平成18年度

年次経済財政報告

(経済財政政策担当大臣報告)

−成長条件が復元し、新たな成長を目指す日本経済−

平成18年7月

内閣府


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むすび


●長期化する景気回復
日本経済は、2002年初以来4年以上にわたり持続的な景気回復を続けている。これは、価格が持続的に下落するというデフレ状態にもかかわらず景気回復が長期化しているという点で過去に経験することのなかった特殊な局面となっている。
今回の景気回復は、単純な景気循環の動きだけでなく、バブル崩壊の後遺症として残っていた雇用・設備・債務の3つの過剰を解消する構造調整をともなったものであったという点でも従来の景気回復とは異なる特長がある。この構造調整の進展の結果、企業単位での効率性が高まり収益性が向上するとともに経済全体で見ても生産性の回復が見られた。
景気回復の持続期間の長さという点でも、今回の景気回復局面には注目が集まっている。4年以上にわたる景気回復期間は、二度の踊り場局面を挟む形になりながらも戦後の平均的な景気循環の中では比較的長い期間に分類される。景気回復の持続期間が長いことは、既に述べたような構造調整の進展により日本経済の柔軟性が増してきたことも一つの要因としてあげられる。ただし、過去に長期的な景気回復を記録したいざなぎ景気当時には二けたの成長率を記録したことと比較すると今回は平均成長率で2パーセント台の成長にとどまっている。いざなぎ景気当時の日本経済は様々な社会構造の変化を伴う高度成長を実現したことになるが、今回は成熟した経済が構造調整を通じて正常化した状態に回帰するというところに特徴があり、景気回復期間以外にも様々な視点から景気の多様な特徴を理解することが必要であろう。
2000年代に入ってからの世界各国の景気循環を比較してみると、相互に相関が強まる中で振幅が縮小している。こうした動きは、金融面も含めた世界的な経済の連動性の高まりとマクロ経済政策運営の緻密化などがその背景にあると推察される。

●景気回復の企業部門から家計への波及
今回の景気回復はデフレ下での構造調整を伴ったためその初期段階では専ら企業部門の体力回復が中心となった。そのため企業部門の回復の動きに比べて家計部門への波及が遅れ、景気回復の実感に乏しく家計部門から見ると依然として厳しい局面が持続した。しかし、景気回復が長期化する中で雇用情勢が回復し、家計所得の回復を背景として消費も増加基調が定着するなどようやく家計部門にも景気回復の恩恵が波及する状況となってきている。景気回復に占める消費の役割が高まっていることも今回の景気回復の特徴であり、安定的で持続的な景気回復を支える要因の一つとなっている。経済全体で見ても消費、投資、外需が回復する中で相互にバランスのとれた民需主導の景気回復となっている。

●デフレ下で実現した景気回復
今回の景気回復は90年代後半から続くデフレ環境の下での回復となった。理論的にはデフレは実質債務残高の増加、実質金利の上昇、名目賃金の下方硬直性などを背景に経済活動には負の影響をもたらすと考えられる。デフレ下での景気回復が可能となった背景としては、2000年以降にデフレ的な状況の改善が進む中で企業部門の体質改善等がデフレによる負の影響を相殺したということもあげられる。
さらに今回の景気回復局面を下支えした環境としては好調な世界経済の回復基調、金融再生の取組による信用不安顕在化の回避、量的緩和までも伴う金融政策運営を通じての低金利環境の維持などがあげられる。

●デフレ脱却に向けて
景気回復が続く中でこれまで長期にわたって持続してきた価格下落の状況にも変化が見られ、デフレ脱却へ向けた進展が続いている。物価の状況を示す各種経済指標の中でも消費者物価についてみると、原油価格の上昇など外部要因によるものなど特殊な要因を除いた部分は前年比でほぼ同じ水準にまで持ち直してきている。
実体経済面からの物価上昇圧力を判断するために各種の需給ギャップの状況や賃金などの費用面の動向をみることは有効な手法である。足元では、これらの指標は着実に改善を示しつつあるものの、まだばらつきがみられる。既に企業部門から見た財市場、労働市場における需給逼迫感が強まりつつあり、GDPギャップもゼロを上回る局面に入ってきている。一方、単位労働費用は下落幅が縮小しつつあるものの依然としてマイナスの伸びが続いている。
デフレ脱却は経済の正常化現象としてその実現が強く期待されている一方、それに伴う経済環境の変化にも留意が必要である。デフレが払拭された通常の世界では金融政策も正常化し正の水準の金利が復活することになる。これはゼロ金利状態が続いてきたこれまでの状況と比較すると金利上昇を意味し、それは家計部門、企業部門、財政部門に経済的な影響を及ぼすことになる。こうした金利上昇は経済の回復に伴う自然な動きである限り、その影響が経済全体に対して過度に回復の動きを阻害するような方向に作用することはないと考えられる。ただしこれまで日本経済の家計、企業、財政などの各部門は長期間にわたりゼロ金利の環境での経済活動に適応してきただけに、今後は金利上昇を踏まえた対応が求められると考えられる。

●企業部門と家計部門からみたリストラと経済構造調整
今回の景気回復下で、企業は雇用・設備・債務の3つの過剰の解消を目指し、厳しい企業努力を行った。雇用面では積極的にリストラを進めるとともに、設備投資を押さえる中で有利子債務の返済に努めることで企業体力の回復を図った。こうした動きは従来の日本企業の典型的な行動からはかい離した部分もあるように見えたかもしれないが、実際には企業が利潤最大化原理に基づいて最適な行動をした結果と理解できる。
実際に景気回復が持続する中でデフレからの脱却が近づく段階に入り、企業行動には変化がみられる。債務圧縮にめどがつきつつある中で設備投資面でもようやく前向きな動きも出始めている。
企業側からのリストラの動きは家計部門から見ると雇用形態の多様化という現象として現れた。デフレ下では名目賃金の下方硬直性が原因となり失業の急速な増加が懸念されたものの、実際には失業の増加による深刻な事態は回避された。これはフルタイム労働者の賃金引き下げや正規雇用者の雇用削減に加えて、非正規雇用者が増加することで平均賃金が低下することで失業の増加が緩和されたためと考えられる。雇用形態を見ると、リストラが進展した初期の局面では、特にパート労働者の比率が上昇し、これも平均賃金を押し下げる方向に作用したと考えられる。
しかし既にみたように景気回復が続く中で企業部門での業績の回復の好影響は家計部門にも波及しつつある。雇用面で見るとフルタイム労働者が増加しており、正規労働者の減少幅も縮小しつつある。こうした動きはマクロベースで見た雇用者所得の増加、家計消費の増加基調などに現れてきている。

●厳しさが増す国際競争と日本型経営の可能性
日本企業は構造調整を通じて効率化を進めてきており、設備投資や財務面での行動原理を見ると欧米諸国の企業とそれほど大きな違いはないような状況となっている。ただし、ROAでみると日本の企業は海外企業に比較して低い水準にとどまっていることは特徴となっている点には留意が必要である。こうした点については、株主からの監視圧力が日本では弱いことが指摘されているが、近年では、株主重視の姿勢が強まる中で資本効率も上昇している。
企業をその経営面から見るといわゆる「日本型経営」の特徴としては、終身雇用制と年功賃金制を組み込んだ内部組織、企業内部出身経営者と銀行を中心とする企業統治、企業間の長期的な取引関係などがあげられる。こうした特徴は構造調整を経た後もある程度多くの日本企業に共通した特徴として確認できる。
日本の企業を国際的な競争という視点から見ると、技術的集約度の高い製造業などでその強さを発揮しているといえる。こうした条件は技術力の優位性とともに企業内部の人的資本の充実がかぎとなる。
日本型経営と実際の企業の実積との関係をみると、従業員重視型の日本型経営を採用している企業では良好な資本効率を示している。日本型経営は成熟した企業に比較的よく現れる傾向にある。経済がデフレを脱却して正常化するに従いこのような企業もリストラや負債圧縮を完了して、従来の日本型経営からえられる利点を享受する可能性が高まるものと期待される。

●経済環境の変化と家計部門の経済的格差
今回の景気回復局面の初期段階では企業の厳しいリストラが実行された一方で、企業収益回復の効果が家計部門に波及するまでに時間がかかったことなどから、雇用面で厳しい立場におかれた人々に注目する形で経済的な格差の議論が高まりを見せた。
経済的な格差の動向については今回の景気循環期間に限定せず、より中長期的な構造的な現象として解釈することでより深い理解が可能となると考えられる。そのような観点から所得格差の動向を見ると、過去20年程度を通して日本社会全体の経済的な格差を示す統計指標は上昇傾向にあった。しかしながらこのような歴史的な所得格差の拡大は高齢化の進展という人口構造の変化による部分が大きいと考えられる。所得分布から見た経済的な格差は年齢が高い階層ほど高く、高齢化の進展によって高齢者の比率が高まるにつれて社会全体の格差を押し上げる方向に作用する。他方、同じ年齢階層内部の格差の程度には大きな変化が見られなかった。
経済的な格差を示す経済指標はそれぞれの統計の持つ特性があるため、多様な指標を総合的にみながら格差の動向について判断する必要があることに留意すべきである。経済的な格差を示す統計指標であるジニ係数、貧困率などは算出の根拠となる統計によって異なる水準、異なる動きとなることもあり得る。格差関連の統計指標の一層の充実が期待される。
格差の評価については、平均所得が低下する中での格差の縮小と、高所得者層の所得拡大による格差拡大など単純な比較が難しい場合もある。政策課題として取り組むべき課題は経済的な弱者におかれた人々への対応であり、統計指標としての格差指数の縮小そのものを政策目標として設定することには注意が必要である。

●対応が必要な若年層での格差拡大
家計単位での格差拡大の主因が高齢化によるのであるとしても、若年層に限定してみると格差が拡大していることを示唆する分析結果が得られる。若年層での経済的な格差の拡大は実際には家計単位では明確には確認できない場合でも、将来的には挽回することが困難な格差に至るおそれもあり、十分な政策対応も望まれるところでもある。しかしそれは単純な所得補てんなどによる格差解消ではなく、若年層が雇用につくことを支援するような、積極的な雇用調整支援策が望ましいと考えられる。

●人間力強化に向けての取組
少子高齢化による人口減少に対する対応としては人間力を高めることで労働の質の向上を図ることに対する期待が一段と高まっている。人的資源の質の向上という観点からは教育は重要な要素であり、基礎的な学力の着実な取得とともに大学や専門学校でのより高度な能力の取得が重要な役割を果たしてきた。
同時に就職後に職場などで経験する様々な職業訓練が人間力の向上に果たす役割も大きい。これまでの日本的な経営を重視する企業は職場におけるオン・ザ・ジョブ・トレーニングを重視活用する傾向が強かった。
企業が厳しいリストラを実施する中で非正規雇用の増加傾向が定着した。これを反映する形で企業が職業訓練を企業側の責任で、企業内部で実行する傾向が弱まるという現象が見られた。企業は労働者が自らの責任で職業能力を身に付けることを期待する傾向が強まり、こうした動きは非正規労働者がより厳しい環境におかれることを意味する。
景気回復が持続し、デフレ状態が解消され経済が正常化するにつれて正規労働者の比率が回復するような状況になれば、企業の職業訓練に対する姿勢にも変化が生じる可能性はある。一方で、自らの人間力の向上を目指して積極的に取り組む個人も増加している。こうした意欲的な個人向けに充実した訓練機会を提供することは経済全体の活性化につながる重要な政策課題といえる。


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