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第2節 投資資金の供給基盤

我が国では、リーマンショック以前から、家計部門の余剰資金が、民間金融機関などを通じて、将来の富を生み出す民間投資へと向かわず、国債に向かう傾向が続いていた。この背景には投資低迷による資金需要不足があり、投資低迷は長引くデフレによる実質金利高と期待成長の低下によって生じていた面がある。こうした中、日本銀行は物価安定の目標を消費者物価上昇率2%と定め、2013年4月には、デフレ脱却に向けた「次元の違う」政策を実施し始めている。既に、金融資本市場では、期待の変化が見られている。

強い経済、強い日本の実現を図る鍵は、民間投資が主導する経済成長の実現であり、金融はその重要な基盤である。金融を通じて経済の新陳代謝を進め、イノベーションを引き起こすことで、経済全体の生産性を高めることが求められるが、我が国の金融は、こうしたミッションを果たすことができるだろうか。ここでは、求められる変化と解決すべき課題について検討していこう。

1 我が国の資金循環と金融機関の現状

我が国は、90年代から2000年初頭にかけて、不良債権問題を主たる要因とした金融仲介機能の低下にさいなまれてきた。不良債権問題は2008年初まで続いた景気拡張局面でおおむね終息したが、2008年後半のリーマンショック後には、金融危機の発生当事国よりも深い景気後退を経験し、金融機関も一時的に大きなストレスに直面することとなった48。以下では、こうした金融の状況について、資金フローの動きや主な金融機関の投融資行動から確認していこう。

(1)国内資金循環の動き

最初は、我が国経済の資金循環の変化に着目することで、投資に向けた資金フローの現状について確認する。特に、郵政や政策金融機関、財政融資制度の改革が実施された2001年度から2011年度の10年間に生じた変化に注目しよう。これら一連の改革は、官中心の資金フローを民間中心に変えることを意図したものだったが、どのような結果を生んだのだろうか。

民間金融機関への資金フローは拡大するも、財政資金のファイナンスに流出

2001年度と2011年度の二時点間の各主体の資産負債の動きから累積的な資金フローの変化をとらえよう(第3-2-1図)。まず、家計から民間金融機関(ゆうちょ銀等は除く)への預金は120兆円増加したが、家計からゆうちょ銀行・かんぽ生命への貯金等は80兆円減少した。しかし、民間金融機関が受け入れた預金は、貸出の増加とはならず、国債等を通じて政府へ流入することになった。この間、民間非金融法人(民間企業)への貸出は70兆円も減少した。

貯金等の資金減少に直面したゆうちょ銀行・かんぽ生命は、国債等を通じて政府への資金フローを110兆円増加させたが、これには、財政融資資金へ預託していた210兆円の還流資金が充てられている。財政融資資金は、預託金の減少に見合うよう国債購入や貸出規模を圧縮し、政策金融機関や特別法人への貸出等も110兆円の減少となった。

一連の制度改革は、官から民への資金フローのシフトという狙い通り、財政融資資金制度を仲介した資金フローを減少させた。しかし、民間金融機関に向かった家計の預金は、一般政府の赤字ファイナンスに資金が向かい、民間非金融法人の投資へという前向きな資金フローとはなっていない。

企業の貯蓄超過は債務圧縮に充当

何故、民間中心の資金フローを拡大する流れができたにもかかわらず、金融機関から政府へと資金が流れてしまったのだろうか。金融機関が貸付けを行う先は非金融法人(企業部門)だが、この企業部門が貯蓄超過状態になって久しい(第3-2-2図(1))。元来、企業部門は投資主体であり、80年代前半は5%程度の投資超過状態にあった。その後も、いわゆるバブル期には大幅な投資超過を記録し、90年代前半までは投資超過状態を維持していた。しかし、98年の金融危機を境に貯蓄超過主体となり、その後は5%弱の貯蓄超過が続いている。

この傾向はリーマンショック後も続いているが、企業部門の黒字は債務を圧縮するために用いられ、95年から2005年の10年間で年平均22兆円、債務残高対比で年率4%相当の債務圧縮が実施された。こうした動きは、いわゆる「三つの過剰(雇用、設備、債務)」を解消する一環であると理解されてきたが、債務圧縮の要因は、デフレによって実質債務負担が上昇し、企業が合理的な対応を行っただけではないかとも見受けられる49, 50第3-2-2図(2))。なお、デフレ下では現金の実質価値が高まることから、企業部門を含む経済主体全てにおいて、必要な流動性を確保する以上に現預金が抱えられ、投資は先送りされる傾向がある。

預貸率は低下し、国債へ資金シフト

こうした家計と非金融法人をつなぐ金融機関について業態別に比較すると、2000年代に預金取扱金融機関の貯蓄超過傾向が続いている(第3-2-3図(1))。預金取扱金融機関の大部分を占めるのは銀行(2007年度以降のゆうちょ銀を除く)だが、銀行のバランスシートでは、負債側の預金が一定の増加を示す中、貸出は伸び悩み、国債のウエイトが高まっている。預金と貸金の比率(預貸率)は、2000年以降に下方シフトが続いており、特に、都市銀行での下落幅が大きい。2000年以前は80%台半ばで推移していたものの、2010年以降は60%台へと低下した(第3-2-3図(2))。ただし、銀行だけが国債保有を高めているわけではない。2007年以降の動きに注目すると、公的年金が国債保有額を低下させる一方、保険が増加させている。2012年の水準は2007年よりも50%近く高い(第3-2-3図(3))。なお、最近では、デフレ脱却に向けた政策対応もあり、貸出には増加傾向が見られる51

(2)資産流動化や証券化の進展度

大手金融機関の破たんも生じた90年代後半には、銀行ではない新たな金融仲介機関の必要性が訴えられ、制度創設が行われた52。当時、新たな金融仲介として位置付けられたのは資産流動化や証券化という仲介手段であるが、どの程度広がっているのかを確認していこう53

資産流動化・証券化による資金調達は横ばい

資産流動化・証券化商品には様々なものがあるが、担保資産別に区別すると、住宅担保ローン債権、消費者ローン債権、商業用不動産担保ローン債権などがある。年々の発行実績は、2006年まで続いた増加傾向から下落に転じ、リーマンショック後から現在までおおむね横ばいとなっている(第3-2-4図(1))。

組成商品の主力は住宅ローンを担保にしたRMBS(Residential Mortgage Backed Securities)であり、これには2001年に始まった住宅金融支援機構(旧住宅金融公庫)の証券化ローン債券が大きく寄与している。2004年以降の証券化商品の発行実績を累積すると約46兆円であるが、そのうち、住宅ローン担保証券が約58%を占めている。ただし、与信残高と比べれば、その割合はわずか3%程度に過ぎない(第3-2-4図(2))。また、資産流動化商品残高の市場規模をアメリカと比較すると、アメリカはリーマンショック前には資産流動化商品による資金調達額が与信全体の15~20%相当で推移していたが、2010年以降は、10%程度で横ばいとなっている。一方、我が国では、同ショックがほとんど見受けられないものの、増勢も見られない(第3-2-4図(3))。なお、リーマンショック後には、証券化商品のリスク評価、情報開示、格付などについて議論が行われ、取引や会計上の規則が見直されている。

J-REIT市場は拡大基調

資産流動化・証券化商品の代表的な市場商品となっているJ-REITは、2001年に創設された代表的な上場商品である。時価総額は2007年前半に7兆円弱のピークを迎えてリーマンショックを契機に調整局面に入ったが、その後の立ち直りも早く、回復基調が続いている(第3-2-5図(1))。利回りについては、リーマンショック後のリスク回避的な投資家の行動を反映して高い水準で推移してきたが、シャープレシオ(リスクに対するリターンの割合)で比較すると、TOPIX指数よりも高い水準で推移している。(第3-2-5図(2))。

また、保有主体について株式と比較すると、J-REITは金融機関(保険や年金信託を含む)のウエイトが高く、続いて外国法人等、個人となっている。株式における個人のウエイトは20%前後で推移しているが、J-REITに占める個人の直接購入割合は10%程度である(第3-2-5図(3))54。運用対象資産については、オフィスビルが51%と多く、続いて商業施設と住宅が2割弱であり、これら3種類で9割となる。アメリカの場合、我が国の上位3種類の運用資産は同様に上位を占めているが、その割合は全体で56%程度であり、医療・福祉(ヘルスケア)や森林資源といった多彩な資産を取り込んでいる(第3-2-5図(4))。PFI対象事業も含め、こうした分野に市場を経由した資金が流れることは、銀行を中心とした我が国金融システムの多様化、資金フローの安定化に資するものと期待される。

証券投資信託の拡大テンポは緩やか

J-REITを含めた証券投資信託が家計の金融資産に占める割合は2002年の2%から10年間で倍増したものの、我が国家計の保有資産はいまだに現預金が中心である。証券投資信託の残高は、預貯金残高の9%程度に過ぎない(第3-2-6図(1)、(2))。

その証券投資信託の運用対象財産について諸外国と比較すると、我が国を除くOECD10か国では債券が43.6%、株式が41.1%とおおむねバランスしているが、我が国の場合は、債券が59%、株式が28%となっており、債券のウエイトが高い(第3-2-6図(3))。また、我が国で販売された証券投資信託残高を種類別に見ると、外債の割合が高いという特徴がある(第3-2-6図(4))。

こうした証券投資信託への投資が諸外国に比べて普及しない理由について、内閣府(2008)は、リスクに対する投資収益率の低さ、金融に関する知識や情報の習得(金融リテラシー)の程度、そして住宅ローン負担、の三つを掲げている55

98年以降の金融危機と不良債権処理は、銀行偏重のシステムではリスクが集中し、複線的な金融仲介機能を有することが経済の安定性を確保するために必要であるとの教訓を与えた。そのため、政府は様々な仲介機能の仕組みを創設し、「貯蓄から投資」の流れが拡大するよう努めてきた。しかし、不動産証券化は上場商品もあるため拡大基調にあるものの、その他の資産を原資とする商品はあまり伸びておらず、家計の証券投資信託の保有も大きくは伸びていない。流動性が過剰な状況下において、資産流動化や証券化はあまり必要とされないのは当然だが、デフレから脱却を果たし、家計貯蓄率の低下が進むことを想定すれば、こうした仕組みを経由した資金の流れがより重視されると見込まれる。

(3)機関投資家の資産運用とリスク性資金の供給

企業部門の投資資金需要が弱く、銀行の貸出は伸びない中で国債への資金シフトが生じており、純資産保有主体である家計についてもいまだ現預金中心の運用にとどまっていることが明らかになった。では、年金や保険といった機関投資家はどのような資産運用をしているのだろうか。機関投資家はリスクとリターンのバランスを勘案して投資資金を適切に流し、マクロ的な成長基盤の一角を担うことが期待される。こうした機関投資家の資産運用の実態を見ていこう。

国債による運用ウエイトを高める保険

我が国家計の保険契約残高は多く、保険会社の資産残高は419兆円程度(2012年度末)である(第3-2-7図(1))。生命保険の資産運用は比較的長期という性格を有しており、我が国のリスク性資金の供給主体として機能してきた。その運用ポートフォリオは、国債とその他債券が71%程度、株式・出資金や投資信託が12%程度となっており、貸出が12%程度となっている。最近では国債の割合が増加傾向にあり、貸出が減少傾向にあるが、貸出残高の比率は年金基金と比較すると大きく、保険の特徴となっている(第3-2-7図(2))56

諸外国と比較すると、我が国を除くOECD10か国の債券比率の平均値は61.2%、中央値は61.3%、株式比率の平均値は14.5%、中央値は10.3%となっている。また、貸出比率の平均値は5.3%、中央値は2.2%、その他の比率は平均値が18.9%、中央値が14.6%である。貸出はドイツが31%と突出して高くなっており、その他投資も29%と高い。なお、その他には不動産投資が含まれている(第3-2-7図(3))。

我が国の保険会社における全体としての運用利回りは、リーマンショックがあったにもかかわらず、緩やかなプラスを維持している。これは国内債券による運用比率が高いため、2008年の落ち込みを避けることができたとも考えられるが、金利が大幅に上昇する局面では、逆の結果となるリスクを抱えているともいえよう(第3-2-7図(4))。

企業年金でも高まる国債の運用ウエイト

我が国の企業年金の残高は133兆円程度(2012年度末)であり、2001年以降、残高はあまり増減していないが、規模の大きい機関投資家である(第3-2-8図(1))。年金も長期運用を基本としているため、ある程度のリスクを許容できると期待される。その運用ポートフォリオは、国債とその他債券が46%程度、株式・出資金や投資信託が22%程度となっており、保険よりも債券比率は25%ポイント程度低く、貸出があまりないこともあり、株式等の比率は相対的に高い(第3-2-8図(2))。

しかし、諸外国の企業年金と比較すると、債券比率(我が国を除くOECD10か国の平均値:50.6%、中央値:57.5%)は単純平均とあまり変わらないが、株式比率(同平均値:30.1%、中央値:30.5%)は低い。日本のその他の比率は、32.2%と高いが、これには不動産投資などの実物投資も含まれている(第3-2-8図(3))。

2001年度以降10年間の累積で運用利回りを比較すると、取り上げた三つのファンドはいずれもプラスになっているが、保険に比べて債券比率が低いこともあり、振れは大きい。これには、株式やその他に含まれる不動産の影響もあると考えられる。厚生年金及び国民年金の市場運用分(GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人))に比べると、企業年金連合会が10%ポイント程度上回っており、国民年金基金連合会はGPIF並、厚生年金基金は見劣る結果となっている(第3-2-8図(4))。

公的年金のポートフォリオは債券が中心

そのGPIFについて詳しく見る前に、公的年金全体のポートフォリオを見ると、株式・出資金は18%程度、国債と財投預託金が41%程度、その他債券が31%程度となっている(第3-2-9図(1))。我が国における厚生年金及び国民年金の市場運用はGPIFが担っているが、国内債券比率は財投債を含めて62%程度、国内株式は15%程度、外国株式は12%程度である。

GPIFの運用ポートフォリオを設定するに当たっては、「積立金の運用は、専ら被保険者のために、長期的な観点から、安全かつ効率的に行う」という法の要請に沿った指針が、厚生労働大臣により具体的に示されている(第3-2-9図(2))。この「安全かつ効率的」という二つの目標を同時に達成するためには、いずれかを固定した上で他方を最適化するか、両者をセットで決める別の制約を置く必要がある。保険料によって集める資金は、将来の給付時において、少なくとも経過期間の物価上昇分と賃金上昇分を相殺する程度に運用することが求められる。こうした考え方の下、名目運用利回りが名目賃金上昇率を上回ることを目標としており、これを実現するようにポートフォリオも組み立てられている。

次に、運用ポートフォリオの特徴を国際比較から示そう。我が国以外のOECD10か国における債券比率(平均値:64.6%、中央値:72.4%)と比較すると、我が国の債券比率は高め、株式比率は低めである(第3-2-9図(3))。なお、諸外国においては、公的年金の運用は当該国の国債が主流となっている事例やアメリカのように非流通の特殊な政府債のみで運用する事例もある。

最後に、投資の運用パフォーマンスについて、例えば、GPIFと代表的な海外の年金基金の運用成績を2001年以降の累積で比較すると、物価上昇率の違いを調整した実質利回りは、GPIFが32(名目は29)%、海外の年金基金は44(同87)%~62(同101)%の増加となっている。(第3-2-9図(4)①②)。なお、2001年から2013年の間には、ドル円レートが約34%も増価していることから、GPIFのドルベース収益率は63%になる。物価と為替を調整した結果からも分かるとおり、年金基金の置かれた運用環境によって名目の成績は大いに異なるが、実質的な差はそこまではない。また、円高基調でデフレにあった時期は、預金や国債中心の運用が優れた結果をもたらしている。さらに、2002年度以降の年度ごとの運用実績について比較すると、GPIFの運用は海外の年金基金と比べ、収益率の変動が小さい(第3-2-9図(4)③)。

なお、公的・準公的資金の運用については、2013年6月14日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針~脱デフレ・経済再生~」において、「公的年金、独立行政法人等が保有する金融資産(公的・準公的資金)の運用等の在り方について検討を行う。」とされている。

3-4 ホームバイアス

我が国の対外投資が伸び悩む理由の一つとして、ホームバイアスが強い点が指摘されることがある。ホームバイアスとは、海外資産と比較した国内資産への投資選好の強さのことである。世界全体の市場規模に対する当該国の国外市場規模をベンチマークとした場合の実際の対外投資規模で表すことができ、その比率が高いほどホームバイアスが弱い。株式に関するホームバイアスについては、ドイツや英国が弱く、積極的な対外投資をしている一方、我が国のホームバイアスは、緩やかに弱まる傾向があるものの、こうした国々に比べると強い(コラム3-4図(1))。債券についても類似の傾向が生じているが、アメリカは株式の場合のホームバイアスが弱かったものの、債券については我が国よりも強いという結果になっている(コラム3-4図(2))。

国別の違いについては、英国が国際的な金融センターであることや、ドイツがユーロ圏に属することによって通貨変動の影響を軽減できることなどが背景としてあげられる。

2 金融仲介とマクロの経済成長

資金循環や家計及び機関投資家の投融資行動を確認した結果、我が国ではマクロ的に資金は潤沢であったものの、いわゆるリスク性資産である株・出資金への投資割合は低く、銀行経由の資金フローでさえも産業や事業向け融資が減少してきた。2013年前半の指標には変化の兆しも見られるが、こうした金融仲介の滞りは設備投資を通じてマクロ経済の成長に悪影響を与えるのではないだろうか。

(1)銀行経由の資金と経済成長

金融仲介の滞りが成長に与える影響を考える最初の切り口は、銀行を経由した資金である。リーマンショックという世界的な金融危機において、企業の設備投資は鈍り、景気は大きく後退した。また、銀行部門は貸倒れと不良債権によりダメージを受けた。こうしたことから、以下では銀行経由の資金と設備投資や経済成長の関係をグローバルなデータにより整理していこう。

設備投資率は経済成長率によって決まるが、その影響度が低下

経済成長率と設備投資率の間には双方向の関係があるだろう。すなわち、投資は需要項目の一部であるから、投資が低迷すれば、定義的に成長率は低下する。他方、低成長が続けば成長期待が損なわれ、投資が低迷していくという動きも考えられる57。そこで、OECD15か国のデータによって成長率と設備投資率のいずれが先に決まるのかという点について確認すると、80年代は双方向に因果性があるものの、90年代になると、成長率から設備投資率への因果性のみが検出される。また、2000年からリーマンショック前の2007年の間は、設備投資率から成長率への因果性が少し回復するが、2008年以降は成長率から設備投資率の因果性のみが検出される。時期にもよるが、基本的には総需要としてのマクロ成長率が設備投資率を決めている。そして重要な点は、その影響度が、リーマンショック後に大幅に低下しており、総需要としてのマクロ成長率の上昇が設備投資率に結び付いていないということである(第3-2-10図58

リーマンショック後に進んだディレバレッジ

マクロ成長率と投資率の関係が弱まった背景には、銀行部門の動きが関係している。主要国の銀行について、レバレッジ率(総資産/自己資本)を2008年と2012年で比較すると、アメリカは-2.4%ポイント(商業銀行)から-5.3%ポイント(投資銀行)、英国は-12.8%ポイント、ドイツは-16.2%、フランスは-7.4%と大幅に低下している(第3-2-11図)。レバレッジ率の低下は、借り手の経済活動に影響を与えるかどうかという点で重要である。IMF(2012)は、2011年第3四半期から2012年第2四半期の間に生じたヨーロッパの銀行(58行)のレバレッジ率の低下要因を分析し、資本増強(分母の増加)が1.5ポイント、債券などの圧縮(分子の減少)が0.4ポイント、融資圧縮(分子の減少)は0.1ポイントの寄与であったとしている。合計2ポイントのレバレッジ低下は大きいものの、融資の圧縮が小さいことから実体経済への悪影響はある程度抑制されたと評価している。金融危機後の実体経済への影響を抑えるには、いわゆるハードランディング的に不良資産を償却していくよりも、厚めに資本注入を実施することが有効な手段であるといえる。

設備投資の低迷には金融仲介機能も影響

こうした銀行のレバレッジ率について、経済成長率と同様に設備投資率の決定要因と考えて両者の関係を推計すると、設備投資率の増減に対し正の影響を及ぼすことが分かる(第3-2-12図)。例えば、レバレッジ率が20倍から30倍に上昇すれば、GDP成長率が変わらなくても設備投資率が0.3%ポイント上昇すると見込まれる。したがって、設備投資が低迷を脱するには金融仲介機能の回復も重要である。

(2)我が国における銀行の現状

我が国ではリーマンショック後に金融危機が生じたわけではない。しかし、輸出の急落による深刻な景気後退を経験し、その後においても、2011年の大震災やタイの洪水被害の影響を受ける中、金融面においては借り手を支える政策措置が講じられてきた59。以下では、我が国における銀行の現状について、貸出に関連する危機対応措置との関連で概観する。危機対応の措置が平時においても継続されれば、企業部門の新陳代謝の妨げとなり、企業活動全体としてはマイナスとなりかねない。

業種によって異なる相対的な収益率と貸出シェアの関係

銀行貸出の業種別の動向を、相対的な収益率と貸出シェアの変化から見ていこう60。90年代から2011年までの動きをならしてプロットすると、例えば、不動産では、90年代から2000年代において、相対的に収益率が低く、貸出シェアが増加する傾向が見られた。しかし、2011年には、貸出シェアも低下し、第2象限から第3象限に移行した。また、卸売については、第3象限から第2象限に移行しており、2011年は相対的な収益率が低く、貸出シェアは拡大している(第3-2-13図)。

保証協会による保証率は高止まり、代位弁済率は低下傾向

中小企業向け融資残高に対する信用保証残高の割合(保証率)はリーマンショック以降上昇し、2012年第4四半期においても13.6%と高水準にとどまっている(第3-2-14図)。これは、98年の金融危機時と同じ程度である。代位弁済率と保証承諾額は低下しているものの、高い保証率水準は、100%保証を中心に、銀行の融資先審査機能を弱体化し、経営支援などの努力を怠らせることになり、銀行間の競争を通じた金融業自身のイノベーションやマクロ面での資源配分の効率化の機会を失わせかねない。保証については、銀行における中小企業の経営状況の把握や経営支援と一体となった取組の一層の促進などに向け、不断に制度の点検を実施していくべきである。

銀行貸出に対する金利や自己資本の影響度が低下

では、銀行の貸出能力はどのような要件で決まるのだろうか。リーマンショック後の貸出量について、不良債権比率、自己資本比率、そして貸出金利が決定要因であるという枠組みを検証しよう。過去においては、2001年から2004年のデータを基にした分析事例があるため、それとの対比によって、2009年以降の銀行行動を評価する61

まず、不良債権比率については、2001年から2004年当時に見られた貸出量のマイナスの影響が、以前より程度は小さいものの、2009年以降にも見られ、不良債権比率の高まりは貸出量を減少させる。次に、自己資本比率については、2001~2004年当時と同様、貸出量に対してプラスの関係が期待されるものの、2009年以降は両者の関係が薄れているとの結果が得られた。すなわち、自己資本比率が高まっても貸出量があまり増えていないということになる。また、貸出金利については、2001年から2004年当時と同様に、金利と貸出量に正の相関が見られるものの、統計的には有意な関係とはいえない。すなわち、金利と貸出量の関係が弱い、又は金利とは関係なく貸出量が動いているということになる。また、前回の分析事例と比較すると、貸出量の金利弾力性が極めて大きく観察されており、貸出供給曲線はより水平に近い姿として描かれる(第3-2-15図)。

三つの要素のうち、自己資本比率と金利が貸出量に影響をあまり与えていない状況を作り出した要因は、需要不足とデフレによって名目金利がゼロ近傍にあったこと、の二つであると考えられる。今後、資金需要が回復してくると、貸出供給曲線が水平に近いため、量は増えるものの名目金利は当面上がりにくい状況が続くと見込まれる。その後、供給側の制約に近づいたり、デフレ脱却が進んだりする中で、名目金利も上昇へと転じ、過去に観察されたような金利と貸出量の関係が現れてくるものと見込まれる。

3-5 日米欧の金融危機比較(2008年危機と1998年危機)

本節では、金融危機について触れているが、98年の日本、2008年の日米欧の4ケースの危機前後におけるマクロ経済の動きについて比較してみよう(コラム3-5図)。危機のメルクマールはGDPの急減である。98年の日本、2008年のアメリカとユーロ圏はいずれも危機当事国・地域であるが、おおむね似た谷の深さと回復の軌跡を示している。例外は危機当事国ではなかった2008年の日本であり、回復のタイミングは8四半期後だが、谷はより深かった。その原因は実質輸出の落ち込みであり、谷の深さは他のケースのおおむね3倍もあり、2年経っても危機前の水準に至らない。こうした背景には、20%を超える急激な為替増価とその定着があった62。また、実物経済面について見ると、輸出先の減少率が相対的に大きかったことや、自動車やITなど、輸出減により大きく寄与する品目のウエイトが高いなど、我が国の輸出構造の特性もあった63

(3)起業・開業を支える資金を巡る動向

企業活動を支える投資資金を提供する金融には、既存企業を前提とした投融資や資産の流動化・証券化だけでなく、いわゆる起業や開業の支援という側面もある。ここではこうした動向を見ていく。

ベンチャー投資は回復に向かいつつあるも低水準

ベンチャー投資(キャピタル)は、創業・起業に資金を投じて収益を得るビジネスである。最近では、リーマンショック後の2009年に900億円弱まで投融資規模が縮小していたが、その後は緩やかな増加傾向を見せており、水準は低いものの、2011年度は1,200億円程度まで回復している。投融資先企業数についても、2010年度の915社を底に2011年度には1,017社と増勢に転じている(第3-2-16図)。こうした我が国の状況をアメリカと比べるためには、経済規模や人口の相対的な違いを勘案した方が分かりやすい。そこで、ベンチャー投資の件数は人口比、同金額は経済規模(GDP)比で調整した値で比較すると、我が国の投融資件数はアメリカの6割程度、金額については、為替レートにもよるが、15%程度の規模にとどまっている。なお、2013年の世界経済フォーラム(World Economic Forum)競争力ランキングでは、ベンチャーキャピタルのアベイラビリティは42位となっている。

こうしたベンチャー資金や創業・企業への投資については、リーマンショック以降は、様々な支援策が実施されている。その一つが官民共同出資のファンド(官民ファンド)を利用した支援である。2009年に創設された株式会社産業革新機構は、アーリーステージ、ベンチャー企業支援、そして既存事業体の再編などの局面において、リスクマネーを供給することを意図して設置されている。こうしたファンドについては、民間資金をクラウドアウトせずに、こうした資金の呼び水となるような外部効果を生み出すよう設計・行動することが求められている64

創業支援融資は、地域金融機関、政策金融機関ともに、おおむね横ばい

地域金融機関も起業や開業資金を支える資金の出し手であるが、2002年の「金融再生プログラム」以降の取組として、「地域密着型金融(いわゆるリレーションシップバンキング)の機能強化」というプログラム課題の中で、明示的に創業・新事業支援融資を行ってきた。創業や新事業支援として区分される融資の統計は、2006年度に定義が変更されているため長期的な比較はできないが、限定的な貸付商品の融資額は2003年度から2006年度の間に4倍増となったものの、より一般的な創業・新規事業支援の融資額は、2007年度から2011年度の間、1,600億円前後でおおむね横ばいとなっている。この間、地域金融機関の貸付総額(個人や地方公共団体向けを除く)は、2008年度まで増勢を維持し、リーマンショック後にいったん減少したものの、再び増加傾向を示している。2012年度には貸付総額全体が2兆円弱拡大する中、創業・新規事業支援融資は、その一割程度を占めている(第3-2-17図(1))。

政策金融機関においても創業期にある起業家の支援を行っており、融資制度の例として、株式会社日本政策金融公庫が行う新創業融資制度がある65, 66。この制度に基づく貸付けは、2007年度には485億円だったが、2011年度には298億円へと減少し、創業1年以内の起業家向け貸付けと創業5年以内の起業家向け貸付けも減少してきたが、2012年度に入り、増加に転じている(第3-2-17図(2))。なお、創業後1年以内の融資額が1,333億円と地域金融機関全体の創業・新事業支援に係る融資規模と同等である点は、株式会社日本政策金融公庫が小口の開業融資において小さからぬ役割を担っていることを示唆している。

日本銀行の成長基盤強化支援は残高総額約3.4兆円まで拡大67

事業資金の融通は、本来各金融機関と事業会社がリスクとリターンを比較衡量しつつ実施していくものであるが、リーマンショック後には、預貸率に大幅な余裕があるにもかかわらず、民間金融機関を支援するために、公的機関の関与した資金フローが拡大している。

日本銀行は、2010年6月に「成長基盤強化を支援するための資金供給」(成長支援資金供給)という制度を創設した。この制度は、成長基盤強化及び貸出増加に向けた民間金融機関による融資の原資を融通するものである68。上限枠は3兆円と定められ、2010年9月初旬に第一回の融資を実行した。その後、2011年6月には、出資や動産・債権担保融資(ABL)等を対象とした新たな貸付枠(上限枠は5千億円)の設定を決定し、制度を拡充した69。2012年3月には、上述の成長支援資金供給(本則)の対象外であった小口投融資を対象として新たに5千億円の貸付枠(小口特則)を導入した。また、成長に資する外貨建て投融資を対象として、日本銀行が保有する米ドル資金を用いた1兆円の貸付枠(米ドル特則)も導入した。さらに、成長支援資金供給(本則)の上限は、3兆円から3.5兆円へと引き上げられた70

同制度を用いた資金供給の動向を確認すると、2013年6月時点の残高は3.4兆円程度(米ドル特則を除く)であり、融資を受けている金融機関数は本則利用先で124先である71。金融機関の貸出先は、融資額の多い順に、医療・介護・健康関連事業、環境・エネルギー事業、観光事業となっている(第3-2-18図72

3 新たな成長資金の供給に向けた変化と期待

成長資金の適切な供給は金融ビジネスに求められる課題であるが、リーマンショック後は再び公的機関の役割が増し、民間主導の資金フローに改善が見られなかった。こうした中、日本銀行は物価安定の目標を消費者物価上昇率2%と定め、2013年4月には、デフレ脱却に向けた「次元の違う」政策を実施し始めている。既に、金融資本市場では、期待の変化が見られている。民間主導の自律的な景気拡大を実現するためにも、金融は新たな環境への適応を果たす必要がある。

(1)国内金融を巡る変化と期待

金融の役割は、各種産業の経済活動の拡大に伴って資金を提供していくことであるが、今後、デフレ脱却に向けた動きが本格化していく中、投資に向けた資金需要を満たし、また、新たな運用先を求める資金を仲介するためには、金融各業種が環境に対応して変化をしていく必要がある。ここでは、いくつか例を取り上げて紹介しよう。

急激に変化している金融市場

まず、市場動向の動きを概観しておこう。2012年後半以降の金融市場環境の変化は著しい。2012年10月末から2013年4月末の6ヶ月の間、TOPIXは57%、日経平均は55%上昇した。株価の上昇要因としては、円安方向への動きや金融緩和期待、また2013年初めに決定・実施した経済対策の効果への期待など、様々なことが指摘されているが、証券売買高及び売買金額は、いずれも倍増している(第3-2-19図(1))。活発な市場取引に連動して、株式投信(国内株式型)については、運用益の増加や解約額の増加だけでなく、販売額も顕著な増加傾向を示している(第3-2-19図(2))。

銀行の株価についても大幅な改善が見られ、TOPIX銀行業指数は74%の上昇を記録した(第3-2-19図(3))。銀行業指数は2006年4月に489.14まで上昇した後、リーマンショックなどの影響を受け、2011年11月までに100.43まで下落した。その後、おおむね横ばいで推移していたが、昨年10月以降は上記のとおり大幅に上昇している。ただし、銀行業指数が直近ピークを付けた2006年と比べると、経常利益が9割程度の水準まで回復している一方で、同指数は、いまだ半分以下の水準にとどまっている。なお、銀行保有株式の上昇は、株式の売却を通じて、銀行の経常利益に寄与する可能性もある(第3-2-19図(4))。

こうしたことを踏まえると、銀行のリスク許容度は大幅に上昇していることが見込まれる。銀行のリスク許容度が上昇することは、いわゆるリスクマネーの供給が促される可能性を高めることになるが、それと同時に銀行のリスクマネジメント力が問われる局面に入ったことも意味している。2%程度のマイルドな物価上昇が実現する社会を念頭に置くと、今後、金融機関が、多くの資産を国債等で運用している段階から脱却し、円滑な資金供給に一層貢献していくことが重要となる。

営業コスト比率のばらつきが大きい地域金融機関

こうした「目利き」としての能力、事業会社を支援することが最も求められるべき地域金融機関の融資総額はこのところ増加しているものの(前掲第3-2-17図(1))、預金がより増加する中で、預貸率は低下傾向にあり、国債での運用が増えている(前掲第3-2-3図(2))。地域金融機関におけるこうした動向は、需要の不足によるところが否めないものの、自らが新たな資金需要を発掘することも必要である。例えば、銀行が借り手企業に対する販路開拓の支援などをコンサルティングとして行うことで、両者が共に利益を得られるような付加価値のある対処が求められる。また、地域活性化の枠組みにおける主たるプレーヤーとして、公共施設などへのPFI導入を主導することも期待されている。

しかし、地域の金融機関には構造的な課題も存在する。我が国の場合、預金保険の対象金融機関は586社あり、預金や貸出残高の規模は大小様々である。預金を集めて貸出を行うことは、銀行業務の基本であるが、いずれについても、空間的な広がりと量的な大きさが生産性に影響を与える要因である。つまり、銀行は範囲と規模の経済性が働く業種であり、規模の拡大には合理性がある。規模がもたらす具体的な利益の源泉としては、例えば単位費用の軽減がある。そこで、地方銀行及び第二地方銀行について、総資産額と営業コスト比率(営業経費/(経常収益-その他経常収益))の関係を図示すると、総資産規模が拡大するにつれ、効果は逓減していくものの、営業コスト比率は低下していくことが分かる(第3-2-20図)。

ただし、地域金融機関の同一規模内における営業コスト比率のばらつきは大きく、全ての地域金融機関に追加的な規模の経済性があるわけではない点には留意が必要である。また、規模の拡大を目指した統合や再編は、必ずしも好ましい結果を生むとは限らない73。経営効率を高める手段には、アウトソーシングの活用や、連携・提携など様々あり、地域の特性を踏まえた取組が期待される。

確定拠出年金の運用ポートフォリオは預貯金比率が高い

家計に目を転じると、物価上昇により現金の価値保蔵性が低下する状況になれば、資産価値を維持するために付加価値を生み出す投資商品に資金を投じることが合理的となる。こうした状況に対応して変化が求められる例を紹介しよう。

企業年金等の一部を構成する確定拠出年金(401K)については、受益者であり被保険者である加入者自身が運用指図をすることにより、自らにとって望ましいポートフォリオを作ることができるといった特徴がある。こうしたポートフォリオを概観すると、預貯金比率が41%程度となっており、内外の株式投資は15%程度にとどまっている(第3-2-21図(1))。

また、加入者の年齢別ポートフォリオを比較すると、10~20歳台の加入者が組んでいるポートフォリオの預貯金比率が他の年齢層に比べて高い(第3-2-21図(2))。原則取崩しのできない確定拠出年金の性格にかんがみれば、勤労年数・加入年数の残存期間が長くなる若年者ほど、分散が大きくても平均期待収益率の高いリスク性資産への投資ウエイトを高めることが可能である。それにもかかわらず、預貯金比率が高いという結果となっている点は、二つの解釈ができる。

第一は、一見不合理であるものの、デフレによって預貯金の実質利回りが高止まっていることを勘案した合理的な投資行動と解することができる。この場合、加入者は合理的であるから、今後の経済情勢の変化に対応した運用資産のスイッチング(入替え)が実施されると見込まれる。第二は、元本保証に対する過度のバイアスが存在しており、運用機会を逸していると解することもできる。確定拠出年金の制度上、加入者には投資情報の提供や投資教育が行われているはずであるが、より積極的な金融経済教育が必要かもしれない。また、期待される長期運用利回りを最大化するポートフォリオをデフォルトとして提示するといった工夫が、適切な投資ポートフォリオ形成を促すために有意義とも考えられる。

(2)金融を巡るグローバルな変化と期待

金融のグローバル対応は今に始まったことではない。80年代には、多くの金融機関が海外店舗を設置し、国内顧客の海外進出を内外から支えていた。しかし、国際的な銀行業務の規制(バーゼル)の導入、国内のいわゆるバブル崩壊と不良債権問題、などの要因を背景に、大規模な業界・事業再編が行われた結果、海外の営業拠点も縮小してきた。他方で、欧米主要国のグローバルな活動をしていた金融機関はリーマンショックによって対外的な活動の抑制を余儀なくされ、特にアジア地域においては、再び、我が国金融機関が積極的に展開する機会が訪れているとの見方もある74

外で稼ぐ時代へ

我が国経済をGDPという概念ではなく、GNIという概念でみる立場からは、資金供給の範囲についても海外における我が国企業の活動支援という部分が含まれる。事実、我が国企業の海外展開は、リーマンショック後においても、アジアを中心に拡大しており、大企業のみならず、中堅・中小企業による海外進出も増加傾向にある。こうした企業群の資金需要を満たすことは、金融ビジネスのフロンティアを拡大することになる。

現状、進出企業の多くは、親会社からの出資もしくはローン、又は現地法人の内部留保をその事業資金の調達元としている(第3-2-22図(1))。邦銀の世界に対する貸出残高は3.2兆ドル程度(2012年10-12月期)であり、日本を除く世界の資金需要に占める割合は13%程度(2012年10-12月期)である。海外融資残高のGDP比率は70%程度まで拡大しており、国内の経済規模に比較した邦銀の海外活動は小さくはない(第3-2-22図(2))。ただし、融資を含むその他投資の収益率は低下傾向が続いている(第3-2-22図(3))。

邦銀の海外における活動を支店数と海外支店融資の動きから確認しよう。支店数は、90年代以降、不良債権処理、各行内の事業見直しやBIS規制対応、更には合併などを背景に減少が続いていたが、2005年からはおおむね横ばいとなっている。こうした中、海外現地支店の貸出規模は日本のGDPよりも拡大テンポが速く、成長分野と見られる(第3-2-22図(4))。

しかし、内外金融機関のサービス輸出入の大きさを示すサービス収支における金融サービスの受払規模は、リーマンショック前まではGDPに対して拡大傾向にあったものの、その後は縮小傾向となり、2012年度は2000年初頭と同水準にとどまっている(第3-2-22図(5))。

頭打ち感の背景には、海外の景気動向が大きく影響していると考えられるものの、同時に、制度的な調和が進んでいないことも指摘できる。特に、金融には法令とその執行を担保する制度的なインフラが重要であり、法制度の安定性が欠けた国・地域では、事業として成立させるために必要なコストが高く、参入できない。我が国企業が邦銀から金融サービスを受けなければならない理由はないが、邦銀が参入できない状況は、およそ一般の企業にとっても、決済・資金繰りなどにおいて多くのリスクを負担しながら進出している可能性を示唆しており、現在進められている各種の経済連携協定や二国間の協議などを通じ、制度調和を求めていくことが必要である。特に、開発途上国に対しては、こうした金融ビジネスのインフラを整える支援を積極的に行っていくことで、受入国と我が国の双方が利益を得ることが重要である。

クロスボーダーM&A件数は非製造業を中心に拡大し、金融も増加

2000年代に入り、リーマンショックによる一時的な減少はあったものの、海外M&Aの件数及び金額は増加基調にあった。リーマンショック後は、非製造業の伸長が著しく、2012年は274件、金額にして5.6兆円の海外M&Aが実行されている(第3-2-23図(1))。こうした積極的な事業再編は、創業や起業に類似した効果を持つと期待され、既存企業が合併連携を経るうちに、より効率的な組合せに近づいていくプロセスと考えることもできる。

金融においてもM&Aは増加傾向にあり、規模の経済性や範囲の経済性を追求していく傾向が見られる。証券や保険については、このところ横ばいとなっているが、銀行やその他金融については、引き続き増勢が見られる(第3-2-23図(2))75。こうした動きについては、貸金業規制法の改正に伴う業界再編といった一時的な要因もあろうが、これを奇貨としてより効率的なサービスが提供できる主体が生まれてくることも期待されよう。

取引所もグローバル対応

2012年1月に東京証券取引所(東証)と大阪証券取引所(大証)が合併し、日本取引所グループが誕生した。第一の合併理由は、ICT化の進展によって取引市場の比較・選択が可能となり、取引所間の競争がグローバルに行われるようになったことへの対応であろう。実際、海外でも国境を越えた取引所同士の合従連衡が進んでおり、2007年のNYSEとユーロネクストの合併といった大規模な例もある。今回のシステム統合により、重複上場会社は上場維持費用を節約することが可能となり、また、投資家には、取引メニューの多様化というメリットが期待される。

第二は、取引形態の変化への対応である。コンピューターの性能が高まり、瞬時に大量の売買を行うことでマージンを確保する取引が頻繁に行われるようになった。その結果、注文を処理するために多額のシステム投資が必要となってきており、資金調達力を高めるために大規模化と株式会社化が選択されている。

今回の合併により、上場企業の時価総額(2012年)は東京証券取引所単体の3.5兆ドルから3.7兆ドルへと増加し、年間取引額(2012年)も3.5兆ドルから3.6兆ドルへと高まるが、世界の証券取引所と比較すると、時価総額はニューヨーク証券取引所とナスダック合計の2割弱、取引額は六分の一に過ぎない(第3-2-24図)。経済規模に比べて市場規模は小さい。アジアにおける他市場の追い上げもある中、企業にとって資金調達をしやすい環境、投資家にとって運用しやすい環境を整えていくことが求められている。


(48)西村(2009)は、金融再生法開示債権の増減要因を踏まえ、「金融再生プログラム後3年間の不良債権額の減少原因は、ハードランディング路線による不良債権処理政策の成功というよりは、主として景気回復およびそれにともなう債務者の返済努力、すなわち経済の正常化によると見るのが穏当なのではないか」としている。
(49)2000年代を通じ、いわゆるバブル崩壊後に生じていた債務問題の解決を銀行が先送りし、非金融部門の債務が増大したことが「三つの過剰」を大きくし、最終的な処理コストを高める結果となったとの見方は多数示されている。例えば、内閣府(2001)を参照。
(50)大西・中澤・原田(2002)では、不良債権を過剰債務と定義して、物価などのマクロ変数との関係を分析している。その結果、1)企業財務に対しては,財政政策よりも金融政策が与える影響が大きく、2)国内卸売物価の上昇は企業収益を回復させる、3)マクロ的に見た場合,過剰債務の問題は非製造業中小企業を中心とした問題であり、一部大企業の問題にとどまっていないこと、4)過剰債務とデフレの関係については、過剰債務の増加が物価を下落させ、物価下落により過剰債務が更に増加するという悪循環がある、5)過剰債務が実質GDP低迷の原因であることは検証されない、ことを示している。
(51)国内銀行の企業向け貸出残高の対前年比伸び率は、非製造業がけん引する形で、2012年4-6月期以降、緩やかながらも4四半期連続のプラスとなっている。
(52)金融審議会(1998)を参照。
(53)資産流動化・証券化とは、キャッシュフローの不足や不安定性を補正するため、手元にある固定資産などを信託などの手段を用いることで証券化し、キャッシュフローの流列を変えていくものである。したがって、預貯金の潤沢な我が国においては、銀行与信が円滑に行われている限り、あまりニーズが無いとも考えられていた。しかしながら、我が国においては、不良債権処理によって銀行の与信能力が低下する中、資産を有する事業体の流動性ニーズを満たすため、また、銀行自身が不良債権をオフバランス化して再生を図るための手段として活用されることが期待されたという側面があった。
(54)「金融機関」には「投資信託」が含まれる。J-REITを投資対象とする投信(J-REITファンド)の残高はJ-REIT全体の25%程度といわれている。
(55)内閣府(2008)第2章5節。
(56)家森(1995)は、我が国の保険会社の融資ウエイトが高いという特徴を運用規制による影響であると指摘している。また、植村(2009)は、バブル・デフレ期の保険会社の資産運用を振り返りつつ、90年末に破たん件数が増加していった背景を描いている。
(57)日本銀行(2012b)は、「リーマンショック時を振り返ると、潜在成長率の低下は当初殆ど観察されなかったが、事後的には2008~2009年の潜在成長率が低下していたことが確認できる。これを踏まえると、今次局面においても、現時点では観察されていない潜在成長率の低下が事後的に観察される可能性があると考えられる」としている。
(58)我が国の設備投資に関するより詳細な分析については、内閣府(2011)の第1章第1節を参照。
(59)例えば、内閣府政策統括官(2012)第1章3節2項を参照。
(60)収益率の変化幅と貸出量変化率のプロット図は、借り手企業の事業環境と貸出量の関係を示している。企業の収益率が上昇すれば、設備投資などの資金需要が高まり、結果として貸出が増加するという理論的な経路(右上がり)が示されることになる。しかし、両者の関係については、90年代以降のデフレ経済下において観察されにくくなったことから、その背景を探る多くの研究が行われた。例えば、堀・高橋(2003)はミクロデータを用いた分析において、利益が借入れを代替したことにより、利益率と貸出量の間には負の相関がみられるようになったことを示している。また、福田・粕谷・中島(2005)では、他の条件(債務総資産比率など)をコントロールした場合、(直接金融へのアクセスが弱い)非上場企業をサンプルとした推計では、利潤の大きい企業向けに貸出が増加する傾向が強いとの結果を得ている。
(61)内閣府(2005)第1章3節2項第1-3-2図を参照。
(62)内閣府(2012)第1章第2節を参照。
(63)内閣府(2009)第1章第2節を参照。
(64)こうした既存の官民ファンドに加え、新規に複数の官民ファンドの設立が準備されている中、これらの官民ファンドが民間資金の呼び水として効果的に活用されるために、政府が一体となって、既存の官民ファンドの運営状況についていわゆる横串チェックを行うとともに、現在設立準備中の官民ファンドの制度設計についても意見交換を行うべく「官民ファンド総括アドバイザリー委員会」が設置されている(2013年5月)。同委員会において取り上げられている既存の官民ファンドは付表3-4のとおりである。
(65)政策金融については、経済財政諮問会議(2002)において改革の方向性が提示され、最終的な制度設計は、政策金融改革推進本部・行政改革推進本部(2006)として決定された。詳細については、財務省のホームページを参照されたい。
(66)これは、新規開業資金などの融資制度を利用する際に、税務報告を2期終えていない者に対して、事業計画(ビジネスプラン)を審査して担保・保証人・本人保証を不要とする特例措置である。なお、公的金融機関である株式会社商工組合中央金庫においては、創業7年以内の事業家等に設備資金や運転資金を融資する創業・新事業進出支援(イノベーション21)などの取組を行っている。
(67)2013年6月7日時点。米ドル特則を除く。
(68)制度創設当時の説明については、日本銀行企画局(2010)を参照。
(69)日本銀行(2011)。
(70)日本銀行(2012a)。
(71)日本銀行(2013)。なお、米ドル特則の残高は4,980.2百万米ドルである。
(72)資金使途について制限があり、下記の分野に該当する成長基盤強化に資する期間1年以上の融資又は投資を行う取組方針であることと定められている。(1)研究開発、(2)起業、(3) 事業再編、(4)アジア諸国等における投資・事業展開、(5)大学・研究機関における科学・技術研究、(6)社会インフラ整備・高度化、(7)環境・エネルギー事業、(8)資源確保・開発事業、(9)医療・介護・健康関連事業、(10)高齢者向け事業、(11)コンテンツ・クリエイティブ事業、(12)観光事業、(13)地域再生・都市再生事業、(14)農林水産業、農商工連携事業、(15)住宅ストック化支援事業、(16)防災対策事業、(17)雇用支援・人材育成事業、(18)保育・育児事業
(73)金融審議会(2012)においては、メリット・デメリットの議論がなされている。
(74)吉野他(2012)などを参照。
(75)なお、アメリカの金融業による海外M&Aは、リーマンショック後の2009年に20件と減少したものの、その後は平年並みの30件台に回復している。
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