第2章 金融危機と日本経済 第4節

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第4節 まとめ

本節では、第2章の分析で明らかとなったことを要約する。

●信用収縮には至っていないが、景気低迷に伴う貸出態度厳格化に注意

今回の金融危機は、我が国の金融資本市場へも大きな影響を及ぼした。株価の下落はもちろん、投資家のリスク許容度低下もあって社債・CP市場の混乱が生じた。外国銀行の資金調達が減少したことで銀行間市場の規模縮小も見られた。一方、国際金融資本市場での緊張が高まるなかで、日本銀行は政策金利の引下げや金融調節面での対応力の強化を行った。
株価の下落や景気の悪化は国内の銀行の自己資本比率や不良債権比率に影響を及ぼしている。もっとも、銀行の貸出総量は増加した。逆に、直接金融の機能不全を貸出が補ってきたといえよう。また、今回、中小企業の資金繰りの悪化は、景気後退の初期から始まっており、中小企業から見た金融機関の貸出態度厳格化は資金繰りの悪化に遅れて進んだ。こうしたことなどから、今回は97~98年のように信用収縮のために企業の資金繰りが悪化する状況には至っていない。ただし、今後、景気の厳しい状況が続くなかで、注意が必要である。
金融危機の家計へのバランスシートへの影響については、株式等の保有が少ないためアメリカなどと比べ軽微であった。ただし、我が国では高齢者が株式等のリスク資産を多く保有しており、この層に株価下落の影響が集中した可能性がある。個人消費の逆資産効果も比較的小さいが、高額品の消費に顕著な落ち込みが見られる。

●今回の金融危機では国際的な波及ルートが多面化

金融危機は、過去にもしばしば繰り返されてきた。世界大恐慌は、金本位制下でアメリカの不況が国際的に伝播して厳しいものとなった。アメリカのS&L危機、北欧の銀行危機は金融自由化・規制緩和を背景に生じた。また、アジア通貨危機やLTCM危機は資本自由化による急激な資金の流れの変化を契機としている。これらの金融危機の共通点としては、金融環境の変化の中で、金融機関による過剰なリスクテイクが行われていたことが挙げられる。また、それぞれの危機時において、当時の金融監督が不十分であったことが指摘されており、今回の金融危機についても同様のことが当てはまる。
一方、今回の金融危機が国際的に深刻な影響をもたらした背景には、内外の金融資本市場や実体経済の連動性が高まり、ルートが多面的になったことがある。まず、危機国の通貨の減価はその他の国の通貨の増価を意味する。今回は投資家のリスク許容度の低下もあって急激な円高が生じた。株価の連動性は高まっているが、特に、日本の株価はアメリカなどからの影響を一方的に受けやすい傾向がある。また、最近は、REIT市場が発達したため、それを通じた不動産市場への影響も目立った。
実体経済面の連動性も高まっている。この背景には、金融資本市場経由の影響に加え、新興国も含めた貿易を通ずる相互依存関係が深まっていることが指摘できる。特に今回は、震源地のアメリカ、それに準ずる欧州で大幅に内需が減少したが、バブル的な消費の消滅、消費者ローンや貿易信用など信用収縮の効果が加わって、新興国等も含めた輸入の減少が生じ、これが我が国にも影響を及ぼした。

●金融セクターの適切な規制、財政拡大への対応、保護主義の抑止が必要

今回の危機の背景には、アメリカの経常収支赤字と我が国を含む他の主要地域の黒字があった。過去の経験を踏まえると、危機後の財政再建にはかなりの時間がかかる。しかし一方で、アメリカは家計のバランスシート調整にも時間を要し、結果として経常収支の赤字幅が縮小する可能性もある。日本の輸出先市場としては、中国など新興国の内需への期待が高まるであろう。他方で、過去の危機後もそうだったが、内外の金融資本市場からの資金調達やM&Aの重要性が低下することはないと見込まれ、そうした活動を支援するインフラの発展が引き続き期待される。
過去に危機を経験した国のうちフィンランドやスウェーデン、韓国は為替レートの減価に助けられた面もあるが、対内直接投資や研究開発投資の推進等もあってIT関連製品に比較優位をシフトさせてきた。一般に、危機後にも生産性を高め、競争力を強化するためには、研究開発や人的資本への投資を怠らないことが基本である。我が国は不良債権処理を先送りし、「追い貸し」を通じて成長の芽を摘んできた苦い経験もあり、生産要素の移動の円滑化を図ることも重要である。
危機後を展望した政府のあり方としては、次の三点を指摘できる。第一に、金融システム上の重要な金融機関、金融資本市場、金融商品を適切な規制・監督の下に置くことなど、金融セクターにおける規制枠組の再構築が課題となっている。我が国も、国際的な協調の下で、こうした観点からの取組を進めていく必要がある。第二に、緊急避難的な財政拡大の後始末をどうするかである。過去において財政再建に成功した事例を踏まえ、戦略を組み立ていく必要がある。第三に、金融セクターでの規制見直しを進める一方で、実物セクターにはそれぞれ市場の特性があり、それらに適切に配慮し、全体として市場機能が最大限発揮されるよう、規制・制度の運用を行っていく必要がある。特に、緊急避難的な措置として、各国政府による様々な産業支援策が講じられているが、これらが隠れた保護主義とならないよう相互に注意していく必要がある。

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