第2節 不良債権・過剰債務は日本経済の重し

第2章 不良債権問題と日本経済の実力

第2節 不良債権・過剰債務は日本経済の重し

前節では、銀行の不良債権の現状を分析した。本節では、銀行が多額の不良債権を抱え、それが減らずに長期にわたって高水準で推移している「不良債権問題」が、これまでの日本経済の長期低迷にどのようにかかわっているかについて検討する。

不良債権と経済との関係については、景気悪化が不良債権問題を悪化させているのであり、不良債権問題が経済の足かせになっているのではない、との指摘がある。前節でも議論したように、景気悪化は不良債権が減らない理由の1つであることは確かである。しかしながら、本節では、逆のルート、すなわち不良債権問題が経済を押し下げるメカニズムがあることを明らかにし、不良債権問題の解決が我が国経済の再生に不可欠であることを示す。

また、不良債権問題は企業の過剰債務問題と密接な関係にあるので、過剰債務が企業の設備投資を減退させるメカニズムもあわせて検討する。

以下の分析から、次のような点が明らかにされる。

  1. 不良債権問題は、(i)銀行収益圧迫による金融仲介機能の低下、(ii)低生産性の分野に労働力・資本などの経済資源が停滞、(iii)金融システムへの信頼の低下による企業・消費者の慎重化、といったルートを通じて経済成長を押し下げる。
  2. 企業の過剰債務問題も、設備投資の減退を引き起こしている。
  3. 今後は、不良債権を抜本的に処理することと同時に、銀行の収益基盤を確立することが必要である。構造改革による日本経済活性化は、不良債権の新規発生を抑えることで、これを後押しする。

1 銀行収益圧迫による金融仲介機能の低下

不良債権問題が経済成長を押し下げる第1のメカニズムは、不良債権によって銀行収益が圧迫されて、銀行の金融仲介機能が低下する点である。

銀行は、人々の貯蓄を、最も生産的な投資などの資金用途に振り分け配分するという重要な役割を担っている。こうした銀行の金融仲介機能は、経済全体の生産性ないし効率性を高め、経済活動にとって不可欠なものである。ところが、不良債権処理額が銀行の収益を上回る状態が続くと、自己資本の低下を通じ、リスクの高い融資案件に資金を回せないなど、銀行のリスクテイク能力が低下し、潜在的に生産性の高い事業が実現されなくなることになる。以下では、このような形で、不良債権問題が金融仲介機能を低下させている点をみていく。

 収益圧迫によるリスクテイク能力の低下

不良債権は、次の2つのルートを通じて、銀行の収益を圧迫する。

第1に、不良債権の償却費用がかさむことである。前節でも指摘したように、90年代半ば以降は、不良債権の償却費用が業務純益(銀行の本業から得られる収益)を超えるような高い水準となっている。貸倒引当(間接償却)をしただけで、最終処理を先送りした場合には、土地の担保価値が下落すれば、追加損失が発生する。償却費用には、このような追加損失分も含まれている。

第2に、不良債権を処理しないで、保有が長期化することにより、不良債権処理費以外のコストが発生する。つまり不良債権という収益を生まない資産を持ち続けることによって、回収していれば得られたであろう収益を失う(これは「機会費用」と呼ばれる)(7)

このような収益の圧迫、コストの増大に加え、景況悪化などにより多額の不良債権の新規発生が続くなど、自己資本の低下圧力が続いている。銀行の経営上のバッファーである自己資本の低下は、銀行が新たにリスクを取り新規顧客を獲得したり、成長分野への融資に慎重になるなど、銀行のリスクテイク能力を低下させると考えられる(8)

また、銀行にとって、信用リスクに応じた利ざやの設定や、収益性の高い新たなビジネスモデルの構築、新規事業の掘り起こしなど、必要とされる業務も大きく変化しているが、銀行では、不良債権問題に優先的に対応する中で、そうした収益基盤を確保するための前向きの取組みに、十分な人材や経営資源を割けなくなっていると考えられる。

 90年代の経済低迷と貸出態度の消極化

このような銀行のリスクテイク能力の低下は、どのような形で経済を押し下げるのであろうか。直接的な影響は、銀行の貸出態度の慎重化を通じ、企業の設備投資を抑制する形で現れる。特に、内部資金と銀行借入以外に主な資金調達手段を持たない中小企業が大きな影響を受ける(第2-2-1図)。銀行のリスクテイク能力低下の影響が極端な形で現れるのがいわゆる「貸し渋り」である。90年代の日本経済の低迷に、銀行のリスクテイク能力の低下が関係しているかをみるために、90年代の銀行の貸出態度と中小企業の設備投資の関係を検討してみよう。

中小企業の設備投資は、90年代には、92~94年と97~98年の2度の局面で大きく減少した(第2-2-2図)。以下では、この理由を検討してみよう。結論を先に述べると、92~94年の局面は、借り手企業の資金需要の減退が主因である一方、97~98年の局面は、「貸し渋り」が発生し、資金供給側に問題があったと考えられる。

92~94年の局面における中小企業に対する銀行の貸出態度D.I.(第2-2-3図)は、91年7月までの金融引締めの影響により81年以来の低水準に落ち込んだ後、その後の度重なる金融緩和の結果、92年以降は徐々に上昇していった(つまり貸出態度が緩くなっていった)(9)。しかしながら、中小企業の設備投資は92~94年の間、前年比マイナスが続いた。その間貸出金利は一貫して低下した。銀行の貸出態度が緩和を続け、貸出金利が低下を続ける中で設備投資が落ち込んだことを考慮すれば、92~94年の中小企業の設備投資の減少は、資金供給側の要因というよりも、むしろバブル期の過大な投資による資本ストックの過剰感などにより、中小企業の設備投資需要が弱まっていたことが主因と考えられる。

もちろんこれは、資金の供給側の銀行に問題がなかったことを意味しない。90年代以前は、景気後退局面の金融緩和局面においては、銀行は中小企業の実需掘り起しを積極的に進めることによって、中小企業の設備投資を促進し、早期の景気回復に貢献していた(10)。しかし92~94年の局面及びそれ以降は、それ以前にみられたような中小企業の設備投資の増加が景気回復に貢献するといった現象がみられなかったことから、そのような銀行側の積極的な動きが弱かった可能性がある。

次に、97~98年の設備投資減少局面の状況をみてみよう。この時期は、不良債権が増加する中で、株価下落等のために銀行の含み益が減少したため、金融機関の自己資本が縮小した。この結果、銀行の貸出姿勢が急激に厳格化したことにより、中小企業向けの貸出しが減少し(前掲第2-2-2図)、中小企業の設備投資が急減した(11)。つまり、97~98年には、かなりはっきりした「貸し渋り」が生じたと考えられる(12)。企業の業績悪化による設備投資意欲の減退による部分を考慮に入れても、貸出態度悪化の影響だけで、経済成長率を1%以上引き下げたとの試算もある(13)

しかし、公的資金導入による銀行の自己資本増強策(98年3月に計1.8兆円の資本増強)も含めた金融システム安定化策や、中小企業に対する貸し渋り対策等により、事態は収束に向かった(14)

以上の分析から、90年代の2回の中小企業設備投資減少局面のうち、92~94年については、企業の資金需要の減退が主因である一方、97~98年についてはかなりはっきりとした「貸し渋り」が生じていたものと考えられる。

 97~98年の金融危機後の状況の評価

97~98年の金融危機の際にみられたような厳しい「貸し渋り」は、現状では起こっていない。しかし、異例の金融緩和策がとられているにもかかわらず、貸出態度の回復には弱さがみられる(前掲第2-2-3図(15)。以下でみるように、不良債権問題による銀行のリスクテイク能力の低下は、97~98年当時のような厳しい形ではないが、依然日本経済の回復を抑える方向に働いていると考えられる。

その点を検討するために、銀行の貸出しと貸出態度の最近の状況をみてみよう。まず銀行貸出は、2%前後の前年比減少が続いている(貸出債権売却等の特殊要因を除いた計数)。このような貸出減少は、必ずしも銀行側の問題だけだとは言えない面を持っている。つまり、企業の期待成長率(企業が予想する将来の経済成長率)が低いなど、そもそもの新規借入需要が弱い点に加え、企業側に過剰な債務を圧縮しようとする動きがあり、できるだけ新規の借入れを抑制しているからである。このような企業側のバランスシート調整は、バブル期に急速に借入れを増やした産業や企業を中心に進んでいる。また、金融機関の貸出態度をみると、過去の金融緩和局面に比べると、回復に弱さがみられるものの、97~98年のように貸出態度が極端に厳しい状況ではない(16)

しかし、それでもなお、異例の金融緩和策がとられているにもかかわらず、貸出しは減少し、中小企業への貸出態度の回復にも弱さがみられる。より貸し倒れリスクが高いと考えられる小規模企業への貸出態度は、98年の水準から戻したものの、その後悪化している。また、前述したように、従来みられたような金融緩和期の中小企業設備投資主導の景気回復メカニズムはみられていない。これはリスクテイク能力の低下も原因の一つと考えられる。

銀行は、住宅ローンや消費者ローンなどの従来銀行が注力してこなかった分野や新しいタイプの貸出し(ミドルリスク・ミドルリターンの貸出しやプロジェクトファイナンス)などに本格的に取り組めていない。これは、銀行が不良債権処理のための後ろ向きの業務に力をそがれていることが背景にあると考えられる。

2 低生産性の分野に労働力・資本などの経済資源が停滞

不良債権問題が日本経済の成長を抑える第2のメカニズムは、低収益性・低生産性の分野に従業員・経営資源・資本・土地などの経済資源がいつまでも停滞し、高収益性・高生産性の分野にそうした経済資源が配分されていない、という点である。

銀行に期待される役割は、収益性が高い事業を持つ企業について、資金繰りの問題が生じた場合は支援するが、収益性が高い事業を持たない企業については、適切なタイミングで過去の債権の回収、企業の再建等を行うことである。90年代には、このような適切な選別が行われなかった可能性がある(コラム2-2「我が国企業のコーポレート・ガバナンスの変化」参照)。

コラム2-2

我が国企業のコーポレート・ガバナンスの変化

一般的に、企業経営者は、企業の所有者である株主に帰属する価値を最大化するように効率的な企業経営を行うとは限らない。また、株主、金融機関、社債保有者等利害関係者が望まないリスクのあるプロジェクトを採択してしまうかもしれない。これは、経営者には、企業の利益よりも自分の利益を優先させるインセンティブ(「モラルハザード」)がある一方、経営者の行動が株主や債権者にとって部分的にしか観察できないためだ(「情報の非対称性」)。効率的な企業経営を実現するためには、経営者を監視しこのような行動をとらないように規律付けすることが不可欠となるばかりでなく、効率的な企業経営を行わせるインセンティブを高める必要がある。経営者を規律付けするばかりでなく、彼らの効率的な経営を行うようなインセンティブを高めようとする仕組みをコーポレート・ガバナンス(企業統治)と呼ぶ。

資金調達を銀行借入に多く依存している我が国企業については、最大債権者でかつ大口株主でもあるメインバンクが、利害関係者の代表として、その専門性と当該企業の財務・経営情報に最も近い立場を生かして、経営者を監視し規律付けるなどコーポレート・ガバナンス機能を果たしてきたとの主張がある。また、企業が経営危機に陥った場合には、役員を派遣するなど経営に参加し、無駄な経営破たんを回避するといった役割も果たしてきたとされる。メインバンクによるガバナンスが、企業の外部資金調達コストを削減させたとする実証研究もある。

しかし、80年代後半以降、大企業を中心に資本市場からの資金調達が拡大し企業の銀行離れが進んだことから、優良な貸出先を失った銀行は、中小企業や当時土地バブルで膨張する建設、不動産等一部のサービス業向けの貸出しを増大させた。ところが、バブル崩壊に伴い、このような貸出債権の一部が焦げ付き不良化したことは、メインバンク型ガバナンスが効率的に機能しなかった可能性を示唆している。また、経営危機時にメインバンクによって救済された企業のその後の企業業績をみると、必ずしも救済が成功だったとは言えない。さらに、メインバンクによるコーポレート・ガバナンスなどそもそも機能していなかったという議論もみられる。

企業が市場からの資金調達を拡大していく中で、コーポレート・ガバナンスの主たる担い手もメインバンクから、機関投資家等の市場参加者にシフトし始めている。最近のアンケート調査によれば、市場からの資金調達の拡大に積極的な企業ほど、ガバナンスに対する意識が高い。

このように、従来型のメインバンク型コーポレート・ガバナンスの有効性を巡る認識は大きく変化してきている。

銀行貸出は、収益率の高い産業に向かっていたのだろうか。業種別に収益率と貸出しの伸びとの関係をみてみると、90年代の前半には、収益率が低迷していた不動産業やサービス業への貸出しが増加していることがわかる(第2-2-4図)。

貸出しの増加といっても、新規の貸出先を開拓し、新しい事業に貸出しを増やしている場合と、新規先ではなく既存の貸出先への貸出額を増加させていく場合が考えられる。新規先の拡大であれば、問題は少ないと考えられる一方で、既存先への貸出額の増加の場合には、業況が低迷していても、借り手企業を存続させるために貸出しを続けるなど、適切な処理が先送りされた可能性を示唆している。90年代中盤の貸出しの増加が、そのどちらであるかを判断するために、中小企業1件あたりの貸出金額をみてみよう(第2-2-5図)。1件あたりの貸出金額は、新規の貸出先を開拓すれば減少し、既存の貸出先への貸出額を増加させれば増加する可能性が高い。1件当たり貸出金額は、80年代後半はどの業種も増加した。その後、バブル崩壊後の90年代前半においては、製造業ではほとんど増加しなかったが、業況が低迷していた不動産業や小売業、またノンバンクを含む金融保険業では拡大が続いていた(17)。従って、これは、借り手企業存続のための貸出しの可能性を示唆している。

銀行貸出は、生産性の高い業種に対し行われていたのだろうか。この点を検討するために、経済全体の生産性上昇率と銀行貸出先全体の生産性上昇率を比較してみよう(第2-2-6図)。銀行貸出先の生産性上昇率とは、業種別の生産性上昇率を、銀行貸出の業種別残高でウエイト付けして作成した生産性上昇率である。この分析結果によると、80年代前半、「経済全体の生産性上昇率」を上回っていた「銀行貸出先の生産性上昇率」は、80年代中盤以降は「経済全体の生産性上昇率」を下回っている。これは銀行貸出が多い業種ほど生産性上昇が小さく、銀行貸出先企業の平均的な生産性の伸びが低いということを示している。このような生産性の低下の背景としては、処理の先送りにより非効率な企業が残存したことに加え、産業内の供給が過剰になり、金融業も含めた同一産業の他企業の収益性を圧迫した可能性がある。

なお、取引先企業の不確実性の高まりが、その企業を取り巻くネットワークの構築のための前向きな投資を阻害するという悪影響(ディスオーガニゼーション問題)が発生している可能性も指摘される。

3 金融システムへの信頼の低下による企業・消費者の慎重化

不良債権が日本経済を押し下げる第3のメカニズムは、銀行破綻などによる金融システムへの信頼の低下が、企業や消費者の行動を慎重化させ、設備投資、個人消費を押し下げる点である。すなわち金融機関の経営状況や金融システム全体に関する不確実性の増大は、同時に借り手企業の経営の不確実性を増し、ひいては雇用への影響を通じて家計の将来所得の不確実性につながる。さらに預金者としての消費者の不安や、株式市場の不安定化を招く。

97~98年の金融危機の際には、このような金融システムへの信認の急速な低下が、個人消費や設備投資を引き下げ、日本経済を深刻な状況に陥れた。現在は、金融危機に陥った場合の対応への枠組みは、当時と比べれば格段に充実している。また、現在は、99~2000年の景気回復を受けて企業収益のレベルが高いなど、97~98年当時とは景気の深刻さが異なっているため、同様の危機的な状況が生じることは考えにくい。しかし、前節で指摘したように、不良債権処理額の実績や不良債権の新規発生が、銀行の当初見込みを上回り続けるなど、金融機関経営に関する市場の懸念や不信感が払拭されたとは言い難い状況にある。

それでは、現状の金融システム、金融機関経営に関して、実際に消費者や企業がどのように評価しているか、アンケート結果でみてみよう。日本銀行「生活意識に関するアンケート調査」により最近の状況をみると、「金融機関破綻に関する受け止め方」として、「金融機関に預けてある自分の貯蓄が大丈夫か不安だ」「自分の仕事や収入の面にも悪い影響がないか不安だ」と答えている人の割合が増え、それぞれ51%、42%にも上っている(第2-2-7図上図)。また、「金融不安・金融機関破綻報道による行動や意識の変化」として、「消費を控えるようになった」とする人の割合が増加し、20%となっている。このように、現状では消費者全体の2割ではあるが、金融システムへの信頼の低下が消費の慎重化を招いている。

中小企業庁(2000)では、中小企業経営者の金融機関に対するイメージについて分析している。97~98年の金融システム不安の発生以降、「銀行は潰れない」といった金融機関経営の安定性に関する信頼感は大きく低下し、「最多借入先金融機関は、自社が資金面で困難な状況に陥ったときは、最終的には支援してくれる」という最終的な支援先としてのイメージも後退するなど、企業経営者の金融機関に対する信頼感が大きく低下している。(第2-2-7図下図)

4 企業の過剰債務の悪影響

ここまでは、不良債権問題が日本経済を下押しするメカニズムについてみてきたが、これに加え、借り手側の企業の過剰債務問題も、経済の下押し圧力として働くものと考えられる。過剰債務すべてが不良債権ではないので、不良債権問題イコール過剰債務問題ではないが、過剰債務は企業経営を圧迫し、また過剰債務の一部は既に不良債権であったり、今後不良債権化する可能性があるという点で、銀行の不良債権問題と、企業の過剰債務問題は密接に関係している。

過剰債務は、資金供給・資金需要の両面から、適切な設備投資を阻害する可能性がある。

資金供給の面では、個別の事業(プロジェクト)ではなく、企業に融資するコーポレートファイナンス型の融資が主流である我が国経済においては、融資の可否の判断は、新規融資の収益性よりもむしろ、既存融資の返済可能性をも加味した当該企業の平均的な収益性をより重視する傾向にあると考えられる。従って、新規に優良な(つまり収益性の高い)投資プロジェクトがあっても、過剰債務を抱える企業に対しては、円滑な資金供給がなされない場合がある。

資金需要の面では、過剰債務企業は、新規融資を控えて債務返済を優先させる傾向にあること、自己資本比率が低くなっているのでリスクテイク能力が小さいことなどから、新規の投資プロジェクトを実行しようとせず、資金需要が出ない。以上の両面から、過剰債務の存在は設備投資を抑制する方向に働くものと考えられる。

それでは過剰債務がどの程度設備投資を押し下げたか試算してみよう。高止まりしていた90年代前半の「債務残高/売上高」比率が、仮に80年代前半の低い水準であったとすれば、その後(90年代後半)の設備投資を8%程度押し上げたものと試算できる(詳細な試算方法については付注2-2参照)。

5 不良債権の最終処理と企業の再生

以上のように、銀行の不良債権問題は、90年代の日本経済を下押ししてきたと考えられる。銀行自身が早急に取り組まなければならない課題は、(1)不良債権の抜本的処理、銀行の収益基盤の確立である。また、(2)構造改革により日本経済を活性化させることは、不良債権の新規発生を抑えることで、これを後押しする。

政府としても、不良債権問題が経済に大きな影響を与えていることに鑑み、不良債権の抜本的な処理、金融システムの信頼確保のために、さまざまな政策的対応を行ってきている。政府の取組みは、以下の3つに整理することができる。

  1. 年限を区切り、銀行に不良債権の最終処理を促す。
  2. 銀行が不良債権を処理しやすい枠組みや企業再建のための枠組みを用意する。
  3. 金融システムの信頼性を確保する。

これまで、政府は、不良債権の最終処理を銀行の自主的な努力に委ねて、処理の年限を区切るといった対応はしていなかった。しかし、メインバンク関係のしがらみ、企業再建の枠組みが不十分であったことなどの理由から、現実には、銀行は自主的な最終処理を先送りしてきた。政府が年限を区切り、銀行に最終処理を促すことが、不良債権の抜本的処理の必要条件である。

ただし、政府が年限を区切るだけでは、十分ではない。円滑な処理が進まなかった理由としては、上記のように企業再建の仕組みが十分でなかったなど、処理しやすい枠組みが整備されていなかったことも大きい。こうした観点から、政府としては銀行が不良債権の最終処理をしやすい枠組みを整備する必要がある。これには、民事再生法の改善など倒産法制の整備といった政府が自ら行うべきことに加え、政府が、私的整理における銀行も含めた関係者間のルール作りなどを要請するといったことも含まれる。

また、現在のように景気が悪化している場合、政府としては、銀行の健全性を担保し、金融システムへの信頼が失われることがないよう適切な措置を講じる必要がある。

以下では、2001年4月の「緊急経済対策」、6月のいわゆる「骨太の方針」、10月の「改革先行プログラム」において、政府が、不良債権の抜本的処理に向けてどのように取り組んでいるかを紹介しよう。また、銀行が新たな収益基盤を確保するために、銀行自身どのように取り組む必要があるか検討する。

 政府の取組み:(1)年限を区切って最終処理

政府は、主要行(15行)を対象として、既存の不良債権(破綻懸念先以下の債権)は2年以内、新規に発生する不良債権は3年以内に最終処理(オフバランス化)につながる措置を講ずる。今後2~3年を構造改革のための集中調整期間とし、これが終了する3年後には、不良債権問題を正常化することとする。すなわち、現在5%台である不良債権比率(不良債権額/貸出残高)を、3年後には3%後半から4%台に、また、与信費用比率(不良債権処分損/貸出残高)を2000年の1.4%から0.2~0.3%程度に低下させる。

以上の施策の対象は主要行に限定されている。しかし、不良債権となっている借り手企業のメインバンクである主要行が最終処理を進めれば、当該借り手企業に貸し付けている他の金融機関の最終処理も、これにあわせて進むものと期待される。

 政府の取組み:(2)不良債権を処理しやすい枠組み・企業再建の枠組みを用意

銀行の不良債権比率を低下させるためには、借り手企業の再生を通じ、不良債権の新規発生を抑制するとともに、政府は、銀行が不良債権の最終処理を進めやすい枠組みを作る必要がある。政府は、各種の最終処理の手法((1)債権譲渡、(2)法的整理、(3)私的整理)について、具体的には以下のような措置を講ずることによって、不良債権の最終処理を後押しする(コラム2-3「不良債権の最終処理とは」参照)。

第1に、債権譲渡については、整理回収機構(RCC、預金保険機構が出資する株式会社で準公的な機関)による不良債権処理の機能を拡充する。これまでの買取りに加えて証券化手法を可能にすべく、政府はRCCの信託兼営を認可し、既にRCCは信託事業の営業を開始している。また、預金保険機構・RCCによる不良債権の買取りについて、円滑な買取りが行われるよう、価格決定方式を弾力化する。

第2に、法的整理については、会社更生法、民事再生法の改善を図る。

第3に、私的整理についても、関係者間の権利義務の調整手続き等を定めるため、緊急経済対策において、私的整理のガイドラインを関係者間で早急に取りまとめることを要請した。これを受け2001年9月に全国銀行協会、経済団体連合会などで構成された研究会が「私的整理に関するガイドライン」をとりまとめ、公表した。同ガイドラインによれば、借り手企業は、(1)3年以内を目処とする経常利益の黒字化及び実質債務超過の解消、(2)債権放棄を受けるときは、原則として、株主責任を明確化し、経営者が退任すること、などを盛り込んだ厳格な再建計画を策定することが求められ、それによって安易な債権放棄が防止されることとなる。このように、私的整理における関係者間の調整手続きなどが明確化されたことにより、企業再建の円滑化が期待される。

この他、企業の円滑な再生を図る手段として、政府系金融機関によるDIPファイナンス(再建計画策定中の企業に対する融資)等の仕組みを整える(18)

なお、不良債権処理について、改革先行プログラムにおいては、預金保険機構・RCCが企業再建に積極的に取り組むよう、以下の措置を講ずることとしている。

  1. RCCによる企業再建を円滑化するため、再建中の所要資金について日本政策投資銀行等の融資等の活用を図る。
  2. 日本政策投資銀行、民間投資家、RCC等に対し、企業再建のためのファンドを設立し、またはこれに参加するよう要請する。ファンドは、厳格な再建計画が策定された企業の株式(債務の株式化により銀行等が取得した株式)等を買取り、再建計画の実現を図る。
  3. RCCに対し、これらの新たな枠組みも活用して、大企業はもちろん、中小企業の再建にも積極的に取り組むよう要請する。

コラム2-3

不良債権の最終処理とは

金融機関の不良債権の処理は、一般的には、債権の残高は維持しつつ将来損失の発生に備えて引当金を積むという、いわゆる「間接償却」から、損失が確定してバランスシートから債権残高を引き落とす「最終処理」(オフバランス化)へと進む。

最終処理は、損失確定の方法により(1)債権譲渡、(2)法的整理(いわゆる倒産)、(3)私的整理(債権放棄を使う企業再建が中心)の形態があるが、それぞれの内容と実績についてみてみよう。

債権譲渡とは、債権を第三者に売却することを指す。債務者の違う複数の債権を一括して売却する「バルクセール」という形態をとることも多い。借手企業は、その後新たな債権者の下で再建されたり、法的整理を通じて清算されたりすることとなる。

法的整理と私的整理の違いは、業績悪化企業の処理の方法が裁判所の手続きを経る(法的整理)か、経ないか(私的整理)の違いである。

法的整理では、企業が抱えている負債は、倒産法制(民事再生法、会社更生法など)に基づいて厳格に損失分担される。裁判所で認められた再建計画に沿って残った負債を支払いつつ、企業の建直しを図る再建型(民事再生、会社更生など)と、会社の全財産を処分して負債の返済に充てて会社を消滅させる清算型(破産、特別清算)がある。

私的整理では、金融機関などの主要な債権者が私的に協議して損失分担を決定する。一般的には、会社が再建できる規模以上の過大な債権を主要な債権者が放棄し、企業を再建させながら残った債務を返済させていく例が多いが、実質債務超過企業などで清算を前提とする私的整理もある。債権放棄されなかった債権については、経営再建計画が軌道にのったとして、金融機関は正常債権に分類し直す。

2000年度の倒産件数は18787件だが、そのうち清算型(法的整理が大部分)の倒産件数は規模の小さい企業を中心に96.0%を占めている(東京商工リサーチ調べ)。一方、大手銀行16行の最終処理実績(2000年度下半期)をみると、法的整理のうちの清算型が約10%であり、この数字は担保処分による回収額を含まないものの、件数ベースでみるほどには大きくない(債権譲渡は約17%、再建型法的整理と私的整理が併せて約18%、担保処分などによる資金回収額や私的整理による債権の正常債権化などその他約56%となっている)。

このことから、規模の大きな企業は再建型の処理、小さな企業は清算型の処理が中心になっていると言える。

 政府の取組み:(3)金融システムへの信頼確保

本節3で指摘したような、金融システムへの信頼の低下によって企業・消費者が慎重化するといった事態を解消するためには、政府は、銀行の健全性を担保し、金融システムへの信頼を回復する必要がある。そのために、以下のような措置を講ずる。

  1. 銀行検査の抜本的強化
    検査頻度の増加、フォローアップ検査など、銀行検査を抜本的に強化する。
  2. 適切な引当・償却の確保
    企業業績や株価、格付けなどの市場のシグナルを銀行の資産査定に反映するよう、銀行に要請し、また特別検査を実施することによって、適切な償却・引当を確保する。これにより、株価が大幅に下落した要注意先の上場企業などに対する債権に十分な引当が確保される。なお、金融システム危機といった事態に陥った場合には、改正預金保険法に基づいた公的資金注入(15兆円の枠)が可能となっており、政府としては、金融危機を起こさないよう万全の措置をとる。

 銀行は収益基盤を確保する必要

以上のように、不良債権の最終処理等への政府の取組みは進行中である。しかしながら、不良債権問題は、銀行の自主的な取組みなしには、本質的な解決には至らない。

銀行は、不良債権処理を早急に進めるとともに、新たな収益基盤を確立する必要がある。不良債権処理を進めるためには、その財源となる収益が必要であり、また、不良債権を取り除いても、銀行の本業からの利益が現状のように低いままでは、銀行の果たすべき金融仲介機能が回復しないからである。

そのためには、従来融資していなかったようなリスクの高い案件についても、適切なリスク管理の下、十分な利ざやを取りながら融資を行うなど、従来業務の見直しが必要である。これに加え、住宅ローン、消費者ローンなどこれまであまり手がけていなかった分野に進出したり、企業再生などの新しいビジネスモデルを積極的に展開していく必要がある。また、不良債権を重荷ととらえるだけではなく、新しいビジネスチャンスととらえる視点が必要である。巨額の不良債権の存在は、不良債権の売買、回収、企業再建など、不良債権に係るビジネス機会が大きいことを意味している。このようなビジネスチャンスに向けた取組みは、不良債権処理を円滑にする効果も期待される。

このような銀行の自主的な取組みを基本としつつも、政府は、「民間でやれることは民間で」の原則の下、民間金融機関の収益機会を奪うことがないよう、公的金融機関の見直しを進める必要がある。また、公的資本増強を受けた銀行(現在22行)が、公的資金により引き受けられた優先株式に所定の配当を支払えない場合には、当該優先株式に議決権が発生することになる。この議決権の厳正かつ適切な行使を背景に、政府としては「抜本的収益改善策」と、その実行を確保する「責任ある経営体制の確立」を促す必要がある(19)

以上のような、銀行の収益改善に向けた取組みが市場に評価されれば、その銀行が市場で資本を調達して、自己資本の増強を図ることも可能となる。それが問題解決の基本であると考えられる。

銀行は、まず収益改善のために業務のスリム化や新規事業の構築、コスト削減を行うべきである。それでも収益改善が難しい場合には、経営陣の判断により合併・提携等を選択肢の一つとして考えるべきであり、それでも立ち行かなくなった場合には、市場から淘汰されることとなろう。

 最終処理が経済に与える短期的な悪影響

最後に、不良債権の最終処理が日本経済に与える短期的な悪影響について考えてみよう。

内閣府が主宰した「バランスシート調整の影響等に関する検討プロジェクト」の報告書(2001年6月)では、不良債権処理が労働市場に与える影響について試算している。その結果を紹介しよう。

この試算の考え方は次のようなものである。主要行が2年以内に破綻懸念先以下債権(既存分)を最終処理したとする。不良債権は、債権譲渡、私的整理、法的整理のいずれかの形態で最終処理されるが、清算型か再建型かにより雇用に与える影響は異なるため、それぞれの類型に応じて、職を変えなければならなくなる人(失職者)の数を、業種の特性を反映させながらカウントする。失職者のうち、仕事探しをあきらめて労働市場から退出(非労働力化)する人、再就職する人がいるので、それを除いた人数が失業者数になる(20)

試算の結果によれば、不良債権処理に伴って、失職者数は39~60万人、失業者数は13~19万人程度生じるものと見込まれる。

このような試算は、今後、新規に発生する不良債権の処理を含めるのか、失業増加が景気をさらに悪化させるというマクロ的波及効果を含めるのかなどの前提条件によって、結果が大きく左右されることに留意する必要がある。しかし、失業の増加が数10万人規模なのかそれを超える規模なのかといった影響の大きさを示す目安となると考えられる。

不良債権処理の雇用面への悪影響については、構造改革を推し進める上である程度不可避である。しかしながら、セーフティネットの構築等によりその影響をできるだけ緩和しながら、新規・成長分野に雇用が生まれるような前向きの政策を推し進める必要がある。