者の一人当たり名目賃金を、一般労働者とパートタイム労働者に分けてみると、それぞれ以下のような特徴が指摘できる(第2-2-4図(1))31。一般労働者の一人当たり名目賃金は、リーマンショック後に大きく落ち込んだ後、おおむね横ばいで推移していたが、2012年末から緩やかな増加基調にある。一人当たり名目賃金の前年比の寄与度分解を行うと、特別給与が2013年に入ってからプラスに寄与する中で、同年半ば以降は所定外給与のプラス寄与が拡大している(第2-2-4図(2))。そのため、一般労働者に関しては、2012年末以降の景気の持ち直しに伴う企業収益の改善や企業活動の活発化等が、特別給与と所定外給与の増加を通じて一人当たり名目賃金を押し上げていると考えられる。

パートタイム労働者の一人当たり名目賃金は、2011年春から1年ほど増加した後に伸び悩み、おおむね横ばいで推移している。この期間において、パートタイム労働者の所定内給与(前年比)の変動要因を確認すると、時給は全体的にプラスに寄与しており、その傾向は2013年に入って幾分強まっている(第2-2-4図(3))32。この背景としては、我が国の労働需給が改善する中で、パートタイム労働者を確保するために時給を引き上げる企業が増加していることが挙げられる。他方、所定内労働時間は大きく増減しており、2012年末以降はマイナス寄与が続いている。これは、個々のパートタイム労働者の労働時間が減少したことによって生じているのではなく、労働時間のより短い労働者の構成比が高まったためであると考えられる。

我が国の一人当たり名目賃金はアメリカに比べてパート比率の影響が顕著

一般労働者の一人当たり名目賃金とパートタイム労働者の時給は、それぞれ緩やかに増加していることをみてきたが、両者を合算した労働者全体の一人当たり名目賃金は個々の推移と比べて弱い(前掲第2-2-4図(1))。この背景として、パート比率の上昇という就業構造の変化が挙げられる。これは、一般労働者とパートタイム労働者の名目賃金が共に低下していない場合においても、賃金水準の低いパート労働者の比率が上昇することによって全体の平均賃金が押し下げられるというものである。そこで、ここでは日米の定期給与(所定内給与+所定外給与)の変動要因を比較することによって、我が国のパート比率の変化が平均賃金に与える影響について考察する33

我が国の定期給与の前年比は、2012年7-9月期から2013年1-3月期にかけてマイナス幅を拡大した後、パートタイム労働者の定期給与が横ばいで推移する中で、一般労働者の定期給与がプラスに転じたことから、マイナス幅を縮小した(第2-2-5図(1))。ただし、この間もパート比率が上昇したため、そのマイナス寄与が継続した。2001年以降についてパート比率の寄与度をみると、それがプラスに寄与している時期は2005年の4-12月のみであり、我が国では、パート比率の上昇が長期にわたって定期給与の押下げに寄与している。

アメリカの定期給与をみると、ITバブル崩壊やリーマンショック後の景気悪化期にパート比率の上昇が定期給与の押下げに寄与したが、一般労働者とパートタイム労働者の定期給与の増加が支えとなり、全体として増加基調を維持している(第2-2-5図(2)、(3))。また、我が国とは異なり、アメリカのパート比率は景気回復に伴って緩やかに低下する傾向がみられ、2011年7-9月期以降はパート比率のプラス寄与が続いている(第2-2-5図(2)、(4))34

以上のことから、我が国の定期給与に関しては、一般労働者とパートタイム労働者それぞれの定期給与が持続的に上昇するような雇用・所得環境を実現するとともに、アメリカのように景気の回復に伴って正社員化が進むようにしていくことが課題である。さらに、同一職種において、パートタイム労働者と一般労働者の処遇を近づけていくことも重要である。

企業収益の改善を受けて特別給与は2013年に入って改善

特別給与の動向を、夏季(6~8月累計)と年末(11月~1月累計)の前年比の寄与度分解によって確認しよう。第一に、製造業と非製造業のいずれも2013年に入って特別給与がプラスに転じている(第2-2-6図)。特別給与は前年度の企業の経常利益に連動する傾向が強く、2012年末以降に景気が持ち直す中で、企業収益が着実に改善したことが特別給与の押上げに寄与した35

第二に、製造業は2013年夏季と年末の特別給与が共に2年ぶりのプラスとなり、伸び率は年末の方が大きい。これは、2012年秋以降の円安方向への動き等を背景に、製造業の経常利益の増加幅が2012年10-12月期から2013年4?6月期にかけて拡大したこと、その後も高い伸びを維持したこと等による。

第三に、非製造業は2013年の夏季の特別給与が3年ぶりのプラス、年末が8年ぶりのプラスとなり、ここ数年の減少傾向が止まり、増加に転じている。非製造業については、パート比率の上昇が継続的にマイナス寄与している点に留意が必要である。

(3)賃金引上げをめぐる動き

我が国では、景気の持ち直しや企業業績の回復等を背景に、2013年後半以降、賃金引上げ機運が高まっている。そこで、以下では、賃金引上げをめぐる動きについて概観する。

政労使が取り組むべき4つの課題で共通認識を醸成

2013年9月20日、経済界、労働界、政府は「経済の好循環実現に向けた政労使会議」の第1回会合を開催した。この会議は、我が国の景気が持ち直し、企業収益が改善する下で、経済の好循環の実現に向けて、政労使の三者が意見を述べ合い、包括的な課題解決のための共通認識を得ることを目的として開催されたものである。

政労使の代表者は、数か月間の議論の末、2013年12月20日の第5回会合において共通認識を取りまとめるに至った。取りまとめでは、(1)賃金上昇に向けた取組、(2)中小企業・小規模事業者に関する取組、(3)非正規雇用労働者のキャリアアップ・処遇改善に向けた取組、(4)生産性の向上と人材の育成に向けた取組、という4点について、政労使が共通認識を持つとともに、それぞれが具体的な取組を進めることを確認した36

これらは後述するように、本年の春闘交渉におけるベースアップの実現に向けた議論や正社員化に向けた動きにおいて効果があったと考えられる。

企業収益の改善等がベースアップ等にも波及

我が国の企業では、例年2月頃から行われる労使の春季生活闘争(以下「春闘」という。)における賃金交渉が賃金改定に大きな影響を及ぼす。労働組合のない企業でも、春闘の結果を間接的に反映して賃金改定が行われることが多い。賃金改定額の長期推移をみると、我が国に特徴的な年功賃金制度を背景に、年齢や勤続年数に伴って上昇する定期昇給額は、1970年から1990年前半にかけて増加した後、おおむね同水準が維持されている(第2-2-7図(1))。ベースアップ等の額は、物価変動による生活水準の変化を調整する役目があったことから、1990年代前半までは消費者物価指数の上昇とともに増加していたが、その後は、景気低迷やデフレ状況が続く下で、ベースアップ等はほとんど行われなかった37。2014年の春闘では、企業収益の改善や政労使の共通認識を背景に、ベースアップ等の動向が大きな焦点となっていた。

日本労働組合総連合会の調査(6月上旬調査)を中心に2014年度の春闘の状況を確認すると、定期昇給とベースアップを含む賃金改定率は約2.1%となり、ベースアップの実施率は前年同期比で24.3%ポイント上昇した(第2-2-7図(2)、(3))。このように、我が国では企業収益の改善が賃金引上げに波及する動きが着実に進んでいる38

また、今回の春闘においては、新入社員の初任給の引上げや若手社員中心のベースアップを実施する企業も少なくなかった。この背景としては、社員の士気を高めて収益性を高めることや、景気の持ち直しに伴って新卒採用と若手の中途採用が増加する中で、優秀な学生と社員を確保する意図等が考えられる。新卒採用市場の状況について確認しておくと、大学卒業者の内定率は2011年を底に上昇に転じ、新卒需要は増加傾向にある(付図2-3)。内定率の上昇とは逆に初任給はこれまでのところ低下傾向にあるが、内定率と初任給が同時に上昇していた2005年以降の局面よりも労働需給が改善していることに鑑みると、初任給は今後上昇に転じる可能性がある(前掲第2-2-3図(1)、(2))。

中小企業においてもベースアップの動きに広がり

企業の賃金引上げに関しては、ベースアップの動きが中小企業においても広がっているかが大きな焦点である。そこで、前節で用いた内閣府の「企業経営に関する意識調査」を利用して、ベースアップの実施を見込む企業の割合が2013年度から2014年度にかけて、どのように変化したかを確認しよう。

従業員規模別にみると、いずれの企業規模においても、ベースアップの実施を見込む企業の回答割合が2013年度から2014年度にかけて上昇している(第2-2-8図(1))39。パートタイム労働者は一般労働者よりも改善幅が小さい傾向にあるが、ベースアップを実施すると回答した企業割合(水準)の低さ等を反映したものと考えられる(第2-2-8図(2))。また、2013年度のベースアップ実施見通しの達成率が全体で9割を超えていることを踏まえると、今回もおおむね見通しに沿ったベースアップが実施されることが期待される(付図2-440。以上のことから、ベースアップの動きは大企業に限ったものではなく、中小企業においても着実に広がっていると判断することができる41

また、産業別の動向を確認すると、製造業と非製造業のいずれもベースアップの実施を見込む企業割合が上昇しているが、非製造業では産業によって様相が異なっている(第2-2-8図(3)、(4))。第一に、建設業は、復興需要が継続していることや経済対策による公共投資の増加を背景に建設労働者の需給が逼迫しており、後述する公共工事設計労務単価の引上げという制度要因もあって、ベースアップの実施を見込む企業の回答割合が全体よりも大きく上昇している。第二に、賃金水準が相対的に低い医療・福祉、飲食店においても、ベースアップの動きが広がっている。ただし、労働需要の強い飲食店のパートタイム労働者を除くと、その改善幅は全体よりも小さい。第三に、飲食料品小売では、パートタイム労働者のベースアップ実施見通しの改善幅が小さいことに加え、一般労働者のベースアップの実施を見込む企業の回答割合が低下している。この背景としては、国内市場の拡大が見込みにくい中で、消費者の節約志向に伴う価格競争が続いているため、企業経営者が賃金引上げに対して慎重になっていること等が挙げられる。

2014年度にベースアップを見込む企業は労働力の確保・定着も重視

それでは、企業はベースアップ(ダウン)をどのように決定するのだろうか。企業の賃金改定の理由をみると、以下のような特徴が指摘できる。まず、当然のことながら、一般労働者とパートタイム労働者のいずれも「企業の業績」を挙げる企業の割合が最も高い(第2-2-9図(1))。そのため、企業のベースアップの動きが2015年度以降も継続するかを見通すためには、企業の収益環境の変化を丹念に点検する必要がある。

次に、一般労働者とパートタイム労働者を比較すると、パートタイム労働者は相対的に「企業の業績」の回答割合が低い一方で、「世間相場」という回答割合が高い。これは、パートタイム労働者が就職活動をするときに時給をより重視する傾向が強く、企業が賃金改定を行う際に他社の賃金水準を強く意識する必要があることを反映していると考えられる42

最後に、2014年度にベースアップの実施を見込む企業は、そうでない企業と比べると、一般労働者とパートタイム労働者のいずれも、相対的に「企業の業績」の回答割合が低い一方で、「労働力の確保・定着」という回答割合が高い(第2-2-9図(2)、(3))。この背景としては、前述したように、我が国の雇用環境が改善する中で、一部の産業において労働者の確保や定着が重要な課題になっていることが挙げられる。なお、ベースアップの理由として、「労働力の確保・定着」を挙げた企業の割合を産業別にみると、建設、飲食店、医療・福祉が全体よりも回答割合が高くなっている(付図2-5)。

大企業では長期的な成長展望がベースアップに寄与

一般に、基本給は一度引き上げると、その後すぐに引き下げることが困難であるという特性があることから、企業にとって、ベースアップは長期的な人件費の増加をもたらす傾向にある。そのため、企業経営者は、長期的な成長が展望できないと、ベースアップに対して慎重な姿勢をとることが多い。そうした企業の長期的な成長展望とベースアップの関係を確認しておこう。

具体的には、企業の賃金と賞与の改定見通しを、(1)短期的かつ長期的にも市場の成長を見込む企業、(2)短期的な成長は見込むが長期的な成長は見込まない企業、(3)短期的な成長は見込まないが長期的な成長を見込む企業、(4)短期的かつ長期的にも成長を見込まない企業、の4つに分けて比較する。企業が長期的な成長展望を重視する場合には、(2)より(1)、(4)より(3)において、ベースアップを見込む回答割合が高くなり、さらに、短期的な成長よりも長期的な成長を重視する場合には、(2)より(3)の回答割合が高くなると考えられる。

まず、大企業の賃金改定見通しをみると、長期的な成長を見込む企業の方が、そうでない企業よりもベースアップを見込む回答割合が高い(第2-2-10図(1))。さらに、短期的な成長は見込めなくても、長期的な成長が見込める企業はベースアップを積極的に考える傾向が強い。すなわち、大企業においては、長期的な成長展望を描いている企業ほどベースアップが実施されやすいと考えられる。

また、中小企業の賃金改定見通しにおいては、長期的な成長見通しが企業のベースアップ見通しに影響を及ぼしていない(第2-2-10図(2))。そのため、中小企業においてベースアップが実施されるためには、短期的な成長見通しが改善することが重要である。この背景として、中小企業は大企業に比べて経営体力が相対的に弱く、ベースアップによる人件費の増加を補うための収益を短期的に確保する必要性が高いことから、賃金改定の際に、長期よりも短期の収益見通しを重視する傾向にあること等が挙げられる。

最後に、賞与の見通しについては、大企業と中小企業のいずれも長期的な成長見通しに影響されない(第2-2-10図(3)、(4))。賞与は短期の業績に連動する傾向が強いという特性があり、今回の調査もそれと整合的な結果になっている。

正社員化による処遇改善と生産性向上

2013年以降になって、我が国の雇用情勢や企業収益の改善等を背景に、一部の企業で正社員化を進める動きがみられる。正社員化の具体的な制度は企業によって異なっており、例えば、飲食業のある企業では契約社員ほぼ全員を正社員にする方針を打ち出しており、小売業のある企業ではパート・アルバイトの大半を2~3年以内に地域限定の正社員に登用すると発表している。前者は、フルタイムの非正規社員からフルタイムの正社員への変更、後者は、パートタイムの非正規労働者からフルタイム及びパートタイムの正社員への変更と考えられる(第2-2-11図(3))。

企業にとって正社員化は人件費の増大につながる面があるものの、優秀な人材の確保や労働者の勤労意欲の向上によって労働生産性が改善すれば、企業の収益拡大につなげられる。

なお、短時間労働者と一般労働者(正社員・正職員)の賃金カーブによって両者の一人当たり所定内給与額の水準を比較すると、男性と女性のいずれの年齢層においても前者の賃金が後者を大きく下回っている(第2-2-11図(1)、(2))。そのため、この賃金カーブが示すように正社員化で労働者の賃金が上昇すると、それは機械的に我が国の平均賃金にプラスに作用する。

賃金引上げに関する制度対応について

政府の賃金引上げに関する対応として、(1)所得拡大促進税制、(2)最低賃金、(3)公共工事設計労務単価、の動向について概観する。まず、所得拡大促進税制は、一定の要件の下で、国内雇用者への給与総額を増やした企業に対して、その増加額の10%を法人税(個人事業主の場合は所得税)から控除することを認める措置である。この制度は、2013年度税制改正によって創設されたものであるが、2014年度の税制改正において要件の緩和等の拡充が行われ、企業が利用しやすくなったため、今後の賃金引上げを支援する効果が期待される43

次に、2013年度の最低賃金(時給)が前年度から全国加重平均で15円、前年度比で約2%引き上げられた(付図2-6(1))。この背景として、低賃金労働者の労働条件を改善させること、一部地域における生活保護との逆転現象を解消すること等が挙げられる。国際的にみると、我が国の、一般労働者の平均賃金に対する最低賃金の比率は、相対的に低い(付図2-6(2))。日本より最低賃金が抑制されているアメリカでは、オバマ大統領が2014年の一般教書演説で所得格差是正の観点等から最低賃金の引上げ方針を示しており、これまで最低賃金制度がなかったドイツは2015年から段階的に制度を導入して、2017年から全面実施する計画である。最低賃金の引上げは、低賃金労働者の所得増加や所得格差の是正等のメリットがある一方で、中小企業が時給上昇による人件費の増加を抑えるために人員削減を行う可能性が指摘されている44。そのため、最低賃金の引上げ幅については、それが企業の収益性や生産性の改善に見合ったものであるか考慮していくことも重要である。

最後に、農林水産省及び国土交通省は、2014年2月から、公共工事費を見積る際に利用する「公共工事設計労務単価(以下「労務単価」という。)」を全国の全職種平均で7.1%(2013年4月比)引き上げた。労務単価は、農林水産省及び国土交通省の「公共事業労務費調査」を基に決定されるものであるが、1990年代後半以降の財政構造改革に伴う公共投資の見直し等によって建設労働者の賃金水準が低迷していたことから、長らく低下傾向にあった(付図2-6(3))。しかし、復興需要等を背景に建設労働者の不足感が高まる中で、建設労働者の賃金動向を踏まえ、労務単価は2013年4月の大幅な引上げに続いて、2014年2月も引き上げられた45。これまで建設業では、ダンピング受注や下請けに対する値引き要求等から、労働者の賃金が抑制されていたとの指摘があった。労務単価の引上げにより工事予定価格の適正化が図られることから、国土交通省は併せて建設業界に対し、建設技能労働者の賃金水準の適正化・処遇改善を通じて、公共工事の円滑な施工を実施することを要請している。

2 国際的にみた我が国の所得・賃金の特徴

これまで、我が国の名目所得・賃金の最近の動向と論点について検討してきたが、ここでは、中長期的な視点から、主要先進5か国による国際比較を通じて、我が国固有の特徴、各国に共通する特徴について考察する。具体的には、時間当たり名目雇用者報酬とその決定要因である企業収益及び失業率との関係を確認する。さらに、デフレから脱却して、経済の好循環を実現するためには、家計の実質的な購買力を示す実質賃金の上昇が重要であるという問題意識の下、時間当たり名目賃金と物価上昇率の長期的な大小関係を概観するとともに、時間当たり実質賃金の寄与度分解等によって、その変動要因を分析する。

(1)名目雇用者報酬の動向とその決定要因

主要先進5か国における時間当たり名目雇用者報酬とその主な決定要因の関係を確認することによって、我が国にみられる特徴を明らかにする46。決定要因としては、企業収益を示す「営業余剰」と労働市場の需給バランスを示す「失業率」の2つを取り上げる。

賃金の中長期の動向を時間当たり賃金によって評価

国際比較を行う前に、中長期の賃金動向を「一人当たり賃金」と「時間当たり賃金」のどちらで捉えるべきかを整理しよう。厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」における一人当たり所定内給与額(月平均)と時間当たり所定内給与額の推移を比較すると、前者の方が弱い動きとなっていることが明確である(第2-2-12図(1))47。これは、主に、短時間労働者の平均月間労働時間が減少していること、一人当たり所定内給与額の方が短時間労働者比率上昇による賃金押下げ効果の影響を大きく受けることによる(第2-2-12図(2)、(3))。ここで、一般労働者とパートタイム労働者の時間当たり所定内給与額の最近の推移を厚生労働省の「毎月勤労統計調査」で確認しておくと、2013年後半以降、いずれも上昇傾向にある(第2-2-12図(4))。

我が国では、次節で議論するように、子育て世代の女性と高齢者の労働参加の拡大が促進されている。労働者が希望する働き方で雇用されるという前提に立った上で、今後短時間労働者を含む非正規社員が増加するとともに労働時間の短時間化が進んだ場合、一人当たり賃金を押し下げる効果がある48。中長期的な賃金の動向を考える上では、個々の労働者の賃金が上昇することが重要な課題であり、その観点からは、雇用構造の変化による影響を取り除いて議論する必要がある。そのため、以下で中長期の賃金動向について検討する際には、一人当たり賃金ではなく、時間当たりの賃金を用いて分析を行う。

我が国の名目賃金と企業収益の関係が希薄化

主要先進5か国について、時間当たり営業余剰の変化に対して時間当たり名目雇用者報酬がどのように反応するかについて、両者の年代ごとの関係を確認する。具体的には、両者の1980年代、1990年代、2000年以降の始値を100とした指数を作成した後、その自然対数の値を散布図にした(第2-2-13図)。この図の傾きは、時間当たり営業余剰が1%変化した場合に、時間当たり名目雇用者報酬が何%変化するかという弾性値を表す。もし、両者が45度線上にあれば、傾きは1となり、両者は同率で変化することを意味する。

まず、英国、フランスについては、いずれの年代においても明確な右上がりの傾向が観察され、おおむね45度線に近い位置にある。このことは、時間当たり名目雇用者報酬と時間当たり営業余剰は同方向に変化すること、両者の変化の大きさもほぼ同じであることを示す。そのため、これらの国では企業収益が改善すれば、名目賃金も同じように増加しやすい。

次に、日本、アメリカ、ドイツは、2000年以降に傾きが小さくなっており、企業収益が増加しても名目賃金が上昇しにくい状況にある49。特に、日本は、2000年以降、右下がりの関係が観察される。この背景としては、我が国の景気の低迷やデフレによって、企業の時間当たり営業余剰が伸び悩む中で、時間当たり名目雇用者報酬の伸びが他国と比べて抑制されたことが挙げられる。ドイツについては、2000年代前半の労働市場改革による賃金の抑制等の影響が指摘できる50

最後に、日本の名目賃金が他国に比べて伸び悩んでいるのは、付加価値に占める人件費の割合である労働分配率が2000年代に低下したことが原因であるという指摘について検討する。先進主要5か国の労働分配率を確認すると、労働分配率の低下はアメリカやドイツにおいても同様にみられる現象であり、日本固有の問題ではないことが確認される(付図2-751

我が国の名目賃金は長期的にみると他国よりも失業率に連動しやすい傾向

名目賃金と労働需給を示す失業率の間には、フィリップス曲線として知られる短期的な右下がりの関係が観察される場合が多い。長期的にみると、フィリップス曲線は長期均衡値である自然失業率において垂直になると考えられている52。そこで、主要先進5か国の時間当たり名目雇用者報酬と失業率の関係を比較すると以下のことが指摘できる。

第一に、日本は、他の主要先進国と異なり、短期と長期のいずれも時間当たり名目雇用者報酬と失業率の間に明確な右下がりの関係がある(第2-2-14図)。日本において長期的な右下がりの傾向が観察されるのは、日本の物価上昇率が他国よりも低いことを反映している可能性がある53。ドイツも短期と長期共に右下がりの関係がみられるものの、日本と比較すると、長期的な関係はかなり弱い。このことから、長期的にみると、国際的に、日本は労働需給の改善に伴って賃金上昇率が高まる傾向が観察された54

第二に、日本のフィリップス曲線の傾きは、年代の経過とともにフラット化していること、日本の失業率の水準と変動そのものが他国よりも小さいことに留意が必要である55。すなわち、我が国は、失業率が他国よりも低位で安定している中で、失業率が改善しても過去より賃金上昇率が高まりにくくなっている。

第三に、アメリカ、英国、フランスは長期的には右下がりの関係が確認できないものの、年代別に分けると、右下がりの傾向が明確な時期がある。2000年以降についてみると、アメリカ、英国では労働需給の改善に伴って賃金上昇率が高まる傾向にあるが、フランスでは雇用情勢の改善が賃金上昇率の改善につながっていない。また、英国では、各年代の曲線が下方にシフトしており、長期的なフィリップス曲線が垂直方向である可能性を示唆している。

(2)名目賃金と物価の関係及び実質賃金の変動要因

前項では、名目賃金の決定要因について検討してきたが、我が国ではデフレから脱却して、物価変動の影響を除いた実質賃金が持続的に上昇する中で、消費の拡大、企業業績の改善、投資の拡大が生じるという経済の好循環を実現することが課題となっている。そこで、まず名目賃金と物価上昇率の長期的な大小関係を確認することによって、デフレ脱却後の実質賃金の姿を展望する。さらに、実質賃金と労働生産性の関係、実質賃金の寄与度分解によって、実質賃金がどのような要因によって変動するかを考察する。

ドイツ以外は名目賃金の伸びが物価上昇率を上回る傾向

長期的な傾向として、名目賃金と物価の間にはどのような関係があるのだろうか。ここでは、主要先進5か国の時間当たり名目雇用者報酬と個人消費(PCE)デフレーターの関係について整理する。

まず、名目賃金と物価の間に相互依存的な関係があることが知られているように、長い目でみると、時間当たり名目雇用者報酬とPCEデフレーターには同方向に変化する傾向にある(第2-2-15図)。年代を分けて確認すると、日本はいずれの年代も同じような正の相関関係が観察される一方で、1990年代のアメリカと英国、2000年以降の英国、ドイツ、フランスにはそのような関係がみられない。

また、時間当たり名目雇用者報酬とPCEデフレーターの伸びの大小関係を比較すると、デフレ期でない時期において、日本、アメリカ、英国、フランスは前者が後者を上回る割合が高く、実質賃金上昇率はプラスとなる傾向にある。他方、ドイツでは両者に明確な大小関係は認められない。ドイツについて期間別にみると、1990年代は前者が後者を上回る傾向にあったが、2000年以降になってその関係が変化しており、特に、2000年代前半の労働市場改革が行われた頃に時間当たり名目雇用者報酬の伸びが相対的に小さくなっている。この時期は、労働市場改革等を背景に、労働者の名目賃金が抑制されるとともに、相対的に低賃金の雇用者が増加しており、その影響が現れているものと考えられる。また、日本については、デフレ期に時間当たり名目雇用者報酬の下落率がPCEデフレーターの下落率よりも大きくなり、実質雇用者報酬が低下する場合が多いことに留意が必要である。このことからも、デフレ脱却と経済再生への道筋を確かなものとすることが実質賃金の上昇のために重要である。

長期的には労働生産性と実質賃金の間に右上がりの関係

労働者が1時間に生み出した付加価値である労働生産性が上昇すれば、企業がそれを成果として一定程度労働者に配分することによって労働者の時間当たり実質賃金も増加する。そのため、一般に、両者の間には長期的な右上がりの関係があると考えられている。

1980年以降の全期間を通してみると、主要先進5か国のいずれも時間当たり実質雇用者報酬と労働生産性の間におおむね右上がりの傾向が観察される(第2-2-16図56。また、日本、アメリカ、ドイツは、2000年以降の傾きが小さくなっており、労働生産性が上昇しても実質賃金が伸びにくい状況にある。この背景としては、後述するように、労働分配率の低下や交易条件の悪化が挙げられる。以上より、国際的にみて、労働生産性を高めることが長期的な賃金上昇のために重要であることが分かる。ただし、期間によっては、労働生産性は実質賃金の変動を十分に説明できておらず、他の要因についても検討する必要がある。

都道府県別にみても2000年以降は実質賃金が労働生産性に比べて抑制

長期的には、実質賃金の上昇のために労働生産性を向上させる必要があることをみてきたが、実質賃金上昇に関しては、それを全国津々浦々まで波及させることも重要な論点となっている。そこで、労働生産性と時間当たり実質賃金の右上がりの関係が、都道府県別のデータにおいても成立しているかを確認しておこう。都道府県別の1985年から2008年の平均変化率を散布図にすると、労働生産性の伸びを高めた都道府県ほど、実質賃金の上昇率も高まっていることが分かる(第2-2-17図(1))。すなわち、賃金の持続的な上昇を日本全国津々浦々で実現するためには、当然のことながら、各都道府県の労働生産性を高める必要があり、労働生産性の改善の遅れる地域が出ないように、競争力のある地域産業の創出に向けた政策対応等が求められる。

2000年前後で期間を分けると、1985年から2000年にかけては労働生産性と実質賃金の右上がり関係がより明確に観察される一方で、2000年から2008年にかけては両者の間に右上がり関係はみられない(第2-2-17図(2)、(3))。これは、国際比較で示された内容と同様の結果であり、2000年以降は、都道府県別にみても労働生産性の上昇に対して実質賃金の上昇が抑制されている。この背景としては、デフレ下で労働生産性の伸びが全体的に大きく低下する中で、日本各地で労働者の賃金抑制が行われたことが挙げられる。

労働生産性が1%変化したときに実質賃金が何%変化するかを表す弾性値を都道府県ごとに計算して、その分布の形状を確認することにより、両者の長期的な関係の強さを検討する。都道府県の弾性値の分布の範囲は0.5~1.3となり、分布の山(最頻値)の階級は0.9~1.0とほぼ1と等しい(第2-2-17図(4))。このように、各都道府県の実質賃金は、労働生産性の伸びと同程度上昇する傾向にある。我が国は、デフレから早期に脱却し、2000年代以前のように労働生産性の上昇が実質賃金の上昇に結び付くような環境を作っていく必要がある。

実質賃金は労働分配率の低下と交易条件の悪化で伸び悩み

前述のように、実質賃金は長期的には労働生産性によって決まる傾向があるものの、2000年代に入ってからはそれだけでは説明できない面もあることから、ここでは主要先進5か国の時間当たり実質雇用者報酬の寄与度分解を行うことによって、2000年以降の変動要因について分析する。具体的な変動要因としては、一国の所得のうち労働者の取り分である労働分配率要因、労働者が1時間に生み出した付加価値である労働生産性要因、輸出入デフレーターの変化におおむね相当する交易条件要因の3つを考える57。なお、交易条件の悪化は、海外への所得流出を示しており、実質賃金に対してマイナスに寄与する。

まず、2000年代前半の時間当たり実質雇用者報酬の動向をみると、日本は、労働生産性の向上が時間当たり実質雇用者報酬を押し上げていたものの、労働分配率の低下と交易条件の悪化がマイナスに寄与した結果、全体として横ばいで推移した(第2-2-18図)。すなわち、企業が生み出した付加価値の労働者の取り分が減少し、為替の減価等によって輸入価格(コスト)が相対的に上昇したことが、日本の実質賃金の押下げ要因になっていた。アメリカでも、この時期に労働分配率が低下していたが、労働生産性の上昇がそれ以上に大きく伸び、交易条件も小幅なプラス寄与であったことから、時間当たり実質雇用者報酬は上昇傾向を維持した。ドイツは、日本と同じように労働分配率の低下と交易条件の悪化が進む中で、労働生産性が伸び悩んだことから、時間当たり実質雇用者報酬は減少傾向にあった。他方、英国では交易条件の改善、フランスでは労働分配率の小幅上昇が、時間当たり実質雇用者報酬に対してプラスに寄与している。

次に、2000年代後半以降を確認すると、日本は、労働生産性がリーマンショック後に落ち込んだことがマイナスに寄与したものの、その後、労働生産性が持ち直す中で労働分配率が幾分上昇したことから、時間当たり実質雇用者報酬も緩やかに増加した。この時期、ドイツやフランスにおいても労働分配率の上昇がみられたが、アメリカでは労働分配率の低下基調が続いており、それが時間当たり実質雇用者報酬の押下げに寄与している。また、英国は、労働生産性がリーマンショック後に落ち込んでから低迷を続ける中で、交易条件の悪化もあって、時間当たり実質雇用者報酬は2012年末頃まで減少傾向にあった。

最後に、2000年以降の全期間でみると、いずれの国も労働生産性の上昇が時間当たり実質雇用者報酬の押上げに寄与しており、労働生産性は実質賃金上昇を決定するための重要な基盤になっている。しかし、日本、アメリカ、ドイツ等では、実質賃金が労働分配率の低下や交易条件の悪化によって押し下げられており、この期間においては、実質賃金の上昇は労働生産性の上昇に追いついていない。このような状況から脱するためには、企業収益が改善する中で、それを従業員へ適切に分配するとともに、省エネ等を通じた資源・エネルギーコストの低減や投入価格の上昇に見合った産出価格の引上げを通じて交易条件を改善させることが重要である。


(28)第12循環の景気拡張期は1993年11月~1997年5月、第13循環は1999年2月~2000年11月、第14循環は2002年2月~2008年2月、第15循環は2009年4月~2012年4月(暫定)。今回の景気の谷は2012年11月(暫定)。
(29)構造失業率は、推計方法等によって値が異なるため、幅をもってみる必要がある。
(30)雇用者の分類は経済統計によって異なる点に留意が必要である。第2章の第2~3節で利用する各種統計における雇用者の分類と定義については、付注2-2を参照。
(31)ここでは中期的な変動として、X?12?ARIMAの「傾向・循環変動」を用いた。
(32)パートタイム労働者は、ボーナスの支給されないケースが多いこと、残業時間も一般労働者と比べて抑制される傾向が強いことから、ここでは特別給与と所定外給与を除く所定内給与の寄与度分解によって賃金動向を評価している。
(33)日米比較においては、日米のパートタイム労働者の定義の違い等に留意する必要がある。例えば、日本のパートタイム労働者は、(1)1日の所定労働時間が一般の労働者より短い者、(2)1日の所定労働時間が一般の労働者と同じで1週の所定労働日数が一般の労働者よりも短い者、のいずれかで定義されるが、アメリカでは、週の労働時間が35時間未満の労働者と定義される。
(34)男女別のパート比率の特徴としては、日本の女性のパート比率がアメリカに比べて非常に高いことが知られている。この背景として、アメリカにおいては、仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)の取組によって、女性が一般労働者として働きやすい環境が整備されていること等が挙げられる。
(35)坂本・村上(2013)では、調査産業計の前年度と前々年度の経常利益が1%改善すると、当該年度の特別給与が0.12%改善するとの推計結果が示されている。
(36)経済の好循環実現に向けた政労使会議(2013)「経済の好循環実現に向けた政労使の取組について」を参照。
(37)ここでは、ベースアップ(ベースダウン)を、賃金表を改定することによって賃金を引き上げる(引き下げる)ことと定義する。以下同じ。
(38)東証一部上場の大手企業を対象にした、経済産業省の「企業の賃上げ動向に関するフォローアップ調査」の中間集計結果でも、今年度にベースアップを行った企業の割合は46.7%に上っており、前年度の7.7%から大幅に上昇している。
(39)本調査では、ベースアップ(ダウン)の状況について質問しているが、企業によっては、ベースアップの他に定期昇給を念頭に回答している場合もあり、その点には留意が必要である。
(40)今回の調査(2014年2月21日~2014年3月18日)では、賃金改定に関して「昨年度現時点における2013年度の見込み」を尋ねており、多くの企業で賃金改定計画がほぼ固まっていたことが達成率の高さにつながっていると考えられる。
(41)厚生労働省の「毎月勤労統計調査」によって、2014年4月の中小企業の所定内給与額を確認すると、事業所規模5~29人の一般労働者は前年比0.5%減、パートタイム労働者は同1.2%増、事業所規模30~99人の一般労働者は同1.0%増、パートタイム労働者は同0.6%増となった。事業所規模5~29人の一般労働者以外においては、春闘の結果が現れつつあるとみられる。春闘については、まだ全ての組合で妥結に至っていないことを踏まえると、5月以降の統計に更に現れてくる可能性がある。
(42)なお、一般労働者は、パートタイム労働者と比べて、福利厚生や年次休暇などの給与面以外も重視する傾向が強い。
(43)2014年度に税額控除を受けるには、(1)従業員への給与の総額を2012年度より2%以上増加させること、(2)従業員への給与の総額が2013年度から減っていないこと、(3)従業員一人当たり平均の給与支給額が2013年度を上回っていること、という3つの要件を全て満たす必要がある。今回の税制改正による大きな変更点としては、2014年度の給与増加率(2012年度比)の要件が5%から2%に引き下げられたことが指摘できる。
(44)最低賃金の変更が雇用に与える影響については、鶴(2013)、内閣府(2013)、労働政策研究・研修機構(2013)などを参照。また、厚生労働省と経済産業省は、最低賃金引上げによって影響を受ける中小企業に対して、最低賃金引上げに向けた中小企業相談支援事業、業種別団体助成金の支給、業務改善助成金の支給等の支援事業を行っている。
(45)2013年4月においては、法定福利費相当額の加算など単価算出手法の大幅変更も実施された。2014年度の労務単価は、2014年2月に変更された額が4月以降も継続して適用されている。
(46)以下では国際比較が可能な国民経済計算ベースの「雇用者報酬」を基に、所得と賃金の議論を行っている。
(47)ここでは名目ベースで比較しているが、実質ベースでも同様である。
(48)子育て世代の女性と高齢者の雇用者については、その増加の大部分が非正規社員によるものであり、正社員として労働市場に参入することが容易でないこと、正社員として働くことを希望していないケースがあること等を反映していると考えられる。
(49)ただし、先で指摘したように、ボーナスなどの「特別給与」は企業収益に連動する傾向が強い。
(50)ドイツの労働市場改革については、労働政策研究・研修機構(2006)などを参照。
(51)世界的に労働分配率が低下している理由として、OECD(2012)では、グローバル化による低賃金国との競争、ICTなどによる技術革新等を指摘している。また、労働分配率は景気変動の影響を受けやすく、景気拡張期に低下する傾向にある。日本の最近の労働分配率は過去の平均的な水準と比べて特に低いわけではない。
(52)ここでの長期的な関係は物価と失業率についての議論であるが、賃金と物価との相互依存関係を踏まえると、それを賃金と失業率の関係に置き換えても大きな違いは生じない。また、自然失業率はインフレ率の水準などの経済要因によってシフトする。
(53)低インフレ下においては、長期のフィリップス曲線は垂直ではなく、右下がりになることが指摘されている。例えば、Akerlof et al.(1996)等を参照。
(54)内閣府(2010)の賃金関数の日米比較においても、日本の賃金はアメリカとは異なり失業率に影響を受けやすいことが指摘されている。
(55)1990年代に我が国のフィリップス曲線がフラット化した背景として、山本(2010)では、名目賃金の下方硬直性の顕在化、就業意欲喪失効果の減退を指摘している。
(56)ここでの労働生産性は「実質GDP÷(雇用者数×労働時間)」ベース、後述の都道府県別の労働生産性は、経済産業研究所(RIETI)の都道府県別労働生産性(R-JIP)における「実質付加価値÷(雇用者数×労働時間)」ベース。
(57)交易条件要因は、「(GDPデフレーター/個人消費デフレーター)の変化率」によって定義されるが、この式はおおむね輸出入デフレーターの変化を表しているため、交易条件の変化とみることができる。
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