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第1節 物価上昇の持続性

物価は緩やかに上昇しているものの、上昇基調は定着するのだろうか。デフレ状況に後戻りしないためには何が必要なのだろうか。本節では、物価上昇の要因や品目別の価格動向から物価の上昇基調の定着に向けた課題を探るとともに、物価動向の背景を点検し、物価上昇の持続性を検証する。

1 物価の動向

2009年以降下落が続いてきた物価は2013年に入って下げ止まり、2013年後半に入ると上昇基調がはっきりとしてきた2。物価の基調が変化した背景とその後の推移を確認する。

2012年秋以降の円安方向への動きを起点に物価は緩やかな上昇に

消費者物価の基調を捉える消費者物価(コアコア)3(以下「コアコアCPI」という。)はリーマンショック以降、下落が続いてきたものの、2013年に入って下げ止まった。2013年夏からは底堅く推移し4、2013年末以降、緩やかに上昇している。

このように物価の基調が変化する起点となったのが2012年秋以降の円安方向への動きである。為替レートから物価への波及の様子をみると、ドル円レートの円安方向への動きに伴って輸入物価が上昇し、その後、輸入物価の上昇が企業間取引から最終消費財へと徐々に転嫁されるにしたがって、国内企業物価、消費者物価(コア)5(以下「コアCPI」という。)、コアコアCPIが緩やかに上昇してきたことがみてとれる(第2-1-1図)。

また、2014年4月に消費税率が5%から8%に引き上げられたことに伴い、コアコアCPIは4月に前月比1.9%と一時的に上昇率が高まった。

消費税率引上げ分の価格への転嫁は一定程度進展

消費税率の引上げ分は価格にどの程度転嫁されているのだろうか。国内企業物価(総平均)は4月に前月比2.9%、5月に同0.3%上昇した。消費税率引上げの直接の影響を除くと、このところ緩やかな上昇基調で推移しており、国内企業物価の基調に大きな変化はみられない(第2-1-2表(1))6。消費税率引上げ分を除いた主な類別の価格をみると、4月は国内外の需給要因によりスクラップ類や農林水産物が高い伸びとなったほか、燃料費調整制度等の影響により電力・都市ガス・水道が上昇した。一方、薬価引下げ等の影響により工業製品は4月に一時的に小幅下落した。5月については、国内の需給要因により農林水産物が下落する一方、燃料費調整制度等の影響により電力・都市ガス・水道が上昇した。

消費者物価については、コアCPIは4月に前月比2.3%、5月に同0.3%上昇し、コアコアCPIは4月に同1.9%上昇、5月に同0.0%となった。消費税率引上げの直接の影響を除くと、コアコアCPIは引き続き緩やかな上昇基調で推移しており、基調に大きな変化はみられない(第2-1-2表(2))。消費税率引上げ分を除いた主な類別の価格をみると、4月はその他工業製品が原料高等の影響で上昇する一方、主力商品等の一部で税込価格の引下げや据置き(実質値下げ)を行う企業がみられた外食は下落した。5月は、国内の需給要因もあって耐久消費財やその他工業製品等が下落した。なお、高校授業料無償制への所得制限の導入7、高速道路料金の見直し8、診療報酬の上昇等の影響により公共料金が4月に前月比2.2%上昇したことから、消費税率引上げの直接の影響を除いたコアCPIは4月に前月比0.6%とやや高めの伸びとなった。

こうした物価統計の動向を踏まえると、消費税率引上げ分の価格転嫁は一定程度進展しているとみられる。また、アンケート調査9をみても消費税の転嫁は進展しているとみられるが、十分に転嫁ができていない事業者がなお残されていることに留意が必要である。

輸入物価による消費者物価の押上げはおおむね一巡

2012年秋以降の円安方向への動きを主に反映して上昇してきた輸入物価は2014年に入ってからは横ばい圏内で推移している。輸入物価の上昇による消費者物価の押上げは一巡したのだろうか。消費者物価の基調を捉えるコアコアCPIとコアCPIの推移を確認してみよう。

コアコアCPIの前年比の推移をみると、輸入物価の上昇から価格転嫁に9か月程度の遅れを伴うその他工業製品等の価格転嫁が徐々に進む中で10、2014年年初までプラス幅が拡大してきた。2014年春以降、前年比のプラス幅は横ばいからやや縮小して推移しており、価格転嫁はほぼ一巡しているとみられる(第2-1-3図(1))。

こうしたコアコアCPIの動きに加えて、エネルギー関係品目の価格動向がコアCPIの前年比の推移に影響している。原油価格は2011年春以降横ばい圏内で推移してきたが(前掲第2-1-1図(1))、円安方向への動きを受けて2013年初めに輸入物価と連動する燃料価格が上昇に寄与し始めた。その後、半年程度の遅れを伴って電気代やガス代等の公共料金が2013年末にかけて上昇した。こうした動きを反映してエネルギーの前年比寄与度のプラス幅は2013年春まで大きく高まった。2014年に入って、エネルギーは上昇基調で推移しているものの、前年の同時期も上昇基調で推移していたことから、前年比ではプラス寄与が横ばい圏内で推移している(第2-1-3図(2))。

2-1 消費税率の引上げと物価の基調

消費税率は2014年4月1日に5%から8%へと引き上げられた。各種の物価指数は消費税分を含めた財・サービスの価格を用いて作成されている。このため、物価の基調を把握する際は、消費税率引上げの影響を除いた指数の動きをみることが有用である。

国内企業物価指数や企業向けサービス価格指数は、消費税を除く参考指数が日本銀行から公表されている。国内企業物価指数の参考指数の動きをみると、このところ緩やかな上昇基調で推移しており、基調に大きな変化はみられない(コラム2-1図(1))。

消費者物価指数については消費税を除いた参考指数が作成されていない。そこで、消費税の課税品目について消費税率引上げ分が完全に価格転嫁されたと仮定し、消費税率引上げによるコアコアCPIの押上げ幅を試算すると、2014年4月は前月比1.8%ポイント、5月は同0.1%ポイントとなる(コラム2-1図(2))。消費税率の引上げ幅(3%)と比べてコアコアCPIの上昇幅が小さいのは、コアコアCPIに非課税品目(家賃等)が含まれるためである。また、一定期間旧税率が適用される経過措置がとられる品目(電気料金等)11や4月に価格調査が行われない冬物衣料等が含まれるため、消費税率引上げの影響は数か月にわたって現れる。消費税率引上げの影響を除いた指数(試算値)の動きをみると、消費税率引上げ後もコアコアCPIは緩やかな上昇基調で推移しており、基調に大きな変化はみられない。

予想物価上昇率の上昇が消費者物価の上昇に寄与し、GDPギャップのマイナス寄与は着実に縮小

このように2013年の消費者物価は輸入物価の上昇に伴って上昇してきたが、輸入物価による押上げ分(いわゆるコストプッシュ要因)はどの程度だろうか。最初に、輸入物価の上昇局面であっても、消費者物価への価格転嫁の程度は時々の経済状況によって異なることを確認しよう。

輸入物価の上昇がみられた2003年10-12月期から2008年7-9月期(以下「前回」という。)と2012年10-12月以降(以下「今回」という。)について、コアCPIとそれに影響を与える主な要因である輸入物価、GDPギャップ、家計の予想物価上昇率を比較すると、次の点が確認できる(第2-1-4図)。

第一に、消費者物価と輸入物価の平均上昇率から弾性値を求めると、前回の0.04(0.5%/13.8%)に対し、今回は0.09(1.1%/11.8%)と高めとなっている。特に、前回は食料・エネルギー以外の品目が下落したのに対し、今回は上昇しており、価格転嫁は幅広い品目に広がっている。同じ輸入物価の上昇であっても、特定の品目に価格上昇が集中する資源価格高局面(前掲第2-1-1図(1))と幅広い品目で価格が上昇する円安方向に推移した局面の違いが価格転嫁の程度に影響したと考えられる。

第二に、GDPギャップの平均的な水準をみると、前回の-0.7%ポイントに対し、今回は-2.3%ポイントとマイナス幅が大きい。ただし、前回はGDPギャップに対する民間消費要因のマイナス寄与が1%を超えているのに対し、今回は個人消費主導で景気が持ち直したことを背景に民間消費要因のマイナス寄与は小幅にとどまっており、設備投資や住宅投資等を含むその他の要因が全体を大きく押し下げている12

第三に、今回の予想物価上昇率は0.6%と前回と比べてやや高めとなっている13。エネルギー等の価格上昇を受けて、家計の予想物価上昇率が高まったほか、日本銀行による大胆な金融緩和が家計の物価予想に影響した可能性がある。

以上の検討を踏まえて、消費者物価関数を推計し、各要因がコアCPIの上昇にどの程度寄与したかを試算すると、2014年4-5月期の前年比1.4%のうち、輸入物価による直接的な押上げ要因が0.1%ポイント、予想物価要因が0.9%ポイント寄与している(第2-1-5図(1))。また、GDPギャップ要因は依然としてマイナスに寄与しているものの、マイナス幅は着実に縮小している(第2-1-5図(2))。

コスト上昇時の企業の価格設定行動に変化の兆し

企業の価格設定行動には何か変化がみられるだろうか。内閣府が実施した「企業経営に関する意識調査」14によると、2013年に販売価格を引き上げた企業の割合は調査対象企業1,652社のうち2割強の341社だった。販売価格引上げの要因として割合が高いのは、円安方向への推移以外の要因による原材料等の価格上昇と円安方向への推移によるコスト上昇となっている(第2-1-6図(1))。また、競合他社の価格変更も企業の価格転嫁を後押ししたことがうかがえる。

2013年の調査と比較すると、コスト上昇時の企業の価格設定行動に変化が生じつつあることもうかがえる(第2-1-6図(2))。企業の主要なコストが10%上昇した場合、販売価格に一部を転嫁すると回答する企業の割合は、製造業でも非製造業でも大幅に増加しており、転嫁しないと回答する企業の割合は半分以下に低下している。また、向こう1年間の物価見通しと販売価格への転嫁の程度の関係をみると、見通しの物価上昇率が高いほど価格転嫁を行う企業の割合が高まる傾向にある(第2-1-6図(3))。企業の価格設定行動の変化に予想物価上昇率の上昇も影響した可能性がある。

付加価値デフレに歯止め、単位利潤は増加

消費者物価の上昇には円安方向への動きに伴う輸入物価の上昇が寄与してきたことを確認した。それでは、国内要因に基づく物価変動を表すGDPデフレーターの動きから物価動向をどのように評価できるだろうか。為替レートが円安方向に動くと、GDPデフレーターは当初、低下する傾向がある。これは、円安方向への動きによる輸入価格の上昇を企業が国内の財・サービス価格や輸出価格に転嫁するのに一定の時間を要するためである15。輸入価格の上昇が財・サービス価格に転嫁されるにしたがって、GDPデフレーターの低下幅は縮小し、価格転嫁が完全に行われると、他の条件を一定とすればGDPデフレーターは元の水準に戻ることになる。このため、価格転嫁が一巡した段階でGDPデフレーターが上昇していれば、それは国内要因による物価上昇を反映したものと評価できることになる。同時に、GDPデフレーターは生産一単位当たりの付加価値(企業や家計の所得)も表しており、名目でみた企業所得や賃金が伸び悩む付加価値デフレ16の動向も確認できる。

GDPデフレーターの推移を2005年の円安方向に推移した局面(以下「前回」という。)と2012年秋以降の円安方向に推移した局面(以下「今回」という。)で比較すると、今回の特徴として次の点が挙げられる。

第一に、前回は円安方向への動きに加えて、資源価格が継続的に上昇したこともあってGDPデフレーターの低下傾向に歯止めがかからなかったのに対し、今回はGDPデフレーターのマイナス幅が2013年4-6月期以降、横ばい圏内で推移しており、付加価値デフレに歯止めがかかりつつある。ただし、GDPデフレーターの水準は円安方向への動きが始まる前の水準には戻っていない。

第二に、需要面をみると、物価上昇が押下げに寄与する輸入物価要因と政府消費以外のデフレーターは個人消費や設備投資も含めて全てプラスに寄与している(第2-1-7図(1))。

第三に、所得面をみると、特に、生産一単位当たりの資本の取り分を表す単位利潤がプラスに寄与している(第2-1-7図(2))。これまで確認した輸入物価上昇によるコスト増を価格に転嫁しやすい経済環境や円安方向への動きにより輸出企業の収益が改善したこと17が単位利潤の増加に寄与したとみられる。一方、生産一単位当たりの労働コストを表す単位労働費用はこれまでのところマイナスに寄与している。

2-2 消費者物価のコア指標と予測力

消費者物価の基調を捉えるため、天候要因等により価格が一時的に変動する傾向がある品目を除いた複数のコア指標が作成されている。除去する品目が多いほどコア指標の一時的な変動は小さくなる一方、対象とする品目の減少(ウェイトの低下)により総合指数とのかい離が生じる可能性も高まる。このため、コア指標はそれぞれの特徴を踏まえながら目的に合わせて活用していく必要がある(コラム2-2図(1))。

ここでは、消費者物価(総合)の予測力18という観点から各コア指標を評価してみよう。具体的には、ある時点の過去6か月までのコア指標の伸びとある時点から6か月先までの消費者物価指数(総合)の伸びにどの程度の違い(予測誤差19)があるかを計測した。予測誤差が小さいコア指標ほど、消費者物価(総合)の予測に有用な情報を含んでいると解釈できる。2001年から2013年のデータを用いて、消費者物価指数の総合、コア、米国型コア、内閣府コアコアの予測誤差を比較したところ、6か月先までの短い予測期間では、内閣府コアコアの予測誤差がもっとも小さい(コラム2-2図(2))20

2 品目別の価格動向と物価上昇の広がり

品目別の価格動向から物価上昇の広がりを確認するとともに、物価の上昇基調の定着に向けた課題を探る。

価格が上昇する品目の割合は着実に上昇

物価が緩やかに上昇している背景には、輸入物価の上昇に伴うコストの増加だけでなく、予想物価上昇率の上昇や経済全般の需給の改善があることを確認した。品目別の価格の動向にはどのような特徴がみられるだろうか。

最初に、物価上昇の広がりを確認するため、価格が上昇している品目数の割合から下落している品目数の割合を引いて物価DIを求めてみよう。コアコアCPIの物価DIをみると、2013年4月には30%超の品目の価格が下落していたが、その後はマイナス幅が着実に縮小し、2013年10月以降はプラスへと転じている(第2-1-8図(1))。また、物価DIの水準としては2008年秋頃の30%超には達していないものの、当時、物価DIがマイナスとなっていた耐久消費財も含めて全ての種類の財・サービスでプラスに転じていることが今回の特徴といえる。

サービス価格の価格上昇率の分布は総じて上方にシフト

次に、コアコアCPIの対象品目の価格上昇率の分布にどのような特徴がみられるかを確認しよう。消費税率引上げ直前の2014年3月と1年前の2013年3月を比較すると、次の点が分かる(第2-1-8図(2))。

財価格についてみると、価格上昇率が-2.0%未満の品目の寄与率が大きく低下している。これは、大幅な価格下落が続いてきたパソコン、ビデオカメラ等の一部耐久消費財の価格が下げ止まったこと等を反映している。このほか、価格上昇率が-2.0%~0.0%未満の品目の寄与率が全て低下している。一方、価格が上昇した品目をみると、供給不足により価格が上昇した牛肉等の寄与もあって2.0%以上の価格上昇率の寄与率が大きく高まったが、次に寄与率が高いのは0.0%~0.5%未満となっている。財価格の価格上昇率の分布は価格が下落する品目の割合が総じて低下する形で上方にシフトする一方、価格が上昇する品目の価格上昇率の分布にはばらつきがみられる。

これに対し、サービス価格については、価格上昇率が-0.5~0.0%未満の品目の寄与率がもっとも高いものの、全体として価格上昇率の分布が上方へシフトしていることがみてとれる21

アメリカ、ユーロ圏と比べて依然として低い日本のサービス価格の上昇率

次に、主要国・地域との比較を通じて、日本の品目別の価格動向の特徴をみてみよう。財価格とサービス価格(持家の帰属家賃を除く。以下同じ。)をアメリカ、ユーロ圏と比較すると日本の財価格、サービス価格は共に2000年代を通じて価格上昇率が総じて低かったが、2013年以降、日本の財価格はアメリカ、ユーロ圏を上回る伸びとなっている(第2-1-9図(1))。

一方、日本のサービス価格の上昇率は2013年秋以降、高まっているものの、2%台前半のアメリカや1%台半ばのユーロ圏と比べると依然として低い(第2-1-9図(2))。また、主な品目の寄与度をみると、アメリカでは全ての品目が安定的にプラスに寄与しているのに対し、日本ではこれまで安定的に寄与する品目がみられず、2013年秋以降の上昇も家事の寄与が大半を占めている(第2-1-9図(3))22

外食、建設、宿泊料を中心にサービス価格は上昇

今後、日本のサービス価格はアメリカやユーロ圏のように安定的な上昇に向かうことが期待できるのだろうか。サービス価格に含まれる品目のうち公共サービスや民営家賃・持家の帰属家賃を除く一般サービスの価格は、デフレ状況に入る1998年以前は、賃金上昇率や需給の改善に伴って価格が緩やかに上昇する関係がみられた(第2-1-10図(1)、(2))。今後、こうした関係が一般サービスの価格に広がることが期待される。

品目別の価格動向をみると、こうした関係がうかがえる品目も一部に現れ始めている。サービス価格の15%を占める外食は、需要が底堅い中で、食材や人件費等のコスト上昇を背景に、上昇基調で推移している(第2-1-10図(3))23。2014年3月のサービス価格上昇の大半を占めた家事については自動車保険料等の値上げの一時的要因の影響が大きいものの、その一部を占める建設については需要が好調に推移する中で、人手不足もあって2013年秋以降、上昇基調が続いている。このほか、景気と連動する傾向がある宿泊料も、振れは大きいものの、最近は前年比プラスで推移している。

一方、教育については高校授業料無償制への所得制限の導入24、医療・福祉については消費税率引上げに伴う診療報酬の改定等により2014年4月に上昇した。これらの価格は制度に左右される面が大きいこともあって、持続的な価格上昇にはつながりにくい。また、家賃については、新規成約物件の家賃が既契約の家賃に波及しにくく、1年間に家賃が改定される住戸の割合が低いといった日本の住宅市場の特徴等の影響もあって、上昇に転じた場合でもプラス幅が小幅にとどまる傾向がある25

こうしたことから、当面は外食、建設、宿泊料等の一般サービスが上昇基調を保つなかで、教育や医療・福祉等の公共サービスの一時的上昇もあって、サービス価格の上昇率が高まっていくことが期待される。

3 物価を取り巻く環境

物価は緩やかな上昇基調にあり、付加価値デフレも歯止めがかかっている。また、価格が上昇する品目は着実に増加している。デフレからの脱却のもう一つの条件である「デフレ状況に後戻りする見込みがないこと」を満たすためには、物価の動向に加えて、物価に影響を与える実体経済や金融面の要因が物価の下押し圧力とならないことが必要である。デフレ脱却に向けて改善の動きがみられた2005年から2007年の局面やアメリカ、ユーロ圏と比較しつつ、物価を取り巻く環境を点検する。

需給ギャップは中小企業を中心に大幅に改善

物価に影響を与える要因としては、実体経済面では供給力と比べた需要の強さを表す需給ギャップ、供給面から物価との相関関係をもつ単位労働コスト(1単位の生産に必要な労働費用)、企業の価格設定行動及び実質金利を通じて設備投資等に影響を与える予想物価上昇率等がある。金融面では、2012年以降の物価動向に影響を与えてきた為替レートのほか、マネーストック26も長期的な物価上昇率に影響を与える変数として知られている。

経済全般の需給ギャップを表すGDPギャップは依然として物価の押下げ要因となっているものの、マイナス幅は着実に縮小している(前掲第2-1-5図)。GDPギャップのマイナス幅が縮小している背景を探るため、日銀短観の需給判断DI(国内での製商品・サービス需給判断)を規模別・業種別にみると、次の点が確認できる。企業は慎重に回答する傾向があるため、いずれも供給超過と回答する企業が多いものの、大企業でも中小企業でも2013年に入って着実に需給が改善し、2014年3月調査時点では2000年代を通じて需給が最も引き締まった状況にある(第2-1-11図)。規模別では、特に中小企業の需給の引き締まりが顕著である。デフレ脱却に向けて改善の動きがみられた2005年から2007年の局面と比較すると、製造業のDIの水準が同程度となっているのに対し、建設・不動産を中心に幅広い非製造業でDIが改善している。こうした非製造業での需給改善が今後のサービス価格の上昇につながることが期待される。

下落が続いてきた日本の単位労働コストは2013年後半以降、上昇の兆し

実体経済の需要面からは物価上昇圧力が高まりつつあるが、供給面からはどのように評価できるだろうか。2000年代の単位労働コストの推移をみると、アメリカやユーロ圏が上昇傾向を維持してきたのに対し、日本は総じて下落が続いてきたため、供給面からの物価上昇圧力はほとんど働かなかった。(第2-1-12図(1))。

2013年以降の動きに着目すると、アメリカで横ばい圏内、ユーロ圏で弱めの動きとなっているのに対し、日本では単位労働コストが2013年後半以降、上昇する兆しもみられる。単位労働コストの要因分解をみると、生産性要因が単位労働コストの押下げに寄与する一方で、賃金要因の押上げがプラス寄与を維持しており、生産や賃金の前向きな動きを背景としたものと評価できる(第2-1-12図(2))。ただし、アメリカやユーロ圏と比べると賃金要因の押上げは依然として小幅にとどまっている。また、デフレ脱却に向けて改善の動きがみられた2005年から2007年の局面では、2006年後半以降に賃金要因が押下げ寄与に転じたこともあって、デフレ脱却には至らなかった。2014年の春闘では企業収益の改善が賃金引上げに波及する動きが着実に進んでいることから、デフレ脱却に向けて、賃金要因の押上げ寄与が着実に高まっていくことが期待される。

デフレ脱却に向けて着実に進んでいるものの、金融面の一層の改善が必要

これまで確認した指標も含めて、物価、需給、金融の動向を表す指標を組み合わせたデフレリスク指数をみると、デフレ脱却に向けて改善の動きがみられた2007年と同じ水準までリスクは低下しており、デフレ脱却に向けて着実に進んでいるといえよう(第2-1-13表)。2007年と比べると、消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)がデフレリスク指数から外れる一方で、マネタリーベースの前年比と比べて広義流動性の前年比が低いという意味でリスク要因となっている。これは、広義流動性の前年比は2007年とほぼ同程度27となっているものの、日本銀行による大胆な金融緩和によりマネタリーベースが大幅に拡大したことが影響しており、実質的には2007年よりもデフレリスクは低いとみることができる。しかし、過去3年間の銀行貸出残高の累積の伸びが10%未満にとどまっていることも含めて金融面の指標の改善は依然として緩やかなものとなっている。また、デフレリスク指数はデフレに陥る現在のリスクが低下したことを示す一方、将来のリスクも小さいことを意味しない。デフレ脱却に向けて、引き続き強力な取組が求められる。


(2)こうした物価動向を踏まえ、2013年12月の月例経済報告において、我が国経済はデフレ状況ではなくなったと判断した。デフレ判断の経緯については、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2013)を参照。
(3)総合から生鮮食品、石油製品、電気代、都市ガス代、米類、切り花、鶏卵、固定電話通信料、診察代、介護料、たばこ、公立高校授業料、私立高校授業料を除いたもの。ここでは連鎖基準方式。
(4)2013年3月から5月にかけて消費者物価(コアコア)は上昇したが、自動車保険料の引上げ等の影響が含まれており、こうした特殊要因を除けば6月までは横ばい圏内で推移。
(5)連鎖基準方式の生鮮食品を除く総合。
(6)消費税率引上げの影響を除いた物価の動向についてはコラム2-1も参照。
(7)CPI上の公立高校授業料については、授業料と入学金により算出されており、2010年4月から導入された授業料の無償制により指数が低水準となっていたところ、2014年4月から導入された無償制への所得制限により指数が上昇した。なお、CPI上の公立高校授業料は、家計の消費支出を伴う価格により算出されるため無償制の影響を受けるが、都道府県が定めた公立高校授業料の額自体は変動していない。
(8)2014年4月からの高速道路料金の見直しにより、一部の時間帯において割引が縮小された一方、高速道路の利用機会が多い車に配慮する割引が拡充された。CPI上の高速自動車国道料金は、このうち、一部の時間帯における割引縮小が影響し、指数が上昇したと考えられる。
(9)経済産業省(2014年6月)「消費税の転嫁状況に関する月次モニタリング調査(6月WEB調査)」。
(10)輸入物価の変動は品目ごとに異なるペースで消費者物価まで波及するが、主要品目の中でもっとも遅い「その他工業製品」でも9か月程度で波及は一巡する。詳細は内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2013)を参照。
(11)継続供給契約に基づき2014年4月1日以前から継続して供給している電気料金等について、2014年4月1日から4月30日までの間に料金の支払いを受ける権利が確定するものについては旧税率を適用するとの経過措置が講じられている。こうした経過措置を踏まえ、消費者物価指数では電気代、都市ガス代、通信料等について2014年4月は旧税率に基づく価格を採用し、5月から新税率に基づく価格を採用すること等の対応が行われる。
(12)内閣府(2013)は2012年秋以降の株価上昇や消費者マインドの改善等を背景に個人消費が2013年の景気持ち直しを主導したと指摘している。
(13)「消費動向調査」における物価予想に関する設問では消費税の扱いが明示されていないが、「記入の手引き」では品物の購入と同時に徴収される諸税を含むとしているため、ここで用いた予想物価上昇率には消費税率引上げの影響が含まれている可能性が高い。消費税の影響を明示的に除いた物価見通しを家計に尋ねている「生活意識に関するアンケート調査」と比較すると、2013年7-9月期から2014年1-3月期にかけて消費動向調査の結果が上振れており、当該期間に消費税率引上げが織り込まれたとみられる。このため、第2-1-4図(2)、第2-1-5図で用いている、2013年7-9月期、10-12月期の予想物価上昇率については、「生活意識に関するアンケート調査」との、2013年46月期以前の平均的なかいりを求めることで、消費税率引上げの影響を除いた。
(14)2013年調査は2013年1月末から2月末にかけて、2014年調査は2014年2月末から3月中旬にかけて、企業の価格設定に関する現状や意識を尋ねた。調査の概要は付注2-1参照。
(15)GDPデフレーター変化率=内需デフレーター変化率寄与度+輸出テフレーター変化率寄与度-輸入デフレーター変化率寄与度。
(16)付加価値デフレとは、企業がコスト増を販売価格に十分転嫁できないこと等により、企業が生み出す名目付加価値が圧縮されている状況を指す。
(17)前回と今回の円安方向に推移した局面における企業収益の比較については内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2013)を参照。
(18)月例経済報告では景気の現状に加え、3~4か月程度先を念頭に置いて先行きも示していることから、その期間を中心に各コア指標の予測力を比較した。
(19)ある時点の過去6か月までの各コア指標の前月比とある時点から6か月先までの消費者物価指数(総合)の前月比のかいりの二乗平均平方根誤差。
(20)頑健性を確認するため、エネルギーの価格変動が小さい期間(2001~2006年)と大きい期間(2007年~2013年)に分けた比較も行ったところ、エネルギーの価格変動が小さい期間では、3か月先以上先の期間でコアの予測力がやや高い結果となった(付図2-1参照)。
(21)ただし、サービス価格については、2.0%以上価格が上昇した品目の中に価格が大幅に上昇した品目(自動車保険料(自賠責)前年比13.6%、傷害保険料同10.1%)が含まれている。
(22)ただし、2013年4-6月期は自動車保険料の値上げ(寄与度0.12%)、10-12月期は傷害保険料の値上げ(同0.13%)も含まれる。
(23)外食については、消費税率引上げに伴い、主力商品等の一部で税込価格の引下げや据置き(実質値下げ)を行う企業がみられたため価格が下落し、2014年4月に前年比の上昇幅が縮小した。また、2014年5月には、再び価格が上昇に転じたものの、2013年5月に価格が大幅に上昇したことから、2014年4月に引き続き前年比の上昇幅が縮小した。
(24)「公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律の一部を改正する法律」が2014年4月1日から施行され、2014年4月以降の入学者を対象として高校授業料無償制に所得制限が導入された(年収910万円未満程度の世帯の生徒に就学支援金(全日制で月額9,900円)を支給)。
(25)詳しくは内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2013)を参照。
(26)金融面の動向については第1章第2節参照。
(27)2007年の前年比3.2%に対し、2013年は同3.0%。
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