第3節 構造改革で高まる成長

第2章 不良債権問題と日本経済の実力

第3節 構造改革で高まる成長

これまで、不良債権問題が90年代の日本経済の成長下押し要因として働いてきたことをみてきた。日本経済が過去10年の低迷から脱却し、成長が持続する経済に復帰するためには、過去の「負の遺産」である不良債権を抜本処理するとともに、活力ある経済を実現するためのさまざまな構造改革を実施しなければならない。政府は、このような観点から、2001年6月に閣議決定したいわゆる「骨太の方針」に沿って、経済構造改革を推進しているところである。

過去10年の年平均の成長率は、わずか1%強であった。それでは、不良債権問題の解決とともに、日本経済の成長ポテンシャルを引き上げる構造改革を実施した場合、日本経済は中長期的に、一体どの程度の成長を実現できるのであろうか。今後の10年程度の成長経路を展望するためには、日本経済の「潜在成長率」を分析する必要がある。以下では、今後の日本経済の生産性、資本ストックの蓄積、労働力の推移を検討して潜在成長率を見極めることによって、日本経済の将来を展望する(コラム2-4「金融セクターの健全な発達は、経済成長を高める」参照)。

本節の分析結果を要約すると、以下の通りである。今後の潜在成長率は、90年代の低成長の結果、短期的には1%程度に低下していると考えられる。しかしながら、構造改革を行い、労働力、経営資源、資本などの我が国が有する資源を低成長分野から高成長分野に移動し、経済全体の生産性を高めれば、日本経済は中長期的に平均2%程度ないしそれ以上の成長を達成することが十分可能であることを明らかにする。

コラム2-4

金融セクターの健全な発達は、経済成長を高める

銀行業や証券市場などの金融セクターの発達と経済成長の間には、密接な関係がある。国際的な長期データで、銀行貸出額や株式時価総額などの金融セクターの指標と、経済成長率の関係を見ると、はっきりとした正の相関関係がある。問題は、どちらが原因でどちらが結果かである。この点に関しては、かつて有力な経済学者の間でも見方が分かれていた。例えば、シュンペーターは銀行などの金融仲介機関が技術革新と経済発展にとって不可欠だと考えていたのに対し、ジョーン・ロビンソンは金融の発達は単に経済成長を後追いしているに過ぎないと主張した。

この金融の発達が先か成長が先かという問題について、最近の10年間に実証的な分析がかなり進んでいる。これまでの研究結果によれば、金融セクターの発達が成長を高める関係にあることが明らかになってきた。銀行貸出その他の金融の量的な発達が長期的に成長にプラスの影響を持つだけではなく、企業会計基準、債権者保護、銀行の業務規制撤廃など金融セクターの健全な発達に関わる法的・政策的な枠組みが、成長を支えることもわかってきた。また、金融の発達は、主に経済全体の生産性ないし効率性を高めることを通じて、成長を高める効果を持つことも示されている。

こうした金融と経済の関係に関する最近の研究成果は、我が国の経済成長にとって、産業の再生に加え、不良債権問題などの我が国金融部門が抱える問題を解決することが重要であることを示唆している。

1 潜在成長率の低下

 潜在成長率とは何か

日本経済の潜在成長率とは、日本経済が潜在的に達成できる経済成長率のことで、現実の成長率は潜在成長率に一致するとは限らない。景気が悪い時には、現実の成長率は潜在成長率を下回り、景気が過熱すれば現実の成長率は潜在成長率を上回る。言い換えれば、潜在成長率とは、インフレを加速することなく、資本ストックや労働力を過不足なく活用した場合に達成しうる経済成長率である。

日本経済の今後の潜在成長率は、どの程度であろうか。この問題に答えるためには、現在の日本経済の置かれた状況を踏まえると、今後2~3年程度の比較的短期の潜在成長率と、その先の中長期的な潜在成長率を分けて考える必要がある。なぜなら、これまで10年間低成長が続いた結果、今後2~3年程度の潜在成長率は低下してしまっており、日本経済の持つ真の実力以下の成長しか達成できない状況にあると考えられるからである。しかし、今後さまざまな構造改革の推進によって、日本経済の実力(技術力、労働の質、高貯蓄など)を開花させた時に達成できる中長期的な潜在成長率は、現在低水準にある短期の潜在成長率を上回る。

長期間低成長が続くと、短期的な潜在成長率が低下してしまうのは、(1)企業の「期待成長率」(企業の予測する将来の経済成長率)の低下に伴って資本ストックの伸びが鈍化する、(2)経済全体の生産性(全要素生産性、TFP)の伸びが鈍化することによる。

すなわち、企業は設備投資をどの程度行うかを決める際に、将来の経済成長率がどの程度かを想定する。現実の成長率の低迷が続くと、企業の「期待成長率」も低下して設備投資が不活発となり、真の実力ベースの経済成長に見合った資本ストックの伸びが確保できなくなる。また、後述するように、景気の低迷が続くと、経済全体の生産性(TFP)の伸びは低下する面を持っている。従って、低成長が長引いた日本経済の潜在成長率は、短期的には真の実力よりも低いものになる。

企業の期待成長率と潜在成長率の関係は、今後の日本経済の将来にとって重要な政策的意味合いがあるので、もう少し詳しく検討しよう。

 潜在成長率と企業の期待成長率の関係

第2-3-1図は、内閣府「企業行動に関するアンケート調査」における企業の「期待成長率」を示している。これをみると、バブル崩壊後、期待成長率はほぼ一貫して低下していることがわかる。

現実の成長率と企業の期待成長率との関係は、(1)現実の経済成長率が高まれば期待成長率も高くなることに加え、(2)期待成長率が高まれば設備投資や消費が拡大し、現実の経済成長率が押し上げられる、といったように相互依存的な関係にある。言い換えれば、期待成長率は「自己実現的な」性格を持っている。

期待成長率から現実の成長率へのルート(上記(2))については、一例として設備投資の増加率を期待成長率で説明する関数を推計してみると、期待成長率が1%上昇した場合、設備投資の増加率を2~4%押し上げるという関係がみられる(付注2-3参照)。これは期待成長率が1%上昇すると、現実の成長率が0.3~0.7%上昇するという関係に対応する。

また、家計の予想する今後の経済成長率も、現実の成長率に影響を与える。家計部門の期待成長率が高まると、家計が予想する将来にわたる平均的な所得(「恒常所得」)が高まる結果、個人消費が拡大すると考えられる。

以上を考慮に入れると、不良債権問題のように成長率を押し下げていると一般的に思われるような問題が発生すると、仮にそれが本当に成長率を押し下げる程度がそれほど大きくはなくとも、期待成長率の低下を通じて現実の成長率を押し下げてしまう可能性がある。現実の成長率の低迷が続けば、前述したように「短期的な潜在成長率」も低下する。90年代の日本経済は、まさにそのような状況だったと考えられる。逆に、現在の期待成長率が低くとも、現実の成長率や「短期的な潜在成長率」を押し下げている要因が除去される、もしくは将来的には除去される、と企業や家計が認識すれば、期待成長率も高まり現実の成長率を押し上げる。これが続いた場合には、資本ストックの増加などを通じ、経済の「短期的な潜在成長率」が押し上げられ、高水準の「長期的な潜在成長率」を達成することも可能となる。

従って、企業や家計が現時点で予想している経済成長率(期待成長率)以上の成長率は達成できないと考えるのではなく、政府としては、現在経済成長の障害となっているものを取り除く政策プランを示し、企業や家計の将来に関する期待を変えることにより、期待の好転とそれに伴う民間需要の成長という好循環を作り出すことが非常に重要である。

 潜在成長率の推計

今後2~3年の短期的な潜在成長率(このセクションでは単に潜在成長率と呼ぶ)を成長会計の手法を用いて計測してみよう。成長会計とは、資本ストックに稼働率を乗じた「資本投入」、就業者数(労働力人口と失業率を使い計算)に労働時間を乗じた「労働投入」、「経済全体の生産性(TFP)」の3つの要素からなる生産関数を想定し、それぞれの経済成長への寄与を求めるものである(21)。計測の結果、今後2~3年の日本経済の潜在成長率は、1%程度であることが明らかになる。

我々の関心は将来に向けての短期的な潜在成長率であるが、過去についても、潜在成長率はどの程度で、また資本投入、労働投入、生産性がそれぞれどの程度潜在成長率に貢献したかを計測することができる。以下の試算では、資本ストックの過剰感がほぼ解消された状態における資本ストックの稼働率、雇用のミスマッチ部分を用いて推計した構造的な失業率(景気変動によって変動する循環的失業を取り除いた失業率)、各期の生産性を平準化したいわば潜在的な生産性などを用いて、潜在成長率を計算している(第2-3-2図上図)。

1980年代においては、潜在成長率は、前半(81~85年)は3%強、後半のバブル期(86~91年)は4%を大きく上回った。内訳をみると、資本投入は80年代を通じて2%前後、生産性は80年代前半1%弱、後半2%弱と大きな寄与を示している一方、労働投入は80年代を通じて0.5%程度の比較的小さな寄与となっている。従って、80年代の成長は、生産性と資本投入が大きく牽引したということがわかる(第2-3-2図下図)。

ところがバブル崩壊後の1990年代の潜在成長率は、前半(92~95年)2%強、後半(96~2000年)には1%強に落ち込んだ。何が落ち込んだ要因であろうか。資本投入の寄与は、90年代前半の設備投資が大きく落ち込んだため、80年代の2%前後から1%強に低下している。生産性の寄与は、80年代の1%弱~2%弱から低下し、1%を大きく下回っている。労働投入の寄与は、マイナスとなっている。90年代に労働投入が減少して経済成長を押し下げた背景には、時短の促進による所定内労働時間の減少に加えて、少子化・高齢化に伴う労働力人口の伸びの鈍化、ミスマッチの拡大に伴う構造失業の増加がある(22)

従って、80年代と90年代の成長パターンを大まかに比較すると、資本、労働、生産性がそれぞれ1%弱ずつ経済成長率を引き下げ、合計で3%弱の経済成長率引き下げをもたらした。

このような過去の潜在成長率の動きを踏まえ、今後2~3年の潜在成長率の評価を行おう。90年代後半の潜在成長率をみると、資本投入の成長への寄与は1%程度である一方、生産性の寄与は若干のプラス、労働投入の寄与は若干のマイナスである。資本ストックの伸びや生産性の伸びは短期的にはさほど大きく変動することはないことや、労働投入に関しても、労働時間の大宗を占める所定内労働時間は最近安定的に推移していることから、今後2~3年の潜在成長率は1%前後と考えられる。

 潜在成長率が低下したのはなぜか

80年代から90年代にかけて、なぜ潜在成長率が低下したのであろうか。労働投入の成長への寄与の鈍化については、時短などの制度的要因や、少子高齢化という人口動態的な要因によってある程度説明がつくが、資本投入と生産性(TFP)の成長への寄与は、なぜ鈍化したのであろうか。

資本ストックの伸びは、その伸びの源泉である設備投資の「水準」に依存する。つまり、設備投資の「水準」が高ければ、設備投資の「伸び」が低下しても(ゼロやマイナスでも)、新規の資本ストック追加分が大きくなるので、資本ストックの伸びは高くなる。この点をみるために、設備投資が高い「水準」にあった90年代初頭(1991年)と現在(2001年)を比較してみよう。仮に翌年の設備投資が同じゼロ%成長だったとしても、資本ストックの伸び率は1991年6.9%に対し2001年は3.0%となり、1991年における潜在成長率への資本の寄与は2001年よりも1.3%ポイント程度高いということになる(23)。過去10年間で設備投資の水準がいかに低下したかを「設備投資/資本ストック」比率でみると、1990年は12.2%、2000年は7.0%であった。このように「設備投資/資本ストック」比率が低下したのは、90年代の低成長の結果、期待成長率が低下したこと、企業が減量経営(コスト意識の高まり、収益率の低い設備投資のカット)を進めたことに加え、前節で分析したように、銀行の不良債権問題、企業の過剰債務問題の結果、設備投資が伸びなかったためである。

経済全体の生産性(TFP)の伸び鈍化の背景としては、前節で指摘したような不良債権問題をはじめとする構造問題により、生産性の低い産業や企業に労働力、経営資源、資本が塩漬けになり、生産性の高い分野にそうした資源が配分されなかったことがある。ここでの構造問題とは、不良債権問題に加え、90年代に入って規制緩和が進んだものの依然として残る公的規制、民間企業の経営方式や意思決定システムの制度疲労などを意味している。

第2-3-3図は、産業別の生産性の上昇(減少)が経済全体の生産性の上昇(減少)にどの程度貢献したかを示している。製造業の生産性の伸びは80年代からさほど低下していないものの、上記の構造問題の影響が大きいと考えられる非製造業の生産性の伸びは、90年代に入り著しく低下して、むしろ減少している。特に、不良債権問題に関係の深い建設業、不動産業、卸・小売業などの業種の生産性が低迷し、非製造業全体の生産性の伸びを低下させている。

以上のように、生産性の伸び鈍化が、90年代の低成長をもたらした1つの要因であると考えられるが、経済の低成長が生産性の伸びを鈍化させるという逆の因果関係が考えられる点も指摘しておく必要がある。すなわち、好況期には、経済活動が活発になって資本ストックや労働がいわば「濃密」に稼動して、経済効率が高まる(例えば景気が良くなれば、ある製品を配送するトラックも顧客が増えて、1回で何か所も効率的に回ることができる)ことなどから、成長会計では残差(現実の経済成長率から資本投入と労働投入の成長への貢献分を差し引いた残り)として計測される生産性の伸びは上昇する傾向がある。一方、不況期においては、企業内失業という形で過剰雇用が発生する場合、計測される労働投入が減らないので、残差としての生産性の伸びは減少する。従って、一般に、好況期には、計測される生産性の伸びが上昇し、不況期には、生産性の伸びが減少する傾向がある。通常であれば、このような生産性の上昇・低下は、景気循環のサイクルでならされてしまい、中長期的な生産性の伸びには影響を与えないが、90年代のように、長期に経済停滞が続き、また雇用過剰感が大きい状態が続く場合には、計測される生産性の伸びが趨勢的に押し下げられた可能性がある。つまり、90年代の生産性の低下は、経済の低迷によってもたらされたという面もあると考えられる。

 非製造業の生産性低下の悪影響

非製造業の生産性伸びの低下は、非製造業が提供する諸々のサービス価格上昇を招き、非製造業のサービスを利用している製造業の生産物の価格上昇や収益率の低下をもたらす可能性がある。実際に、製造業の収益率は90年代に大きく低下した(第2-3-4図)。一定の前提のもとで試算すると、90年代に非製造業の労働生産性の伸びが著しく低下した結果、仮に非製造業の労働生産性が80年代平均の高い伸びで推移した場合(仮想ケース)と比較すると、製造業のコストが4%程度引き上げられている。また、製造業がこのコスト引き上げを自らの価格に全く転嫁しないとしたら、製造業の収益率(=経常利益/総資産:2000年度で3.9%)が3%ポイント程度低下する(詳細な試算方法は付注2-5参照)。収益の低下は、設備投資の低下を通じ、資本ストックの伸びを抑えるので、経済全体の潜在成長率も低下することになる。

以上の考察は90年代の非製造業の生産性の大幅な低下は、90年代の日本経済の潜在成長率を直接引き下げただけでなく、製造業の足を引っ張って(コストアップ、収益減、投資減)、さらに潜在成長率を低下させた可能性を示している。

 現在のGDPギャップは、97~98年不況と同レベル

現実のGDPの水準と「潜在的なGDPの水準」(潜在成長率で成長した場合のGDP水準:潜在GDPと呼ぶ)との差を「GDPギャップ」と呼ぶ。経済全体の供給力に対し、需要がどの程度の水準かを示す指標である。このGDPギャップの水準は、潜在GDPの計算方法によって数字が大きく異なるため、後述のようにその解釈には留意が必要である。GDPギャップを計測することの意義は、その絶対的な大きさ(GDPの何%)を見るよりも、その時系列的な変化(例えば、現在のGDPギャップは過去と比べてどのくらい大きいか)を見ることにある。

潜在GDPの計算にあたっては、(1)生産性(TFP)、(2)資本の稼働率、(3)失業率などの潜在的な水準を仮定する必要がある。本試算では、それぞれ、(1)生産性は現実の生産性の系列を平準化したもの、(2)企業が資本ストックを過不足ないと判断した場合の稼働率、(3)雇用のミスマッチを考慮した構造失業率、を用いる(詳細は付注2-4参照)。

ここでの推計によれば、GDPギャップは2001年時点で3~4%程度となる(第2-3-5図)。これは、90年代の前半におけるGDPギャップの水準を上回り、厳しい不況期であった97~98年のGDPギャップの水準に匹敵する。しかし、長期に低成長が続いているわりには、過去10年の間にGDPギャップは大きく拡大していない。

このような推計結果については、バブル期に行われた大量のムダな投資により、資本ストックが「陳腐化」しており、GDPギャップが過大推計になっているのではないか、との批判がありうる。しかし、そのような現象が起こっていた場合には、生産性の上昇率の推計値は影響を受けるにしても、ここで推計されるGDPギャップの大きさは影響を受けない。それは、ここでの推計方法では、ムダな投資が行われた分、資本投入が過大に評価されるが、他方生産性の上昇率の推計値が減少することになるからである(コラム2-5「資本の陳腐化とGDPギャップ」参照)(24)

なお、GDPギャップの推計値の解釈は、GDPギャップの定義や前提条件の違いがあるので注意が必要である。この推計では、潜在GDPを計算する際の稼働率について、過去の平均的な水準に近い概念を用いているが、他の推計では、過去の最大の稼働率を用いて、経済がその時点で達成できる最大限のGDPを推計し、それを潜在GDPと考え、ここでの推計より大きなGDPギャップを計測するものもある。

 構造改革の短期的成長押し下げ

今後2~3年、構造改革を推し進める場合、前節で指摘したような不良債権処理に伴う失業者増加や、公共事業の削減など、短期的にはデフレ圧力が顕在化してくる可能性が高い。さらに、2001年9月の米国同時多発テロ事件の影響により米国経済の回復が遅れる場合、日本経済の成長率の短期的な下押し要因になることは否めない。従って、今後2~3年は潜在成長率を下回る低い成長率となる可能性がある。この場合、GDPギャップは現状よりもやや拡大すると見込まれる。

しかしながら、このような日本経済の集中調整期間とも言うべき期間において、中長期発展のための成長基盤の構築を進める必要がある。このような準備が整った場合、日本経済はどの程度のスピードで成長できるのであろうか。次のセクションではこの点について検討する。

コラム2-5

資本の陳腐化とGDPギャップ

バブル期に行われた大量の無駄な投資により、使用される見込みの少ない陳腐化した設備の割合が高まっている(資本の陳腐化が起こっている)場合、GDPギャップが過大推計されるということはあるのだろうか。ここでは、資本の陳腐化が起こっていたとしても、本試算のGDPギャップの大きさは影響を受けない点を説明しよう。

本試算における資本投入は、資本ストックに稼働率を乗じたものである。資本ストックは、設備投資の過去の累積額から、除却された資本設備を差し引いた資本ストックを用いている。従って、陳腐化した資本ストック、すなわち除却されていないが今後も使用される見込みが少ない資本ストックも、本試算の資本投入データに含まれることになる。従って、仮に過去の無駄な投資のおかげで資本の陳腐化が起こっているとすれば、本試算では、資本投入を過大推計してしまうことになる。しかし、本試算においては、生産性(TFP)として、現実のGDPから資本投入と労働投入を引いた残差を平準化したものを用いている。従って、資本ストックが過大推計された場合、それと同じだけ残差である生産性が過小推計されることになる。その結果、経済成長への寄与の構成が入れ替わるだけで、潜在的なGDPの水準やGDPギャップ自体は、正しく推計されることになる。

このようにGDPギャップが過大推計されるということはないが、資本の陳腐化が急速に起こっている場合、資本投入の寄与が過大推計され、生産性の寄与が過小推計されるというバイアスが生まれる。今回の推計において、90年代後半の生産性上昇率が若干のプラスにとどまっているが、一部には資本の陳腐化により、生産性上昇率が過小推計されている可能性も否定できない。

2 構造改革による潜在成長率の引き上げ

このセクションでは、労働力、経営資源、資本などの資源が低生産性部門から高生産性部門に再配置されるような構造改革が進展し、経済全体の生産性が上昇した場合の中長期的な潜在成長率の推計を行う。また、構造改革が経済全体の需要・供給とどのように関係しているのか、供給力の強化とともに需要増加にもつながる構造改革の具体的イメージについて検討する。

 中長期的な潜在成長率の推計

これまで用いた成長会計の手法を用いて、労働投入、資本投入といった要素ごとに、相互連関の関係を考慮に入れながら、今後10年程度の中長期で、どの程度の潜在成長率が達成可能かを試算してみよう。

試算の前提となるのは、構造改革である。具体的には、(1)不良債権問題の解決、公共事業の効率性確保など、90年代に低下した非製造業の生産性の伸びを回復するための政策、(2)女性や高齢者の社会参加が進むような改革の進展と新規雇用の創出、(3)企業の過剰債務問題の解決によって産業が再生し、十分な資本ストックの伸びが確保されること、などの構造改革が進むことが試算の前提とされる。

このような構造改革が実行された場合、経済全体の生産性(TFP)の伸びはどの程度まで上昇すると考えられるだろうか。90年代は80年代に比べ、製造業の生産性の伸びはさほど変化しなかったものの、非製造業の生産性の伸びがマイナスに転じた結果、現在の経済全体の生産性の経済成長への寄与はゼロ%程度となっていた(前出第2-3-3図)。90年代のOECD諸国の生産性上昇率は、日本の生産性上昇率を年0.5~0.6%程度上回っている。次のような点を前提にすれば、生産性の寄与は中長期的には年0.5~1%程度に高まることは十分可能であると考えられる。

  1. 製造業の生産性の伸びが、現在の伸びを維持する。
  2. 不良債権問題等の構造問題の解決により非製造業が生産性の伸びを回復する。
  3. IT(情報通信技術)の生産性へのプラス寄与が実現する(コラム2-6「ITは潜在成長率を高めるか」参照)。

次に、労働投入の伸びについては、次の点を前提に、年0~0.5%程度の経済成長への寄与が中長期的に可能と考えられる。

  1. 下記で検討するようなサービス産業の新規雇用が拡大する。
  2. 子育てサービスなどのサービス業の進展に伴い、女性の労働力率(生産年齢人口に占める労働力人口の割合)が子育て期に低下する日本特有のM字型カーブが是正される。また、雇用環境の改善などにより、高齢者の労働力率が上昇する。
  3. 民間活力を中心とした職業紹介機能の充実や職業能力開発の強化により、雇用のミスマッチの解消などが順調に進み、就業者の増加が続く。

最後に、資本投入の寄与については、これまでみてきたように、90年代の低成長によって資本ストックの伸び率が低くなっていることにより、現在の成長への寄与は1%程度であった。今後、生産性が0.5~1%程度、労働投入が0~0.5%程度の寄与を実現した場合、資本投入の寄与は1.5%程度に上昇するものと考えられる。その根拠の1つは、前述のように、資本投入の伸びは、潜在成長率に依存するという点である。従来、資本ストックは潜在成長率を2%程度上回るペースで成長してきた(25)。こうした資本投入の伸びと潜在成長率の関係が維持された場合、上記の生産性の伸び、労働投入の寄与を考慮に入れた潜在成長率と整合的な資本ストックの伸び率は4~5%程度であり、その場合、資本投入の寄与は1.5%程度となる。もう1つの根拠としては、1人あたりの資本ストック(資本装備率)から考え、安定的に上昇してきたこれまでの1人あたり資本ストックのトレンドを、サービス雇用が拡大する就業構造を前提に延長すると、資本投入の成長への寄与はやはり1.5%程度となる(26)

以上を考慮に入れると、現在1%程度の潜在成長率は、中長期的には2%程度まで引き上げることが可能と考えられる(27)。構造改革の進展によってはさらに高い成長が可能になる。潜在成長率が2%の場合、生産性の成長への貢献は0.5%程度、労働投入の貢献は0%ないし若干のプラス、資本投入の貢献は1.5%程度となると想定される(第2-3-6表)。

また、1人あたりGDPの成長でみた場合、80年代は4.1%成長が1人あたりでは3.5%、90年代は1.3%成長が1人あたりでは1%成長となるが、今後10年は経済成長率がそのまま一人あたり成長率と等しくなる。従って、仮に今後日本経済が年2%成長を達成した場合、人口増加率の低下を考慮すれば、それは80年代の2.5%程度に相当することになる。

以上のような成長会計の分析に基づけば、実効ある構造改革が達成されず、生産性の上昇が実現しなかった場合、中長期的な潜在成長率は現在の1%程度で低迷するものと考えられる。

コラム2-6

ITは潜在成長率を高めるか

IT(情報通信技術)が潜在成長率に影響を及ぼす経路として、(1)IT関連資本ストックの蓄積による直接の資本投入増大効果、(2)IT製造セクターの生産性(TFP)上昇効果、(3)取引費用の低下や産業間のネットワーク効果等を通じたITユーザー産業の生産性(TFP)上昇効果、(4)需要サイドでのIT関連の設備投資や消費の増大が考えられる。特に技術進歩のテンポが速いIT関連財の場合、設備や耐久消費財の更新サイクルを短縮したり、価格低下を通じた資本投入増大効果が大きいと考えられる。

生産性を高める経路については、米国の長期景気拡大局面において、当初目立った生産性の改善がみられなかったことが論争を生み、(1)近年のIT革新は、電報・電話、ラジオ・テレビなど初期の情報通信技術の登場ほどのインパクトがない、(2)新技術が普及し生産性の上昇に寄与するようになるまでには「懐妊期間」が必要であり、そうした期間を経た後、将来生産性は上昇する、といった見方が現れた。やがて90年代後半は前半と比較して生産性上昇率が加速したことが確認されると、これに対するIT部門の寄与の大きさを示す実証研究もみられるようになった(付注2-6)。他方、IT化によってITユーザーの生産性が向上するかどうかについては見解が異なるものの、企業組織の変革や人的資本の蓄積を伴う場合には、ITユーザーの生産性が向上する点が指摘されており、このような点をクリアすれば、ITが潜在成長率を上昇させうるとの認識が広まりつつある。

 構造改革はデフレ圧力を拡大するか

これまでの10年にもわたる低成長は、潜在成長率が低下していることによる面が大きい。今後の中長期的な成長率を引き上げるためには、我が国の供給力である潜在成長率を高めることが必要である。従って、経済の生産性を高め供給力を向上させる構造改革が必要である。

しかしながら、構造改革に対する懸念も存在する。具体的には、経済が潜在成長率で成長した場合に実現可能なGDP水準は、総需要と総供給でいえば、総供給に対応する一方、現実のGDPは総需要に対応する。構造改革は、単に総供給を引き上げるものであり、現在の総需要不足の経済においては、ますますデフレを促進してしまうのではないかというものである。

しかし、以下の点を考慮すれば、構造改革を推進することによって、供給力を引き上げると同時に、新たな民間需要を持続的に生み出していくことが可能であると考えられる。

(i)新分野の民間投資を促進する施策は、資本ストックの増加を通じて供給力を引き上げる効果が大きいと期待される。しかし、短期的には、そうした施策により生まれる投資は、供給力を引き上げる効果より、需要項目の一つとして総需要を引き上げる効果の方が大きい。

(ii)新規需要・新規雇用を引き出すようなことも、構造改革の大きな目的である。例えば、携帯電話などの新製品について考えてみよう。携帯電話の出現は、それまで供給されなかった製品が供給される技術革新であり、それ自体は供給力の拡大である一方、これまでになかった需要を生み出しているので需要の拡大でもある。現在、高齢化・女性の労働参加等により、介護や家事代行などのサービス業への需要が高まるなど、需要構造が大きく変化しており、今後も一層変化することが予想される中で、こうした新しい需要の顕在化のための取組はさらに重要性を増している。潜在的な需要を顕在化すべく、円滑な生産・供給を行えるよう、その障害を取り除くことが重要である。

(iii)社会保障改革を含む構造改革によって、家計にとって将来展望が開けるようになれば、消費者マインドは改善し、持続的な消費の拡大が期待できる。

 新産業・新ビジネスのイメージ

上では、新規需要・雇用を生み出し、経済全体の生産性を引き上げるような新産業が出てくる可能性について触れた。そのような新規の需要や雇用を生み出す産業とは一体どのような産業であろうか。ここでは、将来の産業構造を包括的に描くというよりも、いくつかの切り口から新産業・新ビジネスの具体的なイメージをみていきたい。

以下では、(1)生活の質を高めるような消費需要への対応、(2)高齢化、環境など成長制約の克服、(3)ITやライフサイエンスなどの新技術、の3つの切り口から検討する。

(1) 日本経済は成長率こそ減速しているものの、生活水準は既に非常に高くなっている。このため、今後は、生活のために最低限必要な消費の割合が低下し、選択的な、生活の質を高める消費の割合が上昇していくものと見込まれる。例えば、自己啓発、より良い住環境、自由時間の創出のための消費がこれにあたる。このような消費財・サービスを提供する以下のような産業の拡大が期待される。

  • 社会人を対象としたビジネススクール等、生涯学習に対する需要の高まりに応える教育関連サービス
  • 余暇活動や健康維持のためのスポーツ・娯楽・健康関連サービス
  • 住環境の向上のための中古住宅・リフォーム等の住宅関連サービス
  • 子育てサービス、家事代行サービスなどの個人向けサービス

(2) 環境問題、高齢化などは成長の制約要因と考えられがちである。しかし、これらの要因を新たなビジネスチャンスを提供していると捉えれば、以下のようなビジネス展開が可能になるであろう。

  • 高齢化に対応する介護ビジネス、医療ビジネス、バリアフリー化住宅などの高齢者向けビジネス
  • 環境・エネルギー制約に対応するハイブリッド車・天然ガス自動車等の低公害車、新エネルギーなどの環境ビジネスやリサイクル・ビジネス
  • 巨額な不良債権に対応する債権売買ビジネス、証券化ビジネス、企業再生ビジネス
  • 雇用のミスマッチに対応した人材派遣、能力開発などの人材ビジネス

(3) 新技術については、携帯電話やインターネットといったIT関連をはじめとして、これまでも成長を牽引する役割を果たしてきている。今後も新技術は成長を牽引する役割を果たすものと考えられ、次のような産業・市場の拡大が見込まれる。

  • 広域帯通信(ブロードバンド)やデジタル放送の普及等を踏まえ、これらを活用した様々なサービス、それに付随して必要となるソフトウェア開発やコンテンツ制作
  • IT人材育成のためのIT教育関連
  • ゲノム情報を活用した創薬、人工臓器等を実現する再生医療、個人の体質にあった医療(テーラーメイド医療)等のライフサイエンス関連
  • ナノテクノロジー・材料等の分野における新しい技術の活用

なお、新規産業を生み出していくのはあくまでも民間の役割である。しかし、政府としても、円滑な新規産業の創出を妨げるような規制の除去、労働移動に中立的なポータブルな企業年金制度等の諸制度の整備、新規産業に必要な資金が供給されるような金融システムの枠組みの創出などに努める必要がある。

 今後はサービス雇用が拡大

最後に、潜在成長率が高まり、日本経済が再び成長する経済に復帰した場合、どのような分野で雇用が拡大するのか検討しよう。今後は諸々のサービス分野において雇用が拡大することが見込まれる。経済財政諮問会議専門調査会は、「サービス部門における雇用拡大を戦略とする経済の活性化に関する専門調査会緊急報告」(2001年5月)において、5年後にサービス部門を中心に500万人の雇用創出を期待できるとの試算を発表している。その内容をここで紹介しておこう。

日本のサービス業は、80年代に650万人の雇用が創出されたが、90年代は400万人にとどまった。先進国における就業者全体に占める第3次産業比率を比較すると、米国71%、英国67%、仏64%に対し日本は60%であり、第3次産業はさらなる発展余地がある。従って、雇用創出型の構造改革を進めることによって、これから5年間で、サービス部門を中心に500万人の雇用を創出し、その結果女性や高齢者を含め就業者は増加するものとしている。

ところで、平均的な労働生産性(労働者1人あたりの生産額)の水準が低いと考えられるサービス業への雇用移動は、日本経済全体の労働生産性を引き下げるのであろうか。この問題を考える際に重要なのは、平均的な生産性ではなく、新たに職を得る労働者の生産性、つまり限界的な生産性である。サービス業でも新規需要・雇用に対応する分野の限界生産性が、雇用移動の源泉である非効率・低生産性産業の限界的な生産性に比べて高い場合は、たとえサービス業であっても、新規雇用の拡大は、労働生産性を向上させる。

今後、新規需要・雇用が期待できるサービス分野の例として、(1)人材派遣業、(2)介護・子育てサービスについてみてみよう。

1985年に制定された労働者派遣法は、当初、常用雇用の代替を促すことのないようとの観点等から、派遣できる対象業務を、専門的な知識、技術又は経験を必要とする業務等の13の業務に限定していた。その後対象業務の拡大が段階的に進み、1999年には原則自由化された。また、2000年12月には、紹介予定派遣が解禁された。これによって、派遣就業終了後に改めて職業紹介が行われ、企業(派遣先)の直接雇用へと結びつく制度が整備された。さらに、現在、派遣期間の延長などの規制緩和が検討されている。

このような規制緩和などの結果、派遣労働者は年々増加し、全就業者に占める派遣労働者の割合は約2%(107万人:1999年度)となっており、今後も増加が見込まれる。このような派遣労働者の拡大は、(1)柔軟な就労形態を選択できるので、女性を中心とした新規雇用を創出し、(2)雇用のミスマッチの解消により構造失業率を低下させる効果があるものと考えられる。

介護(高齢者ケア)サービスと子育てサービスについても、今後拡大が見込まれる分野である。高齢者向けの介護サービスについては、特別養護老人ホーム等が、約65万人の高齢者に施設型サービスを提供しているが、都市部においては、施設が相対的に不足している地域も見られる。今後、特別養護老人ホームを含む高齢者保健福祉分野に従事する労働者数は、1999年度の約60万人から2004年度には約100万人に達するものと見込まれる(高齢者保健福祉施策の方向を定めた「ゴールドプラン21」における介護サービスの見込み量に基づき推計)。現在、介護サービスの拡大・充実のための施策の1つとして、施設介護サービスへの参入に関し、ケアハウスの設置主体を民間企業等に拡大し、PFI制度を活用した公設民営型による整備を促進する規制緩和が検討されている。

子育てサービスについては、子供の数は減少しているものの、女性の社会進出に伴い0~2歳児を中心に保育所入所児童数は増加しており、現在180万人が利用している。2000年には保育所設置にかかる定員規模要件の引き下げ等の規制緩和が行われ、今後は待機児童ゼロに向け、2004年度までに15万人の受け入れ増加を目指している(「仕事と子育ての両立支援策の方針について」(2001年7月閣議決定)による)。

このような家庭向けサービスの拡大は、(1)介護、子育て関連の雇用拡大、(2)介護や子育てから解放された女性などが労働市場に参加、といった効果がある。例えば、現在就業していない母親は、20代を中心に30~40%が就職を希望しているにもかかわらず、その多くが仕事を探していない(非労働力化している)。この理由の大宗を占めるのが育児であり、子育てサービスの拡大による雇用拡大効果は大きいものと考えられる(第2-3-7図(28)