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第2節 金融政策と金融面の動向

日本銀行が2013年4月に「量的・質的金融緩和」を導入してから1年余りが経過した。ここでは、金融面における最近の変化を確認し、「量的・質的金融緩和」の効果を点検する。また、日本と同様に非伝統的金融政策を採用している海外の中央銀行の動きを確認し、その含意を考える。

1 デフレ脱却に向けた金融政策の効果

「量的・質的金融緩和」が導入された際には、マネタリーベースを増加させていく中で、予想物価上昇率の引上げ、イールドカーブの押下げ、金融機関等のポートフォリオ・リバランスといった波及チャネルを通じたデフレ脱却が展望された。ここでは、各チャネルに関連する指標の動きとそうした動きが生じている背景を調べ、「量的・質的金融緩和」の効果を点検する。

家計・企業が資金調達・運用に前向きとなる中、マネーストックが増加

マネタリーベースは、「量的・質的金融緩和」が導入された2013年4月以降、大幅な増加を続けている(第1-2-1図(1))。これに伴って、マネタリーベース1単位がどれだけのマネーストックを生み出しているかという指標である貨幣乗数は、一段と低下しているものの、マネーストックは高めの伸びを続けている(第1-2-1図(2))。このような最近のマネーストックの増加の要因を探るためには、需要側である通貨保有主体34の行動を探ることが重要である。

そこで、マネーストックの変動要因を、通貨保有主体のバランスシートを基に分解してみよう。マネーストックは、家計や企業における、(1)貯蓄行動35、(2)借入など金融負債の増減に伴う金融資産の増減、(3)金融資産のうちどの程度を現預金(マネーストック)として保有するかという資産選択行動、によって変動する36。こうした考え方に基づいて、マネーストックの変動要因を整理すると、借入やエクイティ調達などを含む「資金調達要因」のプラス寄与が2013年4-6月期から拡大している(第1-2-1図(3))。一方、金融資産のうち、マネーストック以外への資金シフトを意味する「資金シフト要因」のマイナス寄与も大きい。「資金シフト要因」の動向を詳しくみると、家計では「保険・年金準備金」や「株式以外の証券」(投資信託など)、非金融法人企業では「対外直接投資」などが増加している。これらの変化を踏まえると、最近のマネーストックの動きに表れている通貨保有主体の行動の特徴として、(1)資金調達を増やす動き、(2)通貨以外のよりリスクの高い金融資産を増やす動き、という2つの明るい変化を指摘することができる。家計・企業による資金の調達・運用が徐々に前向きになる中で、マネーストックが増加している。

こうしたマネーストックの増加は、デフレ脱却との関係ではどのように捉えられるのだろうか。まず、マネーストックと物価については、1990年代後半頃から両者の相関が低下していることもあり37、マネーストックの伸び率とインフレ率の間に単純な対応関係を想定することには注意が必要である。そうした下で、最近の物価動向をみてみると、それぞれ消費税率引上げによる影響を除いたベースで、消費者物価指数のうち総合及びコアはともに前年比1%台半ば、コアコアは同1%程度の上昇にとどまっており38、2%の物価安定目標の達成に向けてはなお道半ばとなっている。ただし、後述するような「量的・質的金融緩和」の波及チャネルでは、イールドカーブの押下げによる金利低下などが民間の資金調達を積極化させること、ポートフォリオ・リバランスによってリスク性資産へのシフトが進むことなどが想定されている。こうした点に鑑みれば、最近のマネーストックの背後にある通貨保有主体の行動は、「量的・質的金融緩和」によるデフレ脱却に向けた動きと整合的と評価することも可能である。

予想物価上昇率は短期の見通しを中心に上昇

以下では、「量的・質的金融緩和」で想定されている波及チャネルごとに、関連指標の動向を確認する。まず、予想物価上昇率をみてみよう。大胆な金融政策の導入は、人々の予想物価上昇率を引き上げる可能性がある。これによって、実質金利の低下を受けた設備投資の拡大などが需給ギャップを縮小させることや、フィリップス曲線を上方シフトさせて現実のインフレ率を高めることが期待されている。

予測期間ごとに予想物価上昇率をみてみると、短期においては、各主体の予想物価上昇率39が上昇している(第1-2-2図(1))。これには、需要が底堅く推移する中で、2012年秋以降の円安方向への動きによる輸入物価の上昇が価格に転嫁されたことなどによって、実際に物価が上昇してきた動きが反映された面が大きいと考えられる40

一方、中長期の予想物価上昇率をみると、市場参加者では徐々に上昇している。また、家計では水準はほぼ横ばいとなっているが41、定性的な回答をみると「かなり上がる」あるいは「少し上がる」と回答する家計の割合が2013年に入って高まっている(第1-2-2図(2))。なお、長い目で見れば、家計・市場参加者ともに、中長期の予想物価上昇率とGDPギャップの間には緩やかな正の相関がみられることから、今後、GDPギャップの縮小傾向が続けば、家計の中長期の予想物価上昇率も高まっていくものと考えられる(第1-2-2図(3))。他方、大胆な金融政策が人々のデフレ予想を転換させ、フィリップス曲線を上昇させているかどうかについては、中長期の予想物価上昇率が明確に上昇していないこともあり、現時点でははっきりとは確認できない。各主体の中長期の予想物価上昇率が更に上昇していくことにより、デフレ脱却の動きがより確かなものとなることが期待される。

長期金利は低い水準に抑制

次に、「量的・質的金融緩和」によるイールドカーブの押下げ効果についてみてみよう。我が国の長期金利(10年国債金利)は、「量的・質的金融緩和」の導入後、景気回復期待の高まりによって株価が上昇し、アメリカを中心に世界経済が持ち直す中にあっても、おおむね0.6%~0.7%台で推移している。実際、海外の長期金利や我が国の株価との関係をみると、連動性が低下している(第1-2-3図(1),(2))。また、長期金利の変動要因を、フィッシャー方程式に基づいて一定の前提の下で要因分解してみると、予想物価上昇率が上昇していく中で、長期金利の上昇が抑制されていることから、リスクプレミアムの押下げ寄与が拡大を続けている(第1-2-3図(3))。以上のことから、海外金利、国内株価、予想物価上昇率のいずれに対しても、名目長期金利は抑制された状態が続いていると評価できる。この点に関連して、債券市場関係者が注目する金利変動要因をみると、債券需給が金利の低下要因として意識される度合いが大きく上昇しており、日本銀行による大規模な長期国債の買入れが影響していると考えられる42第1-2-3図(4))。

銀行では国債の保有割合が大きく低下、貸出などリスク資産は増加

最後に、「量的・質的金融緩和」の導入を受けた金融機関のポートフォリオ・リバランスの動向を確認する。ポートフォリオ・リバランスとは、民間保有のポートフォリオのリスクを中央銀行のオペレーションによって減少させると、民間が一定のリスク許容度の範囲内で収益を最大化しようとする結果、新たなリスクテイクを行うことである。この結果、資産価格の上昇や貸出の増加を通じて、設備投資や個人消費を喚起することが期待される。

2001年3月から2006年3月まで実施された「量的緩和政策」(以下「前回」という。)と、2013年4月に導入された「量的・質的金融緩和」(以下「今回」という。)は、いずれも、国債を中心とする資産の買入れを通じて、銀行など金融機関等が保有する国債を減らし、代わりに日銀当座預金残高を増やすものである。ただし、今回は、(1)日本銀行による毎月の国債の買入規模が新規発行額の約7割にも上る大規模なものであり資産の入替え効果が大きいこと、かつ(2)買入れ対象が短期国債中心であった前回に比べて、より価格変動リスクの大きい長期国債中心であること、が大きな相違点である。それぞれの政策導入後の銀行のポートフォリオの変化を比べてみると、以下のような特徴がみられる。

第一に、資産全体に対する構成比の動きをみると、前回は日銀当座預金の割合が上昇する一方で、国債の保有比率も同様に上昇した(第1-2-4図(1))。他方、今回は、日銀当座預金の割合が大きく上昇する一方、国債の割合の低下が著しく、両者が相殺しあうような動きとなっている。

第二に、国債と日銀当座預金以外の資産がどのように変化したかをみると43、前回は、貸出の減少が大きかったことから、2005年央まで資産が減少を続けたのに対して、今回は、貸出を中心に資産が増加しており、2013年に入ってからも高い伸びを維持している(第1-2-4図(2))。前回は、企業における根強いバランスシート調整圧力が、ポートフォリオ・リバランスの効果を大きく相殺していたと考えられる。一方、今回は、銀行の貸出スタンスの積極化44が、実際の貸出増加につながっており、緩やかながらポートフォリオ・リバランスが進みつつあると評価できる45

最近ではより幅広い主体に対して貸出が増加

これまでの分析からは、民間主体の資金調達・運用行動の積極化や、銀行におけるポートフォリオ・リバランスの動きがある程度観察された。ここでは、資金の需要サイドに注目し、どのような主体が資金調達を活発化させているのかについて、貸出先の分析から、その特徴を明らかにしよう。

まず、銀行貸出残高は個人向け、法人向け、共に増加している(第1-2-5図(1))。個人向けの内訳をみると、住宅ローン等が引き続き主たる増加要因となっているものの、その寄与はやや低下している(第1-2-5図(2))。一方で、消費や納税、株式払込資金といった多様な使途が含まれる「その他」46のプラス寄与が拡大している。これは、例えば個人消費の活発化を反映している可能性がある。次に法人向けをみると、時期によってその増加要因に違いがみられる(第1-2-5図(3))。例えば、2011年後半には、東日本大震災によって電力会社の収益が悪化し起債が困難となったことなどを背景に、電力会社向け貸出が増加に寄与していた。また、2012年央からは、J-REIT向けを中心に不動産業向け貸出のプラス寄与が拡大した。ただし、最近の動きをみると、これら電力会社や不動産業向けを除いたベースでも、着実な増加が続いており、2000年代央の景気拡張局面と比較しても、プラス寄与が大きい47。また、中小企業向け貸出も着実に増加している(付図1-6)。以上のことから、最近では、特定の使途・業種ではなく、幅広い主体で借入需要が高まっていると評価できる。

1-1 銀行以外の金融機関のポートフォリオ・リバランス

日本銀行による巨額の国債買入れが続く下で、銀行のポートフォリオ構成には本文で述べたとおり変化がみられていたが、その他の金融機関ではどのような動きがみられるだろうか。銀行以外の主たる機関投資家である生命保険会社と年金基金の動きをみてみると、以下のような特徴がみられる(コラム1-1図(1),(2))。

第一に、金融資産に占める国債の割合は、前回の「量的緩和政策」の実施期間中も増加していた点は銀行と同様であるが、今回の「量的・質的金融緩和」導入後の減少は銀行よりも緩やかである。これには、特に生命保険会社では、デュレーションが長い貯蓄性保険商品の販売増加に伴い、ALM(資産・負債の総合的管理)の観点からデュレーションが長い運用資産(超長期国債)を購入する必要性があることが影響しているとみられる。一方、銀行(特に大手銀行)ではもともと中期ゾーンでの運用が主となる中、中期債の利回りと超過準備の付利(10bps)の格差が大きくないため、国債を売却して日銀当座預金残高を積み上げることの機会費用が小さいことが指摘できる。

第二に、国債以外の資産の増減をみると、外国証券は2012年後半以降、株式は2013年春にかけて大きく増加した。もっとも、フローでは売り越しが続いたことから、「量的・質的金融緩和」の導入後の伸び率は縮小ないし横ばい圏内の動きとなっている。これは、(1)含み益の確定、(2)評価額増加による資産構成の変化を修正しようとする動きなどが考えられる。いずれにせよ、銀行のような運用の積極化の動きは明確ではない。

ただし、「量的・質的金融緩和」導入前後の市況変動が金融資産を増加させた度合いが大きかったことから、最近まで資産構成の見直しが進められている面もあろう。今後、これまでのところ売り越しが続いているフローが買い越しに転じ、リスク性資産が増えていくのかどうかが注目される。

企業活動の活発化が外部資金需要の増加に寄与、現金保有には変化の兆し

最近の企業の借入需要増加にみられる外部資金需要の高まりの背景として、何が考えられるのだろうか。企業の外部資金需要の増減要因を整理すると、まず資金の運用面では、企業活動の拡大/縮小に伴うグロスでの運転資金や設備投資資金の需要、流動性資産の保有意向の2点、調達面では外部資金と内部資金の選択に分けて考えることができる。リーマンショック以降の企業の資金の運用・調達行動を振り返ると、運用面では設備投資など長期性の運用が伸び悩む中で、現預金の積み上がりが顕著であった。また、調達面では、リーマンショック後の需要の落ち込みや為替変動といった経営環境の厳しさなどを背景に、内部資金の調達割合が上昇してきた。

2012年末以降の動向について、まず運用面をみると、設備投資など長期性の資金需要が引き続き弱めの動きを続ける一方、在庫投資など短期性の資金需要が増加している(第1-2-6図(1))。この間、現預金等の保有比率には頭打ちの兆しがみられている(第1-2-6図(2))。また、調達面をみると、外部資金の調達割合と同様の動きを示す負債比率は、明確な下げ止まりには至っていない。以上のことから、外部調達の増加は、主には企業の生産活動の活発化などによる資金需要増加にけん引されたものと考えられる。

先行きを展望すると、企業活動が拡大していけば外部資金需要の増加要因となるが、企業の流動性資産への需要低下は、現預金の取り崩しを通じて、外部資金需要を抑制する可能性もある。

ただし、この流動性資産保有スタンスにみられる変化の兆しは、近年では特徴的な動きでもある。これまで、我が国企業が多額の現預金を保有してきた要因については、先行きの不確実性による予備的資金需要の高止まり48や、緩和的な金融環境49、コーポレートガバナンスの問題50、デフレによる現金の保有コストの低下などが指摘されてきた。これらの諸点の中で、最近、大きな変化をみせたのは、現金の保有コストであり、預金の実質収益率は大きく低下(保有コストは上昇)している(第1-2-6図(3))。緩和的な金融環境が継続する下、デフレ脱却に向けた動きが着実に進んでいくことで、流動性資産の保有から投資へのシフトが明確となり、外部資金需要の一段の増加につながっていくことが期待される。

2 アメリカにおける金融政策の転換をめぐる議論とその含意

アメリカでは、2014年1月から債券購入プログラムの縮小が開始され、非伝統的金融政策(量的緩和政策)が「正常化」に向かう動きがみられる。こうした中で、量的緩和政策の「出口」をめぐって、幾つかの論点が示されている。2013年4月に大胆な金融政策を導入した我が国においては、「出口」についての具体的な検討は時期尚早であるが、将来的にはこうした海外での議論も参考になろう。以下では、アメリカの金融政策の転換に関して、金融市場の動きを中心にアメリカでの経験を整理するとともに、我が国に対する含意を考察する。

アメリカなどではフォワード・ガイダンスの運用の難しさが浮き彫りに

ゼロ金利制約に直面している中央銀行では、イールドカーブの押下げやリスクプレミアムの圧縮によって、より緩和的な金融環境を生み出そうとしている。その中で、短期ゾーン及びより長めのゾーンの金利を低位かつ安定的に保つために、どのように市場の予想に働きかけるかという政策課題への対応として、「フォワード・ガイダンス」の活用が進んでいる(第1-2-7表)。

フォワード・ガイダンスは、将来の政策変更に関する情報を予め提供することで、市場参加者の将来の短期金利の予想形成などに働きかけるものである51。アメリカでは、通常の政策反応関数が示唆するよりも、より長期にわたって低めの政策金利を維持するとコミットすることによって、長めの金利を引き下げることが企図された52。また、緩和の効果を高めるため、コミットメントの示し方も変更されてきた。すなわち、フォワード・ガイダンスには、どのような場合に政策を変更するかという基準の設定の仕方として複数の方法がある53が、FRBでは、2012年12月に、物価上昇率のほかに、失業率という需給ギャップに関するマクロ変数を閾値とする(経済状況ベース)ガイダンスを採用した54。しかしながら、労働参加率の低下といった経済構造の変化が生じる中で、予想以上に失業率の改善が進んだため、2014年3月には失業率の閾値としての採用を取りやめた。分かりやすさと信頼性の点で、どのようなフォワード・ガイダンスを採用することが、結果的に緩和的な金融環境の維持に寄与するのか、試行錯誤が続いているといえる。

アメリカでは量的緩和政策の「出口」が意識される局面で内外の市場は大きく変動

アメリカでは、フォワード・ガイダンスによって、短期及び長めの金利を抑制しようとしてきたが、アメリカの金融政策の転換は内外の金融資本市場にどのような影響を与えたのだろうか。まず、アメリカの金利の動きを確認しよう。2013年5月に、FRBのバーナンキ議長(当時)が初めて資産買入れ規模の縮小の可能性について言及したことから、量的緩和政策の「出口」が意識された。当時のアメリカの短期金利の動きをみてみると、翌日物金利(政策金利)についての市場の見通しを示すOISレートでは、ボラティリティはやや増大したが、水準には大きな変化はなかった(第1-2-8図(1))。一方で、長期金利は大きく水準を切り上げており、政策金利の見通し以外の要因が、大きく変化したと考えられる。長期金利は、中長期の予想物価上昇率など様々な要因で変動するが、量的緩和政策によって相応の規模で押し下げられていた長期金利のリスクプレミアムが、バーナンキ議長の発言を機に上昇した可能性がある55

また、こうした市場の反応を踏まえて、前述のフォワード・ガイダンスの効果を考えてみると、金利の期間によって、その効果には違いがあるとみられる。すなわち、短期金利の抑制には一定の効果があるとみられる一方で、長期金利に対する効果には不確実性がある56

1-2 国際金融資本市場の混乱と我が国のかかわり

新興国では、構造的な問題を抱える国を中心に、資金流出への対応が意識される展開となったが、こうした状況は、我が国との結びつきからはどのように評価できるのだろうか。まず、我が国の側からみると、我が国の金融機関の与信残高や、直接投資・証券投資残高に占める発展途上国の割合は、ともに15%弱であるが、徐々に上昇してきている(コラム1-2図(1),(2))。

他方、新興国の側からみると、総じて日本からの資金流入は増加を続けており、国によって日本のプレゼンスにばらつきはあるものの、タイやインドネシアのように日本の占める割合が増している国もみられる(コラム1-2図(3))。この背景には、日本企業が東南アジアの中長期的な成長を見込んで投資を継続していることが挙げられる。我が国が新興国に対して安定的に資金を供給してきたことは、今回の国際金融資本市場の動揺の局面では新興国の金融資本市場の変動を小さくする効果を発揮したとの前向きの評価ができる57。一方、今後、より大きなショックが生じた場合には、新興国経済の下振れが我が国経済にフィードバックしてくる度合いも大きなものとなる可能性がある。民間主体による国際的な結びつきの強化を、我が国の安定的な経済成長につなげていくためにも、これまで進めてきた金融市場の安定に向けた協力体制を強化・拡充していくことが重要である。また、我が国が採用している金融緩和政策が、他国に対して与える影響について考えると、世界の証券投資に占める日本の割合はアメリカに比べるとかなり小さいため、アメリカと同列に語ることはできないが、一定の影響を及ぼす可能性にも留意が必要である。

次に、アメリカの金融政策の転換が国際金融資本市場に与えた影響をみると、経常収支赤字や財政赤字といった構造問題を抱える新興国を中心に通貨安が進んだ(第1-2-8図(2))。やや長い目で、アメリカからの資金フローをみると、2009年以降、アジア・大洋州向けの資金フローの割合が増加している(第1-2-8図(3))。こうした世界金融危機後の新興国への活発な資金流入が、金融政策の転換を受けて変化することへの懸念が生じた。

以上のアメリカの金融政策の転換に際しての経験を踏まえると、量的金融政策の「出口」が意識される局面では、内外の金融資本市場において、経済実態の変化を上回るペースで、長期金利や為替が変化する可能性があることに留意が必要である。

「出口」が意識される局面では慎重なコミュニケーション戦略が必要

以上のアメリカでの経験を踏まえて、日本の金融政策及び金利について含意を検討していこう。まず、我が国の経済の現状を踏まえると、金融政策の「出口」が具体的に意識される局面ではない。日本銀行では、「量的・質的金融緩和」を、2%の物価安定目標を「安定的に持続するため必要な時点まで」継続するとしている。現在の物価上昇率などをみると、この目標達成までにはなお距離がある。デフレ脱却に向けて、金融政策には引き続き強力な取組が求められており、そうした姿勢が今後とも市場に的確に浸透していくことが重要である。

「出口」はまだ先のことではあるが、デフレ脱却が確かなものとなるにつれて、日本の「量的・質的金融緩和」の「出口」が意識される局面はいずれやってくる。アメリカの事例でみたように、市場の見方が大きく変化する局面では、長期金利のボラティリティが上昇したり、水準が大きく変化したりする可能性を念頭に置く必要がある。金融政策当局には一層慎重なコミュニケーション戦略が求められる。

金融政策の「出口」に関して予断を持つことなくバランスの取れた対応が重要

伝統的金融政策の下では、一般的には、物価上昇に伴って政策金利が引き上げられていくことが考えられる。一方、現在のアメリカの量的緩和政策においては、過去の平均的な政策反応関数が示唆するよりも長い期間にわたって政策金利を低めに維持しようとしている。この点を勘案すると、非伝統的金融政策の「出口」において、必ずしも、直ちに政策金利が引き上げられるとは限らないことが示唆される58。これは、ゼロ金利制約に直面する中でより緩和的な金融環境を生み出すために、政策金利の引上げ時期へのコミットメントをどのように設定するか、あるいは最適な金融政策ルールをどのように考えるか、という問題として捉えられ、実務面の問題も含めて議論が行われている59

長期金利は、金融政策のほか、物価上昇率や各国の経済・金融情勢など、金利に影響を与える諸要因の先行きに対する市場参加者の見方を反映していくとみられる。ただし、上述のとおり、ゼロ金利制約への対応については諸外国においても盛んに議論が行われているところでもあり、2%の物価安定目標の実現に向けてまだ道半ばである現段階において、我が国の「量的・質的金融緩和」の「出口」の時期やその時の市場動向等について、予断を持つべきではない。様々な可能性を念頭に置いた上で、必要な対応をバランスよく行っていくことが重要である。なお、以上で述べたような問題とは別に、金利上昇が財政や金融システムに与える影響に配慮して、中央銀行が低金利政策を続けざるを得なくなるリスクがあるとの指摘もある60が、この点は本節の最後に検討する。以下では、これらの論点を踏まえ、金融システムや財政におけるリスクやそれへの対応について検討していこう。

金融システムの安定に向けミクロ・マクロ両面でのプルーデンス政策が重要

ここでは、金利の上昇や、緩和的な金融政策の継続が、金融システムに与える影響について検討する。

まず、長期金利の上昇が金融システムに与える影響についてみてみよう。長期金利が上昇する場合には、保有有価証券の価格下落による損失が考えられる。そこで、銀行による国債の保有状況を前回の量的緩和政策の終了時と比較してみると、国内銀行全体としてみれば、残高は増加しているものの、純資産比はほぼ横ばいとなっている(第1-2-9図(1))。日本銀行による巨額の国債買入れが続く下で、銀行の国債保有残高は引き続き減少していくことが見込まれる61。さらに、国内基準行62では、2014年3月末から新たに導入された自己資本比率規制において、有価証券評価損益を自己資本へ反映させない扱いが恒久化されたこともあり、国債の売却に伴う売却損の発生を除けば、自己資本に対する短期的・直接的な影響は大きくないとみられる。ただし、個別行によって保有するリスクは異なることから、ミクロのモニタリングによるチェックが重要である。

次に、緩和的な金融環境が長期にわたって維持されることによる金融システムへのリスクを考えると、過度なリスクテイキングによる資産バブルの発生による影響が考えられる。バブルが崩壊した場合のコストの大きさは周知のとおりである。したがって、検査・考査といったミクロでのプルーデンス政策により、個別金融機関のリスクの保有・管理状況を点検していくほか、金融システム全体に係る不均衡の蓄積がないか、マクロのプルーデンス政策を進めていく必要がある。

最後に、金融システムにリスクが顕現化した際に、その損失を吸収するための資本を蓄積する元となる収益性を確認しておこう。緩和的な金融環境による長短金利差の縮小に加え、貸出需要の低迷や競争環境の激化を背景とする貸出利鞘の縮小の影響を強く受けて、銀行の資金利鞘は縮小してきた(第1-2-9図(2))。有価証券の売買など一時的な損益を除く基礎的な収益も中長期的な低下傾向にある。最近、企業の借入需要が幅広く増加していることは利鞘の拡大要因と捉えられるものの、銀行の基礎的な収益力の維持・強化は重要な課題である。

着実な財政再建の取組が重要

ここでは、長期金利の動向が財政に与える影響をみてみよう。我が国は、債務残高の対GDP比が大きく、公債費が歳出に占める割合は、国・地方ともに高い水準で推移している63第1-2-10図(1))。そのため、急激な金利上昇は、利払いの増加を通じて財政の悪化要因となると考えられる。ただし、政府の平均債務償還年限が長期化していることから、実際の利払い費を公債残高で除した実効利子率は、長期金利の動きに比べて安定している(第1-2-10図(2))。

では、中央銀行が財政面への影響を配慮して、物価安定目標が達成された後も国債の買入れを継続するなどして、金利を抑制しようとした場合を考えてみよう。こうした政策は、中央銀行による財政ファイナンスだと受け止められ、財政の持続可能性に疑義が生じ、国債のリスクプレミアムの高まりを通じて金利が非連続的に急騰する可能性がある。あるいは、過度に緩和的な金融政策によって、物価の大幅な上昇を招く可能性がある64。このように、中央銀行が財政を目的として金融政策を運営すると、物価の安定と金利の抑制を同時に達成することは難しくなる。

我が国では、「量的・質的金融緩和」の導入に先立って発表された政府・日本銀行の共同声明65において、それぞれの役割を明確にしており、財政政策に関しては、政府が「財政運営に関する信認を確保する観点から、持続可能な財政構造を確立するための取組を着実に推進する」としている。実際、政府は財政健全化目標66を掲げ、その達成に向けて取り組んでいる。2014年4月には、「社会保障と税の一体改革」の一環として、消費税率8%への引上げを実施し、社会保障の充実・安定化を進めており、これは結果的には財政健全化にも資すると考えられる。

既に我が国では、日本銀行による巨額の国債買入れとマネタリーベースの拡大を実施しているにもかかわらず、大幅な物価上昇や国債価格の暴落のどちらも起きていない。これは、家計・企業による予想物価上昇率や、市場参加者によって形成される国債のリスクプレミアムには、マネタイゼーションによる将来のハイパーインフレやソブリンリスクの顕現化がどちらも織り込まれていないためと解釈できる。換言すると、長い目で見れば財政再建が果たされるという信認があると考えられる。今後も、こうした信認を維持することが重要である。CDSスプレッドをみると、我が国のソブリンリスクが警戒されている状況にはなく(第1-2-10図(3))、市場も政府の財政健全化へのコミットメントを評価していると考えられる。

もっとも、財政健全化の端緒となる基礎的財政収支の黒字化に向けてはなお道半ばである。財政健全化に向けた道筋を明確に示し、実行していくことが求められる。これと併せて経済成長を進めていくことも重要であり、経済成長と財政健全化の関係については、次節で考察する。


(34)通貨保有主体とは、一般法人、個人、地方公共団体・地方公営企業を指す。中央政府や中央銀行、預金取扱機関等は含まれない。
(35)これは、通貨保有主体の資金過不足(所得のうちどの程度を金融資産への投資を含めた貯蓄に回しているか)を意味している。一国全体としてみると、ある部門の資金余剰は、他の部門の資金不足で埋め合わされる。したがって、通貨保有主体の資金過不足は、非通貨保有主体(政府・金融機関・海外)の資金過不足に対応している。
(36)マネーストックの増減の要因分解の考え方の詳細については、付注1-7を参照。
(37)木村ほか(2011)。
(38)物価動向の詳細については、第2章第1節を参照。
(39)「消費動向調査」と「QUICK債券月次調査」では、消費税率引上げによる影響が除かれていないため、他の調査に比べて上昇幅が大きくなりやすいことに留意する必要がある。また、主体によって期待形成に用いる情報に違いがあるため、方向性や水準が異なることもある。例えば、家計では食料品やガソリンなど購入頻度の高い品目の価格動向が強く反映されるのに対し、エコノミストや市場参加者ではマクロの経済変数等に基づいた予測値となる傾向がある。
(40)第2章第1節では、物価上昇の要因を包括的に検証している。
(41)家計における短期の予想物価上昇率と、中長期の予想物価上昇率の間には、比較的はっきりとした連動がみられていたが、2013年以降の動きはこうした過去の傾向と異なる。この要因としては、2%の物価安定目標の設定とマネタリーベースの大幅増加を含む大胆な金融政策の導入が、人々の物価予想の形成メカニズムを変化させ、中長期の物価予想を収れんさせていることが考えられる。例えば、西口・中島・今久保(2014)では、「生活意識に関するアンケート調査」の個票データの分析から、中長期の予想物価上昇率の分布が、2013年入り後、それまでの傾向とは異なる尖りをみせていることを指摘している。
(42)IMF(2013)は、我が国の非伝統的金融政策(「包括的な金融緩和」(2010年10月~)と「量的・質的金融緩和」(2013年4月~))が長期金利を2010年10月以降の累積で30bps程度押し下げたと試算している。
(43)しばしば、日銀当座預金残高が積み上がることをもって(いわゆる「ブタ積み」)、ポートフォリオ・リバランスの効果が出ていない、との指摘もみられる。しかし、例えば金融機関がリスク性資産を購入した場合、その購入代金は、別の金融機関の日銀当座預金残高に振り替わるため、金融システム全体としてみた日銀当座預金残高は変化しない。日銀当座預金残高や比較的リスクが低い国債以外の資産が増加しているかどうかによって、金融機関のリスクテイクの動きが確認できると考えられる。
(44)日銀短観によると、金融機関の貸出態度は、2009年3月調査をボトムに改善が続いている。
(45)なお、2010年及び2013年に導入された日本銀行による貸出支援策によって、銀行が低いコストで貸出原資を調達できるようになったことも、銀行の貸出スタンスの積極化に寄与している可能性がある(付図1-5)。
(46)個人向け貸出には、預金担保貸付のうち事業用・非事業用の区別が困難なものは計上されているが、原則として事業性貸出(個人企業、個人事業主向け)は含まれない。
(47)なお、2014年Ⅰ期には前年比の伸びがやや鈍化しているが、これには、為替による外貨建て貸出の円換算額への押上げ効果が剥落した影響が大きい可能性がある(日本銀行(2014))。
(48)1990年代末の金融システム不安や、リーマンショック、東日本大震災といった、大きな経済的なショックが生じた際に、予備的資金需要が高まった。Shinada(2012)は、パネルデータ分析から、キャッシュフローの変動が大きい企業ほど、現預金の保有を増やす傾向があると指摘している。
(49)Shinada(2012)は、2001年以降、クレジット・スプレッドが縮小した企業ほど、現預金保有を増加させるという、想定されるものとは逆の結果がみられたことから、金利の低下が調達コストに対する懸念を低下させ、現金保有を増加させる要因となったと指摘している
(50)木下(2012)は、諸外国と比較した場合に、法的整理のコストが大きい、企業買収が容易でない、株主が個別的利益(株式持ち合いによる利益など)を重視する傾向が強いなど、制度・ガバナンス面の要因が、我が国企業が多額の内部留保を維持しやすくしていることを指摘している。
(51)日本で2001年3月~2006年3月に実施された量的緩和政策において「時間軸効果」と呼ばれたものも、今日ではフォワード・ガイダンスとして整理される。
(52)Yellen(2013)は、FRBのフォワード・ガイダンスを”lower for longer”のコミットメントであると述べている。
(53)白井(2013)によると、金融緩和の継続に関する「基準」として、<1>抽象的な表現を用いるもの(オープンエンド)、<2>具体的な時期を明示するもの(カレンダーベース)、<3>経済状況に関する基準又は閾値を設けるもの(経済状況ベース)がある。
(54)カレンダーベースのフォワード・ガイダンスの場合には、政策変更時期を変更した場合に、それが経済見通しの変化と、金融緩和スタンスの変更のどちらを意味するのかが明確ではない上、時間非整合性(ある時点で最適と考えた政策が後に最適ではなくなること)の問題も大きいと指摘されている(Filardo and Hofmann(2014))。経済状況ベースの場合には、これらの問題が軽減されるため、不確実性の低下によって、将来の短期金利の予想を押し下げる効果が強まることが期待された。
(55)アメリカの量的緩和政策による米国長期金利の押下げ幅(QE1(2008年11月~)以降の累積)は、FRB(2012)によると60bps、IMF(2013)によると90~200bpsとされている。
(56)Firaldo and Hofmann(2014)は、フォワード・ガイダンスは短期金利のボラティリティを減少させる効果がみられるが、長期金利に対する効果は小さいと指摘している。
(57)また、多くの新興国では、1997年のアジア通貨危機の教訓を踏まえ、外貨準備の積み増しや、自国通貨建ての債券発行による為替変動リスクの低減といった取組を進めてきた結果、かつてに比べて資本移動の変化に対してより頑健な体制を築いている。
(58)日本における前回の「量的緩和政策」においても、政策継続の具体的な判断材料の一つとしての物価(CPIコア)の過去数か月の平均を基調として評価しており、先行きの見通しではなく過去の実績を将来の政策決定と結びつけた面がある(Momma and Kobayakawa(2014))。こうした過去の実績と関連付けて政策を決定していくとコミットすることで、将来についての期待への働きかけを強めることを歴史依存性があるという。「量的緩和政策」におけるコミットメントには歴史依存性があり、これがコミットメントの効果を強めたとの解釈(鵜飼(2006))がある。
(59)Bayoumi et al.(2014)。
(60)Sargent and Wallace(1981)、Kocherlakota(2011)など。
(61)業態別にみると、一般的に、地方銀行の方が都市銀行に比べて保有債券のデュレーションが長い傾向があるほか、「量的・質的金融緩和」後の国債残高の減少スピードも相対的に緩やかなものとなっている(付図1-7)。この背景には、地方銀行にとっては、債券投資からのインカムゲインが重要な収益源となっていることがある。もっとも、銀行の市場リスク全体をより正確に評価するためには、金利リスクだけでなく、株価・為替といった他のリスクの保有状況や、リスク間の相関を踏まえた、包括的な検証が必要である。
(62)地方銀行の多くが該当。
(63)財政収支悪化の要因分析を含む財政問題全般に関する議論は、第1章第3節を参照。
(64)これらの理論的な説明としては、Sargent and Wallace(1981)を出発点とする、政府・中央銀行の通時的な統合予算制約式が挙げられる。これは、政府債務の実質価値が、将来の財政余剰の割引現在価値と等しくなるというものである。財政再建が進まず、前者が後者を下回る場合には、物価の上昇によって政府債務の実質値を引き下げるか、政府債務の名目値を減少させることが必要となる。
(65)「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について(共同声明)」(2013年1月22日)
(66)国・地方の基礎的財政収支について、2015年度までに2010年度に比べ赤字の対GDP比の半減、2020年度までに黒字化、その後債務残高の対GDP比の安定的な引下げを目指すこととしている(「経済財政運営と改革の基本方針~脱デフレ・経済再生~」(平成25年6月14日閣議決定))。
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