第2節 人口の波と家計行動への影響

第1節で概観したような2007年に我が国に訪れる「人口の波」、とりわけ団塊世代の定年退職年齢への到達は、人口構成や世帯構成の変化を通じて、消費、貯蓄、住宅投資、金融資産運用などマクロでみた家計行動を大きく変化させるものであり、団塊世代の第一陣が65歳以上に達する2012年以降という遠からず到来する本格的な高齢社会におけるマクロ経済の在り方を占うものでもある。本節では、年齢階級や生まれ年別にわけた世帯プロファイルによる消費・貯蓄行動や住宅選好、金融資産ポートフォリオ選択等の分析を通じて、人口・世帯構成の大きな変化がマクロ経済にどのような影響を与え得るかについて考察するとともに、本格的高齢社会の到来に向けた医療・介護保険制度やいわゆるリバース・モーゲージにおける課題等を整理する。

1 人口の波と消費の構造変化

団塊世代の引退年齢への到達をはじめとする人口・世帯年齢構成の変化は、ライフサイクルごとに家計の消費に対する選好が異なることから、マクロの消費構造にも大きな変化をもたらす。近年の消費動向は、過去と比べ景気との連動性が小さいサービス消費の拡大や高齢化の進行により個人消費と雇用者所得との関係が弱まっており、人口動態の変化等がこうした傾向をより強めるのかどうかを検証することは重要である。ここでは、近年の消費性向の動向とその背景、年齢別・世代別の効果に分けた消費性向や消費構造の変化、意識調査からみた年齢別の消費意欲、インターネット消費に代表される消費場所の変化についてみていく。

 高年齢層、サービス消費等にみられる消費性向の伸び

まず、年齢階級別の平均消費性向(消費支出/可処分所得)の動向を確認する。ここ数年で高まりをみせているマクロの消費性向は、世帯主年齢構成の変化というよりも、これを除いた世帯ごとの消費性向の上昇によるものであるが、その中でも特に団塊世代を含む50歳代と60歳代の伸びが安定して高いことが分かる(第3-2-1図)。消費性向の水準は総じて高年齢層において高い傾向があるが、ここ数年は団塊世代を含む50歳代や60歳代の勤労者世帯、高齢者無職世帯において、後述するような保健医療関連支出に加えて、旅行など教養娯楽、交通・通信や食料といった分野を中心に伸びが大きいという特徴がみられる(第3-2-2図)。特に、サービスへの支出は全ての年齢層の消費性向の上昇に寄与している。高年齢層の消費性向の高まりの背景には、消費支出の増加よりも可処分所得の減少によるラチェット効果を反映した面があることに留意する必要があるが、高齢者無職世帯や若年世帯においては消費支出の伸び自体が消費性向の上昇に寄与している(付図3-9)。

 消費性向は生まれ年の遅い世代ほど低下傾向

次に、年齢別や世代別の消費構造の変化をより詳細にみるために、家計調査を用いたコーホート分析という手法により、年齢階級、生まれ年で分けた世帯属性ごとの特徴をみる。コーホート分析とは、年齢階級別のデータが時系列で把握可能な統計を用いて、各データを年齢効果、世代効果、時代効果に分ける手法である。ここで1年齢効果とは時代や生まれ年の違いを超えて、年齢階級というライフサイクルに応じた影響を示すもの、2世代効果とは生まれ年の違いによって表れる影響を示すもの、3時代効果とは、年齢効果や世代効果を超えて景気変動等その時代に各世帯共通にみられた影響を示すものである12(同手法の概要や推計方法については付注3-3を参照)。

第一に、家計調査の勤労者世帯結果を用い、平均消費性向についてコーホート分析を試みた(第3-2-3図)。ここで、時代や生まれ年の違いによる影響を取り除いた年齢効果を取り出すと、若い年齢層と高齢者層で消費性向が高く、その周辺の年齢層では低下するが、40歳代後半から50歳代前半にかけて若干ながら盛り上がる「W字型」となる。これは、ある年齢までは貯蓄を積み増していくため平均消費性向が低下するが、それ以降は貯蓄の取崩しが始まるというライフサイクル仮説とおおむね整合的なものとなっている。一方、年齢や時代の違いによる影響を除いた世代効果をみると、団塊世代より後の世代では低下し、団塊ジュニア世代で底を打った後若干ながら反転するという姿となる。こうした世帯プロファイルによる消費性向の違いを前提に、今後、団塊世代がさらに高い年齢層に入る2010年頃の消費性向の姿を将来世帯数推計等の一定の仮定のもと展望すると、2000年代に入って上昇に転じているマクロの消費性向は、団塊世代がより消費性向の高いグループに移行していく効果もあって、さらに上昇していくことが示される。

 基礎的消費から娯楽・健康系、財からサービスへ

第二に、人口・世帯の年齢構成の変化による消費の構造変化をみるために、家計調査の主要な支出分類に基づいて、各種の支出が各世帯の消費支出全体に占めるウェイトについてコーホート分析を行った(付図3-10)。ここでは、高齢者無職世帯を含む幅広い世帯の消費行動についても考慮に入れるため、家計調査の全世帯結果を用いる。主だった試算結果についてみると、年齢効果では、外食や衣料品等において相対的に若い年齢層の支出ウェイトが高いことが確認される。一方、比較的高年齢層において支出ウェイトが高い品目としては、住宅リフォームを含む設備修繕・維持や交通・通信に加えて、デジタル家電や旅行・文化等を含む教養娯楽関係が着目される。また、その中間の年齢層では、働き盛りの層を含むこともあり、子どもの塾等(補修教育)を含む教育分野での支出が特に高くなっている。また、世代効果についてみると、1食料品全体で世代が若いほど支出ウェイトが低くなる一方で、「中食(なかしょく)」に代表される調理食品は世代が若いほど消費が高くなっていること、2衣料品は、趨勢的な減少傾向を反映して若い世代ほど消費ウェイトが逓減していること、3携帯電話の利用を中心に通信支出が若い世代ほど高まっていること、4団塊ジュニア世代を含む1971~75年生まれ世代では教育や教養娯楽のウェイトが周辺の世代よりも若干高い等の特徴がみられる。

このように、特に教養娯楽については、耐久財やサービスを問わず近年になるほど、また世代が若くなるほど支出ウェイトが高まる傾向にある。またライフサイクルでみると高齢層では年齢効果が高い(第3-2-4図)。こうした結果をもとに、消費性向の場合と同様に一定の仮定のもと2004年から2010年頃までの消費支出ウェイトの変化の方向をみると、後述するように保健医療関連のほか、財では教養娯楽用耐久財が、またサービスでは旅行等の教養娯楽サービスや通信を中心にシェアが高まるなど、全体として財からサービスへ、基礎的な支出から娯楽・健康系へという流れが一層進展することが示される。

 高年齢層や団塊女性に強い旅行、健康に関する消費意欲

以上のコーホート分析による今後の消費マーケットの変化は、統計で把握される過去の趨勢に基づくものである。このため、消費者の今後の消費支出に対する意識の面から将来の消費構造の変化を捉えることも必要である。2005年3月に実施された内閣府のアンケート調査(以下、消費者サーベイ13という。)では、消費者本人に対して、「今後、積極的にお金を使いたい分野」について質問している。これによると、50歳代や60歳以上の高齢者は旅行や健康・医療、介護等への選好が強い一方、20歳代の若年層では衣料品のほか生活の基盤となる家具・家事用品、自動車あるいは自己啓発のための教育、趣味といった分野での消費意欲が高い(第3-2-5図)。

団塊世代を含む50歳代後半を抽出してみると、旅行や趣味、健康・医療関係への選好が高いなどその前後の世代との間で大きな差はないが、今後訪れる退職後の生活を見据えたリフォーム等の住宅関連への消費意欲が相対的に強くみられる(付図3-11)。また、男女別にみると、女性は旅行や食料品、健康関連、衣料品といった項目で男性よりも支出意欲が高い。周辺の年齢層と比較しても旅行や衣料品に対する選好が高く、本人や配偶者のリタイア後を見据えた団塊世代女性の元気な消費者像が窺える。一方、団塊ジュニア世代を含む30歳代前半については、その前後世代と同様ライフサイクルを反映した子ども向けの教育に加えて、趣味・旅行といった項目への意欲が相対的に高い傾向があるものの、貯蓄への関心が強いことも示されている(付図3-11)。

 インターネット経由の消費は拡大するも、普及にはいまだ余地

また、近年の消費の構造変化の一つとして、財からサービスへという流れに加えて、消費場所の変化、つまり小売店等からインターネット販売(オークションによる取引を含む)へのシフトが指摘される14。財・サービスを含む消費者向け電子商取引(BtoC)の市場規模は年々拡大しており、2003年時点では前年より65%超増加の4.4兆円(消費支出の1.6%)にまで至っている(第3-2-6図)。内訳をみると自動車等が安定的なシェアを占めている一方で、不動産などの各種サービスの占めるウェイトが大きく、旅行予約やエンタテインメントなどと並びこのところの伸びも大きい。また、インターネット・ショッピングの取扱高等はこの3年近くで2倍以上に拡大し需要側からみた消費に占めるインターネット利用額についても堅調に増加しており、こうした消費は近年の消費支出の増加にある程度寄与している可能性がある。

インターネットによる消費が年代別でどのように異なるかについてみるために、消費者サーベイではインターネット購入の利用の有無、購入品目、購入頻度や金額を調査している。これによると、全体では3割以上の人々がインターネット購入の経験を持っているが、年齢別では若い年齢層ほど利用経験があり、60歳以上の高齢層では10%強が利用しているにとどまる(第3-2-7図)。男女別にみると女性は若い層での利用経験が高い一方で、男性の方が比較的高い年齢層での利用経験がみられる。他方、利用頻度は年2、3回程度が最も多く、購入金額も高いものとはなっていない(付図3-12)。インターネット普及のトレンドともあいまって、インターネットを利用した消費は増加しており、商品の選択肢の拡大や24時間いつでも利用できるという利便性の高さから消費額の増加にもある程度寄与しているという指摘15もあるが、消費全体に占めるウェイトとしてはまだ拡大の余地があるものと考えられる。

コラム4 高齢化によって消費スタイルは変化するか

ここでは高齢化など人口構成の変化によって、消費の「出口」つまり販売形態に変化は生じるかを考える。例えば、高齢者は若年層と異なり自宅から遠い百貨店等での買い物よりも、近場の個人商店等での買い物の頻度が高いかもしれない。「消費・貯蓄行動と国民負担に関する意識調査」(2005年)では代表的な品目として消費支出の3割程度を占める食料品と衣料品について百貨店やチェーンストア、通信販売等それぞれの販売経路においてどの程度の頻度で消費が行われているかを調査している。これによると、例えば食料品では、60歳以上の高齢者は、60歳未満の世代に比べて、スーパーや個人商店での買い物の頻度が高い一方、コンビニエンスストアの利用頻度は低い。他方、団塊ジュニア世代以降の若年層については、年齢の高い世代よりもスーパー等での頻度が低く、コンビニでの頻度が高くなっている。また衣料品については、60歳以上の高齢者は、若い年齢層に比べチェーンストア以外での購入頻度が低いのに対し、団塊ジュニア世代までの若年層では、百貨店、個別専門店、古着屋等を比較的よく利用しているという姿が窺われる。団塊の世代を含む50歳代については、60歳以上と大きな違いはみられないが、通信販売や古着専門店での衣料品の購入頻度が高いことに加えて、コンビニを利用した食料品の購入が相対的に高い。

このような出口の差異は、勤労者が多い年代の方が帰宅が遅くなるためコンビニをよく利用するという年齢効果によるものなのか、世代特有の効果によるものなのかは判別できないが、団塊世代の高齢化等の人口動態の変化によって、消費の「出口」についても何らかの構造変化が起こる可能性を示唆しているといえよう。販売側であるコンビニエンスストア業界も生鮮食品を主力とする100円コンビニの参入を始めるなど高齢化も視野に入れた対応を図る動きが出てきている。

コラム表4 消費の場所としての頻度(年齢による違い)

 団塊世代の退職と消費-消費マーケットの活性化に向けて-

団塊世代の定年退職という人口動態の変化は、消費の絶対額が大きい50歳代の世帯数が減少するという意味で消費全体の下押し要因となる一方、消費性向の高い60歳以上の高齢層を増加させるという点では消費の下支え効果を持つ。ただし、消費額が相対的に少ない高齢単身世帯の増加はマクロの消費を押し下げる要因にもなる。一方、団塊ジュニア世代がライフサイクルを上り、世帯当たり消費額の高いグループに移行することにより、消費の押上げ要因となり得る。これらの効果をネットでみれば、人口の波という要因のみで、今後の消費額や一人当たり消費額は世帯主年齢構成の高齢化や単身世帯の増加等を受けて伸び率が低下していくこともあり得る(付図3-13)。こうした人口要因による消費抑制効果を相殺していくためには、構造改革等を通じた経済全体の生産性向上による所得の増加が何よりも重要である。

また、上にみたような年齢階級等の世帯属性ごとの消費選好や団塊世代の需要を踏まえれば、健康関連や旅行を含む教養娯楽サービス、娯楽用家電等の消費ウェイトがある程度伸びていくことが期待される。一方、今後の人口の中核となる団塊ジュニア世代は、1コーホート分析によると消費性向の世代効果が相対的に低く、2消費者サーベイの結果からみても貯蓄への性向が周囲の世代よりも高く、また家電等の一部の選択的消費に関しては今後の消費意欲が必ずしも高くないという姿がみられる。こうした選択的な消費については、たとえば日本銀行の「生活意識アンケート調査」によると、消費支出を増やした大きな理由の一つが「欲しいものがあったから」とされているように、魅力的な新規製品やサービスの開発それ自身が需要を喚起するという側面がある。経済全体の生産性の向上や、新製品・サービスの開発による消費需要の喚起を促す源泉の一つは企業のイノベーション活動であり、人口制約の強まりや高齢化の進展の中では、その役割も重要となる可能性がある。

2 高齢化と医療・介護の課題

前項では、人口動態の大きな波の中で、マクロの消費構造が大きく変化し得ることを示したが、団塊世代の定年退職など高齢化が進む中で、着実に増加すると見込まれるのが医療に関する消費である。コーホート分析からみると今後も保健医療関係の消費のウェイトが高まることが予想される(前掲第3-2-4図(2))。同分野の消費の大宗を占める入院費用や外来診療費用等の保険医療サービスをみると、年齢階級によるばらつき(年齢効果)は小さくないが、65歳以上の高齢者の年齢効果は20代後半のそれと大きくは異ならない(付図3-14)。これには、家計調査の保険医療サービスにはいわゆる保険診療の自己負担分及び保険外診療の負担分のみが記録されており、老人保健制度の対象となる高齢者の自己負担割合が相対的に低いことが影響している。

 現実ベースでは保健医療関係の支出は急増

そこで、医療に関する家計の現金支出だけではなく、公的保険制度からの移転支出についても考慮するため、国民経済計算における家計の現実最終消費という概念を用いて医療消費の実態をみる。家計の現実最終消費とは、現金支出に公的保険からの支払など政府や非営利団体からの移転支出を加えた概念である。この概念を用いて、家計の保健・医療消費の消費全体に対する比率をみると、90年代後半以降上昇し続けた結果、2003年度時点では約11%の水準となっており、他の分野と比べてもそのウェイトは大きい(第3-2-8図)。90年代後半に医療消費のウェイトが高まった背景には幾つかの要因が考えられるが、主に1経済の低迷を受け、家計の現金による消費である最終消費支出が伸び悩む中で、必需品としての要素の強い入院サービスを中心に国民医療費が相対的に堅調に推移したことに加え、2受療率が50歳前後を境に年齢を追って幾何級数的に上昇する性質から、人口の大きい団塊世代の高年齢化が国民医療費の増加に寄与し始めていること(第3-2-9図)や3後に述べるようにサプリメントに対する支出など選択的な健康支出が、医療消費全体からみると依然限られた水準であるものの、高齢者層を中心に消費に占めるウェイトを高めてきたこと等があると考えられる。

 マクロの医療費は高齢化以外の要因で将来も増大する可能性

医療関係の現実消費の大宗を占める国民医療費は、単に高齢化という人口構成の変化だけでなく、高齢者を中心とする一人当たり医療費の動向に大きく左右されることに留意する必要がある。この点を将来の医療費を推計することによってみる。一人当たり医療費に一定の仮定を置いて将来の医療費を試算すると16、団塊世代が65歳を超える2015年には現在の1.3倍程度17、また、この世代が75歳の後期高齢者層に入った後の2025年には現在の1.5倍以上となる(第3-2-10図)。この医療費の上昇を年齢グループ別、入院・外来別に要因分解すると、入院・外来を問わず高齢者の寄与が最も大きい。このうち、どの程度が年齢構成の変化によるものかを確認するため、試算の比較対象として、年齢階級ごとの一人当たり医療費を2002年度時点で固定し18、年齢構成だけを将来推計人口をもとに変化させたもの(ベンチマーク・ケース)を試算したところ、医療費は2020年頃のピークまで増加を続けるが、その後は人口減少の影響を受けて減少に転じるという結果になる。これら2ケースの差は、単なる高齢化以外の要因、つまり、高齢者を中心とする過去の一人当たり医療費のトレンドによるものと解することができる。

 老人医療費の拡大は将来の負担を増加

我が国の公的医療制度は世代間の相互扶助に基づくものであることから、医療費の増加が経済成長率を上回るペースで続いていくような場合には、今後負担を増大させる原因となる。生まれ年別に分けた各世代の生涯にわたる社会保障給付や行政サービス等の政府部門からの受益総額と税・社会保障負担等の政府部門に対する負担総額の関係をみる世代会計の手法を用いて、仮に現行の制度が維持されると仮定した上で、医療費が経済成長率と同程度で増加する場合についてみると、例えば2003年度時点で60歳以上の世代は生涯でみて約4,900万円の受益超となるのに対し、同時点で20歳代の世代は約1,700万円の負担超となるものと試算される(第3-2-11図(1))が、ここで、仮に医療費のうち老人医療費のみが経済成長率よりも高く伸びていくことによって、2003年度時点で20歳以上のすべての世代の受益総額がどの程度変化するかを2003年度価格で評価すると19全体で約150兆円と試算される(第3-2-11図(2))。世代会計の手法を用いた生涯の受益・負担の試算は、経済成長率や金利水準などの前提によって結果が変わり得るものであることに留意する必要があるが、試算は、現行制度の下で老人医療費が経済成長以上のペースで拡大していけば、各世代の医療費の受益は増大するため、これを賄うには保険料率の引上げ等という形で現役世代並びに将来世代に対して多大な負担を発生させることになることを意味している。医療制度の世代間バランスを悪化させないためには、後述するように老人医療費を中心に可能な限り医療費の伸びを抑制するとともに、2008年度に予定されている高齢者医療制度の導入に際しては、高齢者による保険料負担を確保し、現役世代からの移転が過大なものとならないようにすることが必要である。

 国際的にみて高い供給誘発要因

我が国の医療費やサービスの利用状況等を国際比較すると、医療費は国際的にみてまだ低い水準にとどまっているものの、医療の供給サイドに幾つかの課題もみられることが分かる。OECD“Health Data”(2004年)を用いて医療費のGDP比の推移を比較すると、日本は医療支出が上昇する傾向にあるが、アメリカやフランス等と比べると相対的には低い位置にとどまっている(第3-2-12図)。一方、国民一人当たりの医療支出でみるとフランスやスウェーデンよりも高い。特に、一人当たり外来受診回数20や平均在院日数等は先進国の中でも圧倒的に高い水準にあり、CTスキャナーやMRI(磁気共鳴診断装置)など技術集約的な高額医療機器の設置台数(人口100万人当たり)も我が国は抜きん出て高く、過去と比べても各国との格差が是正されているとはいえない。こうした状況は、後述するように供給誘発要因というチャネルを通じて我が国の一人当たり医療費を押し上げている可能性を示している。

 「選択的」医療支出のニーズは小さくない

一方で、我が国は潜在的に保険適用外の分野での自発的・選択的な医療消費が小さくない。例えば、各国の医療支出を負担主体別にみると、社会保険制度を主体とするフランスやドイツでは我が国と異なり民間保険による支出もある程度のシェアを占めているが21付図3-15)、我が国でも生命保険の給付額のうち医療保険給付(入院、手術)が国民医療費自己負担額の17%程度を占め、成人人口ベースでみた普及率は7割を超えると言われるなど、民間の提供する医療保険を通じた社会保険適用外の医療サービスに対する潜在的な需要は大きいことが指摘されている。

これに関連して、家計の保健医療消費の内訳をみると、健康・予防を志向した選択的な部分が小さくないことが分かる。ここでは例として、サプリメント等の健康保持用摂取品の購入の動向をみると、医療消費支出に占めるウェイトはまだ10%程度ではあるが趨勢的に増加傾向にある(第3-2-13図)。特に50歳以上の高年齢層ではその伸びが近年大きくなっており、団塊世代より若い世代も消費が旺盛であることから(前掲付図3-14)、今後も高年齢者を中心に、健康維持や予防など選択的な医療関連についての強い支出意欲が期待される。

 医療費抑制に向けた課題

高齢社会を迎えるなかで、このように健康や予防等のための自発的・選択的な医療関係消費が増加することはむしろ望ましいことである。一方、我が国の国民医療費は国際的にみると決して高い水準にあるわけではないものの、高齢者の一人当たり医療費の伸びや受療率の動向によっては、老人医療費を中心に今後も医療費の増大が続き、将来世代に負担が重くのしかかることが懸念される。老人医療費に関しては、都道府県別にみると最も高い福岡県と最も低い長野県で1.5倍の格差が存在するなど、地域間のばらつきが依然として強く存在することが知られている。そこで、医療費抑制の課題をみるために、都道府県別の一人当たり老人医療費の水準について回帰分析を行うと、人口当たりの病床数やCTスキャナー等の高額医療機器等の供給要因が老人医療費を押し上げる方向に働いていることがわかる(第3-2-14図)。こうした背景として、医療には、一般的にサービスの需要者としての患者と供給者としての医療機関の間に情報の非対称性(医療機関に医療に関する圧倒的な知識がある一方、患者側の知識が乏しい状態)が存在することを背景に、出来高払制を基本とする我が国の診療報酬制度を通じて、医療供給者側に必要以上の医療サービスの提供を行うインセンティブが働くことがあるためと考えられる。こうした点を踏まえれば、今後、老人医療費を中心に国民医療費の抑制を図っていくためには、1診療報酬制度について、医療の質の維持に配慮しつつ、疾病の特性及び重症度を反映した包括評価を進めるため、診療群分類別包括評価(DPC)22の影響の検討を進めることや、2健康診査の結果を踏まえた保健指導やレセプトのチェックなどの保険者機能23を強化していくこと、3電子カルテや電子レセプト等医療のIT化の推進等が重要であろう。

 高齢化に伴い介護保険給付も増加

家計の保健医療消費には、医療保険にかかる支出や健康関連支出に加えて、介護保険制度を通じたサービス利用も含まれる。2000年の介護保険制度の導入以降、制度が高齢者層に広く浸透し、要介護認定者数や介護保険給付の増加が続くなかで、第1号被保険者(65歳以上)の一人当たり介護給付費も増加を続けている。この要因を要介護認定率、一人当たり居宅介護給付費、居宅介護利用者数、一人当たり施設給付費及び施設利用者数に分けると、被保険者のうちどの程度が要介護認定されているかを示す「認定率要因」が常に最も大きく寄与している。利用関係別にみると居宅介護はプラス要因となっているが、施設介護は居宅介護との均衡を図る政策や2003年度の施設介護報酬の引下げが影響したこと等から近年はマイナス寄与に転じている(付図3-16)。

このように介護給付費の増加は、要介護者の認定率の伸びによるところが大きく、運用上の問題を反映していることを示している。ここで老人医療費と同様に、都道府県別の第1号被保険者一人当たりの介護費用を、後期高齢者比率、介護施設定員数等に加え、要介護認定者に占める比較的軽度の認定者(要支援及び要介護1)の割合で回帰すると、施設定員の要因に加えて、軽度の認定率が一人当たりの介護費用に有意に関係していることが示されており、要介護認定の厳格化や要介護状態等に陥らないための事前予防策の強化等の課題が浮かび上がる(第3-2-15図)。

また、介護給付費の増加等により、都道府県の財政安定化基金からの貸付を受けている保険者は、2002年度末時点で全ての保険者の26%程度存在する(付図3-17)。2003年度以降、第1期事業期間(2000から02年度)に財政安定化基金からの貸付を受けた保険者は、基金への返済分を保険料に上乗せしているが、返済による保険料の上昇が大きくなる場合には返済期間を延長するという特例が認められている。このような措置は保険料の増加が将来世代に先送りされるなどの問題があるとの指摘もある24

 介護保険制度の消費刺激効果は限定的

次に、介護保険制度の導入が家計の費用負担の軽減を通じて消費・貯蓄行動に与えた影響についてみてみよう。2000年度の制度導入時には、新たに保険料負担が発生する一方で、1保険でカバーされた介護サービスを利用する際には自己費用負担が利用額の1割に抑えられるようになったため、介護に要する期待コストが低下することから現役世代の介護に備えた資金準備が抑制されること、2公的保険制度の導入によって将来の費用負担に関する不確実性や不安感が緩和されることを通じて「予備的貯蓄」が抑えられること等から、消費拡大へ寄与する効果があると期待された。

介護保険制度の導入によって、実際に家計の不安感が払拭されているかどうかに関して金融広報中央委員会の「家計の金融資産に関する世論調査(2003年)」によると、介護費用に関する不安が減ったとしている者はわずかとなっている。また、介護保険が導入されてからの老後の生活に備えた貯蓄については、多くの年齢層で貯蓄を減らさない、あるいは増やすつもりであるといった回答が多くみられ、制度の導入によって家計の不安感や貯蓄が必ずしも緩和されたとはいえない状況にある。

次に、不安の要因や性質について詳細にみるために、内閣府の消費者サーベイの結果をみると、介護費用に関する不安について、程度の差はあるものの、回答者の9割近くが何らかの不安感を持っている(第3-2-16図)。不安の程度を、各回答者の世帯属性で回帰すると、高年齢層や、所得や手持ちの資産額が少ない層ほど不安を感じる程度が強いという状況が窺われる。不安の理由としては、「将来、利用者負担が引き上げられると見込んでいる」に続いて、「必要な介護サービスを賄えない」や「制度の内容がよく分からない」の割合が多い。後者については若年層ほど割合が高い点に制度の認知不足の影響をみることができるが、前二者については幅広い年齢層で高い水準となっており、制度の維持可能性に対する不安感が根強いものであることを示している。

さらに、介護保険制度の導入が消費の喚起に働いたかをみるために、同調査では、介護に備えた資金準備を行っている人及び今後行うつもりの人に対して、介護保険制度の導入によって、資金準備に要する負担が軽減されたか否かを調査している。これによると、35%ほどが「わからない」と回答していることに留意する必要があるものの、負担が減ったとしている割合は低くとどまる一方で、負担が増えた、あるいは変わらないとしている者の割合がいずれの年齢層でも相対的に高くなっている。

こうした結果は、介護保険制度の導入によって、社会的入院25の是正による医療費抑制の効果はある程度あったと考えられるものの、将来の制度の持続可能性への懸念を中心に、国民の介護に関する不安の解消や、これを通じた予備的貯蓄の抑制には必ずしもつながっていないことを示している26。先にみたような介護給付費の拡大傾向を踏まえれば、今後の介護保険制度の運営に当たっては、必要なサービスは維持しながらも、自立支援の徹底を目的として介護を要する状態に陥いることや重度化することを極力回避するという観点からの介護予防策の充実、施設と居宅の利用者の公平性の観点から居住費・食費を保険給付外とする施設給付の見直しの実施、地方自治体の保険者としての機能の強化等により、介護給付の効率化を図りつつ制度の維持可能性を高めていくことが必要である。

3 高齢化による家計貯蓄率の低下と金融資産市場への含意

 マクロの貯蓄率は高齢化で低下傾向を続ける

前節では、将来の介護費用の負担に関する不安感が払拭されない限りは予備的動機によって貯蓄が維持される可能性があることを述べたが、一方でライフサイクル仮説の下では、団塊世代の引退年齢への到達など人口構成の高齢化は、勤労者が少なく、貯蓄を取り崩して消費に回す高齢者の増加を通じて、それ自身マクロの貯蓄率を押し下げる効果を持つ。こうした影響により2010年頃までにはマクロの家計貯蓄率がゼロ%を下回るという指摘もある27。こうした見方を複数の観点から検証してみよう。

第一に、上述した家計調査のコーホート分析を援用する。消費性向の項でも述べたとおり、貯蓄率の年齢効果は年齢を追っておおむねM字型となり、40歳前後をピークに高齢の層ほど貯蓄率は低くなる。世代効果をみると、団塊世代周辺の世代では大きな変化はないが、生まれ年の遅い世代であるほど貯蓄率のベースが高くなっている。こうした結果から、団塊世代の定年退職を挟む2010年頃のマクロの家計貯蓄率を見通すと、世帯主構成の高齢化という年齢効果の影響を強く受けて、2004年の25%程度の水準から22%程度まで低下するという結果になる(前掲第3-2-3図。同図は平均消費性向を表したもの)。

ここで家計調査における貯蓄率をみる場合には、これが勤労者世帯の貯蓄概念であることに注意する必要がある。つまり、ここでカバーされている高齢者は勤め先の収入のある高齢者世帯のみであり、公的年金を主たる所得の源泉にしている高齢者等は含まれていない。高齢者無職世帯の貯蓄率の動向をみると、高齢勤労者世帯のそれに比べて低いのはもちろんのこと、統計が利用可能な1990年以降貯蓄率はマイナスで推移し、かつそのマイナス幅は大きくなっている(第3-2-17図)。その結果、高齢勤労者世帯の貯蓄率はプラスを維持しているのに対し、これらを合わせた高齢者貯蓄率は2000年以降マイナスで推移している。つまり、高齢者層の就業率に目立った上昇がなく将来の高齢者層に占める無職世帯の割合が現在の水準(約49%)と大きく変わらないとすれば、人口構成の変化は、マクロの貯蓄率を先の試算値よりもさらに押し下げる可能性があることを意味する。

そこで、第二に、家計貯蓄率の長期均衡を推計し、コーホート分析とは別のアプローチから貯蓄率の動向を見通してみよう。ここでは貯蓄率として国民経済計算の家計貯蓄率を用いる。国民経済計算の家計貯蓄率とコーホート分析で推計した貯蓄率には、前者は無職世帯等もカバーしているほか、持ち家の帰属家賃が考慮されている分、貯蓄率が低くなる等の相違があるが、これらの概念上の相違を除けば両者はおおむね同様の動きをたどると考えられる。ここでは、まず貯蓄率の過去の推移を説明する長期均衡関係を、高齢化を示す変数である従属人口比率や金融資産残高、金利水準、一般政府の貯蓄投資差額を用いて推計する。これらの変数間には共和分の関係が成り立ち、貯蓄率の低下は、それぞれ金融資産の上昇(資産効果)、一般政府貯蓄投資差額の増加(クラウドアウト効果)、金利の低下(異時点間の代替効果)、そして従属人口比率の上昇(高齢化効果)と有意な関係があることが確認できる28。このような長期均衡関係を用いて、将来の人口要因のみを考慮し、団塊世代の定年退職を挟んだ2010年頃までの貯蓄率の推移をみる。貯蓄率の動向については、長期的な要因だけではなく、時々の経済情勢や将来不安から生じる予備的貯蓄行動にも左右されるものであり、一概にその水準について論ずることはできないが、高齢化の進展による従属人口比率の上昇という要因のみを考慮した場合、貯蓄率は2003年の8%程度から2010年頃にはおおむね3%程度にまで低下する(第3-2-18図)。

このように今後のマクロの家計貯蓄率は高齢化等の変化という要因のみを考慮すると、中期的には低下のトレンドを持つ。しかし、マクロの貯蓄率が低下すること自体は国民経済にとって必ずしも問題となるものではない。グローバル化した経済の下では、国際的な資本移動が円滑に行われるのであれば、国内の投資を国内の貯蓄のみで賄う必要はないからである。対内直接投資の促進はこの意味でも重要な課題であり、2006年度までの対内直接投資残高の倍増という目標の達成に向けて各般の取組をさらに強力に推進していくことが求められる。

ただし、貯蓄を持っていない世帯の増加傾向を踏まえれば、低貯蓄率という状態に問題が全くないというわけではない。貯蓄を全く保有していない世帯は、特に若い年齢層を中心に年を追って増加傾向にあり、全体の2割強に上るとされる。内閣府の消費者サーベイにおいても、無職世帯が多い高齢者に加え、雇用情勢の厳しさも反映して20歳代で貯蓄率がゼロとなっている者が3割以上存在している。他方、コーホート分析の結果と同じく同調査においては20歳代の平均貯蓄率は他の年齢層に比べても高く、貯蓄率の分布は相対的に大きい。このことは、手取り収入が低いために貯蓄がゼロとなっている者が少なからず存在することを示している。同調査より世帯属性を制御した上で所得階級別の貯蓄率をみると、収入が300万円未満の低所得層で貯蓄率ゼロの塊が形成されていることが分かる(付図3-18)。雇用情勢が依然厳しい若年層を中心に、こうした世帯が存在することには留意が必要である。

 高齢化と金融資産ポートフォリオの変化

家計貯蓄率が低下傾向にある中、第1節で述べたように、近年の個人金融資産の動きは金融資産の純購入よりも、株式等のキャピタルゲイン、ロスの変動に相対的に大きく左右されるようになっている。このような価格の変動が大きいリスク資産が保有金融資産に占める割合は年齢によっても異なることから、高齢化の進展によって資産需要や資産価格の在り方が変化していくことも考えられる。例えば、アメリカでは戦後ベビーブーム世代が勤労期に資産蓄積を図る中で株式に対する需要が強く、結果として90年代の株価の押上げに寄与してきたという指摘がある。このことから同国では戦後ベビーブーム世代の高齢化・労働市場からの引退といった人口変動が株価の下押し圧力となること(資産市場の「溶解」)が懸念されている。ここでは、こうした可能性が我が国でも考えられるのかという点について検証する。

第一に、年齢ごとの金融資産の動向、内訳等について整理する。第1節でもみたように、我が国の場合は世帯主が高年齢であるほど金融資産の保有額が大きく(60歳以上の世帯の平均で2,400万円程度。30歳代は700万円程度)、個人金融資産の大宗をいわゆるシニア層が占めていることに特徴がある(第3-2-19図)。また、負債を除いた金融純資産についても、高い賃金プロファイルに位置していることや、退職一時金の受取、養育費や住宅ローン返済に目処が立ったこと等を反映して50歳以上では高い水準となっている。また、今後、巨大な人口が高齢期に入る団塊世代の資産蓄積を前後世代と比較してみても、加齢につれて資産額が同様のペースで増加しており大きな違いはない。

年齢別の資産ポートフォリオについてみると、株式や投資信託といったリスク資産の保有割合は全体としては高い水準にはないが、その中でも、高い年齢層であるほど保有シェアは高い。これを時系列でみると、バブル崩壊後は2000年頃までは全体として高年齢層での預貯金や生命保険の高まりなど安全志向がわずかに強まり、98年の銀行窓口販売解禁等の効果から高齢者を中心にシェアが拡大した投資信託を除いては、リスク資産の保有割合が全般的に低下する傾向にあった。しかし、2001年から2004年にかけての動きをみると、預貯金のシェアはほとんど変化がない一方、50歳代以上の高年齢層や20歳代の若年層を中心に株式・株式投資信託が、また高齢者を中心に外貨預金・外債の保有割合が高まり、全体としてリスク資産のポートフォリオが高まる傾向にある。特に、株式投信は低金利の下で預金に代わる金融商品として、またミドルリスク・ミドルリターンの魅力的な選択肢として、銀行窓口を通じた販売が急拡大したことから大きく増加している(第3-2-20図)。

 高年齢層で比較的高いリスク許容度

第二に、高齢者におけるリスク資産の保有ウェイトが高い背景の一つとして、高年齢層の危険回避度がその他の世代に比べて低いという点を検証する。危険回避度とは、端的に言えば、損益の変動(リスク)が大きい場合よりも小さい場合を好む度合いのことをいう。つまり、一般的には危険回避度が高いほど株式など価格変動が大きい資産を保有しない傾向がある。そこで、現実に観測される資産価格やポートフォリオから危険回避度を年齢階級別に把握すると、全体として危険回避度が上昇する傾向の中で、年齢層が高いほど危険回避度の水準が低いことがわかる(第3-2-21図)。

このように計測された危険回避度は現実のポートフォリオ構成から算出されたものであり、各家計の真の選好を示すものとは限らない可能性もあるため、家計の意識の側から危険回避度を計測する29。内閣府の消費者サーベイにおいては、くじ引きのようなリスク的状況に関する架空の質問を行い、そこから危険回避度を計測している。これによると、高年齢層で、また手持ち資産額が高いほど危険回避度が低い(リスクに対する許容度が高い)という状況が確認できる。こうした危険回避度が実際の資産構成とどの程度関係しているのかをみるために、株式や株式投信、外貨預金といったリスク資産の保有状況(リスク資産保有性向)と危険回避度を比較すると、おおむね危険回避度が高いほどリスク資産保有性向が低いという傾向があり、危険回避度が低い高齢者がリスク資産の保有を支えているという姿が確認できる(第3-2-21図)。高年齢層においてリスク志向が強い理由としては、1資産保有額が他の年齢層に比べて平均的に高いという点に加えて、2既に退職した者を多く含んでいるため、特に近年においてはリストラなど雇用不安に起因する所得リスクが他の年齢層に比べて相対的に小さい点など生活資金にある程度目処が立っていること等があると考えられる。

 高齢化でも資産市場の「溶解」は進まない

このように、我が国の場合、高齢層の危険回避度の低さ、保有資産額やリスク資産の保有割合の高さから、今後、団塊世代が定年退職を迎えていく中でも、高齢化という要因によって株式や株式投信等のリスク資産への需要が低下していくという可能性、つまり資産市場の「溶解」の懸念は小さいと考えられる。実際、消費者サーベイでは、各世帯に対して「今後増やしたい金融資産」を質問しているが、現在の保有状況と大きな変化はみられず、むしろ若い団塊ジュニア以降の世代においては、株式や株式投資信託への需要がわずかではあるが高まっているという状況にある。

また、我が国の場合、人口構成の変化と株式投資収益率の間には明確な関係はない。年齢階級別の人口比率の変化と株式投資収益率をみると、30歳代後半についてのみ、人口比率の増加と株式投資収益率には正の関係がみられるが、時系列的な変化をみると、ITバブル時を境に相関関係は縮小してきていることが分かる(付図3-19)。こうした点からみても、我が国においては人口構成の変化を起因とする資産市場「溶解」の可能性は高いものとは考えられない30

このように我が国では高年齢層、特に保有資産額の高い層を中心にリスク許容度が総じて高く、実際のリスク資産保有割合も高いことから、アメリカで一部に指摘されているような金融市場への悪影響の懸念は少ない。一方で、上述したように高齢化の進展とともに貯蓄率が低下傾向にある中では、貯蓄純増による金融資産の蓄積を期待することは難しい。2005年4月のペイオフ解禁を受け個人の金融資産管理の自己責任が求められると同時に、本格的な高齢社会を控え、退職後の生活水準の向上を通じた豊かな高齢社会の実現が課題となる中にあっては、今後も「貯蓄から投資へ」という変化の裾野を高齢者から他の年齢層等にも広げていくような取組が必要であろう。

4 住宅選択行動と今後の住宅政策の在り方

第1節でみたように、現存する住宅ストックと世帯数の動向との関係を考慮すると、長期的には住宅ストックがこれまでのように着実に積み上がっていくという姿は見込みがたい。また、世帯の住宅資産需要が世帯の年齢構成に依存するというマンキュー‐ウェイルの理論31からは、高齢化の進展によってトレンドとしては住宅需要が減少していく可能性もある。一方、退職後の住み替えによる住宅需要の可能性や、団塊ジュニア世代が住宅取得年齢に達する過程で、親世代の住宅資産の相続という形をとらず、都心回帰という形でのマンション購入や分譲住宅の取得が進む可能性もある。このように、若年層や高齢層の居住スタイルについての価値観に構造変化が生じているような場合には、今後、ある程度の住宅需要の「こぶ」を見込むことも可能かもしれない。そこで、ここではまず、幾つかの角度から世帯ごとの住宅選好に関する分析を行い、今後の住宅需要の推移をみる上での背景を考察する。

 高年齢層で新築持家は減少、分譲、中古、建替えが増加

第一に、総務省「住宅・土地統計調査」から過去5年以内に建築・入居した持家(マンションを含む)戸数の年齢別のウェイトを時系列でみると、人口動態の変化を受けて50歳後半以上のシニア層や、近年では団塊ジュニア世代を含む30歳代のシェアが高まる一方で、40歳代や20歳代のウェイトが低下32している。このうち高年齢層の建築・入居手段別の内訳をみると、既に保有する土地に建設する新築の注文住宅についてはその割合が大きく低下してきている一方、マンション購入をはじめとする新築物件の購入(分譲)は顕著に増加してきている(第3-2-22図)。また、ウェイトは小さいものの中古物件の購入や相続・贈与後の増改築が増加してきており、全体として利便性を重視した住み替え需要が増加している面が窺われる。このうち相続・贈与後の増改築の高まりには、2003年度税制改正で導入された相続時精算課税制度33の住宅取得資金の贈与に係る特例の利用が進んでいることが背景の一つにあると考えられる。なお、住居の取得形態に関して、消費分析で用いたコーホート分析を試みると、1年齢効果では建て替えによる住宅取得が高年齢層で顕著に高まること、2世代効果では新築物件の購入(分譲)が若い世代ほど高くなっていることが確認できる(付図3-20)。

 形態別には戸建てからマンションへシフト

第二に、過去5年内に入居した住宅(新築・既存住宅を含む)を形態別に、戸建て、共同建て、借家に分けて、年齢別の動向をみると、借家については若い年齢層で圧倒的に高く、年齢を追って低下するが、高齢層で再び増加するというU字型を描くのに対し、戸建てや共同建てについてはおおむね逆の動きとなっている。長期的な傾向をみると、20歳代後半から50歳代後半にかけての幅広い年齢層で戸建ての入居率が低下しているのに対し、マンション需要の増加を反映して、共同建ての入居率が各年齢層で著しく高まっている。入居形態に関するコーホート分析も同様の結果を示しているが、マンション入居率が近年の人気の高まりを反映して高まっていることや、団塊ジュニア世代を含む1969から73年生まれ世代が周辺の世代に比べてわずかながらマンション入居率が高くなっていることが注目される(第3-2-23図)。

 団塊ジュニア世代は30歳代後半に住宅取得のピーク

第三に、消費者サーベイにおける個人の住宅に対する意識をみてみよう。まず、団塊ジュニア世代の住宅取得の動向を団塊世代のそれとの違いをみるため、1団塊世代が過去何歳の時点で最初の居住用の住宅を取得したか(未だ取得していない者は何歳ぐらいで取得したいか)と2団塊ジュニア世代が今後何歳の時点で住宅を取得する希望があるか(既に取得した者は何歳の時点で取得したか)を比較した(第3-2-24図)。これによると団塊世代の住宅取得のピークが30歳代前半であったのに対し、団塊ジュニア世代の希望取得年齢のピークは30歳代後半に移行していること、また団塊ジュニア世代で住宅を保有するつもりがない者の割合は団塊世代で住宅を保有していない者の割合よりもかなり低いことが確認される。次に、今後定年退職の年齢を迎える団塊世代の老後の住まいの在り方を同じく消費者サーベイからみたところ、住み替え先の希望として郊外の一戸建てを挙げるなど前後の世代と比べて大きな差はないが、現在の住宅に住み続けたいという希望が一つ上の世代に比べて低い一方で、都心の分譲マンション取得による住み替えニーズが相対的に高いことに特徴がある。

こうした傾向を合わせて考えると、団塊ジュニア世代が30歳代前半から後半に移行する過程でのマンション等の新築住宅や既存住宅の取得が、また団塊世代の高齢化により建て替えや住み替えの需要がある程度盛り上がる可能性もある。ただし、上述したように、今後世帯数の伸びが鈍化する中で、新設着工の大幅増加やこれによる住宅ストックの継続的な増加は期待できず、このような人口の「こぶ」を形成する層の住宅需要に対応するには良質な既存住宅ストックの維持・管理も重要な課題となることは言うまでもない。

 豊かな高齢社会を実現するリバース・モーゲージの活用

年齢を重ねるにつれて医療や介護の負担が増加していく中で、高齢者がその生活水準を維持していくためには、金融資産に加え実物資産を有効に活用することが重要である。高齢者の持家率は概して高く、住宅・土地資産額についても、高年齢層での持家率が同様に高いアメリカと比べても、高齢者であるほど高くなるという特徴がある。こうした実物資産は金融資産に比べ流動性が低く、一般的にはこれを取り崩して生活資金等に充てるという性質にはなじまない34。しかし、高齢者の保有する住宅ストックをフローの資金として活用する手法の一つとして、いわゆるリバース・モーゲージ制度が存在する。リバース・モーゲージ制度とは、自宅として保有する住宅資産を担保として、そこに住み続けながら、年金式に一定額ずつ資金を借り入れ、契約終了時(主に利用者の死亡時)に当該資産を売却することにより借入累計(元本と利息)を一括返済する仕組みであり、この制度の活用により、高齢者は保有する住宅資産を元手に生活資金等を賄うことが可能となる。

 リバース・モーゲージ普及は途上

我が国におけるリバース・モーゲージの現状をみると、公的・民間機関を含めて既に幾つかの導入例がある。2002年度から導入された「長期生活支援資金貸付制度」は各都道府県社会福祉協議会において、所有する住居に将来にわたり住み続けることを希望する高齢者世帯に対し、当該不動産を担保として生活資金の貸付を行う制度である。同制度は、土地資産の評価額が1,500万円程度からと比較的評価額の小さい物件が対象となるため、ある程度広いカバレッジを確保しているが、市町村民税非課税程度の低所得世帯を対象とした社会福祉制度であり、また制度が始まって間もないこともあって、2004年末時点での貸付決定件数は全国計でも232件となっている。(付図3-21)。また、民間機関については、住宅メーカーや信託銀行による導入事例がみられるが、対象となる土地・住宅資産が概して限定的であるなど全国的な展開には至っていない。

こうした背景には、1同制度に特有な貸手側リスクの存在、2借手側の認知度や制度の必要性に関する意識の問題、3既存住宅ストックの老朽化や中古住宅流通市場の未整備といった点があると考えられる。以下、これらのポイントについて簡単に述べる。第一に、一般的にリバース・モーゲージ制度に特有な貸手側リスクは、契約終了時の不動産価格が融資額を下回るという「担保割れ」リスクであり、これは1契約者が想定外に長生きする可能性、2不動産価格が想定外に下落する可能性、3金利が想定外に上昇する可能性という3大リスクに起因するものである。これに関連して、貸手にとっては利息収入の受取が契約終了時となるため、貸付期間中は貸付利息が未収金としてバランスシート上に計上されるという意味で、資金運用の効率性が低いという問題や、契約終了時に契約物件が売却できずに、結果的に不良債権化する可能性などが貸手の慎重さを招くものと考えられる(付図3-22)。

第二に、借手側にも融資機関の倒産や融資金の不払い等のリスクがあるほか、そもそも制度に関する認識が必ずしも高くないという事情もある。消費者サーベイによると、リバース・モーゲージに対する認知度は年齢が高いほど高まる傾向があるが、全体でも2割強、60歳以上でも半分以下にとどまっている。また、制度について何らか知っている者のうち、制度を実際に活用したいという希望がある者は2割程度にとどまっている(第3-2-25図)。制度を活用したくない理由としては、土地・住宅資産を子孫に相続させるためという遺産動機が最も高く、個人の選好として制度を好まないという傾向が強くみられる一方で、制度の内容に対する理解不足からくる抵抗感もみられることから、今後制度が普及していく可能性は必ずしも低いものとはいえない35

第三に、我が国の住宅ストックの現状についてみると、他の先進諸外国に比べて住宅寿命年数が短いことに加えて、住宅流通市場が十分に整理されていないという問題がある。そうした背景には、12003年時点で築後24年以上の持ち家が全体の4割程度を占めるなど既存の住宅ストックの老朽化が進むなど資産価値が十分備わっていないこと、2既存住宅の4分の1程度が耐震性が不十分となっていること、32000年以降導入され、新設住宅への適用が着実に進んでいる住宅性能評価制度の既存住宅への適用が遅れていること(付図3-23)等があると考えられる。このような問題を反映して、中古住宅市場は国際的にみて依然として未成熟な状態にある。

我が国は、単身や夫婦のみの高齢者世帯が今後10年程度で全世帯の2割以上を占めるようになるなど、リバース・モーゲージ市場が発達する潜在性は十分存在しており、制度を活用することにより保有する居宅に住みながら消費に回せる資金が得られるというプラス面(モデルケースでは例えば65歳時点で住宅資産3,000万円を元手に資金を借り入れる場合、生活資金の7万円程度の増加を通じて月額3万円程度の消費支出の純増)を踏まえれば、上述のような課題を解消していくことにより制度のさらなる普及を目指すことが肝要である(第3-2-26図)。具体的には既存住宅の性能評価の促進や耐震補修等による既存の住宅ストックの資産価値の向上に資する取組の他、アメリカの公的リバース・モーゲージ制度にみられるように公的に提供されるプランの取扱融資機関やその利用者に対して、貸手リスクや利用者リスクをカバーする公的保険の導入といったスキーム36が参考になろう。